生徒会、Cクラスの石崎、小宮、近藤と担任の坂上先生、そしてDクラスのオレたちと茶柱先生を交えた審議は佳境を迎えた。
最初は堀北が兄貴を前にして萎縮していたが、そこは綾瀬顔負けの刺激を堀北に与えさせてもらうことで何とかした。何をしたのかは敢えて伏せておく。
いつもの堀北に戻ると、堀北は自らの考え、ルール、根拠に基づいた理論をぶつけ、石崎たちは怪我を負ったという証拠で戦った。
いくら理論武装したところで、実際にある武装には勝てない。そこで目撃者である佐倉を呼ぶことでオレたちも武装を手に入れることにする。ただ、目撃者というだけではあまりに脆かった。
万策つきたか、そう思われたときに佐倉がオレたちも知らない新たな証拠があると発言した。
佐倉が提出したものは数枚の写真。そこに写っていたのは愛くるしい表情を浮かべているアイドルの雫。そして、まさにこれ以上ないタイミングを押さえた、喧嘩騒動を表す1枚だった。
これでいよいよオレたちも同じ土俵に立てた。しかし、佐倉の写真は須藤が石崎を殴ったというところを収めたもので、喧嘩が終わった場面のもの。これではどちらが仕掛けたのかは分からない。
そこで坂上先生はこの事件の落としどころを提案する。
どちらが仕掛けた仕掛けてないは一旦置いておいて、どちらも喧嘩をしてしまった以上、罰の重さを相手を傷つけたか傷つけていないかで判断することにしないかと。
須藤には二週間の停学、石崎たちには一週間の停学。これが坂上先生の提案だ。
妥協案としては、申し分ない内容。堀北もここまでのようだと静かに悟ったらしい。
────だがここで諦めるようではAクラスなど目指せない。
オレは最後まで発言するつもりはなかったが、微かな手助けをすることを決める。
それは勇気を出した佐倉、そしてオレたちを信じて待つ綾瀬に対しての敬意とでも言っておこうか。
「堀北。本当にもう手は無いのか?頭の悪いオレには何一つ解決策は浮かばない。それどころか坂上先生の提案を入れるべきだと思った」
そうでしょう、と薄く笑い坂上先生はメガネをあげる。
「須藤の無実を裏付ける証拠なんてあるわけがない。いや、存在しないんだ。もしこれが教室やコンビニなんかで起こった出来事なら見ていたって記録もあったんだけどな。人も居ない設備もない特別棟じゃどうしようもない」
教室やコンビニにはカメラが設置されている。だが特別棟にはない。だからこそ起きた事件。
「いくら話し合いをしたところでどちらも嘘だと認めない。こんなのはどこまでいっても平行線だ。これなら話し合いなんて最初からしなければ良かったぐらいだ。そうは思わないか?」
オレは堀北の目を直視し、そう締め括った。この言葉は堀北にどんな風に届いただろうか。
「......私は今回、この事件を引き起こした須藤くんには大きな問題があると思っています。何故なら、彼は日頃の行いを、周囲の迷惑を全く考えていないからです。喧嘩に明け暮れていた経歴、気にくわないことがあればすぐに手を上げる性格。そんな人が騒動を起こせば、こうなることは目に見えてたからです」
「なっ......堀北テメェ......!」
「あなたのその態度が、全ての元凶だということを理解しなさい」
須藤の気迫に覆い被せるように、堀北は更なる気迫を持って須藤を睨み付けた。
「彼は反省すべきです。今回のこと、そして今までの行いを。ですが────」
堀北は一度言葉を区切る。
「今話し合われている事件に関しては私は須藤くんに何ら非はないと思っています。何故なら、この事件はCクラス側が仕組んだ意図的な事件だと確信しているからです。このまま泣き寝入りするつもりはありません」
「なっ────!?」
坂上先生の提案が受け入れられるだろうと思っていたCクラスの生徒たちは先程まで余裕だった態度を一変させた。まさか堀北が完全無罪を主張するとは思っていなかったのだろう。
「僕たちは被害者です生徒会長!」
「ふざけんなよ!被害者は俺だ!」
「そこまでだ。これ以上この話し合いは時間の無駄だろう」
生徒会長、堀北学はこれ以上進展が生まれることのない議論に終止符を打つ。
「今日の話し合いで分かったことは、互いの言い分は常に真逆。どちらかが非常に悪質な嘘をついているということだけだ」
DかC、どちらかのクラスが嘘をつき続け学校を巻き込んでいる。
もし事実が明るみになれば停学どころでは済まない。
「Cクラスに聞く。今日の話に嘘偽りはない、そう言いきれるのだろうな?」
「も......もちろんです」
「ならばDクラスはどうだ」
「俺は嘘なんてついてねえ。全部本当のことだ」
