次のホームルームからは本番に向けて皆で練習。
私は鈴音とジャージに着替えてグラウンドに行く。
「うお!おいあれ見ろよ!」
池が驚きながら教室の窓に指を差した。そこはBクラス。人がいっぱい見てる。
あ、一之瀬と目が合った。手を振ると、一之瀬も笑顔で返してくれた。
「あれって偵察かぁ......?それにしても多すぎだろー......」
「隣のAクラスも見てるぜ」
隣を見ると今度は坂柳と目が合ったから手を振る。坂柳も一之瀬と同じで笑顔で返してくれた。
「これは......凄いな......」
着替えてきた綾小路も皆がいることに気づいた。
「大半の目的は綾瀬さんでしょうね」
「私?」
「あなたは徹底的にマークされているわ。だけど気にすることなんてないのよ。偵察されたところであなたに勝てる人なんていない」
普段は勉強で皆に迷惑をかけてるから絶対に負けない。
「......なぁ堀北。少し違和感を感じないか?」
「違和感?あぁ、Cクラスのことを言っているのね」
Cクラスはこっちを見てなかった。
「いや......まぁ、そうだな」
「何よ。歯切れが悪いわね」
「気にするな。それよりも龍園のことだが、どう思う?」
「......誰だって他クラスの情報は欲しい。それに綾瀬さんに興味を持っている龍園くんなら尚更。だけど彼はその素振りを見せない。まさか彼はもう勝つ戦略を思いついているとでも言うの?」
「そういうことだ」
勝つ方法。それは鈴音がカフェで考えてたこと。
私も勝つ方法を考えてみる。
んー......とりあえず私が勝てばいい。思いついたのはこれだけ。
「鈴音。ちょっといいか」
須藤が鈴音に声をかける。
「あなたが私を下の名前で呼ばないで」
「なんでだよ。綾瀬も呼んでるからいいじゃねーか」
「......綾瀬さんはいいのよ。でも他の人には呼ばれたくないの」
「ぐっ......」
須藤は私を羨ましそうに見た。
伊吹も下の名前で呼ばれたくないって言ってた。鈴音もそういう人。でも私はいいって言ってくれたことは嬉しかった。
「ならよ、今度の体育祭、Dクラスで俺が一番活躍出来たら......そのときは下の名前で呼ぶ許可をくれ」
「頑張るのはいいことだけれど、どうしてそれに私が応えなければいけないの?」
「......入学して早々、お前は俺を救ってくれただろ。だからお前とはちゃんとした恋......いや、友達になりたいと思ってる。そのためのステップってやつだ」
須藤は鈴音に救われていたんだね。
私は須藤が鈴音に何を壊されて、治したのか気になった。
「理解は出来ないけど、まぁいいわ。あなたが一番活躍したのなら、そのときは下の名前で呼ぶことを許可する。ただし学年で1番を取ること。そして綾瀬さんに勝つことね」
「おっしゃ!約束だぜ。お前には負けねーからな!綾瀬!」
「分かった。頑張ってね」
須藤は嬉しそうに走って池たちのところにいった。
「綾瀬さん。あなたなら須藤くんにも勝てるわ。全力で彼を負かしてあげなさい」
「堀北お前......えげつないな......」
「何が?理由は分からないけれど、せっかく彼がやる気を出してくれたのよ。良いことづくめじゃない」
鈴音には勝つように言われたけど、須藤は嬉しそうだったし須藤には負けてあげようかな。
Dクラスの皆はどんどん練習をしていく。
色んな記録を取って、色んな競技のために皆の力を把握する。
平田は参加するのもしないのも自由にしてたから全員じゃないけど、それでも殆どいる。
「はぅ、あぅ、ふぅ......」
「佐倉。大丈夫?」
「綾瀬さん......うん......」
佐倉はあんまり運動が得意じゃない。それに走るのも他の人よりも辛いと思う。だって佐倉は胸が大きいから。
私は殆どないから抵抗を受けないけど、佐倉は......凄いと思う。
「心音ちゃん凄いねー!どの記録でも須藤くんと渡り合ってるよ。ね、皆もそう思わない?」
近くにいた桔梗がそう言って、皆に話しかけた。
「二人とも本当に凄いよなぁ」
「これなら本当に私たち勝てるんじゃない?」
「うんうん!いけるいける!」
皆嬉しそう。
「私いいこと考えた!今回の体育祭、須藤くんが男子のリーダーで、心音ちゃんが女子のリーダーをやるっていうのはどう?」
「は?俺が?」
「え?私?」
私と須藤は同時に同じようなことを言った。
「それには僕も賛成だよ。体育祭はまさに運動が出来る生徒の場だからね。二人が引き受けてくれるなら心強いよ」
