正月って割とバタバタしちゃうことも多いですよね。とりあえず今月中には体育祭編を終わらせる予定です。
今日は土曜日。お休みの日。
体育祭も近いから私は伊吹とジムに来ていた。今日は人が結構いる。皆も身体を動かしたいんだね。
着替えも終わってトレーニングルームに入ると、伊吹は握った拳をパチンと叩いた。
「よーし綾瀬!今日は徹底的にやるわよ!」
「おー......気合い入ってるね......」
伊吹の目がギラギラしてる。
「当たり前でしょ。打倒堀北のために力をつけんのよ」
「鈴音を倒すの?私じゃなくて?」
「まずは堀北からよ。一応あいつにも借りがあるからね。その次はあんただから覚悟しておくのよ」
「分かった。覚悟する」
「......あんた、ちゃんと意味分かって使ってる?」
「大丈夫。それより何からやる?」
「やっぱりあれからでしょ」
伊吹はルームランナーに向かった。それに付いていく。
「今はとにかくスピードとスタミナを鍛える。体育祭って走ることの方が多いし」
「うん。いいと思う」
「あっ、そうだ綾瀬。あんたは私と同じスピードで走ってよ。いつものあんたじゃ全然参考になんないから」
「いいよ」
機械を操作してスピードを上げた。今回はずっと同じスピード。長く走りたいから7キロ。これぐらいなら伊吹でも余裕がある。それで5分ぐらい走ってると、伊吹がこっちを見た。
「あんたって走るフォームがマジで綺麗だよね」
「そう?」
最近の伊吹は私がトレーニングしてるところを見てることが多い。
「なんかお手本を見せられてる気分だわ。軽く走ってるだけでも格が違うのが分かる。それはここにいる連中もそう思ってるだろうね。視線がウザったいたらありゃしない」
伊吹はキョロキョロした。私たちは色んな人から見られてる。
「ところでさ、あんた家って金持ちなの?」
「え?なんで?」
「だってあんた初めて私たちと来たときジムに慣れてる感じだったでしょ。道具とかも説明なしで使えてたしさ。だから家にもこういうトレーニングルームみたいのがあったのかなって思ったのよ」
「金持ちかどうかは分かんないけど......トレーニングするための道具はいっぱいあったよ?」
家っていうのはちょっと違うかもしれないけど、とりあえずそう答えた。
「へー......コーチとかもいたの?」
「コーチっていうのは教える人のことだよね。うん、いたよ」
「すごっ......!やっぱあんたお嬢様じゃん......!あれでしょ、小さい頃から英才教育を叩き込むってやつ!」
走るペースを少し乱しながら興奮気味の伊吹。私には何が凄いのかよく分からなかった。
「そんなに凄い?私からすれば伊吹とかの方が凄いけど......」
「なんでよ。私なんてあんたに比べたら普通だから何も凄いことないけど」
たまに想像する。
伊吹や他の人が言う普通が私の普通だったら、私はどんな子になっていたんだろうって。でもそれはまったく想像出来ない。
普通の学校を知らないから?ううん、私の頭が悪いから。
「......更に人も多くなってきたわね。このトレーニングルームも熱気が凄くなってきたし」
手をパタパタしながら伊吹は嫌そうな顔をした。
「ねぇ伊吹。トレーニングルームってなんでトレーニングルームって言うの?」
「は?どういうこと?」
「だってここってトレーニングルームなんでしょ?それなのに全然トレーニングルームって感じしないよね?」
「なにそれ、なぞなぞ?私に難しいこと聞くの止めてよね」
どうしよう。伊吹には難しいかな。伊吹は私と同じであんまり頭使いたくないもんね。
「ごめん、なんでもない。忘れて」
「相変わらず変なやつね、あんた」
それから会話もあんまりしなくなって、30分が経った。ランニングはここで終わり。ちょっと休憩する。
「ふぅ......疲れた......」
「お疲れ様」
「あんたは余裕綽々ね。やっぱあんたの隣で走ってると自信なくしそう」
「伊吹もだいぶ走るの良くなってきたと思うよ?伊吹なら他の女の子相手だったらなかなか負けないと思う」
「......そ、そう?ふーん......まぁそれでこそわざわざこうしてあんたと来てる甲斐があるってもんだし?」
伊吹はちょっと驚いた後、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「でもあんたいいわけ?確かにあんたなら簡単にこういうこと教えてくれるかもって言ったのは私だけどさ、正直ここまで敵に塩を送るような真似をしてくれるとは思わなかったっていうか......」
