朝、今日は一人で登校する日。堀北がいないと、心がスースーする。これは寂しいってことだよね。
周りの登校してる人たちは皆暑そう。そろそろ夏が来るんだ。夏になったら、皆は何をするんだろう。私は......少しは、起きてようかな。
あ、見たことのある背中だ。少し駆け足でその人を追いかける。
「龍園、おはよう」
「......俺と仲良く通学しようとか正気か?」
龍園はちょっとだけ意外そう。でも一人だったから、龍園も寂しいのかなって思っちゃった。
「正気だよ。それと、聞きたいこともあるんだ」
「なんだ。聞きたいことってのは」
二人で歩いていると、少しだけ見られる。龍園って有名人?
でも龍園との話に集中したいから視線なんてどうでもいい。
「今回の事件って龍園がやったの?」
「それは俺が全ての元凶だとでも言いたいのか?」
「うん」
「なぜそうなる?今回は石崎たちが須藤に殴られたって事件なんだぜ?」
「そうだね、龍園は関係ない。じゃあ改めて確認させて欲しい。龍園はCクラスで一番偉い人、これは間違いない?」
「フン、偉い人ってなんだよ。ガキみてぇな言い方だな」
「どうなの?」
もう一度聞くと、龍園は堀北みたいなため息をついた。
「まあ、そうだな」
「ありがとう。それが確認出来ればいい」
それさえ分かれば、いい。
「一応言っておくが、話し合いで解決なんて無理だと思うぜ?石崎たちも須藤に対して相当腹を立てているからな」
「それは須藤が怪我を負わせちゃったから?」
「そうだな。その点だけは揺るぎようのない事実だ」
「......そっか」
今まで色んな人の話を聞いてきた。でもどっちが悪いかなんて、私には分からない。それでも、やっぱり須藤のことは救ってあげたい。
「龍園さん!おはようございま......あ、綾瀬さん!?どうして二人が......」
「石崎、おはよう」
「あ......お、おはようございます!」
もうすぐ玄関に着くところで石崎がいた。
石崎、凄い頭下げてる。なんで石崎って私にこんな感じなんだろ。龍園にも似たような感じだからこういう人なのかな。
少しだけ歩くと、もう玄関。
「じゃあな心音。お前が何をしてくれるのか、楽しみにしてるぜ」
「さようなら綾瀬さん!」
「ばいばい」
龍園と石崎は先に教室に向かった。
龍園が最後に言ったこと。何をしてくれるか、だっけ。
私に特別な何かをしてあげられるほどのことなんてない。だから最後まで堀北たちを信じる。
でも、それでも駄目だったときは────。
夜、オレは特別棟の調査で得た結果をもとに、パソコンで通販サイトを閲覧していた。
「しかし今日は驚いたな......」
オレは今日、学校を通学しようとしたらたまたま一之瀬と出会った。
一之瀬帆波。長くスラリと伸びたロングウェーブで、ストロベリーブロンド色の髪が特徴の美少女。クリッとした大きな瞳、二つのボタンで留められたブレザーを押し出す大きな胸。真っ直ぐ伸びた姿勢は堂々とした性格にマッチしていて、可愛いや綺麗の前に格好いいという印象の方が強い。
そんな一之瀬と協力関係を結ぶことになったオレたちだったが、一緒に通学していると、一之瀬からある相談を受けた。
クラスメイトから告白をされるかもしれない。
そんなことを相談されてもオレでは力不足で、しかも相手がまさかの女の子だったために余計にどうしたらいいものかと思ったものだ。
放課後に約束の場所で彼氏のフリをして欲しいなんて頼まれもしたが、オレは正直に1対1で話すべきだとアドバイスをした。結局一之瀬はその告白してきた相手、千尋と呼ばれた相手と話し、なんとかその場は綺麗に収まったようだ。
「さて......それにしても高いな......ん?」
通販サイトでお目当てのものを探していたオレの下に一本の電話が入った。着信欄には綾瀬心音の名前が表示されている。思わず二度見して確認してしまった。綾瀬から電話なんて初めてだ。
「......どうした綾瀬?」
『......』
電話を取ってみたが反応がない。
「おーい、綾瀬?」
『......もしもし、これ、できてる?』
「出来てる出来てる。それで、何か用か?」
『えっとね、明後日......櫛田と一緒に佐倉のカメラを治しに行く。それで、佐倉もいるんだけど、綾小路も来て』
「え、オレも?」
女の子三人に囲まれながら休日に出掛けるのは嬉しいが抵抗もある。
『最初に櫛田に相談したら、綾小路がいると須藤のことが分かるかもしれないって』
「なるほどな」
堀北を連れていっても佐倉が怖がりそうだし、そもそも休日にあいつがそんなことに付き合うとも思えない。池や山内なら櫛田しか見ないだろうから論外。つまり消去法でオレが一番適任ということか。
『ねえ綾小路』
「ん?」
『もし私が────』
そこで綾瀬は言葉を止めた。
突如訪れる沈黙。それは5秒、10秒と続いた。
『......ううん、何でもない』
それは何でもあるときの反応だ......