「では、明日の4時にもう一度再審の場を設けることにする。それまでに相手の明確な嘘、あるいは自分たちの非を認める申し出がない場合、出揃っている証拠で判断を下す。もちろん、場合によっては退学という措置も視野に入れる必要がある。以上だ」
結論を下し、堀北兄はこの審議を閉めた。
速やかに退出するよう言われ、生徒会長室を後にした。
「君の嘘が、大勢の生徒を巻き込む結果になったことを反省してもらいたい」
今にも泣き出しそうな佐倉に坂上先生が冷たい一言を放った。
「わ、たしは......嘘、ついてません......!」
佐倉は綾瀬から預かったロザリオに近いものを強く握りしめながら坂上先生に立ち向かった。
それを見て坂上先生とCクラスの生徒は微かに怯んだが、すぐにこの場を去る。
「思い切って啖呵を切ったようだが勝算はあるのか?堀北」
「負けるつもりはありません。では、私たちはこれで失礼します」
そう短く言い残し、オレたちもこの場を後にした。
「あのよ、今から綾瀬のとこ行くんだよな」
綾瀬は審議が始まる前、教室で待ってると言った。審議も長くなってしまったから大分待たせてしまっている。
「そうだけど、それがどうしたの?」
「......わりぃ、それなら俺はパスだ」
「それはどうしてだ?」
「今の俺を綾瀬に見せたくねぇ。よくわかんねえけど、そんな気がすんだ......なんか、今の俺って多分ダセェからよ......」
須藤は珍しく声を小さくしながらそう言った。
これは須藤も先程の議論を通じて少しは反省した、ということだろうか。
須藤は綾瀬をライバルだと言った。
自らを反省した須藤は自分が恥ずかしくなったのだろう。そんな姿をライバルの綾瀬には見せたくないのだ。
「すまねえ、明日も頼む」
須藤はそう言い残して帰った。
「あの、これ......綾瀬さんに返してあげてください」
佐倉は綾瀬のロザリオに近いものを堀北に渡した。
「堀北さん、あまり役に立てなくて、ごめんなさい......」
「いいえ、あなたが用意してくれた写真は議論の展開を大きく変えたわ。私もあなたに、助けられた」
「よく勇気を出したな」
「それは綾瀬さんが勇気をくれたから......ううん、綾小路くんと、堀北さんも、だね」
佐倉はしっかりとオレたちの目を見た。
「ありがとう......」
そして小さく笑った。
「私、頑張ってみるね。勇気を出して。綾瀬さんには『助けられたよ、ありがとう』って伝えて......」
佐倉も須藤に続いて帰った。
そして残るはオレと堀北。オレたちは綾瀬の元に向かわなければいけない。
「綾瀬さんは色んな人に影響を与えているのね」
自分では気づいてないだろうが、それは堀北にもだ。
「あいつは話し合いで出来ることなんてないって言ったけど、綾瀬がいなかったら今頃佐倉は泣いていたかもな」
そして最後に坂上先生に立ち向かうこともなかった、オレはそう思っている。
堀北と歩いてると、Dクラスの教室にたどり着いた。
教室には綾瀬が席に座りながらオレたちを待っていた。綾瀬の顔は窓の方を見ていて、顔が見えない。
「綾瀬。終わったぞ」
「......」
呼び掛けてみたが、綾瀬から反応が返ってこなかった。
「綾瀬さん?」
「────え?」
堀北が声を掛けると綾瀬が振り向いた。
「審議が終わったから迎えに来たぞ?まあまた明日の4時にやることになったんだけどな」
「......そう」
「......?」
オレと堀北は綾瀬の様子が少しおかしいことに気づいた。心ここにあらずといった感じだ。
「......どうしたの?」
「......何が?」
「何が、って......あなた、何か変よ?」
「......へ、ん......?」
「もしかして眠たいのか?」
「......さあ、どうなんだろう」
あまり会話が成立していないように思う。まるで入学当初にした会話みたいだ。
「これ、佐倉さんから預かったわよ」
それは綾瀬が佐倉に預けたロザリオのようなもの。綾瀬のロザリオは数珠を使っておらず、銀色のチェーンが巻かれていた。どこか不十分なロザリオ。それを堀北が綾瀬の首に掛ける。
「佐倉から伝言だ。『助けられたよ、ありがとう』だってさ」
「......そっか」
やはりどこか反応が薄い。
「......とりあえず帰るか」
気にはなったけど本当に眠たいだけかもしれないし、ずっとここにいてもいいことはない。
オレたちは教室を出て、玄関まで辿り着く。そこには一之瀬と神崎がいた。
「やっほ。随分遅かったね」
「お前たちも待っててくれたのか」
「どうなったかなって思って」
オレが一之瀬たちに審議のことを話そうと思ったら堀北が一歩前に出た。