「塩......?伊吹に塩なんてあげたっけ......」
「あーもう!そういう言葉があんの!敵に手助けするとか、そんな意味の言葉!」
「そんな言葉もあるんだ......手助けのことは気にしないで。私、伊吹には頑張って欲しいと思ってるから」
「なんで私に頑張って欲しいわけ?」
「伊吹は一番私みたいになれそうだから」
「それなら身体能力だけ頂戴するわ。あんたみたいになったら子供だと思われるし」
伊吹も私とそんなに変わらないと思うけど......。
そう言ったら伊吹が怒りそうだから言うのは止めた。
「よし、休憩は終わり。どんどんいくわよ」
ルームランナーから離れて別の器具、それが終わるとまた別の器具。そんな感じで時間を過ごす。
ある程度時間が経った頃、周りの空気が変わった。
「おい......あれ......」
「またあの二人が同じタイミングで......」
トレーニングルームにいた皆が入り口を見てる。
「おや?今日はホワイトガールもいるじゃないか。よく会うねぇ」
「あ、高円寺だ」
「来たわね......」
こうして高円寺とここで会うのは初めてじゃない。ジムに通ってたら高円寺には何回か会った。もちろん伊吹とも会ってる。
「リトルガールもいたのかね。今日もホワイトガールに鍛錬してもらっていたのかい?殊勝な心掛けで何よりだよ」
「......ん?リトル......ガール?」
高円寺はこの前ジムで会ったとき伊吹のことを伊吹ガールって呼んでた。だけど今回は違う呼び方。だから伊吹も反応が一瞬遅れてた。
「......は!?リトルガールって私のこと!?私のどこがリトルなのよ!」
「君の場合は精神年齢が周りに比べると一段と低く見えてしまうのさ」
「はああああ!?ちょ、今すぐ訂正しなさいよ!」
「断る。受け入れたまえよリトルガール。私が決めたことは誰にも覆すことは出来ないのさ」
「コイツ......!ぶん殴ってやる......!」
リトルガールって言われて伊吹は凄く怒ってた。
「止めたまえ。君じゃ私には敵わないよ」
「ぐっ......!」
伊吹と高円寺じゃ実力に差がありすぎる。伊吹もそのことが分かっているから本気で殴ろうとはしなかった。
「それとも可愛い愛弟子のために君がリトルガールの代わりに私を殴るかね?ホワイトガール」
「誰が可愛い愛弟子よ!」
高円寺は私を試すように見ている。
「駄目だよ高円寺。私とあなたが本気でやったりなんてしたらどうなるかなんてあなたには分かってるでしょ?」
「君が相手では穏便に済ますことは不可能だねぇ。まぁ私の勝利は決まっているが」
私も高円寺が相手なら手加減してあげる自信がない。そして高円寺には負けないと思う。
「私が高円寺を殴らなくてもいいように伊吹も鈴音に色々教えて貰った方がいいかも。まずご飯の食べ方から......」
「なんで堀北にそんなこと教えて貰わなきゃいけないのよ!私はそんな子供じゃない!」
でも鈴音が伊吹のご飯の食べ方を見たら私みたいに色々言われると思う。
「やれやれ、リトルガールは今日も元気だねぇ」
「何回言うのよそれ!もう付きあってらんない!綾瀬、帰るわよ!」
「あ、うん」
怒りながら伊吹が着替えするところに向かった。私もそれについていこうとすると、高円寺が私に声をかける。
「ホワイトガール。君は今回の体育祭をどうするつもりかね?」
「どうするって?頑張るよ?」
「ハッハッハッ!面白い冗談だねぇ」
「冗談じゃないのに......」
私がそう言ってもおかしそうに笑う高円寺。何がそんなに面白いんだろう。
よく分からない高円寺を後にして、私は伊吹のもとに向かった。
今度は日曜日。
私は坂柳の部屋でテーブルに向かい合って座っていた。
坂柳の部屋には人形とか見たことないものとかいっぱいある。
坂柳とは一緒に用事を済ませないといけないんだけど、その前に私に見せたいものがあるんだって。
「綾瀬さん。こちらに見覚えはありませんか?」
テーブルの上に置かれているのは小さな四角が二色ずつ交互に並んでる板、そしてその板の上には色んな形をした白と黒の何かがある。
「これ、何?」
「これはチェスと呼ばれるボードゲームです。ご存じないですか?」
「うん。初めて見た」
「そうですか。予想が外れてしまいましたね」
「私がやったことあるって思ってたの?こういうゲームはやったことないのばっかりだよ?」
「それはそれで気になるところですね」
こういうゲームはまともに出来ない。
