ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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第38話 強大な存在

 二度行われた兎グループの話し合い。オレはそこら辺のラウンジで振り返りをしていた。

 まずは箝口令(かんこうれい)が敷かれたAクラス。兎グループを含めた全グループでAクラスはまともに話し合いに参加しない姿勢を見せているようだ。その中でもオレたちのグループにいる『森重』という生徒は綾瀬の情報によると坂柳派。それでも葛城の作戦を実行しているということは、やはり無人島試験のときと一緒で葛城の指揮に逆らうことは出来ないのだろう。

 そして即席で出来た全クラスのグループでは早くも息がつまり始めていた。決して皆のやる気がないわけではないが、警戒心もあってか迂闊な発言がなかなか出来ていない。一之瀬のおかげでなんとか成立しているといったところだろう。

 しかし、その一之瀬も虎視眈々と勝つための策を探っている。一之瀬はいつだってBクラスの勝利に重きを置いているはずだ。油断は出来ない。

 ただ、オレが兎グループで今一番気になっているのは軽井沢恵の存在だ。と言うのも、軽井沢がどこか『らしく』ないのだ。

 下着を盗まれた相手である伊吹と再会しても詰め寄ることもなく静観。いつもの強気な軽井沢からは怒りなど全く見えなかった。加えて軽井沢はCクラスの生徒とトラブルがあったらしく、同じくCクラスの真鍋がその件について詰め寄ってきたのだ。それに対しても強気に出る所か消極的で、どこか怯えみたいなものが混ざっている気もした。

 Dクラスの女子を統治する軽井沢。それがどうしたことかこの試験ではただのモブでしかないことも違和感だ。軽井沢なら強引に場を引っ張るポテンシャルは持っているはずなのにそれを見せようともしない。

 これも無人島のときに綾瀬と揉めたときから生じている軽井沢の異変なのか......それを調べる必要があるな。

 

「やあ綾小路くん。奇遇だね」

 

 試験を終えた平田とたまたま遭遇する。平田は自然とオレの隣に座った。

 

「オレに構ってていいのか?平田ならこのタイミングだと色々忙しそうだが」

 

「大丈夫だよ。さっき落ち着いたところだから」

 

 クラスのリーダーである平田にはひっきりなしに相談が飛んでくるだろう。もうDクラスの優待者も全て把握しているのかもしれない。

 

「それに綾小路くんと話がしたかったんだ」

 

 思わずときめいてしまいそうな台詞だが、当然ただの雑談とはいかないだろう。

 

「少し綾瀬さんのことを聞いてもいいかな」

 

 綾瀬、か。何となく予想はしていた。

 

「綾瀬のこと?聞くって何を?」

 

「そうだね......ごめん、自分から聞いておいて何から聞けばいいか分かってないみたいだ。こんなの変だよね」

 

 困ったような顔で笑う平田。少しの逡巡の後、平田は口を開く。

 

「綾小路くんは綾瀬さんが昔どんな子だったか聞いてないかな」

 

「さあ。人の過去をあまり聞くことなんてないからな」

 

「そ、そうだよね。こんなこと普通は聞かないよね。ごめん」

 

 まさか平田からは綾瀬の過去についてかれるとは思ってはいなかった。てっきり軽井沢とのことだと思っていたが......。

 

「そういえば無人島試験のときに綾瀬に二人で話せないか聞いてなかったか?」

 

「そうなんだ。だけどまだ話せてないんだよ。話そうと思えば、いつでも話せたのに......」

 

「どうして話さないんだ?」

 

「なんだが綾瀬さんには触れてはいけない感じがするんだよ......迂闊に踏み込めば、またあんなことになりかねないような......僕がなんとかしないといけないのに......」

 

 平田からは強い焦りを感じた。

 参ったな。平田まで『らしく』ない。平田と軽井沢カップルは綾瀬に振り回されているらしい。

 

「無人島試験のときに火事が起きてその後に綾瀬さんが皆を大人しくさせたこと、覚えているかな」

 

「ああ」

 

 あの件はまるでなかったことのようになっている。皆の精神が不安定になっていたからあんなことになってもおかしくない。あの異常な力の増幅によってもたらされる音も何かの聞き間違いだったということになって皆が納得した。それも平田と櫛田のフォローがあってこそだった。

 

「綾瀬さんと距離の近い綾小路くんならもう気づいてるよね。あれは幻なんかじゃないって」

 

「......そうだな」

 

 とぼけようと思ったが、確信を持った平田の瞳がオレにそうさせることを許さなかった。

 

「綾瀬さんに悪意がなかったことは僕が誰よりも分かってる。だけどあんなやり方は絶対にしちゃ駄目だ。だからいつかはこのことについて綾瀬さんと話そうと思っている」

 

「まあ今はお前も試験で忙しいんだろ?そんなに焦る必要はないさ」

 

