体育祭は二週間後。だけど授業もある。ずっとホームルームなら楽なのに。
Dクラスの皆は運動できる人が少ない。いないわけじゃないけど、やっぱり足りないなって思っちゃう。
でも、それでいい。むしろそうじゃないと、
今は昼休み。私はコンビニでお菓子を買いにいこうとしていた。色んな人の視線を感じる。それはあんまり気にしない。だけど、一つだけずっと同じ視線が纏わり付いてる。そんな感覚。
私は耳に意識を集中しながら歩く。
歩く音、いっぱい。その中で、私についてくる足音。
私はそのまま人のいない自販機に向かった。そしてその視線を向けていた人は隠れてるのが分かった。息を殺して、私を見てるんだ。私はその人に近づいてみることにした。
「あなた、私に何か用事?」
「えっ!?」
声を掛けられたその人は凄く驚いた顔で私を見た。同じ学年みたいだけど私は話したことがなかった。
「どうして......わ、わかったんですか?」
「どうしてって言われても......あなたが私を見てたからだよ?」
「それだけで......?普段は気付かれることがないのですが......影が薄いので」
「確かにあなたの気配は他の人より感じづらいかも。でも私を不意打ちをしたいならあまり警戒しすぎない方がいいよ。あなたの歩く音を聞いてたんだけど、緊張で歩幅が狭くなってた」
「え、え......?歩幅......?あの距離で、聞こえて......え?」
目が見えなくなったときにも相手の位置が分かるようにそういう『訓練』はしてきた。
「というか不意打ちなんてしません......そんなこと出来ませんから......」
「あ、そうなんだ......ねぇ、あなたの名前はなんて言うの?」
「えっと......」
私に名前を聞かれたその子は少し迷ってたけど、口を開いた。
「1年Aクラスの山村......山村美紀です」
「私は1年Dクラスの綾瀬心音。あなたの名前、覚えた」
無人島試験でAクラスには行ってたけど洞窟の中までは入れなかった。山村はずっと中にいたのかな。
「山村は私に何か用事があるの?」
「あ、いや......な、なにも、ないんです......」
なんか怯えてる......私なにかしちゃったかな......。
「あの......後を追ってしまってすみません。不快にさせてしまいましたか?」
「大丈夫だよ。私、全然怒ってない」
「本当ですか......?」
「うん。ほら、へふぁほ」
私は自分の頬を指でつまんで上に上げた。桔梗みたいに笑えれば怖がらせないで済むと思った。
「目が全く笑ってません......」
「ごめんね。やっぱり私には笑うのって出来ないみたい。でも本当に怒ってないから気にしないで」
「......分かりました」
山村は頭を下げた。気にすることなんてないのに。
「あの......勝手なことだとは思うのですが、このことは秘密にして欲しいです......もしこのことがばれたら、私は......」
「いいよ?」
「え?あ、い、いいんですか......?」
「......?うん」
自分で聞いてきたのに山村は信じられないみたいな顔をしてた。
「あなたはこのことが誰かに知られたら困るんでしょ?それなら私は誰にも言わないよ」
「そう、なんですが......」
「信じられない?」
「あ、いえ......信じます......」
山村はそう言ったけど、あんまり信じてなさそうに見えた。
「んー......山村は隠れることが得意なの?」
「隠れる、とは少し違うような気もします。特に意識しなくても元々存在感がないのであまり気付かれないんです」
「へー......凄いね。私には普段から気配を消すなんて出来ないよ」
気配を消すのは、気付かれずに攻撃したいときだけ。
「それは......綾瀬さんの存在感が強すぎるからだと思います。綾瀬さんはとにかく、目立ちますから。それに比べて私のことなんて殆どの人が知らないでしょう」
「あなたは目立ちたいの?」
「あ、いや......そうでもないです。目立ってしまえば役目をこなせなくなります。私にはこれしかないですから......何も取り柄のない私の唯一得意なこと......それすらも出来ないとなれば......私は役立たずです」
「なんだ、そうだったんだね。それならあなたは私と同じだ」
「え......?」
「そうだよね、私もそう。私は身体能力があったからここまで生き残れたの。それがなかったら、私は使い物にならずに捨てられていた。役目をこなせないから」
私は小っちゃい頃を思い出していた。2歳......3歳......4歳?それぐらい。
「山村。あなたには気付かれにくいっていう存在価値があるんだね。それなら私があなたの存在価値を守るよ。また私の後を付いてきてもいい。私は気づかない振りをする」
私に気付かれるのは仕方ない。
「どうして......そこまでして......」
「あなたの気持ちが分かるから。それじゃ、駄目?」
私がそう言うと、山村は目を見開いた。
「......綾瀬さんと私は真逆のような存在だと思います。それでも、私と同じなんでしょうか......」
「えーと......うん、そう。私たちは失っちゃいけない存在価値を抱えている。だから、仲間」
「そんなこと、初めて言われました......綾瀬さんと私が、仲間......」
「困ったことがあったらいつでも言って。あなたの存在価値を守るために動いてあげる」
私は携帯を取り出した。
「連絡先、交換しよう。これで私たちは、友達」
「私と綾瀬さんは真逆だと思っていたから交わることはないと思っていたのに......ありがとうごさいます、綾瀬さん」
山村は少し嬉しそうだった。
山村と私は仲間。それは合ってる。
だけど一つだけ、山村は勘違いしてる。
私と山村が真逆?
