日本全土を揺るがす全面戦争の決着から30年後。
桜がすっかり散り、暖かくなってきた季節。
とある高校では。
「轟ィ!!お前っ…何だこの点数は!?」
「はぁー?」
紅白のメッシュが入った明るい茶髪をツインテールにした少女が、五十代くらいの教師に怒鳴られていた。
教師の手には、赤ペンで『0』と書かれた回答用紙が握られていた。
「こんなひどい点数取ったの、クラスでお前一人だけだぞ!」
「だってセンセの授業つまんないんだもん。こんな事勉強して何になるの?」
「テストの点になるだろうが!!」
「大人ってみんなそう言うよねー」
教師がカンカンに怒ると、少女は呆れたように減らず口を叩き、テストの答案用紙をグシャっと丸める。
少女の名前は轟ミラ。
日本で五本の指に入るトップヒーロー“ショート”の娘だ。
父親譲りの髪色のメッシュと、水色と黒のヘテロクロミアが特徴的だが、明るい茶髪と顔つきは母親譲りだ。
教師に怒られたミラは、不貞腐れながら教室に戻る。
するとミラのクラスメイトが、こってり教師に絞られた彼女を笑う。
「お前マジでバカだなー」
「頭悪いなマジで」
「うるせーよ」
クラスメイトがミラを笑うと、ミラはゲラゲラと笑う。
母親譲りの可愛らしい見た目と底無しの明るさが彼女の魅力だ。
クラスメイトに揶揄われても笑い飛ばしていたミラだが、昼休みになると、隣のクラスの男友達に愚痴を言った。
「何であんなに言われなくちゃいけないわけ!?ヘラヘラしてるからってバカにしやがって!」
「事実じゃねーか。バカだからバカにされんだろ、バカ女」
「何をぉ!?」
ミラが愚痴ると、青紫色を帯びた黒髪とエメラルドグリーンとヴァイオレットのヘテロクロミアが特徴的な小柄な少年がバカにする。
少年の名前は心操
ミラの父親と同じトップヒーローの、“クレシェンド・モルト”と“ジェスター”の三男坊だ。
他の兄妹が父親似な中、唯一母親似の中性的で小柄な外見をしており、挑戦的で外交的な性格も母親譲りだ。
親が元クラスメイト同士という事で昔から交流があり、幼馴染みというよりは兄と妹のような関係だ(側から見れば姉と弟だが)。
「大体よぉ、お前んとこは父親も母親も名門校出身なのに、何でお前だけ頭悪いんだよ」
「はぁあ!?あたしだってあんたと同じ雄英生ですけど!?」
「お前が雄英に入るなんて、どんな魔法使いやがった?」
「実力」
玲音が尋ねると、ミラはドヤ顔をして答える。
すると玲音は、ハッと笑ってミラを小馬鹿にする。
「お前みたいなのが入れるようになるなんて、雄英も地に落ちたな」
「あんたマジでムカつく!テスト学年トップだからって調子に乗りやがって!」
「ははっ、言ってろ」
ムキになって怒るミラを、玲音が冷ややかに笑う。
昔から、深く考えるのが苦手なミラの代わりに頭脳労働をしてきたのは、頭の良い玲音だ。
ミラは、食堂を見渡しながらポツリと呟く。
「…でもさ。ホント最近ヒーロー減ったよね。この高校がかつては倍率300倍を超えるマンモス校だったなんて、信じらんない」
「まぁ、それだけ世界が平和になったって事だろ。俺らが生まれる前くらいに日本でも“個性”使用規制が緩和されたってのに、犯罪率は規制が厳しかった頃より低くなってるって評論家が言ってたぜ。要は世間がヒーローを必要としなくなったんだよ」
ミラが学食の冷たい蕎麦を箸の先でいじくりながら話すと、玲音もラーメンを食べながら話す。
二人の言う通り、ここ数年、街からはヒーローが減っていた。
その主な要因は、トップヒーロー達の目覚ましい活躍にあった。
日本では“大爆殺神ダイナマイト”や“ショート”をはじめとしたヒーロー達が、アメリカではヒーロー“デク”が、そして今は日本を離れてオセオンで活動している“クレシェンド・モルト”と“ジェスター”が、かつてのヒーロー社会を大きく変えた。
