無謀とも思われる須藤の『完全無罪』を得るための作戦。今日はそのためにオレも仕事を果たさなければならない。
だがまずその前に今日の朝のことを振り返ろう。
朝に教室へと入ると、今まで軽い会釈程度の挨拶しかしてこなかった佐倉がオレたちに『おはよう』としっかり声に出して挨拶をしてきた。目が合うことはなく、精一杯の挨拶みたいなものではあったが、佐倉が変わりたいと思っていることが一目で分かる変化だった。
そんな変化を佐倉が見せてくれた中、綾瀬の様子が一日中おかしかったことも気になった。ずっと心ここにあらずといった様子で、たまに頭を抱えることもあった。オレも堀北も心配になって声を掛けるが、結局放課後になっても綾瀬はずっとそんな調子だった。佐倉も綾瀬と話したそうにしていたが、綾瀬も疲れているのかもしれないと思って声を掛けなかった。
そして話し合いが始まるおよそ30分前。オレは作戦を実行するために特別棟へと向かった。
オレは櫛田に頼んで石崎、小宮、近藤の三人を特別棟へと呼んでもらった。てっきり櫛田から遊びの誘いでも受けたと思って嬉々として訪れる石崎たち。しかし、そこにいたオレを見て踵を返そうとするが、その先には一之瀬が待ち伏せしていた。
一之瀬は自分がこの件に絡んでいること。そして石崎たちにとっては衝撃的な事実を告げる。
学校側はCクラスが嘘をついていることを知っている。
当然石崎たちはそんなわけないだろうと否定する。そこで堀北が一之瀬たちに用意してもらったものの出番だ。それは博士にも頼み、セッティングしてもらった監視カメラ。
それは特別棟には本来あるはずのないもの。だからこそ石崎たちも動揺した。最初こそそれはお前たちが仕掛けたんだろうと反論していたが、一之瀬による捲し立て、そして確認したはずなのにと口走って自らボロを出したことが決め手となり、小宮と近藤はほぼ負けを認めていた。
しかし、ここで石崎が最後の足掻きに出た。石崎の主張はカメラに映像が残っていたなら審議の場で出ていたはず、なぜ昨日はカメラの映像なんて出てこなかったんだというもの。それに対しオレは学校側はオレたちを試しているんだと反論する。
そして学校側がいよいよ全てを公にしなければならないと判断して、最終的にこの映像が持ち出されたら喧嘩をしてしまった以上須藤は停学。しかし、悪質な嘘をついたお前たちは退学だぞと脅しをかける。それが嫌なら訴えを取り下げればいいと救いの糸を垂らした。
「退学......だって!?そんなの冗談じゃねぇって!」
「もう俺たちの負けだ!頼むよ石崎!退学なんて嫌だ!」
石崎はまだ諦めたくなさそうだったが、それもじきに終わる。そろそろ石崎が負けを認めるだろうと思ったその矢先に誰かの携帯電話が鳴った。
「......!」
それは石崎の携帯電話だった。石崎が表示された名前を見て顔を強張らせる。
「な、なあ!電話に出させてくれ!この人の電話は出ないとまずいんだよ!」
「状況分かってるのかなぁ......まあいいよ。ただし、このことに関する相談をしてるって判断したら今すぐ学校側に映像を確認してもらうからね」
「わ、分かってる!」
甘いとは思ったが、一之瀬が万が一のことがあるかも知れないからと言うのでオレもそれを受け入れた。
「え......マジ......すか......?」
電話を受け取った石崎は驚きと興奮が入り交じった表情を浮かべた。電話をしていた相手から一方的に何かの報告を受け取ったようだ。
石崎は口角を吊り上げながら電話を切り、俺たちの方を見る。
そして先程までとは違って強気な態度へと変貌していく。
「いいぜ、訴えを取り下げてやる」
電話を取らせたのはやはり間違いだったと思ったが、意外にも訴え自体はあっさり取り下げる。てっきり何か秘策でもあるのかと思ったがそうではないらしい。
「訴えを取り下げてくれる割には随分強気になったんだね?何があったのかな?」
「ヘヘ......いい気になってるお前らに教えてやるよ......」
「......石崎?」
何やら興奮を抑えられないといった様子の石崎に小宮と近藤も困惑していた。
「いいか?俺たちはお前らに負けたんじゃねえ。『あの人』に負けたんだよ。俺も詳しいことまでは教えてもらえなかったけどよ、どうやら『お願い』したみたいだぜ?」
「あの人......?お願い.......?」
誰のことを言っているんだ......?もしかして綾瀬が言っていた龍園という生徒か?
