鼠グループ最後の話し合いが終わった後、私はラウンジでドリンクを飲んでいた。佐藤さんや篠原さんから連絡が来ていたけど、連絡を返す余裕は私にはなかった。
最後の話し合いで起きた出来事。それは私の人生に今までなかった衝撃を与えた。
最強の暴力。あの力と圧倒的な存在感にはAクラスさえも敵いっこない。
だけど、私では綾瀬さんを完璧にコントロールするなんて不可能に思えた。間違えたレールの上を走らせると破滅するのは自分。私には綾瀬さんを正しく導ける自信なんてない。
私は今後どうするべきなんだろうか。
実際、今回は結局何も出来なかった。
隠していた実力を発揮してもいいけど、優秀止まりの私では出来ることも限られている。
Aクラスには絶対に上がりたい。そのために私がすべきことは......
「よう。探したぜ松下」
「......橋本くん?」
意外な人物が私のもとに訪れた。Aクラスの橋本くん。彼に私を探すような理由なんて思いつかない。
「綾瀬のことで少し話したくてな」
「もしかしてさっきのこと?」
「あぁ......ハハッ、まいったな。あんなのがいるんじゃ今後のクラス抗争は大きく荒れるぜ......」
今回のようなシンキングを題材とした試験でさえ破壊してくる綾瀬さんの存在は各クラスからしたら脅威でしかない。
それにもし今後身体能力に重きを置いた試験が出てくれば間違いなく綾瀬さんは更に輝く。ただでさえ無人島試験でその存在感を遺憾なく発揮したのだから。
「そこで俺は考えたんだよ。綾瀬の行動を常に把握する必要があるってな」
「それは橋本くんや他クラスからすればそうだろうね。予想のつかない綾瀬さんって怖いだろうし」
「────それはお前さんからしてもそうなんじゃないか?」
「......!」
......なるほどね。橋本くんが私を探していた理由が大体分かった。
「さっきのことでよく分かっただろう。綾瀬は必ずしもクラスポイントのために動くとは限らない。今回のようなクラスの垣根を越えて皆が幸せになれる道があるならそちらを優先すると俺は思うぜ。それを許容出来るのか?」
「私は散々こう言ったはずだよ。Dクラスはクラスポイントよりもプライベートポイントを優先したがる人が多いんじゃないかって」
私はよくいるDクラスの生徒を演じた。でも橋本くんはもうそれが演技だと見抜いている。
「いいや、違うな。お前は本当はAクラスに上がりたくて仕方がない」
「どうして、そう思うのかな」
「お前は結果1なんて望んでいなかっただろ」
「さっきも言ったよね。Dクラスはクラスポイントよりもプライベートポイントを優先するって」
「Dクラスは、だろ。だがお前は違う。上手く隠していたつもりだろうが、所々でお前は綾瀬が優待者であることがバレそうになったら動揺していたからな。そしてそのためのフォローもしていた。松下、お前は綾瀬が大した策もなく優待者であることがバレるのはマズいと思っていたんだろう?」
「それが普通だと思うけど?綾瀬さんが裏切られたら私たちはマイナスだよ」
何らおかしいことではない。同じクラスの綾瀬さんをフォローするのは当然のことだし。
だけど橋本くんはそんな単純な目線で物事を見ていない。
「確かにお前の言うとおり普通の考え方。でもお前の場合は違うんだよ」
「はぁ......一応聞くけど、どうしてそこまで私がクラスポイントに固執してるって思うの?」
「お前からは同じ匂いがするのさ。俺はAクラスで卒業したくて仕方がないんだ。だから同じような思いを抱いているヤツには敏感になっちまってな。それに、鼠グループの連中はぶっちゃけ結果1になってもいいと思っていただろうな。だがお前だけ目が違ったよ。結果1なんてご免だっていう目をしていたぜ」
確かに池くん含め他クラスの人たちもまるで誰かに誘導されているんじゃないかと思ってしまうほどに、結果1なんていう夢みたいなことを本気で達成出来ると信じていたように見えた。それに違和感を持っていたところから次第に勘づかれたって感じかな。
きっと橋本くんの中でもまだ私がAクラスに固執していることについて確信には至っていないと思う。
これは探り。
私自身もそこまで怪しい行動をしたつもりはない。
だけどここまでの口ぶりからほぼ私のことは勘づかれていると思った方がいい。
綾瀬さんと椎名さんの波長が合うように、私と橋本くんの波長も案外合うのかもしれない。
「互いに予想のつかない綾瀬に振り回されるのはマズいだろう。俺としてもクラスポイントを得られる機会が潰されるのはたまったもんじゃない」
「じゃあもし私がそうだねっていったらどうするの?」
「俺と同盟を組まないか」
それは意外な提案だった。
私たちは敵同士。
