ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

65 / 68
第60話 異質な存在

 2種目めの競技はハードル競走。こちらも100メートル走と同じく基本的には走力が要になる競技。とはいえハードルを倒さないように急ぎすぎず確実に飛び越えることも求められる。

 須藤は当たり前のように1位。だが博士や幸村のような運動神経が悪い生徒は最下位だ。やはりハードル競走ではただ走るだけの100メートル走よりも遥かに難しい。

 オレは女子たちの競技に注目する。開幕は堀北と佐倉。

 

「ちょっと良くない組み合わせになったね、堀北さん」 

 

 他クラスを良く知る平田が組み合わせを見ながら言った。

 

「あれはCクラスで陸上部の矢島と木下だったか」

 

「へぇ、良く知ってたね......」

 

「同じ学年なんだしある程度は把握してるさ」

 

 無人島試験の際に綾瀬へ頼んでいたものはこういったところで役に立つ。陸上部と知ったのはつい最近のことだが。

 

「確かに勝つのは難しそうだな」

 

 さすがに陸上部相手には分が悪かったのか、Cクラスの二人が堀北の前を行く。そのままチャンスが訪れることもなく3位という結果で終わった。

 しかし先ほどの100メートル走、そしてハードル競走の組み合わせには違和感を感じる。それは平田も同じのようだ。

 それから2組、3組と続き、いよいよ最後の組となった。

 

「女子も次で最後......綾瀬さんと王さんだね」

 

 1年女子の最後を飾る注目の綾瀬と並ぶのはまた運動神経が微妙な生徒たちばかりだ。

 ただこれに関しては先ほどの100メートル走と併せてある程度こちらの意図が読まれていたのかもしれない。最初と最後であれば強烈な印象を植え付けやすいからこその綾瀬。

 しかしそれを読まれてしまっては意味がない。オレはそんな予想をしたが......。

 

「うおっ!あっという間に綾瀬ちゃんが1位だ!」

 

「なんじゃありゃ......綾瀬ちゃんすっげー......」

 

 ハードルを飛び越える綾瀬の動きは今までのレースがお遊びに見えるほどレベルが違った。走る姿勢も飛ぶ姿勢も完璧。完璧すぎてもはや美しさすら感じるレベルの動きだ。あれはもう速いとか遅いとかの次元をとうに超えているだろう。

 

「まるでプロの陸上選手みたいだよ......彼女一人だけレベルが明らかに違う......」

 

 隣で見ていた平田も感嘆の声を漏らす。オレも平田と同じ感想だ。綾瀬の走りは先ほどの矢島と木下ですら軽く凌駕している。

 

「さすが綾瀬ちゃんだなー。なぁ?健?」

 

「......綾瀬のやつ、どう見ても素人じゃねぇぞ......」

 

 1位でゴールした綾瀬を見て能天気な感想を溢す山内とは違って須藤も綾瀬の異次元さを肌で感じたようだ。

 ところどころで見せる洗練された綾瀬の身体操作はこういった一般的な競技でも見受けられる。フィジカルだけで勝負してくるだけならまだやりようはありそうなんだが、あんな動きを見せられてしまったらいよいよどうしようもないだろうな。

 

「練習でも凄かったのに今のはそれ以上だったね......一体どうして......?」

 

「多分綾瀬なりに強いインパクトを与えようとしているんだ。そして練習で見せた動きは本気じゃないだろうな」

 

 遠目でも分かるほど余裕そうな綾瀬を見れば今のも本気だったのかは分からない。

 綾瀬がゴールした後のグラウンド上の空気は異質だった。1年女子のハードル競走が終わった後もどよめきが収まらない。

 まだたった二種目めにしてこの騒ぎ。このままいけば1年どころかこの学校中の注目の的になりそうな勢いだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松下さーん。次は私たちの番だよ」

 

「うん、今行く」

 

 佐藤さんたちに呼ばれて私は女子の競技、玉入れの準備を始める。

 ちなみにハードル競走の後に行われた男子の棒倒しは私たち赤組の負けだった。

 遠目で見る棒倒しはいまいち何が起こってるかよく分からなかったけど、須藤くんが囲まれていたのは分かった。Dクラスの男子はやっぱり須藤くんと平田くん以外パッとしない。AクラスもAクラスでどこか纏まりに欠けていたようにも見えたし、私たち赤組は結構まずいのかもしれない。

