自己紹介を終えたオレたちは入学式を迎える。とは言っても特別なことは何もなく、偉い人のありがたい言葉を頂戴し、無事に終了した。
時間も昼になり、今日は入学初日ということもあって、オレたちは敷地内の説明を受けたあと解散となった。
生徒たちは各々の目的地へ向かう。その大半は寮に帰るだろうが、早速敷地内を回ろうとするものもいる。
オレは強い興味を持っていたコンビニに寄ろうと思っていた。もちろん1人で────
「綾小路。どこかいくの?」
と思っていたら綾瀬がひょこっと顔を出す。
「どこかって......帰るつもりだけど。ついでにコンビニに寄るぐらいだな」
「帰り道分かんないからついてく」
「ええ......さっき説明受けたばかりだろ......」
帰り道が分かんないって。先ほどの説明を聞いてなかったのか。
確かにこの学校は広いけど寮までの道のりなら迷うことはない。
「......迷惑?」
正直に言えばあんまりついてきて欲しくない。もうクラスメイトからオレまで変な目で見られつつあるのに一緒に帰るなんてしたらもう噂が立つレベル。
だが帰り道も分からぬ綾瀬を手綱もなしに放置させるのも忍びないのでオレは一緒に帰る選択を取る。
「迷惑ではない。でもお前は大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ?昨日いっぱい寝たから」
「聞いたのは体調とかじゃないけどな。綾瀬のような女の子が男と歩いてるとその、噂になるぞ」
「......?別に気にならないよ?」
これが普通の女の子だったら少しはドキッとするものだけど綾瀬が相手ならそうはいかない。
多分この少女は言葉の意味を理解していないのだ。
まあ綾瀬には無用な心配だったか。うじうじ悩んでいるのはオレだけだった。
綾瀬を引き連れてコンビニへと向かう道中。やっぱりかと言わんばかりにすれ違う人たちが綾瀬を見る。ジッと見るのは悪いと思って気づかれないようにチラッと見るだけの人、そんなことも忘れて見続ける人。そんな視線など眼中にもなく目の前を歩く綾瀬という少女に生徒たちは若干の威圧感すら覚えただろう。だってこの子あまりにも堂々としすぎだもの。
オレは居心地が悪くなって極限までに存在感を消した。もともとないけどな。ここ、笑うとこだぞ。
「綾小路。コンビニ、ついたらお菓子買ってもいいのかな」
「ん?それはもちろん。自由にすればいいんじゃないか?」
「何円までならいい?」
「そんなの自分で決めればいいと思うけど」
「へー......なんか難しそう......」
うーむ。難しい要素なんてないけどな。普段から自分で買い物とかしないのか?そうなるとやっぱり綾瀬はお嬢様なんだろうか。
それから少し歩いて目的地のコンビニにたどり着く。
「またしても嫌な偶然ね」
コンビニに足を踏み入れた瞬間堀北と鉢合わてしまった。
「堀北だ。堀北もお菓子買いにきた?」
「ぐっ......!」
綾瀬の発言に吹き出しそうになる。堀北がお菓子って全然イメージに合わない。シュールに見えてしまうのはオレだけじゃないはずだ。
「そんなのと一緒にしないで。私は生活必需品を買いにきたのよ」
「生活必需品......それは知ってる。ないと駄目なもの......へー......」
堀北の買い物カゴをジッと眺めた。そんな綾瀬に堀北は冷ややかな視線を送る。
「ちょっと。あまりジロジロ見ないでくれる?」
「私も堀北と同じもの買う......」
「え?いいのか?なんか女の子っぽくないぞ?このシャンプーとか安物だろ」
「あなたごときの人間に品定めされるのはとても不愉快ね。どうせ胸しか見てないあなたにはシャンプーなんて関係ないじゃない。一々口出ししないで」
言葉のナイフがグサグサとオレを抉る。堀北の中でオレの地位はもうとっくに底の底まで落ちてしまったようだ。
「堀北の買ったやつ、覚えた。いってくる。ついでにお菓子も買う」
綾瀬は早く買い物がしたいのか早歩きで店内を駆け巡る。なんだか綾瀬のテンションがちょっと高いぞ。
「彼女、変わってるわね」
「え、お前がそれを言うのか」
「何?文句あるの?」
「いえ何も......」
言いたいことは色々あったが堀北の眼光に屈服したオレは大人しく黙った。
「ん?」
「どうしたの?」
「なあ。これ、何だろうな」
買い物を進めていると妙なものを見つけた。コンビニの隅に置かれた一部の食料品や生活用品。
一見普通のものに見えるが、その商品たちには奇妙な一文が添えられている。
「無料......?」
堀北も不思議に感じたみたいだ。
「それに加えて1ヶ月3点まで、か。今のコンビニはこんなものまであるのか?」
「そんなわけないじゃない。ポイントを使いすぎた人の救済措置、かしら。それにしては生徒に甘すぎると思うけれど」
言い換えるならそれだけサービスが行き届いているということにもなるが果たして......
