第19話 彼女は楽園の中でワルツを踊る
私は今、夢の中にいる。
私の夢はいつも過去ばかり。
私の夢は決してありもしない未来なんて見せてくれないから。
「私ね、いっぱい勉強ができるようになったんだよ......ここは地獄だって言う人もいるけど、私はそうは思わない......ってちょっとかっこつけちゃったかな......?あはは......」
「......じご、く?おも、わない......?」
「あっ......心音ちゃんは......、
その子は凄く頭がいい子だった。雰囲気は佐倉みたいな感じ。
そのときの私は本当に何も知らなくて、その子の言っていることが殆ど分からなかったんだ。
「心音ちゃんは凄いよ......どうしてこんな力を出せるの?私はもう力なんて全然出せないから、羨ましいなぁ......」
その子の身体は日が経つにつれて細くなっていった。もう歩くのも辛そうだったのをよく覚えてる。
「どうして......このままだと私が......神様......私を助けて......」
辛いことがあると、いつも
「心音ちゃん!助けて!!私は、まだ......!!!」
価値がなくなったその子は神さまじゃなくて私に救いを求めた。
今まで私がその子にしてあげたことなんて、何もなかった。
でも、そのときに初めて思ったんだ。
自分で考えて、行動しよう。
今まで誰かに言われるがままだった私が、そう────思えたんだ。
須藤のことは無事に終わった。佐倉も笑ってくれるようになった......たまにちょっとおかしくなるけど。
あれから時間も経って今は夏休み。夏休みっていっぱい休めるんだって。
私は今、大きい船の上にいる。私だけじゃない。1年生皆で旅行するんだよ。旅行なんて初めて。凄く楽しみ。
「綾瀬ちゃーん!」
櫛田が手を振ってる。いつも通り、笑ってくれてる。
あのとき、私は櫛田を怒らせちゃった。私は頭が悪いから、櫛田の言ってることが全然分かってあげられなかった。それが櫛田は嫌だったんだと思う。
でも、櫛田はまだ私の友達でいてくれる。それが嬉しいから、私も櫛田の友達でいたい。
「堀北さんはどうしたの?」
「本読んでるって」
「そっかー、ちょっともったいないね。凄い景色なのに」
海が見える。綺麗な海。海は泳いだことないから泳いでみたいな。そして今まで感じたことのない風。気持ちいい。
「うおおおお!!最高だぜ!」
「凄い眺め!マジ超感動なんだけど!」
皆も楽しそう。夏休みはいっぱい寝ようって思ってたけど、皆を見てるとそれはもったいないかなって思えた。
「ん~!期末テストが終わった後に豪華客船で旅行!解放感凄いよね~」
「テスト嫌い......」
「あはは......でも綾瀬ちゃんが赤点じゃなくて良かったよ」
私の点数は一番下だった。あれから堀北とよく勉強会はしてるけど、それでも勉強は全然ダメ。特に数学は何言ってるのか全然分かんない。ただ覚えたのを当てはめるだけならまだいいけど、数学はちゃんと自分で考えないといけないことが多いから難しい。
「それにしてもほんとに凄いよね......高校生でこんな豪華な旅行なんて普通できないよ」
「そんなに凄いの?」
「凄いなんてものじゃないよ!この船の中には一流の有名レストランや高級スパまであるんだから!しかもそれが全部無料で使えるんだよ!?」
櫛田がちょっと興奮してる。多分凄く......凄いんだ。
「へー......お金かからないから......皆お金ないのに遊びたい放題......ねえ、お菓子とかもあるの?」
「うん!もしかしたら綾瀬ちゃんが見たことないお菓子とかもいっぱいあるかもよ?」
「え......それ、本当......?」
「もちろん!1週間後なら船内も自由に回れるから一緒にいこうよ!」
全部タダだから......お菓子、食べ放題......
「わー!女の子がヨダレなんて垂らしたらダメだよー!」
櫛田がハンカチで私の口許を拭ってくれた。いつもは堀北がやってくれる。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』
大きな声。アナウンスだ。
旅行は2週間。今日から1週間は今から見える島にいく。なんだっけ......バカンス?をする。
「島が見えるって!もっとよく見えるとこにいこ!」
「うん」
櫛田が手を繋いで綾小路たちがいるところに私を連れてってくれる。皆も集まってきて島を見てた。
「綾瀬。船旅は楽しいか?」
「うん。船って初めて」
「え?あ、そうなのか?てっきり乗ったことがあるものだと思ってた」
「......?」
どうして綾小路はそう思ったんだろう。
「おおお!!すっげぇ!」
池が島を見て凄く嬉しそうに叫んでる。他の皆もそんな感じ。
「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」
私たちのところに押し寄せてきた男の人たち。その内の一人が綾小路の肩を突き飛ばした。綾小路は手すりを掴んだから転ばなかったけど、それでも危なかった。
「ねえ、何してるの?」
「テメェ!何しやがる!」
私と須藤がその人の前に立った。その人はニヤニヤしてる。
「お前らもこの学校の仕組みは理解しているだろ。ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」
「そんなのどうでもいい。綾小路に謝って」
綾小路が可哀想。Dクラスとか、Aクラスとか、関係ない。
「な、なんだ......?やる気か......?」
「喧嘩はしねぇ。ただよ......あんま舐められたままってのも気に食わねぇな?」
「うっ......」
須藤に睨まれてその人は怖くなったみたい。さっきのニヤニヤがなくなってる。
「待て二人とも。オレは気にしてない。だからここを離れよう」
「え?でも......」
「いいから。な?」
