ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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第24話 天使と悪魔

 高円寺のリタイアで怒り心頭だったDクラスだったが、時も経つにつれてその怒りは少しずつ沈静化していく。

 とりあえず今は生活を何とかしなければいけない。オレと山内、佐倉は焚き火の下準備にかかる。

 山内が佐倉にいいところを見せようと果敢にチャレンジするが、思うようにはいかなかった。このままでは駄目だと思った山内は茶柱先生にやり方を聞きに行く。

 そうしてオレと佐倉の二人は、残された枝とマッチの傍で焚き火の準備を再開しようとした。そんな様子を見ていた池がこちらへと来る。

 

「お前ら焚き火しようとしてんの?」

 

「ああ。だけど上手くいかなくて苦戦している」

 

「そりゃそうだろ~、そんな湿った枝や太い枝で火がつくわけないだろ~」

 

 その口ぶりはそんなの基本だろと言っているような気がした。

 

「もしかして、アウトドア的なことが得意なのか?」

 

「ん?あーいや、別にそう言うことじゃないんだけどさ、小さい頃よく家族と一緒にキャンプしてたからさ。だから焚き火なんて俺からすれば基礎中の基礎だよ」

 

 誇らしげ、というよりは本当に必然のことのように話す池。だけどそれを聞いたオレと佐倉は感心していた。

 

「キャンプの経験がある人なんて殆どいないから凄いことだと思うぞ。なあ佐倉?」

 

「う、うん......私は全然知らなかった......」

 

「そ、そうかなぁ......あー......そっか、考えてみればそうだよな。全員、初めてみたいなもんなんだな、こういうキャンプ生活。そう考えたら、ちょっと篠原たちに無理言ったかもしんないな......」

 

 それは池が初めて見せた後悔、過ちに気づいた瞬間のような気がした。

 

「とりあえず使えそうな枝とか集めて火は俺がつける。そのあとに......その、篠原とかに謝っとくよ」

 

 その決断には勇気が必要だったことだろう。須藤のときもそうだったが、人は自分の過ちを認めるのがなかなか出来ないからな。

 

「あーくそ、先生何も教えてくれなか────あれ?寛治なにやってんの?」

 

 山内も来たことだし、焚き火のことは二人に任せてその場を離れる。

 

「佐倉もありがとな。助かった」

 

「ううん、私は、全然だから」

 

 そう言って佐倉はテントに戻っていた。佐倉も疲れてるはずなのにまだ動きたそうだ。たくましくなったな。

 さて伊吹のことはどうするか。平田に相談しようにも今は手が離せないらしい。人気者も大変だな。もう少し時間を置いてからにするか。

 遠くから様子を眺める伊吹に近づき、軽く声をかけておくことにした。

 

「悪いな。もう少し待ってくれ、お前のこと相談してみるから」

 

「別に無理しなくていいって。どうせ私は追い出されるだろうし」

 

「そんなことないと思うぞ。平田は人一倍お人好しだからな」

 

 伊吹の事情を知れば、追い出す真似をするとは思えなかった。

 

「そういえば自己紹介してなかったな。オレは綾小路だ」

 

「私はもう一度した方がいいの?」

 

「いや、それは大丈夫だ。Cクラスの伊吹。ちゃんと覚えた」

 

 改めて自己紹介を終えて顔を突き合わせるが、伊吹は目を合わせなかった。

 

「......あいつはいないのか?」

 

「あいつ?」

 

「綾瀬だよ。綾瀬心音」

 

 まさか伊吹の口から綾瀬の名前が出てくるとは思わなかった。

 

「なんでそんなことが気になるんだ?」

 

「あいつはウチのクラスでも有名なんだよ。だから気になっただけ」

 

「有名?」

 

 それを聞いて真っ先に石崎の言葉が思い浮かぶ。

 『あの人』。綾瀬がCクラス内でどう思われるのかは気になるところだ。

 

「別に大した理由じゃない。美人だからとか、そんな下らない理由」

 

