第45話 先輩
夏休み。それは何もしなくていい日がいっぱいある。そんなのって凄い。ずっと寝てられる。
昨日までは旅行で忙しかったから全然寝る時間がなくて頭が痛かった。だからその分いっぱい寝る。
時計を見ると今は10時。さっき起きたばっかだけどもう一回寝ちゃおう。
「......おやすみなさい」
ピンポン。
眠ろうとしたとき、扉からそんな音が聞こえた。これはチャイム。鳴らした人がいるから起きないといけない。
扉を開けると、目の前には小っちゃい女の子がいた。
「......今、失礼なことを考えてませんか?」
「......?失礼なことなんて考えてないよ。橘」
橘。学と一緒にいた人。
橘が私の部屋に来たのなんて初めてだった。手には袋......を持ってる。
「今日はどうしたの?私と遊びに来たの?」
「違います!生徒会の仕事で来たんですよ」
「え?夏休みって何もしなくていいんじゃないの?」
「生徒会は違います。夏休みに羽目を外しすぎる生徒がいないか見回りしたり、書類の整理などやることはいっぱいあるんですよ。それに今は生徒会室の改装工事中なんです。本当ならそっちについていなければいけないんですが、あなたのことも無視できない案件なので」
「へー......大変だね。ところでその生徒会って何なの?」
「......あなた、本気で言ってるんですか?」
「え?うん」
「はぁ......仕方ありませんね......生徒会というのは────」
橘は生徒会のことを教えてくれた。
生徒会は皆を纏める人たちなんだって。
平田とか龍園がクラスの人たちなら、生徒会は学校の皆を纏めるって感じ。
「ありがとう。生徒会のこと教えてくれて。じゃあ私は寝るね......」
「駄目です!あなたにはお話しないといけないことがあるんですから!」
「そうなの?んー......それじゃあ中に入って。暑いんでしょ?」
「そこまでゆっくりするつもりはありませんが......まぁ、お言葉に甘えましょう。お邪魔します......って!なんですかこの部屋!服が散らかってるじゃないですか!それにお菓子の袋も!」
「昨日帰ってきたばっかりだから掃除してなかった。ちゃんと旅行に行く前は鈴音が掃除してくれたんだよ?」
「なんで1日でこんなに部屋が汚くなっているんですか......というか自分でやりなさーい!」
「橘、怒ってばっかり......」
橘は私の部屋を綺麗にしてくれた。
部屋を綺麗にするのって難しいのに橘や鈴音は凄い。いつも鈴音には自分で出来るようにしなさいって言われてるんだけど、結局出来ないんだよね。
綺麗になった私の部屋。その真ん中に置かれたテーブルを挟んでお話する。
「ふぅ......これでお話が出来ますね。まずは無人島、そして船上での試験お疲れ様でした」
「あれ?橘もいたんだ。全然気付かなかった」
「いや私は参加してませんが......あなたの報告を受けたんですよ。とても信じられなくて自分の目と耳を疑いましたけど......凄まじい身体能力ですね......」
「ううん、私なんて全然大したことしてないよ」
「生意気な口を利く癖にそういうところは謙虚なんですね。ですがあなたの身体能力は誇ってもいいと思います」
「んー......」
私にとって運動が出来るなんて当たり前のこと。だから橘の言ってることはよく分かんない。
「生徒会って私がしたこと全部分かってるの?」
「さすがに私も全ては把握していません。もしかしたら会長は別かもしれませんが。まぁそれは置いといて、今日はあなたにこれを渡しに来ました」
そう言いながら橘は袋から箱を取り出した。
「これがなくて困っているんじゃありませんか?」
その中身は携帯だった。
「これ、どうしたの?」
「あなたの新しい携帯です」
「あ」
これがないと龍園との約束が守れない。皆とも連絡も取れなかったし、どうすればいいか分かんなかったから助かった。
「データなどを引き継ぎしたい場合はSIMカードを入れ替える必要がありすますが......その、元の携帯は今どこにありますか?」
「ちょっと待ってね......」
確かカバンの中に......あった。ぐしゃぐしゃになった携帯。
「はい」
「うっ......実際にこの目で見ると人の手でこうなったとはとても信じ難いですね......」
あのときは壊せるものがこれぐらいしか思いつかなかった。
「どうして橘が届けてくれたの?」
「この学校ではこういった仕事も生徒会の仕事ですから。本当は会長自ら届ける予定でしたが、わざわざ会長が出向くまでもありませんので私が代わりに届けることにしたんです」
「会長って誰?学のこと?」
「ま、学......会長は堀北学くんですが......」
橘は私をジッと見つめた。
「......あなたは会長とどういう関係なんですか?」
「どういう......戦ったことがある関係......かな」
「戦ったぁ!?」
「うん。お手合わせした。力の確認」
堀北は色々やったことある動きだった。特に覚えてるのは空手。あれなら私が戦ったことのある空手をやってた人たちとも結構戦えると思う。
「どうしてそんなことになったんですか!」
橘はテーブルを叩きながらぐいって身体を寄せた。
「止めて見せろって......」
