ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

53 / 68
第48話 こぼれた本音

 夏休みもあと少しで終わる。学校まであと1週間。

 今日は私の部屋で私は鈴音と一緒に勉強してた。

 そろそろ学校も始まる。嫌いなテストも頑張らないと。

 

「頭痛い......」

 

「まだまだ中学生レベルよ」

 

「うぅ......」

 

 身体の痛みは感じないけど頭は別。だって頭と身体は別のものだから。

 

「はぁ......こんな調子だと次のテストも不安ね......」

 

「頭、熱い......冷やさなきゃ......」

 

 私は蛇口に向かって歩いた。そして蛇口の下に頭を置いて水を出す。頭が濡れて気持ちいい。

 

「あ、あなた......何をしてるの......!?」

 

「え?頭を冷やしてるんだよ?」

 

「服が水滴でビショビショになっているじゃない......というかその言葉を物理的な意味で使わないで」

 

 頭スッキリ。

 ポタポタ垂れる水滴。髪を乾かすために頭を振る。タオルで拭くのは時間がかかるから先にこうすると早く乾く。

 

「あ......!それは止めなさいといったじゃない!水滴が飛び散ってるわ!」

 

 鈴音が急いで持ってきたタオルでちょっと拭いてテーブルの前に座る。

 

「まだ髪が全然乾いてないわ。ドライヤーで乾かすからこっちに来なさい」

 

「え......ドライヤーやだ......」

 

「あなたは髪を乾かすときにいつもそうやって嫌がるわね。なんだかあなたが本当に動物に見えてきたわ......」

 

「うー......」

 

 鈴音に肩を掴まれてドライヤーの風を浴びる。

 私はドライヤーのゴーって音が好きじゃない。頭の中に響いて嫌な気分になる。

 伊吹に教えたことをやってもいいけど、それだと勝手に身体が反応して私は暴れるかも。

 

「さぁ、勉強を再開するわよ。ここからは難易度も上げていくわ」

 

 私が今やっているのは英語の勉強。数学の次に嫌い。考えること多いし、何書いてるかもよく分かんない。単語は何となく覚えてきたけど、それでも文章になると難しい。

 

 問題文を見る。

 

 (  )に入るものを答えよ。

 

 You as well as I (  )in the wrong.

 

①is ②was ③am ④are

 

「えーと......あなたは、私......間違ってる......?」

 

「as well asは同様にという意味ね」

 

「......Iの後だから③のam?」

 

「違うわ。この場合の主語はYou。よって正解は④よ。池くんたちもそうだけど、Iの後に必ずamやwasが来ると安直に考えてはいけないわ。ちなみに意味は私だけでなくあなたも間違っている、ね」

 

「むむむ......」

 

 これが英語の嫌なところ。ルールを覚えたと思ったらまた知らないルールが出てきたりする。

 それから勉強を続けてきたけど、あんまり上手くは出来なかった。

 私はもっと勉強が出来るようになって鈴音に追いつきたい。もっと言葉の意味、会話の意味を理解したい。それなのにやっぱり駄目。それが、悔しい。

 ......また頭が痛くなりそう。

 少し休憩の時間。私はベッドに飛び込んだ。

 

「ちょっと。いきなり飛び込まないで。まさか寝たりしないでしょうね」

 

「ううん、まだ寝ない。それよりも鈴音、今日は勉強止めて一緒に遊ばない?」

 

「あら、今日は随分と音を上げるのが早いわね。勉強するのが嫌になったの?」

 

「そうじゃないけど......夏休みだから遊ばないともったいないよ?」

 

 鈴音はこの前の試験が終わってからずっと難しい顔をしてる。遊んで楽しくなった方がいいと思う。私も勉強は続けたいけど、まだ私は鈴音と遊べてないから一緒に遊びたい気持ちもある。

 

「生憎私には遊び呆けてる暇はないの」

 

「たまには息抜きだってした方がいいよ。鈴音、船から帰ってきてずっと勉強とかしてるんでしょ」

 

「それは必要だからやっていることよ。遊んでいるぐらいだったら自己研鑽に努めた方がマシね」

 

「それだと鈴音は疲れるよ。この前も熱を出してたもん。あなたの身体は疲れたら動けなくなるの。だから少し休もう?」

 

「────!」

 

 私がそう言うと、鈴音は目を大きく開いた。

 

「......そうね。私はあなたと違って無尽蔵な体力はない。あなたがそう思うのも無理はないわ。それにあなたに比べたら私は無人島と船上での試験では何も......」

 

「え......?」

 

 鈴音は唇を噛んでいた。どうしてそうしてるのかは分かんないけど、何か良くないことを言ったかもしれない。

 