 伊吹はオレの目をジッと見ながらそう答えた。

 美人だから、か。確かに櫛田とかもそのルックスで他クラスにかなりの知名度を誇っている。だから綾瀬が有名なんだと言われても納得することはできる。

 

「それで、綾瀬は?」

 

「綾瀬は迷子だ」

 

「......はぁ?」

 

 伊吹は心底驚いたようで、しばらく口をポカンと開けながら固まっていた。

 

「なんなんだあいつは......やっぱりただのバカなのか......?」

 

「なんだか随分綾瀬のことが気になってるみたいだな」

 

「......別に」

 

 それ以上話す気はないらしく、伊吹は黙り込んだ。

 そうして腕時計の時刻が5時を回った頃、櫛田たちが戻ってくる。どうやら食料を探す役目をしていたらしく、手には食べ物のようなものが見て取れる。

 だがパッと見では食べられるかどうかの判断が聞かずに櫛田も他の生徒に意見を求めていた。そんな中、焚き火を完成させた池がその果実を見て懐かしいものを見つけた子供のような笑みをこぼしながら果実の説明をした。その様子に池がキャンプ経験者であることを周りも気づき始め、皆一様に池に質問をぶつけた。その中には篠原もいる。

 思わぬ注目と尊敬の眼差しを受けた池。しかし、それでも天狗になることはなく、池は篠原と向き合った。

 

「......なあ篠原。こんな何もない島で、トイレのない生活なんてキツいよな。ポイントを守るためだからって言いすぎた。悪かったよ」

 

「な、なんで急にそんな謝んのよ」

 

「思い出したんだよ。俺が初めてキャンプしたときのこと。そのときのトイレって虫が這ってるのは当たり前っていう酷いトイレでさ。親に帰ろうって文句言ってたの思い出した。女子だったら尚更そう思うよな......」

 

 さきほどの宣言通りしっかり篠原に対して謝罪をする池。その誠意はしっかり篠原や他の女子たちにも伝わったようだ。

 

「私も......さっきはごめん。川の水は飲めないとか言って......感情的になりすぎてたと思う。少しは自分たちで何かやらないとポイントは残せないよね」

 

 どちらも相手の目を真っ直ぐ見ることは出来なかったけど、仲直りは出来たようだった。

 良い空気が流れ始めたことで、平田はここぞとばかりにこの試験を乗り切るための算段を話し始めた。

 平田は試験終了時に120ポイント以上残すことを目安に現実的かつ丁寧な説明をする。

 まずは一週間の食事に110ポイント。そして仮設トイレの追加に10ポイント、男子用テント二つで20ポイント、残りは生活する上で必要なものを揃えるために使用し、それで180ポイントぐらいは使うかもしれないといった計算だ。

 そしてこれもあくまで自分の想定に過ぎないことを説明する。もし食料問題が解決すればその分のポイントも賄えるからだ。

 120という数字は小さく見える。だが夏休みを迎える前の筆記試験でAクラスですら変動が100に満たなかったことを頭に入れると、その数字も決して小さくないことが分かる。

 

「それでいいんじゃないか平田。最低120は残す。そんでスポットとかも見つけまくればその分追加ポイントももらえる。それならそれでやってみようぜ」

 

 池が賛同したことでポイント節約派も平田の案を飲む。

 これで色々あった問題も解決し、生徒たちもこの無人島生活に希望を抱き始めた。各々が食料についてや明日の計画を話し始めるなか、佐藤という女子が伊吹を怪しむような目で見る。

 最初は当然スパイと疑われた。しかし、伊吹がこうなった事情を説明すると、平田という男は当然伊吹を受け入れた。

 伊吹にはスポットを占有する際はあまり近づかないようにだけ言い、Dクラスは伊吹を受け入れることにした。

 そこからはポイントで購入した食事を各々が済ませ、しばらくするとあっという間に空は暗くなった。そして午後の点呼を終え、そろそろ就寝の時間が近づくと、生徒たちは続々とテントの中に入っていった。

