抹消ヴォイスのヒーローアカデミア【番外編】   作:M.T.

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掴んだ幸せ

 ひなたと人使が結婚してから1ヶ月後、7月下旬。

 二人は、サイドキックの運転する車で、東京の高級住宅街を横断していた。

 目的地に着くと、人使がひなたの身体を支えて一緒に車を降りた。

 二人は、帽子とマスクを身につけ、体型がわかりにくいブカブカのパーカーとボトムスを身につけていた。

 ひなたが腹を優しく撫でていると、人使がひなたに声をかける。

 

「大丈夫か? 荷物持とうか?」

 

「大丈夫だよ。ありがとうひー君」

 

 人使が声をかけると、ひなたは笑顔を浮かべた。

 二人は、手を繋いで一緒に産婦人科の自動ドアをくぐる。

 待合室で待っていると、ひなたの名前が呼ばれた。

 

「心操さーん、心操ひなたさーん、診察室へどうぞー」

 

「はーい! じゃ、行ってくるね」

 

「うん」

 

 ひなたの名前が呼ばれたので、人使に声をかけてから診察室に向かった。

 その後問診を受け、尿検査や触診、エコー検査などの検査を受ける。

 エコー検査を受ける時、ひなたは看護師の指示に従いながらも心の中でぼやく。

 

(これ、やる意味あるのかなぁ。ぶっちゃけ僕の超音波の方が精度良いんだよなぁ…自惚れてるわけじゃないけど)

 

 ひなたは、検査を受けながらも心の中でツッコミを入れていた。

 ひなたの“個性”は、病院の検査機よりもよっぽど精度の良い超音波が出せるので、診察料を払ってまで病院で検査を受ける必要がないのだ。

 事情が事情なのできちんと病院に行かないといけないのだが、それをわかっていても何とも言えない複雑な感情を抱いていた。

 すると年配の女性看護師がひなたに話しかける。

 

「心操さん、“個性”止めてください。余計な音波が出てるとちゃんと検査できません」

 

「あっ、ごめんなさい」

 

 看護師に注意されたひなたは、左手首につけている腕時計のスイッチをカチッと押した。

 すると腕時計から針が飛び出し、ひなたは一瞬身体が痺れるような感覚を覚える。

 ひなたが作動させたのは、“個性”因子を一時的に麻痺させ、“個性”を強制的に封じる装置だ。

 ひなたの因子は常に特殊な超音波を放っており、ひなたが近くにいると超音波機器が誤作動を起こしてしまうので、それを防ぐためにはひなたの因子を一時的に麻痺させる必要があった。

 ひなたがつけている腕時計は、日常生活を送るのが困難とされる常時発動型“個性”の制御用に出回っているサポートアイテムで、多少値が張るが普通の腕時計として使う事もできるので、つけていても怪しまれないありがたいアイテムだ。

 

(“個性”止められるって不思議な感覚。お父さんの“個性”喰らった時もこんな感じだったなぁ。高2あたりからこの感覚を味わう事もなくなったけど)

 

 ひなたは、相澤と一緒にいる時よく味わっていた“個性”を止められる感覚を思い出し、懐かしさを覚えていた。

 しばらくして検査が終わり、再び名前を呼ばれて診察室で診察結果の説明を受け、全部終わり外に出ると、外で待っていた人使がソワソワした様子で声をかけてくる。

 

「どうだった?」

 

 人使が声をかけると、ひなたは満面の笑みを浮かべながら結果を報告する。

 

「妊娠6週目だって!! しかも双子!!」

 

 ひなたが報告すると、人使は僅かに目を見開き、そして感極まってひなたの小さな身体を抱きしめた。

 

「やったなぁ、ひなた!」

 

「うんっ…! 僕、お母さんになるのがずっと夢だったから…!」

 

