ホームルームを終えた茶柱先生を職員室の手前で呼び止める。佐倉が目撃者だったと報告するためだ。
一緒に電気屋へと向かったメンバー。オレ、綾瀬、佐倉は後方で待機、そして櫛田が茶柱先生に報告している。
「佐倉が事件の目撃者だと?それは本当なのか」
茶柱先生が佐倉に確認を取る。
「は、はい......見ました......」
少し緊張した面持ちで佐倉が一歩前へ出る。
「お前の話は分かった。だが佐倉、どうして今になって証言した。私がホームルームで報告した際には名乗り出なかったな」
「それは......その......私は誰かと話すのが、得意じゃなくて......」
「得意じゃないのに今になって証言するのも変じゃないか?本当に事件を目撃しているなら初日に申し出るべきだ」
「サエは佐倉が嘘をついてるって思ってるの?」
「そうだな。期限ギリギリになって現れた目撃者、それもDクラスの目撃者となれば疑うなという方が無理がある」
「茶柱先生!そんな言い方は酷いと思います!」
「酷い?しかし端から見たらそうとしか思えない。都合よく同じクラスの生徒が人気のない校舎にいて偶然一部始終を目撃した。出来すぎだ」
茶柱先生の言い分はもっともだ。
佐倉が事件を目撃していた事実は、あまりに出来すぎ。
オレだって第三者に同じことを言われれば、絶対に内輪の作り話だと思うだろう。
「サエの言ってること、分かる。でも佐倉のことは信じてあげて」
「私だって自分のクラスの生徒が言うことを信じてみたいさ。だがな綾瀬、ときには物事を公平なジャッジで見ることも必要だ。分かるな?」
「......そんなの、分かんない......」
綾瀬は珍しく茶柱先生にそっぽを向いた。綾瀬が茶柱先生にこういった態度を取るのはなかなかない。
「それなら時間を掛けて理解していくことだ。そして佐倉、お前が目撃者だと言うなら私は当然の義務として学校側に伝えよう。だが場合によっては審議当日、佐倉には話し合いに出席してもらうことになるだろう。人と関わるのが嫌いなお前に、それが出来るのか?」
試すような発言で佐倉を揺さぶる茶柱先生。
案の定佐倉は、当日のことを想像してか若干顔が青ざめている気がした。
「あの!私たちもその審議に参加することは出来ませんか?」
佐倉を心配して櫛田が名乗りを上げた。人前で証言することに加えて、須藤と二人きりで審議に参加するなど佐倉には酷だからな。良い判断だ。
「須藤本人の承諾があれば許可しよう。だが何人もというわけにもいかない。最大で二人まで同席することを許可する。よく考えておくように」
追い出されるように職員室を後にしたオレたちは教室に戻り、堀北に説明する。
「当然と言えば当然の結果ね」
「ごめんなさい......私が、もっと早く名乗り出てたら......」
「いいえ、目撃者がDクラスである以上そこはもう関係ないわ。ただ審議では突っ込まれる可能性があるから多少の覚悟はしないといけないけれどね」
堀北なりの慰めなのか分からないが、佐倉を庇うように言った。堀北の言う通り、心構えだけはしておくべきだろう。
「それから櫛田さん、綾瀬さん。当日は私と綾小路くんに出席させて貰えないかしら。あなたたちが佐倉さんの支えになることは十分理解しているけれど、討論となれば話は別よ」
「それは......うん、そうだね。私じゃ、その部分は力になれないと思う」
「分かってる。それは私の役目じゃない」
櫛田が力になれないなんてことはないと思うが、本音は互いに協力なんてしたくないんだろうな。綾瀬は議論の場に立つと何が起こるのかが分からない怖さがあるので当然不参加。
「佐倉さんも、それで構わないかしら?」
「......わ、わかった」
不安で胸がいっぱいって感じだったが、この場ではそう答えるしかないだろう。
確認も含め、オレたちは昼休みの教室で作戦会議を開いていた。堀北は参加を渋っていたが、綾瀬がしつこく袖を引っ張るため参加となった。相変わらず綾瀬には弱い。
「明日......須藤くんの無実を証明できるかな?」
「当たり前だろ櫛田。俺はハメられただけなんだからよ。無実に決まってる。なあ?」