しかし同じCクラスの生徒に対して負けたという表現はどこかおかしいような......。それにお願いというのも......。
「くく......やっぱり俺の目は間違ってなかったんだ......!『あの人』ならマジで龍園さんとタメを張るぜ......!」
龍園とタメを張る......それなら龍園ではない。
そうすると、他のクラスの生徒、もしくは上級生。様々な可能性が考えられる。
しかし、オレの頭の中にはたった一人の人物しか思い浮かばなかった。
────綾瀬。
綾瀬ならCクラスとも接触したことがある。そして綾瀬は石崎と話したこともある。そのときに石崎の中では綾瀬が『あの人』とまで呼ばれる程の何かがあったということ......なのか?
そしてその綾瀬が訴えを取り下げるように何かをした......
まずいな。オレの知らないところで何かとんでもないことが起きてそうだ。
「じゃあな。せいぜい勝った気でいろよ」
「お、おい石崎!どうなったんだよ!」
捨て台詞みたいなことを吐いてこの場を去る石崎の後を小宮と近藤が追った。
「......なんだったんだろうね、あれ」
「......さぁな」
一之瀬に綾瀬のことは伏せる。あくまで推測にすぎないし、一之瀬にわざわざ伝えるようなことではない。
「あれ、綾小路くん電話だよ?」
「本当だ......綾瀬?」
綾瀬から着信があったのでそれに出ると、オレの耳に風を切る音と断続的に何かを強く踏む鳴らす音が聞こえてきた。
『綾小路......佐倉、どこにいるか知らない?』
「いや......どうした?」
『佐倉が何回掛けても電話に出ない。何か、嫌な予感がする』
綾瀬の勘。何となく動物に近い綾瀬だとそれもどこか信憑性がある。
「綾瀬。位置情報サービスは使えるか」
『......見るのは覚えた。でも開き方、分かんない......』
「それなら悪いが特別棟に来てくれ。オレの携帯で見る」
『分かった』
また一段と先ほどの音が強くなった。どうやら走っているみたいだ。
「一之瀬。とりあえず下りるぞ」
「え?う、うん。どうしたの?」
「もしかしたらクラスメイトが危ないかもしれない」
「えぇ!?それは早くいかないと!」
「いや、綾瀬がこっちに来るから少し待つ。多分すぐに来るだろうから」
オレたちは特別棟の玄関まで下りて綾瀬を待った。その間、携帯で佐倉の位置を割り出す。それが示す場所は佐倉のカメラを修理した店......の裏、いや、これは搬入口か?
