ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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ルール説明回、苦痛です。


第20話 シンプル

「今からDクラスの点呼を行う。名前を呼ばれた者はしっかりと返事するように」

 

 先生たちによる厳重な荷物検査の後、茶柱先生から厳しい言葉が飛ぶ。

 同時に整列するよう指示され、ボード片手に全クラス一斉に出席の確認を始めた。オレの真横には綾瀬がいる。

 

「......ねえ綾小路。何か、感じない?」

 

「何かって?」

 

「分かんないけど......サエたち、ピリピリしてるっていうか......」

 

 綾瀬の言うと通り、旅行と言う割に先生たちの表情はとにかく険しい。

 

「そう?そんなことなくね?あーもう、早く自由時間にしてほしいよなぁ。目の前に海が広がってるんだからさっ」

 

 何かを察知した綾瀬とは違って真後の池がめんどくさそうに呟く。大半の生徒に緊張感はなく、この出席の確認も億劫で仕方がないといった感じだ。

 程なくして、普段英語を担当しているAクラスの担任、堅物で有名な真嶋先生が用意されていた壇上に上がる。

 

「今日、この場所に無事つけたことを、まず嬉しく思う。しかしその一方で一名ではあるが、病欠で参加できなかった者がいることは残念でならない」

 

「いるんだよなぁ、病気で旅行に参加できない奴。かわいそ」

 

 先生たちに聞こえない程度に池が小声で言った。

 

「あれ......あの人たち、誰?」

 

 綾瀬が指を差した先には作業着に身を包んだ大人たちが特設テントの設置を始めているのが見えた。長机にパソコンなども見える。

 なるほど。やはりただの旅行というわけにはいかないか。

 その姿に気づいた他の生徒たちも困惑の顔を浮かべ始める。空気が変わることを待っていたかのように、真嶋先生から冷酷な一言が発せられた。

 

「ではこれより────本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

「え?特別試験って?どういうこと?」

 

 その当たり前の疑問は後ろの池だけでなく、ほぼ全てのクラスに等しく起こった。

 

「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了となる。君達はこれからの1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを最初に言っておく」

 

「無人島で生活って......船じゃなくて、この島で寝泊まりするってことですか?」

 

「そうだ。正当な理由がなく試験中に乗船することは認められていない。この島での生活は眠る場所から食事の用意まで、その全てを君たち自身で考える必要がある。スタート時点でクラスごとにテントを2つ。懐中電灯を2つ。マッチを1箱支給する。それから日焼け止めは制限なく、歯ブラシに関しては各自1つずつ配布することとする。特例として女子の場合に限り生理用品は無制限で許可している。各自担任の先生に願い出るように。以上だ」

 

 以上ということは、それ以外のものは一切配布されないということか。

 

「はああ!?もしかしてガチの無人島サバイバルとか、そんな感じ!?」

 

 全員に聞こえるほどの声で池が騒ぎ立てた。無人島で自給自足の生活を行う展開。野生の動物を狩り川で体を洗い、木々で寝床を作る。

 まさかそんなことを本気でやらなければいけない日が来るとは誰が予想出来ただろう。

 

「はい、はい」

  

 突如、綾瀬が挙手をしながらぴょんぴょん跳ね始めた。真嶋先生の目を引こうとしているのだとは思うが、多くの生徒たちからも注目を集めてしまっているため隣にいるオレが恥ずかしくなってくる。

 

「質問か」

 

「うん。ねえ真嶋、私はサバイバルってしたことないんだけど、私でも出来るの?」

 

 綾瀬が発言すると生徒たちは綾瀬を驚きの目で見た。それは質問の内容に驚いたからではなく、真嶋先生を呼び捨てしているからだろう。特にAクラスからの視線が凄い。

 オレたちはすっかり慣れてしまっているが、先生を呼び捨てするなんて綾瀬ぐらいしか見たことない。

 

「......君たちの多くはこの試験が過酷な生活を強いられるものだと思っているだろう。だが安心していい。特別試験と言ってもそこまで難しく考える必要はない。今からこの1週間、君たちはこの特別試験を旅行のように楽しむことが出来る」

 

「え?どういうこと?」

 

「まず各クラスに試験専用の300ポイントを支給することが決まっている。このポイントを使えばバーベキューやキャンプファイヤーだって可能だ」

 

 真嶋先生は別の教師から数十ページほどの厚みを持った冊子を受け取った。

 

「ポイントの使い方はこのマニュアルに掲載されている。そしてポイントで入手できるモノのリストもな。生活で必要な水や食料はもちろん、その機材や食材も用意しよう。海を満喫するための遊び道具も無数に取り揃えている」

 

「じゃあ......そのポイントを使えば1週間は普通に過ごせるってことですか?」

 

「無論計画的に使う必要はあるが、堅実なプランを立てれば問題なく過ごせるよう設定されている」

 

 その言葉を聞いて険しかった生徒たちの表情も穏やかなものに変わっていく。

 

「で、でも先生。やっぱり試験って言うんだから難しい何かがあるんじゃないんですか?」

 

「いいや、難しいものは何もない。2学期以降への悪影響もない。保証しよう」

 

 とすれば、本当にノーリスクということか?もしそうであるなら、これを試験と呼んでいいのか分からなくなってくるが......