 一日目のスタートにしては悪くない空気だ。不安点が残るとしたら綾瀬のことか。早くなんとかしてやらないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目の朝、一人テントの中で目覚めると、オレはさっそく行動に移した。それはある確認をするためだ。

 その確認はすぐに終わり、テントに戻ると先ほどまで寝ていた平田が起きていた。二人で顔を洗いにくことなり、少し話しながら川に向かうと、Bクラスの神崎に出会う。神崎は偵察しに来たんだろうが、わざわざオレたちにベースキャンプへの道を教えてくれる、なんてことまでしてくれた。

 それから生徒たちも起き始め、朝の点呼を終えたオレたちは自由行動へと移った。もちろん綾瀬はいない。昨日の点呼も合わせてこれでマイナス10ポイントとなったわけだが、平田が綾瀬を懸命に庇ったために綾瀬が責められるようなことはなかった。むしろ綾瀬を探そうとしてくれて、この自由時間にスポット探しと平行して綾瀬を探してくれるみたいだ。平田には本当に頭が下がる。

 

「なんだよお前ら!」

 

 突如、池の怒った声がキャンプ地に響き渡った。様子を窺うように声の方を覗き込む。するとそこにはCクラスの生徒、小宮と近藤がいた。

 

「いやー随分と質素な生活してんだなDクラスは。さすが不良品クラスだ」

 

 二人の手にはスナック菓子と炭酸ジュースが入ったペットボトルがあった。切り詰めた食事を続けるDクラスとは違ってCクラスは随分と余裕のある生活を送っているみたいだ。

 

「龍園さんから伝言だ。夏休みを満喫したかったら今すぐに浜辺に来いってよ。遠慮せず来た方がいいぜ。このバカみたいな生活が嫌になる夢の時間を共有させてやるから」

 

 二人はすぐに帰るかと思ったがこの場に留まり、嫌がらせのように間食を続ける。

 

「ああ、それともう一つ伝言だ。お前らにとっておきの情報を教えてやるよ。お前らが探してるであろう綾瀬さんはこっちにいるぜ。今頃綾瀬さんも夏休みを満喫しているところだ」

 

 ......綾瀬さん?

 その部分は少し気にはなったが、それよりも綾瀬がCクラスにいるということの方が重要だ。そのことを耳にして堀北が立ち上がる。

 

「それは本当なのね?」

 

「げっ......お前は......」

 

 堀北はすぐに距離を詰め、二人に圧をかけた。

 堀北の顔を見た二人は警戒するような態度を取る。つい最近起こった須藤の暴力事件で堀北のことは印象に深いだろう。

 

「案内してもらうわよ」

 

「わ、分かった」

 

 このまま居座ってDクラスに挑発でもしようとしていたんだろうが、堀北に迫られてはこの二人も強気には出れない。

 

「待て堀北。オレも行く」

 

「あなたが積極的に動こうとするなんて珍しいわね。体調悪いの?」

 

 それはこっちのセリフだと返したいところだが今は敢えてスルー。

 

「綾瀬は友達だからな。それにCクラスの様子も気になるし」

 

「そう」

 

 短く言い残して小宮たちについていく堀北。オレもそれに続く。

 そうして森を抜ける直前の茂みから見えた浜辺には、Cクラスの生徒が大勢見える。

 オレと堀北が見たCクラスの状況は想像の遥か斜め上を行っていた。

 

「嘘でしょ......こんなことって......あり得る?」

 

 オレも堀北と同じ心境だった。そこには豪勢な食事、ありとあらゆる娯楽、そしてこの暑い夏を快適に過ごすための道具がこれでもかと言わんばかりに揃えられていた。

 目に見える範囲でも150ポイント以上吐き出していることが分かる。

 

「龍園さんはこっちだ」

 