 人使がひなたを抱きしめると、ひなたはボロボロ涙を流して泣き出す。

 挙式の日の夜、ひなたと人使はついに男女の関係になった。

 その後も今までの想いが一気に溢れ出したのと、ひなたが子供が欲しがった事もあり、毎晩夜の営みをしていた。

 ひなたは、自分に生物的な母親がいないのと、身体が未熟なせいで子供ができないかもしれないと医師から告げられた事があるのもあって、母親になる事に対して強い憧れを抱いていた。

 ひなたが感極まって泣いていると、人使がひなたの頭を撫でながら笑った。

 

「何泣いてんだよ」

 

「だっで、だっでぇ…!」

 

 人使が笑うと、ひなたはさらにわんわんと泣いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その後、二人はサイドキックの運転する車で事務所に戻った。

 二人が事務所に戻ると、突然クラッカーの音が鳴り響き、至る所に紙吹雪が舞い散る。

 見ると、サイドキック達がクラッカーを持ってひなた達を出迎えていた。

 

「「「おめでとうございます!!」」」

 

「えへへ…」

 

「ありがとう皆」

 

 サイドキック達が所長であるひなたの妊娠を祝うと、ひなたは嬉しそうに破顔し、人使も礼を言った。

 サイドキック達は、ひなたの妊娠に驚いている様子だった。

 

「えっ、結婚してからまだ1ヶ月ですよね!? 早くないすか!?」

 

「二人とも毎晩お盛んでしたもんね「お黙り!!」あひんっ!!」

 

 若手のサイドキック『ピーター』がふざけて下ネタを言おうとすると、最古参の女性サイドキック、『サディスティック』がピーターの頬を引っ叩いた。

 ひなたが耳まで真っ赤にしてエメラルドグリーンの瞳を潤わせプルプル震えている一方で、人使は首の後ろを右手で押さえながらどこか得意げな表情を浮かべた。

 

「…まぁね」

 

 人使が微笑むと、何人かの男性サイドキックはドキッとする。

 実は男性サイドキックの中には、既婚者のひなたに恋愛感情を抱いている者もいた。

 その中にはひなた目当てでサイドキック入りした者もいるくらいだ。

 人使は、ひなたの事を狙っていた男性サイドキック達に見せつけるように微笑んでみせた。

 そんなやりとりをしている中、サディスティックが口を開く。

 

「でも、事務所はどうするんですか? あ、ボスの仕事代わりにやる分には私達は全然大丈夫なんですけど」

 

「クレシェンドさんってば働きすぎですもんねぇ。これを機にたっぷり休んで下さいよ」

 

(ウチの部下マジで有能すぎ…!)

 

 既に自分達がひなたの分の仕事を引き受ける前提でいるサイドキック達に対し、ひなたは思わず舌を巻く。

 サイドキック達は、ひなたがいつ産休を取ったり不慮の事故や病気で活動できなくなったりしてもクレシェンド事務所がヒーロー達の模範であり続けられるよう、水面下で仕事の引き継ぎの準備を進めていたのだ。

 

「でも、ボスが休むとなると誰が所長代理をやるんだろうって思いまして。仮にもトップヒーローの事務所が所長不在ってのは示しがつかないじゃないですか」

 

「ああ。それもちゃんと考えてある。コクヨウ、お前所長やれ」

 

「あ?」

 

 人使が声をかけると、名前を呼ばれた青年は人使の方を振り向く。

 

「あのね、ひー君と話し合って決めたの。コクヨウくん、『所長のイスにふんぞり返ってるチビ女の足元ごっそり掬ったるわ』ーって息巻いてたらしいから。じゃあもう君所長で良くね? ってなってさ」

 

「最近の新人ヒーローは良い子ちゃんばっかりでよ。お前みたいな競争心ギラギラな奴がトップやってくれると助かるんだわ。というわけで、あとは頼んだぜ」

 

 ひなたと人使が言うと、コクヨウは顳顬にビキッと青筋を浮かせる。

 コクヨウは実力でひなたから所長の座を奪う気でいたのだが、あっさり所長の座を譲られたので納得がいかなかった。

 だがこの機を逃せばひなたを出し抜くチャンスは二度と訪れない事も理解していたので、ブチ切れながらではあったが所長のイスに座った。

 