二人はほぼ同時に、堀北へと意見を求める。答えるのが面倒だと思ったのか、堀北は無言でパンを口に運んだ。
「なあ綾瀬、堀北は今どんな感じなんだ?俺は何か間違ってたか?」
「んー......須藤、男の子は積極的にアタックしなきゃ......」
「ばっ......!そういうこと言うんじゃねぇよ!」
須藤は綾瀬によく堀北のことを相談するようになっていた。しかし、綾瀬はそういうことが全く分かっておらず、大体星之宮先生の言葉を真似する。
「あ、おいちょ、まだ読んでる途中なんだから返せよ!」
「いいじゃんかよ。俺だって金半分出してんだからさ」
さっきから静かだと思ってた池と山内が雑誌を取り合っていた。ポイントが無い無いという割には、毎週雑誌を買う金を捻出するんだから凄い。
「池、山内。私にも見せて」
「もちろん!やっぱり皆で仲良く見るのが一番だよな!」
「そーそー!争いなんて何も生まないさ!」
綾瀬の一言がくだらない争いに終止符を打った。須藤の事件もこれぐらい簡単に終われば良いのに。
「あれ......?」
そんな光景を見ていた櫛田が考え込む素振りを見せた。
「......もしかして......」
「どうした?」
「あ、ううん。何でもない。ちょっと引っ掛かっただけだから」
よく分からないが、櫛田は携帯を取り出して調べ物を始めた。
帰宅したオレはベッドで横になりテレビをボーッと見てた。多分今のオレは綾瀬みたいな顔をしてるんだろうな。
そんなオレの携帯に一通のメールが届いた。
『今、何してますか』
『一人で部屋にいる』
短く返信し、佐倉からメールが戻ってくるのを待つ。
『もし良ければ今からお会いできませんか。1106室です』
『誰にも秘密でお願いできると助かります。特に綾瀬さんには』
立て続けに2通メール、というよりもチャットに近い感覚で届いた。
気になるのは綾瀬の名前。
『5分でいく』
そう返信してから、オレはシャツのまま部屋に向かうことにした。
女子の住むエリアは上の階層。足を踏み入れるのは初めてだ。
ルールとして午後8時以降は立ち入りが制限されているが、それまでの時間だったら男子が上の階層に移動することは特に問題ない。
下から上がってくるエレベーターをボタンを押して呼び止める。そしてエレベーターが開き乗り込もうとすると、そこには綾瀬と堀北がいた。
「綾小路だ」
「......」
オレは今から女子のエリアに行こうとしている。それをこの二人に見られるのはなんとなく気まずい。しかも佐倉からは秘密でと言われているから余計にどうしようかと思ってしまう。
「なに、乗らないの?」
「あ、いえ。乗ります......」
5分でいくと言った手前、ここでエレベーターを逃すして時間を食うのも良くないと判断して結局乗ることにした。オレは佐倉の部屋がある11階のボタンを押した。13のランプが光っているところを見ると、二人は13階に行くらしい。
「綾小路、聞いて聞いて。堀北がご飯作ってくれるんだよ」
ヨダレを垂らしながらちょっと早口で喋る綾瀬。
「お前がそんなことをするなんて珍しいな」
「普段の彼女は質素な食事をしてるもの。たまには栄養のあるものを食べさせないと駄目なのよ」
そう言いながら堀北は流れるようにハンカチで綾瀬の口許を拭う。慣れたものだ。
「綾小路も来る?」
「非常に残念ながら用事があるんだ。ごめんな」
「安心して。元々部屋に入れる気ないから」
誘ってくれた綾瀬の気持ちも少しは考えてやれよ!あまりにも可哀想じゃないか!......オレが。
会話の流れから今から二人が向かうのが堀北の部屋だということが分かった。一応覚えておいておこう。
ようやく目的の11階に辿り着いたのでエレベーターから降りる。その際に綾瀬だけは『ばいばい』と言って手を振ってくれた。綾瀬は優しいなぁ、堀北と違って。
「お邪魔します......」
「......どうぞ」
私服で出てきた佐倉がオレを迎え入れる。
「それで、オレに何か用か?」
「あの、綾小路くんが前に言ったこと......覚えてますか......。私が目撃者だったとしても、名乗り出る義務はないって......」
オレは小さく頷いて見せた。
「......私、自信がありません......」
「明日のことが、か?」
