今回は椎名視点もあります。
えー、最後の部分名前間違えていたので修正しました。とてもお恥ずかしい。
「まぁ作戦会議、ってほどのものじゃねぇな。もう作戦会議はとっくに済んだ。それに大した作戦でもない」
「綾瀬さん......本当にあれだけで良かったんですか......?俺たちは大量のプライベートポイントを稼ぐことになりますけど......」
「うん。いいよ」
私は試験が休みの日、龍園と話をした。
それはこの試験についてのお話。
「龍園。私のお願い、聞いてくれない?」
「あぁ?」
そのときは石崎に連絡してもらってどこかの暗いお店で話した。石崎には何をするかは話していた。私はまだ龍園の連絡先を聞いてなかったからね。
「まさかこの試験でお前の手助けをしろとか言うんじゃないだろうな」
「すごい。なんでわかったの?」
「別に大したことじゃないんだけどな。まぁ話は聞いてやる」
「結果1にするために協力してほしいの」
「け、結果1!?」
「それは難しい相談だな」
「どうして?」
「既に俺は俺のグループを結果1にする予定なんだ。これ以上結果1にすると他クラスに莫大な利益をもたらすことになる。それにお前、結果1にするなんて言っているが方法はあるのか?」
「うーん......龍園が協力してくれるなら大丈夫」
「まじすか......さすが龍園さんと綾瀬さんだ......この試験で一番難しいであろう結果1にする方法が見えてるなんて......」
「......ただ、お前の見返り次第では協力してやってもいい。それにお前のやり方にも興味がある」
「それは報酬ってことでいいんだよね?」
「あぁそうだ」
あのときはなかったけど今は手に入れられるものがあった。だから私はそれを差し出す。
「じゃあ私がこの試験で手に入れるプライベートポイント全部龍園にあげる」
「......えぇ!?全部ですか!?」
「もし結果1にしたとして、お前を含めた全員に50万ポイント。そしてお前が優待者だった場合はお前にのみ倍の100万ポイント。それは分かっているな?」
「分かってるよ」
「それを自分の分全て俺によこすってお前、本当に大丈夫なのか?」
「うん。いいよ」
私は優待者だから100万ポイントを龍園にあげる。
「それとね、皆は誰が優待者か知りたいんでしょう?」
「まぁ、そうだな」
「私が優待者だよ」
「マ、マジすか綾瀬さん!?」
「龍園。あなたはどう思う?」
「普通なら信じないだろうな。俺を嵌めるための嘘。誰だってそう思う」
「じゃあ信じてもらうためにはどうすればいい?」
「携帯を見せる。それしかない」
そう言って龍園は携帯を見せてくれた。
優待者じゃありません。って感じのメール。鈴音たちと一緒。
「それって見せていいの?」
「見せちゃいけないなんてルールはない」
「そっか。じゃあ私も見せる」
私も携帯を見せた。学校からのメール。
「本物だ......それじゃあ綾瀬さんが優待者なのか......」
「まだお前に協力するだなんて言ってないのに見せるなんて不用心だな。ここで俺が鼠グループの奴らに見せて裏切らせてもいいんだぜ?」
「んー......そっか。それは考えてなかった。でも、龍園なら大丈夫だよね」
「何が大丈夫なんだ」
「だって、あなたは私の底が見たいんでしょ?それならあなたに私を見せてあげる」
須藤の裁判のとき、龍園はそう言った。
龍園は私を観測したいんだ。
それならあなたの望みを叶えてあげる。
「クク。お堅い葛城とは大違いだな。だが俺好みだ」
「葛城?どうして葛城と私を比べるの?」
「気にするな。それよりも聞かせろ。どうしてそこまでして結果1にしたいんだ?」
「私、皆と何かをするのって殆どしたことないの。だから楽しくて、それでね、皆が幸せになればいいなって思った」
ポイントのない池と松下はポイントが欲しい。他の皆だってポイント欲しい。
それなら、結果1にすれば皆が幸せ。そうでしょ?
「俺が確認したのはお前はクラスポイントに興味はないのか、というところだ。結果1になんてしたら鈴音を裏切ることになるぜ」
「それは......多分大丈夫。私もAクラスは目指す。でも私は出来ることなら皆が幸せにしながらAクラスを目指したいの」
「そうか。それは素敵なことだな」
龍園は私を葛城と大違いって言ったけど、私は多分葛城に似てるんだと思う。
「もし結果1になったら......鼠グループにいるCクラスは4人だから200万プライベートポイントは入る......それなら結果1にしてやるからその代わりに分け前をいただく......ってことには出来ないですかね......?」
「お前にしてはなかなか悪くない案だ。まぁそこら辺の細かいところは心音の案を聞いてからだな。クラスポイント50とプライベートポイント100万。天秤に掛けるにはなかなか難しいところだが、お前に乗ってやるよ」
「ほんと?ありがとう。これって、紙は必要?」
「......紙ってなんですか?」
「契約書のことか。クク......いらねぇよ」
「本当?いいの?」
約束をするには大事なものだと思ってた。でもこのときの龍園は楽しそうにこう言った。
「あぁ。そんなもの不要だ。俺はお前を信じているからな。それで、俺は何をしたらいい?」
「大丈夫。簡単なこと────」
これが、この前話したお願いの内容。
そして今日は最後の確認。
「心音。本当にあれだけのことで良かったんだな。それでお前は100万ポイントを俺に渡す」
「大丈夫」
「分かった。じゃあもう帰ってもいいぜ」
「え!もう帰らせちゃうんですか!もうちょっとくつろいでもらっても......」
「いいよ、ありがとう。あ、それともう一つお願い、聞いてもらえない?」
「なんだ?」
「真鍋の連絡先、教えてもらってもいい?」
大事な用事を、済ませなきゃ。
「綾瀬さ~ん。皆も連れてきたよ~」
真鍋とその友達が来た。待ち合わせ場所は昨日のところ。軽井沢が虐められていたところ。
「龍園くんについての話って何?」
本当はもっと別のことで話したかったけど、こっちも聞きたいし、こう言わないと真鍋は来ないと思った。
「龍園のことが嫌いな人を教えて欲しいの」
「へ?なんで?」
「龍園の味方と敵。それを知りたい」
Aクラスと一緒。龍園たちも皆が仲良しじゃない。
「もしかして、本気で龍園くんを倒そうとしてくれてる?」
