ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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本当は無人島編を今回で終わらせるつもりだったのですが、キリがいいところで終わらせたかったので次話に持ち越しです。

多分ラストの分は今日中に投稿できる、はずです。


第30話 決意

 オレは頃合いを見て堀北と綾瀬、そして伊吹の後を追った。

 思ったよりも陽が沈むのが早く、懐中電灯なしでは突き進むことも困難にになりつつある道を走る。

 雨のお陰でぬかるんだ地面に三人分の足跡が残っており、それだけで追うのは楽だった。

 視界は悪く、もはや夜になってしまったと言っていい。不気味な雰囲気さえ漂ってくる暗い森を、足跡だけを頼りに突き進んでいく。  

 すると、前方から激しい戦闘の音が聞こえてきた。オレは即座に自らの持つ明かりを消し息を潜める。 

 やがてその音は途絶え、静寂が訪れた。

 状況的に綾瀬と伊吹がいるはずだ。オレは最大限の警戒をしながら近づく。そして人影が見えるところまで近づいた。

 そこには綾瀬一人が立っており、傍には伊吹、そして堀北が大木に背中を預ける形で倒れていた。

 警戒していたはずなのに綾瀬がこちらを振り向く。そして、一瞬だけ目が合った。

 しかし、綾瀬はすぐに別の方向に視線を向ける。

 

「────龍園。そこにいるんでしょ?」

 

 龍園......?オレにはその存在を感じ取ることが出来ないが、綾瀬は確信を持っているようだ。

 数秒の沈黙。それを見かねて綾瀬が再び口を開く。

 

「来ないならこっちからいくよ」

 

「......何故分かった」

 

 そうして龍園が出てきた。上半身は所々に汚れがあり、ズボンのジャージに至っては随分と泥だらけだった。

 

「気配がしたから」

 

「チッ......いよいよ人間止めてやがるぜ」

 

 先程オレと目が合ったのも気配を察したからだろう。並外れた五感。そんなものが綾瀬にはある。

 しかし何故オレには声をかけないのだろうか。綾瀬ならつい声をかけてしまいそうなものだが。

 そんな疑問はすぐに解消される。

 

「龍園。伊吹のこと、お願い。このままだと風邪引いちゃう」

 

 綾瀬は龍園がいるなら伊吹のことを優先するべきだと判断したのだろう。

 

「自分で倒した相手の心配かよ」

 

 綾瀬は伊吹を抱え、龍園に渡した。伊吹を受け取った龍園はおかしそうに笑う。

 

「たくっ、伊吹がこうなっちまった以上『説得』は骨が折れそうだな」

 

「......?どういうこと?」

 

「気にするな。それよりも心音。お前は俺の存在に気づいてしまったわけだが、どうする?」

 

 それは綾瀬を試しているかのような聞き方だった。

 

「......どうするって?何も、しないよ......?」

 

 Cクラスの生徒が殆どリタイアした中でボロボロになりながらも島に残っている龍園。その存在を認知すれば龍園がリーダーであることはほぼ確実。しかもわざわざこの状況で現れたんだ。普通は何かあると考えるのが自然。

 しかし、綾瀬はその思考に至らない。きっと龍園のことは誰かに聞かれない限り話すことはないだろう。それが綾瀬の良さでもあり、弱点でもある。

 

「クク、やはりお前は優秀だ」

 

 龍園はそんな綾瀬の特性を優秀と判断した。これでオレは確信する。

 龍園とオレの思考はどこか通ずるものがある、と。

 

「喜べ心音。お前の価値は上がった。本来なら今すぐにでも退学させなきゃいけない存在なんだがな。今回の無人島でますますお前を失うのは惜しいと思ったぜ」

 

 龍園は最後にそう言い残して深い森の中へと入っていった。

 オレはそれを見届けた後、綾瀬と堀北に近づく。

 

「大丈夫か?」

 

「......私は全然大丈夫。堀北は私が抱えるから」

 