「明日の4時にまた話し合いをすることになったわ。あまり時間もない中、ここであなたたちに会えたのは都合がいいわね。まずは私の話を聞いてほしい。そしてあなたたちには用意してもらいたいものがあるの────」
そこからは堀北が仕切った。
実質不可能と思われた『完全無罪』。
堀北はそれを得るための手段を一之瀬たちに説明する。
分かんないことが、いっぱい。
今日、堀北と綾小路に何度か声を掛けられた気がするけど、昨日櫛田と話してからずっと、何も頭に入らない。
「櫛田......」
私は櫛田に、どんな風に思われてたんだろう。櫛田が言っていたこと、全然分かってあげられなくてごめんね。
「......須藤のこと、どうなったんだっけ......」
堀北と綾小路が何かを言ってた。一之瀬と神崎がいたのも覚えてる。でも、何を言っていたのかを覚えていない。
確か今日の4時にまた話し合いをするって言ってたのはまだ覚えてる。
「あれ......今、何時......?」
時間は3時32分。
堀北も綾小路もいつの間にかいなくなってる。
「......っ......頭っ、いた、い......」
脳が焼ける。
これ以上分からないことを深く考えるのはダメ。
今は櫛田のことは忘れる。そして堀北たちが何を言っていたのかも忘れる。
「動かなきゃ......」
いつの間にか時間がもうない。とにかく、動くんだ。
私がやれること、それをする。
Cクラスの教室。私はそこに向かった。
「ねえ、龍園どこ?」
Cクラスに着いたから、近くにいた人に声を掛けた。
「お、お前は......龍園さんはいないぞ。どこにいったかは、俺も知らない」
「じゃあ電話して」
「えぇ!?い、いや俺はちょっと......」
頼んでみたらその人は嫌がった。じゃあ誰か、代わりの人......
「どうかしましたか?」
女の子が、こっちに来た。
「それが......」
「龍園と二人で話がしたい」
「龍園くんと話、ですか。私が連絡しましょうか?」
「うん。お願い」
「分かりました。少々お待ちください」
その子が携帯で電話を掛けた。
「龍園くん。綾瀬さんが龍園くんと二人でお話したいみたいですよ」
少し待つと、電話が終わった。
「龍園くんから伝言です。屋上で待ってる、ですって。ふふっ、まるで決闘でもするみたいですね」
「ありがとう。えっと......」
「椎名ひよりです。今後ともよろしくお願い致します、綾瀬心音さん」
「うん。またね、椎名」
「ええ」
屋上は階段を一番上まで上ればある。
上に、上に。
「ついた......」
目の前には扉。それを開けると、龍園がそこにいた。扉を閉じる。
「龍園。もしかして私のこと、待ってた?」
「それはどういう意味だ?俺はお前に呼び出されたからこうして待っている。当然のことだろう?」
「......そうだね」
なんとなく、ずっと前からいた感じがするけど、今はあまり考えない。
「龍園、お願いがある」
「なんだ?」
「須藤を許してあげてほしいって石崎に言ってほしいの」
龍園はCクラスで一番偉い人。だから龍園が石崎にそう言えば、石崎は言うことを聞く。
「そんなことが本気で通ると思ってんのか?なぜわざわざこっちが訴えを取り下げる必要がある。こっちに非はないんだぜ?」
須藤が悪いって決まった訳じゃない。でも石崎は怪我をしていて、それは本当のこと。だから、龍園の言うことも間違ってない。
結局どっちが悪いかなんて、私には分からないんだ。
「そうだよね。じゃあ龍園に代わりのものをあげる。それなら、どう?」
私のお願いを聞いてもらう代わりに、何かをあげる。
「ほう?なんだ、その代わりのものってのは」
こういうときにポイントって使うんだよね。でもポイントなんて全然ない。
そういえば、
でも今はポイントなんて関係ない。もう一つ、私にはあげれるものがあるから。
「龍園、私の価値を試してみない?」
「......どういう意味だ?」
「次の試験、その次の試験でもいい。さらにその次でも......いや、もういつでもいい」
自分の価値を売る。それは学校には出来ない。
でも────龍園になら、してもいい。
「もし龍園にとって私が価値のない存在だと判断したら────いつでも私を退学させていいよ」
「......お前、自分が何を言っているのかが分かっているのか?」
「うん。龍園、あなたが私の価値を決めていい。だからお願い。須藤を許してあげて」
もし私が退学するってなったら、堀北と綾小路はなんて言ってくれるかな。綾小路にちゃんと聞いておけばよかった。
「どうせお前のことだ。退学が怖くないのかと聞くのは時間の無駄だろう。だが一つ聞かせろ。なぜお前がそこまでする必要がある?」
私がここまでするのはどうして?