けどやっぱり伝えないという判断をした綾瀬に再び聞く勇気などなく、オレはそのまま流すことにした。
『明後日よろしくね、綾小路』
そう言って、綾瀬は通話を切った。
最後言いかけたことは何だったんだろうか。今日は寝付きの悪い夜になりそうだ。
日曜日のお昼前、オレは約束を果たすためにショッピングモールへとやって来た。
二つ連なったベンチの片方に腰を下ろす。まだ誰も来てない。
「おはよー!」
周囲の喧騒を裂く、満面の笑みを見せる櫛田が近づいてきた。
「お、おう、おはよう」
思わずドキッとしたオレは、ちょっと言葉に詰まりながらも軽く手を上げる。
「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いや、オレも着いたばかりだから」
デートのテンプレみたいなやり取りをしつつ、オレは櫛田を上から下まで全身を見てしまう。可愛い、可愛いぞ櫛田。初めて見る櫛田の私服姿に感動を覚えてしまう。
「あ、綾瀬はまだ来てないみたいだな?」
若干の興奮を誤魔化すように綾瀬が来ていないことを確認する。すると櫛田は、得意気な顔でオレを見た。
「ふふふ......実はね、今日は綾瀬ちゃんと一緒に来たんだよ!」
「え?でもいない、けど......」
「綾瀬ちゃーん、出てきて良いよー!」
「ん......分かった」
櫛田が建物の角に呼び掛けると、そこから綾瀬が出てきた。
「こ......これは......!」
櫛田と同じで初めて見る綾瀬の私服姿。それはいつもの制服を纏った綾瀬とは全く違っていた。
黒色で半袖のブラウスは肘のところがヒラヒラしていて妖精のように可愛らしい。そして膝まで伸びたスカートの色も黒。綾瀬の服装は全体的に黒で染められていて、それがどこか艶やかな印象を感じさせもする。
加えて、ブラウスとスカートから伸びる色白の美しい腕と脚、そして綾瀬の肩まで伸びた白い髪が鮮やかな黒と白のコントラストを生み出している。
そして驚きなのが......。
「寝癖が......ない......!?」
「ふふーん!そこは私が頑張ったんだよ!せっかくお出掛けするんだからおめかししないとね!」
誇らしげな櫛田。ナイスだ。ナイスすぎる。
寝癖がないと綾瀬がいつも以上に綺麗に見えて、目の前の綾瀬はもう見た目だけで言えば非の打ち所のない美少女だった。
「綾小路......どう?」
「ウッ......!」
上目遣いで『どう?』と言われて胸がキュンキュンしてしまった。
可愛い......可愛いすぎるぞ!果たして本当に良いのだろうか......?こんな美少女に囲まれてお出掛けなんて......