「つっても俺はリーダーってガラじゃねぇしな......」
「私も」
私はリーダーって平田や櫛田みたいな人がやるべきだと思ってる。きっと私の役目じゃない。
「綾瀬さん。これも良い経験よ。確かにあなたは論理的に物事を教えられるタイプじゃない。でもあなたの強力な力はクラスを引っ張るために必要な力になるわ」
「堀北!俺はどうなんだよ!」
「......まぁ、あなたにも同じ事が言えるかもしれないわね」
「......分かったぜ。俺がDクラスを勝利に導いてやるよ。そのためにも男子どもは俺が面倒見てやんねーとな。女子はお前に任せたぜ、綾瀬」
「え、っと......」
私は迷ってた。
役目じゃないことをやる。それはきっと良い結果を生まない。私が勉強しても良い結果を生まないのと同じ────ううん、違う。勉強は頑張るって決めたんだ。
「私も、分かった。リーダー、やる」
「ありがとう!もし困ったことがあったら相談して欲しい。君たち二人だけに負担を強いるつもりはないからね」
平田は優しい言葉をかけてくれた。
リーダーも頑張ってやってみる。
早速リーダーとして活動を始めた綾瀬と須藤の二人。翌日から生徒を集めて指導を始めた。綾瀬は昨日体育祭の競技を一通り堀北に教えてもらったらしい。
それにしても綾瀬がリーダー、か。オレとしてはあまり歓迎するべきことではないが、悪いことばかりではない。
男子を纏める須藤リーダーの初日の仕事は綱引きのコツの伝授だった。
「ったく、お前ら全然駄目だな。こういうのは力も重要だけどな、腰を使うんだよ腰を」
粗い口調ながらも、各生徒に本格的な指導を始めた。
一方女子を纏める綾瀬リーダーは......
「女の子の皆でも速く動ける方法を教えるね。鈴音、私の2歩先ぐらい前に立って」
「私が......?どうして?」
堀北は困惑しながらも綾瀬に言われた通り綾瀬の2歩先に立つ。
「皆はどうやったら速く動けると思う?」
「やっぱり思いっ切り地面を蹴る......とか?」
「ただ力を入れるだけじゃ駄目」
「じゃあどうするの?」
「体重を────抜く」
そう言って綾瀬は本当にごく僅か身体をフッと沈めた後、スライドしたかのような動きで堀北との距離を一瞬で詰めた。その動作には一切の無駄がなく、目で追えたものはほぼいないだろう。
「────っ......」
あまりにも一瞬だったため堀北はもちろん、それを見ていた生徒たちは呆気に取られている。
まさか今のは......『抜重』?いや、それだけじゃない。『縮地』までも......。
どちらも古武術で使用される身体操作の技。
抜重は膝を軽く曲げたり、足首を脱力させることで身体の重心を下げ、普段立つために使っている力を一時的に加速やステップに使うもの。
縮地は体軸の重心を移すことで自身の体重が重力の影響をより強く受けることを移動に活用するもの。身体を前に傾けたときに自然と片足が出ることをイメージすれば分かりやすいだろうか。
どちらもかなり高度な技術。どちらか片方を習得し、使いこなせれば達人と呼べるぐらいだ。その二つを組み合わせて使う人間などオレは見たことがなかった。
「これで距離を詰めればすぐに攻撃出来るよ。じゃあ次はこの距離でも出来る攻撃を......」
「待ちなさい綾瀬さん。あなた、何を教えようとしてるの?」
「え?棒倒しで邪魔されたときに相手を倒す方法」
「そんなことしたら間違いなく反則よ......それに棒倒しは男子しかやらないわ」
「あ、そうなんだ......」
......本当に大丈夫なんだろうか。少し心配になってきたぞ。
それから再び綾瀬の指導も再開したが、思っていたよりも指導は上手くいっていた。
「前園、あなたは走る体勢を意識するといいかも。姿勢がブレると無駄な力が生まれちゃうから。園田、綱は腕だけで引いたら力も出ないし疲れるよ。身体も使ってやってみて」
「ごめん綾瀬さん!こっちも見てくれない?騎馬が上手くいかなくって」
「ん......篠原、あなたは先頭だから走るときに前のめりになっちゃうのは分かるけど、もっと背中にも力を......」
「まるでコーチね......見直したわ」
堀北は綾瀬に感心していた。かく言うオレも感心している。
まず綾瀬は身体操作の理解が半端じゃない。たまに言葉で上手く伝えられていないこともあるが、それでも何となく言っていることは分かるのは的確な動作を教えようとしているからだ。
