綾瀬とテントの固定を済ませ、時刻は午前10時。
「綾小路。大丈夫?」
「さすがに休憩だ......暑すぎる......」
炎天下の作業は身体に毒だ。体力回復に務める。
「ちょっといい?」
むせ返るような暑さにうんざりしていると伊吹が声を掛けてきた。
「下着泥棒の件、何て言うか大変そうだな」
「まあ、な。色々苦労は耐えないな」
「あんたも冤罪かけられてたしね。そんなのたまったもんじゃないでしょ」
まったくもってその通りだ。危うくオレは公開処刑されそうになったんだからな。
と言うのも、最初軽井沢の下着は池の鞄から見つかった。池の様子や状況から見て池が犯人である確率は低い。だからオレもそこは信じている。
問題は池がその下着をオレに押し付けてきたことだ。身体検査のときに平田が見逃してくれたから良かったものの、それがなかったらオレはもうDクラスから迫害されていただろう。ちなみに下着は平田が回収した。
「女の下着を盗むなんて同じ女として許せない。あんたもそう思うでしょ?」
「どうなんだろう......普通の女の子ならやっぱりそう思うんだなっていうのは分かったけど......」
「何その口振り......冗談かと思ってたけど、もしかしてあんたってマジで下着着けてないわけ......?」
「ちゃんと着けてるよ。品位、大事」
あんまり男子のオレがいる前でそういう話をするのは気まずくなるから止めて欲しい。軽井沢も公の場で言うものだから一部の男子たちが綾瀬のことをやましい目で見ている。
「その品位ってなんなの?ちゃんと意味分かって使ってんの?」
「え?......だって堀北がそう言ってたから......」
「そう言ってたからって......」
つまりよく分かってないということだ。しかも堀北に言われるまでは着けていなかった可能性もある。今は教えをしっかり守ってるだけまだマシであるが。堀北も大変だな。
「一応聞いとくけど、あんたは犯人誰だと思ってんの」
「え......私は全然分かんない......」
「あー......まあ、そうだろうと思った......あんたが勉強出来ないってよく聞くし、そういうの分かんないでしょ」
聞いた自分が馬鹿だったとでも言うように伊吹は呆れていた。
伊吹も綾瀬の学力が低いことは認知しているみたいだ。まあこんな美少女が落ちこぼれのDクラスでテストの順位が最下位だったらある程度噂は立つか。
「じゃああんたは誰が犯人だと思う?」
今度はオレに聞いてくる。試しているかのような、そんな感じだった。
「さぁな。ただ、オレとしては男子は疑いたくない」
「それなら一番怪しいのは私だろ。なんせよそ者だからな。疑う声だって絶対に出てたはずだ。男子が下着を盗ませたかのように思わせたかもって。違う?」
自分が疑われていることなど百も承知なのか、自嘲気味に笑いながらそう言った。
「少なくともオレは信用するかな。お前が犯人だとは思えない」
伊吹の言葉に対し、瞬時に込み上げてきた言葉を口にする。
少し驚き、伊吹はオレの目を見る。それが真実かどうかを確かめているようだった。オレが視線を合わせると、目をそらさず受け止める。
「......ありがと。そんな風に言ってくれるとは思わなかった」
本当は綾瀬にやらせるつもりだったがオレがやる羽目になるとはな。まあこればかりは仕方ない。もう分かってしまったことだしな。
軽井沢から下着を盗み池の鞄に忍ばせた犯人は、この伊吹だ。
「綾小路。行ってくる」
「今日ぐらいは休んだらどうだ?」
「ううん、いい」
綾瀬は堀北の方をチラッと見た。そしてすぐに振り返り森の中へと入っていく。
森の中に入る綾瀬に気づいた堀北がこちらに来てオレに話しかけてきた。
「ねえ......綾瀬さん、ちょっと食料を探しに行き過ぎだと思わない?」
綾瀬は今日また食料を求めて森の中へと入った。
「まあ食料が揃っているとは言い難いからな。少なくとも今のままだと最終日までには持たないだろうし」
いくら綾瀬でも
「綾瀬さんがそこまで頑張る必要はないじゃない」
「もちろん本人も頑張りたいって言うのはあるんだろうけど、それ以外にもこの島を回るのが案外楽しかったりするのかもしれないぞ」