 他の生徒も同じようなことを思っただろう。しかし、次の真嶋先生の一言でこの試験の全貌が明らかにされる。

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残っているポイント、その全てのクラスポイントに加算した上で、夏休み明けに反映する」

 

 生徒たちの間でどよめきが起こる。

 真嶋先生の発した一言は、間違いなく今日一番の衝撃を与えただろう。

 

「ってことは......1週間我慢すれば来月から俺たちの小遣いも大幅に増えるってことだよな!?」

 

 今まで試験らしいものと言えば筆記試験のみだった。つまり学力が優秀なAクラスが圧倒的に有利。しかし、今回求められるのは『我慢』。耐え忍ぶだけで、大量のポイントを得られる機会であるのはもちろん、他クラス次第ではクラス間の差を詰められる可能性がある。

 

「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。紛失などの際には再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。また、リタイアした者が出た場合はマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりになっている。そのため、欠席者が出たAクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 欠席者はAクラスの生徒だったのか。Aクラスの生徒に動揺はなかったが、他クラスの生徒は30ポイント縮まったことに反応を示す。

 真嶋先生の話が終わりを告げると同時に解放宣言がなされた。各クラス担任の先生から補足説明を受けることとなり、オレたちは茶柱先生の許に集まった。

 

「それでは今からお前たちに補足説明をする」

 

 茶柱先生から通達された補足説明を要約すると、まずオレたちは学校側が用意した腕時計を装着されるよう指示された。その腕時計には時刻の確認はもちろん、体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSが備えられている。また、万が一に備え学校側に非常事態を伝えるためのボタンまでもが搭載されていた。

 非常事態と聞いて熊などの野生動物の危険性もありそうだが、生徒たちを無人島に放り出す以上安全性は保証されているはずだと平田が言った。

 そして次に説明されたのが4つのペナルティ。

 

・『著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなる』

 

・『環境を汚染する行為を発見した場合、マイナス20ポイント』

 

・『毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイント』

 

・『他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収』

 

 4つ目の妨害行為は至極当然のこととして、残りの3つは生徒個人に無茶をさせないためのルールだった。

 

「ペナルティが怖かったら最悪体調を崩してでも続行なんて考えないことだ。一度リタイアと判断されれば試験中に復帰することも出来ないからな」

 

 我慢で乗り切ることは出来ない。しかし、これでこの『特別試験』の形も少しずつ見えてきた。

 

「つまりさ、ある程度のポイントの使用は仕方ないってことなんじゃない?」

 

 話の流れを聞いていた篠原という女子がそんなことを口にした。

 

「最初から妥協する戦い方なんて反対だぜ。やれるところまで我慢するべきだ」

 

「気持ちは分かるけど、体調を崩したら大変だよ」

 

 意見が分かれていく。マニュアルに載っている購入出来るものも幅が広く、生活に必須なものから娯楽品、無線機やデジタルカメラとそれぞれ必要だと思うものは違うだろう。ちなみに担任に申し出ることで誰でも申請可能らしい。

 それから堀北が300ポイント使用した後にリタイアする者が現れたらどうなるのかを質問し、その場合は0から変動することはないことが分かった。つまり真嶋先生の言っていたようにこの試験でマイナスになるようなことはないってことだ。

 そして生活をする上で問題となるトイレだが、なんと茶柱先生が用意したものは段ボールの中に吸水ポリマーシートとビニールを敷いた簡易トイレだ。しかも男女共用。一応見えないように着替えにも使えるワンタッチテントがついてはいるが、これはさすがに女子には抵抗があるだろう。

 

「トイレぐらいそれで我慢しようぜ。揉めることじゃないだろ篠原」

 

「ふざけないで。男子には関係ないでしょ。段ボールのトイレなんて絶対無理」

 

 男子は池を、女子は篠原を筆頭に揉め始めるDクラス。

 

「皆怒ってるね......どうしたらいいんだろう......」

 

「こればっかりはオレたちにはどうしようもない。平田に任せるしかないな」

 

 この火花が散っている中に飛び込んでも何も出来ない。まずはお互い冷静になってもらう必要がある。

 

「やっほ~」

 

 そんなDクラスとは程遠い気の抜けた声が後方から聞こえた。

 