 

「男子たちも情けないよねー。私たちはしっかり勝とうよ」

 

「やる気だね篠原さん」

 

「運動とかあんまり得意じゃないけどさ、綾瀬さんに色々教えてもらったからちょっとだけ自信ついたんだよね」

 

「さっきのハードル競走とか綾瀬さんめっちゃかっこよかった......」

 

 綾瀬さんの指導はどれも的確なものばかりだった。そして100メートル走、ハードル競走の結果からしても二種目めにして既に頼れるリーダーとして強い存在感を放っている。

 

「......ん?」

 

 玉入れが始まるまでまだ少し時間があるので綾瀬さんを探していると、軽井沢さんと2人で話し合っているのが見えた。なんかあの2人が話し合っている光景って不思議だ。夏休みの前まではあの2人の絡みってあんまりなかったし、無人島試験でも揉めてたからどこか相性が悪いのかと思っていたからね。

 何を話しているのかはここからは聞こえないので玉入れのことに頭をシフトする。

 玉入れは赤組と白組によって行われる。つまり赤組ならAクラスとDクラス、白組ならBクラスとCクラスで同時にやる。制限時間5分の中で多く玉を入れた方の勝ち。

 間もなく始まる玉入れ。Dクラスは綾瀬さんと小野寺さんの周りに佐倉さんや王さんのような運動神経の悪い生徒たちが集まっていた。私たちの作戦はいたってシンプル。そもそもカゴにまで玉が届きそうにない人は綾瀬さんや小野寺さんに玉を集めて投げてもらうってだけ。他クラスも見た感じ似たような作戦を取るみたいだ。

 始まりの合図が鳴ると同時に女子たちが一斉に駆け出す。 

 さっそく玉を拾って力強く放り投げると、私の玉はカゴに入らずに明後日の方に飛んでいった。

 

「久しぶりにやると結構難しいかも。よっと」

 

 何回か投げてる内にだんだんコツを掴んできて少しは入るようになってきた。5回に3回は入るって感じかな。結構拾いに行ったり投げたりで疲れる。

 

「綾瀬さん!お願い!」

 

 珍しく声を張り上げる佐倉さんの声が聞こえる。

 

「うん。任せて」

 

 佐倉さんから玉を手渡しされた綾瀬さんは玉を放り投げる。今のところ綾瀬さんが放り投げた玉は全てカゴに吸い込まれていった。

 

「わぁ......!凄い凄い!もっと持ってくるね!」

 

「あわわ......むしろこっちが追いついてません......!」

 

 投げる動作も恐ろしく速いから集める手が間に合ってないほどだ。

 

「綾瀬さんすっごー......なんであんなに入るんだろ......」

 

「あっ!ぐぐぐ......あとちょっとで入ったのに~......!」

 

 佐藤さんと篠原さんも苦戦している。

 

「今どっちが勝ってるのかな......」

 

 こっちが優勢にも見えるけどカゴの中が見えないから正確には判断できない。

 

「うーん......」

 

 確実に勝つための手は思いついてはいる。だけどこの手は綾瀬さんの負担が大きくなるから悩みどころだ。

  

「ごめん3人とも!ちょっといい!?」

 

 私が迷っていたところ、軽井沢さんが急いだ様子でこちらに向かってきた。

 

「軽井沢さん?どうしたの?」

 

「佐藤さんと篠原さんは綾瀬さんのところに集めて欲しくて!えぇと......他の人にも同じように声かけてくるから!」

 

 それは私も考えていた案だ。

 なるほど。さっき2人で話していたのも......。

 

「えぇ!?でもそれだと綾瀬さんの負担が......」

 

「────分かった。それでいこう。私は玉を投げるってことでいいんだよね?」

 

「松下さん理解早っ!そう!お願いね!」

 

 軽井沢さんはまた急いで別の人たちに声を掛けにいった。

 