 綾瀬が堀北のいるところへ近づき堀北を抱える。先ほどまで力なく崩れた堀北がいたところにはキーカードが一枚落ちていた。それを回収してポケットに入れる。

 これで伊吹、そして龍園に堀北がリーダーであることを知られたということが確定した。

 そして二日目に済ませた確認でオレは伊吹の鞄の中身を把握している。その中にはデジカメがあった。先程の龍園の『説得』という言葉から、それが意味することを何となく理解する。

 少し歩いた後、堀北を抱えた綾瀬はオレに声をかける。

 

「ねえ綾小路......堀北はもうリタイアさせてあげよう......?」

 

「そうだな。オレとしてもそうしてやりたいが......」

 

 肝心の本人はリタイアしたがらないだろう。ここで30ポイント失うことを堀北が許容出来るはずがない。

 

「ん......っ」

 

 自分の名前を呼ばれたと思ったのか、微かに声を漏らすと、ゆっくりとだが堀北は弱々しく目を開いた。

 

「堀北......」

 

「あ、やせ......さん......?あやのこう、じくんも......」

 

 自分の状況を理解できていないのか、ボーッとした一言を漏らす。

 

「っ......頭、痛い......」

 

「相当熱が出てるからな。無理しない方がいいぞ」

 

「私、伊吹さんに......でも、どうしてあなたたちがここに......」

 

「堀北がいなくなったから......心配になって来たんだ」

 

「そう......心配かけて、ごめんなさい......駄目ね、私は......」

 

 堀北は己を恥じる。そしてどうすることも出来ない事態を嘆くように目を閉じた。

 

「......私、本当は体調が悪かったの......」

 

「知ってたよ......」

 

「そうよね......ごめんなさい。私はあなたを心配させないようにって、そればかり考えていたわ......」

 

 自分が一番心配されるべきなのにも関わらず綾瀬の心配をした堀北。

 相手が綾瀬とはいえ、それは他者への思いやりに他ならない。だがこのようになってしまえばそれは悪手だったと言わざるを得ない。もし綾瀬を思いやるなら、もっと別の方法を取るべきだった。そのことは堀北も理解している。

 

「本当はあなたに......頼るべきだった......それなら、キーカードが盗まれる、なんてことにはならなかったかもしれない......それに、リーダーを任されたときだってそう。素直に体調が悪いと言うべきだったのよ......もしきっとあなたがリーダーだったら......Dクラスは大量のポイントを稼げていたかも知れない......それなのに、私はあなたを頼らなかった......ごめんなさい......」

 

 堀北の責任感やプライドがそうさせてしまった。一人で抱え込ませてしまったのだ。

 

「もう謝らないで......そんなこと、全然いいから......」

 

 綾瀬がそう言っても堀北の懺悔は止まらない。

 

「いいえ......これは誰かに頼ることのできない私の責任なのよ......私のせいで、Dクラスは......」

 

「そこまで分かっているなら今後は誰かを頼ることだな。綾瀬だけじゃない。オレやクラスメイトもだ」

 

 この学校のシステム上、一人で戦うのは困難を極める。どうしてもクラスメイトの協力が必要だ。

 

「......出来るかしら、私に......」

 

「それなら.......」

 

 そこで綾瀬は言葉を切り、顔を俯かせる。その先を言うことを躊躇っているようだ。

 俯かせた綾瀬の顔はオレからは見えない。しかし、堀北には良く見える。

 

「そんな顔、しないで......」

 

「え......」

 

 迷っていた堀北だったが、綾瀬の顔を見てその迷いを打ち払った。

 

「ごめんなさい......私のせいよね。あなたに辛い思いをさせてしまったわ......。分かった。もうこんなことにならないようにするわ。クラスの人たちには......すぐに出来ないけれど、あなたには......次から頼ってもいいかしら......それと、綾小路くんもね......」

 

「出来ることならな」

 

 オレもAクラスに上がらなければいけなくなった。だがそれは平穏な学校生活と自由のため。だからオレはそう答えた。

 しかし、堀北が人に頼ることを覚えたことは素直に褒めたいと思う。その気持ちだけは、確かなものだと信じよう。

 

「堀北は......私のこと、怖くない......?」

 