「......え!?」
突如、何かに驚いたような声が聞こえてくる。その声の主は帽子を被っていてマスクまでしているというどこか不審者みたいな格好をしていた。
「......!......!」
そして声にならない声を挙げながら携帯を持ち、何度もパシャパシャと音を鳴らしながら綾瀬を撮り始めた。
「......佐倉?」
その不審者らしき人物の正体は佐倉だった。綾瀬に呼び掛けられて佐倉は少しだけ正気を取り戻す。
「......あ、ご、ごめんね!?あ、あああ、綾瀬さんが可愛すぎて......つい......」
そう言いつつも写真を撮る手を止めない佐倉。マスクで口元は見えないが、なんとなくニヤついているのが分かる。鼻息も荒く、だいぶ興奮してるみたいだ。
「いやー、気持ちは分かるなー。私たちもあんな感じだったし」
「でもあれは少し怖いぞ......」
オレもそうなりかけたが、あれは佐倉じゃなかったら問答無用で通報してるぐらいの怖さがある。
これは櫛田に聞いた話だが、綾瀬は男子にも人気だがそれ以上に女子からの人気が凄まじく、なんだかマスコットみたいで可愛らしいとのこと。そんな綾瀬を見たら大抵の女子は抱き締めたくなるようだ。
「あ......!お、おはようごさいます......」
「おはよー!佐倉さんって意外と......ハイテンション系?」
「ちちちち、違うんです......!これは違うんです!」
佐倉は顔を横に振って否定したが、あんなところを見せられてしまうとあまり説得力がない。
「佐倉、風邪引いちゃったの?」
「あ......これは目立たないようにしようと思って......」
「それだと逆に目立つと思うけど......」
「そう、ですよね......」
そう言い、申し訳なさそうにマスクだけを外す。
「デジカメの修理って、ショッピングモールの電気屋さんでいいんだよね?」
「確か修理の受付もやってるはずだ」
「すみません......こんなことに付き合わせてしまって」
「別にいい。大事なもの、治すんでしょ?」
「......うん」
心底申し訳なさそうにしてた佐倉だったが、綾瀬にそう言われて頬を赤らめながら微かに笑った。なんだろう、さっきまで可愛いと思ってた綾瀬が急にカッコよく見えてきた。
そうして訪れた電気屋。基本的に利用客は学生だけということもあって店そのものはあまり大きくない。しかし、学生たちが利用する可能性のある電化製品は一通り揃っているように思えた。
「修理の受付は......確か向こうのカウンターでやってたよね」
櫛田は何度か来たことがあるのか、思い出しながら店内の奥に向かう。その少し後をオレたちが付いてく。
「すぐ直るかな......」
不安げな様子で、佐倉はデジカメを握りしめる。
「よっぽど好きなんだな、カメラが」
「うん。......変、かな?」
「なんで?全然変じゃないよ?写真を撮るの、趣味......なんだよね?私には趣味なんてないから羨ましい」
「羨ましいなんて、そんな......」
綾瀬の趣味か。睡眠......は趣味みたいなものになってるけど厳密には違うか。お菓子もなんか違う。どっちかと言うと好きなもの、だな。
「あったよ、修理を受け付けてくれるところ」
店内は商品が多くて視界が悪かったが、店の一番奥に修理の受付場所があった。
「あ......」
何故かぴたりと佐倉の足が止まる。その横顔は、何か嫌なものを見つけた嫌悪感を露骨に表したもののように感じた。
けど、佐倉の視線の先を追っても特に変なものは見つからなかった。
「どうしたの?佐倉さん」
櫛田も立ち止まった佐倉を変に思ったのか、声をかける。
「あ、えっと......その......なんでもないから......」
何か言いたげな様子だったが、そう言われてしまうと何も出来ない。
結局オレたちはそのまま受付カウンターへと足を運び、櫛田が店員にデジカメの修理を依頼する。
こういうときは櫛田に任せるのが一番である。櫛田は店員に淀みなく用件を伝え、デジカメの持ち主である佐倉は承諾や疑問点にのみ答える。綾瀬はオレと一緒に後ろからその様子を眺めてるといったところだ。
それにしても店員がやけにハイテンションだな。さっきからまくし立てる勢いで櫛田に積極的に話しかけている。可愛い子相手で気持ちが高ぶっているのか、やり取りが一向に進まない。
さすがにまずいと感じた櫛田が話を進めるべく、佐倉にデジカメを出すよう促した。
ようやく店員が故障の原因を確認し始め、ある程度の原因と修理には2週間かかることが分かった。そして佐倉が保証書なども保管していたことから無償で修理を受けられるらしい。
あとは必須事項を記入して終わり。のはずだが、佐倉の手が用紙を前にして止まる。不思議に思った櫛田が佐倉に声を掛けるが、佐倉は何か躊躇っている様子だった。
そして、先ほどまでは櫛田に夢中だった店員がそんな佐倉をジッと不気味な目で見つめていてた。
「どうしたの?」
後ろから眺めていた綾瀬がカウンターへと向かった。すると、店員が今度は綾瀬を見つめた。その目は綾瀬の美貌に驚いたといった様子......だったが、程なくしてその目の色が変わる。店員は何やら額に汗を浮かべながら、顔を強張らせていた。
「ねえ」
「は、はい......?」
綾瀬に呼び掛けられて少しビクッと身体を震わせる店員。
「────喧嘩、したいの?」
「え!?いやいや!そんなこと......え、なんで喧嘩......!?」
「え......だって私をそんな目で見てたから......」
「みみ、見てません!そんな目で見てません!!」
『なに見てんだよコラ』的なノリでヤンキーみたいなことを言う綾瀬。怖すぎる。もう綾瀬をじっくり見るの止めようかな......