「明日......先生たちの前であの日のことを聞かれたら、ちゃんと答えられる自信がないんです......」
佐倉はテーブルに額から崩れ落ちた。
「あ────もう、どうして私はこんなにダメなのぉぉ!」
そしてジタバタと手足を動かして自分自身を恥じる。
「......やっぱり佐倉ってハイテンション系なのか?」
いつもの姿にギャップは感じるが、こういった光景を見るのは初めてじゃなかった。
「はっ!?ちが、違います!これは違います!!」
本人も醜態を見せてしまったことに気付き、顔を真っ赤にして首を振る。
「......綾瀬さんなら、こんなことないのになぁ......」
綾瀬の名前が出てきて佐倉のメールに添えられた一文を思い出した。
「そう言えば綾瀬には特に秘密にしたがってたけど、あれはなんだったんだ?」
「......綾瀬さんにだけは、こんな情けない姿見せたくなくて......あの、私、綾瀬さんみたいになりたいんです......」
あれを真似するのは全人類無理だろ、と言いたくなったがそういう雰囲気じゃなかったので口を閉じる。
「綾瀬さんって凄く強い人、だと思います」
「佐倉は綾瀬のどういうところが強いと思うんだ?」
「綾瀬さんって、色んな人から見られてるのに、そんなことまるで気にしてないのが、凄くて......」
いつだって綾瀬は周りの視線など気にしない。そこまで見られることのないオレだって他人の視線なんて嫌なのに。
「それに、全然話したことない人にもいつも通りに話せて、それが......どうしてそんなこと出来るのって思う。しかも須藤くんのためにCクラスまで行ったって......きっと綾瀬さんは私みたいに怯えたりなんてしない......」
「確かに綾瀬が怯えて震えている姿なんて想像できないな」
もしそういうときが来たとしたら、それは綾瀬の中で大切な何かが修復不可能なまでに壊れたときかもしれない。
「もし綾瀬さんが目撃者だったら、すぐに名乗り出て......ううん、きっと事件を見た瞬間に『何をしてるの?』って言いながら止めに行ってたと思う」
その姿は容易に想像できた。それはきっと、常人にはなかなか出来ないことであるはずなのに。
「私はそんな綾瀬さんにずっと憧れてた。ずっと、ずっと話してみたかった。それなのに綾瀬さんに話しかけてもらうまで私はずっと一人でうじうじと......」
「だから綾瀬には少し心を開いていたのか」
「そ、そんな風に見えました?」
「まあ、うん」
オレがそう言うと、佐倉は顔を赤くして下を向いた。
「......いつか櫛田さんには謝らないといけません。櫛田さんはこんな私に初めて話しかけられた人だったのに、勇気がなくて......本当は友達になりたかったんですけど」
少なくともオレや佐倉のような人間は友達を作るのに苦労する。オレも佐倉と同じで、友達という関係を深く考えすぎなんだろう。
「でも、櫛田さんには本当に申し訳ないんですが、綾瀬さんに名前を覚えてもらっていたのが嬉しくて、そのときは、少しだけ話すことが出来ました」
「綾瀬は人の名前をしっかり覚えられるから凄いよな」
「うん......あ、あの......これ、見てくれませんか」
そう言って佐倉はパソコンを立ち上げた。少しの間待つと、デスクトップの画面が映る。
「お、おお......」
オレは佐倉のパソコンに映るデスクトップの壁紙を見て衝撃を受けた。
そこに映っていたのは綾瀬の姿。そして左上にあるフォルダを開くと、そこに綾瀬の写真がズラっと並んでいた。それをクリックして画像を大きくし、次々にスライドしていく。しっかり綾瀬の寝顔まであるぞ。いつの間に撮ったんだ。
「綾瀬さんっていつも自然体なのに凄く可愛いんです。私なんかとは大違い」
別に佐倉もそこまで悪い顔をしてるわけじゃないのに、どうしてそこまで自信がないのか。
「私は......綾瀬さんみたいになれると思いますか......?」
きっと佐倉の中では綾瀬はどこまでも上にいる存在なんだろう。
憧れというのはその人の指針を良くも悪くも決めてしまう。
もちろん何にも憧れずに無気力に生きていくよりは、憧れの人に近づいていこうとする方が良いだろう。だが、それも行きすぎると成長の妨げになってしまう。