「ふんっ! 言われなくてもやったるわ! 所長に返り咲ける日が来ると思うなよ!」

 

「あんたにボスを超えられる日なんか来ないわよ!!」

 

「いってえ!! 頭叩くんじゃね──ー!!」

 

(この子どことなくかっちゃんに似てるんだよなぁ)

 

 コクヨウがサディスティックに頭を叩かれているのを見て、ひなたは懐かしいものを感じていた。

 サイドキック達のやり取りを眺めながら、ひなたは空いているデスクに座ろうとした。

 

「さて、と」

 

「「「「いや待て待て待て待て!!」」」」

 

「へ?」

 

 ひなたがデスクに座ろうとすると、サイドキック達が慌ててひなたを止めた。

 

「あんた所長交代の意味わかってます!? 言った側から仕事するとかバカなの!?」

 

「おめーの席ねーから!! おめーの席ねーから!!」

 

「でもデスクワークくらいなら…「あんた仕事しすぎでいっつも睡眠時間足りてないでしょ!! オラ休め子供に負担かけんな!!」

 

 サイドキック達の勢いに、ひなたは思わず目を点にする。

 サイドキック達は、ひなたを尊敬する一方で、仕事に熱中しすぎなひなたに少しは休んでほしいと思っていた。

 ひなたが戸惑っていると、人使はひなたの肩に手を置いて言った。

 

「ひなた。仕事なんて代わりはいくらでもいるけど、お腹の子の母親は誰にも代われないんだぞ。俺も出来る限りサポートするから、お前は自分の身体の事だけ気にしろよ」

 

「……うん。ありがとう、皆」

 

 人使が言うと、ひなたはコクっと頷いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 翌日、ひなたは相澤家と山田家、そして人使の両親に報告をした。

 するとひなたの父親のひざしが泣きながらひなたに抱きつく。

 

「ひなたあああああ!!!」

 

「ふぎゃ!」

 

 ひざしがひなたの頭を撫で回すと、ひなたは苦しそうな表情を浮かべながら逃げ出そうとした。

 可愛い娘に子供ができ、ひざしは感動に打ち震えていた。

 

「ああああ俺もついにおじいちゃんかぁぁ〜…あんなに小さかった娘が立派になって…」

 

「ひざしうるさい黙って」

 

「シヴィ!」

 

 ひざしがひなたを抱きしめながら思い出に浸っていると、妻の睡が無理矢理ひざしを引き剥がした。

 睡は、ひざしと一緒に選んで買ったお土産を人使に手渡した。

 

「ひなた、人使くん。おめでとう! これ、私達からのお祝い。良かったら使って?」

 

「たぁ!」

 

 山田家からのプレゼントは、リラックスグッズや身体に優しい飲み物などだった。

 陽夢も、歳の離れた姉の懐妊を喜んでくれているのか、上機嫌でひなたに向かって手を伸ばしていた。

 するとひなたは、満面の笑みを浮かべながら礼を言う。

 

「えへへ、ありがとう! パパ、()()!」

 

「…………っ!!」

 

 ひなたがパァッと笑みを浮かべると、睡は思わず変な声が出そうになるのを堪えた。

 元は教師と生徒の関係だったが、ひざしと結婚してひなたの養母になったので『ママ』って呼んでくれていいと言っていたのだが、いざ呼ばれてみると耐え難いものがあった。

 元教え子にそういう感情を抱いてはいけないとわかってはいたが、自分の事を慕ってくれているひなたに対して萌えていた。

 すると、ひなた達のやりとりを聞いて、笑が消太を笑ってくる。

 

「ははは、娘に先越されたな! もっと頑張ろうぜ消太!」

 

「黙れ」

 