真鍋には確か無人島試験で龍園を懲らしめて欲しいってお願いされた。
「もしかしたら、倒すかもね。あなたのように困っている人は誰なの?」
「マジ!?ちょー助かるー!アイツほんとウザイからなんとかしてほしいわぁ。皆もそう思うでしょ?」
「まぁねー。あーあー。私も一之瀬さんみたいな人がリーダーのところがよかったなぁ」
今のところ龍園は倒す気ない。友達だから。
でも、必要なときが来たらそのときは倒す。
必要なとき。それは龍園が私の敵になったとき。
真鍋とその友達は龍園のことが嫌いな人を教えてくれた。
「このことは龍園くんとか石崎には内緒だよ?」
「うん、分かった」
それなら他の人には話していいってことだよね。
「じゃあ次は、あなたたちの番」
「へ?」
ここからが、一番の目的。
「あなたたちは、どうして軽井沢を虐めたの?」
「どうしてって......そんなのリカのためだよ。ねぇ?」
「え!?」
リカって呼ばれた人は名前を言われて驚いた。私はこの人の名字を今まで聞いてなかったからそう呼ばせてもらう。
「そうなの?リカ」
「あ......えっ、と......」
「元々私たちが揉めたのもリカがカフェで順番待ちしてたところを軽井沢に突き飛ばされたのが原因なんだから」
「そっか。それは良くないね」
「でしょ!綾瀬さんなら分かってくれると思っ......」
「ま、待って......!」
リカが楽しそうに話す真鍋の肩を掴んだ。
「何?どうしたのリカ」
「こ、この人......違う......!」
「え......何が?」
怯えるリカの目。
リカは軽井沢に似てる。
「リカ。あなたは軽井沢に対して報復をした。それならあなたは何も悪くないと思う。でもね、昨日やったみたいなことだと誰も救われないんだ。あなたたちの気分は晴れたかもしれない。だけど、もう軽井沢に手を出すのは駄目」
「......何?綾瀬さんって結局軽井沢の味方するわけ?」
真鍋は不機嫌になった。きっと私のことを敵だと思ってる。
「そうだね。そして、私はあなたたちの味方でもある」
「......は?どういうこと?」
「もしあなたたちが軽井沢にこれ以上手を出すと、軽井沢が修復不可能になる」
私はもう軽井沢は修復不可能になったと思っていた。でも、違った。軽井沢はまだ、生きている。死のうとしなかった。
それなら私は、まだ軽井沢に価値があると信じている。
私が救わなくても、きっと軽井沢は大丈夫。
「だから私はそれを止めるために忠告してあげているの。あなたたちはただ、壊すだけ。さっきも言ったけど、それじゃ誰も救われないの。だから軽井沢のこと、虐めちゃ駄目」
「ちょ......あはは!さすがにさっきから大げさ過ぎない?もしかして私たちが虐めたから軽井沢がショックで引きこもっちゃうこととか心配してんの!?」
「ま、まま待って!ご、ごめんなさい綾瀬さん!!私はもうしません!もう二度と......あんなことしません!だから......だから許してください!!」
「......リ、リカ?」
リカは地面に手を付けて必死に頭を下げた。
「あなたは軽井沢と一緒だね。自分がいかに弱いか、よく分かってる」
真鍋とその友達はまだよくわかっていない。
「だ、大丈夫だって!あんなことで軽井沢も壊れたりなんかしないって!大体壊れるとか大袈裟だし......」
「それもあるけど、あなたたちが軽井沢にしたことは悪いことだって世界から見放されちゃうよ?それでもいいの?」
「なに、言ってんの......?世界から見放されちゃうとか、意味分かんないって......」
「ね、ねぇ志保......もしかして、綾瀬さんが言ってるのは、昨日のことが問題になったらヤバイってことなんじゃ......」
世界から見放された人には価値がない。でもそんな人たちを救ってあげるのが私の役目。そして、真鍋たちにはそうなる可能性がある。
だから────
「私はあなたたちの四肢か心、もしくは両方を壊してあげようと思ったの。そうすればあなたたちの部品をまた新しい部品に取り替えることができる。優れた部品に取り替えてあければ、きっと大丈夫だから。でもね、それは止めることにした。軽井沢が嫌がるから」
「......は、はぁ......?」
真鍋の声は震えていた。
私は真鍋の肩を掴む。
「え!?な、何するの!?止めて!止めてよ!!」
「大丈夫。折ったりなんてしないし、壊したりなんてしないよ。でもね、私はあなたに痛みを教えることはできる」
人は痛みを負うことで自分の間違いを知る。
私にはもう痛みなんて何も感じない。
それは私が間違い続けてきたから。
「や、止めて......綾瀬さん......綾瀬さんの、あの馬鹿力じゃ無理だって......耐えられないって......!痛みなんかじゃ済まない......無理無理無理!!」
「それじゃあ止めてくれる?」
「や、止める!!軽井沢のことはもう虐めない!虐めません!絶対に!」
手を放すと、真鍋たちは恐怖でもう立てなくなった。
「良かった。あなたたちは味方のままでいれたね」
私にとっての敵。それは理想郷を壊そうとする人。
敵は修復不可能になるまで壊してもいい。
私はそう教わった。
修復不可能にならないと、その人は救いようがないから。
いよいよ始まる最後の話し合い。
これで各クラスの運命が決まる。
既に入室していたのは池くんと各クラスのメンバーがちらほらって感じ。綾瀬さんはまだ来ていない。
私を見つけた池くんは緊張した面持ちで近づいてきた。
「やべー緊張してきたぁ......松下は大丈夫か?」
「......何事も起こらないことを祈るだけだね」
私はもう昨日の話し合いの流れから嫌な予感しかしていない。
やがて綾瀬さんも入室し、メンバー全員が揃った。
アナウンスと共に、最後の話し合いが始まる。
「さて、最後の話し合いとなったわけだが......聞かせて貰おうか。綾瀬?」
橋本くんはさっそく綾瀬さんに昨日の続きをさせようとする。
「......結果1にする方法?」
「そうだ。まず結果1にするには優待者が誰かっていうのを見つけなければいけない。それが誰だか、お前さんには分かるのか?」
挑発的な視線だった。
私たちのグループの優待者は綾瀬さん。まさか自分の口から自分が優待者だなんて言わないと思うけど......