 小宮たちの案内を受けながら浜辺へと足を踏み入れ、砂を踏みしめていく。海に近づくと肉が焼ける香ばしくて美味しそうな肉の匂いが鼻についた。

 とてもバカンスを楽しもうなんてレベルじゃないことを再確認する。

 この豪遊を指示したと思われる男の傍に近づいた。

 

「よう。さっそくバカンスを楽しみにきたのか?」

 

 水着姿でチェアーに寝そべり、肌を焼く男が、白い歯を見せた。

 

「綾瀬さんはどこにいるの?」

 

「開口一番それかよ。面白味がないな」

 

「いいから答えなさい」

 

「心音ならまだ寝てる。しばらく起きそうにないぜ」

 

「......心音?随分親しげなのね」

 

「なんだ?お前も下の名前で呼んでほしいのか?」

 

「ふざけないで。そんなわけないでしょう」

 

 この男が龍園か。綾瀬と、それから一之瀬から聞いたことがある。

 この前一之瀬が話したいことがあると言っていたのは龍園のことだった。あの暴力事件を裏で糸引いていたのが龍園なんじゃないか、そんなことを一之瀬は話していた。

 

「安心しろ。しっかり心音は返してやるからよ。おい石崎、心音を起こしてこい。ついでになんか適当に飯でも渡してやれ」

 

 近くにいた石崎が敏感に反応する。

 

「はい......ですが綾瀬さん起きますかね。女子が起こそうとしても全然起きなかったって言ってましたけど......」

 

「そんときは耳元でアラームでも鳴らしてやるんだな」

 

「分かりました」

 

 石崎は綾瀬が眠ってるであろうテントに向かう。

 堀北としては早く顔を見たいだろうが、寝ているなら仕方ないだろう。

 堀北は綾瀬が起きるまで龍園から話を聞き出そうとする。

 

「まるで王様ね。クラスメイトを自分の都合のいいように利用するだなんて」

 

「こいつらは全員俺の駒だ。利用するのは当然だろ?」

 

「王様ぶるのはいいけど、トップが無能だとその下が苦労するんじゃないかしらね」

 

「無能?クク、それは俺のことを言っているのか?」

 

 龍園は堀北を心底バカにしたように笑う。

 

「当然よ。あなたはこの試験のルールそのものを理解していないんだから」

 

「たかだか100とか200なんていう小さなクラスポイントのためにこんなクソ暑い無人島でサバイバルなんて冗談じゃないぜ」

 

「そう。もう敵とか以前の問題ね。こんな満足に計画すら立てられない人がトップだなんて心底呆れたわ」

 

 これだけ派手にポイントを使っていて一週間持つはずがない。

 

「それと、一つ聞きたいことがあるわ。Cクラスの伊吹さん、頬が腫れていたわ。あれはあなたがやったのね?」

 

「あいつは俺に従わなかったからな。支配者の命令に背く駒なんざいらねぇ。俺がクラスのポイントを好き勝手使うと決めた以上、それは決定事項なのさ。それに反旗を翻したところで無駄なんだよ」

 

「......つまり、伊吹さんはポイントの使い方についてあなたとぶつかり合ったのね」

 

「ま、平たくいえばそういうことだ。だから軽くお仕置きしてやったのさ。もう一人逆らった男がいたから、そいつ共々追い出してやったんだよ」

 

 とても仲間に向けた発言とは思えなかった。しかし、これで合点がいく。

 伊吹が点呼に不在でも、Cクラスには影響がないから心配もしないし、探そうともしない。堀北も遅れてそのことに気づく。

 

「あなた......初日で全てのポイントを使いきったのね?」

 

 この試験でマイナスになることはない。つまり誰がどこで何をしていようが影響は皆無ということだ。

 

「そう言うことだ。俺は全てのポイントを使った。それがどれだけ自由なことか分かるか?」

 

「......まさか0ポイントであることを逆手に取るなんてね」

 

 マイナス要素を打ち消す0ポイント作戦。予想外の戦い方だが、それで好成績を残せるわけではない。仮に全クラスのリーダーを的中させても最大で150ポイントまでしか伸ばせない。