かつてのヒーロー達が
かつての英雄“オールマイト”がヒーロー社会を創った英雄なら、今のトップヒーロー達はヒーロー社会を終わらせた英雄だ。
世界中の人々が、ヒーローに頼らずとも生きていけるようになった。
今やヒーローとして食っていけるのは、一部のトップヒーローだけだ。
かつては子供の夢といえばヒーロー一択だったのが嘘のように、今は将来の夢も多様な時代になった。
その流れに従うかのように、雄英や士傑を志望する生徒も激減し、かつては79もあった偏差値も今では60台にまで下がっていた。
「素晴らしい!ヒーローが自ら、自分達の後継を潰したわけだ。いい事じゃねえか。そもそも、本当に世界を平和にしたいなら、ヒーローなんて職は無い方がいいんだ。職業ヒーローってのは、ピンチが無けりゃ成立しないお仕事だからな。ほら、偉い人だって言ってただろ。『英雄って言うのはさ、英雄になろうとした瞬間に失格なのよ』って」
「はいはい、聞き飽きたよ。あんたの脱ヒーロー論」
玲音は、ヒーロー廃止に向かっていく世界の動きを肯定的に捉えていた。
だが『ヒーローはいらない』とまで言ってのける玲音の態度が、ミラには腑に落ちなかった。
「……ねえ、玲音。あんた、何で雄英に入ったの?」
「……………」
ミラが言うと、玲音は黙り込む。
玲音は、食べ終わった食器を持ってすっくと席から立ち上がる。
「ご馳走様。お前も早く食えよ。午後の授業遅れるぜ」
「あっ、ちょっ、待ってよ!質問に答えろ!逃げるな卑怯者逃げるな!」
先に食べ終わった玲音がそそくさと去っていくと、ミラが慌てて追いかける。
◇◇◇
午後の実技の授業。
「次、轟と心操!」
「「はい!」」
担任に呼ばれた二人が、同時に駆け出す。
二人が行っているのは、タイムを競う形式の救助訓練だ。
ミラは氷と炎を使って、玲音は音の“個性”を使って素早く要救助者を救い出した。
するとそれを見ていたクラスメイトが、呆れたように口を開く。
「…やっぱ飛び抜けてんな。あの二人」
「マジで何食ったらああなんだよ」
「ホントにいるんだな。天才って人種は」
二人の活躍に、クラスメイト達は呆れていた。
今の子供達は、親世代に比べて“個性”が強く、複雑化している。
だがその中でも、推薦入学者の二人、ミラと玲音は別格だった。
氷結と炎熱に加えて蜃気楼のような幻を操る『氷炎蜃楼』の“個性”を持ったミラと、他者の“個性”を声で操る『操鳴』の“個性”を持った玲音。
両親の“個性”を複合した“個性”を持った二人は、実力は同年代の中でも頭ひとつ抜けていた。
山岳での訓練を終えて下山した玲音は、怪我をしたのか腕から血を流していた。
「ってて、擦りむいた」
「玲音くん、大丈夫?」
「あー、へーきへーき。これくらい唾つけときゃ治るっての」
そう言って玲音が腕の傷に唾をつけると、本当に完治した。
母親が人工生命体であるためか、玲音にも半分人外の要素が入っており、回復系の“個性”ではないにもかかわらず傷の治りが早かった。
授業が終わった後、二人は話をしながら一緒に寮に戻った。
夕食を食べ終わった後、ミラは玲音の部屋に行って勉強を教えてもらう。
「ねえーレオン!ここわかんない!教えて!」
「それくらい自分で解けよ。高一の範囲だぞ。どんだけ頭空っぽなんだよ」
「空っぽで何が悪いのよ!頭空っぽの方が夢詰め込めんだぞ!」
「開き直ってんじゃねえよバカ女」
「何だとぉ!?実技じゃあたしより下のくせに!!」
「今日一回勝ったからって調子乗んな」
今日の訓練を引き合いに出すミラに対し、玲音がバカにしたように言い放つ。
玲音の言い方にカチンときたミラは、玲音に反論する。