「待って鈴音。私にとっては出来て当たり前のことをしただけなの。私なんて大したことないよ」

 

 島をいっぱい回るのも、力で言うことを聞かせるのも私には難しいことじゃない。

 誰にだって当たり前に出来ることがある。私にとってはそれが私の当たり前だっただけのこと。

 

「......あなたは自分の価値に無頓着なのね」

 

「それは────だって......」

 

 私は自分の価値を自分では決めることが出来ない。

 私も昔は普通の女の子だった。何も出来なくて、何もない。

 今の私は他人の手によって造り替えられた私。

 私が私である証明は識別番号だけ。

 そんな私が、どうして自分の価値を自分で決められるの?私の価値なんて他人が勝手に決めるもの。

 そう、思ってる。

 

「私はもっと強くなる必要がある。本当だったらあなたの勉強を見ている暇なんてない────」

 

「え......」

 

 それは、私が鈴音に迷惑をかけてるってことだ。

 そうだ、私は鈴音の時間を奪ってるんだ。それなのに私はずっと勉強が出来ないままで......

 

「......ごめんなさい。今の発言は余計だったわね。忘れてちょうだい......」

 

「あっ......」

 

 鈴音は急いで帰りの支度をして帰っちゃった。

 

「怒らせちゃったかな......」

 

 私がもっと勉強出来ればこんなことにはならなかったのかな......。

 

「......あ、桔梗から連絡だ」

 

 携帯を見ると『井の頭のこと』で誘われてる。少し前にグループチャットで桔梗が言っていたことだ。

 井の頭は私と同じクラスの人。その井の頭があと少しで誕生日っていう特別な日らしいから皆でプレゼントを上げるんだって。

 

「鈴音......」

 

 鈴音にもう一度連絡しようと思ったけど、止めた。きっと今は良くない。

 私は桔梗に返信して、集合場所はケヤキモールだって教えてもらった。

 連絡しながら集合すると、そこには6人。皆Dクラスの人たちだ。みーちゃんや松下もいる。

 

「皆、今日は集まってくれてありがとう!付き合わせちゃってごめんね!」

 

「全然いーよ。井の頭さんの誕生日は私たちも祝いたいし」

 

「うんうん!」

 

「わ、私もです......!」

 

 みーちゃんはちょっと緊張してるみたい。あんまり人が多いの慣れてないのかな。それでも来たのは井の頭と友達だからだと思う。

 人も集まったから私たちはプレゼントを買うためにお店へと向かう。

 

「心音ちゃん。その服、私たちと買いにいったやつだよね!」

 

「ワンピース似合ってるね!可愛い~!」

 

 今日着てきたのは水色の上の服と下の服が一緒になってるやつ。動き辛くてあんまり好きじゃない。

 

「皆は夏休み中何してた?」

 

 桔梗が皆の顔を見ながらそう言った。

 

「ポイントもないからあんまり遊べなかったよ~」

 

「でもポイントがないからこそ節約しながら遊べたかもね。部屋に集まって雑談したりとかさ」

 

「色んな遊び方があるよね!私も色んな人の部屋にお邪魔させてもらったなぁ」

 

 桔梗はやっぱり凄いな。色んな人の気持ちが分かるから桔梗は皆に話しかけられる。

 私は人の気持ちを理解できない。だから桔梗のことが羨ましい。

 

「松下さん今日は篠原さんたちと一緒じゃなかったの?」

 

「篠原さんたちとは夏休み中によく遊んでるから今日は別の人たちと遊ぼうかなって」

 

 そう言いながら松下はチラッと私の方を見た。

 それからも話しながら歩いてると店が見えてきた。

 

「到着!」

 

 到着したのはピンクの空間。女の子ばっかり。ぬいぐるみとかある。

 

「皆でどんなプレゼントがいいか探して回ろっか!」

 

 私たちは皆で店の中を回る。皆はこれいいとかあれもいいとかって言ってた。私はどうしよう。

 とりあえず頭を切り替える。今は井の頭のためにプレゼントを選ぶ。

 でも......何が良いのか全然思いつかない......。そもそも誕生日っていうのもよく分かってない。

 私は近くにいたみーちゃんに話しかけた。

 

「ねぇ、誕生日ってどうして特別なの?」

 

「そうですね......やっぱり生まれてきてくれてありがとうって祝う日だから、とかですかね?それに1年に1回しかない日ですから」

 

「そう、なんだ......?」

 

 私にはさっぱり分からなかった。どうして生まれただけでありがとうなんだろう。

 

「中国では誕生日の本人がお金を出してお友達を招くのが一般的だったのでこうして皆でプレゼントを考えるのってあんまりなかったから楽しいです!」

 