「白黒のこれは何?」
「これは駒です。駒は動き方が異なり、それぞれ役割を持っています。この駒たちを使ってキングを取る。面白いゲームですよ」
「ふーん......」
白い駒を一つ手に持ってみた。軽い。力を入れたらポッキリ折っちゃいそう。
「どれが一番強いの?」
「どれが、と言われると一概には言えないですね。駒の動きだけで言えばクイーンが単純に強いのですが、使いどころが難しく、直線的でしか動けないところはナイトに劣ります。それでもクイーンが最強とする人や、変則的な動きが出来るナイト、比較的使いやすいビショップやルーク、またはポーンこそが一番強いと言う人もいます」
「む、難しそう......」
覚えなきゃいけない駒がたくさんありそう。そんなの使いこなせない。白のクイーンを手に持つ。
「このクイーンっていうのは直線ならどこでもいけるの?」
「クイーンが立っている場所からであれば縦、斜めにどこまでもいけますよ。ただし進路に何もない場合に限りますが」
「へー......」
直線だけなら頭を使わなくてもいいからどこまでも進める。なんか私みたいだ。
「綾瀬さんをクイーンみたいだと言う人もいるかもしれませんね」
「え......」
思ってたことを言われてびっくりした。私のそんな姿を見て坂柳は面白そうに笑ってる。
「ですが、私は
「そうなの?まぁ坂柳がそう言うならそうかも」
私にはチェスなんて分からないし、駒の役割も全然分からない。
「綾瀬さん。一度チェスをやってみませんか?」
「え?でも私じゃまともに出来ないよ?駒の動きも分かんないし......」
「綾瀬さんは駒を自由に動かして構いません。一応駒の動き方はやりながら教えますので、なんとなく覚えるだけで結構です。お遊びですから気楽にやりましょう。白が先行、黒が後攻です。綾瀬さんが白の駒を持っているのでお先にどうぞ。その後に私が打ちますから」
「えーと......分かった......」
とりあえず私は一番数が多くて横に並んでいる駒を一つ持った。それを同じように並んでいる坂柳のクイーンの前にある駒の前に置く。
「それはポーンと呼ばれる駒です。縦にしか進めませんが、相手の駒を取る際は斜めでしか取れません」
「あっ......」
私のポーンは斜めに動いた坂柳のポーンに取られる。
「次の手をどうぞ」
「んー......」
自分のポーンをさっき私のポーンを取った坂柳のポーンの前に置く。
「おや、これは取れません。なかなかお上手ですね」
適当に置いただけなのに褒められちゃった。
坂柳は自分のポーンを動かす。
「......どうすればいいんだろ」
「焦らずゆっくりやりましょう。あぁ、せっかくですからお話しながらやりませんか?」
「う、うん。いいよ」
お話しながらやるのは不安だけどやってみる。私はポーンを適当に置いてみた 坂柳もポーンを動かして、私もまた動かす。
「綾瀬さん。山村さんはご存じですか?山村美紀さんです」
坂柳はクイーンで私のポーンを取った。
「うん。知ってるよ」
動物っぽい駒を左の真ん中辺りに置く。
「それはナイトですね。他の駒を飛び越えることが出来るという唯一無二の特徴を持っています。縦2×横1、もしくは縦1×横2で動くことが出来ます」
坂柳も自分のナイトを動かした。
「どういった経緯で山村さんのことをご存じになられたのですか?」
「会ったことがあるから......あっ、同じ学年だから会うことはある、よね?」
「えぇ。別に不思議なことではないでしょうね」
危ない危ない......チェスで頭いっぱいになってた......山村のことは内緒にしてあげないと。
私は自分の右下にあった駒を動かした。
「綾瀬さんが使った駒はルーク。縦と横に一直線に動くことが出来ます。ところで一之瀬さんとはどういった関係ですか?」
坂柳に私の駒が取られる。
「友達だよ」
「お互いに協力しあっているのですか?」
「そういうのは全部鈴音がやってるから私は知らない」
「そうなんですね。一之瀬さんとはいつお知り合いに?」
「須藤が石崎を殴っちゃったとき」
「そんなこともありましたね」
私は名前の知らない駒を黒の駒の近くに動かした。
それはあっさり取られる。
「これはビショップ。斜めに移動することが出来ます。龍園くんとはどうですか?」
「龍園も友達。無人島では私の面倒を見てくれたりしたんだ」
「無人島試験、そして船上試験のことは聞きました」
もう一つあったルークとビショップも動かしたけどこれもすぐに取られた。