「というか、あんたマジで何でヒーロー目指してるわけ?あんた、典型的な脱ヒーロー論者じゃん。最近流行りの」
「わかってねえな。脱ヒーロー論とプロヒーローを目指す事は、必ずしも両立しねえとは限らねえんだよ」
「は?あんた何言ってんの?」
「まあ、バカに無理にわかれとは言わないさ。ははっ」
「……玲音、あんた凍らされるのと燃やされるの、どっちがいい?」
「おっほー、上等だコラ。爆殺してやんよ」
ミラと玲音は、いつものように口喧嘩をする。
この程度の喧嘩は、二人にとっては日常茶飯事だ。
玲音が喧嘩を買おうとした、その時だった。
「ああーっ!!」
「あ?」
ミラが、突然叫び声を上げて思い出したようにスマホを確認する。
「やば、忘れてた!今週のMステ、推しが出んじゃん!やば、すぐテレビ見なきゃ!」
「どうせ録画してあんだろ?」
「わかってないなぁ、生放送である事に意味があるんじゃん。ま、しょうがないか。ガリ勉だし」
「あ?」
ミラが玲音を馬鹿にしたように言うと、玲音はカチンと来る。
ミラがテレビをつけると、テレビには、煌びやかな衣装を着たアイドルが映る。
見たところ二人よりも歳下で、青紫のメッシュが入った長い黒髪とタンザナイトのようなヴァイオレットの瞳が特徴的な少女だ。
少女が美しい歌声で歌い始めると、ミラがペンライトを両手に握り興奮して叫ぶ。
「きゃわああ!ウタちゃんマジ天使!!尊すぎてマジ足向寝ゲンキン!!顔が良くてありがとう!!」
「そんなに言うほど可愛いか?」
「はぁぁ!?あんたバカぁ!?ウタちゃんの可愛さと才能を理解しない愚かな原生生物が!!マジ全人類ウタちゃんを崇拝すべき!!」
「実の妹なんてそんな大して可愛いもんでもないだろ。というかお前、歌音の事になると謎にボキャブラリー増えるの何なの」
ミラがアイドルの少女を推しまくると、玲音が冷静にツッコミを入れる。
アイドルの少女の名前は心操
クレシェンド・モルトとジェスターの末娘で、玲音の二つ下の妹だ。
歌音は、歌声で人を操る『聖歌』の“個性”を持ちながら、“個性”を一切使わずに自分の実力でトップアイドルの座を手にした、日本中が認める歌姫だ。
確かに、客観的に見て歌音は芸能界の中でもレベルの高い容姿をしており、ダンスも歌も上手い。
歌音のように美貌と実力を兼ね備えたアイドルが他にいないからこそ、歌音は中学生にしてトップアイドルになり得たのだ。
だが身内である玲音にとってはそれが当たり前で、ミラのようにありがたがる程の物を感じなかった。
(今じゃ、ヒーローよりもアイドルが国民的な人気を博してる。若者はヒーローじゃなくてアイドルに熱狂する。超常黎明期以前は、
「ちょっとトイレ」
玲音は、歌音に夢中になっているミラを尻目にトイレへと向かった。
トイレに入った玲音は、イヤホンを両耳に突っ込んで、スマホで映像を再生する。
(世界が、超常黎明期以前の姿を取り戻しつつある。それだけ世界が平和になった証拠だ。だけど……)
玲音は、スマホの映像をぼんやりと眺める。
そこに映っていたのは、母親であるクレシェンド・モルトが人助けしているところを、カメラマンが撮影した映像だ。
玲音は、かつて母親に言われた言葉を思い出す。
──いいか玲音。ひとつだけ覚えておけ。本気で人助けがしたいなら、困ってる人がいつまでもいると思っちゃいけない。
──僕達ヒーローは、
母親の言葉は、幼い玲音少年に響いた。
彼の両親の活躍は、世界から
今やヒーローは、大金と名声が手に入る職ではなくなった。
ヒーローであるはずの両親が、ヒーロー社会を終わらせようとしているのだ。
玲音は、母親に素朴な疑問を投げかける。
──お母さんは、何でヒーローになったの?