「綾小路、堀北。買ってきた」
「おー、戻ったか。ちゃんと買い物できたか?」
「お店の人が教えてくれたから大丈夫」
レジ袋を片手に持った綾瀬が戻ってきた。しかし、袋からうっすら見えるのはシャンプーや歯ブラシといったものばかりでお菓子の類いは見えない。
「ん?お菓子はどうした?」
「あるよ。ここ」
綾瀬が指を指したのは制服のポケットだった。
「それ、ポケットにいれないと駄目なのか?」
「いつでも食べれるようにしたい」
「そうか......でも入れる量は考えような.....」
綾瀬のポケットはそれはもうほっぺたに食べ物を詰め込んだリスみたいにパンパンに膨れ上がっていた。
「あなたはもう少し周囲の目を気にした方がいいわよ......よくそれでそんな平気な顔して歩いていられるわね」
「..... ?どういうこと?」
今回ばかりは堀北に同意。綾瀬じゃなかったら何かの罰ゲームなんじゃないかと疑うところだ。
「っせえな!今探してんだよ!ちょっと待てよ!」
突如、店内にやたらと大きな声が響き渡る。
「だったら早くしてくれよ」
「あ?何か文句あんのかテメエ!」
どうやら会計で揉め事らしい。その内の1人は見覚えのある赤髪の生徒。あの不良少年だ。手にはカップ麺が握りしめられていた。
「何かあったのか?」
「あ?なんだお前」
「同じクラスの綾小路だ。困ってそうだから声を掛けたんだ」
事情を説明すると、オレは敵じゃないと判断したのか赤髪の少年が納得した表情になった。
「あなた、困ってる?」
「うおっ、なんか増えた......そういやお前......とそこのお前も見覚えあんな。一回寮に帰って買い物しようとしたら学生証を忘れたんだよ」
「学生証が支払いに必要だっていうのはイメージしにくいからな。良ければ立て替えるぞ?取りに戻るのも手間だろ」
「......そうだな。ここは世話になることにするぜ」
今は昼なこともあって昼食を買いにきた生徒も多い。迷惑にならないためにもとっとと会計を済ませてしまうべきだ。
「助かったぜ。お前ら、名前は?」
「オレは綾小路だ」
「私、綾瀬心音」
「俺は須藤ってんだ。ついででお前に頼みたいことがある」
そう言って須藤はオレにカップ麺を渡し、お湯を入れるよう指示して外に出ていった。
そんなやり取りを見ていた堀北は呆れたようにため息をついた。
「初対面からこき使われてるわね。彼のシモベにでもなるつもり?」
「まあ別にこれぐらいはいいさ」
ついてだからな。それに須藤と話すきっかけにもなるかもしれない。
「綾小路、なにやってるの?」
「ん?お湯を入れてるんだよ」
「ほー......」
綾瀬はオレがお湯を入れているところをまじまじと見つめた。まさかカップ麺の作り方を知らないのか?オレも初めてだから人のことは言えないけど。
「あなたたちは彼に恐怖しているというわけではなさそうね」
「恐怖?なんで?不良っぽいから?」
「普通の人はああいうタイプを避けたがるものよ」
「ふーん......でも須藤怖くないよ?」
「言うじゃない。もしかしてあなたも私と同じ考えを持つ人間なのかしら?」
「なんだその同じ考えって」
「仮に彼が暴力的な行動に訴えてきても退けられる。だから恐れる必要などないということよ」
こわっ。堀北からは須藤などおそるるに足らないという絶対的な自信を感じる。対して同じタイプかと問われた綾瀬は......何も考えてなさそう。
オレと堀北も自分の分の会計を済ませ、店外を移動すると、須藤はコンビニの前で腰を下ろして待っていた。
「まさかここで食べるのか?」
「当たり前だろ。ここで食うのが世間一般の常識だ」
「へー......じゃあ私も食べる......」
「お!お前なかなか分かってんじゃねぇか。てっきりいいとこのお嬢様かと思ってたぜ」
なんと綾瀬まで須藤に続いてしまったが、オレは軽く困惑し、堀北も呆れたようにため息をついた。
「私は帰るわ。こんなところで品位を落としたくないし」
「何が品位だ。くだらねぇ。高校生だったら普通だろうが」
須藤は堀北に噛みついたが、堀北は目を合わせようとすらしなかった。
「テメエ......!」
それが癪に障ったのか、須藤はカップ麺を置いて立ち上がる。