「へぇ......」

 

 誕生日にも場所によって色々あるんだ。

 パーティーやプレゼントが嬉しいのは分かる。私もみーちゃんにプレゼント貰って嬉しかったから。

 

「綾瀬さんの誕生日っていつなんですか?」

 

「えーと......いつだっけ」

 

 私は学生証を出した。確か学生証に書いてる数字、それが誕生日。確認してみると10月30日。

 

「10月30日」

 

「も、もしかして自分の誕生日を覚えてないんですか......?」

 

「......皆は覚えてるの?」

 

「それは......どう、でしょう、あはは......」

 

 みーちゃんの反応的に皆は覚えてて当たり前みたい。それはさすがに私でも分かった。

 

「誕生日って聞くとさー、親とか兄妹を思い出しちゃうよねー。よく家族で誕生日祝ってたし」

 

「わかるー。家の弟とか元気にしてるかなー」

 

「綾瀬さんのお母さんってどんな人なの?お姉ちゃんとか妹っている?」

 

「きっと美人さんなんだろうなぁ......」

 

「どんな人......」

 

 お姉ちゃんと妹は多分いない。

 でもお母さんは人間であるなら必ず存在しているもの。

 私のお母さんってどんな人なんだろう。

 んー......知らない。私と同じで勉強出来ないのかな。

 皆は家族の話になると寂しいって言い始めた。その感情は分かる。私だって今は鈴音に嫌われたかもしないと思うと寂しいから。

 

「綾瀬さん綾瀬さん」

 

 皆が集まって話してる中、松下は1人だけ離れて私を手招きした。

 

「どうしたの?」

 

「まだお礼を言ってなかったと思ってさ」

 

「お礼?何の?」

 

「ポイントが少ないDクラスではあんまり大きな声で言えないけどさ、前回の試験での50万ポイントを綾瀬さんのおかげで貰っちゃったからしっかり感謝は伝えたかったんだ」

 

 私は大したことしてない。

 それを言ったらさっきの鈴音と同じことになるかもしれないから言うのは止めた。その代わりに聞きたいことを聞くことにする。

 

「松下はポイントどうするの?」

 

「多少服とかは買ったりするかもしれないけど......あんまり使う気はしないかな」

 

「どうして?」

 

「だって報酬の金額が普通じゃないでしょ?それって多分今後に必要だからそうしてると思うんだよね。それこそ特別試験で、とかね」

 

「え?特別試験って夏休みだけじゃないの?」

 

「これからもそれなりにあるんじゃないかな。だってそうじゃないとクラスポイントが全然変わんないままでしょ?」

 

「あ、そっか」

 

 特別試験っていうのはクラスポイントが変わる試験。確かに松下の言う通りだ。

 松下は話が分かりやすい。多分私が分かんないってことを分かってるから上手く説明してくれてるんだと思う。松下も桔梗みたいだ。

 

「最初はどん底だったけどほんの少しだけは希望が見えてきたかもしれないね。二学期からちょっと楽しみかも。私も少しは真面目にやろうかな」

 

「それって────」

 

「2人とも!プレゼントどんなのがいいか決めた?」

 

 2人で話していると桔梗が話しかけてきた。

 

「誕生日プレゼント、難しい」

 

「そんなに難しく考えなくても大丈夫だよ。井の頭さんが何となく好きそうなものとかでいいんじゃないかな」

 

「んー......」

 

 井の頭はぬいぐるみとかでいいのかな。

 私は熊のぬいぐるみを手に取った。

 

「......ん?あれ、葛城くんじゃない?」

 

 桔梗が向いた方に視線を向けると、そこには手に箱を持ってる葛城がいた。

 葛城は周りをキョロキョロしながら箱を戻したり、別の箱を手に持ったりしてた。

 

「あれは......プレゼント、かな。もしかして......え?そういうこと?櫛田さん。何か知ってる?」

 

「うーん......私も聞いたことないなぁ......でも、そういうことなのかな......?」

 

「うそー......もし本当だったら凄く面白そうじゃない......?」

 

「駄目だよ松下さん......面白そうなんて言っちゃ」

 

「そう言う櫛田さんだって気になってるんでしょ」 

 

「......本音を言えば気になるけど」

 

「?」

 

 2人は何の話をしてるんだろう。

 とりあえず私は葛城に話しかけることにした。

 

「葛城。葛城もプレゼント買いに来たの?」

 

「む......綾瀬か。それにお前たちまで......」

 

「私たちはクラスメイトの誕生日プレゼントを買いに来たんだ。葛城くんももしかして......?」

 