「いいのかなぁ......私たちも投げた方がよくない?」  

 

「きっと綾瀬さんが投げた方が点は多く取れると思う。今のとこ百発百中だしね」

 

 さすがにあんなの見せられたら任せてもいいやってなっちゃうよね。

 

「でも綾瀬さんが大変になるんじゃない?」

 

「きっと大丈夫だと思う。それに玉を集めるのは綾瀬さんだけじゃないよ」

 

 軽井沢さんは小野寺さんや櫛田さんのところにも集めるように指示を飛ばしていた。普段は女子を纏めているだけあってその効果は絶大だ。

 空に舞う玉は先ほどよりも減ったけど、カゴに入っていく玉は目に見えて増えているのが分かる。

 

「皆、手渡しじゃなくていいよ。私に向かって投げて。タイミングは少しずらしてほしい」

 

 時間も残り1分を切った。タイムリミットが迫る中、綾瀬さんが自分の近くに集まっている人たちに向かって提案をする。

 

「いくよ綾瀬さん!」

 

 綾瀬さんに向かってふわっと玉が放り投げられる。それを片手で掴んでそのまま投げる。それを確認して別の人がまた繰り返す。

 

「間隔はもっと早くていい。同時になってもなんとかするから気にせず投げて」

 

「う、うん!えいっ!」

 

「私もいきます!」

 

 佐倉さんと王さんが投げた玉はちょうど同じタイミングで綾瀬さんの顔と腰当たりに飛んだ。

 綾瀬さんは顔当たりに向かってくる玉はそのままキャッチして、腰当たりに飛んできた玉を─────蹴り上げた。

 

「えぇ!?」

 

 そしてキャッチした玉もほぼ腕だけで投げ、どちらもカゴに入っていく。よくあんな小っちゃくて軽い玉を正確に蹴れるな......。

 

「時間もないからどんどんちょうだい」

 

「う、うん......」

 

 残り30秒を切って大詰めの時間。綾瀬さんは両手で掴んだ玉をそのまま両手で投げたり、蹴った後にぐるっと回ってもう一回蹴ったりと、とにかく滅茶苦茶だった。

 そんな大道芸みたいなこと目の当たりにして赤組も白組も手を止めながらポカーンと口を開けている。

 やがて終了の合図が鳴ると、係の教師が玉を放り投げながら1つずつ得点をカウントしていく。

 

「ご、合計104個で赤組の勝利です......」

 

 係の教師は困惑しながら赤組が勝利したことを告げる。そりゃ困惑するよね。

 

「ナイス綾瀬さん!次の綱引きもよろしくね!」

 

「ん、軽井沢もナイス」

 

 二人は仲良さげにハイタッチまでしてお互いを讃えた。私はその光景に少し違和感を抱く。

 

「ねぇねぇ、さっきのって軽井沢さんが考えていた作戦なのかな?」

 

「......多分そうだね。さっき二人が話してるのを見たし」

 

「すっごーい!綾瀬さんもだけど軽井沢さんも天才じゃん!」

 

 だけど意外だ。軽井沢さんはどちらかというと作戦とか考えなさそうな人なのに。

 不思議に思いつつも、私は次の競技に向けて準備を進めるためにテントへ戻ることにした。 

 次は男女別の綱引き。休む間もあまりないからなかなか大変......。

 私たちが玉入れを終えた後でも既に男子は綱引きの真っ最中だ。

 綱引きは2本先取した方の勝ち。試されるのは純粋な力と力のぶつかり合い。

 男子のDA連合は勝つことが出来た。これでさっきの玉入れも合わせれば私たちは白組に勝ってるはず。

 ここは女子の綱引きでも勝って差を付けたいところだよね。

 

「綾瀬。打ち合わせ通りで問題ない?」

 

 Aクラスのリーダー代わりとして出てくるのは神室真澄さん。無愛想な印象を受ける人だ。堀北さんに似てるかも。

 

「うん。Aクラスは神室に任せたよ」

 

「私は坂柳の言う通りやるだけだから」

 