一触即発の空気。
そんな中、綾瀬がカップ麺を手にとって須藤に話しかける。
「須藤、須藤。これなに?」
「これって......え?お前カップ麺も知らねぇの?変わってんな」
「へー......おいしそう......」
「や、やらねぇよ!」
綾瀬はカップ麺の作り方どころか存在自体知らなかったようで、初めてみるものに幾ばくかの興奮を覚えているように見える。そんな綾瀬を見てすっかり毒気を抜かれた須藤は堀北のことなどどうでもよくなっていた。
「はぁ......さようなら」
「おー、帰れ帰れ」
「じゃあな堀北」
「ばいばい」
今日何回目か分からないため息の後、堀北もどうでも良くなったのか寮へと帰っていった。
「須藤、カップ麺の作り方教えて」
「んなもん簡単だっつうの。お湯入れるだけだ」
「そうなんだ。今度やってみる」
「ついでにお前に男の箸の割り方ってやつを教えてやるよ。いいか?箸をこうやって咥えながら......」
こらこら。綾瀬に変なことおしえるんじゃない。
「おい、お前ら一年か?そこは俺らの場所だぞ」
須藤がカップ麺をすすり始めると、同じようにカップ麺を持った3人組の上級生に声をかけられた。
「なんだお前ら。ここは俺らが先に使ってんだよ。邪魔だから失せろ」
「お前ら聞いたか?失せろだってよ。こりゃまた随分と威勢のいい一年が入ってきたなぁ!」
「一年だからってなめてんじゃねぇぞ、あぁ!?」
綾瀬のおかげで冷めた怒りのボルテージはまたまた急上昇。どうやら須藤の沸点はかなり低いらしい。すぐに相手に噛みつこうとする。
「まったく、時代遅れの不良かよ。お前クラス教えろよ......ってか?なんてな。当ててやろうか?Dクラスだろ?」
「だったらなんだってんだ!」
「聞いたか?Dクラスだってよ!やっぱりな!お里が知れるってもんだぜ!」
須藤がクラスを答えると上級生たちはニヤニヤと笑いだした。
「可哀想なおまえら『不良品』に席を譲ってやるよ。どうせお前らは地獄を見ることに────」
「────不良品?」
不良品という単語に綾瀬が反応して立ち上がった。上級生も大人しそうな綾瀬が割り込んでくるとは思ってなかったのか面を食らったような顔になる。
「な、なんだよお前」
「あなたは今、不良品って言った?」
「ああ。だからなんだ?」
「それは私たちのこと?」
「ああ。だからなんだ────」
二回同じ言葉を繰り返そうとする上級生は面倒くさいという感情を隠そうとしなかった。
「私たちは────壊れているの?」
「なっ......」
しかし、綾瀬が発した言葉によって上級生たちのその態度が一変する。
いや、正確には違う。
そう発言した綾瀬の様子が少し変わったことに気づいたのだ。それを察知して何かを感じ取った上級生。
目の前にいるのはさっきまでのボーッとした綾瀬ではない。決して瞳や表情からは感情が読み取れないが、元々あった異質さがさらに増した。正直オレにもよく分かっていないが、綾瀬がジッと見つめて離さない上級生たちにはその不気味さが肌に伝わったようだ。
いくら視線を逸らしても、逃れることは許されない。綾瀬の瞳はそう錯覚してまうほどの迫力があった。
「っ......なんだこいつ......気味が悪ぃ......お、おい!いくぞ!」
上級生たちは三人揃って踵を返し、小走りでこの場を去っていった。
その様子を見ていた須藤は綾瀬に感心していた。
「おい綾瀬お前やるじゃねぇか!睨んだだけで相手をビビらせちまうなんてよ!!」
「え?私......そんなことしてないけど......」
「なーにいってんだよ!俺お前のこと気に入ったぜ!今度バスケでもやるか?」
「んー......知ってるけどやったことない......」
「俺がしっかり教えてやるよ。俺にかかればドリブルやシュートなんて簡単に出来るようになるぜ」
須藤はすっかり上機嫌になった。やっぱりこうしてみると根は悪いやつではなさそうだ。
それにしてもさっきの綾瀬はなんだったんだ?
彼女の変人なところがはたまた変な方向に走ってしまっただけなのか......それともオレが彼女を異質に見すぎなのか。
オレはまだこの少女について何も知らない。