抹消ヴォイスのヒーローアカデミア【番外編】   作:M.T.

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敵達のその後

「〜♪ 〜♫」

 

 ひなた達が雄英を卒業してから2年後の12月。

 ひなたは、システムキッチンで料理をしていた。

 胸元まで伸ばしたボリューミーな癖っ毛の黒髪を後ろで三つ編みにしており、色白で整った顔立ちは、まるで陶器でできた人形のようで、どの角度から見ても美しいという印象を抱かせる。

 背は学生時代から全く伸びていなかったが、腹が大きく前に膨らんでおり、学生時代は平らだった胸も服の上からでもわかる程の巨乳に成長していた。

 

 ひなたと人使は今、サイドキック達が建ててくれた家に住んでいた。

 家を持ち、サイドキックも増えて収入が安定してくると、事務的な仕事はサイドキックに任せられるようになり、生活にも余裕ができたので、それを機に周りからの応援もあり、結婚するに至った。

 人使と結婚したひなたは、ひなた自身の意思で心操姓に変える事にしたため、今は相澤ひなたではなく心操ひなただ。

 結婚してから程なくして、ひなたは男女の双子を妊娠した。

 二児の母となったひなたは、今はヒーロー活動を一時休業し、人使やサイドキック達のサポートに専念していた。

 念願だった家を持ち、今年の6月には人使と結婚し、二人の子供に恵まれたひなたは、今幸せの絶頂にいた。

 

「よし、可愛くできたかな」

 

 ひなたは今日、四階のシステムキッチンで、親友の被身子に持っていく為の弁当を作っていた。

 サイドキックと共同で使っている三階の食堂には大きな厨房があり、料理好きなひなたの趣向もあって本格的な料理も作れる仕様になっていたのだが、80人以上いるサイドキックの食事を作るならまだしも1人の弁当を作る為に大きな厨房を使うのは流石に憚られた。

 自分達の生活スペースにあるシステムキッチンには、冷蔵庫、コンロ、流し、電子レンジといった最低限の調理用家電が揃っており、人使の為に酒のツマミを作るなど、ちょっとした料理を作る分にはここで十分だった。

 被身子の為の弁当は、赤飯、ビーツとザクロのホットサラダ、ケチャップ入り卵焼き、ミニハンバーグのトマト煮込み、イチゴのゼリーなど、全体的に赤色が多い弁当だ。

 ハートの形にした卵焼きやクマの形に作ったハンバーグで可愛く盛り付けつつ、野菜も食べてほしいので、トマトやビーツ、ラディッシュ、パプリカ、イチゴなどの赤い野菜をふんだんに使った献立だ。

 本当は肉も果物も生っぽいものを持って行った方が喜ばれるのだが、衛生的な観点から流石に生物を持っていくのは職員からのストップがかかったので、弁当の献立は全て火を通したものを使っている。

 

「…ふぅ」

 

 ひなたは、小さく息を吐くと、自分の左腕をゴムチューブで縛り、専用の注射器を左腕に刺した。

 スイッチを押すと、注射器の中に血が溜まっていく。

 コップ半杯ほど溜まったところで、別のスイッチを押して血液中の成分を分離する。

 全身が他の“個性”と反発する身体になっているひなたの血は、“個性”を持っている人間からすれば毒に等しい。

 少量であれば問題はないが、多量に摂取してしまうとひなたの血が体内で暴走し、元々持っていた“個性”因子を内側からズタズタに壊され死に至る。

 ひなたが被身子に届けている血は、血液中の“個性”因子と凝固因子を取り除き無毒化したものだ。

 分離した成分は、信頼のおける研究機関に引き渡し、ヒーロースーツやサポートアイテム、“個性”由来の疾患の治療薬として加工され、人々の生活の助けになっている。

 

「ふぅ……流石に100はやりすぎかぁ……」

 

 腕から血を抜いたひなたは、顔を青白くしてふらついた。

 すると、人使が現れひなたの身体を支えた。

 人使は、あれから背が6cmも伸び、顎髭を生やし身体つきも逞しくなり、顔つきも精悍な色男になっていた。

 人使の持つ独特の色気は、女性サイドキック達を虜にしていたが、人使にとって一番大事なのは妻のひなただった。

 

