ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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どうしてもこのタイトルは譲れなかったので第1話続という形にしました。見辛かったらごめんなさい。


第1話続 いつだって彼女は世界を狂わせる

 

 1年Dクラス。それがオレのクラスだ。

 オレは教室の扉の目の前に立ち、軽く深呼吸をする。やはり緊張してしまうな。

 あまり突っ立っていると邪魔になるのでオレは扉を開けた。

 

「あれは......」

 

 教室を見回すと、視線が自然と窓際近くの後ろの方に向いた。

 そこはオレの席に近かったからというのもあったが、理由はそこじゃない。

 バスの中で見た例の白髪変人少女。

 あの少女がそこに座っていたからだ。同じクラスだったのか。

 そこだけ教室の一角とは思えない雰囲気が出ている。それも全てあの少女の存在感がそうさせている。

「お、おいあれ......」

 

「わぁ......すご......」

 

 オレが教室に入ると、あの少女についてひそひそと話す生徒たちの姿がちらほら見える。

 やはりこの少女の容姿は誰が見ても美しいと思えるほどなのだ。そしていざ自分たちのクラスメイトになる存在となると多少は緊張するものなのだろう。

 肝心の本人はそんな周りの様子など気にも留めずにボーッとどこかを見ている。

 そんな少女の隣は空いていた。なぜなら、その隣はオレだったからだ。

 

「マジか......」

 

 思わずそんな言葉が溢れる。傍から見れば美少女が自分の隣の席なわけだから歓喜している男の図。テンションも最高潮となるものだが、断じてそんなものではない。

 オレはあまり目立ちたくないのだ。

 この少女は確実に目立つ。あのバスの中の一端を見ていると 色々な意味でさらに注目を集めるだろう。

 そんな女子の隣に座っている男子。きっと周りから『なんか視界の隅にチラチラ映るけどパッとしない地味な男』と陰口を叩かれるに決まっている。

 勝手に自分の妄想でダメージを受けたオレだったが、観念して自分の席に向かい、腰をかけようとしたそのとき。

 

「......ねぇ」

 

「......え、オ、オレ?」

 

「うん……」

 

 突然少女に声を掛けられてどもってしまった。

 まさかの展開に困惑するオレ。バスの中で見かけた縁ではあるが事なかれ主義を貫いていたオレのことなど視界にも入っていないだろう。実際彼女もバスのことを話題に出そうという気配はない。

ではなぜ?

 ......そうか、きっとこの少女はオレと友達になりたいのだ。それなのにオレは目立ちたくないだの言ってこのチャンスを逃そうとしている。彼女は勇気を持ってオレに声を掛けてくれたというのにオレはなんて臆病者なんだ。自分が恥ずかしい。オレは少女の勇気に敬意を称して友達になることを決断した。

 すまなかったな変人少女よ。オレはもう恐れない。さぁ、オレと友達になろうではないか。

......いやいや落ち着け。さすがに早計すぎた。この少女はあまりに未知数。よく分からない人間に友達になろうと求めても傷つく可能性があるかもしれない。

 ここはやはりありきたりな会話で様子見をするのが無難だろう。

 

「えっと、どうした......んだ?」

 

「私は......何をすればいいの?」

 

「え?」

 

「私の役目、それは何?」

 

 え?どういうこと?質問に脈絡がなさすぎてよく分からないんですけど?もしかして何か試されてる?

 ......沈黙が重い。とにかく気持ちを落ち着かせるために席に座る。

 さて困ったな。とりあえず思ったことを言えばいいのだろうか。

 

「待機してればいいんじゃないか......?」

 

「......わかった」

 

 そう言い残して少女はこちらをじっと見つめる。

......なんでこっちを見たままなんだ。怖い、無言の圧力が怖い。

 

「そ、そういえば実はオレはお前と同じバスに乗ってたんだ。凄かったな、あそこでお婆さんをおんぶしようだなんていいだすなんて」

 

「......?何が?」

 

「いや、なかなか出来ることじゃないからな。あの場でああいうことができるの」

 

「ふーん......」

 

「やっぱり結構力あるのか?」

 

「......そうなの?」

 

「いやそうなのって言われてもオレは知らないけど......」

 

「へー......」

 

「あー……小さい頃運動部だったりするのか?」

 

「さぁ......?どうなんだろ......」

 

「えーと......」

 

「......?」

 

「......」

 

「......」

 

 あれ?これってちゃんと会話が成立してる?もしかして会話することを拒否されてる?