「それは......似たようなものだが......」

 

「やっぱり!ねぇねぇ!誰に渡すの?」

 

「な、なんだ突然......」

 

「結局櫛田さんが一番食いついてるね」

 

 葛城は凄く聞いてくる桔梗に困ってた。

 

「葛城は何を渡そうとしてたの?」

 

「それは......うむ......」

 

 顎に手を置いて葛城は悩み出した。そして私の方を向く。

 

「綾瀬。参考までに聞きたい。お前だったらどんなプレゼントが欲しい」

 

「私?」

 

「えー!?じゃあそのプレゼントって......心音ちゃんに......!?」

 

「何か誤解しているようだが、これは双子の妹に渡すプレゼントだ。そろそろ誕生日が近いからな」

 

「へー......妹さんかぁ......」

 

 妹......葛城って妹いたんだ。

 

「なんで私に聞くの?」

 

「......なんとなくだ」

 

 なんとなんだ。

 私はみーちゃんにプレゼントをもらったときのことを思い出した。

 そのときはただ嬉しかったけど、こうしてそのプレゼントを見るとそのときのことが思い出せる。

 

「その人がくれたんだっていつでも思い出せるもの。ずっと手元にあったり、よく使うものを貰えるなら、私は自分にプレゼントをくれた人を思い出して嬉しくなる」

 

 これが貰って嬉しいプレゼント。私はそう思った。

 

「......なるほどな。すまない綾瀬。お前の意見は参考にさせてもらおう」

 

 葛城は満足そうに頷いた後、この場を去った。その背中を見ながら松下が目を細めた。

 

「妹かぁ......この前も思ったけど、葛城くんって話してみるとそこまで固い人って感じしないね」

 

「双子......この学校に葛城って名字の人他にいたっけ......」

 

「この学校にはいないんじゃない?でもそれならどうやって渡すんだろうね。外部とは連絡取れないし......私も母親とかに誕生日プレゼント渡せるなら渡したいけどね」

 

 皆にはこの学校の外に誕生日プレゼント渡したい人いる。

 そう言えば鈴音の誕生日っていつなんだろう。今まで気にしたことなかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が悲しくて野郎同士でプレゼントなんて買いにいかなきゃならないんだよ!」

 

 井の頭の誕生日が近いということで誕生日プレゼントを買うために店に集まったオレ、池、山内の3人。

 池が会うなり開口一番そう叫んだ。

 池の目的は櫛田に会うこと。その櫛田がいないのだから池は不満タラタラだ。

 

「女子は先に買い物を済ませたんだろうな」

 

「くそーっ!桔梗ちゃんには会えなかったかー!綾瀬ちゃんも一緒みたいだし会いたかったなぁ!」

 

 池から綾瀬の名前が出てオレは意外に感じた。

 前回の試験では池も綾瀬と同じグループ。それなら松下が語った鼠グループでの出来事の当事者だ。

 ちなみに松下があの夜語った出来事はこうだ。

 優待者である自分を裏切るなら容赦はしないという脅しをかける。そして携帯を破壊するというパフォーマンスに加え、龍園の協力。

 鼠グループの面々は恐怖を覚えたはずだ。だが池はまるでそんなことなかったかのように振る舞っている。

 

「池は綾瀬が大丈夫なのか?」

 

「へ?大丈夫って、何が?」

 

 池はオレの質問に対してまるで何のことか分かっていない様子だった。

 

「いや、その......鼠グループで色々あったんだろ?」

 

「あー、綾瀬ちゃん凄かったなぁ。でも俺としてはポイント貰えたしラッキーていうか?」

 

「......そうか」

 

 能天気とはまさにこのことか。

 まぁ綾瀬のことを怖がって変に噂を流したり、距離を置かれるよりは大分マシだろう。池が綾瀬と同じグループだったことは結果的に幸いしたようだ。

 それからオレたちは散会し、各々誕生日プレゼントを探して回る。

 

「何が喜ばれるんだろうな......さっぱり分からない......ん?」

 

 店内を探して回ると、こんな場所にとても似合わない人物を見つけた。その人物は辺りをキョロキョロと見渡し、猛烈に険しい顔をしながら店内の可愛らしいペンが置かれているコーナーに立っている。

 

「......堀北?」

 

 その人物とは堀北鈴音。ピンク一面に染められたこの空間に恐ろしく似合ってない。

 

「......なによ。まるで私がこんな場所にいるのは似合わないとでも言いたげな顔ね」

 

「......まだ何も言ってないだろ」

 

 心を読まれたうえに物凄い睨まれてしまった。

 

「まさかお前も誰かにプレゼントを渡そうっていうのか?」

 