 今回のような試験では同じクラスの人間が離れ離れになっている。表立ってクラスを支配しようなどと思っていない綾瀬が及ぼせる影響は少ないだろう。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ。一先ず僕は皆を一致団結させるために頑張る。それにそうすることでもう綾瀬さんにあんなことさせずに済むと思っているからね」

  

 平田は決意を表明するように立ち上がった。確かに争いがなければ綾瀬もあんなことはしない。だがそれは統率力に欠けるDクラスには難しい話だ。いずれあのような事態がまた起こることも全然あり得る。

 だがそれでも平田にとってはあのときのような事態をどうしても避けたいらしい。オレもそれには賛成する。ただし、平田とはまったく違う意味で。

 

「僕は部屋に戻るよ。綾小路くんはどうする?」

 

「オレも平田についていくよ」

 

 オレも立ち上がり、部屋に向かう。

 しかし平田の口から軽井沢の名前は一度も出なかったか。

 普通彼女があんなに怯えるようなことになったらもっと心配でもするものだと思うが......。軽井沢のことも聞きたかったが空振りに終わってしまった。平田とはまた話す必要があるな。

 部屋に着いたオレたち。扉を開けると、オレと同じ兎グループである幸村が上半身裸で汗だくになっている高円寺に詰め寄る光景が視界に入った。

 

「高円寺!今回は最後までちゃんと試験に出ろよ!無人島のときみたいなリタイアはごめんだぞ」

 

「仕方ないだろう?あの時私は体調を崩してしまったのだから」

 

「ぐっ......ただの仮病のくせにっ」

 

 幸村はAクラスに上がることを強く望んでいる。この試験でも優待者を当てたくて仕方ないだろう。

 

「しかしあと2日も試験が続くのは、ただ面倒なだけだねぇ」

 

「面倒なだけだと?試験のことを考えようともしない癖に偉そうな」

 

「面白くもない試験を続けても意味はないだろう?嘘つきを見つける簡単なクイズさ」

 

 携帯を掴んだ高円寺は、指をスライドさせ何かの操作を始めた。そして、程なくして操作を終えた直後、高円寺を含めた4人の携帯に一斉に学校からの通知が届いた。

 

『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください』

 

「この猿って、お前のグループだろ高円寺っ!」

 

「その通りだよ。これで私は晴れて自由の身になったわけだね。アデュー」

 

 携帯を放り投げバスルームへと姿を消す高円寺に、オレたちはただ呆気に取られた。

 

「ふざけるなよ......!俺たちが必死に考えているのにあいつはっ!」

 

 高円寺の突発的な行動はすぐに全生徒に知れわたり、平田の携帯が何度も鳴り始める。

 初日時点で裏切り者が出るとは誰も予想していなかっただろう。オレの携帯にも堀北から連絡が届いた。

 

「ごめん、ちょっと混乱が酷いみたいだ。少し電話させてもらうよ」

 

「くそ......これから優待者について話し合おうと思ったのに高円寺のせいでそれどころじゃなくなってしまった......!」

 

 高円寺のようにいつでも裏切れるこの試験では裏切りを止めることなど出来はしない。

 今回のような試験ではオレのように単独で動く人間にはアクションを起こすことができない。つまり限界があるのだ。

 そろそろ綾瀬も本格的に動かす必要がある。だが綾瀬のことに関しては少々予想外のことが起きていた。

 それはやはり妙に広まっている噂だ。綾瀬のことが警戒されるのはまだ先だと考えていたが、オレはまだ集団心理というものを甘く見ていたらしい。

 おかげでAクラス、特に慎重な葛城には強く警戒されてしまった。そして龍園も綾瀬を動かす人物、つまりオレを探っている。今回の試験はその目を掻い潜って綾瀬を動かす方法を模索する機会と考えよう。

 だがそろそろクラス内の情報を探る手段も欲しいところだ。

 オレはまだ自クラスの優待者を綾瀬一人しか把握出来ていない。これだけでも一歩遅れている。各グループでどんな話し合いが行われているのかを探る目と耳も足りない。 

 綾瀬を最大限活用できればその悩みも解消されるのだが......それをするには時間も足りないしリスクも高い。

 綾瀬の存在はあまりに強大。

 強力な駒であるからこそ、使いどころを見誤ると破滅するのは自分。それが綾瀬心音という駒がもたらす力なのだ。

 もっと手軽に利用できる駒が欲しいところだな。それが出来れば、より綾瀬も利用しやすくなることに繋がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......んっ......」

 

 風に揺られた髪がくすぐったい。

 目を開けると、そこは部屋の中じゃなかった。船の上。ふかふかの椅子で眠ってた。

 頭が痛い。いつも通り。

 

「目が覚めましたか?」

 

 昨日一緒にいた椎名が私と同じように椅子に座ってる。

 

「私っていつの間に寝てたの......?」

 