 笑が爆笑しながら消太を揶揄うと、消太が笑を睨みつける。

 結婚して3年目になるが、二人は未だに子供がいなかった。

 ひなたと壊理がいるのでもう充分だとは思っていたが、それでも自分の子供を持ったひなたを見ると、自分達も子供が欲しいという思いが湧いてきた。

 相変わらずな父親達のやり取りを見てひなたが笑っていると、壊理がひなたに話しかける。

 

「お姉ちゃん、赤ちゃん産まれたら会いに行ってもいい?」

 

「もちろん! この子達が産まれたら一緒に遊んであげてね」

 

 壊理が話しかけると、ひなたは笑顔で答えた。

 壊理は、すっかり背が伸びて今ではもうひなたと同じくらいの背丈になっていた。

 ひなたの懐妊を祝福していたのは、ひなたの親族だけではなかった。

 人使の両親も、孫ができた事を喜んでいた。

 

「おめでとうひなたちゃん! 私達も出来る限りサポートするからね! 元気な孫の顔見せてちょうだいね!」

 

「人使にはひなたちゃんを助けてあげるよう言っておくし、私も出来る事があったら何でもするから。困った事があったらいつでも連絡してね」

 

「ありがとうございます、お義母さん、お義父さん」

 

 人使の両親が話しかけると、ひなたはふにゃりと破顔した。

 すると消太がひなたの肩に手を置いて話しかける。

 

「良かったな。あんなに良いご両親になんて、なかなか出会えないぞ。ちゃんと感謝しろよ」

 

「……うん」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その後、ひなたは人美に、人使は悟使に子育ての時に気をつける事を聞いて家に帰った。

 ひなたは、妊娠中にやるべき事・やってはいけない事のリストや、オススメの日用品を、人使は、父親としてやるべき事のリストやひなたの為に作る料理のレシピなどを貰った。

 

 その日から、ひなたの生活はガラリと変わった。

 日中はストレッチをしたり空いた時間で編み物をしたりして過ごした。

 そして夜遅くに帰ってくる人使達の為の夜食を作り置きしておき、10時までには必ず寝るように心がけた。

 最初のうちはつわりで苦しんだりホルモンバランスの関係で情緒不安定になったりする事もあったが、ひなたがつらい時はいつでも人使やサイドキック達が寄り添った。

 

「ひー君、起ーきーてっ。朝だよ」

 

「んん………」

 

 ある日の朝、ひなたが人使を起こすと、人使は眠そうに寝返りを打った。

 するとひなたは、少しムッとしたような表情を浮かべ、着ていたパジャマをガバッと捲って上半身を見せつける。

 

「このおっぱいが目に入らぬか!」

 

「入る」

 

 ひなたが胸を見せつけると、人使はすぐに起き上がった。

 三ヶ月目に突入する頃には、ひなたの胸は見るからに大きくなっており、元々Aカップだった胸が今ではDカップになっていた。

 それだけではなく、ひなたの腹は少し膨らんでいた。

 

「腹少し目立ってきたな」

 

「うん。双子だとお腹出るの早いんだって。そろそろこのズボンも入らなくなってきちゃった」

 

「じゃあ俺新しいやつ買っておくよ」

 

「ありがと〜」

 

 人使が言うと、ひなたはふにゃっと笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 四ヶ月目には、ひなたのつわりも落ち着き、少しずつ食べられるものも増えてきた。

 人使は、パトロールから帰ってきた後ひなたの夜食を作るのが日課になっていた。

 ひなたの為のレシピ集も、今では三冊にもなっていた。

 

「ひなた。うどん作ったけど、食えそうか?」

 

「食う!」

 

 人使が尋ねると、ひなたはピンと触角を立てて立ち上がった。

 ひなたが食卓に座ると、人使がひなたの目の前に鍋敷きを敷き、作りたてのうどんが入った鍋をテーブルに置く。

 人使がひなたの為だけに作った鴨うどんだ。

 ひなたは、ハフハフ言いながらうどんを啜った。

 

「ん〜、おいひぃ!」

 

「ひなた、鼻水出てる」

 