ここまで自然が豊かな場所なんてそうそう経験できない。綾瀬も島に上陸するまでは楽しみにしていただろうしな。
それに綾瀬がそこまで頑張っているのは堀北のためっていうのもあるんだろう。いい加減忠告してやるべきか。
「でも結構時間が掛かってるわよね。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。ちゃんと食料を見つけて戻ってくるだろうさ。それよりもオレはお前の方が心配だけどな」
「私の心配なんて必要ないわ」
「なあ堀北、そろそろ白状したらどうだ?」
「白状?一体何をかしら」
平静を装っているが、堀北は小刻みに呼吸をしながら薄っすらと汗をかいている。
「お前、この試験が始まったときから体調悪いだろ」
旅行前から体調不良の兆しはあったのかもしれないが、そのときはまだ軽いものだったんだろう。
「......別に普通よ」
「嘘つけ」
オレは嘘をつき通す堀北を捕まえ、額に手を伸ばした。触れた額はやはり熱かった。
手で触れた感じ、38度近い熱があることは明らかだ。とても続けられる状態じゃない。
「言っておくが、綾瀬だってお前の体調が悪いことにはもう感づいているぞ」
「え......?」
この様子だと綾瀬が感づいていることに本気で気づいてなかったらしい。
頭は良いが、対人関係に難を持つ堀北は人の気持ちを察することが出来ない。まさに堀北らしい弱点だ。
「せめて綾瀬には伝えてやった方がいいんじゃないか」
「......いいえ、あの子には心配かけたくないもの。あの子は私のことなんて気にせずに試験に臨むべきよ」
堀北から言わなければ綾瀬も堀北を止めることは出来ない。それが綾瀬だから。
「もう5日も我慢しているもの。ここでギブアップしたら無駄になる」
最後まで耐え抜くつもりだろう。意志は固そうだ。
森から帰ってきた。私は果物を探してたんだ。今回はとっておきのものを見つけたからすぐに戻った。
見つけてきた果物を上着で包んでテントの方にいく。すると、その途中で櫛田に会った。
「櫛田。みーちゃんいる?」
「いるよ?どうしたの?」
「お見舞い、持ってきた」
上着の結んだところをほどいた。
「わぁ!リンゴだ!」
「リンゴは病院で貰うものでしょ?きっと具合良くなる。だからみーちゃんに渡して」
「うん!みーちゃんきっと喜ぶよ!」
せっかく旅行に来たのに元気ないなんて可哀想。堀北にも渡してあげれば、きっと元気になるよね。
「綾瀬ちゃんは偉いね。今は皆疑心暗鬼になってるけど、綾瀬ちゃんが必死に食料を持ってきてくれるから救われてる人もいっぱいるよ」
軽井沢の下着が盗まれてから皆の顔が暗い。私には犯人を探すなんてできないから、せめて出来ることはする。
「でも、もしまた何かあったら喧嘩が起きるかもしれないんだよね......」
「そんなのやだ......ねえ櫛田。なんとか出来ないかな......」
私がそう言うと、櫛田は笑った。
またあのときの、笑い方。
その笑顔を見ると、私は糸に包まれたみたいになって動けなくなるんだ。
「────綾瀬ちゃんならきっと喧嘩を止められるよ」
「でも......私は何も出来ないよ......」
私が考えて何かをしても良いことになんかならない。
「大丈夫。私が方法を教えてあげる。でもここだと話せないから、こっちに来てくれる?」
「え......でもみーちゃんにリンゴをあげなきゃ......」
「ちょっと待ってて。リンゴのことは友達に伝えておくから」
櫛田はテントの中にいる子にリンゴのことを教えると、すぐに私の手を握って人のいないところに連れていった。
「櫛田。私は......どうすればいいの?」
「綾瀬ちゃんさ、昨日軽井沢さんに力の差を見せつけて黙らせようとしたんでしょ」
「......どうして、わかったの......?」
櫛田も分かってたんだ......もしかして私って自分が思ってるよりも皆を怖がらせちゃってるのかもしれない。