そして出来ない人間にもしっかり教えてあげる優しい性格も相まって女子も積極的に綾瀬を頼っていた。
「凄いね綾瀬さん。女子の皆の動きがどんどん良くなってるよ」
近くに来た平田も全体を見渡しながらそう言った。綾瀬のおかげで平田の負担も減っているようだ。
女子は綾瀬に任せれば問題なさそうだな。オレは須藤に視線を向ける。
「須藤も結構真面目にやってるみたいだな」
「私としてもアレがなければ褒めても構わないのだけれど......」
アレ?そう聞き返そうとしたときに怒鳴り声が響く。
「だからそうじゃねーって言ってんだろ!」
グラウンドの土を蹴り、池たちに向かって砂塵を巻き上げる。
「どわっ!ぺっぺっ!やめてくれよ!くそー!俺たちも綾瀬ちゃんに教えてもらいたいぃ!」
堀北がそれを見てため息をつく。確かにすぐに乱暴になるのは問題だな。
指導者は自分と相手が根本的に違うということをしっかりと認識しなければいけない。その点綾瀬はそれが出来ているんだろうな。
「......ねぇ」
「ん?」
「体育祭の勝敗を決めるのは各クラスの身体能力。それで正しいのよね?」
「体育祭だぞ。そんなのは分かりきってるだろ」
「そうね......けれど、その考え方は私個人で戦うときに限定されるわ。自分だけの成績なら結果を残せる自信はあるもの。でも最近少し分からなくなってきた。個人の能力には限界があるんじゃないかって思うようになったの」
らしくない発言。今までの試験でのミス、そして綾瀬の影響もあるだろう。
「確かに個人の能力には限界がある。それならお前はどうする」
「それは.....各生徒の力を把握する、とかかしら」
それだけでは足りない。体育祭で大切なもの。それは個々の能力とクラスメイトとの協力だ。把握した上で、相手に譲歩する必要がある。堀北は決して譲歩などしないだろう。
堀北は綾瀬以外のクラスメイトをまるっきり信頼していない。綾瀬は身体能力と学力がハッキリと分かれているため、堀北も今回の体育祭では綾瀬に大いに期待しているだろうが、もう少し他の生徒にも目を配ってやる必要がある。
「二人三脚の練習、次は私たちだね」
「オッケー」
綾瀬が二人三脚のペアに選んだのはなんと軽井沢だった。このペアには誰もが驚いたことだろう。
綾瀬と軽井沢は無人島試験で軽く揉め、その後も無人島試験では話すことのなかった二人。
ところが二人三脚のペアを決める際、綾瀬は軽井沢を指名し、軽井沢もそれを二つ返事で了承した。そのときは目を丸くした生徒も少なくないだろう。
綾瀬には足の速い堀北や小野寺が適任だと思われたが、綾瀬が大丈夫と言って譲らなかった。
そんな二人が足を紐で繋ぎ、走る。
女子たちは5つのグループが実践形式でスタートする。
綾瀬・軽井沢ペアは終始安定した足並みで走り、スピードもそこそこの速さ。他のペアを抜き去って余裕の1位だ。
「軽井沢さんすごーい!」
「ふ、ふふん......まぁ、ねー......!」
軽井沢は若干息を切らしながら得意げな表情を浮かべ、クラスの女子たちから羨望の眼差しを受ける。
「ほら、次はお前の番だぞ」
「......分かってるわよ」
あまり面白くなさそうな表情をしていた堀北は小野寺とのペア。お互い足も速く、期待されているペアである。
しかし、早くも危惧していた展開がやってきた。
「イマイチ遅ぇな、あの二人」
須藤の言うように二人のタイムはよろしくない。結果も3位と二人からすれば不甲斐な結果に終わったと言えるだろう。
「んー......鈴音、もうちょっと合わせてあげないと駄目かも......」
「お、綾瀬。よく軽井沢と走ってあそこまで速く走れるな」
軽井沢の運動神経はハッキリ言って中途半端。綾瀬と組ませるには力不足と言わざるを得ない。
「軽井沢には全力で走らせた。それに私が合わせるだけ」
足が紐で縛られている以上、普通は全力で走ることは出来ない。なぜなら自分のペースで好き勝手に走れないからだ。実際堀北は好き勝手に走るから小野寺とタイミングが全く合っていない。だが綾瀬が軽井沢の全力に合わせる能力を持っているからこそ全力で走られないペアよりも速く走れる。
しかしなぜ綾瀬は軽井沢を選んだのだろうか。そんな能力があるなら相手は極度な運動音痴でなければ誰でもいい。
オレも軽井沢には特に指示も出していない。それなのに二人は示し合わせたかのようにペアを組んだ。
もしかすると、船でのあの出来事が絡んでいるのかもしれないな。