「ひなた、血抜きすぎだって。お腹の子に響いたらどうすんだ」

 

「……ん、ありがとうひー君」

 

 人使がひなたの身体を支えながら鉄分補給用の自家製ドリンクを飲ませ、ひなたはドリンクを受け取って飲んだ。

 すると人使は、注射器に入ったひなたの血を見て眉を顰める。

 

「…俺さ、本当は嫌なんだよ。お前が連合の奴等に会いに行くの。そりゃあ、(ヴィラン)だからって蔑ろにしたくないって気持ちはわかるけどさ。日本を破滅寸前まで追い込んだ奴等なんかの為に、ひなたが時間割く必要なんて無いだろ」

 

「それでも会いに行くのを許してくれるのは、僕の気持ちを汲んでくれてるからでしょう?」

 

 人使が言うと、ひなたはクスッと微笑んだ。

 すると人使は、ひなたから強引に注射器を奪い取る。

 

「貸せ」

 

 人使は、ひなたから奪い取った注射器を自分の腕に突き刺して血を抜いた。

 それを見たひなたは、ギョッとする。

 

「ひー君!?」

 

「こうでもしなきゃお前が無茶するだろ。血なら俺のをやるから、ひなたはお腹の子の心配だけしてろ」

 

「………うん」

 

 人使が自分の血をひなたに差し出すと、ひなたは人使の血を受け取って頷いた。

 ひなたは、自分と人使の血を水筒に入れて弁当と一緒に可愛らしいヒヨコ柄のカバンに入れた。

 お気に入りの桜色のワンピースに袖を通し、厚手のケープコートを羽織り、首元にはマフラーを巻く。

 ひなたは、サイドキックの運転する車で被身子の収監されている施設へ向かった。

 被身子が収監されているのは、タルタロスと同等のセキュリティを誇る女性刑務所だ。

 見晴らしのいい建物には、犯罪に手を染め逮捕された女性達が収監されており、それぞれが与えられた業務をこなしていた。

 

 オールフォーワンとの最終決戦以降、法律が改定された。

 更生の見込みが無い極悪人はタルタロスに送られ死刑か終身刑になるのは今まで通りだったが、一部の者は罪状を問わず更生を目的とした施設に収監された。

 当然、「税金はたいて犯罪者をつけ上がらせる気か」といった否定的な意見が殺到したが、公安委員会は、連合の協力が無ければオールフォーワンを倒せなかったという事実を考慮し、彼等のような(ヴィラン)が生まれる社会を作ってしまった責任を取ろうとしていた。

 被身子のいる施設ではなかったが、かつての公安ヒーローだったレディナガンも、被身子のいる施設と同様の施設に収監されていた。

 情状酌量を得られなかった者達に関しても、彼等が(ヴィラン)に堕ちる原因となった負の連鎖を終わらせ、一人でも(ヴィラン)にならざるを得なかった者達を減らす事が彼等へのせめてもの救いになるのではないかと信じたかった。

 

 そして、法律の改定により変わったのは(ヴィラン)だけではなかった。

 今までより警察の権限が強化され、警察の“個性”使用が全面的に解禁になった。

 貴重な“個性”を持った優秀な警察官が増え、たった1年で犯罪の検挙率も例年の倍以上に跳ね上がった。

 警察が優秀になっただけでなく、自首をする(ヴィラン)が増え、今まで表面化されず逃げ延びていた極悪人の悪事が表面化し始めているのだ。

 日本では少しずつ“個性”の使用の規制が緩和され、今では住民が“個性”で自衛をするのが当たり前の時代になった。

 

 ひなたと人使の“個性”が犯罪抑止力になっている事もあり、活動の必要が無くなったヒーロー達は次々と転職していき、トップヒーローレベルでなければ自営業で活動するのは厳しい社会になり、失業を恐れて慌ててサイドキックに逆戻りする者もいた。

 今では、中途半端にヒーローを目指すよりも、そこそこの企業に就職して地道にキャリアを積んだ方がよっぽど稼げるのだ。

 ヒーロー事務所は軒並み赤字地獄で潰れていき、ヒーローになって大金を稼げるのは、せいぜいビルボードチャート50位以内のヒーローだけだった。

 こうした動きは世界各地で起こっており、あと30年もすればヒーローという職業が世界から消えるだろうと語る専門家もいた。

 皮肉な事に、住民が自衛できるようになり、ヒーローの存在意義が薄れてきた事が、(ヴィラン)犯罪の減少に繋がったのだ。

 それがいい事なのかは誰にもわからなかったが、少なくとも、かつての連合のように社会の歪みのせいで排斥される者は確実に減り続けていた。

 