「分かるよ~。綾瀬ちゃんの事は『色々』教えて貰ったしね。それでね、私が教える方法っていうのも簡単なんだ。もしまたDクラスの皆が喧嘩したら昨日と同じことをすればいいんだよ」
「え......でも今度は皆が......」
「綾瀬ちゃんは考えすぎなんだよ。綾瀬ちゃんは難しいことなんて何も考えなくていい」
櫛田は私の手を両手で包み込んだ。
「私がいるよ」
「え......?」
「私が全力で綾瀬ちゃんのフォローをする。もし綾瀬ちゃんが誰かを怖がらせちゃっても、私が皆を安心させてあげる。もちろん綾瀬ちゃんは怖くないよってことも伝える。私と綾瀬ちゃんが力を合わせるの。そうすれば皆はもう喧嘩しなくて済むよ」
目の前に糸が垂らされたみたいだった。
「きっとこの無人島試験が終わっても今のDクラスなら皆が仲良くなんて出来ないよ。だからもしまた喧嘩が起きたらそれを試してみようよ。ね?」
「......うん」
私はその糸を手に取った。
何も、考えずに。
もう6日目。空は曇がいっぱい。なんかどんよりしてる。昨日は寝てるときに雨が降ったみたい。地面がドロドロ。これだと木も濡れてるから登るのは危ないかも。
皆が起きると、取ってきた食べ物でご飯を食べた。明日で最後だから皆も気合いが入ってる。このまま何事も起こらないのが一番。一日を、乗り切る。
平田がみんなを集めて食べ物探しの班を分けた。昼の分が少し足りないのと夜の分も集めないといけないから。
私は平田に言って一人でいかせてって頼んだ。その方が早い。本当は良くないって言われたけど、今日まで殆どそんな感じだったから結局いいよって言われた。あんまりいい顔はしてなかったけど。
そして森の中。昨日からずっといる気がする。でも今日も歩く。
歩いてると、
「綾瀬さん。やっほー」
「一之瀬。やっほー」
一之瀬のところにいくと、他の人も私に声をかけてくれた。
「よっ!綾瀬!」
元気な声。私にそう声を掛けてくれたのは柴田。柴田は運動が好きで、平田と同じサッカー部。
「相変わらず凄いスタミナだな!ずっと森を回ってるだろ?」
「確かに凄いよね......しかも食料だって探してるんでしょ?」
「私って勉強出来ないから。その分動かないと」
「それ初めて聞いたときは半信半疑だったんだよなー。なんか綾瀬って勉強出来そうなのに」
「そんなことないよ。私は柴田に近い」
「それって俺が勉強出来ないって言ってるのか!?」
驚いた声で柴田がそう言うと、周りの皆は笑う。柴田は皆を笑わせることが出来る人。
「Dクラスはどう?」
「皆も食べ物探してる。一之瀬たちは?」
「私たちも似たような感じ。でもそんなに探さなくても済むかもね。夜の分が少し不安なぐらいかな?」
「そっか。頑張ってね」
「綾瀬さんもね!雨が降った後は道が危ないから気をつけるんだよ!」
一之瀬と柴田、そして周りにいた人たちは手を振ってくれる。皆仲が良さそう。Dクラスの皆もこうなってくれればいいな。
次はAクラスのところ。ここも何回か来てる。洞窟には入れないからその周りを歩く。崖の下にある小屋。この時間ならスポットを占有しないから私がいてもいい。
「よっ、また来たんだな」
「うん」
私に声をかけてくれたのは橋本。橋本はAクラスの中でも話すのが上手い人って感じた。
今は橋本しかいないみたい。
「しかし悪いな。ベースキャンプに入れてやれなくて」
「ううん、葛城が困るからいい」
「......葛城ねぇ。ああそうだ。葛城がどうせまたお前さんが来るからだろうからって言って差し入れを用意してたぜ。洞窟辺りをウロウロしてたら貰えるんじゃないか?」
「いいの?私が貰っても」
「葛城も
「......うん。分かった」
葛城が助かるなら貰っておく。
「他の連中とは話せたか?」
「うん。ここら辺を回ってるときに見えた人とはお話することにしてるよ」
「それは良かった。しかし誰かの指示ってわけでもないのに良くやるな」
「うん。楽しいから、やるの」
それは本当。
「......そうか。なあ、せっかく来てくれたんだ。それなら面白い話をしてやるよ────」
橋本の話を聞いて私は凄くビックリした。私がそれを話してもいいの?って言ったけど良いんだって。後で綾小路に教えてあげよう。