 

「龍園さん。綾瀬さんが起きました」

 

 石崎がこちらに向かってきて報告する。オレたちは綾瀬がいるであろうテントの方に視線をやる。

 程なくしてテントの中から眠そうに瞼を擦っている綾瀬が出てきた。すると、途端に一部のCクラス男子たちが綾瀬のもとに駆け寄り、頭を下げた。

 

「「「綾瀬さん!おはようございます!」」」

 

「おはよう......ふわっ......」

 

 あくびをしながらその群衆を掻き分ける綾瀬の姿には圧倒的強者の風格みたいなものが感じ取れた。

 

「飲み物をどうぞ......」

 

「......別にそこまでしなくてもいいよ?でも、ありがとう山脇」

 

 あれは図書館で綾瀬のことを弱そうな女だとバカにしていた山脇だ。その山脇が綾瀬に対してビクビクしながら飲み物を渡そうとしていた。綾瀬はそれを受け取らず、こちらに向かってくる。

 

「......なんだか綾瀬さんに対して随分腰が低いわね......」

 

「あ、ああ......」

 

 それはあまりにも異常な光景だった。特に男子は綾瀬に対して畏れみたいなものを抱いていて、他クラスの女子に対して向ける態度としては違和感しかないものである。

 まさか綾瀬は石崎だけに飽き足らず、Cクラスの男子から敬われるほどの存在になったのか......?あの綾瀬の扱いはもう龍園と同じ王様......いや、女王みたいなものだった。それならばもう美人だからなんて理由じゃ済まされないだろう。

 

「あ、堀北と綾小路だ」

 

 こちらに来た綾瀬には特に怪我とかもなく、ピンピンした様子だった。それを見て堀北も安堵の表情を浮かべる。

 

「今までずっとCクラスにいたの?」

 

「うん。保護してもらってた」

 

「そう......心配したわよ」

 

「......心配かけて、ごめんね。あと、点呼の分も......」

 

「いいのよ。あなたを責める人なんていないわ」

 

 綾瀬も責任を感じているみたいだったが、そこに関しては平田を信用していい。

 だが一つ気になるのは綾瀬がずっとCクラスにいたという点。綾瀬ならこの島を軽く一周でもしてオレたちのことをくまなく探しそうなものだが......。

 

「しかしお前ももったいないな」

 

 堀北と綾瀬のやり取りを一瞥しながら龍園がそう言った。

 

「お前は綾瀬という駒を全く扱いきれていない」

 

「何が言いたいの?」

 

「俺は少し話しただけですぐ分かったぜ?綾瀬心音は最強の駒だってな。まったく、宝の持ち腐れもいいところだぜ」  

 

「この子はまだ知らないことばかりなのよ。それなのに駒みたいに使うなんて......冗談じゃないわ」

 

「お前が優秀ならそんなこと気にする必要もなく心音を扱えるはずだぜ?だがその様子じゃ手綱をかけることは出来なさそうだな。こいつに必要なのは優秀な支配者だ」

 

「いいえ、この子に必要なのは自立よ。あなたみたいな人についていっても彼女は成長しないわ」

 

「えーと......結局私には何が必要なの?」

 

 まるで子供の教育方針でも決めるみたいな会話だな。

 

「私もあなたと少し話しただけでわかったわ。あなた、たくさんの人から恨みを買いそうね。だから綾瀬さんを用心棒にでもしようという魂胆なんでしょ?どうせ綾瀬さんのことを調べたんでしょうけど......情けないわね、女の子に守ってもらおうだなんて」

 

「ハッ、確かに用心棒としては一級品だ。それを確認するためのテストもしたからな」

 

 テスト......なるほど。綾瀬の身体能力を測ったのか。この砂浜なら綾瀬の身体能力を試すには絶好の場所だ。その結果を見てCクラスの連中は綾瀬に畏れみたいなものを抱いているといったところか。きっと綾瀬の身体能力は並大抵のレベルじゃないと殆どの生徒が判断したんだろうな。さっきの山脇も、本能的に強いものには逆らえないと言った様子が見てとれた。