「────私が優待者だよ」
......言っちゃったか。なんとなく予想はしてたけど、これは後々マズい展開になると思う。
「え......えええぇ!?綾瀬ちゃん!?それって言ったらやばくね!?」
綾瀬さんの衝撃的なカミングアウトに鼠グループは驚愕に包まれた......とはならず。驚いているのは池くんだけだった。
「……って、あれ?」
「池もそこまで驚けるなんてなかなかの役者だなぁ」
「そうそう。そんなのに引っかからないって」
「え?え?どういうこと?」
そう。この段階ではまだ何も起こらない。
未だに事態を飲み込めていない池くんを小馬鹿にするように戸塚くんが発言した。
「これだからDクラスは。確たる証拠もなく優待者だと名乗られて誰が信じるんだ。裏切りを誘導しているのがバレバレだぞ」
「もし綾瀬が優待者じゃなかったら裏切った場合結果4。Dクラスはクラスポイント50。そして外したクラスはマイナス50。当然裏切れるはずがない」
結果1にするためには優待者だと信じて貰ってかつ誰も裏切らないようにする必要がある。
「俺は綾瀬が優待者だと思うぜ」
他のメンバーたちが疑う中、橋本くんが自信ありといった様子でそう発言した。
「お前さんはこの試験中結果1に拘っていた。もちろんそれが演技ってこともあるだろうが、綾瀬にそんな演技は出来ない。俺の勘はそう言っている。それに、綾瀬は自分が優待者だからこそ結果1にするのも簡単だと言ったのさ。確かに色々なものを度外視すれば、自分が優待者だと名乗ればいいだけだからな」
その色々が大変なんだけどね。
「何が勘だ。そんな曖昧なもので信じられるわけがないだろう」
「それなら証拠を見せるしかないでしょうね」
椎名さんは綾瀬さんの隣に立った。
「綾瀬さん。学校側のメールを見せれば皆は納得すると思います」
「メールを見せるって......そんなの自殺行為じゃん......」
これが危惧していた展開。
優待者である綾瀬さんには当然優待者に選ばれた旨のメールが届いている。
見せれるわけがない。学校側のメールは不正に改ざん、コピーすることを禁止されている以上、そんなもの見せたらもう言い逃れることなんて不可能。もし仮に優待者じゃなかったとしても見せられるものじゃない。でも、信じて貰うためには見せなければいけないというジレンマ。
「いいよ。元々見せる気だったから。ちょっと待ってね......」
「ちょ......!綾瀬さんストップ!それはさすがに......」
マズい。この子本気だ。多分皆が裏切らないと思っている。でも残念だけどそんなことはあり得ない。この世界は綾瀬さんが思っているほど甘くはない。
「予め忠告しておきましょう。もし携帯に細工をしているならそれは通りません」
「細工って?」
「例えば綾瀬さんの持っている携帯が別の誰かの携帯だった、とかですかね」
「もしそんなことをしていたとしても、綾瀬の電話番号に掛ければ一発で丸わかりだぜ」
「他にも細工する手段はあります。どちらにせよ、綾瀬さんがメールを見せる前に綾瀬さん携帯を調べる必要はあるでしょう」
「だな。もちろんプライバシーに関わる問題だから無理にとは言わないさ。下手したらこっちが訴えられる。だが、お前が受け入れてくれないと綾瀬が優待者だなんて皆信じてくれないぜ?」
椎名さんと橋本くんは考えうるであろう策を潰しにきた。
「綾瀬さん。携帯を見せることは自殺効果に等しいです。分かりやすくすると、携帯を見せた時点であなたはほぼ間違いなく裏切られるでしょう。それでもあなたは......見せられますか?」
それは椎名さんの最後の忠告に思えた。
状況は絶望的と言ってもいい。
この流れなら綾瀬さんは絶対に携帯をみせる。そんなことしたら後はいかに誰よりも早く裏切れるかの勝負。終わりだ。Dクラスはマイナス50ポイントを背負う────
「別に調べてもいい。何もしてないから。だけどその前に私の話を聞いてもらってもいい?」
「......?」
ここから一体何を話すと言うのだろうか。私はほんの僅かな期待、というよりはこの状況をどうにかして欲しいという願いの意味を込めて綾瀬さんを見た。
「もし誰かが裏切ったら、そのときはまず誰が裏切ったかを調べようと思うの」
「何を言い出すかと思えば......馬鹿か前は。この試験は匿名で裏切れるんだぞ。誰がお前を裏切ったかなんて分かるはずがない」
私も戸塚くんと同じ感想だった。
この試験は匿名性に配慮されている。もし独断で裏切って間違えてしまったらその生徒は糾弾されかねない。だからこその配慮。もちろん携帯を無理矢理見られればそこまでだけど、学校側はそんなこと許しはしないはず。そうでなければ試験の意味がない。
「調べるって言ってもよ......どうやって調べるんだ?」
柴田くんは皆が疑問に思ったであろうことを聞く。
「簡単だよ。聞くだけ。あなたが裏切ったの?って」
「いやそんなの教えるわけないだろ?」
「大丈夫。もし誰が裏切ったか分かるまでずっと聞き続ける。ずっと、ずっとね」
ゾクッとするような言い方だった。綾瀬さんの抑揚のない声、それが却って不気味さを増している。
「そうしたければすればいい。そんなことすれば学校側に訴えるだけだ」
「分かった。それに関しては私に協力してくれる人が上手くやってくれるから大丈夫。ちょっとその人に電話するね」
「......は?お、おい。試験中だぞ」
戸塚くんが困惑しながら綾瀬さんの電話を止めようとした。だけど綾瀬さんは気にもせず携帯の操作を始める。試験中に電話を掛けることに対してのペナルティは特にない。
やがて相手と繋がったのか、スピーカーモードにして携帯を戸塚くんに向けた。
『よぉ。もう俺の出番か?』
「へ?誰?」
池くんが素っ頓狂な声を上げたが、その声を聞いて私はすぐに誰が分かった。
そしてAクラス、Bクラスもすぐに察する。
「ま、まさか......その声は......龍園!?」
「龍園って......マジかよ!?」
『クク。そっちは面白いことになってそうだな?こっちは退屈で仕方ねぇ』
「ちゃんと試験やらないと駄目だよ」
『あぁ?お前が電話掛けてきたからわざわざ出てやってるんだろうが。試験の邪魔をしてるのはそっちなんじゃないか?』
「あ、そう言われてみればそうかも。私、龍園の邪魔してた。ごめんね」
龍園くんはCクラスのリーダー。AクラスとBクラスの様子からしっかり龍園くんがこの2クラスの警戒対象に入っていることがわかる。
そんな龍園くんと連絡先を持っていること自体驚きだが、それよりもまず......
「なんでこのタイミングで龍園くんが......?」
『それは本人に聞いた方がいいぜ』
龍園くんがそう言うと、私を含め全員が綾瀬さんを見た。
「龍園はね、手伝ってくれるの。誰が私を裏切ったか、見つけるのにね。私が協力してって言ったから」
「お前......龍園と手を組んだのか!?」
「うーん......ただお願いをしただけだよ?龍園が協力してくれる代わりに、私も龍園に協力してあげるんだ」
『互いのメリットのためにな』
「それはもう契約じゃないか!」
「もしかして、これはもうDクラスとCクラスが仲間になったって感じ?」
「いやいや!俺たちは何も知らないって!」
「私たちもそうですね。綾瀬さんを指名するなとは言われましたが、それ以外のことは何も」
「信用出来るか!」
信用できないのも仕方がない。
AとBクラスからすれば一番手を組む可能性が高いのはCとD。
下位だった2クラスが手を組んで上位のクラスを落とす。流れとしては良く出来ている。
まぁ纏まりのないDクラスにはそんな発想出てこないんだけどさ。
「だが誰が裏切ったかなんて簡単に分かることでは......」
『まず当然Dクラスは除外だ。そしてCクラスも除外していい。俺の命令で裏切らないように指示してある。そして残るは2クラス。そうなれば誰が裏切ったかなんて見つけるのは容易だろう』
鼠グループのAクラスは4人。Bクラスは3人。確かにこれだけでも大分絞れてはいる。
『そしてこの件にはCクラス全員を動かしてやるぜ』
「ほー、Cクラスは随分綾瀬に献身的なんだなぁ。こりゃあますますCクラスが綾瀬に支配されたって噂も信憑性を増してきたぜ」
『どう捉えるかは勝手にしろ。ただ一つ言えるのは、ここで裏切った人間はこいつとCクラスを敵に回したと思った方がいい』
「ありがとう龍園。もういいよ」
綾瀬さんが携帯を操作して通話は途絶えた。
まさかCクラスのリーダーがここまで綾瀬さんに肩入れするなんて......