「な!?あなたがそんな挑戦的な台詞を言ったんですね!うぅ......会長は喧嘩に明け暮れる不良生徒を止めようと......」
「あ、それを言ったのは私じゃなくて学が......それに喧嘩じゃなくて......」
「ですが私にお任せ下さい!」
勘違いしてる橘は勢いよく立ち上がった。
「私があなたを更生させます!不良生徒の更生も生徒会の務めですから!」
「おー......」
腰に手を当てて胸を張る橘は凄い気合いが入ってた。
「更生って、何をするの?」
「まずはあなたのそのだらしない生活の見直しからです。色々言いたいことはありますが、特に食生活は酷そうですね。この大量にあるお菓子から見てまともな食生活を送ってないでしょう」
「それは大丈夫。皆がなんとかしてくれるから。朝と夜ご飯はよく鈴音が作ってくれるし、お昼は桔梗は弁当とか食べさせてくれるんだ。それに学校にいるときは色んな人がお菓子をくれたりするから結構満足してるよ」
「あなた、お友達にだいぶ甘やかされているんですね......ちなみに休日は何をしてるんですか?」
「誘われたら遊びにいくけど......寝てることの方が多いかな。一日中ずっと寝るの」
「やっぱり想像通りそんな感じでしたか。なんて怠惰な生活なんでしょう。そんな調子だと恵まれた身体能力もどんどん錆びていきますよ」
それも大丈夫だとは思うけど、確かに最近全然トレーニングをやってない。この学校にもあるのかな、そういう場所。
「念のために確認させていただきますけど、勉強はどうなんですか?」
「私は一番下」
「もー!期待を裏切らない子ですね!」
橘は頭を抱えてじたばたしてた。橘ってなんか見てて面白い。
「はぁ......まだまだ言いたいこともたくさんありますが、午後から改装工事の方に行かなければいけないのでまた今度にします。とりあえず携帯を何とかしましょうか。もし一人でいけるのであれば量販店でデータの引き続きをしてもらえますが......」
「それってどこにあるの?」
「あなたならそう言うと思いました......それなら一緒に行きましょう。さ、着替えて下さい」
橘は立ち上がった。私も着替えてから大事なものをポケットに入れた後に立ち上がる。
扉を開けて少し歩くと、人がいっぱいいた。
「夏休みなのに人がいっぱいだね......」
「夏休みだからこそ人がいっぱいなんですよ」
「ふーん......そういうものなんだ」
今まで夏休みを知らなかったから新鮮。皆楽しそう。
「つきましたよ」
そこは佐倉のカメラを治したところと同じ場所だった。なんだ、知ってる場所だったんだ。
橘は携帯を治してくれるところに連れてってくれた。
「すみません。この子の携帯が壊れてしまったのでデータの引き継ぎをしたいのですが」
「かしこまりました。それではSIMカードを取り出しますので元の携帯を拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
「分かりました。さっきの携帯を出してください」
「うん。分かった」
私は携帯を机の上に置いた。
「え......こ、これは......?」
「まぁそうなりますね......出来れば事情は聞かないでいただけると助かります......」
「か、かしこまりました......」
お店の人は私の携帯からなんとかカードを取り出してくれた。それを新しい携帯に入れれば元通り。これで問題ない。
お店の人にお礼を言ってからその場を離れた。そして器を入れ替えた私の携帯にみーちゃんからもらったアクセサリーをつける。
「へー......あなたもそういったものを付けるんですね。ちょっと意外です」
「友達から貰ったんだ。だから大切なもの」
今度はもう忘れたりなんてしない。
「多分大丈夫だとは思いますけど、ポイントがちゃんと引き継げているか確認した方がいいと思いますよ」
『残高照会』をやってみる。ポイントは18,756。
「......あれ?ポイント増えてないね」
「ポイントが振り込まれるのは9月1日からです。試験で活躍した分のポイントを早く使いたいのは分かりますが、もう少し辛抱してください」
それならしょうがないよね。龍園にポイントあげるのはまた今度にしよう。
「そういえばそろそろお昼ですね。午後になるまでご飯でも食べることにしますか。奢ってあげますよ」
「え?なんで?」
「フフン、先輩だからです!」
また腰に手を当てて胸を張ってる橘。
「んー......先輩ってよく分かんない」
「目上の人を先輩というのです。ですがあなたにこう言っても伝わらないでしょうね。だから先輩というものをあなたに教えてあげましょう!さぁ!何が食べたいですか!」
「じゃあ......レストランにいってみたい」
船に乗ってたときレストランによく行ってた。レストランには色んなものがあって楽しい。
私たちはケヤキモールの中にあるレストランに向かった。
席につくと、ここでもタッチパネルがあった。
「遠慮せずに頼んでもいいですよ!これは夏休みの特別試験を乗り越えたご褒美みたいなものです」
「いいの?じゃあ......」
とりあえず気になったものをポチポチする。
「え......そんなに頼むんですか......?」
「あ、ごめん。ポイント辛い?」