「ん」

 

 ひなたがふにゃりと笑顔を浮かべながら鼻水を垂らすと、人使はティッシュでひなたの鼻を拭った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「〜♪ 〜♫」

 

 ある日の事、ひなたは自分の部屋で編み物をしていた。

 五ヶ月になる頃には子供の性別がわかり、男女の双子だった事が判明したため、ひなたは男の子用と女の子用の帽子を編んでいた。

 

「ひー君、見て! 帽子編んだの!」

 

「可愛いな。よく出来てる」

 

「えへへ、褒められた♪」

 

 ひなたがピンクと水色の帽子を見せると、人使が褒めたので、ひなたはふにゃっと笑みを浮かべる。

 ひなたは、早速次の編み物に取り掛かる。

 

「次はねぇ、ケープ編もうと思ってるんだ〜。あと、よだれかけも作らなきゃ。ねえひー君、ケープに模様つけようと思ってるんだけどさ、どっちがいいかな?」

 

「どっちも作ればいいんじゃない? 双子なんだし」

 

「だよね! ひー君の子だもん、絶対どっちも似合うに決まってるよね!」

 

 人使が首の後ろを手で押さえながら言うと、ひなたは無邪気な笑みを浮かべた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 一ヶ月後、ひなたは笑と睡と一緒に人美に料理を習いに行った。

 ひなたは人美とお菓子作りをする約束をしており、人美に相談したところ、お客さんは多ければ多いほど嬉しいと言ってくれたので笑と睡も誘い、睡の息子の陽夢も含めた4人で人使の実家に行く事になったのだ。

 人美は、ひなた達が来るのを楽しみにしていたらしく、朝からすごく張り切って準備をしていた。

 ひなた達がこの日作ったのは、サツマイモとリンゴのマフィンだ。

 砂糖不使用のヘルシーなレシピで作ってあるので、妊娠中のひなたにとっては嬉しいスイーツだ。

 

「うん、美味しいですねこれ」

 

「この季節のお芋とリンゴはね、甘みが強くなるの。だからお砂糖が要らないのよ」

 

「人美さんのお料理すごく美味しいから、ついつい食べ過ぎちゃうんですよね」

 

「あらやだ、褒めても何も出ないわよぉ!」

 

 片やプロヒーローで、片や普通のサラリーマンを夫に持つごく普通の専業主婦。

 だが、ひなた達にとって、人美は人生の先輩で、息子の嫁とその母親にも親身に接してくれる人格者で、同じ女性として尊敬すべき相手だった。

 子供用の椅子に行儀良く座っていた陽夢は、人美の作ったマフィンを美味しそうに食べていた。

 

「陽夢くん、ケーキおいしい?」

 

「…ん!」

 

「そっか、良かったぁ。じゃあおばさん、もっと作るわね」

 

 陽夢が笑顔を浮かべると、人美は穏やかな笑みを浮かべる。

 ひなたは、料理を習うついでに、人美から子育ての事を手取り足取り教わった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 さらに一ヶ月後。

 

「〜♪ 〜♫」

 

 ひなたは、腹に手を当てながら鼻唄を歌っていた。

 すると人使がひなたに声をかける。

 

「最近よくその歌歌うよな」

 

「うん。この子達がこの歌好きなの。ほら、また蹴ったよ」

 

「そういうの、わかるもんなの?」

 

「何となくね」

 

 ひなたは、腹を撫でながら人使と話した。

 まだ妊娠7ヶ月だというのに、ひなたの腹は臨月の妊婦のように大きくなっていた。

 ひなたは、ふにゃっと無邪気な笑みを浮かべながら話す。

 

「この子達が元気に産まれてきてくれるように、僕も頑張らなくちゃ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 年明け。

 育児日記をつけていたひなたは、睡魔に負けたのか机に突っ伏してすやすやと眠っていた。

 

「くかぁー……」

 