「それと、メールだったよね。見てもいいよ。私は何を見られても困らない」
私たちに見えるように傾けられた携帯には学校側からのメールが確認出来た。
『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれました。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んでください。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。鼠グループの方は2階鼠部屋に集合して下さい』
着信の時刻、メールの送り主が本物であることを証明している。
それから綾瀬さんの携帯を調べた。主に電話番号、直近の着信履歴。念のために私たちの電話番号が入れ替えたものではないのかの確認。プライバシーに関してはある程度の配慮はあったけど、怪しいと思われることは全て確認した。
「本物、ですね」
いよいよこれで綾瀬さんが本当に優待者であることは顕わになった。
「フ、フン。なるほどな、だがまだ何かを隠している可能性はある......!いいかお前ら!絶対に裏切るなよ!葛城さんの作戦通りに動くんだ!」
さすがにここまで分かったなら攻撃に転じてもいいと思うけど。
「綾瀬さんが優待者なのはもう確定でいいでしょ。でも......」
「綾瀬さんと敵対するのは止めた方がいいぜ。この人にはお前らじゃ勝てねぇよ」
「そこまで露骨に綾瀬の味方をするのか?」
「俺はお前らのためを思って言ってるんだぜ。一応これでも3日間同じ試験をやった仲だからな」
「そうは言われてもな......」
「だー!もう俺にはどうすればいいか分かんねぇー!」
「おいおい落ち着けよ......」
Cクラスと手を組んだ綾瀬さんのことで鼠グループは混乱している。
だけど私は、一つの疑問のことで頭がいっぱいになっていた。
────綾瀬さんは裏切り者を見つけたからとして、だからどうするのだろうか。
確かにCクラスが協力し、ずっと聞き続けるのであればいずれは誰が裏切ったかなんて分かるかもしれない。
だけど、別に裏切ること自体は何の問題もない。むしろ試験としては正しい行いだ。いくら綾瀬さんとCクラスを敵に回したところで、それは別に変わらないというか、この学校の仕組み上他のクラスは基本敵。
納得がほしいから?いや、そんなことにわざわざここまでする必要なんてない。
というかそもそも龍園くんの協力を得たのも謎。これだとまるで裏切られること前提で動いているみたいじゃない?
じゃあこの試験の結果はどうでもよくて、その後の報復を口実にするために動いている?
いや、それもきっと違う。やっぱり綾瀬さんは結果1にしたいんだと思う。そうすることで、皆が幸せになるから。でもこれじゃあ結果1になんて......
「聞きたいん......だけど、さ......」
私は、発言してからあることに気付いて、後悔してしまった。この先を聞いてはいけない。この先はきっと触れてはならないもの。
私の脳はもうとっくに答えを導きだしているんだと思う。上手く言葉に出来ないけど、さっきから止まらない悪寒。
私はどうして綾瀬さんを味方にしたかった?私は綾瀬さんの何が欲しくて近づいた?
それは────綾瀬さんの身体能力。
「もし裏切り者を見つけたら、どうするの......?」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、綾瀬さんが素早く私に反応した。
「もし裏切ったら────こんな風になっちゃうかもね」
そう言うと綾瀬さんは先ほど取り出した携帯に視線を向ける。
そしてピシッ、と何かガラスが割れた音が聞こえた。
ま、まさか......
「......は?な、何をやっている......?」
次第にパキパキと連鎖的に音は連なり、やがてバキッ!と鈍い音に変わった。
「こんな風に、裏切った人を壊しちゃうかも」
綾瀬さんの携帯は、携帯だったものは、まるで雑巾を絞ったみたいになっていた。
それは地面に落ち、見るも無惨な姿になっていた。
「う、うわああああ!!!」
「うそ、だろ......!」
「な、なにあれ......!」
現実からかけ離れたを目の当たりにして、鼠グループのメンバーは今度こそ本当に驚愕に包まれた。
「まさかここまでとはな......さすがに想定外すぎだろ......!」
「あや、せさん......」
さすがに橋本くんと椎名さんも驚いている。
「な、なぁ松下......携帯って、力込めただけであ、あんな風に......なる?」
「ならないでしょ......普通......!」
学校側から支給された携帯は入学時に全生徒に配られるもの。その生徒の数は1クラス40人×4クラスとすると120人。つまり120台も一気に作るとなれば確かに質も下がる。でもこの学校は国が運営している学校。だから多少は頑丈に出来ているはずなんだ。
いや、というかそもそも携帯を片手で握り潰すなんて見たことも聞いたこともない。
あの細い腕、体にどれだけの力を秘めているって言うの......?もしあんな力が人間に向けられたら一溜まりもない。
「私はね、皆が幸せになればいいと思っている。だけどね、その幸せを邪魔するならその人は敵」
生気のない瞳、冷たい声。
阿鼻叫喚だった鼠グループのメンバーを次第に凍ったように口を閉じ始める。
「皆は─────裏切らないよね?」
それはもう、脅しだった。
Cクラスの協力の下、裏切った人間は徹底的に調査される。もろちんそれに対抗するために学校側に訴えたっていい。
でも、もし見つかったら────
この学校は当然暴力なんて許さない。ただし、綾瀬さんの場合は私たちが想像している暴力で済む保証がないのは、あのぐしゃぐしゃになった携帯が嫌でも証明してくる。
優待者が誰なのかはもう決定的な証拠と共に分かった。だけど、誰も裏切ろうとしない。裏切れない。
この試験はシンキング。
だけど、そんなものは圧倒的な暴力の前には無意味と化した。
最後の話し合いが終わった後の空気はとても重たかったです。
私たちのグループは優待者が誰であるか分かりました。でも、誰も裏切ることはなく、このまま最後の解答まで裏切りは起こらないでしょう。
綾瀬さんに対する恐怖。それが今この場を支配していて、誰も動けずにいる。
やがて終了のアナウンスが流れ、綾瀬さんが一番に退出すると、鼠グループのメンバーはようやく力が抜けたようにへたり込みました。