 ひなたは、付き添いの人使と一緒に車を降り、施設の中に入る。

 施設の職員は、二人にボディチェックをし、ひなたが持ってきた弁当の中身を確認する。

 まるでひなたを疑っているかのように身体の隅々まで調べる職員に対し、人使は苛立った様子で話しかける。

 

「おい、もうその辺でいいだろ。そんなにひなたを疑いたいのか」

 

「いいよ、ひー君。規則だもの」

 

 苛立って職員の腕を掴む人使を、ひなたが宥める。

 すると人使は、舌打ちをしながら引き下がった。

 人使は、ひなたが妊娠してからというもの、ひなたに関する事に対して神経質になっていた。

 検査が終わると、職員はひなたの入室を許可し、人使は待合室で待機させられた。

 携帯の類を全て没収されたひなたは、職員に案内されて被身子の収監されている独房に入室した。

 

「ヒミコちゃん、来たよ」

 

 ひなたは、笑顔を浮かべながら独房に顔を出した。

 すると独房の奥でぼんやりと窓の外を見つめていた被身子は、パァっと表情を明るくする。

 

「わぁぁぁ! ひなたちゃん! 来てくれて嬉しいです!」

 

「今日はお弁当持ってきたんだ。召し上がれ」

 

「わぁ、カァイイ! いただきます!」

 

 ひなたは、持ってきた弁当を被身子に手渡した。

 すると被身子は、笑顔でひなたの弁当を受け取った。

 被身子がひなたの作った弁当を食べると、ひなたは被身子に血の入った水筒を手渡した。

 

「はい、今日の分の血。大事に飲んでね」

 

「やったぁ! ありがとう、ひなたちゃん!」

 

 ひなたが被身子に血を渡すと、被身子は嬉しそうにひなたと人使の血を飲んだ。

 ひなたは、上機嫌で血を飲み干す被身子に対し、大きく膨らんだ腹を撫でながら真剣な表情で話しかける。

 

「あのね。ヒミコちゃん。この前お医者さんに言われたんだけど、あんまり血を抜くとお腹の赤ちゃんに負担が掛かっちゃうんだって。だから僕、次からはしばらく血を届けてあげられなくなると思う。ごめんね」

 

「私はひなたちゃんとおしゃべりするだけでも楽しいですよ!」

 

「ありがとう。被身子ちゃんは優しいね」

 

 被身子が笑うと、ひなたも微笑んだ。

 ここに何度も足を運んで被身子と話してみて初めて気付いた事だが、被身子は、機嫌のいい時に『言う事を聞いてほしい理由』をきちんと丁寧に話して説得すれば言う事を聞いてくれた。

 だが、初めからそうだったわけではなかった。

 被身子がひなたのお願いを聞いてくれるようになったのは、頻繁にここを訪れて、根気よく歩み寄る努力を続けてきたからだった。

 ひなたは、被身子が人の血を奪って殺した事に対して罵倒したり、犯罪者だからと見下したり、憐れんだり、更生を強要したりした事は一度も無かった。

 二人で向かい合って笑う姿は、側から見れば、ヒーローと(ヴィラン)ではなく、ただの普通の友達同士に見えた。

 その後、二人は恋バナを語り合った。

 ひなたはこの前結婚半年記念に人使と二人きりでデートした事、被身子は最近A組の女子達がここに来てくれた事を話した。

 

「そっかぁ、お茶子っちが! 良かったねぇ!」

 

「ひなたちゃんも、人使くんとのデート楽しかった?」

 

「うん!」

 

 二人は、敵同士という事も忘れて心の底から笑い合った。

 だが、楽しい時間というものはあっという間に過ぎてしまうもので、気付けば面会時間の30分を過ぎていた。

 ひなたは、被身子に渡した弁当箱を回収し、荷物を纏めながら被身子に話しかけた。

 

「今日は楽しかった。ありがとうね、ヒミコちゃん」

 