綾瀬が程なくしてこちらへと向かってきた。それもとてつもないスピードで。
「綾小路。来た」
こんな暑い中汗もかかずにオレたちの目の前で止まる綾瀬。
「綾瀬。見ることは出来るんだな?」
「うん」
「それなら綾瀬が先に行ってくれ。多分お前が一番早い」
佐倉の位置はまだ変わってない。オレはいよいよ佐倉の身に危険が迫っていることを確信する。携帯を操作して綾瀬に渡した。
「わかった────」
携帯を手にした綾瀬は再び猛スピードで走り去った。
「......はやぁ......え、綾瀬さんって......何者......?」
口をポカンと開けていた一之瀬。しかしすぐに切り替える。
「オレたちもいくぞ。佐倉が移動していなければまだそこにいるはずだ」
オレと一之瀬は走り出した。果たして一体何が待ち受けているのだろうか。
佐倉のところにいかなきゃ。携帯に映っているのは電気屋さんの裏。
「佐倉、どこ────」
「やめて、ください......!」
裏の方に近づくと、佐倉の声がハッキリ聞こえた。綾小路の携帯を閉まって急いで声のする方にいく。
そこにいくと、男の人が佐倉の腕をつかんで押し倒してた。佐倉の傍には携帯とたくさんの紙が落ちてる。
「なにを......してるの?」
「お、お前は......!あのときの......!そうか......お前がさっきから雫に電話してたんだな......!」
この目は敵対。私が良く知ってる目。
「佐倉に、何をしたの?」
「あ、やせさん......!綾瀬さん!!私......この人に、酷いことっ、されそうになって......!」
佐倉が、泣いてる。佐倉が、震えてる。
「違うよ雫!僕は本当の愛を教えてあげようとしただけなんだ!」
「嫌......!綾瀬さん......助けて......!」
佐倉が私に手を伸ばした。
その姿は、見たことのある光景に似てた。
私に十字架をくれた子、その子が私の頭の中に浮かぶ。
ああ、この人は佐倉に対して許されないことをしたんだ。
それなら私は、私の役目を果たそう。
佐倉のために。
この人のために────。
「────あなたは、悪い人?」
佐倉に迫ろうとしていた男が綾瀬に凝視される。振り返って綾瀬の目を直視した男はビクッと身体を震わせた。
「ひっ!!ち、ちち違う!僕は悪くない!雫が僕の愛を受け取ろうとしないのが悪いんだ!!」
「あなたの言っていることは本当に正しいの?」
「も、もちろ────」
「違います!この人は、勝手にこんなこと言ってるだけです!!」
「なっ......そんな!酷いじゃないか雫!」
「酷いのは、あなたです......!!」
「......そっか」
綾瀬心音の中で審判が行われ、綾瀬心音の中にある天秤が男の方へと傾いた。
「あなたは悪い人だった。あなたは嘘をついた。あなたは罪を犯した」
綾瀬心音の宣告。それには絶対的な力があった。
「────あなたはもう、修復不可能になってしまった」
綾瀬は服の上から胸へと手を突っ込み、服の中に閉まっていた十字架を顕にする。
「やめろ......そんな目で......そんな見透かすような目で見るな!お前の目を見てると!まるで自分が裁かれてる気分になるんだよぉ!!」
綾瀬の目を見た男が己の罪を強制的に自覚させられる。綾瀬の目が、そうさせるから。
「残念だけどあなたにもう価値はない。だけど、大丈夫だよ」
「......えっ......?」
綾瀬はその男のもとにゆっくりと近づいていく。その度に十字架がゆらゆらと揺れた。
男は何か不気味なものを感じていただろう。しかし、綾瀬の大丈夫という言葉が一種の救いに見えたのか、その男は力なくその場に座り込み、綾瀬を見上げていた。
「たとえあなたが世界から見捨てられたとしても、私だけはあなたを見捨てない」
綾瀬が優しく語りかける。その語りかけはまるで天使の御言葉のようだった。
「僕を......救ってくれるのかい......?」
「そうだよ。私が、救ってあげる」
綾瀬心音は決して誰も見捨てない。
それがどんな人であろうとも。
裁かれるべき自分に現れた救世主。
男はその言葉を聞いて、恍惚とした表情を浮かべた。
「さあ、手を出して」