「な、なんだよあれ......!」
「くっ......!綾瀬心音......Dクラスにあんな化け物がいたとは......葛城さんにすぐに報告だ......!」
混乱がまだ収まらない中、学校側からメールが届く。
「このタイミングでメール......そうなると答えは一つしかありませんね」
メールにはこう書かれていました。
『兎グループの試験が終了いたしました』
兎グループ内での裏切り。最後の話し合いが終わったタイミングです。他のグループでも続々と裏切りが起きてもおかしくはありません。
「椎名さん......俺たちも龍園さんに報告しますか......?」
「それは任せます。私は綾瀬さんを追いますので」
「え!?」
きっとこのままではいけない。綾瀬さんとしっかり話さなければいけません。
あれから学校側のメールは立て続けに鳴った。きっと龍園くんが動いたのでしょう。でも今はそんなことよりも綾瀬さんを追いかけなければいけません。
私はあまり慣れない小走りをしながら綾瀬さんを追いかけました。幸いまだそんなに遠くまで行っておらず、綾瀬さんを見つけることはすぐに出来た。
「はぁ......はぁ......綾瀬さん......待ってください......」
「......椎名?だ、大丈夫......?」
「えぇ......普段運動していない、ので......少し走っただけでも、疲れてしまいますね......」
少しだけ呼吸を落ち着かせる。
「ふぅ......綾瀬さん。少しお話しませんか?」
「え......いいの?私といて」
「えぇ。出来れば人目のないところがいいです。リラクゼーション・スペースにいきませんか?」
「いい、けど......」
「ありがとうございます」
目的地に向かう道中、綾瀬さんは自分から口を開こうとはあまりしなかった。
きっと綾瀬さんは分かっている。
自分の行いが引き起こしたものを。
目的地に着くと、そこに人はいなかった。おそらく他の人たちは試験のことを相談しあっているのでしょう。
「話って何?」
「綾瀬さんはあれで良かったのか。それを聞きたいです」
私がそう聞くと、綾瀬さんは少しの間口を開かなかった。
「......私ね、この試験は何も考えないようにしてたの。考えるのは私の役目じゃないから、誰かに任せようって」
「それでは、あれは誰かの作戦ということですか?」
「ううん、やっぱり自分で考えようと思ったから、私に出来ることをしてみた」
「何故......急に心変わりを?」
「鈴音や軽井沢、他の人たちを見て、皆は必死に生きてるって思った。私と違って。だから私も、そうしてみようって思った」
私には綾瀬さんのお友達のことは分からない。
「生きている、というのは?」
「考えないというのは、死ぬことと一緒」
なるほど。
少し大げさに思えなくもないですが、言いたいことは伝わります。
「それでも、あのやり方で良かったんでしょうか」
「ああいう方法しか私には出来ない。私は力を振るうことしか出来ないから」
暴力。
私は好みませんが、龍園くんを見ていると、時にはそれが有効に働く場合もあるということも完全には否定できません。
ただし、綾瀬さんの暴力は龍園くんの暴力とはまったくの別物。
龍園くんは暴力をどう扱えばいいかしっかり理解している。暴力はあくまで手段。その先に策略がある。
「......綾瀬さん。どうして私が綾瀬さんに『白鯨』の話をしたか、分かりますか?」
「......全然分かんない」
「綾瀬さんに似ていると思ったからです」
綾瀬さんの場合は存在そのものが圧倒的な暴力。
ただそこにいるだけで、人々は恐怖する。力を振るえば、天変地異を起こす異形の怪物。
綾瀬さんはもう殆どそれに近い。
「私が......白鯨......そっか、それじゃあさ────」
綾瀬さんは、瞳を微かに揺らしながらこう言った。
「いつか誰かが私を────殺しに来てくれるかな」
そう語る綾瀬さんの表情は、今まで見たことのないものでした。
酷く寂しそうで、悲しそうな表情。
綾瀬さんが今何を思っているのか、それは私には分かりません。
それでも私は、自分の出来ることをします。
「綾瀬さん。私は今までのあなたを────殺すことになるかもしれませんね」
私は携帯を取り出した。
予め用意していた画面を綾瀬さんに見せる。
それは、学校側に解答を答える画面。
「もし、私が裏切ったらどうしますか」
「え......でも、龍園は裏切らないって......」
「確かに龍園くんからは指示を受けています。ですが、その指示を聞かずに裏切ります。綾瀬さんはこう言ってましたね。もし自分を裏切ったら、裏切った人を壊す、と」
綾瀬さんの作戦は、全員が圧倒的な暴力に屈したなら成立する。だけど、そんな暴力だけで成立なんてさせません。
「私を─────壊せますか?」
私には喧嘩なんて出来ない。少し走っただけでも身体が悲鳴を上げてしまう私では、綾瀬さんの小指一本でも倒されてしまうでしょう。
「......椎名。本気?」
「本気です」
「......そう」
綾瀬さんの雰囲気が変わった。
圧倒的な威圧感を感じる。
ただ立っているだけで吹き飛ばされていしまいそうです。
「椎名。私は皆の幸せを望んでいる。だけど、それを邪魔をするならあなたは敵。容赦はしない。だから、警告。今すぐ止めないと、私はあなたを壊すよ」
綾瀬さんの全身からこの世のものとは思えない音が聞こえる。
私にはそれが、遮るものを全て破壊してしまいそうなほどに巨大で恐ろしい怪物が唸りを上げているように見えた。
これが、綾瀬さんなんですね。
だけど、これが綾瀬さんの全てじゃない。
「綾瀬さん。力だけでは解決出来ないこともあります。それをあなたに教えます」
きっと綾瀬さんは今まで全てを力で解決してきたんでしょう。
「ごめんね椎名。私も力を振るわなくても何か出来るんじゃないかって、思ってた。でもやっぱり私には無理だったよ。私は今までずっと壊すことしかしてなかった。私にとっては力が全てなんだ」
私は綾瀬さんの過去は何も知らない。
でも、あなたがそれ以外の方法を取れることを私は知っている。
「本当にそうでしょうか」
「......え?」
「落とし物を届けに来ました」
私はぐしゃぐしゃになった綾瀬さんの携帯を取り出した。
「......まだ使えるものなのに忘れてた」
綾瀬さんはこの状態を見てまだ使えると判断している。もちろん携帯の中のSIMカードが無事であればデータは残るでしょう。
