天駆ける神意 HEAVENLY MIND   作:家葉 テイク

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第一章 整理整頓は小まめにすること >> 『雲上学区』設営戦
chapter01 鉄と汗と、そして空


 鳴り響く金属音に、男達の野太い怒声。

 コードと鉄板によって覆われた体育館くらいの広さの空間を、そうした効果音が駆け巡っていく。

 警備員(アンチスキル)が使用している制式駆動鎧(パワードスーツ)の廉価版サポート機器を身に纏った作業員達が行き来しているそこは、工事現場以外の何物でもなかった。

 

 

「あー、結局快適な訳よ。持っててよかった整備技術。結局、芸は身を助くとはこのことよねー」

 

 

 まさしくムサい男達の独壇場とでも言うべきその場で、異彩を放つ少女が一人。

 金色の長髪を緩くウェーブさせた高校生くらいの少女、フレンダ=セイヴェルンはサポート機器を何一つ装備することなく優雅に休憩所のベンチに腰かけていた。

 

 

「無資格のくせによく言うぜ……」

 

 

 そんなフレンダの背にかけられる、しみったれた声が一つ。

 なんだかんだで地獄の第三次世界大戦を切り抜けた無能力者(レベル0)、浜面仕上は廉価版駆動鎧(パワードスーツ)のサポート機器を身に纏った次世代作業員姿になっていた。

 体の各部に3Dモーションアクターのような機材を取り付けた姿は、その暑苦しさと相俟って、一目見ただけではとてもではないが肉体労働者には見えないだろう。

 

 

「こっちは汗水流して作業してるってのに、無資格のお前が気楽に頭脳労働に励んでんのは納得いかねえよ。そっちもこっちに来いよ無能力者(レベル0)

 

「僻むんじゃないわよ。結局、資格なんてバイトじゃそこまで神経質に見られたりしないし。実務レベルで問題ないなら問題なしなの」

 

 

 恨みがましいブルーカラーの視線を受けても、ホワイトカラーフレンダ様は平然とペットボトルのミルクティーに口をつけるだけだった。

 それから思い出したように不満を滲ませて、

 

 

「……っていうか、仕方がないでしょ。結局、暗部が潰れた今、真っ当にお金を稼がないとやっていけないんだから。私もアンタも無能力者(レベル0)な上に高校になんか通ってすらいない訳だし、奨学金がない以上こうやって働いてお金を稼がないといけないんだからさ」

 

「その()()()にすら格差を感じるんだがよ……」

 

 

 ブツクサ言う浜面だが、こればっかりは仕方がない。

 元『暗部』の中でもチームネームつきの『一軍』の正規構成員だったフレンダと下部組織の下っ端にすぎなかった浜面では、持っている『技能』の格が違いすぎる。世の中、何だかんだギリギリの瀬戸際では技能を持っている奴が強いのである。

 

 

「……暗部が潰れた、ね」

 

 

 それからややあって、フレンダは自分で口にした言葉を舌の上で転がすように繰り返した。

 

 

 ──ローマ正教やロシア成教による宣戦布告を端に発した第三次世界大戦は、彼らを取り巻く環境も大幅に替えた。

 元々ガタガタだった学園都市の暗部は戦争のドタバタで完全に潰れて、結果として微妙な立ち位置にした浜面達『アイテム』は第三次世界大戦の中で獲得した交渉材料を元にして暗部から足を洗った。

 しかし、元々所持していた財産で土地を転がして不動産でお金持ちとなった麦野様と違い、無能力者(レベル0)で金欠な浜面と金遣いが荒いフレンダが日々の銭を稼ぐためには、こうして額に汗して働く必要があるのである。

 

 

「なんだ、アンニュイな顏して。まさかあの血みどろの暗部の世界が恋しいとか言わねえよな?」

 

 

 フレンダの横顔によぎった影を見て、浜面は眉を顰めて言う。

 実際、このフレンダ=セイヴェルンという少女は人並みをはるかに超える嗜虐性を抱える一面も持ち合わせていた。敵対者を無用に甚振り『狩る』ような形で殺害する悪癖もあったくらいだ。少なくとも、真っ当な善人ではない。

 まぁ、それを言ったら暗部に転げ落ちた時点で浜面も同類といえば同類ではあるのだが……。

 

 ともあれ、問いかけられたフレンダは心外そうな表情を浮かべて、

 

 

「冗談。私だって、この期に及んで足を洗うことを拒絶するほど救いようがないつもりはない訳よ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「…………こうやって頑張って今月の家賃を納めないと、鬼の大家さんにブチコロシされちゃうんだなぁって」

 

「言うな……」

 

 

 煤けた笑みを浮かべるフレンダに、浜面は天井を仰いだ。

 不動産の審査というのは意外とシビアなことが多く、フレンダや浜面のような未成年で無能力者(レベル0)で学生でもないいわゆる『フリーター』ではろくな物件を選べない。

 そこでフレンダ達に手を差し伸べたのが彼女達の元上司、麦野沈利であった。

 しかしこの麦野不動産、当然ながら家賃の徴収に情状酌量の余地などと言う言葉はない。毎月決められた家賃を耳を揃えて返せなければ、どんなオシオキが待っているか分かったものじゃないのだ。

 

 

「お前はまだ良いだろ。いざとなればお友達の家に転がり込むっていう選択肢だってあるんだし」

 

 

 それから、浜面は自分と同じように深刻な面持ちのフレンダに鼻白んだ調子で指摘する。

 このフレンダという少女、暗部のプロのくせに表裏問わずとにかく友人が多く、その数一〇〇〇人以上というレベルなのであった。その彼女のコネクションを以てすれば、家出少女が友達の家に転がり込むのを日替わりでやっても三年弱は持たせることが可能な計算だ。

 しかしフレンダは首を振り、

 

 

「それがそうでもないんだって。心当たりは確かにあるけど、全寮制のお嬢様学校だったりとかで転がり込む訳にもいかないタイプも多いし。それに友人関係って、過度な貸し借りを作らないのが長続きのコツって訳。家出して転がり込むのは明らかに『バランス』が崩れている」

 

「そんなもんかね」

 

 

 フレンダとは違い狭く深い交友関係(スキルアウト)しか持たない浜面はピンと来ない考え方だった。咄嗟に転がり込める相手がいるなら、数か月はお邪魔したって良いのが彼らの関係値だ。

 

 

「どうしたって誰しもいつかはお金を稼いでいかないと生きていけない訳ではあるんだけどね。そういう意味じゃ、此処は結構いい現場だと思うわよ」

 

 

 両手を広げてみせるフレンダの言葉が、鉄とコードで覆われた空間に響く。

 どう考えても息が詰まるようなロケーションではあったが、意外にも言われた浜面の反応は賛とも否とも言えない曖昧な態度だった。

 いや、直前までの態度を思えば、明確に『賛』に寄っていると言えるレベルで。

 

 

「……まぁ、胸が躍らなくはねえけどよ」

 

 

 ムサい男どもが作業している、鉄と汗の匂いに満ちた工事現場。

 その壁にあたる部分には、幾つかの窓が配置されていた。

 

 

 そしてその窓の向こうには──一面の()()()()()()()が広がっている。

 

 

「せっかくの『天空』。楽しまなきゃ損だしね」

 

 

 ──ここは上空五〇〇〇メートル。

 

 浜面とフレンダは、天空の工事現場でお仕事中なのであった。

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