 そう問いかける綾瀬の声は不安げだった。

 綾瀬は自分が恐怖される存在だと自覚している。その上で力を振るう。考えることが苦手な綾瀬は、それぐらいしか自分には出来ないとどこか諦めているから。

 

「......どうして?怖いわけないじゃない」

 

 そんな綾瀬を安心させるように堀北は綾瀬の頬に手を当てた。

 

「だってあなたは......優しい子だから......」

 

「────!」

 

 顔を上げ、目を丸くして驚く綾瀬。あの綾瀬がここまではっきりと表情を変えることは今までなかった。

 きっと自分はもう皆から恐怖されたとでも思っていたんだろう。でも、そんなことはない。堀北も、オレも、佐倉や須藤だってそんなことは思わない。

 しばらく驚いていた綾瀬だったが、何かを決意したように前を向いた。

 

「......そろそろ、点呼の、時間も近いわね......」

 

 苦しそうに声を漏らす堀北。もうそろそろ限界だ。

 

「堀北、もうリタイアするべきだ」

 

「......それだと、30ポイントを失うことになるわね......」

 

 それはDクラスにとって痛手であり、堀北には許容出来ないこと。

 だけど、今なら────。

 

「......私、頑張る。いっぱいクラスポイント、稼げるようにする。だから、今は休んで......」

 

「......そうね。申し訳ないけれど、そうさせてもらうわ。この分は絶対に取り返す......そのときは、力を貸して......?」

 

「......うん」

 

 堀北が自らリタイアすることを決断した。その選択には覚悟が必要だっただろう。試験が終了したらクラスメイトたちに何て言われるか分かったもんじゃないからな。

 でも、綾瀬がいるなら大丈夫だ。もしそんなことになっても、綾瀬が支えてくれる。

 

「堀北......寒くない?」

 

「さっきまでは寒くて仕方なかった。でも、今は......暖かい、わ......」

 

 堀北はギュッと綾瀬の袖を握り、自分の顔を綾瀬の腹部へと埋めた。

 そしてそれを最後にスヤスヤと寝息を立てる。

 

「......私は船に行ってくる。綾小路はどうするの?」

 

「オレもついていく。懐中電灯もないと危険だろ」

 

 本当はオレが堀北を抱えて綾瀬には先に戻るようにさせるつもりだった。それなら綾瀬の分だけでもポイントは失われずに済む。

 だがこの状態ではそれも無理だろう。それなら先にオレが戻ればいいだけの話なんだが、この後のことを考えると少し不安だった。

 そしてオレたちは浜辺へとたどり着き、船のデッキまで向かう。

 そこで教員の一人がこちらの存在に気づき駆け寄ってくる。

 

「ここへの立ち入りは禁止だ。失格になるぞ」

 

「急患です。彼女は熱を出して今は意識を失っています」

 

「堀北を......休ませて......」

 

 状況を伝えると、教師は指示を飛ばして担架を持ってこさせた。そこへ綾瀬が堀北を寝かせる。

 

「彼女はリタイアということでいいんだな?」

 

「それで問題ないです。ただ一つ確認させてください。今はまだ8時前ですから、彼女の点呼は無効ですよね?」

 

 時刻は午後7時58分。かなり際どいが間違いなくセーフのはず。ここで教師の言質を取っておかなければならない。

 

「......確かにそうだな。だがお前たちはアウトだぞ」

 

「分かっています。それともう一つ、このキーカードをお返しします」

 

 ポケットから取り出したキーカードを教師へと手渡した。

 

「じゃあ、試験に戻りますので」

 

 この場に留まり続けるわけにもいかず、オレたちは雨が降りしきる中再び浜辺へと降り立つ。

 これでDクラスは、堀北のリタイアによって30ポイント、そしてオレと綾瀬の点呼不在で10ポイントを追加で失うことになった。

 

「ポイントは失っちゃったけど......これで良かったんだよね」

 

「ああ」

 

 堀北を心配していた綾瀬は安心してそうだった。

 そして二人でベースキャンプで戻る。オレはその道中、また新たに懺悔をしなければいけないなと考えていた。

 

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