「携帯もそうですが、渡したかったのはのこちらです」
私は綾瀬さんの携帯についていた船の形をしたアクセサリーを差し出す。
「それは......みーちゃんがくれた......」
みーちゃん。知らない方の名前です。
そのアクセサリーを見た綾瀬さんは、驚いたように目を丸くした。
そして先ほどまで鳴っていた音もいつの間にか消え去り、冷たい空気も元に戻っていた。
「これは貰ったもの、なんですよね?嬉しそうにしていたのをよく覚えています」
「......大切にするって、決めてたのにな......」
綾瀬さんはそれを受け取ると、そっと胸のところまで引き寄せる。そして今度は優しくぎゅっと包み込んだ。
「綾瀬さん。あなたが今後の試験でどう向き合っていくつもりなのか、それが分かった気がします。でもそれは、きっと綾瀬さんにとって辛いものになります」
「......どうして?」
「先ほどみたいなやり方では......綾瀬さんが築き上げてきたものまで壊してしまうからですよ」
「築き上げてきた、もの......」
綾瀬さんは手にしたアクセサリーを見つめた。
「無人島試験で綾瀬さんのお話をたくさん聞きました。色んな噂もありますが、私はこう思いました。綾瀬さんは優しい人だって。だから私は、綾瀬さんが壊すことしか出来ないなんて思いません」
「......そう、なのかな」
「えぇ、そうです」
綾瀬さんは首に掛けていたネックレス......でしょうか。そのネックレスを外し、手のひらの上に乗せた。
しばらくの間、綾瀬さんはそうしていた。やがてもう一度ネックレスを掛けると、綾瀬さんは私を見つめた。
「......私は、椎名を壊せない。私の、負けだね」
「いいえ、綾瀬さんの負けではありません」
それはしっかり否定してあげないといけません。
「でも、私のせいで私が優待者だってバレちゃったよ?私の負けじゃないの?」
「それは違います。綾瀬さんのせいではありません。私は綾瀬さんが優待者だと宣言する前に綾瀬さんが優待者であることは分かっていました」
「どういう、こと......?」
「優待者に選定される法則。それは三回目の話し合いの段階で既に分かっていました」
「そんなに、前から......?」
優待者の法則。それは十二支の順番と生徒たちの苗字に注目すればすぐに分かります。
例えば鼠は十二支の中で言えば1番目にあたる動物。そして鼠グループのメンバーをクラス関係なしに出席番号順にすると一番は綾瀬さん。だから綾瀬さんが優待者となる。
「凄いね、椎名は」
「......いいえ、私は凄くなんかありません」
「......?」
実は法則を知る前からも綾瀬さんが優待者であることは知っていました。
Dクラスの優待者。3人の内2人は龍園くんが何故か知っていて、私に教えた。Cクラスの優待者と合わせて5人もの優待者を教えられればもう法則を見つけるのは容易い。
私は答えからヒントを探っただけ。何も凄くありません。
「法則はもう龍園くんも知っています。この試験はCクラスが圧勝するでしょう」
「......そっか。私は何も出来なかったな」
「......いいえ、綾瀬さん。あなたがいなければ、鼠グループは結果3で終わっていました」
「......え?」
私は時間を確認する。
まだ、時間に余裕はありますね。
私は携帯の画面を消した。
────龍園くん。
もし私が余計なことをしなければ、綾瀬さんの心を折ることが出来たかもしれませんね。
龍園くんは私にだけ綾瀬さんを裏切るように指示をした。
綾瀬さんとどんな契約を結んだかまでは分かりませんが、それは契約書のない契約であることは分かります。つまり綾瀬さんとの約束は破っても何のお咎めはない。
そうすれば綾瀬さんは目的を果たせず、クラスポイントもマイナス。そして私たちCクラスは綾瀬さんを口実に他クラスへ攻撃を仕掛ける。
そんなことになれば綾瀬さんは精神的なダメージを負っていたでしょう。
でも、私は綾瀬さんを追いかけてしまいました。
だって私は、綾瀬さんのお友達ですから。
試験終了の午後11時に近づくにつれて、静まり返っていたカフェにも人が続々と集まってきた。後は結果を待つのみなので、最後に船の旅を楽しみたい生徒も多いだろう。
早い段階で席を確保していたオレの元に、一人の少女が近づいてくる。
「あんたも大変ね。場所取りなんて」
オレを哀れむように現れたのは軽井沢恵。
「遅い時間に呼び出して悪かったな」
「別にいいわよ」
軽井沢は席に付くと、漆黒に染まる景色を眺めた。
「一つ聞かせてくれ」
「何?」
「お前は綾瀬と仲直りできたのか?」
「......それ、言う必要ある?」
「言いたくないなら言わなくてもいい」
実際どちらでも良かったんだが、それでも聞いたのは綾瀬に軽井沢との仲を持つと言ってしまった以上、念のために確認はしておくべきだろうと思ったからだ。
「今はそんなにじっくり話す時間もないからあんまり話せないけどさ、これだけは教えてあげる」
軽井沢はオレの目を見つめ、こう答えた。
「強くなるわ、あたし。あの子に認められるようにね」
Dクラスの中で最も弱いから、価値がないと綾瀬に判断された軽井沢。
それを見返してやろうということなのか、それともまた別の思いがあるのか。
「そうか。まぁ、頑張ってくれ」
「何よそのどうでもいいみたいな感じ。それよりも試験は大丈夫、なのよね?」
「大丈夫だ。問題ない」
兎グループではオレと幸村が携帯を交換したように見せかける罠を仕掛けた。
幸村もオレと携帯を交換したように思っていただろうが、実際に交換したのは軽井沢の携帯だ。
軽井沢の携帯には優待者に選定されたときのメールがある。それを幸村が自らが優待者であると偽り、それが嘘だと露呈すれば自然と周りはオレが優待者だと誤認する。
まぁ一之瀬には見抜かれていたがな。
「やぁ二人とも。お疲れ様。座ってもいいかな?」
背後から近づいてきた存在に、軽井沢は気まずそうに目を伏せた。
軽井沢と平田は真鍋のことで口論になっていたことがある。あれは試験のインターバル中だった。
軽井沢が真鍋に復讐して欲しいと頼んだ際に平田に断られ、その時は別れると怒鳴ってしまったこともあってか、さすがに気まずいらしい。
「もちろんだ」
「ありがとう」
夜10時45分。後15分で全生徒に向けて結果を知らせるメールが届く。
「そろそろ時間だね。堀北さんはまだなのかな?」
「あいつは人を待たせるのが大好きだからな。どうせギリギリにならないとこない」