「......何しにきた?」

 

「何って、どうしてるかなーって思ったから来たの」

 

 Bクラスの担任、星之宮先生が茶柱先生の背中に回り込んで抱きつく。

 

「お前は学校のルールを理解しているのか?他クラスの情報を盗み聞きするなど言語道断だ」

 

「私だって教師の端くれよ?仮に情報を耳にしても教えたりしないわよ。だけど、運命みたいなものを感じちゃったって言うか。私たち二人揃ってこの島に来るなんて信じられなくて。そうは思わない?」

 

「うるさい。さっさとBクラスに戻れ」

 

「あっ。綾小路くんじゃない。それに.....やっほ~綾瀬さん。今日も可愛いわね~!」

 

「チエ、ん......」

 

 綾瀬は星之宮先生の方を向いて腕をいっぱいに広げた。

 

「はぅ......!その姿......いつ見ても最高よ!」

 

 そして星之宮先生が綾瀬を抱き締める。もう二人の間ではそれが当たり前の挨拶ともなっているようだ。

 星之宮先生は普段保険医をしているため授業で顔を合わせる他の先生と違いあまり出会う機会はないが、放課後のホームルームが終わって帰宅するときに蜂合わせることはたまにある。

 

「あ、力は入れちゃ駄目よ?絶対よ?」

 

「分かった」

 

「......あれ!?力入れてない!?」

 

「入れてないよ」

 

「本当!?本当よね!?信じるからね!?」

 

 どうやら星之宮先生もあの堀北が脱け出せなくなるほどの力強いハグを受けたことがあるらしい。それが怖いならわざわざ抱き締めなくてもいいのにとは思ったが、多分それでも綾瀬を抱き締めたいんだろう。

 

「おい。これ以上は問題行動として上に報告するぞ」

 

「う、そんなに睨まなくても......わかった、わかったわよぉ。じゃあね~......」

 

「じゃあね」

 

 悲しげな顔をして綾瀬から離れた星之宮先生はBクラスのところに戻った。

 

「それでは追加ルールを説明する」

 

「つ、追加ルール?まだ何かあるのかよぉ......」

 

 茶柱先生が説明した追加ルールとは、島の各所にあるスポットと呼ばれるものについてだった。それらには占有権が存在し、占有したクラスのみが使用できる権利が与えられる、といったものだった。そして、そのスポットは一度占有するごとにボーナスとして1ポイント得られるようだ。ただし、そのポイントは試験終了時に反映されるもので、試験中に使うことは出来ない。

 ここまで見ればスポットを見つけ次第占有したものが有利な早い者勝ち。だが、それにもリスクがある。そのことがマニュアルに箇条書きされていた。

 

・スポットを占有するには、専用のキーカードが必要がある。

 

・他クラスが占有しているスポットを許可なく試用した場合50のペナルティを受ける。

 

・キーカードを使用することができるのはリーダーとなった人物に限定される。

 

・正当な理由無くリーダーを変更することはできない。

 

 そして占有権は8時間に一度占有権がリセットされることや、占有されていなければ何箇所でも同時に押さえられること、繰り返し同じクラスが押さえても大丈夫なことが書かれている。

 そして一番重要なのはリーダーという存在。一見すればリーダーを運動神経のいい生徒に託して動き回ってもらえばいいと思えるが、話はそう単純じゃない。その理由は最後に書かれたルールにある。

 7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる。的中させれば1クラスにつき50ポイント。外せばマイナス50ポイント。つまり、安易にリーダーが動けば的中されるリスクがあるということだ。さらに、リーダーを見破られたクラスは、それまでに得たボーナスポイントを全て失うことになっていた。

 

「例外なくリーダーは必ず一人決めてもらう。リーダーが決まったらリーダーの名前が刻印されたキーカードを支給しよう。時間制限は今日の点呼まで。それまでに決まらない場合はこっちで勝手に決める。以上だ」

 

 つまりそのカードを見られたらこちらのリーダー誰かなど一目瞭然ということか。これで説明は以上なのか、茶柱先生は俺たちから距離を取った。

 

「綾瀬。ルールは理解できたか?」

 

「えっ、と......点呼はしないと駄目で、リーダーがいて......やっちゃ駄目なことがいっぱいあって......でもリーダーが動かないと駄目で......」

 

 一気に詰め込み過ぎて頭がパンクしている、というよりは色々考えることが多すぎて何が何だか分からなくなっているといったところか。

 

「綾瀬。お前は難しいことを考えなくていい。今回の試験でお前が覚えておくべきルールだけを後で説明する」

 

 オレは綾瀬の良さを最大限活かすためにそう伝えた。きっとそれが今後にも繋がってくるはずだからな。

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