「佐倉は決して綾瀬にはなれない」
「そう、ですよね......」
「それは当然のことなんだ。だって佐倉は佐倉なんだから」
綾瀬が言っていたテセウスの船のような考え方では、どこまでも自分という名の羅針盤を大事にしていたのを思い出す。
「佐倉。もしお前が強くなりたいと望むなら、自分だけのために与えられた役目とは何なのかを考えるんだ」
「自分だけのために、与えられたやく、め......」
己の役目を自覚して生きている人間はそこまで多くない。
なんとなく自分はこういう人だと思うことはあるだろう。だが大抵の人間は今はこうでもいずれは変わるかもしれない、自分には可能性があるから自分を結論付けるのはまだ早いと自覚の先延ばしをする。
それが正常。
だからこそ己の役目を全うしようと自覚した人間は傍から見れば異常者に見え、誰よりも強く見えるのだ。
「綾瀬のようになりたいというのは佐倉のためじゃない。佐倉はもう少し自分を大切にしてもいいんじゃないか?」
「私は......自分を大切になんて......」
「それならまず明日、自分自身のために証言してみればいい。もちろん佐倉にとってそう簡単に出来ることじゃないっていうのは分かっている。でも、佐倉は一人じゃないんだ。もし佐倉が怖くなったとしてもオレや綾瀬、櫛田がついている」
自分を大切に出来る人間は、その次に他人を大切にすればいい。だけど佐倉にはまだそれが出来ない。
自分が幸せになれずに、他人を幸せにすることなんて出来ないのに。
「自分のために踏み出すことが怖かったらいつでも相談してくれ。だってオレたちは────友達だろ?」
「とも、だち......いいんですか?私と友達になっても......」
「ああ。もちろんオレだけじゃない。きっと綾瀬も、櫛田も佐倉のことを友達だと思っているさ」
「.......ありがとう。綾小路くん。私、明日頑張れる、かも」
佐倉に必要なのは、自分だけの道を歩くために傍で支えてくれる人間。
だからオレは────『オレ自身のため』に、佐倉を支えよう。
佐倉と話した日の夜。櫛田の号令の下、オレの部屋へと須藤を除くメンバーが集まっていた。
櫛田は堀北にも声をかけたようだが、結局参加することはなかった。綾瀬も誘ったみたいだが、それでも来ないなら諦めるしかない。
「何か進展あったの?櫛田ちゃん」
「うん!私凄いことに気づいちゃった。綾小路くんパソコン借りてもいいかな」
「ああ」
そう頷くと、櫛田は寮に備え付けられたデスクトップパソコンを起動した。オレのデスクトップの画面は特に変更していなく、シンプルなものだ。
「じゃーん。これをご覧くださーい」
櫛田がアクセスしたページは誰かのブログのようだった。作りも凝っていて、個人が作ったというより業者が手掛けるような本格的なページだった。
「あれ、佐倉だ」
「へ?佐倉?いやいや、これって雫でしょ?」
「雫?」
「グラビアアイドルだよ。ちょっと前まで少年誌とかにも出てたんだぜ」
ブログには個人でアップしたと思われる画像がいくつか乗っている。グラビアアイドルというだけあって、容姿もプロモーションも文句のつけようがない。
「これ、佐倉だよ」
「まっさかぁ!いくらなんでもそれはないって綾瀬ちゃん!」
「ううん、佐倉。そうでしょ?」
池と山内は否定するが、綾瀬には自分の中で確信があるようだ。答えを求めるように櫛田を見る。
「さすが綾瀬ちゃん!そうなんだよ!私も気づいたときはびっくりしたよ~......」
「......マジで言ってんの?佐倉って、いやいやいや、あり得ないでしょ」
「......なあ池。もしかしたらマジで佐倉かもしんない.......」
「や、山内まで?」
オレもパッと見た時は結びつかなかったが、間違いなく佐倉だ。
池はまだ信じられないのか、オレたちと画面を右往左往見てる。
「あの佐倉が、雫......嘘だあ。ちょっと雰囲気は似てるけど別人だって。だって雫ってめっちゃ明るい感じするぜ?なあ綾小路」
「いや、佐倉で間違いない。ほら、ここ」
佐倉がアイドルの雫と同一人物であることを裏付け証拠を見つけたので指を差す。