「そういうわけじゃありません!そんなに食べられるのか心配になっただけです!別に頼んでもいいですけど絶対に残さないでくださいね。お店の人に迷惑がかかるので!」
「うん。大丈夫」
しばらくすると頼んだものが来た。
オムライス、ハンバーグ、唐揚げ、パスタ、パフェ、他にも色々。凄く美味しそう。楽しみ。橘はパスタを頼んでた。
「うっ......見てるだけでお腹一杯になりそうです......」
「ありがとう橘。いただきます」
この学校に来る前はご飯の時間ってあんまり好きじゃなかった。
好きなものを食べられないし、ほとんど独りで食べることが多かったからいい思い出がない。
あのときは寂しかったな。でもこうして誰かとご飯を食べるようになってならはご飯の時間も好きになった。
ご飯を食べてると、橘が話しかけてくる。
「普段からそんなに食べてるんですか?」
「ううん、別に食べなくても動けるから普段は別に」
「よく分からない身体の構造してますね......」
私って胃袋も壊れちゃってるのかな。そこは自分でもよく分かんない。
「それにポイントも使わないようにしてるからあんまりお店では食べない」
「ほほぉ。ポイントを節約しているのはなかなか良い心がけですねぇ。ちなみにどういった理由で?」
「あんまり欲しいものがないっていうのと......ポイントがあれば誰かを救うときに役に立つかもしれないでしょ?」
私がそう言うと、橘は驚いた顔になった。
「......あなたは不思議な人ですね。不良生徒かと思ったら誰かを救う、ですか」
そして、真剣な顔になった。今までの怒ってるような感じとは全然違う雰囲気。
「いずれ担任の教師から通達されるかもしれませんが、あなたに特別な情報を教えてあげましょう」
「特別な情報って?」
「『退学の取り消し』。それをプライベートポイントで買うことが出来ます」
退学。それはこの学校からいなくなっちゃうってこと。でも、それの取り消しってことは......。
「え......それって、もし誰かがいなくなりそうなときにポイントがあればいなくならずに済むってこと?」
そんなことが出来れば誰もいなくならなくていい。
「そうです。ただし、相応の対価を支払わなければいけません。まずプライベートポイントが2000万です」
プライベートポイント2000万......クラスを移動するときにかかるポイントと同じだ。
指で桁を数えてみる。一、十、百......とにかく凄い数字。私が今持ってるポイントじゃ全然足りない。
......私が思ってる以上にプライベートポイントって大事なんだ。龍園に100万ポイント上げるって言っちゃったけど、もっと頭を使えば良かったかも。
「次にクラスポイントが300。どちらか一つでも欠けていると『救済』は出来ません。プライベートポイントを個人でそこまで貯めるのはほぼ不可能に近いですし、それに300クラスポイント失うことをクラスメイトが許容出来るかどうか......」
私たちのクラスポイントは8月で87。無人島試験で255。船の試験で100。全部足すと......400ぐらい?それに300引くと100しか残らない。
「んー......そっか......」
「1年生のあなたにはちょっと重たい話だったかもしれませんね。ですがまだそこまで根詰めなくても大丈夫ですよ。元々現実的な方法ではないですから。今は充実した生活を送るためにポイントを使用した方がいいと思います。もちろんある程度の節度を持ってですが」
充実した時間......私はいつも寝てばかり。
最初はそれでよかった。それが楽だから。でも、それじゃ皆には会えない。それが少し、寂しい。
「......寝る時間、ちょっと減らしてみようかな」
「ぜひそうしてください。貴重な高校生活を無駄にしてはいけませんよ」
そう言って橘は笑った。
「ねぇ橘、連絡先交換しない?」
「だから先輩をつけなさいと......まぁ連絡先の交換ぐらいいいですよ。これからはあなたの更生もしなければいけませんから」
私たちは連絡先を交換した。よかった。これで橘とも遊べるね。
ご飯も全部食べ終わった。時間もそろそろ午後。
「さて、そろそろいい時間ですね。それではお会計を......って!?一万ポイント!?」
店の人が置いた紙を見ると数字は一万ちょっと。
「ごめんね、船にいたころの感覚が抜けてなかった。頼み過ぎちゃったね。やっぱりポイント自分で出すよ?」
「......一度奢ると言った以上私が払います!これぐらい全然問題ありませんから!」
「おー......橘って凄い......」
「もちろん!私は生徒会の一員ですから!」
生徒会の人ってポイントいっぱい持ってるんだ。
「それならまた一緒にご飯食べてくれる?」
「......まぁ、ちゃんと更生して特別試験を頑張ったらまたご褒美としてご飯を奢ってあげますよ」
嬉しい。それならもっと頑張る。
「それでは私は生徒会の仕事があるのでここで」
「うん。バイバイ橘」
お店の外に出た私たちはここで解散。
そういえば携帯を見てなかった。
......凄い連絡来てる。
どこか座れる場所でゆっくり返信しよう。
今日から始まる夏休みは、昨日までの夏休みと少し違う。
凄く楽しみ。
私は新しくなった携帯に来てるメッセージを見つめながら、そう思った。