「フフ、既にBクラスとCクラスのリーダーとも交流があるだなんて素晴らしいですね。いっそのこと綾瀬さんもDクラスのリーダーになってみてはいかがですか?」
「リーダーをやるのは体育祭だけ。やっぱり私には難しいよ」
皆が決めた道を進むのは簡単。だけど私が舵を取るのは難しい。
だって私は船だから。どこへ行くかは乗り手次第。
「もったいないですね。私は案外面白いと思うのですが」
坂柳はまた私の知らない駒を手に取った。
「これがキングです。全方位に1マスだけ進むことが出来ます。ねぇ綾瀬さん。私と綾瀬さんは────どういった関係なんでしょうか」
「それは私にも分かんないや」
そう答えて駒を動かす。
「私のことはお友達と答えてくれないんですね」
「
「さぁ。
私が駒を動かして、坂柳が駒を動かす。坂柳が駒を動かして、私が動かす。それを繰り返していく内に私の駒はキングだけになっていた。
「一個だけになっちゃった......」
「さて、絶体絶命な状況になりましたが、綾瀬さんはここからどうしますか?」
「えっと、チェスってどうすれば勝ちなんだっけ」
「キングを取る。それが勝利のための条件です」
「んー......あー......えーっと......えーっと......」
だんだん頭が熱くなってきた。
「綾瀬さんはそのキングは好きなように動かせます。そして駒を取ることさえもね」
キングを取る。そして好きに動かせる。
「あっ、じゃあこうすればいいんだ」
私は坂柳のキングを手に持って、そこに自分のキングを置いた。最初からこうすれば良かったんだ。
「はい、キング取った」
「フフ、私の負けですね。さすが綾瀬さんです」
楽しそうに坂柳はパチパチと拍手した。
「......これって、本当はやっちゃ駄目だったりする?」
「確かに正規のルールではルール違反ですね。これではゲームが成り立ちませんから。しかし、綾瀬さんに駒を自由に動かしていいと言ったのは私です」
坂柳は人差し指で白のキングを触る。
「それに、綾瀬さんならきっとこうしてくれるだろうと思っていましたから。フフフ、今回は予想が当たりましたね」
また坂柳は楽しそうに笑っていた。
そして私の携帯が鳴った。画面を見る。
「あ、そろそろ大丈夫だって」
「分かりました」
これから用事を済ませる。場所は坂柳の部屋。つまりここ。
「私が迎えに行った方がいい?」
「そうですね。念のため周りに誰かいないか探っていただいてもよろしいでしょうか?」
「分かった」
部屋を出て周りに誰もいないか確認する。
うん、誰もいない。こっちを見てる人もいない。
エレベーターの前にいくと、ちょうど今いる階で止まった。扉が開く。人は一人しかいない。
「こんにちは。待ってたよ」
「......あの、綾瀬さん......どうして、私が......」
「あなたに聞きたいことがあるんだ。だからついてきて?」
「っ......わかったよ......」
もう一度気配を探る。
大丈夫そう。坂柳の部屋へ向かう。
「連れてきたよ」
「ありがとうございます。おや?顔色が真っ青ですね。体調が優れませんか?────
「坂柳、さん......」
確かに真鍋の顔は青かった。しかも震えてる。怯えてるみたい。
「怖がらなくて大丈夫だよ。あなたを傷付けたりなんてしないから」
「えぇ。楽しいお話にしましょう?」
坂柳は立ち上がって真鍋の隣に並んだ。私と坂柳で真鍋を挟むようになってる。
「なんで......なんでっ、私が......!」
「申し訳ありませんね。本当はお友達を連れて来たかったでしょうが、あまり人には聞かれたくない話なのでそこはご了承ください」
「内緒だよ。内緒のコツ、教えてあげよっか?」
「それは気になりますね。ぜひ私にも教えて欲しいです」
「物理的に喋れなくすればいいんだよ」
両手で口を塞げば言っちゃいけないことも言わなくて済む。結構オススメ。
「なるほど。私の場合は精神的に喋れなくする方法しか知らないので勉強させていただきます」
「ひっ......!」
「あ、駄目だよ坂柳。そんなこと言うと真鍋が怯えちゃう」
人の精神は壊れやすい。だから優しく扱わないと。
「主に綾瀬さんのせいだと思いますけどね」
「え......なんで......?」
「それはご自身で考えた方がよろしいかと」
「うー......」
そういうのは考えても分かんない。
「さて真鍋さん。長らく立たせてしまったことをお詫び申し上げます。どうぞ部屋で寛ぎください。あぁ、まさか逃げようだなんて考えてはおりませんよね?」