「あ、どうやら来たみたいだよ」
どうやら今回に限り、こちらが想定するよりもお早い到着のようだ。
「はぁ......目の前でこの集まりを見るとちょっとため息が出るわね」
オレがこのメンバーを集めたのは今後の試験で勝ち上がっていくために必要なことだからだ。もろちん主催はオレじゃないことにしているが。
「あなたたちに聞きたいのだけど、綾瀬さんを見なかったかしら。綾瀬さんと連絡が繋がらないの。試験が終わった後集まる約束をしていたのに......」
「綾瀬のことだからもう寝てるんじゃないか?さすがに慣れないタイプの試験で疲れているんだろう」
「そうだといいのだけど......」
堀北は心配そうに呟いた。実際オレも綾瀬のことは不安だ。だがもう心配しても仕方がない。後は結果を待つのみ。
「綾瀬さんのことは心配ではあるけど、さっき立て続けに鳴ったメールのことも僕は気になるんだ」
遡ること二時間前。
4通ものメールが同時に流れてきた。その内容は虎、馬、鳥、猪の計4グループで裏切りが発生したというもの。
「このグループの中にDクラスの優待者はいないね」
Dクラスの優待者は綾瀬、軽井沢、櫛田。これはもうこのメンバー全員に共有しておいた。
軽井沢は問題ない。オレの作戦でプラスになっているはず。そして残りの二人もここまで来てしまえばクラスポイントでマイナスになることはない。
「それなら残る問題は誰かが誤った回答をしていないかだな」
それは堀北も気にしていたところだろう。ここで回答を外していたら受けるダメージは大きい。高円寺がとっくの前に回答しているため、その結果次第では今後に大きく影響する。
「それを危惧して、僕も確認したんだ。男子から裏切りのメールを送ったって人はいなかったよ」
「女子も同じね。誰も裏切ってないって」
「......そう」
どちらも嘘をついていないという前提だが、ある程度は信用していいだろう。
この手の情報伝達に手も足も出ない堀北は納得するしかない。
「......やっぱり気になるわね」
「それは4通のメールのことか?」
「それもあるけど、綾瀬さんよ」
「綾瀬?」
なんでまたここで綾瀬なのか。オレの疑問を察したかのように平田が堀北に続く。
「正確には龍園くん、かもしれないね」
「......どういうことだ?」
「それが......龍園くんが試験の途中に誰かと連絡を取り合っていたんだ。全てが聞こえていたわけじゃないけど、多分自分のクラスメイトと話している感じじゃなかったんだ」
「まさか、綾瀬が龍園と......?」
「それは分からない。でも龍園くんは綾瀬さんをだいぶ買っていると思うんだ。だから一番可能性が高いのは綾瀬さんなんじゃないかな......」
最後の話し合いのタイミングで龍園と綾瀬が連絡......当然友達同士の雑談なんて生温いものじゃないだろう。
「......池に連絡入れてみるか」
同じグループにいた池が何かを知っているかもしれないと思ったところ、普段はあまり鳴らない堀北の携帯が鳴った。
「......松下さんからだわ」
そう言えば松下が綾瀬のことで気になることがあったら連絡してと言ってた気がする。
「松下さん?何かあったの?......綾瀬さん?ここにはいないわ。私も探しているのだけれど連絡が繋がらないの......え?あなた、何を言っているの......?待って、さすがにそんなこと、冗談よね......?」
何だか堀北の様子がおかしい。一体何があったのだろうか。
「......分かった。今から言う場所に来てちょうだい」
「堀北?どうした」
やや憔悴した様子で電話を切る堀北に問いかけた。
「......今から松下さんもこちらに来るわ。事情を話しにね」
「よぉ。やっぱりここにいたか」
何やら不穏な空気が漂う中、現れた来訪者は龍園だった。
「お前と結果を楽しもうと思って来てやったぜ」
「無駄話は結構よ。それよりも聞かせなさい。あなた、綾瀬さんに何をしたの?」
睨みを利かせる堀北には龍園は動じることなく応じる。
「クク、お前は勘違いしてるぜ。俺が心音に何かをしたと思ってんなら見当違いもいいところだ。それに俺もまだ心音が何をしでかしたかまでは聞いてねぇよ。それは結果を見てからのお楽しみにしようと思っているからな」
「それならあの電話は何?」
「心音が電話を掛けてきたから話してやっただけだ」
「だからどうして綾瀬さんがあなたに連絡を......!」
「いくら聞いても無駄だせ。気になるなら本人に聞くんだな」
龍園はこのことについてあまり語る気はないようだ。
堀北もこれ以上聞いても答えを得られないと悟ったのか、仕方なくといった様子で話を変えた。
「4通のメール。あれはあなたの仕業ね?」
「そうだ。俺は優待者の法則に気付いたのさ」
「嘘ね。それならどうして竜グループや鼠グループには裏切りが起きていないのかしら。それに他のグループにだって裏切りが起きていないところもあるわ」
「竜グループに関してはお前が必死に嘘を並べる姿を見ているのがなかなかに愉快だったからな。それで最後まで引っ張ってしまったって訳だ」
「それなら竜グループの優待者が誰か。あなたには分かるというの」
「櫛田桔梗」
「え......?」
絶対に見抜かれない自信があったのか、信じられないと言った表情で動揺する堀北。平田も驚きを隠せていない様子だ。
「そして鼠グループは心音が優待者。そうだろう?」
「っ......」
鼠グループまでもが見抜かれていたか。
「......龍園くん。一つ聞かせてくれないかな。どうして鼠グループは裏切らなかったんだい?」
「フン、それに関しては心音に感謝した方がいいぜ?俺も裏切らせる気だったんだが、どうやら心音が上手くやったらしいな。まぁいい。こうなることも想定済みだ」
「ごめん堀北さん遅れちゃった......って、何このメンツ!」
息を切らしながらやってきたのは松下だった。この場にいるのが堀北だけかと思っていただろう松下はこの大所帯に驚いていた。
「ちょうどいいなモブ女。お前は心音と同じグループだったろ。どうだった?」
「......さすがに生きた心地がしなかったよ。あれは龍園くんがそそのかしたの?」
「馬鹿言うな。協力を持ちかけたのは心音からだぜ。だがその様子なら期待通りこの試験をぶち壊してくれたみたいだな」
一体鼠グループに何があったというんだ......?松下の口ぶりからしてまともなことが起きてなさそうだが......