(わかってる。ヒーローも
かつての玲音が尋ねると、母親は僅かに目を見開いて、そしてクスッと微笑みながら答えた。
──そんな大した理由じゃないよ。僕を助けてくれたヒーローに憧れたから。たったそれだけ。
(魅入られずには、いられないんだ。自分を変えた、眩しい光に)
玲音は、事故に巻き込まれた住民を助け出す母親の映像を、頬を緩ませながら見ていた。
玲音は、中学三年生になったある日、母親に進路の事を相談した事があった。
──俺もヒーローになる。
──玲音、それは…
──言っとくけど!親父とお袋が創った伝説なんか、すぐに塗り替えてやるよ。お袋がシワくちゃのババアになる頃には、誰もお袋の事なんか覚えてねえだろうな。
玲音が言うと、話を聞いていたサイドキック達がギョッとした。
だが玲音は、続けて言った。
──だから、あんまり生き急ぐなよ。
玲音が言うと、母親は僅かに目を見開いた。
そして、少し微笑みながら言った。
──ありがとう、玲音。
母親との思い出を思い出していた玲音は、いつの間にか動画の再生を終えていたスマホからイヤホンを抜き、ポケットにしまう。
そして誰に言うわけでもなく、ミラに聞かれた質問の答えを返した。
「『何でヒーローを目指してるの』、か。俺だって、理由は単純だよ。憧れたから、それだけだ」
人は、自分を変えた存在をヒーローと呼ぶ。
玲音にとっては、生き方を教えてくれた両親がヒーローだった。
両親のような世界に平和を齎すヒーローになる事、それが玲音の夢だ。
◇◇◇
その頃、研究者達の住む島、I・アイランドでは。
「シールド博士。第4プラントのサンプルのデータ、集計終わりました」
「ありがとう、使音くん」
濃い青紫の髪をしてマスクをつけた青年が、長い髪を束ね白衣を着た中年女性に話しかける。
青年の名前は心操
クレシェンド・モルトとジェスターの長男坊で、玲音の長兄であり、ちょうど一ヶ月前に24歳の誕生日を迎えたばかりだ。
14歳の頃にI・アイランドのアカデミーに入学し、数々の画期的な研究成果を残してきた天才だ。
I・アイランドの大学院を首席で卒業した後は科学者の道へ進み、“個性”関連の研究で偉大な成果を残しノーベル“個性”賞を受賞したメリッサ・シールド博士の助手として研究のサポートをしている。
使音は、メリッサと、共同研究をしている発目に声をかける。
「少しお休みになられては?博士も発目さんも、ここ数日間ラボに篭りっぱなしで…」
「そんな事より!使音くん!是非私のどっカワベイビーを「あっ、いえ。結構です」
発目がサポートアイテムを使音に試着させようとすると、使音はハッキリと断った。
発目の誘いに乗ると碌な目に合わないので、使音には反射的に断る癖がついていた。
父親似の整った顔立ちを見て、メリッサは使音に彼の父親を重ねる。
「ふふっ、本当に人使くんそっくりね」
「正直俺も驚きましたよ。まさか、博士が父と母のご友人だったとは。母のサポートアイテムも、博士が作ったんですよね」
「ええそうよ。今頃どうしてるだろうなぁ、ひなたちゃんと人使くん。会いたいな」
使音が言うと、メリッサは親友の顔を思い浮かべながら呟く。
メリッサは、使音の両親の親友で、クレシェンド・モルトのサポートアイテムの開発者でもあった。
使音は、メリッサから両親の学生時代の話をよく聞かされていた。
メリッサにとって、使音の両親は、自分や父親を救ってくれた命の恩人だ。
すると使音は、携帯を取り出しながらメリッサに話しかける。
「良かったら今度話せるかどうか聞きましょうか?」
「えっ、いいの?」
「ええ。今でもちょくちょく連絡取り合ってるので。忙しくなければ会ってくれると思いますよ」
「本当に!?だったら、近いうちに会えるか聞いてみてくれる?二人の為に作ったサポートアイテムがあるの」