とにかくこのままだと事態が進展しなさそうなのでオレは行動することにした。
「ちょっといいか」
「えっ?」
オレは佐倉の隣に立つと、握っていたペンを渡すように手を伸ばした。
「修理が終わったらオレのところに連絡ください」
「ちょ、ちょっと君?このカメラは彼女のだよね?それはちょっと......」
「メーカー保証は販売店も購入日も問題なく証明されてますし、法的な問題はどこにもないと思いますが。それとも彼女じゃなければならない理由でもあるんですか?」
「い、いえ。分かりました......大丈夫です」
必要事項の記入はすぐに終わり、用紙と共にデジカメが預けられる。
「凄い店員さんだったね......凄い勢いでまくし立てられたから焦っちゃった」
「ちょっと......気持ち悪いよね......」
「ど、どうかな......もしかして、知ってたの?店員さんのこと」
佐倉は小さく頷く。
「カメラを買ったときに話しかけられたことがあって......それで、一人で修理に行くのが怖くて......」
「あ......もしかして、それで綾小路くんが?」
「女の子だからな。住所とか携帯番号を書くのに抵抗があるんじゃないかと思ったんだ」
その点男のオレなら、バレて困る情報はない。
「あ、ありがとう......綾小路くん。凄く、助かった......それに、綾瀬さんも......」
「......私?何にもしてないよ」
「そんなことないよ......店員の人に立ち向かったの、頼もしかった......」
あれはちょっとどうかと思うが、佐倉がそう言うなら別にいいか。
しかし店員のあの目......気になるな。オレはバレないように櫛田をチラッと見た。
「櫛田さんも、ありがとう。今日は櫛田さんのおかげで全然話しかけられずに済んだよ」
「全然、こんなことで良ければいつでも協力するから」
まあ色々あったが、とりあえず佐倉のデジカメが修理されたことを喜ぼう。
「そうだ、ついでで悪いんだけどさ、ちょっと店内を見て回ってもいいか?」
「何か欲しいものがあるの?」
「欲しいものというか、ちょっと気になるものというか。まあ今日はポイントもないから下見程度なんだけどな」
適当にそこら辺を回り、目的のものをチェックする。そしてオレは携帯のアドレス帳を呼び出した。
目的の相手は池を通じて連絡先を交換していた博士(外村)。もし綾瀬の声が入ると博士がどうなるか分からないので、綾瀬から距離を取る。
「博士、ちょっといいか?」
「む?綾小路殿から電話がかかるとは珍しいでござるね。なんでござるか?」
オレが博士に商品の概要を伝えると、博士はその辺りの知識にも精通していることを教えてくれた。
「じゃあ、もし必要になったらセッティングも頼んでいいか?」
「ふふっ任せるでござる。ただし!
「......博士だって今はあまりポイントないだろ?せめて夏休みとかがいいんじゃないか?」
「確かに......そのときになったら宜しく頼みますぞ!」
そう言って博士は元気よく電話を切った。まったく、安請け合いはするもんじゃないな。
「待たせたな」
「もう終わったの?」
「さっきも言ったけど、あくまで下見だからな」
そろそろ時間的にもお開きの時間だ。
「そろそろ帰ろっか。それじゃ、また学校でね」
そう言って解散を切り出した櫛田。
「あのっ......!」
ところが佐倉がオレたちは呼び止めた。
「今日のお礼って言ったら少し語弊があるけど......須藤くんのこと、協力出来るかも知れない......」
「それって、佐倉さんが須藤くんたちの喧嘩を見てたってことだよね?」
「うん......私、全部見てた。本当に偶然なんだけど......」
嬉しい申し出ではあるが、佐倉が無理していないのかが心配だ。
「佐倉、無理しなくてもいいんだよ」
「大丈夫......多分、黙ってたら後悔、すると思うから。今まで目立つのが嫌で、何も言えなかったけど......須藤くんのこと、証言する」
「......そっか」
「ありがとう佐倉さん!きっと須藤くんも喜ぶよ!」
佐倉の手を取る櫛田。笑顔を浮かべる櫛田を見つめる佐倉。そして、そんな二人を感情の分からない表情で見ている綾瀬。
とにかくこれで、須藤たちが求めていた目撃者が、手に入った瞬間だった。
綾瀬の私服姿を描写するのにだいぶ苦戦しました。