 

「はっきり言って身体能力で心音に勝てる奴なんざそうそういない。だがそういうことじゃないんだよ。クク、お前は心音の価値をまるで分かってないんだなぁ?」

 

「綾瀬さん。こんな戯れ言に耳を貸す必要はないわ。もう戻りましょう。これ以上ここにいても不愉快になるだけよ」

 

 これ以上は何を言っても無駄だと悟り、踵を返そうとする堀北。

 

「またな鈴音」

 

「どこで調べたのか知らないけれど、気安く下の名前で呼ばないでくれる?」

 

 ある程度調査済みなのか、龍園は堀北の名前をしっかり憶えているらしい。

 

「心音。お前は俺たちと来てもいいんだぜ?今さらDクラスに行っても虚しい生活が待ってるだけだろうからな」

 

「来てもいい......?」

 

 堀北がその単語に違和感を持つ。

 

「いや、いい。私全然平気だから」

 

「そうか。せっかく高円寺に続いてDクラスにもう一人リタイア者が出ると思ってたのにな。残念だ」

 

「待ちなさい。どうしてあなたがそのことを知っているの?」

 

 当然の疑問だ。こちらの情報が伝わるにしては早すぎる。もしリタイアした生徒のことが各クラスに共通で担任から伝えられるとしたら、それは情報を漏洩しているのと同じだ。

 

「心音が教えてくれたんだよ」

 

「......それはそれでおかしいわ。綾瀬さんあなた高円寺くんといたの?」

 

「うん。追いかけっこしてた。でも高円寺が途中で体調が悪くなっちゃったみたいだから船に帰ったよ」

 

「どうして止めなかったの......」

 

 堀北は頭を抱えた。きっと高円寺のことだ。体調が悪いだなんて嘘なんだろう。

 しかし、綾瀬は高円寺に振り切られなかったのか。それは高円寺に追い付く綾瀬を褒めるべきなのか、綾瀬と同レベルのスピードを出せる高円寺を褒めるべきなのか、どちらも化け物すぎていまいち分からない。

 もうこれ以上話すことはないと判断し、今度こそ踵を返す堀北。オレと綾瀬もそれに続く。

 

「論外ねCクラスは。完璧な自滅をしてくれて助かるわ」

 

「あ......そのことなんだけど、龍園から伝えておけって言われてるんだ。俺たちは一週間なんて見てないだって」

 

「......どういう、こと?」

 

「龍園が来てもいい、といったのはこのためだな。Cクラスはこの無人島では1泊2日したあとに船に乗るつもりなんだろう」

 

「まさか、高円寺くんのように......」

 

「そうだ。体調が悪い、精神が不安定だ。とにかく理由をつけてリタイアすればいい。そうすれば全員が船に戻って生活できる。何の苦労もなく夏休みを満喫出来るというわけだ」

 

 学校側も仮病だと突っぱねて追い返す真似は出来ないだろう。

 

「じゃあ彼は本当に、最初から試験そのものを放棄してるということね......理解不能だわ」

 

 確かに一見すると龍園が何を考えているのかなど分からない。でも、そう言った意味で、やはり龍園の策には一定の効果があったと見るべきか。

 

「ひとまず帰りましょう。綾瀬さんの無事を知らせないとね。もうはぐれちゃ駄目よ?」

 

「うん」

 

 オレは綾瀬を見て龍園の言っていたことを思い出した。

 

 綾瀬心音は最強の駒。

 

────それは半分正解だ。

 どうやら龍園には想像以上に指導者としての素質があるようだ。指導者に必要なものをよく分かっている。

 だがそれはあくまで龍園のようなタイプだからこそ理解できるもの。一概に指導者と言っても様々なタイプがいる。堀北や平田、一之瀬などでは到底たどり着かない発想だろう。

 だが綾瀬を扱うならそれ相応のリスクもある。龍園はそのことに気づいた上で綾瀬を最強の駒と言ったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 一度オレたちは綾瀬の顔を見せるためにベースキャンプへと戻る。平田や櫛田は綾瀬の無事を喜び、これでDクラスが抱える問題も解決したと言える。後はスポットを見つけたり食料を探したりをしながら無人島生活を乗りきればいい。