「......別にプレゼントじゃないわ。これは......そうね、新しいペンでも買おうかと思ってたのよ」

 

「お前がこんなところでペンなんて買うわけないだろ。お前の場合は絶対に機能か値段しか見ないはずだしな」

 

「............」

 

 こればかりはぐうの音も出ない正論だったようで堀北も何も言い返してこなかった。

 つまりこれは自分用ではなく誰かに渡すもの。堀北ならその相手を探るのも容易い。

 

「それは綾瀬のために買ってやるのか」

 

「......何故分かったの」

 

「いやすぐ分かるだろ」

 

 堀北の交友関係を探れば相手は綾瀬しかいない。

 

「しかし綾瀬にプレゼントなんて一体どういう風の吹き回しなんだ?今までそんなことなかったよな?」

 

 オレが知らないだけかもしれないが、多分堀北の性格上ない。

 オレが聞くと、堀北は重々しいため息をこぼしながら普段は見せない、どこか落ち込んだ顔になった。

 

「ど、どうした......?」

 

「ちょっとね。今朝綾瀬さんに......その、私が酷いことを言ってしまったの......」

 

「喧嘩みたいなものか」

 

「いいえ、喧嘩なんてものじゃない。私が一方的に彼女を突き放してしまったのよ......」

 

 どんどん言葉尻が弱くなる堀北。普段は言いたいことズバズバ言うタイプだからこそこういう姿はかなり珍しい。

 

「原因はなんなんだよ」

 

「情けないことに綾瀬さんと自分を比べてしまってね。無人島試験と船上での試験で何も出来なかった自分に嫌気が差してつい綾瀬さんにそれをぶつけてしまったわ」

 

 無人島では大量に食料を持ってきてクラスポイントに貢献、船上では大量のプライベートポイントを獲得。

 もちろん綾瀬1人の力ではないが、それでも綾瀬だからこそ出来たことだ。

 一方堀北は無人島では熱で途中リタイア、そして船上では龍園にしてやられた。比べてしまうのも無理はない。

 

「だからプレゼントを渡して仲直りしたいというわけか」

 

「私もそんな簡単に許して貰えるとは思わないけど、今まで誰かと仲直りなんてしたことがないからこうすることぐらいしか思いつかないのよ」

 

 交友関係がほぼないに等しい堀北なりに考えたってことか。

 

「綾瀬ならお前に何を言われたところで怒ったりなんてしないと思うが」

 

「そうかしら......」

 

 自信なさげな呟き。とことんらしくないな。

 

「あ!綾小路お前!全然見かけないと思ったら堀北ちゃんと何楽しく話してるんだ!」

 

「ずりーぞ綾小路!」

 

「げっ......」

 

 池たちに見つかってしまった。別に楽しく話していたつもりはないが、女子に飢えているこの2人に見つかってしまってはそう捉えられてしまう。

 

「悪いがオレは池たちのところにいく。何か協力出来そうなことがあれば連絡してくれ」

 

「......そうね。何かあったら連絡するわ」

 

 2人が仲違いしてしまうのはオレとしてもよろしくないので、そう言ってこの場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 井の頭の誕生日プレゼントを買えた私たちは少しカフェでおしゃべりした後に解散した。ポイントがあんまりないからもっと遊ぶのは二学期からだって。

 今はお昼ご飯も食べ終わった時間。私はある人に連絡してた。

 待ち合わせ場所はまたカフェ。カフェって結構好きなんだよね。

 少し待ってると連絡してた人が来た。

 

「待たせたな綾瀬。生徒とカフェで待ち合わせなんて私の教師人生で初めてだぞ」

 

「ごめんねサエ。呼びつけちゃって。ちょっと話がしたかった」

 

「構わない。こうして綾瀬と二人きりで話すのは久しぶりだからな」

 

 サエとはこの学校に来る前に会ったことがある。

 

「ちゃんとしたものは食べてるのか?まさかまたお菓子だけなんてことはないだろうな」

 

「お菓子だけじゃないけどお菓子ばっかりだよ」

 

「まったく......お前にお菓子を与えたのは失敗だったかもな。ちゃんと栄養はつけないと駄目だぞ?」

 

 私に初めてお菓子をくれたのはサエだった。

 今まで知らなかった食べ物に凄く感動したことを覚えてる。

 

「お前からの話もあるだろうが、これだけは聞かせてくれ。学校は楽しめているか?」

 

「うん。楽しいよ。この学校はいいよね。皆の顔がしっかり生きてて」

 

 前にいたところは皆が静かだった。誰も笑わない。それが当たり前の世界。

 

「......お前たちはまだ1年だからな。この時点ではまだそうかもしれない」

 