メリッサは、親友の為に発目と一緒に製作したサポートアイテムを使音に見せた。
それを見て使音は、僅かに目を見開く。
そしてすぐに笑顔を浮かべて言った。
「それは良いですね。二人ともすごく喜びますよ」
◇◇◇
その頃、とある大学病院では。
「今日の実習はここまで。皆、お疲れ様」
「通形先生。本日はありがとうございました」
ちょうど臨床実習に来ていた医学生が、今日の実習を終えたところだった。
医学生達が、実習を担当した女医に頭を下げる。
すると女医は、実習生の中でも一番熱心に実習に取り組んでいた女子学生に声をかける。
「心操さん、今日の実習どうだった?」
「正直大変でしたけど、やりがいは感じています。人の命を救うって、すごくカッコいい事だと思ってて…私、先生のようなカッコいい医師になりたいです」
長い白銀の髪を後ろで束ねた女医が尋ねると、濃い青紫色のボブヘアーをして白衣を着ている女子学生は、実習の感想を率直に述べる。
彼女の名前は心操
クレシェンド・モルトとジェスターの娘で、使音の双子の姉だ。
弟と同じく父親譲りの顔立ちをしており、スラッとしたモデル体型は、異性からも同性からも憧れの対象となっている。
現在人音は、医者になるという夢を叶えるため、叔母の病院で実習を受けているところだ。
クレシェンド・モルトの妹で人音の叔母の壊理は、夢に向かって熱意を持って実習に取り組む人音を見て頬を緩ませる。
「良かったぁ。私、お姉ちゃんに助けてもらって、ずっと恩返ししたいって思ってたの。あなたがウチの病院に来てくれて、本当に嬉しい」
壊理が言うと、人音は僅かに目を見開く。
そしてすぐに頬を緩ませて言った。
「…ありがとう、ございます」
人音は、叔母として、同じ業界の先輩として、尊敬する壊理に対して深く頭を下げた。
その後、実習を終えた人音は家に帰った。
「ただいま」
「おかえり。飯作っといたよ」
「ありがとう」
「ママ」
人音は、家にいた黒髪の短髪をした体格のいい男と、角の生えた帽子を被った小さな子供を見て頬を緩ませる。
人音は、大学在学中に11歳歳上の消防士をしている彼氏と結婚しており、2歳の息子もいた。
夫とは両親の仕事の都合で何度か会った事があり、人音の方から高校卒業と同時に猛アプローチをし、とうとう結婚まで漕ぎ着けたのだ。
母親と同じくらいの歳に妊娠が発覚し、医師になる夢と育児との間で板挟みになったが、幸い実習が本格化する前に出産が終わったため、何とか育児と大学生活を両立する事ができていた。
人音の夫は、パソコンで息子にヒーローの動画を見せる。
玲音が見ていたのと同じ動画だ。
「ほら、じいじとばあばだぞ〜」
「じぃじ、ばぁば」
人音の息子は、動画に映る祖父母を見て目を輝かせる。
特に祖母の方は、とっくに40代半ばのはずなのに、中高生に見紛うほど若々しい。
一緒に動画を見ている夫と息子を見て、人音はクスッと微笑んだ。
◇◇◇
その頃、とある大学では。
「頼音ー、今度の合コン一緒に行かね?ちなみにこれが今日来てくれるコ達。可愛いっしょ?」
「あ、ワリ。俺彼女いるからパス」
チャラめの男子学生が話しかけると、青紫の髪をツンツンヘアーにした筋肉質の男子学生が頭を掻きながら断る。
「ちぇっ、なぁんだノリわりーな」
「ごめんごめん。代わりと言っちゃアレだけど、サークルの先輩紹介するからさ」
チャラめの男子学生が去っていくと、体格の大きい男子学生は申し訳なさそうにヘラっと笑う。
青年の名前は心操
クレシェンド・モルトとジェスターの次男坊で、玲音の次兄だ。
兄や姉ほどの天才ではないが、一流大学に通うパイロット志望のエリートで、運動神経抜群の好青年だ。
195cmと、身長は家族の中で一番高く、男らしい容姿と気さくな性格は、大学の女子学生からの人気を惜しみなく集めていた。
だが頼音には、一人愛してやまない女性がいた。
「ごめんお待たせ」