 いや、ずっとこっちを見てるから会話が嫌だってわけじゃなさそうだけど......難しい。この少女は難しすぎる。何を考えているのかさっぱり分からん。

 

「......自己紹介でもするか?」

 

「自己紹介?」

 

「オレたちお互いに名前も知らないだろう?これから1年間同じクラスなんだしせめて名前ぐらいは知っておかないとな。オレは綾小路清隆。よろしく」

 

「......綾瀬心音。よろしく、綾小路」

 

 とりあえず自己紹介でその場を凌ぐことに成功した。

 簡潔な自己紹介を済ませるオレたち。

 オレはなんとなく苗字が『綾』から始まるという共通点を見つけた。だからどうということはないが。

 ともかく隣人と最低限の関係を築くことは出来たか。あとは右の隣人だが果たしてどんな人が来ることやら。

 

「嫌な偶然ね」

 

 右の席から鞄を置く音と同時にいきなり失礼なことを言われてしまった。

 

「お前も隣人なのか......」

 

オレの隣に座った生徒は、バス降り場で軽い喧嘩別れをしたばかりの少女だった。

 

「お前も?あら、あなた......」

 

「......誰?」

 

 この少女も当然綾瀬のことは認知しているが綾瀬はこの少女のことを知らない。

 

「こいつも同じバスに乗ってたんだよ」

 

「へー......私は綾瀬心音」

 

「いきなり自己紹介?」

 

「別にいいだろ。せっかく席が近いんだから名前ぐらい教えてやれよ。ちなみにオレは綾小路清隆。よろしくな」

 

「拒否しても構わないかしら」

 

「これから1年間同じクラスになるのに名前も知らないのは居心地悪くないか?迷惑って言うなら別にいいけど」

 

 相手を怒らせてまでする自己紹介は不毛だ。これで会話は終了だと思ったが、少女はため息をついた後、気持ちを切り替えたのか、真っ直ぐな瞳をこちらに向けた。

 

「私は堀北鈴音よ」

 

 少女......堀北はそう名乗った。

 初めて正面から彼女の顔を捕らえる。

 ......美人だ。綾瀬と同レベルの美人。

 

「......よろしくね、堀北」

 

「あなたは綾瀬さん、だったかしら。一応覚えておくわ」

 

 わざわざ一応と強調する堀北。同じ女の子相手だろうとその態度は変わらないらしい。

 しかし両隣が女子となるとこれはいわゆる両手に花というやつか。しかもお互い本当に美人だ。タイプは全然違うが。

 まず堀北はキリッとしたタイプの美人で、実際は同じ歳でも1歳か2歳年上なのではと錯覚してしまうほどの落ち着きもあってか高嶺の花みたいだ。やや敬遠してしまう人も中にはいるだろう。だがそれがいいという層がいてもおかしくない。

 対して綾瀬は人形のように端正な外見。どこかの国のお姫様とか言われても信じてしまいそうだ。まぁ表情とか動きがどことなくボーッとしてるから少し台無し感があるけど。

 互いに身長は同じぐらい。体格もそこまで相違はなさそう。まぁ一般的な女子高生と言える。多分。

 だが両者に敢えて欠点を指摘するならば────それは胸だ。

 いやまあ......堀北は決して無いというわけではない。だが綾瀬に関しては残念ながら無い。断言しよう、あっても本当に微かな膨らみしかない。うん、そこがとても残念だ。

 

「────綾小路?どうしたの……?さっきから胸ばっかり見て」

 

「え!?いやいや......何を言ってるんだ......たまたま視線が下を向いただけで......」

 

「そうなの?綾小路のたまたま、どれぐらいか分かんなくて、間違えちゃった。ごめんね」

 

「あ、いやぁ......その......」

 

「......最低ね」

 

 堀北がゴミを見るような目でオレを見ている。さっそく嫌われてしまったかも。軽蔑の視線が痛い......