 サエは目を少し伏せた後、すぐに切り替えて笑った。

 

「私としてはいつかお前の笑った顔を見てみたいがな」

 

「私は笑い方を忘れちゃった」

 

「......そうか」

 

 静かなのは私も。

 

「さて、そろそろ本題に戻ろうか。何か私に相談があって私を呼んだんだろう?」

 

「うん。勉強が出来なくて困ってるんだ」

 

「そうか......お前の事情はある程度聞いていたから仕方ないとは思うが、この学校ではそうはいかないからな。勉強は堀北に教えて貰っているのか?」

 

「そう、なんだけど......」

 

 鈴音に教えてもらっても勉強はまだまだ出来ない。

 鈴音が悪いんじゃない。全部私が悪い。

 私の脳が、勉強する力を捨てちゃったから。

 

「なんだ、堀北と喧嘩でもしたのか?」

 

「......なんで分かったの?」

 

「分かるさ。これでも一応教師だからな」

 

「凄いね、サエは。サエだけじゃない。皆そう。皆は人の気持ちが分かる。私には、分からない。だから私は、誰かがいつの間にかいなくなってることにも気付かない」

 

 人の気持ちが分からないから、私は皆を置いていっちゃう。誰もついてこれない。

 私が前にいた場所では、後ろを振り返ったときにはもう誰もいなかった。もしかしたら鈴音たちだっていつかはそうなるかもしれない。

 

「綾瀬」

 

 サエが私の肩に手を置いた。

 

「勉強や友達、他のこともそうだが今は手に入れたものから残るものだけを手放さないように大事に掴んでいるといい。それを積み重ねていくことでお前は今よりももっと多くのものを掴めてるようになるはずだ」

 

「掴んだものがこぼれちゃったらどうするの?」

 

「そのときは拾えばいいだろう。自分で拾ってもいいし、自分でも気付かぬうちにこぼれてしまったなら誰かに拾ってもらえばいい」

 

 きっと私の気付かないところで私の手からこぼれたものはたくさんある。

 勉強、笑い方、涙の流し方、皆が当たり前だと思っているもの。

 今までずっと独りだったから、気付かないままだった。

 

「綾瀬。お前は私のようになるなよ」

 

「......サエもこぼしちゃったまま気付かなかったの?」

 

「いいや、私は私の手で大切だったものをなくしてしまったんだ。もう拾うことも出来ない」

 

 そう言うサエの顔は寂しそうだった。

 

「サエ────」

 

「大丈夫だ。気にするな」

 

 サエが私の頭を撫でた。前髪が目にかかって目を閉じる。

 目を開けるとサエはいつも通りになっていた。

 

「もし勉強に行き詰まったらまた相談しろ。もしくは友達を頼るんだ。いいな?」

 

 サエは席を立った。

 

「もう帰っちゃうの?」

 

「生徒と教師がこうして休みの日に一緒にいたら周りの目を引くからな」

 

「私は別にいいのに......」

 

「私の立場ではそうはいかないんだ」

 

 そう言い残してサエは帰った。

 サエの言ってたこと、しっかり覚えておく。

 

「......買い物しよっと」

 

 私は買い物するためにさっきの店に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。井の頭の誕生日プレゼントは無事買えたオレは自室で特にすることもなくボーッとしていた。

 オレたちはポイントを出し合って何を買うか決めた。選ばれたのは井の頭が好きな(山内の情報)白熊シリーズのぬいぐるみ。そんなもの貰ったって何の役にも立たないし、部屋のスペースを無駄に使うだけだと思うんだが......ちなみにオレが選んだ携帯カバーや保護フィルムは山内に酷評され軽く自信を喪失した。

 

「プレゼントは難しいな......」

 

 そういえばプレゼントと聞いて堀北と綾瀬のことを思い出した。

 堀北は何かあったら連絡すると言ってたし、綾瀬にでも話を聞いてみるか。

 オレは綾瀬に電話をかけた。

 電話を掛けて数秒も立たないうちに繋がる。

 

『......もしもし?』

 

 少し前まで電話をするのに手こずっていたあの綾瀬が普通に携帯を扱えるようになっていて若干の感動を覚える。

 

『あ、あれ?もしもし......?』

 

「あぁ、すまない。綾小路だ。少し話がしたくて電話を掛けた」

 

『話って何?』

 

「堀北から少し事情を聞いてな。昨日堀北と少し揉めたんだろ?一体何があったのかをもう少し詳しく知りたい」

 

 堀北は一方的に酷いことを言ったと思っているようだが、実際にその現場を見たわけではないからな。

 綾瀬は昨日あったであろう出来事を語り始めた。会話の内容を覚えていたようなので状況を把握することはできた。

 