「頼音くん、来てくれて嬉しいです」
頼音は、大学の近くにあるカフェテリアへ行き、艶のある黒髪のボブヘアーをした美女に声をかけた。
女性は、もう40代を超えているというのに、下手したら20代後半に見える美魔女だ。
人生経験を積んだ女性特有の禁断の色気に、頼音は思わず頬を染めて表情を緩める。
「ごめんね、父さんが結婚許してくれなくてさ。母さんは協力するって言ってくれてるけど…」
「まあ、そうですよね。私が親なら、大学生の息子をこんな四十路過ぎたオバサンと結婚させるわけがないです。それに私、頼音くんのお父さんに嫌われてるので。ひなたちゃんに酷い事、しちゃったから…」
頼音が謝ると、女性は少し悲しそうな笑顔を浮かべる。
頼音の恋人の幽華は、過去に頼音の母親の腕を折ったせいで頼音の父親から嫌われており、そのせいで結婚を許してもらえなかったのだ(そもそも息子を自分の妻よりも歳上の女性と結婚させる事自体、頼音の父親の考えに反しているのだが)。
すると頼音は、ガタッと席から立ち上がって反論した。
「そんなのおかしいよ!母さんはとっくに許してるのに、俺がただ本当に幽華さんの事好きなだけなのに…!」
「ありがとう。頼音くんは優しいですね」
頼音が言うと、幽華はクスッと微笑む。
頼音は、真剣な表情を浮かべ、幽華の手を取りながら言った。
「幽華さん。俺、父さんの事説得するし、幽華さんに相応しい男になってみせるよ。あなたとなら、どんな障壁だって乗り越えられる」
頼音は、幽華の手を両手で握りながら告白した。
すると幽華は、優しく微笑みながら頼音に話しかける。
「頼音くん。あなたのそういうところ、私は好きです」
◇◇◇
また別の日、とあるアイドルグループの握手会会場では。
「わあ、ミラちゃんだ!いつも来てくれてありがとう!」
「ウタちゃんマジで今日も顔が良くてありがとう!ダンスのキレ天元突破してたし〜、歌声とかもはや涅槃?的な!」
「あはは、ミラちゃん褒めるの上手〜!」
ミラは、玲音の妹の歌音目当てに握手会に参加していた。
ミラは国民的アイドルの歌音の大ファンで、握手会のチケットを入手した時は泣いて喜んでいた。
そしてミラの付き添いに、玲音も来ていた。
「こんにちわ!いつも来てくれてありがとう!」
「お前、いつもそれやってんのか。あんまり無理すんなよ。母さん、心配してたぞ」
玲音が言うと、歌音はすぐに営業スマイルを浮かべながら玲音の手を取る。
「ありがとう!また来てくださいね!」
「…無視かよ」
歌音が営業スマイルを浮かべると、玲音はうんざりした表情を浮かべる。
その後、歌音はグループのメンバーと反省会をしたのだが、その帰りに一番仲良しのメンバーに話しかけられる。
ピンク色の肌と赤いショートヘアを持つ、ボーイッシュな少女だ。
「よっ」
「あ、三紅ちゃん」
「さっき、お兄さん来てたね」
「うん、来てた」
「たまには休み取ってお兄さんと遊んできたら?お兄さん、歌音の事気にかけてくれてるんでしょ?」
「そしたら、ファンの人達はどうするの?このグループは、私の人気で保ってるようなものなんだよ?私が休んだら、ファンの人達をがっかりさせちゃうじゃない。私が休むなんて、あり得ない」
「目ガンギマリじゃん」
歌音が真顔で言うと、三紅がツッコミを入れる。
三紅は、ため息をつきながら歌音に話しかける。
「ホントにそのメンタル羨ましいよ。自慢でもマウントでもなく、素で自分可愛いって言えるその顔の分厚さもね」
「だって、私が世界一可愛くて才能があるのはただの事実でしょ?それを否定しちゃったら、私をとびっきり可愛く産んでくれたママへの冒涜だもん」
「『違う』って言えないのが腹立つ」
歌音が当然のように言うと、三紅がまたしてもツッコミを入れる。
すると歌音は、大袈裟な身振りをしながら口を開く。