違うクラス同士で手を組んでも利益があるとは思えない。
「何をする同盟なのか教えてくれる?」
「互いに勝ち馬を見つけるための同盟さ。互いの情報を共有し合うんだよ。つまり協力関係を結ぼうってことさ」
「......それはAクラスの情報をくれる代わりに綾瀬さんの情報が欲しいってことでいいかな?」
「別に綾瀬の情報だけでもいいが、Dクラスの誰かでもいいし、もしくは他のクラスの情報でもいいぜ。俺はお前にAクラスの情報を流してやるよ」
橋本くんがDクラスで警戒しているのは綾瀬さんぐらいってことか。だけどこの感じであればもし今後Dクラスで警戒すべき人物が来れば同じように情報を求めてきそう。
「現状Aクラスである橋本くんがAクラスを裏切るメリットはない。でもその様子だと今のAクラスじゃ不安が残るんだね」
「ほぉ......思ってたよりも話が通じるじゃないか。そう、Aクラスも一枚岩じゃないことは戸塚を見てれば分かるだろ?まぁ今回の結果次第ではそれも変わるかもしれないが......それでもAクラスが今後陥落しないとは限らない」
橋本くんのAクラスに懸ける思いは諦めかけていた私に比べて相当強いみたいだ。
「今の俺の立場だと綾瀬は敵でしかないが、いずれ綾瀬の味方につくことも視野に入れている。今回のような試験ではぶち壊されたが、綾瀬を有効に使えばクラスポイントを稼ぐことも可能だと俺は踏んでいるぜ。だからいずれお前たちのクラスにだって移籍してもいい。まぁポイントをどうするかはまだまだ先の話だけどな」
「綾瀬さんをAクラスに引き込むってこともあるよね」
「もちろんそれも考えたんだが、綾瀬には振られたよ」
既に勧誘済みだったか。
綾瀬さんは手元に置いておくだけでも相手の抑止力にはなり得る。少なくとも身体能力で挑むのは不可能に近い。
「再確認するけど、橋本くんはAクラスを裏切ってもいいんだよね」
「必要であればな。まだどちらも見定めている段階だ。だからこそお前の情報が欲しい」
「私にもDクラスを裏切らせようってことかな」
「それはお前に任せようか。元々はお互いに勝ち馬を見つけるって同盟だ。お互いに流す情報はお互いの情報次第ってことにしようぜ」
「私が重要な情報を渡せばそっちも重要な情報をくれるってことだね」
これは危険な取引だ。
私が流した情報次第では橋本くんに絡め取られる可能性がある。だけどAクラスの情報を得られるのもデカい。
一歩間違えれば破滅。
故に私がしなければいけないことは、流しても問題ない情報を選択しながらAクラスの情報を探っていくこと。
今までの人生では安定したレールの上を走ってきた私にそんなことが出来るのだろうか。
......いや、元々Dクラスに配属された時点でそんなものは外れていたっけ。
「お互いに勝ち馬を見つけたら二人でそれに乗っかってAクラスで卒業ってことだ」
二人で、か。
これは嘘。橋本くんは絶対に私を裏切る。私の勘がそう言っている。
「橋本くんはAクラスと綾瀬さん、どっちも駄目だった場合はBクラスかCクラスに加担する気だよね。私の予想だとCクラスかなって思ってるけど、どう?」
私がそう聞くと、橋本くんは驚いた顔で私を見る。
「......松下、なぜそう思う?」
「葛城くんのやり方に逆らってるからかな。橋本くんは安定っていうものに安心できないんだよ」
安定してそうなBクラスよりも何をしてくるか分からない怖さがあるCクラス。
ようは綾瀬さんのときと同じ考え方。予想のつかない方だからこそ、可能性の底が見えない。
私は今までなら断然Bクラスと答えていただろう。だけど、安定ばかりじゃつまらないとも最近は考えている。私も手堅かったレールから外れてスリルを求めているのかもしれない。
まぁ他クラスの内情なんてそこまで詳しくないからもっと情報を知れば私も考え方を変えるかもしれない。
「まったく、Dクラスにもまだいるじゃないか。牙を隠し持ってるやつが。お前さんとなら案外いいパートナーになれそうだ」
「奇遇だね。私もさっきそう思ってたよ」
私たちは互いに手を伸ばし、取り合った。
だけどそこに友情や愛情なんてものはない。
互いに互いを利用し合うための同盟。互いの情報をどこまで上手く掠め取れるかを定め合うチキンレース。
でもまぁ、心理戦には自信がある。
今回何も出来なかった分、貢献しないとね。
松下は綾瀬を語る上で普通よりのちょうどいい視点だなぁぐらいの感覚でいたんですが......いつの間にか裏の主人公みたいになっている気がします。今後も登場機会が増えますね。
なんかあの人(ネタバレ配慮)に近いですが、あの人みたいにはなりません。
これで四巻分は終了です。次回から夏休み。
出来ればシリアス控えめ、癒しマシマシでいきたいなぁ......