『綾小路。私はどうして鈴音を怒らせちゃったと思う?』

 

「それは本人にしか分からないことだ。堀北と直接話をした方がいいかもな」

 

 ある程度察することは出来るが、それは本人の口から聞かなければ意味がない。

 

『私は鈴音と仲直りがしたい。だから鈴音ともう一度話がしたい』

 

「分かった。それならオレが堀北に連絡してやるから待ち合わせしよう」

 

 それからオレは堀北に連絡し、綾瀬と話をするように伝えた。どちらも大丈夫そうなので時間は大体20分後ぐらいに集まるようにしておく。

 待ち合わせ場所は寮から少し離れた学校へ続く並木道を抜けた先の休憩所。ここにはいくつかのベンチと自販機が置かれていて休憩所としては有名なスポットだ。だが夏休み中は誰かがいることは殆どない。

 一足先にオレが待っているとやってきたのは堀北だった。

 

「まさかお前が先に来るとは。まだちょっと早いんじゃないか?」

 

「なんとなく早く来たかったのよ」

 

「1分1秒も無駄にしたくないくせに?」

 

「......綾瀬さんに話を聞いたのね」

 

「まぁ少しだけ事情を聞いた。お前は綾瀬のことになると途端にらしくなくなるな」

 

「......私はいつも通りよ」

 

 全然そうは見えない。他の連中にもそんな感じだったら少し可愛げがあるのに。

 堀北はため息をつき、ベンチに座った。その表情はどこか自嘲気味だった。

 

「勉強をしているときだけに限るけれど、そのときの綾瀬さんはまるで自分を見ているみたいだわ」

 

「どういうことだ?」

 

「綾瀬さんは必死に勉強しても思うような成果を上げられないことに焦って歯がゆい思いをしている。私もその気持ちはよく分かるのよ」

 

 『お前が?』と口に出しかけたが、思ったが、すぐに堀北の言っていることを理解する。

 兄貴か。堀北も優秀ではあるが、この学校の生徒会長で人望も能力も持ち合わせた兄には到底敵わない。

 堀北もその兄に追いつくよう努力はしたんだろう。だが思うようにはいかなかった。

 

「情けない弱音をこぼしちゃったわね」

 

「別に構わない」

 

 普段は絶対に見せない弱音。それぐらいは拾ってやろう。

 それから会話もなく待つオレたち。程なくして綾瀬がやってくる。

 

「......ごめんね。待たせちゃった?」

 

「い、いえ。そんなに待ってないわ......」

 

 どこか気まずそうな面持ちで出迎える堀北。堀北にそんな表情をさせられるのは綾瀬か堀北兄しかいない。

 

「......」

 

「......」

 

 両者何から話せばいいか分からず固まっていた。

 仕方ない。助け船をだしてやるか。

 

「堀北。渡したいものがあるんじゃないのか?」

 

「......!そう、ね。あの......」

 

 堀北は白熊のイラストが彫られたシャープペンシルを取り出した。

 

「綾瀬さん......私はあなたに酷いことを言ったわ。あなたが一緒懸命苦手な勉強に向き合っているのは分かっている。それなのに私はそんなあなたを見放してしまった。とても、申し訳ないことをしたわ......ごめんな────」

 

「待って鈴音。これ......私のと同じだ......」

 

 堀北が謝罪しようとしたとき、綾瀬もポケットからあるものを取り出した。

 綾瀬が取り出したのは堀北と全く同じ白熊のイラストが彫られたシャープペンシル。

 

「その、私、鈴音に勉強を見てもらって凄く感謝してる。だから、そのお礼と思って......」

 

「............」

 

「......鈴音?」

 

 堀北は驚いた顔で固まっていた。

 それを見て心配そうに覗き込む綾瀬。

 そして─────。

 

「ふ......」

 

 堀北の口からこぼれる小さな息。まるで思わず吹き出してしまったかのようなもので、表情を見ると、ニヤける顔を必死に抑えているような、そんな顔だった。

 堀北は咳払いをした後、表情を戻す。

 

「まさか同じものを買っているだなんて思わなかったわ。これじゃあお揃いね」

 

「......そうだね。でも、私は鈴音からそれをもらいたい」

 

「不思議ね。私もあなたからもらいたいわ」

 

 堀北と綾瀬はお互いに同じものを交換した。お互い同じものであれば交換する意味はない。それぞれが買ってきたものを自分で使えばいい。

 だが─────。

 

「そういうことじゃない、か」

 

 相手からもらったものであればその分気持ちや思いがこもっている。それがプレゼントってやつなんだろう。少しはオレも学べたようだ。

 