そんなの簡単。
「誰かを救うこと。それが私の役目だから」
私が知っている世界は、価値のないものから切り捨てられていく世界だった。
そんな世界で、私は一人ぼっちになった。
それは、私が価値のない人たちを見捨てちゃったから。
一人は、寂しい。
誰かがいなくなるのは、寂しい。
だからもう、誰も見捨てたくない。
「そうか。それは立派なことだな。だかな心音、もし俺がたった今お前に価値がないと判断して、今すぐお前を退学させようとしたらどうする?」
「それだと須藤はどうなるの?」
「さあな。まあ、お前がいなくなった後なら別にお前のお願いなんて聞く必要もねえかもなぁ?」
「......それは須藤のことを許さないかもしれないってことだよね」
価値を見定められるなんて私にとってはいつものことだった。価値が失くなれば不要、脱落。
だからこそ人が人を見定める目、そういう目を見てきた。龍園が私に価値があるっていう目をしてるの、分かる。
でもさっき私は龍園が私の価値を決めていいって言った。だからそれを言ったらズルになる。
それなら私が出来ることはたった一つしかない。
「もしそんなことをするなら......退学が決まった瞬間────龍園に報復する」
退学が決まれば、私はもうDクラスじゃない。それなら誰にも迷惑をかけない。つまり何をしてもいい。
「私は誰にも止められない。だから退学が決まったら、龍園に報復するまでは何があっても追いかける。そして龍園も道連れにしてあげる」
力を振るう。それが一番何も考えなくていい。私にはそれしか出来ないんだから。
龍園に教えてあげないといけない。私から攻撃を受けるとどうなるのか。
身体の中にはたくさんの線。それをぎゅうぎゅうにして右腕に紡ぐ。手にも、指にも線、線。何度もちぎれて、再生した強固な線。全部、集める。
そして心の音を────消す。
「......クク、お前......とことんイカれてやがるなぁ......こんなの見たことねぇよ......!」
「それが嫌なら須藤のことは許して。今回だけでいい。もし次に同じようなことがあっても、報復はしない」
「こちらとしては報復なんて望むところだ......と言いたいところだが、もう終わったやつと殴り合うなんて時間の無駄もいいところだ。いいぜ、こちらの訴えを取り下げてやる」
「......いいの?」
私が聞くと、龍園は近づいてきて私の顔のすぐ横に手を伸ばした。そのまま私の背中にある扉に手をつく。
いつでも攻撃できる距離。龍園は私のことが怖くないみたい。
「須藤の停学とお前をいつでも退学できる権利なんて天秤に比べるまでもねぇよ。認めてやる。お前は今まで見てきた人間の中で一番狂っていて危険な存在だ。だからこそ余計に気に入った。お前を退学させるのは、お前の底が見えてからだ......!」
龍園は目をギラつかせながら、私を睨み付けた。これ以上力を見せる必要はない。力を抜く。
「そう。あるといいね、私の底が」
龍園がずっとそうやって、私を見ていられることを願ってるよ。
私の底を見ようとした人は皆狂っていった。
化け物、怪物。理解の外にいる生き物。
龍園。あなたは私をなんて呼ぶの?
どうかあなたは無事でいられるといいね。
「この件に関しては後日、書面を通してしっかり契約を結んでもらう。それでいいな?」
「うん。いいよ。こういうのって、秘密にした方がいい?」
「訴えを取り下げることは俺から石崎に伝えてやる。そうじゃないと何のために契約を結んだって話だからな。だがお前の退学の件は口外禁止......秘密だ。余計な邪魔は入れさせねぇ」
「......分かった」
秘密にするってことは、私は嘘をつかないといけない。
櫛田みたいに、佐倉みたいに、
これで私にも、櫛田たちのことが少しは分かってあげられるのかな。
「龍園、
「じゃあな。お前のこれからを楽しみにしているぜ」
私は扉を開けて、屋上を出た。
これで須藤は大丈夫。
「......あっ......佐倉......」
そう言えば私、佐倉と話してない。
佐倉は大丈夫だった、のかな。
「......」
私は佐倉に電話を掛けてみた。
......全然出ない。なんだろう、嫌な予感がする。
佐倉はそのまま電話に出なかった。
「佐倉────」
私は急いで階段を下りて、佐倉を探すことにした。