 ガン見されていた当の本人である綾瀬が何も分かってなさそうなのが不幸中の幸いか。

 これからは視線にしっかり気をつけねば。胸を見るときはさりげなく......いかんいかん、会話の最中に胸を見るのはよそう。女子はそういうの敏感そうだし。せめて遠目から眺めるぐらいがちょうど良い。

 オレは反省しつつも視線を上に上げると、綾瀬の首周りに銀色のチェーンが見え隠れしていることに気づいた。これはネックレスだ。服の中に隠れているから見えているのはチェーンの部分だけだが。

 でもそんなことよりも気になるのはバスの中でも見た綾瀬の所々跳ねた髪。

 

 

「綾瀬は寝坊でもしたのか?」

 

 しっかり見るとちゃんとした寝癖なのが分かる。

 

「寝坊?今日はちゃんと起きたよ?」

 

「そうか?それにしては髪が寝癖だらけなんだけど......」

 

「......?別にいつも通りだよ?」

 

 本人は何のことかサッパリ分かってない様子。つまりこれが綾瀬の基本スタイルであって本人にとっては何もおかしくないということだ。

 いや凄いな。今どき男子でも気にするだろうに。女子になれば寝癖なんて絶対に残さないものだと思っていたが、そんなものこの少女にとってはどうでもいいものらしい。

 ともあれオレが綾瀬と話している間に堀北は私物らしき本を読んでいたため、こんな調子で綾瀬と会話をしていた。

 それから数分ほど経って、始業を告げるチャイムが鳴った。

 ほぼ同時に担任と思われるスーツを着た女性が教室へと入ってくる。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担任することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から一時間後に体育館にて入学式が行われるが、その前にこの学校における特殊なルールについて説明しよう。今から資料を配布する」

 

 前の席から合格通知と同時に受け取った資料が回ってくる。

 この学校には特殊なルールが存在する。それは特例を除き外部との接触を一切禁じていることだ。学校に通う生徒たちは寮での学校生活を義務付けられる。たとえ肉親であっても許可なく連絡を取る事は許されない。

 ただし、そんな環境においても不自由なく暮らせるように数多くの施設が存在している。それはまるで小さな街が形成されているようだと錯覚してしまうほどだ。

 そしてもう一つ学校には特徴がある。それはSシステムの導入だ。

 

「今から、学生証カードを配布する。それを使い、施設内にある全ての施設を利用したり、売店などで商品を購入する事ができるようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただしポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の施設にあるものなら、なんでも購入可能だ」

 

 学生証にポイントが内蔵されていて、それを現金のように使えるシステム。

 

「それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが支給されているはずだ。なお、ポイントは1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 一瞬、教室の中がザワつく。

 オレたちは入学早々10万円という高校生にしては大金が懐に入った。

 

「ポイントの支給額に驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前にはそれだけの価値があるということだ。遠慮なく使え。このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。つまりポイントを貯めることには得が無いぞ。ポイントが振り込まれた後はどう使おうが自由だ。誰かに譲渡することも可能だが、無理矢理カツアゲするようなことはするなよ? 学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 戸惑いが広がる教室をぐるりと茶柱先生は見渡した。

 

「質問はないようだな。では良い学校生活を送ってくれたまえ」

 

 茶柱先生が去った後は、クラスメイトたちが興奮冷めやらぬといった状態になり、皆一様にはしゃぎだす。

 

「みんな、楽しそう。どうして?」

 

「10万ポイント。まぁ言ってしまえば10万円っていうお小遣いを学校側から貰ったわけだからな。綾瀬は嬉しくないのか?」

 

「んー......私はお菓子があればいい......」

 

 綾瀬の食事量にもよるがお菓子となれば一ヶ月つぎ込んだとしてもそこまでポイントが減ることはないだろう。

 

「思っていたほど堅苦しい学校ではないみたいね」

 

「確かに、優遇されすぎて怖いくらいだ」

 

 堀北の言葉に同調する。

 制限はあるがそれを補うほどのポイントの支給と施設。

加えてこの高度育成高等学校には進学率、就職率100パーセントという最大の魅力がある。

 この学校は国主導で運営するため、卒業生には希望する未来に全力で応えることが出来るだけの力があるのだ。

 

「みんなちょっといいかな?」

 

 高額なお金を貰って浮き足立ち始めた生徒たちの中、如何にも好青年といった生徒がスっと手を挙げた。

 

「僕らはこれから3年間同じクラスになることになる。だから自己紹介をして1日でも早く友達になれたらって思うんだけど、どうかな?」

 