私たちは綾小路に背中を押されるように離れた。皆も結局離れることにしたみたい。
「二人とも駄目だよ?この前喧嘩騒動があったばっかりなんだから」
「あんなもん脅しだっての。喧嘩なんてするわけないだろ。なぁ綾瀬?」
「うん。あの人たち、全然強くないから大丈夫」
「何が大丈夫なんだ......とりあえず喧嘩だけはやめてくれよ?」
須藤はもう喧嘩しない。そう言ってたから。
「あ、綾瀬さん......おは、よう......!」
さっきまでいなかった佐倉が私に声をかけてきた。
「佐倉。おはよう」
「佐倉さん!おはよう!佐倉さんも来たんだね!」
「あ、櫛田さん......おはよう、ごさいます......その、本当は部屋にいようと思ったんですけど......」
チラッと佐倉が私の方を見た。
「もー、敬語なんて使わなくていいよー。綾瀬ちゃんと同じように話していいからね?私たち、友達なんだし」
「う、うん......!」
佐倉、嬉しそう。よかった。櫛田が優しいからだね。やっぱり櫛田はいい人。
「島に行ったら三人で遊ぼうよ。それに......」
櫛田が佐倉の耳元に顔を近づけた。
「佐倉さん......綾瀬ちゃんの写真、撮りたいんでしょ?」
「ど、どうしてそれを......!」
小さな声だけど聞こえた。佐倉の顔が真っ赤っかになってる。別に隠さなくてもいいのに。
「ねえねえ櫛田ちゃん。ちょっといいかな......」
三人で話してると、なんか変な動きをした池がこっちに来た。
「そのさ、俺たち出会って4ヵ月ぐらい経つじゃん?だからそろそろ、下の名前で呼んでもいいんじゃないかなって。ほら、苗字だと他人行儀だし」
「そういえば、山内くんたちとはいつの間にか名前で呼びあってるね」
「だ......ダメかな?き、桔梗ちゃんって呼んだら」
「もちろんオッケーだよ。私は寛治くんって呼べばいいのかな?」
「うおおおお!!桔梗ちゃあああん!!!」
池、凄い嬉しそう......どうしたんだろう。下の名前で呼ぶのと苗字で呼ぶのって何が違うのか分かんない。
「寛治のやつ......大人になりやがって......よーし、俺も!」
山内が佐倉の方を見た。すると、佐倉が私の背中に隠れる。それを見て山内が残念そうにした。
......佐倉って山内のこと嫌い?
「っし、俺もこの夏休みの間に俺も堀北のこと下の名前で呼ぶぞ。鈴音、鈴音っ」
「須藤も堀北のこと下の名前で呼びたいの?」
「ま、まぁな。そうだ、なあ試しに練習させてくれよ綾瀬。お前ならずっと堀北と一緒にいるし、女だからやりやすい」
「......練習?」
「綾瀬にそういうのは無理だろ」
「大丈夫だって。まあ見てろ」
須藤が凄く真剣な顔してる。
「なぁ堀北、ちょっといいか?少し話があるんだけどよ......」
「堀北?私は綾瀬だよ?」
名前は大事。間違えるのよくない。
「そういう
「他人?私と須藤は友達だよ」
他人行儀なんてしてない。
「......俺らも知り合ってだいぶ経つしよ。他の連中は下の名前で呼び合ってるみたいだし、そろそろどうだ?」
「......何が?ねえ須藤、なんか変だね。お腹痛い?」
「だー!こんなの全然堀北じゃねぇー!!おい綾瀬!頼むから少しはやる気出してくれよ!」
「......私、間違えた?」
「だから言ったのに......」
須藤が頭抱えてる。ちょっと心配。よく分かんなかったから私は堀北のこと苗字で呼ぼう。
しばらくすると、周りの人から声が聞こえた。
島が見えてきたんだ。おー......木がいっぱい......。船がぐるっと回って一周してた。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合して下さい。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。またしばらくお手洗に行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいて下さい』
またアナウンス。準備してこないといけないんだ。
「あの、綾瀬さん......一緒に......」
「うん」
佐倉と私は同じ部屋。だから一緒にいく。櫛田たちと別れて部屋に行くと、堀北が準備してた。もう一人同じ部屋にいたけど、今はいないみたい。
「来たわね二人とも」
「これから島で遊べるんだよね」
「......果たして本当にそうかしらね」
「......え?」
堀北、なんか楽しみじゃなさそう。真剣な顔してる。外で遊ぶの嫌なのかな。
それから私たちは着替えて、船が島に着くのを待った。私物は持っていけないから私はお菓子を持っていけない......残念。佐倉もカメラを持っていけなくて残念そうだった。
「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島への携帯の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」
大きな声が出るやつ、拡声器を持った先生がそう言った。
「あちー。早くしてくれよー。薄着でも汗かいてしょうがないっつーの」
「皆暑そうだね。そんなに暑いの?」
「うん......暑いよ......、綾瀬さんと堀北さんは、暑くないの......?ジャージも上まで着てる、けど......」
「全然」
「......ええ、問題ないわ」
あれ......なんか堀北が変な感じする。いつも通りじゃないっていうか......なんでそう思ったかは分かんないけど......。
皆が船から降りるのに時間が掛かってた。それは荷物検査が厳しかったから。
ようやく私たちの番。私たちは船と島を繋ぐ橋を降りる。
私は凄く楽しみな気持ちだった。ここから先は、きっと楽園が待ってるはずだから。
試験の説明は綾小路にバトンタッチ。綾瀬が聞いても「???」ってなっちゃいますから。