「私も、ひなたちゃんといっぱいお話できて楽しかったよ! 仁くん達にもよろしくです」

 

「うん。じゃあ、また今度ね」

 

 被身子が笑顔で話しかけると、ひなたも笑顔を浮かべながら返事をする。

 そのまま被身子の独房を後にすると、待合室で待っていた人使がひなたに声をかける。

 人使は、自然な流れでひなたの肩にサッとケープをかけてエスコートする。

 

「大丈夫か」

 

「うん。ありがとひー君」

 

 ひなたは、人使にエスコートされながら車に乗り込んだ。

 ひなたが車に乗ると、スモーク付きの車窓がついたドアが閉まる。

 ひなたは、携帯で次の目的地までの渋滞情報を調べて顔を引き攣らせる。

 

「次は……うへぇ、渋滞に巻き込まれる前に着けるかなぁ」

 

「ちょっとでも身体に異変があったらすぐ帰るからな」

 

「わかってるってば…」

 

 人使が言うと、ひなたは若干うんざりした様子で答える。

 身体の心配をしてくれているのはわかるのだが、ひなたとしては、仕事が無い今のうちに元(ヴィラン)連合の現状を知っておきたいのだ。

 ひなたが次に向かったのは、トゥワイス、マグネ、Mr.コンプレスが収監されている刑務所だった。

 元超常解放戦線のメンバーで、本来なら逮捕された時点で死刑は確定だったが、オールフォーワンの撃破に貢献した事で温情のある措置が取られているとの事だった。

 被身子の時とは違い、差し入れは基本禁止されているため、会いに行って話すだけだ。

 ひなたは、“個性”カウンセリングの資格も取っているため、こうしてたまに刑務所に面会に訪れて囚人と話す事があった。

 ひなたの事務所の者達によるカウンセリングは、下手なカウンセラーよりよっぽど優秀で、特にメンタルケアに注意が必要な刑務所や特別支援学校などには、下手したら本職のカウンセラーよりお呼ばれする程だ。

 ひなたは、施設に顔を出しMr.コンプレスこと迫に話しかける。

 

「やあ。そっちは代わりないかい?」

 

「どちら様?」

 

「なっ…失礼な! 僕だよ! 相澤ひなた!! クレシェンド・モルト!! 現No.7ヒーロー!!」

 

「ああ、何だ。ひなたちゃんか」

 

 迫がとぼけると、ひなたが若干キレ気味に自己紹介した。

 ひなたは妊娠を機に体型が大きく変わっており、幼児体型の頃のひなたを見慣れた連合のメンバーにとってはまるで別人のように感じるのも無理はなかった。

 外の世界の情報がほとんど遮断されている刑務所の中では尚更だった。

 ひなたが見る限り、逮捕された時は重傷を負っていた迫は、病院で適切な処置を受け今ではすっかり完治しているようだ。

 

「あの時のおチビちゃんがこんな美人に成長するとはなぁ。おじさん何だか感慨深ぇや。…おっと、背はまだチビのままだったな」

 

「そっちこそ、ふざける元気があるようで何よりだよ」

 

 迫がふざけると、ひなたははぁっとため息をついた。

 ひなたは、今連合のメンバーが知りたいであろう被身子の安否を伝えた。

 

「さっきね、被身子ちゃんに会ってきたんだ。相変わらず元気そうだったよ」

 

「そうかい。そりゃあ良かった」

 

 ひなたが被身子の安否を伝えると、迫は安堵の表情を浮かべた。

 割と被身子の事は本気で気にかけていたようだ。

 迫の話も聞いた。

 今ではこの施設でタダ働きをしており、その“個性”を生かして主に運送業をしているようだ。

 ひなたは、迫の話を聞いてふと考えた事を尋ねる。

 

「…本当に良かったの? オールフォーワンを裏切って、わざわざ自分からまた捕まったりなんかして」

 

「今更それ聞く?」

 

 ひなたが尋ねると、迫がツッコミを入れた。

 迫は、あの時何を考えてヒーローの側についたかをひなたに話した。

 

「そりゃあ、不本意ではあったさ。けど、あの時裏切ってなかったらどうなってたと思う? 死柄木はオールフォーワンに消されて、オールフォーワンに支配される暗黒の時代が続いてた。俺がついていくと決めたのは死柄木であって、オールフォーワンじゃない。どっちに手を貸すのが利口か、冷静に天秤にかけただけよ」

