ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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第51話 不思議の国のアリス

 2時間目のホームルームは全学年の顔合わせとなっていた。

 体育館に集められたのは、総勢400名以上にもなる教師と生徒。

 

「おー......人がいっぱいだね......」

 

 綾瀬は周囲を見渡しながら呟いた。

 対して堀北もどこか落ち着かない様子で周囲を見渡している。生徒会長である兄貴を探しているのだろう。だが人が多すぎてクラスが分かっていても簡単には視界に入ってこない。この群衆をかき分けてもっと近くにいければそうではないだろうが......。

 集められた生徒たちは座るように指示をされ、代表者らしき人物が前に出る。

 

「俺は3年Aクラスの藤巻だ。今回赤組の総指揮を執ることになった」 

 

 生徒たちの視線が藤巻という上級生に集まった。

 どうやら堀北の兄貴が仕切るわけではないらしい。

 

「......あれ?綾瀬は?」

 

 さっきまで近くにいた綾瀬がいない。

 視線を藤巻から少し移して見渡すだけでその姿はすぐに見つけられた。なぜなら綾瀬は3年Aクラスの生徒たちが集まる場所にいたからだ。

 

「こんにちは橘。橘と私は仲間なんだって。一緒に頑張ろうね」

 

 橘といえば確か生徒会で書記を務めていた3年生の名前だ。橘書記は藤巻に視線を向けていたため、綾瀬に声を掛けられたことで驚いたように跳ね上がった。藤巻に集まっていた視線がそちらに移る。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!どうしてあなたがこんなところに......!」

 

「橘を見つけたから声を掛けたんだ......あ、学もいた。そういえば夏休み中に生徒会室の工事してたのって終わった?今度遊びにいってもいい?」

 

「俺の任期が終わらない内であれば構わん。お茶ぐらいは出してやろう」

 

「会長もなんで普通に対応してるんですかっ......!今大事な話をしてるところなんですから空気を読んでください.....!」

 

「あ、今って大事な話をしてたんだ......えと、藤巻?だっけ。ごめんね、邪魔しちゃって。そのまま話してて大丈夫だよ」

 

「あ、あぁ......」

 

 藤巻はもちろん赤組の生徒たちは上級生を含めてほぼ全ての生徒が綾瀬に困惑していた。

 赤組の総大将様が相手であろうがいつもの態度を崩さないし、これだけの注目を浴びてもまったく気にしていない。さすが恐れ知らずの綾瀬心音である。

 

「綾瀬さんのああいうところはたまに羨ましいとも思ってしまうわね......」

 

 自分の兄貴に引け目を感じて声も掛けられない堀北からすれば綾瀬を羨んでしまう気持ちも分からなくもない。ただ、あればかりは誰にも真似出来ないだろうな。

 それから藤巻の有難いアドバイスを貰った後、各学年で集まり方針について話し合う時間が設けられる。

 

「さぁ!早く自分のクラスに戻ってください......!」

 

「体育祭が終わったらまたご飯食べに行こうね」

 

「はぁ......ちゃんと頑張ったら、ですからね。あなたには期待してますよ」

 

「うん、頑張る」

 

 橘書記に促されてようやく綾瀬も戻ってきた。

 綾瀬が戻ってくる姿を見ていると、その視線の先にいる上級生たちの姿も自然と見えてくる。そしてオレは『ある点』に気付いた。

 

「......まぁこの学校ではよくあることなんだろうな」

 

 思わずこぼれるそんな呟き。

 

「どうしたの?綾小路?」

 

「いや、なんでもない。それよりも一緒にご飯を食べに行く仲になっていたのか。仲が良いんだな」

 

「うん。橘といるのは楽しい」

 

 初めて会ったときは生意気だって言われていたのに橘書記も何だかんだ行って綾瀬のことが気になっていたりするのだろうか。

 

「奇妙な形で共闘することになったがよろしく頼む。出来れば仲間同士で揉め事を起こすことなく力を合わせられればと思っている」

 

「僕も同じ気持ちだよ葛城くん。こちらこそよろしくね」

 

 葛城と平田は互いに協力していくことを表明しあう。

 手を組んで仲間同士で足を引っ張ることのないよう協定を結ぶ場とも言える。

 