 綱引きでは軽く並び方の打ち合わせをしていた。

 作戦はこれもシンプルで『身長差に合わせて並ぶ』だけ。そうすることで綱にムラがなくしっかり力が加わる。

 白組も同じような並びだ。女子は男子ほど明確な体格差もあまりないから身長差という基本はほぼ変わらない。

 こっちは綾瀬さんがいるから勝てるはず。そんなことを考えながら綱を握り、試合開始の合図と共に互いに綱を引き合う。

 

「オーエス!オーエス!」

 

 定番とも思われるかけ声と共に赤組が勢いよく綱を引く。

 最初こそ均衡が取れていたけど、意外にも流れが傾いたのは白組の方だった。

 

「うそ......!?」

 

 程なくして合図と共に白組が勝利したことを告げられる。

 

「やったね!この調子で頑張ろう!」

 

 一之瀬さんが味方を鼓舞すると白組は更に勢いづいた。龍園くんがいない分Cクラスものびのびと競技を楽しんでおり、白組女子の実質的なリーダーは一之瀬さんとなっていた。

 

「ごめんね。負けちゃった。私のせい」

 

「そんな!謝らないでよ!綾瀬さん一人の責任じゃないでしょ!」

 

 謝罪する綾瀬さんに対して私たちは一人で責任を抱え込まないように伝える。それも当然だ。この敗北は皆の責任なのだから。

 

「いや、結構私のせいだよ。だけど次は大丈夫。神室。それじゃ打ち合わせ通りにお願い」

 

「分かった」

 

 まるで敗北することを分かっていたかのような二人の淡々としたやりとり。ただAクラスは特に並びを変えることもなく、神室さんが何かしらの指示をしているだけだった。

 私たちが良く分からずにそれを見ていると、綾瀬さんは私たちの方を向いた。

 

「皆聞いて。次からは私が一番後ろに並ぶ。それで皆にお願いしたいのは、出来るだけ倒れないように縄を握って怪我をしないようにしてほしいこと」

 

「あなたが一番後ろに並ぶのは分かったわ。でも倒れないようにというのはどういうこと?」 

 

 堀北さんも良く分かっていないのか確認を取る。

 

「次はあなたたちがさっきよりも強く引っ張られるから、そのために」

 

「......あなたまさか、さっきのは......」

 

 堀北さんはその先を言わないようにしていた。

 きっと手を抜いていた、かな。

 どうして手を抜いていたのかは分からないけど、これも綾瀬さんの作戦なんだろうか。

 インターバルが終了し試合開始の準備が始まった。

 そして始まる二回戦。

 

「オーエス!オー......!?」

 

 一度目と同じように綱を引く赤組。だけど明らかに先ほどと違う手応えに衝撃を覚える。

 

「ひ、ひっぱられる......!」

 

 後ろから強烈な力を感じた。しっかり握ってないともっていかれそうだ。

 変わったのは綾瀬さんが最後尾に並んだだけ。たったそれだけなのにこの違いはちょっと想定外過ぎる。

 数秒後、一気に綱はこちらへ傾き赤組の勝利となる。

 

「あいたた......これは......ちょっとマズいかもね......」

 

 一之瀬さんもこれにはさすがに苦笑いだ。綾瀬さんはインターバル中に一之瀬のもとへ向かう。

 

「一之瀬。勝つことなんて忘れてなるべく怪我しないようにしたほうがいい。皆にも伝えて。次も同じようになるから」

 

「......大胆な勝利宣言だね~。でも心配してくれてありがとう。そのアドバイスは素直に受け取ることにするよ」

 

 どこか悔しそうだった一之瀬さんだけど賢明な判断だと思う。これは相手が悪すぎる。まともに対抗なんてしてたら痛い目を見ることになる。

 綾瀬さんの宣言通り赤組は三回戦も同じように制した。

 女子は玉入れに続いて綱引きでも勝利。

 

「......団体戦は負ける気しないかも」

 

 綾瀬さんが味方で本当によかった......もう白組には同情するレベルだ。

 女子で綾瀬さんに太刀打ち出来る人がいない。なんなら男子に交ざっても綾瀬さんなら勝てる。

 後は私たちが足を引っ張らなければDクラスは勝てそうだけどどうなるかな。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。