 

 迫は、ニヒルな笑みを浮かべながら言った。

 迫は、死柄木を乗っ取ろうとしスピナーこと伊口を壊したオールフォーワンに一泡吹かせる為に一時的にヒーローの側についた。

 死柄木が緑谷に、あの場で死力を尽くして戦ったヒーローに敗れた事は、死柄木が全力で戦った結果であって、それは迫も納得はしていた。

 散々悪あがきに悪あがきを重ねて敗れたのであれば仕方ないと割り切るあたりは、年長者ならではの潔さだなぁと、ひなたは今更ながらに感心していた。

 

「ニュース見たよ。ヒーローの離職率がとうとう3割を超えたんだってな。悪さする奴が減って、民衆がヒーローを必要としなくなった。ヒーロー社会は、少しずつではあるが終わりに向かってる。死柄木の望みは、ある意味叶ったのかもしれねぇな」

 

 迫が言うと、ひなたは少し俯いて考え込む。

 ひなたは、自分が正しい事をしたとは思っていなかった。

 だが、自分の活躍がヒーロー社会を衰退させ、それが(ヴィラン)達の救いになっているのだとすれば、少しだけ救われた気がした。

 

「今日は面会に応じてくれてありがとう」

 

 話しているうちに時間が過ぎ、とうとう面会の終了時間が来た。

 ここの刑務所の面会時間は5分と非常に短い。

 ひなたが面会に応じてくれた迫に礼を言うと、迫は看守に連れられて業務に戻っていった。

 しばらく待っていると、次はマグネこと引石が来た。

 

「今日の気分はどうかな」

 

「最悪よ。飯は不味いし、オシャレも碌にできやしない」

 

 ひなたが尋ねると、引石は刑務所での暮らしをひなたに愚痴った。

 愚痴を言っている割には顔色は良く、声も元気があった。

 そして何より、髪は整えられており、髭もほとんど見当たらない。

 最低限の身嗜みを整える自由はあるようだ。

 ひなたは、被身子と恋バナをしてきた事、最近事務所のサイドキック達が仕事を覚えてくれて助かっている事を引石に話した。

 相手が(ヴィラン)だという事も忘れて世間話をすると、引石は呆れた様子で言った。

 

「全く、仕事の休み使って囚人に会いに行くような物好き、あんた達くらいよ」

 

「達…?」

 

「この前にも来たのよ、あんたの友達が」

 

「…そう」

 

 ひなたは、引石から前にもA組がこの刑務所を訪れていた事を聞いた。

 そして、引石自身の話も聞いた。

 引石は、その“個性”を使って被災者の救助活動に駆り出されているとの事だった。

 ひなたと引石がガールズトークをしていると、時間が来たので、引石は面会室の椅子から立ち上がった。

 

「今日は来てくれてありがとう。女同士でお話できて楽しかったわ」

 

「こちらこそ」

 

「ああ、それと、ここでの暮らしも捨てたもんじゃないわよ。飯は不味いけど、自由時間は普通に話せるし、最近友達もできたの」

 

「……そっか」

 

 引石が言うと、ひなたは少し嬉しそうに微笑んだ。

 すると今度は、入れ替わりでトゥワイスこと分倍河原が面会室に来た。

 ひなたは、お決まりの笑顔で分倍河原を迎える。

 

「やぁ、気分はどうだい?」

 

「最悪だよ。最高だぜ!」

 

 ひなたが尋ねると、分倍河原が答える。

 ひなたは、今度は分倍河原の話を聞いた。

 分倍河原は、無限にものを増やせる“個性”を、主に医療分野で生かしていた。

 輸血用の血液や血清、臓器などを“個性”で量産し提供するのだ。

 本人のコピーなので拒絶反応の心配なく移植でき、大勢の人間を殺してきた“個性”で、今度は大勢の人間を救っていた。

 だが、ここでの生活に不満が無かったわけではなかった。

 分倍河原は、ここでの出来事をひなたに愚痴った。

 