 人使は、幸せそうに眠るひなたを微笑ましそうに見つめながら、ひなたをお姫様抱っこしてベッドまで運んだ。

 双子を妊娠しているひなたは、前に抱きかかえた時よりもずっしりと重くなっていた。

 

「よいしょ…っと。あんなところで寝てたら風邪引くぞ」

 

 人使は、よだれを垂らしながら眠っているひなたの額を愛おしそうに撫で、小さな唇にキスを落とす。

 窓の外では、パラパラと雪が降り始めていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「無理そうだね、無痛分娩」

 

「………えっ?」

 

 医師が言うと、ひなたは目を点にする。

 

「普通はね、硬膜外腔に“個性”由来の麻酔を注入して痛みをなくすの。でもあなたの場合、“個性”も麻酔も効きにくい体質だからね。幸いお腹の子に異常は無いし、経膣分娩でも大丈夫だけど、麻酔なしで頑張ってもらうしかないね」

 

「はぁ……」

 

 医師の説明を受けたひなたは、顔を引き攣らせながら返事をした。

 ひなた達の世代では、分娩といえば無痛分娩を指す事がほとんどだった。

 “個性”黎明期以前は、日本では無痛分娩はあまり流行らなかったが、“個性”黎明期後にとある医療従事者が“個性”由来の麻酔薬の開発によってノーベル“個性”賞と医学賞を受賞した事をきっかけに、日本でも医療業界の革命が起こった。

 従来の麻酔とは違い痛みが全くと言っていいほど無い上に“個性”由来だから後に引かないという利点があるので、新型の麻酔薬は日本でも富裕層を中心に爆発的に流行った。

 日本に出回り始めた当初は『金持ち向けの贅沢』と揶揄されていたが、安価で量産できるようになってからは、もはや新型の麻酔を使った手術が当たり前になり、今では無痛分娩の割合が9割を超えていた。

 そんな中で従来型の分娩というのは絶滅危惧種に等しく、先輩ママ達も皆無痛だと言っていたので、余計にひなたの不安は増す一方だった。

 どうしても不安になったひなたは、スマホで同じような境遇の人の意見を見ようとした。

 だが検索して出てきたのは、余計に不安になる言葉ばかりだった。

『従来型 分娩 死ぬ』『自然分娩 後悔』『陣痛 痛すぎ』などといった検索エンジンの候補に出てきた言葉の数々や、ママ達の交流掲示板に書かれていた『ダンプカーで轢かれるような痛み』『痛すぎて気絶した』などといった意見を見たひなたは、さぁっと青ざめる。

 

「ひぇっ………」

 

 ひなたが青ざめて小刻みに震えていると、人使がひなたの手を握って話しかける。

 

「不安になったらいつでも言ってくれていいからな。もし怖かったら、俺の持ちうる限りの人脈伝って無痛で対応してくれるところ探してみるし」

 

「…ありがとう。でも僕は大丈夫だよ。僕、自慢じゃないけど人より痛みには強いから。へへっ…」

 

 ひなたが笑うと、人使は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 ひなたは、散々人体実験を受けてきたせいで、痛みや薬物に対する耐性がついていた。

 どのみち無痛分娩はできない事は確定していたので、麻酔無しで身体を切り刻まれる体験をしておいて良かったのかなぁ、と、ひなたは心の中で冗談半分に呟いていた。

 ひなたは、可愛い我が子の為ならどんな試練だろうと乗り越えてやる、と心の中で覚悟を決めた。

 

「それに僕、何があってもこの子達を産むって決めたから」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ひなたは、出産予定日の2週間ほど前から検査入院をしていた。

 仮にも日本のプロヒーローの一角を担うひなたなので、病院の中でも一番広い個室での入院になった。

 お見舞いに来た人使がひなたの為にリンゴを剥いていると、ひなたは腹を撫でながら人使に話しかける。

 

「ひー君。あのね、僕、この子達の名前考えてきたんだ」

 

「へぇ、どんなの?」

 

 人使が尋ねると、ひなたは子供の名前を教えた。

 すると人使は、珍しく笑みを浮かべる。

 