 そしてリーダーを当てるというルール。綾瀬も帰ってきたことだし、そのルールもそろそろ視野に入れるべきだろう。

 一応綾瀬と伊吹を引き合わせようと考えたが、今は綾瀬を連れて歩くことを優先するべきだ。

 

「堀北、綾瀬。Bクラスにいかないか?」

 

「Bクラス......いきたい」

 

「そうね......Bクラスがどんな生活をしているのか気になるところだわ。でも場所は分かるの?」

 

「朝に神崎が教えてくれた」

 

「そう。向こう側はまだ私たちを仲間だと思ってくれているのかしら」

 

 須藤の冤罪事件で協力関係を結んだオレたち。それが続いているんだとしたら嬉しいことだ。敵は少ないに限るからな。

 神崎に教えられた通りに道を進むと、特に迷うこともなくBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

 

「流石はBクラスといったところかしら......」

 

 そこにはDクラスとまるで違う生活感があった。

 スポットとして活用している井戸の周りは木が多く、テントを広げるようなスペースはない。その分をハンモックによって補い寝泊まりするスペースを確保していた。同じようにスタートしたに関わらず、使っているアイテムはまるで違う。気になるところは色々あるが、何より驚かされたのはBクラスが持つ独特の雰囲気だ。

 

「あれ?堀北さん?それに綾小路くんと綾瀬さんも」

 

 ハンモックを取り付けようとしていたジャージ姿の一之瀬が振り返る。

 

「随分とクラスは上手く機能しているようね。拠点としては苦労も多そうだけれど」

 

「あはは。なんとか工夫してやってるよ。おかげでやることもいっぱいなんだけどね」

 

 そう言って微笑み、一之瀬はきゅっと紐を結び終えた。

 

「だとするもお邪魔するのは悪いわね」

 

「ごめんね。なんか追い返す言い方になっちゃったかも。でも少しぐらいならいいよ?聞きたいことがあるから訪ねてきたんだろうし。あ、折角だしハンモック座ってみる?」

 

「はい、はい。私座りたい」

 

「いいよー、こっちにおいで~」

 

 一之瀬に手招きされ、綾瀬はハンモックに座る。綾瀬は不思議そうに感覚を確かめ、ゆらゆらと小さく揺れる。

 

「おー......これで寝たら気持ち良さそう......」

 

「あははっ、もし暇だったらお昼寝でもしに来なよ。ちゃんと点呼に間に合うようには起こしてあげるからさ」

 

「ありがとう。やっぱり一之瀬はいい人だね」

 

 綾瀬のことも受け入てくれる一之瀬は根っからの善人のように思えた。

 

「一之瀬さん。一応、私たちは前回から協力関係にあると思っていいのかしら」

 

「私は少なくともそう思ってるよ」

 

「それならポイントの使用に関して詳細を教えて貰えないかしら。もちろんこちらも開示するわ」

 

 一之瀬は快く了承し、オレたちに何ポイント使ったか、そして購入した道具を教えてくれた。

 Bクラスが使ったポイントはぴったり70ポイント。高円寺のリタイアと綾瀬の点呼の分を除けばだいたいDクラスと同じ使用率だ。

 そしてウォーターシャワーという見慣れないものを使っていたり、打ち水で少しでも暑さ対策、テントの中には無制限に支給される簡易トイレにも使うビニールを束にして床の固さを軽減していりと一之瀬の言う通り工夫が施されているのが分かる。そしてBクラスは果実に続き野菜も発見している。Dクラスよりも成果が出ていると見るべきか。

 Bクラスの状況は大体分かったので堀北がこちらの情報も開示する。

 