「この前よぉ、ここに来たカウンセラーがクソでよ。いい奴だったな! ヒーローが俺らの事を助けてやっただの、更生できるように頑張ろうだの言ってきやがった。うるせえ、死ね! って思ったね。…トガちゃんの気持ちがわかった気がしたよ」

 

「……うん」

 

 分倍河原が愚痴ると、ひなたはそれを否定せずに頷いた。

 被身子も、かつては“個性”カウンセリングの被害者だった。

 ここに来たカウンセラーは、被身子が罪を犯す原因となった事を、ここで再び繰り返そうとしていたのだ。

 当たり障りのない事を言って強引に更生に持っていこうとするカウンセラーの言葉は、分倍河原には全く響かなかった。

 

「なあヒーロー。助けるって何だ? 俺達はヒーローに追われる側になったから可哀想って事か? 追われる身から解放する事が助けるって事だとでも言いてえのか?」

 

「でもあなたが最後は僕達の側についてくれたのは、オールフォーワンの支配から仲間を助けたいと思ったからでしょう?」

 

 ひなたが尋ねると、分倍河原はポツポツと話し始めた。

 

「そりゃあよ、お前が俺の“個性”を壊した時は、ブッ殺してやろうと思ったよ。けどそれ以上に、死柄木を乗っ取って、荼毘を利用しようとして、スピナーをおかしくしたあいつに無性に腹が立ったんだ。あんな奴に仲間が潰されるの()()は、絶対に止めなきゃって、思ったんだ」

 

「…そうだね。あなたが力を貸してくれたおかげで、死柄木…転弧くんはあいつに殺されずに済んだわけだし、伊口はあれ以上壊されずに済んだ。それが本人達にとって良かったのかはわからないけど、少なくとも僕は、あなたの決断は何も間違ってなかったと思う」

 

 ひなたが言うと、分倍河原は顔を上げる。

 分倍河原は、仲間がオールフォーワンに搾取される事に対して怒りを抱いた結果、かつては自分の“個性”を壊し逮捕される原因を作ったひなたと手を組んだ。

 死柄木が逮捕された事に関して、分倍河原は自分を責めた事もあったが、それでもオールフォーワンに乗っ取られて殺されるよりははるかにマシだと思った。

 

「僕は別に、あなた達の人生が不幸だったとは思わない。僕はただ、泣いている人がいたら駆け出さずにはいられなかっただけだから」

 

 ひなたは、自分の考えを分倍河原に伝えた。

 ひなたは、分倍河原達が(ヴィラン)に堕ちた事、それ自体は不幸だとは思っていなかった。

 だが、その中で少しでも苦しんでいて、誰かに助けてほしいという思いがあったのなら、飛び出さずにはいられなかった。

 分倍河原と話していたひなたは、ハッと思い出したように可愛らしい便箋を鞄から取り出す。

 

「あ、そうそう。さっきね、ヒミコちゃんに会ってきたんだよ。ヒミコちゃんがあなたにお手紙書いてくれたから、持ってきたんだ」

 

「トガちゃんが…?」

 

「本当はこういうの、渡していいのかわかんないんだけど…看守の皆さんには内緒ね」

 

 ひなたがこっそり分倍河原に手紙を渡すと、分倍河原はひなたに渡された手紙を読み、目に涙を浮かべた。

 おそらく、被身子から分倍河原にずっと伝えたいと思っていた事が書かれていたのだろう。

 三人と面会を終えたひなたは、そのまま次の施設へ向かった。

 するとその時、スピナーこと伊口の収監されている刑務所に面会に行っていた障子からラインが来た。

 

「ん、めぞりんからだ」

 

「テンタコルさんは何と?」

 

 ひなたが障子からのラインを確認すると、車を運転していたサイドキックが尋ねる。

 運転手のサイドキックは、異形型の“個性”の持ち主で、伊口同様差別を受けて育ってきたのだが、ひなたにサイドキックとして温かく受け入れてもらった過去を持っていた。

 ひなたは、障子からのラインの内容をサイドキックに伝える。

 

「だいぶ経過は良くなったみたい」

 

「それは良かった」

 

 ひなたが言うと、サイドキックは安堵の表情を浮かべる。

 このサイドキックは、自分と同じ過去を持つ伊口に自分を重ね気にかけていた。

 オールフォーワンに“個性”を複数付与されて精神に異常をきたした伊口は、もはや更正どころか介護なしで生活できる見込みが無く、普通の人間の容姿をしたひなたが何を言っても火に油を注ぐだけだろうという事で、伊口のカウンセリングは障子に任せていた。