先程まで怯えていた男は言われるがままに両手を前へと突き出した。その手を綾瀬の両手が包み込む。
「ああ......なんだぁ.....あなたは天使だったんだ......」
綾瀬はそっと自分の胸元にその手を引き寄せた。
そして────。
「────!!あああああああ!!!痛い痛い痛い!!放せ!放せえぇ!!!」
綾瀬はその男の手を破壊するように力を込めた。程なくしてゴキッ、と嫌な音がした後、男は更なる苦痛に顔を歪める。
綾瀬がその手を離した。
「あっ......!がっ......!なっ、んで......」
男は信じられない、といった表情で綾瀬を見上げる。
「罪を犯した人はこの世界から赦されないんだ。だからこのままだとあなたは色んな人から責められちゃう。そして、価値がないと世界から見捨てられていくんだよ。でも、そんなのは寂しいよね。だから私が少しでも、あなたの価値を取り戻してあげる。それできっとあなたは赦されるから」
「なななな、なんだよそれぇ!意味が......意味が分からない!!」
「......分からない?それならもっと、分かりやすく説明してあげる」
綾瀬は普段と何ら変わらない様子で男の問いに答える。
「あなたが罪を犯すために必要な部品、全てぐちゃぐちゃにする。そうすればあなたは罪を犯せない、そうでしょう?」
「す、すすす、すべ、て......?」
男は足を、腕を、肩を、全身を見た。
そして既にぐしゃぐしゃになった手の痛みなど忘れて震え始める。
「どうしてそんなに怯えているの?壊れたって大丈夫だよ?だってあなたは────あなたなんだから」
男は理解した。理解してしまった。
この少女は根本的にズレている。
自分の世界から外れた怪物。人はそんな怪物に名状しがたい恐怖を覚える。
そしてまた理解する。
この少女は自分を壊すことに
「た、助けて!!!お願いします!!誰か!!誰かぁ!!!」
「大丈夫」
それは、表情の変わらない無機質な天使が微笑んでいるように見えるほど優しい声だった。
「私が救ってあげる」
綾瀬心音の中には悪意なんてものが一切ない。
目の前の男が価値がないという理由で世界から見捨てられないように、己の出来ることをただ懸命にこなしているだけ。
罪を犯すために必要な部品を破壊する。
それが、綾瀬心音が罪人のためにしてあげられる救済方法だった。
「助......けて! ......おねが......!だ......か!」
搬入口の方に近づくと、微かに男の悲鳴が聞こえた。
すぐさまそちらに向かうと、佐倉をゾッとする視線で見ていたあの店員が綾瀬に見下ろされていた。その男の手は見るも無惨に
「綾瀬さん!」
「......一之瀬、綾小路」
振り向いた綾瀬は不十分なロザリオをぶら下げていた。
「ごめん、なさい......!許してください......!!」
その男は綾瀬に対してひたすら許しを乞う。その様子を見て、オレは綾瀬から何か神々しいものを感じた。
「なにが......あったんだ?」
「綾瀬さんが助けてくれたんです......!綾瀬さんがいなかったら、今頃私......!」
佐倉が綾瀬に縋るように抱きついた。身体は震え、涙も大粒なものになっていた。
「そんなことが......これは許せないね......」
地面には何十.......百に届きそうなほどの手紙が散乱していた。それを拾いあげて見ると、狂気的とも言える一方的な愛を雫へと訴えた内容のものが殆どだった。
この状況だけを見れば、些かやりすぎではあるが綾瀬が佐倉のストーカーを撃退したといったところだが果たして.......。
「ねえ、もう悪いこと、しない?」
「ひいいいいいいい!!!!しません!しません!!だからどうか......!!」
「......分かった。それなら、いいよ」
「え?いいの......?私は警察とかに通報した方がいいと思うけど......」
「この人はもう罪を犯さない。全部を壊したわけじゃないけど、あなたはもう心を入れ替えて反省、したんだもんね?」
コクコクと必死に首を振って男は頷く。
「行って。二度と佐倉の前に現れないで」
「は、はい!!」