それは────大きな間違い。
「松下。騎馬戦ではあなたが私を支えて欲しい」
「へ?」
体育祭に向けて練習に励んでいたところ、綾瀬さんが突然私にそんなことを言ってきた。
「いやいや!私じゃ無理だから!」
当然拒否する。
なぜなら綾瀬さんは大将だからだ。
騎馬は1騎馬につき50点、大将騎は100点を保持しているため非常に重要なポジション。
とにかく狙われやすいのは間違いなく、しかも相手が綾瀬さんであるなら生半可な戦力をぶつけてこない。つまり荒れること間違いなし。
そんなことだから誰もが綾瀬さんと組むのを避けていた。とりあえず確定してるのは小野寺さんだけ。
「私じゃ綾瀬さんを支える自信がないよ......堀北さんじゃ駄目?」
「鈴音はハチマキ取ってもらうから駄目」
「でも私ってほら、そこまで運動神経抜群って感じじゃないし......」
私は今回少しだけ真面目にやったおかげで上位10名ぐらいには入るようになっていた。まぁそもそもDクラスには能力の低い人ばかり集められているからこの上位10名にそこまで価値はないけどね。本気を出したとしても堀北さんや小野寺さんには勝てなかったのは間違いない。
「でも松下は鈴音たちと良い勝負すると思う。手を抜かなければもしかしたら桔梗よりも────」
「わー!ストップ!ストップ!」
珍しく大声を上げて私は綾瀬さんの口を塞いだ。奇抜な行動のせいで周りの視線を集めてしまうが、今はそんなことどうでもよかった。
え?この子、今なんて言った?手を抜かなければって言った?
「もしかして......綾瀬さんって私が手を抜いてるの気付いてる......?」
「むぐ......」
私が小声で話すと、綾瀬さんは小さく頷いた。いつまでも口を塞ぐのは可哀想なので手を離した。
「いつから気付いてたの......?」
「4月ぐらいから」
「えぇ......!?そんなの入学してすぐじゃん......!」
「体育とかの動きを見てたら分かるから......」
そんな......自分では結構上手くやってると思ってたのになぁ......。
「多分気付いてるのは私だけだと思うよ」
「本当......!?それなら、秘密にしてくれる......?」
私は本気を出してあまり周りから顰蹙を買いたくない。
「騎馬もやるから......ね?」
「いいよ?秘密だね、任せて」
......ここまであっさり了承されると逆に不安になるけど、綾瀬さんなら下手に言いふらしたりはしないと思う。
「えーと、二人とも。大丈夫?」
「うわぁ!?......あ、大丈夫だよ櫛田さん。あはは......」
「なんか......松下さんらしくないね。大丈夫?」
「いやぁ、その、騎馬戦の話をしててさ、綾瀬さんと組むことが決まってちょっと動揺してるのかも......なんて......」
「松下さんが......?へぇー!じゃあ私も綾瀬さんと同じ騎馬をやろうかなっ!」
眩しい笑顔で櫛田さんは立候補した。
「私が言えたことじゃないけど大丈夫?大変だと思うよ?」
「そうかな?私はきっとそこまで大変じゃないと思うな。私たちは支えてるだけで大丈夫だから」
「......?」
その言い方は少し違和感を感じた。綾瀬さんを信頼しているからそう言ったのかな。
そもそも綾瀬さんを騎手で大将にするというのがリスクが高すぎると思うけど、綾瀬さんには絶対にハチマキを奪われない自信があるらしい。
とりあえず騎馬の組み合わせも決まってしまった。うぅ......不安......。
まぁ決まってしまったものは仕方ないので頭を切り替えよう。
「私ちょっと佐倉のとこに行ってくる」
「いってらっしゃーい」
「お前ら!体育祭まであと少しだぞ!気合い入れていけよオラッ!」
グラウンドに響き渡る怒声。須藤くんだ。
「ふふ、皆頑張ってるね」
「あれはちょっとやりすぎだと思うけどね......」
須藤くんは男子たちを文字通り力で引っ張っている。もちろんそういうやり方もあるけど、振り回されている池くんたちも大変だ。
一方綾瀬さんも結構頑張っている。今も佐倉さんに走り方の指南をしているし、軽井沢たちや気弱な生徒たちも綾瀬さんに教えてもらおうとしている。
まぁ男子も雰囲気自体はそこまで悪くないし、綾瀬さんと須藤くんの運動神経は信頼してる。だけど私には一つ気がかりなことがあった。
それは『参加票』。橋本くんと話していたときに話題に上がったからだろうか。
まだ参加票の提出には時間はある。裏切り者なんて出ないと思うけど......この可能性は少し頭に入れておこう。
体育祭まで残り二週間。私たちのクラスはどうしても綾瀬さんと須藤くん頼りになっちゃうところがある。
私たちDクラスに足りないもの。今回の結果次第ではそれがはっきりと表れてくるだろうね。
「あ、そうだ。櫛田さんに聞いてもいい?」
「いいよっ?なに?」
綾瀬さんは佐倉さんのもとへ向かったので丁度いいと思い、櫛田さんに綾瀬さんのことを聞いて見ることにした。
「綾瀬さんって最近坂柳さんと仲いいじゃない?なんでか知ってる?」
「うーん......私も良く知らなくて......ただ注目の的になってるよね。二人で歩いてるだけで凄く目立つよ......」
綾瀬さんと坂柳さんはあれからも二人で歩いているところを見たという話を聞く。
今回は体育祭で味方同士だからあまりおかしくないと言えなくもないけど、やっぱり違和感はある。
「でも他クラス同士でも友達になれるっていいよねっ!」
うっ......眩しい......。
他クラスにも友達の多い櫛田さんからすれば、私みたいな考え方をしている方がおかしいのかもしれない......。このことは誰に聞いてもすぐに分かることじゃないかもね。