「そうだ。私たちは協力関係を継続するってことでいいかな?それならリーダーの正体を見破るって言うルールもお互いのクラスは除外し合うっていうのはどう?」

 

「ちょうど私もその話をしようとしていたの。一之瀬さんが構わないならその提案を受けさせてもらいたいわ」

 

「もちろんオッケーだよ」

 

 互いに情報交換と協力関係の再確認を終え一段落する。

 

「......皆楽しそうだね」

 

 綾瀬が辺りを見渡してそう言った。

 それぞれの生徒が自分の役割を持って行動しているのか、誰もが役割を楽しそうに全うしているのが分かる。

 その中で一人、丁寧に頭を下げている眼鏡をかけた生徒が視界に入った。

 

「分かりました。ありがとうございます柴田くん」

 

「いいっていいって!それにしても、そんなに畏まることないんだぜ?」

 

「いえ、そういう訳にはいきません」

 

 そんな短いやり取りを見て、堀北は少し不思議そうに腕を組んだ。

 

「クラスメイトにしてはよそよそしいわね」

 

「あ、彼は────」

 

「Cクラスの生徒、か」

 

「知ってたんだ?彼、Cクラスと揉めちゃったみたいでさ。さすがに放っておけなくて」

 

「え......喧嘩しちゃったの?」

 

「うーん、事情は話したがらないからそこまでは分かんないけど......」

 

 龍園に抵抗するように離反したもう一人の男子生徒。どうやらBクラスに拾われていたらしい。

 

「私たちも昨日一人拾ったのよ。Cクラスの生徒を」

 

 堀北は伊吹のことを一之瀬に説明する。綾瀬もこのことは龍園から伝えられておらず、初耳だったようだ。

 

「なるほど......そっか、龍園くんと会ったんだね。それにしても女の子に手をあげるなんて......」

 

 とりあえず二人のCクラスの生徒がDクラスとBクラスに匿われている状況は分かった。

 

「一之瀬さん。聞いてばかりで申し訳ないけど、私たちはAクラスの状況を確認したいと思っているの。彼らのベースキャンプに関して掴んでいることはある?」

 

「『恐らく』で良ければ場所は分かるよ。でも情報を得るのは難しいと思うけどね」

 

 一之瀬はいやがる素振りもなく、Aクラスのキャンプ地への道筋を教えてくれた。そしてAクラスが守りに徹しているということまで教えてくれる。ただそれを聞いただけでは分からないので、実際にこの目でどんなものかを確かめる必要があるな。

 

「そろそろ行きましょう。長居するとBクラスに悪いわ」

 

 意見を交わした一之瀬と別れ、Bクラスのキャンプ地を後にする。

 

「総じてDクラスの上位互換。そう言わずにはいられないわね」

 

 人気がなくなった後、敗北宣言ともとれる堀北の言葉が聞こえてきた。感想としては堀北とほぼ同じだ。既にDとBでは大きな差が生まれ始めている。 

 それはポイントによる差ではない。

 

「まあ仕方ないよな。BクラスにはDクラスにない能力がある」

 

「徹底したチームワークね。Bクラスは凄く統率のとれたクラスだった」

 

 Cクラスが龍園による独裁政治だとすると、Bクラスは一之瀬を中心とした民主主義。一之瀬というリーダーはいるものの、そこには一糸乱れぬ団結力、そして各々が自ら考えて行動する力があり、あのクラスでは何かを決めるときに揉めたり分裂したりする姿は想像出来なかった。

 Dクラスはそのどちらでもない。今はまだいいがまた揉めたりしたりする可能性もあれば、高円寺のように自分勝手に行動する生徒だっている。

 今日でまだ二日目。現状のままだとDクラスはBクラスに引き離されていくだろう。両者を見比べるとそう評価せざるを得ない。

 

 

 

 

 

 




順番的に悪魔と天使のほうがよさそうですが、それだと語呂が悪いのと、『逆』ということを強調させたかったのでこのタイトルにしました。
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