「────話し合いするつもりはないってことかな?」

 

 少し離れたところから、一之瀬の声が体育館に響いた。一之瀬は同じ白組の仲間であるCクラスのリーダー龍園翔と対峙していた。

 

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところでお前らが信じるとは思えない。結局腹の探り合いになるだけだろ?だったら時間の無駄だ」

 

「なるほどー。私たちのことを考えて手間を省こうとしてくれてるんだねー。なるほどー」

 

「そういうことだ。感謝するんだな」

 

 龍園は小さく笑い、Cクラスの生徒全員を率いて歩き出す。

 

「早くも動き出した、ということでしょうか」

 

 こちらの陣営からBクラスとCクラスを見ていた生徒が呟く。

 その生徒はこの場で一際異彩を放つ小柄な少女だった。

 ただ一人椅子に座り、その手には細い杖が握られている。

 

「彼女は坂柳有栖。身体が不自由なために椅子を使用しているが理解してもらいたい」

 

「あれが、坂柳......」

 

 オレの傍で小さく呟いた綾瀬。

 Aクラスで葛城と勢力を二分するという噂のもう1人のリーダーか。

 

「めっちゃ可愛いじゃん......」

 

 Dクラスの男子が騒ぎ立てるのも無理はない。

 櫛田や佐倉とはまた違う可愛さ、美しさがある。

 この感覚はあれだな。教室で初めて綾瀬を見たときと同じ感覚。坂柳は雰囲気だけで言えばかなり綾瀬に近い少女だ。

 綾瀬と同じようにまるでそこだけ世界が違う、そんな強い存在感を放っている。

 

「私、ちょっと行ってくる」

 

「え?あ、おい......」

 

 また綾瀬がふらふらとどこかに行ってしまう。本当にどこまでも自由な少女だ。

 綾瀬はAクラスの葛城たちとは反対の方向へ向かった。そのことに気付いた金髪でチャラい雰囲気の生徒が綾瀬に近づく。

 

「よ、綾瀬。この前の鼠グループ以来だな。元気にしてたか?」

 

「こんにちは橋本。元気だよ」

 

「全くお前さんは相変わらず滅茶苦茶だなぁ。あの場で生徒会長に話しかけられるってどんだけ恐れ知らずなんだよ。しかも下の名前で呼んでるし」

 

「学とは結構前から知り合いなんだ」

 

「マジかよ凄ぇなぁ......あの生徒会長は俺でも話しかけられないぜ」

 

 あれが橋本か。前回の試験で同じグループだったよしみなのか綾瀬とは親しげな様子だ。

 

「それで、綾瀬は体育祭について話し合いに来たのか?」

 

「ううん、私は坂柳に会いに来た」

 

「え?」

 

 橋本と話していた綾瀬は坂柳の方に身体を向け、ペコッと頭を下げた。

 

「こんにちは坂柳。初めまして......で、いい......んだよね?」

 

 綾瀬が坂柳に話しかけると、坂柳の傍にいた生徒たちは静まり返った。橋本も驚きで固まっている。

 

「初めまして。あなたが綾瀬心音さん、ですね。噂はかねがね伺っておりますよ」

 

「私はね、あなたの話を聞いてからあなたに会ってみたかったの」

 

「それは光栄です。実は私も同じ気持ちでした。あなたには一度お会いしたかったです」

 

 いきなり近づいてきた綾瀬にも笑顔で対応する坂柳には余裕を感じた。

 

「おぉ......!なんか絵になるなぁ......あの2人......!」

 

 池の言う通り儚げな美少女2人はとても絵になる。

 ただ綾瀬をよく知るオレからすれば綾瀬に儚さなんてものは微塵もないことを知っている。あの堀北兄の攻撃ですら余裕で捌く戦闘力をもった人間に儚いという表現は大きな間違いだ。

 おかげで坂柳という少女にも綾瀬と同じような牙があるのではないかと勘ぐってしまう。  

 実は身体が不自由というのは嘘で、あの杖を武器にしながら綾瀬並みの戦闘力で攻撃してくるんじゃないか?