「温泉を上がった後『リラクゼーション・スペース』で私と本の話をしている最中に寝ていましたよ」

 

 そういえばそうだった。眠たくなっちゃってあんまりどんな話をしてたのか覚えてない。

 

「......椎名が昨日話してくれた本ってどんな名前だったっけ」

 

「『白鯨(はくげい)』という作品です。白い鯨と書いて白鯨。この作品では船が出てくるので、せっかく船に乗っている私たちにピッタリかと思いまして」

 

 少しずつ思い出してきた。

 

「えと......確か主人公の名前が『イシュメール』......」

 

 いきなり『俺の名はイシュメールと呼んでもらおう』ってところから始まるんだっけ。名前は大事なものだから本に出てくる人の名前は大体覚えた。

 

「でもどんな内容だったか覚えてない......」

 

「簡単に言うと船の乗組員たちが伝説の巨大な鯨『モビー・ディック』を仕留めようと翻弄する、といったお話です」

 

「巨大......どれぐらい大きいの?」

 

「もしかしたらこの船より大きいかもしれませんね」

 

「え......」

 

 そんな鯨いるんだ......そんなにデカイなら私でも勝てない。

 

「ふふっ、もちろん現実にはいませんよ」

 

「なんだ......もしかしたら会えるかもって思ってたのに」

 

「そうなったらこの船は『ピークォド号』のようになってしまいますね」

 

 それは白鯨に出てくる船の名前だって教えてくれた。その船がどうなるのか教えてって言ったら、結末を教えることになるから駄目だって。

 

「どうして船に乗ってた人たちはその大きくて白い鯨を仕留めようとしたの?」

 

「船長である『エイハブ』は白鯨に片足を奪われて以降復讐をしたいと考えていました。その執着と狂気がやがて船員たちにも伝播していき、船員たちも白鯨を倒すことしか考えられなくなっていくんです」

 

「......白鯨を倒すことしか、考えられなくなる......」

 

 なんか私みたい。何も考えずに、言われたことをするだけの私。

 

「確かに巨大な鯨がもたらす被害は尋常ではありません。ですが、モビー・ディックからすればただ生きていただけ。それなのにエイハブからは悪魔の化身とまで言われ、船員たちからも倒すべき対象として見られるのは少し可哀想に思えてしまえますね」

 

 白い鯨は何を考えながら生きていたのかな。私はそのことが気になった。

 

「この作品はなかなか長編でして、多種多様な人種の人たちが集まった船では様々な物語があります。他にも鯨学が多くでてきたり、旧約聖書や神話などの引用も多いので普段本を読む人でも読むのが難しいと言われています。本を読まない綾瀬さんには余計にハードルが高いかもしれません.......ですがその分読み応えがあるのでお勧めですよ。今度試験のないときに寮で一緒に読みませんか?私なりに解説も交えますので」

 

「うん。一人じゃ読めないから、お願い」

 

 今は試験もあるし、部屋にも他の人がいるからゆっくりできない。二人っきりのときがいい。

 

「試験と言えば......今回の試験、優待者に選ばれるのには法則があることはご存知ですか?」

 

「法則があるっていうのは聞いてた」

 

「一体どのような謎が待ち受けているのか、少し楽しみなんです。まるで推理小説の探偵になった気分になってしまいます」

 

 少しって言ってたけど椎名は結構ワクワクしてるっていうのが分かった。

 いいな。私は法則なんて全然分かんないから椎名が羨ましい。

 それから少し話してると、椎名の携帯が鳴った。チャットが来たみたい。 

 

「あら?どうやら龍園くんが私にお話があるみたいです。昨日の猿グループの裏切りについてですかね......」

 

「猿グループ?」

 

「綾瀬さんは寝ていたから気づかなかったかもしれませんが、昨日裏切り者が出たんですよ」 

 

 私も携帯を手に取る。学校からのメールと他の人からもチャットが来てる。鈴音からはいっぱい。

 

「......あ、今日試験について話をするんだった......もう約束の時間過ぎちゃった」

 

 温泉に入る前にロッカーで携帯が鳴ったら迷惑になっちゃうから音が鳴らないようにしてた。だから私は着信が来てたことに気づかなかったんだ。

 

「もっとお話がしたかったですがここまでですね。また話し合いのときに会いましょう」

 

「うん。ばいばい」

 

 椎名がいなくなった後に鈴音にチャットを送った。鈴音とは後で話すことになった。他にも桔梗とか佐倉とか。

 そしてチャットの名前には綾小路の名前もある。

 綾小路は友達作りが上手くいってないみたい。それに気になることもあるんだって。

 それなら私は動く。私に出来ることはしてあげたいから。

 私は最近連絡先を交換した人に電話した。

 

「石崎。ちょっと聞きたいことある。今、大丈夫?」

 

 

 

 

 

 




僕はプロムン信者です(唐突なカミングアウト)
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