「ママが言ってたんだ。『生まれてこなきゃ良かった人なんてこの世のどこにもいないんだ』って。私はね、世界一のアイドルになって、世界中の人を騙すの。みーんな私の事しか考えられないくらい夢中にして、人から搾取する事なんかよりも、私を崇拝する事が何よりの幸せだって思い込ませるの。きっとそれが、銀河一可愛く生まれた私の運命だから」
歌音は、ニコッと笑って三紅に自分の理想を語る。
そしてヒラヒラと手を振って、迎えの車に乗る。
「じゃーね」
三紅は、歌音の乗る車を見送りながら、ポツリと呟く。
「…かっこよ」
◇◇◇
その頃、オセオンのとある街では。
「きゃはは、待て待て〜!」
「こっち来いよー!」
小学生くらいの子供達が、“個性”を使って追いかけっこをしていた。
かつてはヒーローが手をつけられない程に治安が悪かったスラム街は、すっかりその面影を失い活気に満ち溢れていた。
数年前に大統領が変わってからは、見違えるように街の治安が良くなった。
相変わらず貧しくはあったが、街の人達の心は豊かだった。
「はぁ〜、やっぱり僕、政治家向いてないなぁ」
数年前に新しく就任した若い大統領は、椅子にもたれかかってため息をついた。
メガネをかけ癖っ毛の明るい茶髪をセンター分けにしており、温和な印象を与える好青年だ。
すると、補佐官が大統領に声をかける。
「閣下。クレシェンド・モルト様とジェスター様が面会をご希望されています」
「本当!?久々にセンセイに会うの、楽しみだなぁ!」
補佐官が言うと、大統領は子供のように無邪気にはしゃいだ。
だがすぐに相応しくないと判断したのか、ハッとして慌てて咳払いをした。
「あっ…ゲフン」
大統領は、窓越しに街並みを眺めながら、補佐官に自分が子供だった頃の話をした。
「僕は、日本から来たヒーローに救われた。ヒーローなんて、目立ちたがりで人の命で金儲けするような奴等だと思ってた。でもあの人達は、『金なんかいらない』って口癖のように言いながら、荒んだ街には活気と平和を、腹が減った子供には食べ物を、職のない人達には仕事を与えてくれた。“無個性”でもヒーローになりたいって僕の夢を、嗤わずに応援してくれた」
大統領は、かつてスラムで見放されていた自分を救ってくれたヒーローの顔を思い浮かべながら無邪気に笑う。
「なれちゃったんだよなぁ、実際。だって僕、今じゃプレジデントだよ?センセイには、感謝してもし切れないよ」
「ご本人達にお伝えになっては?きっとお喜びになると存じます」
大統領が笑顔を浮かべながら言うと、補佐官も僅かに微笑む。
オセオンの現大統領は、かつてスラムで暮らしていた“無個性”の少年だった。
物取りに襲われそうになっていたところを助けてくれたのが、クレシェンド・モルト達だった。
彼女達は、貧しい子供達に衣食住と教育を与え、身勝手な
おかげでオセオンの貧民街は、人々の生活はまだ貧しくはあるものの、平和で清潔な街になった。
クレシェンド・モルトは、かつての大統領の恩師でもあった。
“無個性”でありながらヒーローに憧れた少年に、夢と希望を与えた。
少年は、プロヒーローになる事はできなかったものの、今自分にできる事を必死に考えて政治家の道を志した。
その結果、ヒーロー制度発足以来世界で初めて“無個性”の大統領が誕生した。
彼自身も、自分と同じような被差別層の子供達に夢と希望を与えるヒーローになったのだ。
そしてその頃、その大統領がかつて在籍していた中学校では。
人種も家柄もバラバラの子供が、同じ教室に集まって黒板に視線を向けていた。
すると前の扉から、黒いヒーローコスチュームを着た男女が入ってくる。
一人は長い黒髪を高い位置で括った小柄で童顔の美女で、一人は青紫の髪をオールバックにした長身で精悍な顔立ちの中年男性だ。
よく見ると、二人はお揃いの指輪を薬指にはめていた。
「みんな、席について!今から授業を始めます」