 おお......率先してそんなこと言えるのは凄いな。それは誰もが口に思ったけどいえなかった事だ。

 

「賛成ー!やっぱみんなの名前とか知っときたいし!」

 

 待ってましたと言わんばかりに次々に生徒が賛成の意を表明する。

 

「じゃあまずは僕から。僕の名前は平田洋介。中学では洋介って呼ばれていたから気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きなんだ。この学校でもサッカーをするつもりだよ。よろしく」

 

 皆の前で爽やかに自己紹介する好青年。イケメンだ。そしてイケメンの代名詞とも言われるサッカーとなればもう無敵。

 女子の大半は平田にメロメロだ。

 自己紹介は続いていく。

 廊下側の端から順番に各々が自己紹介を行い、次は見覚えのある生徒の番となった。バスの中で老婆の手助けをした少女だ。

 

「私は櫛田桔梗です!早く皆の顔と名前を覚えて友達になりたいと思います!まず最初の目標としてここにいる全員と仲良くなりたいです。皆の自己紹介が終わったら、是非私と連絡先を交換してください!」

 

 この少女は間違いなくこの言葉を体現するのだろうとオレは思った。

 バスで老婆に手助けしたことと自己紹介でも言葉に詰まった生徒や人前に出るのが苦手そうな生徒にも声を掛けてあげていた。そのことからもこの少女が優しい性格の持ち主であることが窺える。

 

「それから放課後や休日は色んな人と遊んで、沢山思い出を作りたいので、どんどん誘ってください!ちょっと長くなりましたが、以上で自己紹介を終わりますっ」

 

 いやあ......素晴らしい自己紹介だ......

 なんて他人の自己紹介を批評している場合じゃないぞ。

 いざこんな自己紹介を見せられると自分の番が怖くなった。

 オレも何かウケを狙った方がいいか?それとも思いっきりカッコよくいくか?いやでも失敗したら心に深い傷を負ってしまう......

 あれこれ悩んでいる間に自己紹介は進んでいく。

 

「じゃあ次は────」

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねぇ。やりたいやつだけでやれよ」

 

 髪を真っ赤に染め上げたいかにもな不良少年が平田を睨みつけた。今にも食ってかかりそうだ。

 

「僕に強制することは出来ない。でも、クラスで仲良くしていこうとするのは悪いことじゃないと思うんだ。不愉快にさせたなら謝りたい」 

 

「なにあれ?自己紹介ぐらいいいじゃない!」

 

「そうよそうよ」

 

 女子たちは平田を擁護するように赤髪の不良少年を非難した。

 

「うっせぇ。俺は別に仲良しごっこするためにこの学校に入ったんじゃねぇよ」

 

 最後にそう言い残して少年は教室を立ち去った。それを見た数人の生徒たちが後に続くように教室を出る。慣れ合いを好まない生徒たちなんだろう。

 堀北は少しだけ顔をこちらに向けたが、オレや綾瀬が動かないことを確認するとすぐに歩き出した。

 

「なんかあの人たち感じ悪くない?」

 

「ううん、悪いのは彼らじゃない。勝手にこの場を設けた僕が悪いんだ」

 

 去ったものたちを決して責めはせず、むしろ自分を責める平田に対して『平田くんは悪くない』と擁護する女子たち。

 やがて自己紹介も再開され、これまた奇妙な縁というか、今度はバスの中で見た問題児。金髪の少年の番となった。

 

「あの、自己紹介をお願いできるかな?」

 

「フッ、いいだろう」

 

 あのときとまったく変わらない態度。まさに我が道を行くを体現した男だ。その証拠に金髪の少年は机の上に両足を乗せ、あろうことかその体勢で自己紹介を始めた。

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれこの日本社会を背負う人間となる男だ。以後お見知り置きを、小さなレディーたち」

 

 クラスというよりは女性陣に向けた自己紹介だった。

 女子たちはそんな金持ちのボンボンに目をハートにさせ────ることもなく、ただの変人を見る目をしながらドン引きしていた。当然である。

 

「それから私が不愉快と感じる行為を行ったものには、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

 

「高円寺くん。不愉快と感じる行為って、何かな?」

 

 制裁という不穏なワードに不安を覚えたのか、平田が聞き返す。

 

「言葉通りの意味だよ。一つ例を挙げるなら────私は醜いものが嫌いだ。そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうやら」

 