男は手の痛みなんてまるで忘れているみたいで、綾瀬から一秒でも早く解放されるために一目散に逃げていった。あの様子ならもう二度とこの学校の敷居を跨ごうとは思わないだろう。つまりそれは佐倉のストーカー問題も解決したということだ。
「綾小路。携帯」
綾瀬から携帯を受けとる。オレはそれを少し操作して画面を閉じた。
「佐倉。大丈夫か?」
「私......勇気を出して、頑張ってみた......でも、全然ダメだね......結局一人じゃ、何も出来なかった」
「そんなことはない。佐倉は立ち向かったんだな。それは立派だと思うぞ」
色々と説教することもあったが、今は不必要だろう。
佐倉は自分の問題に一人で立ち向かい精算しようとしていた。
その気持ちは汲んでやらなければならない。
「ねえねえ、さっきの怪しげな人って何?......雫?って書いてるけど」
一之瀬は気持ち悪そうに手紙を拾い上げて首を傾げる。
佐倉に許可なく話すことは躊躇われたが、佐倉がオレの目を見て小さく頷いたので一之瀬にも事情を話すことにする。
「佐倉は中学の時アイドルだったんだよ。雫って名前のアイドル」
「ええっ!?アイドル!?すごっ!芸能人だね!」
「綾小路くんは......いつから気づいていたの?」
「ついちょっと前だ。悪い、オレの他にもクラスで何人か気づいてる」
池と山内が佐倉に向けていた好奇の目、そしてオレや綾瀬、櫛田の微妙な変化を佐倉は敏感に察知し、佐倉も自分がアイドルであることを知られたことは分かっていた。でもオレは佐倉に改めて佐倉に正直に伝えておく。
「もしかしたら、それで良かったかも......」
「ねえ佐倉。嘘をつくって......大変?」
「そうだね......自分を偽り続けるのは大変、かも......」
「......そっか。教えてくれて、ありがとう」
綾瀬は佐倉の言葉を噛み締めたように見える。
「それにしても勇気を出しすぎだ。今度からは誰かに相談してくれ」
「あはは......そう、だね......怖かったな......」
さっきまで酷く泣いていた子が、おかしそうに笑った。目の端に涙を浮かべながらも、笑った。
「私はBクラスの一之瀬帆波。私も力になれることがあったら協力するよ。よろしくね佐倉さん」
一之瀬は笑顔を佐倉に向けながら手を差しのべた。その手を佐倉が少しだけ迷いながらも取る。
「うーん、綾小路くんに話しておきたいことがあったけど、今はそんな雰囲気じゃないね」
「話しておきたいこと?」
「ううん、また今度にするよ」
気にはなったが今は須藤のこともある。あっちは堀北に任せてしまってるし、結果だけでも聞きにいくか。
佐倉のことも片付き、オレと綾瀬は須藤たちの話し合いが終わるのを、生徒会室の入り口で待っていた。
「綾瀬。須藤のことで何かしたか?」
「......何かって?」
「さっき石崎たちが急に訴えを取り下げた。綾瀬が何かをしたんじゃないか」
「────!」
オレがそう問うと、綾瀬は顔を強張らしてすぐに逸らした。
「な、なに......も、して、ないよ......」
明らかに見て取れる嘘。今まで嘘なんてついたことがないというのが一目で分かるほど綾瀬の嘘は下手だった。
「......そうか」
オレは嘘をついた綾瀬に少しショックを受ける。だが、それと同時に嬉しさも覚えていた。
人は歳を重ねていく内に嘘の味を覚える。つまり嘘を覚えた綾瀬は一つ大人の階段を上ったんだ。形はどうあれ、それもまた綾瀬の成長。それならオレは綾瀬に深く追及するなんて真似はしない。
しかし綾瀬らしくないのもまた事実。どこかで綻びが生じなければいいが。
「オレは今回の件で綾瀬が何をしていたのかなんて全ては把握出来てない。だけど、綾瀬は頑張ってたんじゃないかってなんとなく思う。だからこれだけは言わせてくれ。頑張ったな」
「......うん」
綾瀬は決して笑わない。表情だって殆ど変わることがない。
だが、顔以外のところでなら綾瀬の感情は読み取りやすい。
手をもじもじさせながら、足をパタパタと動かす綾瀬。オレに褒められて喜んでいることが綾瀬の全身から伝わってきた。
それから少し時間が経つと、Cクラスと坂上先生が出てくる。そして少し後に須藤が出てきた。その顔は明るい。