「……いいじゃん」

 

「えへへ、でしょでしょ!」

 

 人使が微笑むと、ひなたがニコッと笑う。

 するとその時だった。

 

「……………あ」

 

 突然、ひなたが目を丸くして数秒固まる。

 そしてすぐにベッドの近くに垂れ下がっていたナースコールを押した。

 すると1分も経たないうちに看護師が駆けつけてくる。

 

「どうしましたか、心操さん!」

 

「………多分、破水しました」

 

 看護師が駆けつけてくると、ひなたは呆然としつつも自分の状況を的確に伝えた。

 ひなたが横になっていたベッドは、尻のあたりまでベチャベチャになっていた。

 すると看護師がぞろぞろとひなたの病室に駆けつけ、ひなたはストレッチャーに乗せられて分娩室に運び込まれる。

 

 ひなたが運ばれてしばらくして、分娩が始まった。

 ひなたの“個性”を受け継いだ子供が産まれる可能性があるため、ひなたが運ばれたのは、病院の中でも一番防音設備が整った分娩室だ。

 夫の人使も出産に立ち会い、事前に父親の悟使から聞いた手順通りにひなたの出産をサポートした。

 

「ん゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛…ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛っ…!!」

 

「頑張れ、ひなた…!」

 

 ひなたは、顔を耳や首まで真っ赤にしながらいきんだ。

 人使は、時折ひなたに水を飲ませたり汗を拭いたりしながら、ひなたの手を握って声をかけた。

 両家の家族は、分娩室の前でひなたの出産が終わるのを待っていた。

 ひなたの父親の消太と母親の笑、そして妹の壊理は、不安そうな表情を浮かべながらひなたと子供の無事を祈っており、ひなたのもう一人の父親のひざしは落ち着かない様子でうろうろしていた。

 

「…おい。いつまでそうしてる気だ」

 

「だってよぉ…! ひなたにもしもの事があったら…」

 

「ちょっと、縁起でもない事言わないでよ」

 

 流石に見かねた消太がひざしに声をかけると、ひざしが不安そうに答えるので、睡がひざしに注意をした。

 

「ねぇね…」

 

 ひなたの出産を不安がってうろうろしてる父を見て不安が伝染したのか、陽夢も不安がって睡の服を掴んでいた。

 

「ひなたちゃん…」

 

 人美と悟使は、手を繋いでひなたの無事を祈っていた。

 

「お姉ちゃん…大丈夫かな…」

 

 壊理が不安そうな表情を浮かべながら呟くと、消太は壊理を安心させようと、壊理の手を握った。

 するとその直後だった。

 

 

 

「産まれましたよ! 元気な双子の姉弟です!」

 

 看護師が分娩室から出て告げると、両家の家族は一斉に喜んだ。

 その頃分娩室では、産まれたばかりのひなたの娘と息子が元気な産声を上げていた。

 女の子の方が先に産まれたので、双子の姉弟だ。

 ひなたがゼエゼエと全身で息をしていると、人使がひなたの手を握ったまま声をかける。

 

「ひなた…! すごいぞ、よく頑張ったなぁ…!!」

 

「ひぃくん…ぼく…うぅっ、ふぁああぁああああん…!!」

 

 人使が声をかけると、今までどんなに痛くても悲鳴ひとつ上げなかったひなたが、ここに来て初めて泣いた。

 産まれたばかりの可愛い我が子を見て、やっと夢が叶ったのを実感し、込み上げてきた感情が一気に溢れ出した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その後、双子の検査やその他諸々が無事に終わり、ひなたは病室に戻って育児を始めた。

 人使もひなたの育児を手伝う為病室に戻り、その後しばらくして家族全員で対面となった。

 息子に授乳をしていたひなたは、ふにゃりと笑みを浮かべる。

 

「えへへへ、おててちっちゃぁ…ほっぺぷにぷに」

 