「綾瀬さん、昨日は酷いことを言ってしまってごめんなさい」

 

「私も、ごめんなさい。きっと私は鈴音を傷付けた。どうして傷付けたかのは......ごめん、分からないんだけど......」

 

 しゅんとしながら頭を下げた綾瀬に堀北は視線をあわせるように屈んだ。

 

「いいのよ。ただ、これだけは言わせて。あなたにはもう少し自分を誇ってほしいの。私はあなたに助けられているし、あなたの頑張る姿を見て私も頑張ろうと思えることだってある。私はあなたのことを大したことないなんて思わないわ」

 

「私だって鈴音のこと凄いと思ってる。だから私も......鈴音に自分のことが駄目だって思って欲しくない」

 

「自分のことが駄目だなんて思っていないのだけれどね。むしろ自分が劣っているだなんて思えない」

 

「でも昨日は思ってた。そして、今も」

 

 普段は自分が一番みたいな態度の堀北も兄貴や綾瀬の前ではそうはならない。

 

「......そうね。認めるわ。兄さんやあなたを見てると自分が実力のない子供みたいだと思っていた。綾瀬さんに言ったことがそのまま跳ね返って来ちゃったわね」

 

 自分のことを過大評価していては人は成長しない。だが同時に過小評価しすぎていても成長することはない。

 

「綾瀬さん。問題よ。私だけでなくあなたも間違っている。これを英訳してみて」

 

「急にどうした。それは綾瀬には難易度が────」

 

「You as well as I are in the wrong.でしょ?」

 

「おぉ......」

 

 思わず声が出た。綾瀬の口から流暢な英語が出たのもそうだが、あの綾瀬がしっかり完璧に英訳してるのだからそんなの驚くに決まっている。

 

「鈴音。これからもっともっと一緒に頑張ろ」

 

「そうね。あなたには頼りにさせてもらうわ。そして私もあなたの力になれるように頑張る」

 

 2人は互いに手を取り合った。

 これで仲直りだ。

 

「いやぁ良かった良かった。2人が頑張ってくれるならしばらくは楽が出来そうだ」

 

 懸念事項が払拭されたことでつい緩んでしまい、オレはそんな言葉をこぼす。

 

「は?あなたは何を言っているの?これからもあなたにはしっかり働いてもらうに決まってるじゃない。これからも頑張ってね」

 

「そうだよ綾小路。綾小路も凄いんだからもっとやる気出して」

 

「いやもう充分頑張ったから。無人島ではリーダーを当てたし、船上でもクラスポイントをだな......」

 

「そうね。だからこれからもその力でぜひクラスに貢献して欲しいとお願いしているじゃない?」

 

「そう。これからも綾小路の力、必要」

 

 ぐいっと距離を詰めてくる堀北と綾瀬。圧が凄い。

 さっさと逃げたいが綾瀬から逃げ切れるとも思えない。

 余計なことを口走らなければ良かった......。

 

 

 

 

 




まだまだ回収しきれてないイベントはありますが(軽井沢とか本作ではなぜ兎グループに一之瀬がいたのかとか)夏休み編はここで終了します。早く本編を進めたくなってしまった。

次回はいつもとは少し違う始まり方、というか綾瀬以外の独白から始まります。綾瀬の独白もありますけど。5巻ではよう実において非常に重要な単語が出た回でもあるので、こちらでも物語の核心に少しずつ触れていきましょう。

以下、アンケートについてです。

まずはアンケートのご協力ありがとうこざいました。
僕的にはジョーカーと8で別れると思っていたのですが、まさかジョーカーがここまで差をつけるとまでは思っていませんでした。皆さんが綾瀬をジョーカーとしての力があると評価してくれたことを嬉しく思います。
ちなみに僕は8と答えます。8は出した時点で強制的に自分のターンにするカード(ジョーカーも単体で出せば似たようなことは出来るがスペ3返しの可能性がある)なので場を支配したりぶち壊したりする綾瀬にはピッタリかなと思っていました。あと8は切ってさえしまえばジョーカーすら手を出せない、といった点も個人的には魅力的かなと思います。
大富豪を極めた訳ではありませんが、8って勝利への一手としてかなり重要なカードだと僕は思うんですね。よく8を出して自分のターンにしてやりたいことをやって勝つムーブをしていたような気がします。
他の数字も予想とは全然違くて、結果を見てとても楽しめました。改めてご協力ありがとうございました。

綾瀬心音を大富豪に例えるとどのカードになりますか?

  • ジョーカー
  • 2
  • 1
  • J(11)
  • 8
  • 3
  • その他の数字
  • わからない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。