オレの心配をよそに時刻は午後11時を迎え、学校側からのメールが届く。
子(鼠)グループ───試験終了後グループ全員の正解により結果1とする。
丑(牛)―――裏切り者の回答ミスにより結果4とする。
寅(虎)―――裏切り者の正解により結果3とする。
卯(兎)―――裏切り者の回答ミスにより結果4とする。
辰(竜)―――試験終了後グループ全員の正解により結果1とする。
巳(蛇)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする。
午(馬)―――裏切り者の正解により結果3とする。
未(羊)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする。
申(猿)―――裏切り者の正解により結果3とする。
酉(鳥)―――裏切り者の正解により結果3とする。
戌(犬)―――優待者の存在が守り通されたため結果2とする。
亥(猪)―――裏切り者の正解により結果3とする。
以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。
Aクラス……マイナス200cl プラス400万pr
Bクラス……マイナス50cl プラス350万pr
Cクラス……プラス150cl プラス700万pr
Dクラス……プラス100cl プラス500万pr
「Cクラスが......トップ......」
結果に愕然とする堀北たち。
「良かったな鈴音。これでお前がいた竜グループはまさかの結果1だ。そしてもう一つ驚くことがある。クク、情けねぇなぁ鈴音?」
「......何が言いたいの」
「心音だよ。お前は心音がこの試験で何も出来ないと思っていただろ。それがどうだ?アイツは見事結果1にしてみせた。お前とは大違いだな」
達成不可能と思われていた結果1。それがまさか二つのグループで達成された。
綾瀬が何も出来ないと思っていたのはオレも同じだ。それどころか綾瀬は裏切られてマイナスになることすら想定に入れていた。
だが、蓋を開けてみれば結果1。オレは綾瀬がどうやってこの結果を導き出したのか、純粋に興味が絶えない。
もちろん竜グループも忘れてはならない。考えられる方法としては、試験終了前ぐらいに龍園が櫛田が優待者だと告げ、ノーリスクで解答出来るときに櫛田に入れさせる。だが、本当にそんなことが出来るのか?あまりにもつなわたりが過ぎるような気がする。
「ただまぁ心音の存在が不確定要素だったことは俺も認めてやる。おかげでAクラスだけを狙い撃ちする計画を潰されちまった」
龍園はポケットから携帯を取り出すと、それをこちらのテーブルへ滑らせた。
画面に書かれているのは龍園が各グループの優待者を手打ちしたリスト。
馬、鳥、猪にはAクラスの生徒。
牛、虎、猿がBクラス。
鼠、竜、兎がDクラス。
そしてその中にない蛇、犬、羊がCクラスの優待者ということか。
立て続けに来たメールの内、虎グループだけはBクラス。なるほど。龍園の発言から予想すると、虎グループは不確定要素である鼠グループ分の保険というわけだ。
「鈴音。二学期を楽しみにしておくんだな。次に狙い撃ちするのはお前だ」
返す言葉を失った堀北を見て、龍園は満足げに去って行った。
「堀北。もしかしたら、オレたちはこれから窮地に立たされるかもしれないな」
「────っ......」
堀北は強く唇を噛むように口を閉じた。
綾瀬の結果は堀北に取って嬉しくもあり、悔しくもあるだろう。
だがオレには『面白い』という未知なる感情が芽生えつつあるのを実感していた。
「椎名......良かったの......?」
「えぇ。これで良かったんです」
椎名は結局裏切らなかった。
「どうして?私を裏切ってれば椎名は勝てたんだよ?」
「理由は二つあります」
「それは......どんな理由?」
「私はあまり争い事が好きではありません。この学校では嫌でも争い事は起きますが、なるべく平和に終わるなら私はそうしたい。これが理由の一つ目です」
それは椎名が島で言っていたこと。
「やり方自体は賛成出来ませんが、私は綾瀬さんの結果1にしたいという思いまで踏みにじりたくありませんでした」
私のやり方は人を傷付ける。
それでもその人が救われるなら、私はそれでいいと思ってた。
でも、そんなやり方を椎名はそうだし、鈴音や平田だって受け入れてくれないっていうのは本当は分かってた。
「......じゃあ、二つ目は?」
「なるべく綾瀬さんと敵対したくはありませんが、クラスが違う以上どこかで必ず私たちは戦うことになります。だから今回はプライベートポイントを優先しました」
「......?えーと......どうしてプライベートポイントが出てくるの?」
話がよく分からない。
「2000万プライベートポイント。クラス移動の権利を購入するためのポイントです」
そう言えば、そんなこともあったっけ。あんまり興味がなかったから忘れてた。
「私はあなたを勧誘するためにプライベートポイントを溜めたんです。いずれ、2000万ポイントにまで到達させてみます。だから綾瀬さん。Cクラスに来ませんか?」
椎名は手を伸ばした。
でも、私はその手を受け取れない。
「ごめんね。私はDクラスの皆を裏切れない」
「......残念です。振られちゃいました」
椎名は寂しそうに笑った。
「いつか私は綾瀬さんにお伝えしたいことがあります」
「伝えたいこと?」
「まだ、秘密です。それはきっと、今はまだ遠すぎる夢のお話ですから。とても現実的ではありません」
「じゃあいつか近づけばいいね。その遠すぎる夢と現実が」
「えぇ。そうなることをこの夜空に願いましょう」
椎名は空を見上げた。
そして、手を私に伸ばしてくる
「ありがとう綾瀬さん。この夏休み、とても楽しかったです。私は綾瀬さんに出会えて良かったと思います。だからまた、遊んでくれますか?」
さっきは受け取れなかった手。
でも、この手なら受け取れる。
「うん。また、遊ぼう。私とひよりは、友達だから」
「......!はい......これからもよろしくお願いします。心音さん」
私は苗字で呼ぶのを止めて、下の名前で呼んだ。
ひよりは────私の大切な友達だから。
この学校に来てから、知らないことばっかりだ。空っぽな私の頭にはどれもよく入ってくる。
それは私の頭の中で響いて、静かだった私の世界を奏でる。
今まで要らないと言われたものは全部壊してきた。
壊して、破り捨てて、何度も部品を入れ替えたから今の私になっている。
そんな私に役目を与えてくれた人がいた。
壊さないと、救われない人もいる。
あなたは私にそう教えてくれたね。
でも、軽井沢は違った。
真鍋だって、壊そうとしたのが正しいのか分からなくなった。
私は、どうすればいいんだろう。
それを考えるのが、生きるってことなんだよね、多分。
あなたはこんな私を見て何を考えるの?
ねぇ────────ツキシロ。
あぁ......頭が痛くなってきちゃった。
今日はもうここまで。考えすぎた頭を一度冷やしてからまた考えよう。
船上試験完結!(1年経過)
時間掛かってしまって本当に申し訳ありませんでした!!
本当なら去年の内に1年生編終わらせる勢いでやっていたんですけどねぇ......。
言い訳をするのであれば、最近のよう実原作の展開にショッキングなことが多くて自信喪失してました。
とりあえず振り返りといきましょう。
今回の章のメインヒロインはひよりでした。恐らく松下ファンの方たちからすれば「え?これで終わり?」ってなったかもしれませんね。ただ、本当なら松下視点でもうちょっと書いていた話があったんですが、今回2万文字とか行ってるものだったのでちょっと詰め込みすぎかな......と思い、次に投稿するおまけに松下のお話を挟みます。あともう一つ、今いち目的が分からない櫛田に関してもおまけでその辺りに触れます。
ひよりに関しては天然ふわふわ可愛いみたいな感じで綾瀬と幸せにイチャイチャ~みたいなのにしたかったんですが、ひよりも結構な強キャラなのでそういったしたたかな部分はしっかり残したつもりです。今後どうなっていくんでしょうか。
軽井沢に関してはまだ綾瀬にどんな感情を抱いているのか、とかその辺りは後々触れたいので今回の章では程々にって感じです。
そしてようやくタイトルにもある理想郷を出せました。
ぶっちゃけここからが本番みたいなところあります。
綾瀬心音の過去もどんどん掘り下げていくのでお楽しみに。
静寂だった綾瀬の世界もだんだん変わっています。1年生編が終わる頃にはどうなっているのでしょうね。
おまけが終われば夏休み回。そしてその後はとうとうフィジカルモンスターの本領発揮となる試験。楽しみです。