「上手く行ったみたいだな」
「何が何だかわかんねぇけど、堀北が何かしてくれたんだよな」
「ああ」
「やっぱりな。あいつは俺のためにやってくれると思ったぜ。へへへ」
凄く嬉しそうだ。
「良かったね、須藤」
「わりいな綾瀬。お前にも迷惑かけちまって」
「ううん、私は大したことしてないよ」
きっとオレたちの見えないところで何かを成し遂げたはずの綾瀬がそう言った。
「堀北にも言ったんだけどよ、お前たちにも言っとく。俺さ、本当はどこかで分かってたんだ。そもそも俺がしっかりしてれば、俺が相手を殴らなければこんな大事にはならなかったってよ」
それでも須藤のプライドが須藤を強がらせてしまった。自分の過ちを認めようとはしたくなかったんだろう。だが、過ちを認めるのも強さ。今の須藤にはそれがもう分かっている。
「今まで、バスケも喧嘩も、自分が満足するためだけに突っ走ってきたんだ。けど、今はもうそれだけじゃないんだよな。俺はDクラスの生徒で、俺一人の行動がクラス全体に影響を与える。身を持って体験したぜ......」
それは、須藤の口から出た懺悔みたいなものだった。
須藤も佐倉と一緒で、見えないところで大きな不安やストレスを抱えていたのかもしれない。
「須藤」
綾瀬が須藤に拳を突き出す。それを見て少し驚いた須藤は嬉しそうにはにかみながら拳を合わせた。
「サンキューな」
「私も、さんきゅー」
今回の一件は須藤と佐倉、そして綾瀬の成長のきっかけに繋がった。それだけで今は十分だ。
「んじゃ俺は部活いくからよ。また今夜にでも祝勝会やろうぜ」
「ああ」
「ばいばい」
次に出てきたのは生徒会長と橘書記だった。
「あ、学だ」
「綾瀬か。調子はどうだ」
「調子?バッチリ」
昨日から様子がおかしかった綾瀬も今ではすっかり元通り。先ほどまでの神々しい感じもない。
「......ん?」
オレは視界の隅に映る橘書記が気になった。良く見てみると、橘書記が口をパクパクさせながら綾瀬に向かって指を差している。
「ま、まままままま、学!?ど、ど、どういうことですか!?どうして生徒会長のこと下の名前で呼んでいるんですか!?」
「え......学、堀北と一緒。だから、学」
「はい!?何を言っているのか理解不能なんですが!?」
何故か顔を赤くして怒っている橘書記。確かに先輩を下の名前で呼び捨てするのは失礼極まりないが、オレも堀北兄に敬語など使うつもりないのであまり偉そうなことは言えない。
「......どうしてそんなに怒ってるの?お菓子食べる?美味しいもの食べたら怒らなくなるんだって」
「いりません!大体あなた1年生ですよね?なんでタメ口なんですか!目上の人には敬語を使うべきでは!?」
「確か目上の人って......自分より強い人のこと、だよね?でも私の方があなたより強いよ?」
「なっ......なんて生意気な1年生......!!」
入学式の日に乗っていたバスで高円寺がOLと揉めた際に似たようなくだりがあったが、大分言ってることが違うというか、なんか綾瀬風に解釈されているような気がする。
綾瀬の脳内ってオレが想像してる以上に筋肉で構成されているのかもしれない。『力こそ正義!』みたいな。
顔を真っ赤にして怒っている橘書記は、もうプンプンという音がそのまま出てるんじゃないかと思えた。二人はそれからもそんな調子で争い?を繰り広げている。
それを横目に堀北兄が話かけてきた。
「Cクラス側からの申し出により訴えを取り下げることを認めた」
「そうか。不思議なこともあるもんだ」
「お前の仕業か?」
「まさか。あんたの妹が上手く事を運んだんだ。オレは何もしちゃいない」
「フッ、そうか」
まるでこちらのことなど全てお見通しとも言わんばかりに堀北兄は静かに笑った。
「橘。まだ書記の席が一つ空いていたな?」
「────え?あ、はい......先日申し込みのあったAクラスの1年生は一次面接で落としましたので......」
綾瀬と揉めていた橘書記がこちらを振り向く。
「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」
オレも驚いたが、傍で話を聞いていた橘書記が物凄く驚く。
