簡単に概要を説明すると、白黒で構成された部屋から一切出たことがなく、白黒のモニター、教科書を通じてあらゆる知識を吸収したメアリーという女性が、外の世界に解放され、初めて色を見れば彼女は何を学ぶのだろうか?といったものです。
何だかまるでホワイトルーム生がメアリーみたいだと思いませんか?
第49話 とある被験者の独白/彼女を歪ませる雑音
私の足は歩き方を忘れてしまった。
それは私にとって必要のない機能だったから。
私の筋肉はペン以上の重さのものを持てないほどに衰えた。
それは私に求められている機能がそれ以上の筋肉を必要としなかったから。
最初は人間として本来あるべき機能が壊れていく自分を受け止めることが出来なかった。
辺り一面が白に染められたこの施設では元々あった私という存在はいとも容易く塗り潰される。
元の私はどこにいったの?
今の私は誰?
これは私たちのための『救済』。
そう言われたけど、すぐ修復不可能になる欠陥品にされた私たちに最初は救いなんてあるとは思えなかった。私だって何度死にたいと願ったか分からない。
でも────綾瀬先輩がいてくれたから、私は今日まで生き抜くことが出来た。
唯一の成功例。私の先輩。
私の神様。私の救世主。私の希望。私の光。私の全て。私の、私の私の私の私の─────。
ミラーガラス越しに見るあなたの姿は他の何よりも美しかったです。
躊躇うことなく自分を壊すあなたを見て、私もあなたのようになりたいと思えました。
あなたのおかげで『救済』という言葉を理解することができました。
塗り潰される白になるんじゃない。塗り潰す白になるんですよね。あなたのように。
私は綾瀬先輩の隣に立つ資格を手に入れます。
私でしか綾瀬先輩の壊したものを補なうことなんて出来ない。
私と綾瀬先輩なら『アイツら』ごとき軽くひねり潰せる。
私と綾瀬先輩なら────綾小路清隆だって葬ることが出来る。
何万回やったか分からないトレーニング。
腕も足も、何回駄目になったか分からない。
初めは痛いのは分かった。それでも、私の身体は動くことが出来た。
このときの私には分からなかったんだ。痛いからって動けなくなっちゃう皆のことが。
皆がよく言う辛いって何?苦しいって何?
どうして立てないの?どうして何も出来なくなっちゃうの?
そして、いつの間にか痛みも分からなくなった。
「このカリキュラムに耐えられるなんて......アレはもう人間じゃない......!」
「もしあの怪物が暴れ出したりなんてしたら我々は終わりだ!私はこのプロジェクトを降りる!」
「おい!アレの前でそんな物騒な言葉を使うな!もしそんな言葉をアレが覚えたらどうする!」
「静かにしてくださいよ......!あの怪物がこっちを見てるじゃないですか......!」
大人の人たちは私のことでよく喧嘩してた。
「ねぇ」
「......っ......」
だけど私が話しかけると大人の人たちはピタッと静かになってた。
「ねぇ、ねぇねぇ、おしえて、教えて?なに、何をすればいいの?こわす、壊す?だれ、誰を?わたし、ワタシ?私......あなた?不良品、おとな、こども、壊す、なおす、直す......治す?こわして、治して......そうだ、こわすんだ。うん、コワスコワスコワス......」
「ひぃっ......!!」
大人の1人は尻もちをついた。
大人の1人は逃げようとした。
大人の1人は動けなくなっていた。
皆に言えることは、とにかく怯えていた。
このときの私は喋ることも上手く出来なかったな。だから誤解させちゃってたかも。
何も考えていなかったから怖がらせるつもりなんてなかったのに。
「ここからは綾瀬心音を制御させるためのカリキュラムを組むべきだ......」
「ですが......それでは『本来の目的』から外れてしまうのでは......?」
「それでいい!今のままでは危険過ぎる......」
「まずは力のコントロール......そして道徳教育を徹底させるべきです......!絶対に綾瀬心音が危険な思想を持たぬように......!」
それから私は痛みというものをちゃんと教えてもらった。
人を簡単に傷付けてはいけないことを教えてもらった。
救いとは何かを教えてもらった。
神様とは何か、罪とは何か。
人間としてのあり方、生き方。
慈悲、哀れみ、安らぎ。
人を壊さないために、色んなことを教えてもらった。
でも─────結局たくさんの人が壊れた。
私は教えてもらったことを正しく理解することが出来なかったんだ。
あのときのようにはならないように、しなきゃいけない。