 ファサッと長い前髪をキザにかき上げる高円寺。

 

「あ、ありがとう。気を付けるよ」

 

 綾瀬に堀北、赤髪の不良少年や高円寺。他にも一癖や二癖もある生徒たち。それが一同に集まったらしい。

 オレは────特徴も癖もない。

 ただ自由に、大空を羽ばたきたくて鳥かごから抜け出した一匹の鳥なんだ。オレが願うのはこの世のしがらみからの解放、あとついでに世界平和。なんだか自分でもよく分からなくなってきたが、とにかくそんな男なんだ、オレは。

 

「じゃあ次は君。お願いできるかな?」

 

「え?」

 

 しまった。妄想に浸っている間にとうとうオレの番が来てしまった。

 まあ見てろ。ここは完璧な自己紹介を披露してやろうじゃないか。

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意な事は特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 挨拶を終えて、そそくさと席に座る。

 今の自分の自己紹介を一言で表してみよう。

 

 失敗したー

 

 ああ、なんとも最低な自己紹介だ......誰からも注目されず、記憶にも残らない。妄想に浸ってさえいなければもっと頑張れたのに......

 

「よろしくね、綾小路くん。仲良くなりたいのは僕らも一緒だ」

 

 平田が爽やかに笑顔を振りまきながら拍手する。それにパラパラと続く拍手。

 お情け感満載の拍手ではあるが、残念なことにそれでもちょっと嬉しかった。

 

「じゃあ次の人で最後だね。左の席の君、お願いしていいかな?」

 

「......私?」

 

 とうとう綾瀬の番となり、綾瀬は今までの生徒に倣って席を立った。周囲が期待する目で綾瀬を見る。オレとは全然違うね。うん。

 さて、綾瀬はこの期待の中どう出るか。頼む、オレの仇を取ってくれ。

 

「......」

 

「……」

 

「……」

 

「......」

 

────静寂。永遠とも思われる静寂が訪れた。

 綾瀬は立ったまま何も喋らない。相変わらずボーッとした表情をしている。

 周囲は困惑。何かあったのかではないかと心配になるものたちまで現れる。

 

「え、えっと、自己紹介をお願いしたいんだけど......もし嫌なら無理にとは言わないよ?」

 

「自己紹介......わかった。私は綾瀬心音......」

 

 綾瀬が喋ってくれたからか平田はホッとした顔になった。

 

「綾瀬さんだね。ありがとう。じゃあ自己紹介はこれで────」

 

「────待って」

 

 平田が上手く締めて終わりと思われた綾瀬の自己紹介に綾瀬本人がストップを入れた。 まだ言いたいことがあるのだろうか。

 

「んー......」

 

 綾瀬は何かを考えた後、何を思ったのかこちらを向いた。

 

「綾小路。みんなは色々言ってた。私も何か言った方がいい?」

 

「え────」

 

 待て待て待て待て。

 なんだこの状況は。なぜ綾瀬の自己紹介でオレの名前が出る。おかげでオレにまで視線が集まってるじゃないか。

 オレの脳内は軽くパニック状態。この状況をオレだけで乗り切るの限界だ。無理すぎる。この際だから仕方ない……隣人に助けを乞うことに......あ、そういえばいなくなったんだった......!

 くそ......自分で何とかするしかない。とりあえず好きなものとか趣味を言えばいいと小声で伝える。

 

「好きなもの?わかんない。趣味?なんだろう、わかんない。綾小路、他には?」

 

 もうオレの名前を呼ぶの止めて!そして顔を近づけるのも止めて!

 好きな物も趣味も不明ならもうお手上げだ。オレは助けを求めるように平田の方に視線をやった。するとこちらの意図を察したのか、平田は軽く頷いた。

 

「ありがとう。もう大丈夫だよ。好きなものや趣味はこれから見つけていこう。僕もできることがあるなら手伝うよ。これからもよろしくね」

 

「私、大丈夫?わかった」

 

 ようやく席に着く綾瀬。

 やっと終わった......

 疲労感がどっと押し寄せてくる。こちらは先程の傷が癒えてないというのにこの仕打ちはいったいなんなんだ。まだ初日の朝だというのが信じられない。

 これからこの綾瀬心音という少女に振り回されていくのではという嫌な予感が全身に駆け巡るのをしっかり感じてしまったオレだった。

 

 

 

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