 最初は口も利く事ができなかった伊口だが、障子が献身的にケアを続け、少しずつ容態は良くなっていた。

 最近では聞かれた事に対して何らかの反応を見せたり、少しではあるが会話が成立するようになったという。

 

 そして、荼毘こと燈矢の墓参りに行っていた轟からも連絡が来ていた。

 あれからエンデヴァーは、無事冷と再婚を果たし、前に住んでいた家は土地ごと売却して新しい家に家族と一緒に住んでいた。

 燈矢の墓は、新居から近い場所にまた建て直した。

 再び同じ事を繰り返さないように、燈矢の事をいつでも思い出せるようにと、家族で話し合って決めた事だった。

 

 クラスメイトの近況を聞いて、4年前の出来事を思い出しながら、ひなた達は次の目的地に向かっていた。

 次に向かったのは、レディナガンの収監されている刑務所だ。

 ひなたと人使は、ここにだけは必ず来ようと決めていた。

 その理由は──。

 

「来ましたよ、()()()()()

 

「よぉ、随分と偉くなったみたいだな。()使()

 

「………」

 

 ひなたがレディナガンこと筒美に声をかけると、筒美は人使の方を見ながら言った。

 すると人使は、気まずそうに視線を逸らす。

 場の空気を察したひなたは、サッと前に出て苦笑いを浮かべながら話す。

 

「いや、ビックリですよ。まさかひー君と貴女に血縁関係があったなんて…」

 

「私だって知らなかったよ。私に()()()()()()()()()()だなんて話」

 

 ひなたが言うと、筒美はため息をつきながら話し始める。

 最終決戦後に判明した事実だが、人使の父親の悟使と、筒美は、異母兄妹の関係にあった。

 悟使を授かってすぐに悟使の両親が離婚し、母親はすぐに別の男性と再婚していた。

 そして父親の方も別の女性と再婚し、悟使が生まれてから8年後に娘を授かったのだが、父親は娘が中学生の時に罪を犯して(ヴィラン)として捕まり、娘は母親共々公安に引き取られ公安直属のヒーローになっていた。

 その時の少女が、後のレディナガンこと筒美火伊那だった。

 

 一方で悟使は、母親の姓である誠を名乗り、本当の父親や妹の事は一切知らされずに育ち、周りの同級生達と同じ道のりを歩んで大人になった。

 彼の母親は、自分の息子に犯罪者の先夫の血が流れているという事を知られたくなかったため、その事実をひた隠しにしていた。

 幸い悟使の“個性”は、母親と同じものを引き継いでいたため、その事実が明るみになる事はなかった。

 だが成長するにつれて父親によく似た顔つきになっていく自分を見て、母親の中での罪悪感が膨らんでいくのを、悟使は子供ながらに感じ取っていた。

 

 人使と筒美は、互いが甥と叔母の関係であるとも知らずに、片やトップヒーローの一角に、片や罪を犯し(ヴィラン)として刑務所に収監された。

 幼い頃から優しくしてくれた父方の祖父とは血が繋がっていなかった事、そして自分の本当の祖父は(ヴィラン)だったという事を知った人使は、最初はショックを受けたが、意外にも冷静だった。

 だが、タイミングの差で父や自分が幸せに生きてきたのに対し、叔母は公安に汚れ役をさせられていたという事実を知ってしまった以上、人使は筒美に対し申し訳ないという感情を抱いていた。

 

「…本当は、ここに来るかどうか迷ってました。今でも時々頭を過るんです。俺や父さんが幸せに暮らしている間、叔母さんはどれだけ苦しんできたんだろうって」

 

「やめろ。お前も兄貴も、何も悪くない」

 

 人使が本音を話すと、筒美は人使の言葉を遮るように言った。

 人使が俯いていると、筒美はここに来てから悟使から度々手紙を貰っている事を伝えた。

 

「…この前、兄貴が私に手紙を寄越してきたんだ。最低な父親と似た顔の自分が行ったら、私に嫌な事を思い出させると思って、会いに行けなかったって…こっちはそんな事気にしてねぇってのによ」