 ......さすがにないな。綾瀬のせいでだいぶバトル漫画みたいな脳になっているのかもしれない。

 ただ実際坂柳は葛城と対立しているAクラスのリーダーと聞く。今のところ攻撃的といった要素は見受けられないが、明らかに葛城と坂柳の間で分かれるように立つAクラスの姿から坂柳も派閥のリーダーなんだと嫌でも分からされる。

 

「ところでお前たちの協力関係だが......」

 

 葛城と平田は話を進めていたが、オレの注目は綾瀬と坂柳の方に向いていた。

 

「坂柳は運動出来ないの?」

 

「はい。先天性心疾患を患っているため一切の運動は禁止されています」

 

「......先天、性......心疾患?」

 

「生まれつき心臓が悪い、ということですよ」

 

「へぇ......」  

 

 綾瀬は坂柳をジッと見つめているようだ。この角度からではその瞳は見えないが。

 

「体育祭については申し訳ありませんが全ての競技に不参加となります。自分のクラスにもDクラスの方々にも迷惑をおかけするでしょう。そのことについてはまず最初に謝らせて下さい」

 

「謝ることはないよ。僕らはその点を追求することはないから」

 

 自らの身体の弱さを謝罪した坂柳に対し、葛城との話もそこそこ固まったであろう平田が近づいてきてそう言った。そしてDクラスの面々も特に不満を漏らすようなことはない。  

 

「お心づかいありがとうございます」

 

「坂柳。平田の言う通りそれは大丈夫。あなたの分まで私が勝つから。皆でやるやつも私がいれば絶対に勝てる」

 

 大胆不敵とも呼べる綾瀬の発言にAクラスの生徒たちは目を丸くした。綾瀬をよく知るDクラスの生徒たちですらそうだ。

 

「フフ、綾瀬さんは心強いお方ですね。その自信の源には興味があります」

 

「私もね、あなたのことが気になるんだ」

 

「そう言っていただけるのは嬉しいですが、なぜそこまでして私を?綾瀬さんにそこまで興味を抱いていただけるようなことをした覚えはありませんが......」

 

「んー......あなたが運動を出来ないから」

 

「それは......同情、ということでよろしいでしょうか」  

 

 オレも哀れみの類いなのかと思ったが、綾瀬は首を振ってすぐに否定する。

 

「ううん、全然違う。私はあなたが可哀想だなんて思わない。私はあなたがいなくならなくてよかった、そう思ってる」

 

「............」

 

 いなくならなくてよかった......?どうして今の会話の流れでその言葉が出てくるんだ?

 坂柳も綾瀬の言動をよく分かっていないのか、綾瀬を観察するように眺めていた。

 そして、坂柳は面白そうに笑い始める。

 

「ふふ、ふふふ。どうやら私はあなたのことを()()()()()()()()()()。おかげで少しだけ楽しみが増えました」

 

「そう?それは良かった」 

 

 何かに納得した様子の坂柳だが、オレには何のことだか分からない。

 

「ところで綾瀬さんはカフェはお好きですか?」 

 

「うん。結構好き」

 

「それなら今度一緒に行きましょう」

 

「いいよ。あ、連絡先を交換してもいい?」

 

「はい。いつでも連絡して下さい」

 

「分かった。ありがとう」

 

 互いに連絡先を交換し始める2人。

 本来であればこの場は体育祭の打ち合わせのために設けられたもののため、打ち合わせのために連絡先を交換するなんてことはあるかもしれない。

 だがあの2人を見ていると、ここがそういった目的で設けられた場であることを忘れてしまいそうになる。

 

「ねぇ坂柳。今度あなたのところに遊びにいってもいい?」

 

「えぇ、歓迎しますよ。綾瀬心音さん」

 

 そしてそんな2人のやり取りを生徒たちは不思議そうに見つめている。特にAクラスの生徒がそうだ。

 オレはそんな光景をまるで綾瀬と坂柳が創り出した不思議な空間に迷い込んでしまったようだなと思った。

 




坂柳とは儚げ(大嘘)コンビ、ひよりとは天然コンビ、いつ登場するかは未定ですが変人コンビが控えていたりと色々なコンビが組める綾瀬は割と動かしやすい。
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