「せ、生徒会長......本気ですか?」
「おー......生徒会って偉い人なんでしょ?綾小路凄い......」
「生徒会なんて冗談じゃない。オレは面倒事が嫌いなんだ」
「ええっ!?生徒会長からのお誘いを断るんですか!?」
「断るも何も、興味ないからな......そこの綾瀬でも入れてやったらどうだ?案外面白いかもしれないぞ」
「そんなの私が認めません!」
橘書記はバツを作るように腕を交差させて拒否した。まあ当然だろうな。きっとお堅いであろう生徒会も綾瀬が入れば一気に台無しだ。
「行くぞ橘」
「は、はいっ。......あなたのことは覚えましたからね......」
「私も橘のこと覚えたよ。ばいばい」
橘書記は綾瀬を不満そうに見つめたが、すぐに堀北兄の後を追う。
それから少しして堀北と茶柱先生が姿を現した。
先生の方は軽くオレを見ただけで、特に言葉をかけることもなく去っていく。
「よう。結果はどうだった?」
軽く手をあげると今まで見たこともない顔で強烈に睨まれた。けどすぐに落ち着いた表情を見せる。
「言わなくても分かっているでしょう?」
「それは良かった。お前の作戦が上手くいったってことだな」
「あなた、私のことを手のひらの上で転がしたでしょう」
「転がした?何のことだよ」
「最初に教室でカメラの話を振ったのは綾小路くんだった。次に特別棟に私を連れていってカメラがないことに気づかせたのもあなた」
確か綾瀬がカメラを壊してしまった佐倉を追いかけてるときにそんな話をした。
「極めつけは嘘もまた真実と言って偽の証拠を作らせるように誘導した。今となってはそうとしか考えられない」
「それは考えすぎだぞ。偶然だ」
「......あなた、何者なの?」
ただの事なかれ主義者。そう答えようとしたら綾瀬が一歩前に出た。
「綾小路。
「......当たり前だ」
オレは綾瀬の問いに込められた意図を殆ど理解できていなかったと思う。だがそう答えるのが正解だとオレの頭は導き出した。
オレは綾瀬とは違う。
オレは、誰よりもオレのことを知っている。
自分が如何に欠陥品で、愚かで......恐ろしい人間であるかを。
ここからはあとがきですので興味のない方は読み飛ばしてください。
はい。大分ダークな救済を見せてしまって申し訳ありません。人によっては不快に感じたでしょう。もっと穏便に済ませようかとも考えていたんですが、綾瀬がどこまでもズレているというところ、そして綾瀬はそれが本気で救済と信じているというところを強調させたかったのでこういう形にしました。一応伝えておくと、ここまでのは今後ないです。
そしてもう一つ強調させたかったこと。それは誰であろうと綾瀬は見捨てない、というところです。それは今後脅威になってくるであろう龍園や櫛田も例外ではありません。もちろん龍園はそんなこと望まないでしょう。ですが櫛田はどうでしょうね。
話は変わりますが、今までの話を通じて疑問に思ったことは色々あると思います。もしあればぜひ感想や個別メッセージで聞いてください。ネタバレになるようなものにはあまり答えられないですが、微かなヒントぐらいなら出せますので。
それと、心の音を消すって何ぞやと思った方もいるのではないでしょうか。なんとなく感情を消したとかみたいに見えますが、そうではありません。その後も普通に喋ったりとかしてますからね。これについて明かされるのは......僕の気が変わらなければ大分先です。
一応少しだけ触れると、これは綾瀬にとって力を爆発的に増加させるトリガーみたいなもので、綾瀬は素の状態でもとてつもない力を出せますが、それ以上にヤバくなるやつだと思っていてください。
次の無人島試験ではそんなフィジカルモンスターの本領を発揮することが出来るのでしょうか。
そして綾小路が今後綾瀬に対してどのように向き合っていくのか、その指針みたいなものを決める章でもあるのでどうかお楽しみに。
申し訳ありません。最後に一つだけ。
この作品は橘茜ファンの方々にはきっと喜んでいただけるような作品になると思います。まあそれも5章以降の話ですが。綾小路にとっての堀北学みたいな感じで、橘茜には綾瀬の先輩として頑張ってもらう予定です。