「僅かにだが寮の部屋の扉が写っている」
「この寮と同じ、だね」
「ってことは本当に佐倉が雫......!?すげぇ!!俺らのクラスにグラドルがいたなんて!」
「雫といえば結構人気だったよな!?やべぇ......興奮してきた!」
興奮を抑えられない池と山内は、スーパーハイテンションになる。
「......なんで佐倉はこんなことをしてるの?」
綾瀬の疑問も当然だ。まるでコインの裏表。
だが、これで佐倉が綾瀬を自然体なのに可愛いといった意味は理解できた。
オレはてっきり自分に自信がないからと思っていたが、佐倉がそう言ったことにはこの雫としての自分が作られた自分であることを自覚していることが関係しているのだろう。だからこそ私なんかとは大違い、なんてフレーズが出たんだと思う。
夜の9時が近づき、さすがにそろそろ解散となり、全員を玄関まで見送る。
「くし......」
オレは櫛田なら佐倉のことがもっと詳しく分かるんじゃないかと思い呼び止めようとするが、綾瀬たちがいるこの場では深く聞けないと思って止めた。
皆が帰った後、オレは雫のブログを見ていた。ブログは2年ほど前、佐倉が中学2年生の初めのころからスタートしており、それから1年間、ほぼ365日ブログは更新され続けている。
ファンからのコメントにもほぼ全て対応するという徹底ぶり。けど、さすがにこの学校では外部と連絡を取れないので入学してからは返答をしていない。
最近のコメントの多くは早く雑誌のグラビアに戻ってきて欲しいとか、そんなファンらしい言葉が綴られていた。
そんな中、オレはちょうど入学の時期と重なる3か月ほど前のある書き込みに思わず目を奪われた。
『運命って言葉を信じる?僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』
これだけならファンの行きすぎた妄想だ。けど、それは毎日のように書き込まれていて、段々とエスカレートしていた。
『いつも君と近くにいるよ』
『今日は一段と可愛いかったね』
『目が合ったことに気づいた?僕は気づいたよ』
まるで雫の近くにいる、とでも言いたげな書き込みだった。
この閉鎖された学校の中で、佐倉を見ることの出来る人間は非常に限られている。
必然的に連想されるのは電気屋の店員。
そして先週日曜日の書き込みを見つけ、身の毛がよだった。オレは一つの確信に至る。
『ほら、やっぱり神様はいたよ』
佐倉がカメラを修理に出すときに足を止めたこと、必須事項の記入を躊躇ったことがこれで繋がる。
佐倉もあの店員がこの書き込みをした人物だと気づいていたんだ。
そいつが書いたと思われるその後の文章を探す。
『今何してるの?会いたいよ会いたいよ会いたいよ』
『君の傍には神様気取りをした悪魔がいる』
佐倉は想像を絶する恐怖を身近に感じて怯えているんじゃないだろうか。
しかし、この問題は今日明日で解決できるものじゃない。佐倉は須藤のことで必死に戦おうとしてくれているんだ。
とりあえず今は特に解決の手立てもない。結局は彼女のSOSを待つ以外に取れる手段はなさそうだった。
須藤が話し合いをする日。私と綾小路は佐倉のところに行った。
「大丈夫か?」
「あ、うん。......平気だよ」
顔は暗いけど、佐倉からは頑張るって感じた。
「佐倉、これ貸してあげる」
首に手を回して、十字架を取る。
私には必要なもの。だけど今は大丈夫。
「これ......は......?」
「昔、佐倉みたいな子に貰った。もし怖くなったら、それを握って」
その子は怖くなると、いつも神さまに祈りを捧げていた。私はそれが意味のないことだと知ってる。でも、その子にとっては意味のあることだったんだと思う。
「うん......ありがとう......」
私に話し合いで出来ることはない。だからこれで、少しでも佐倉の傍に私がいると思ってくれれば、それでいい。
放課後のチャイム。
「頑張ってね堀北さん、須藤くん」
櫛田が堀北たちに声をかける。
「堀北。須藤と佐倉のこと、お願い」
「......やれるだけのことはするわ」
話し合いは4時から。今は3時50分。
「行きましょう。遅れると印象が悪いわ」