真鍋は何も言わずに首を縦に振った。
聞きたいこと、聞ければいいけど。
様々な練習を日々重ね、体育祭もついに後一週間を切った。
今日はいよいよ参加票の提出締め切り日。よってそれぞれの種目の出場者を確定させる話し合いを行う必要がある。
「それでは全種目全競技の組み合わせを決めたいと思います」
壇上に立つ平田、そしてチョークを持った櫛田がこの場を仕切り、話し合いが行われる。
毎日記録を取り続けたノートを元に行われるため話し合いはスムーズだった。
「じゃあ最後に1200メートルリレーのアンカーだけど、須藤くんで大丈夫かな?」
「妥当なところだろうな」
現状このクラスで一番足が速いのは須藤。ちなみに綾瀬は須藤のごく僅かに下。だがそれも本当に正しいのかは謎だ。オレからすれば綾瀬は手を抜いてるようにしか見えない。それで須藤レベルなのも充分バケモノだが。
隣にいる綾瀬は相変わらず何も考えてなさそうな顔でボーッとしてる。一方もう一人の隣の住人、堀北は何故か納得のいかなさそうな顔で黒板を見続けている。
「うーん......リレーのアンカーのことで私から提案があるんだけど、聞いて貰ってもいい?」
これでアンカーは決まりかと思われた矢先、櫛田が手を挙げた。
「心音ちゃんをリレーのアンカーにするっていうのはどうかな?」
「綾瀬を?でも俺の方が綾瀬より速いぜ?」
「それはそうなんだけど......ほら、心音ちゃんって他のクラスから凄く警戒されてるでしょ?それなら最後まで残ってた方が相手にとってはプレッシャーになるんじゃないかなって」
「なるほど......それは確かにありかもしれないね」
須藤も警戒されてはいるが知名度は綾瀬の方が上。そして綾瀬には何をしてくるか分からない怖さがある。プレッシャーという意味では綾瀬の方が断然上だとオレは思う。
「おいおい!それじゃあ俺はどうすんだよ!」
「須藤くんは逆に1番手でスタートっていうのもありだと思う!」
「1番?あー......ってことは俺が内側をキープすりゃいいってことか?」
「そう!」
このリレーでは2番手以降は先着順に好きなコースを取ることが許されている。そして抜き去る際に2番手以降は外側を使って抜くこともルールに記載されている。
つまりスタートが速ければ速いほど序盤から優位性を確保出来る。
本来なら序盤で優位性を取ったとしても逃げ切りが確定するわけもなく、後から巻き上げられてしまえばDクラスには逆転の目もなくなり逆にこちらがプレッシャーを背負う形となるだろう。
だが、後ろには須藤と同レベルの綾瀬が控えている。
最初と最後に最強の走者がいるのは各クラスからすれば恐ろしいはずだ。
「桔梗ちゃんマジ天才!それめっちゃいいじゃん!」
「僕も実際にリレーを走る立場だからよく分かるよ。須藤くんが序盤で突き放してくれるなら2番手が楽だし、もし仮に抜かれても綾瀬さんならなんとかしてくれるかもって安心感があるんだ。もちろん抜かれないための努力はするけどね」
この案に関してはオレも賛成だ。というかこれ以外ないんじゃないだろうか。
「リレーのアンカーって言えば花形だから正直あんま譲りたくねぇけど......綾瀬なら仕方ねぇな。それに最初っていうのも悪くねぇ」
須藤も納得しているならもう決まりだろう。
「アンカーは最後。だから最後に全員抜けばいい。そうだよね?」
「おう!全部ぶち抜いちまえば勝ちだ!」
実際はそんな単純にいくものじゃないだろうが、まぁそれが出来れば勝ちではある。
「心音ちゃんも大丈夫みたいだね。反対の人はいないかな?」
櫛田は教室を見渡した後、最後にこちらを見た。正確には堀北の方か。
堀北は何かを言いたそうにしていたが、結局何も言うことはなかった。
「......よし!これで決まりだね!」
これで全種目全競技の組み合わせが確定した。各々自分の分をメモしていく。
この参加票は流出することを避けるため写真の撮影は禁止。もちろん口外も禁止だ。
情報が漏れないように平田は策を取った。当然とも言える対策。
しかし、この参加票は流出するだろう。そして流出させる人間もオレには分かっている。
だが対策は取らない。理由は色々あるが、その中の一つに綾瀬がどこまでやれるかを確かめたいのもある。
まぁここまで来たら突き進むのみ。オレにとっても初めての体育祭だ。出来るだけ楽しんでおこう。
伊吹って最初はマシでしたけど、二年生編あたりから一気に幼児化したような気がします。