 

 筒美は、頭を掻きながら悟使からの手紙の内容を話した。

 悟使も人使同様、兄妹でありながら何も知らずに妹にだけつらい思いをさせてきた事に申し訳なさを感じていた。

 だが筒美は、自分が(ヴィラン)に堕ちた事は自業自得だととっくに割り切っており、自分の知らないところで何も知らずに暮らしていた兄と甥にはむしろ幸せに生きてほしいと願っていた。

 その思いを汲み取った人使は、自分の父親の事を筒美に伝える。

 

「あの。父は今、母と二人で元気に暮らしています。俺達が結婚した時も、ひなたが妊娠の報告をした時も、すごい祝福してくれて…」

 

「……そうか」

 

 人使が伝えると、筒美は安堵の表情を浮かべた。

 兄やその子供が、自分や父親の犯した罪に囚われずに幸せに暮らしていると聞き、筒美は少しだけ心が軽くなった気がした。

 するとひなたは、自分の膨らんだ腹を撫でながら筒美に尋ねる。

 

「火伊那さん。お腹、触ってみますか?」

 

「え?」

 

「ほら、火伊那さんにとっては、又甥? なわけですし…」

 

 ひなたが言うと、筒美は恐る恐るひなたの腹に手を伸ばす。

 だがその時、自分の手が血で赤黒く汚れた幻覚を見てしまい、咄嗟に手を引っ込めた。

 手が血で穢れた自分には、何の穢れもないお腹の子に触る資格など無いのではないかという思いが頭を過った。

 筒美がひなたの腹に触るのを躊躇っていると、ひなたは筒美の手を取ってそっと腹部に触らせた。

 すると、ひなたの腹の表面がボコッと動き、驚いた筒美はバッと手を引っ込める。

 

「わっ、動いた」

 

「ふふ、挨拶してるんだと思いますよ」

 

 筒美が驚くと、ひなたはクスッと微笑んだ。

 すると筒美は、再びひなたの腹に触れた。

 筒美が微笑むと、ひなたと人使は顔を見合わせて笑った。

 筒美との面会が終わると、二人は車に乗って次の目的地に向かった。

 次の目的地は、厳重に警備されたタルタロスだ。

 タルタロスには、死柄木弔こと志村転弧が収監されていた。

 転弧は、あれからタルタロスと遜色ない警備を誇る刑務所に収監され、タルタロスの修繕が終わるとそちらに移送された。

 裁判を行うまでもなく死刑は確実と言われていたが、緑谷が転弧の死刑宣告に待ったをかけ、刑期が引き延ばしになったのだ。

 ひなたがアクリル板を挟んだ面会室で待機していると、転弧は面会室の椅子にドカッと座り込み、ひなたを睨みながら口を開く。

 

「何しに来た。帰れ」

 

「あはは、君は相変わらずだなぁ。いいよ、愚痴ならいくらでも付き合うよ。あ、でも殺すのは勘弁ね。殺されたら僕、死んじゃうもの」

 

 転弧がひなたを睨みながら呟くと、ひなたは笑顔を浮かべながら転弧の話を聞いた。

 あれから転弧は、以前持っていた力をほとんど失い、元々持っていた『崩壊』さえも以前のようには使えなくなっていた。

 ひなたは、転弧の話を嫌な顔ひとつせずに聞いた。

 転弧は、ひなたを睨みながらブツブツと呟き、時折何かの音を立てるだけだったが、ひなたは根気よく転弧の話を聞いた。

 

「ありがとうね、今日は色々と話してくれて。また来るね」

 

「二度と来んな」

 

 面会の時間が終わり、ひなたが荷物をまとめて出て行こうとすると、転弧はいつも通り悪態をついた。

 未だに歩み寄る事は出来なかったが、面会にも応じず出てきたとしても『死ね』だの『消えろ』だの言ってきた頃に比べれば、こうして話ができた事は大きな進展だった。

 転弧の面会が終わると、ひなた達は車に乗り込んで事務所へと戻っていった。

 一日で四件の刑務所を回ったひなたは、疲れたのか、車の中で隣に座っていた人使の肩にもたれかかってすやすやと眠った。

 面会を終えて帰る頃には、すっかり日も落ちて暗くなっていた。

 

 

 

 

 

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