堀北たちは席を立って教室を出ていった。後は任せるしかない。
「さてと、あとは堀北さんたち次第だね。私たちはどうしようっか?」
「私は......待ってる。堀北たちが迎えに来てくれるから」
「そっか。それなら私もしばらく付き合うよ。本当はずっと一緒にいたいけど、用事があるんだ。ごめんね」
「ううん。いい」
私と櫛田は教室に残ってて、他の皆はもう帰っちゃった。
教室にはもう私と櫛田しかいない。
静かな教室。私たちは座ることもなく、立ちながらそこにいた。
そう言えば、櫛田に聞きたいことがあったんだ。
「ねえ櫛田。佐倉はメガネを外すと、どうしてあんなに違うんだろう。そんなこと、する必要ないのに」
「びっくりしたよね~。でもあんなに可愛いと男の子が皆佐倉さんのことを見ちゃうから、それが嫌なんじゃないかな?」
「櫛田、違う。私が言いたいの、そう言うことじゃない」
「......何が言いたいのかな?綾瀬ちゃんは」
「私は佐倉がどうして嘘をついてるんだろうって、言いたかった」
私がそう言うと、櫛田がくるっと回って背中を向けた。教室の扉の方を向いてる。
「ははっ、なるほどね。嘘をついた理由が知りたいんじゃなくて、そもそもどうして嘘をついてるのかが知りたいんだ」
「......うん」
佐倉が誰かに見られたくないって思ってるのは分かった。でも、だからってどうして嘘をつくのかが分かんない。そのままの佐倉でいればいいのになって、思っちゃう。
普段の佐倉、メガネを外した佐倉。どっちが本当の佐倉なのか、それは分かんない。
でも、私と話してるときの佐倉は、きっと嘘をついていない佐倉だった、と思う。
「どうして私にそんなことを聞いたのかな」
「え......なんと、なく?」
「いいんだよ。綾瀬ちゃんまで嘘をつかなくても」
「......?」
櫛田が、なんか変。なんで.......?
まだ櫛田は、こっちを見ようとしない。
「私は嘘なんてついてな────」
「────分かってんでしょ?あんたには私のことが」
「......え?」
振り向いた櫛田は、顔も、声も、雰囲気も全然違った。何が起こったのかが、分かんない。
「くし、だ......?」
「綾瀬ちゃんは嘘が嫌い?」
「......良くないって、思ってる......」
「だから分かんないだろうね。人がどうして嘘をついているかなんて」
「櫛田......どうしたの......?」
どうしよう.......櫛田を怒らせちゃった......?
でも、こんなのは見たことがなくて、何も分かんない。
「なんだ、あんたのその目でも私は見抜けないんだ。それならちょっと損したかも。でもいいや────あははっ!」
また櫛田の顔が変わった。でも、いつもの櫛田とも、さっきの櫛田とも違う。
なんか、チエみたいな......でも、いつものチエじゃなくて。
.......ダメ。上手く言えない.......。
「ねえ綾瀬ちゃん。私たちってよく周りの人から天使って呼ばれてるんだよ。知ってた?」
「......ううん」
「そうだよね、綾瀬ちゃんはそういうの興味ないから知らないよね。そんな綾瀬ちゃんは私なんかよりもよっぽど天使だよ」
天使とは、神さまの遣い。
「ところでさ、いま須藤くんたちがやってることってほとんど裁判みたいなものだよね。それならきっと綾瀬ちゃんがあそこにいたら、すぐ終わってたになぁって私は思ってるよ」
分かんない。私には話し合いで出来ることなんて、何もない。
「......なんで?」
「ん?だって綾瀬ちゃんは────天使だからだよ」
見たことのない顔で、櫛田は笑っていた。
櫛田が私の方に、近づいてくる。
「綾瀬ちゃんは誰よりも綺麗だよ」
そして、櫛田が自分の手を私の肩に置いて、私の胸元にそっと飛び込んできた。感覚が鈍い私の身体でも、櫛田の体温が伝わってくる。
「綾瀬ちゃんだけは私の味方でいてね」
「っ......」
櫛田が私の耳元で囁く。耳がくすぐったくて、ゾクゾクってした。
「......櫛田も、寂しい......?」
「さあ、どうなんだろう」
櫛田が、分かんない。どうして、こんなことをするんだろう。
分かんないけど、私は動けなくて。
しばらくの間、そうしていた。