 ひなたは、小さい息子の手を握りながら頬を緩めた。

 するとひなたの息子は、母乳を飲みながらひなたの指をきゅっと握った。

 

「きゃわぁぁ!」

 

 息子が小さな手で指を握ってくると、あまりの可愛さにひなたが悶絶する。

 一方で人使は、授乳を終えて眠っている娘を抱きかかえていた。

 

「可愛すぎ…本当に俺の子か…?」

 

「もうっ、ひー君の子に決まってるでしょ?」

 

「それはそうなんだけどさ…」

 

「二人とも、パパに似て良かったね〜! 将来絶対イケメン美女になるよ」

 

 人使とひなたは、すやすやと気持ち良さそうに眠る我が子を見て親バカを発動していた。

 二人の子供は、人使より若干暗い青紫色の髪をしており、顔立ちも人使に似ていた。

 二人が自分達の子供を可愛がっていると、壊理が話しかける。

 

「お姉ちゃん! 赤ちゃんの名前、もう決めたの?」

 

「うん」

 

 壊理が尋ねると、ひなたが頷く。

 ひなたは、人使と顔を見合わせてふふっと微笑んだ。

 

人音(ひとね)

 

使音(しおん)

 

 人使とひなたは、自分達で名付けた子供の名前を言った。

 娘の名前が人音で、息子の名前が使音だ。

 ひなたは、目に涙を浮かべて娘と息子を抱きしめた。

 

「人音、使音。生まれてきてくれてありがとう。愛してる」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 3ヶ月後。

 人音も使音も何の問題もなくすくすくと成長し、この頃にはひなたも少しずつ仕事に復帰できるようになっていた。

 ひなたの事務所は、総勢100人ものサイドキックや事務員を抱える大手事務所で、その中には育児経験のあるサイドキックも当然在籍しており、育児中のサイドキック用の育児スペースも事務所内にあるので、子供の世話もサイドキックに任せられる環境が整っていた。

 それでも小さいうちは両親の愛情が不足してはいけないので、出来るだけひなたと人使が交互で双子の世話をした。

 

「ただいま〜、人音〜、使音〜! 元気してた?」

 

「ふぎゃあああああっ!! ふぎゃああああああっ!!」

 

「見ての通りメッチャ元気」

 

 ひなたがパトロールから戻ると、娘の人音が、人使に抱き抱えられたまま大声で泣き叫んでいた。

 一方で、息子の使音は、姉の泣き声も気にせず人使におんぶされたまますやすや眠っていた。

 

「わぁぁっ、ごめん! 待ってて、今おっぱいあげるから」

 

「「「わーっ!?」」」

 

 ひなたがヒーロースーツの胸元をはだけさせて授乳をしようとすると、人使やサイドキックが慌てて止める。

 普段はボンデージを彷彿とさせる黒いコスチュームに包まれたひなたの胸がぷるんっと大きく揺れながら曝け出され、男性サイドキックは見るからに動揺を見せる。

 妊娠と出産で大きく育ったFカップの胸は、周囲の男の視線を集めるのには十分だった。

 

「ひなたお前何やってんの!?」

 

「場所考えて下さいよあんた! 男もいるんですからねここの事務所!」

 

「あっ、ごめんなさい! 授乳室行ってきます…」

 

 サイドキック達が全力で止めると、ひなたは恥ずかしがりながら双子を連れて授乳室に駆け込んだ。

 そんなひなたを見て、サイドキックのピーターと、ピーターの妹のウェンディは、顔を見合わせながら話す。

 

「クレシェンドさんもジェスターさんも、ヒーロー活動やら家事やら育児やらで大忙しだよなぁ。少しは俺らの事頼ってくれたらいいのによ」

 

「…ん。でも二人とも、すごく幸せそう」

 

 ピーターが呆れながらもひなたと人使を微笑ましそうに見ていると、ウェンディも表情はわかりにくいが頷いていた。

 ひなたと人使の念願だった庭付きの家では、二人がずっと望んでいた幸せな光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

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