ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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前奏曲=プレリュード

お待たせしてしまって申し訳ありません!
今回は長いので二つに分けます!

えー、それと四方綱引き男女混合なのかそうじゃないかなんですけど、前言撤回させてください!原作をよく見たら堀北の代役を立てていた描写があったのでこれ男女混合じゃないですね......ということで別々にしました!申し訳ない!

ついでにもう一つ前言撤回させてください。この前の後書きでここからが本番です、なんて言っちゃいましたけど、本当の本番はここからでした。


第64話 綾瀬心音を顕現させる前奏曲①

 チャイムが鳴り、午後の部が始まる。推薦競技の時間だ。

 

「鈴音......見つからなかった......」

 

「保健室は探したか?」

 

「ううん、探してる途中に桔梗に会って、そのときに保健室にはいないよって言われたから探してない」

 

「櫛田が?なんで?」

 

「木下の様子を見に行ったんだって。木下とも仲良いみたいだから」

 

 あの様子では木下も怪我を負っているだろう。

 櫛田なら友達のために見舞いにいくというのも分からなくはない。些か違和感が残るのも確かだが。

 

「まぁきっと堀北は大丈夫だろう。それよりも次は借り物競争を頑張らないとな......」

 

 言葉に反してオレの声はどんどん萎んでいった。

 

「......なんか落ち込んでる?」

 

「出来れば参加したくなかったからな......」

 

 じゃんけんで勝ってしまったから仕方ない。借り物競争は各クラス6人ずつ選出し、4人一組で行われる。

 

「須藤くんはまだ帰ってきてないね......」

 

 推薦競技に参加する予定だった須藤が不在のため、代役を立てる必要がある。

 話し合いの結果、学力の低い生徒が報酬を得られる可能性にかけることにした。

 候補に上がったのは池と山内。しかし、実は池にはこの後出番があるため、今回は山内が出ることになった。

 

「っしゃ!俺に任せとけ!」 

 

 運が左右する借り物競争では山内でも可能性はある。もしかしたら綾瀬でもお題次第では1位とはならないかもしれない。 

 

「よう心音。散々暴れてくれたな」

 

 それぞれが持ち場につくと、オレと同じ第二レースを走る龍園は第三コースの綾瀬に話しかけた。

 

「暴れてないよ。私が暴れたら皆が怪我しちゃうもん」

 

「お前は相変わらず話が通じないな。そのままの意味で捉えんなよ」

 

 龍園はフンと鼻を鳴らす。なんとなくだが綾瀬との会話に慣れているように感じた。

 

「あの筋肉バカ......須藤はいないようだな。鈴音もいないようだが、わざわざ代役を立てるんだな」

 

「うん。鈴音は元々出なかったから須藤の分だけ」

 

「代役を立てるためのポイントはお前が払うのか?」

 

「今回は平田だけど次は私も払うよ。10万ポイントならあるから」

 

「確かにお前には10万ポイントはあるが普通そこまでするか?」

 

 綾瀬は船上試験で100万ポイントを手に入れている。それでも10万ポイントを他人のために全額自分では支払おうとするのはあまり出来ないことだ。平田に至っては50万ポイントなのにこの先の競技でも支払おうとするだろう。

 

「するよ。こういうときのためにポイントを使いたいから」

 

「そうか。またお前のことを知れてよかったぜ」

 

 龍園は満足そうに笑って距離を取るように離れた。オレのことなど眼中にもないのか話しかけてくることはない。

 オレはいいお題がくることを祈りながら自分の番を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路と山内は最下位だった。お題が難しいやつだったみたい。

 私も頑張りはするけど分かんないやつだったらどうしよう。

 とりあえず始まったから箱のところまで走る。

 箱に手を入れて一つだけ紙を取って開いた。

 

『年上の人を一人連れてくること』

 

「これは......」

 

 年上っていうのは......よく橘が言ってるやつだよね。上級生。

 私は橘のところに向かった。学は競技に出るから近くにいない。

 

「おや?ここに来るということはお題ですか?」

 

「うん」

 

 橘にお題を見せた。

 

「おぉ......ようやくあなたも目上の人という言葉を理解しましたか......」

 

「目上の人?私のお題は年上の人だよ?」

 

「......それは分かってます」

 

 なんか不満そう。

 

「あれ?そういえばこのお題って橘みたいな一番上の人たちはどうするの?」

 

「簡単です。先生を頼ればいいんです」

 

「あ、そっか」

 

「それよりも早く行かなくていいんですか?まぁ、あなたのスピードならまだまだ余裕そうですけど」

 

 私は他の人たちを見た。お題を見てそこに向かってるみたい。

 

「......綾瀬さん?」

 

「あぁ、ごめん。行こう」

 

 私は橘を置いてかないように走った。

 結果は1位。

 

「分かってはいたつもりですけどあなたの身体能力は凄まじいですね......今のところ全部1位なんじゃないんですか?」 

 

「うん。そうだね」

 

「それじゃあ学年別最優秀選手も間違いなしですね」

 

「あ、それは須藤に譲るから私はいい」

 

「いや何言ってるんですか。そんなの通るわけないじゃないですか」

 

「え......そうなの?」

 

「当たり前でしょう!言葉の意味分かってるんですか?」

 

「んー......」

 

 須藤がそれじゃないと困るのに......。

 

「それに須藤くんってあのときの裁判の生徒ですよね?赤髪でよく目立つ......姿が見えないのですが、もしかしてサボってたりしませんか?」

 

「サボってないよ。ちょっと怪我をしちゃったから休んでるだけ」

 

 私が須藤を結構激しく倒してしまった。少し前ならそっと倒せてたと思うけど力のコントロールがまだ完璧じゃないな。

 

「あぁ、そうだったんですね。それなら学年別最優秀選手は厳しいかと思います。綾瀬さんも怪我だけは気を付けてくださいね」

 

「うん」

 

 私は怪我してもなんとかなるけどね。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 借り物競争ではお題に恵まれず最下位になってしまった。友達10人?好きな人?無理に決まっているだろう。

 オレに続いて山内までも最下位。更に須藤を欠いた男子の四方綱引きは代役を立てるも敗北。ここまでの結果はだいぶ絶望的だ。

 そんな中、綾瀬率いる女子は参加予定だった堀北を欠いた状態でも当然勝利。四方綱引きのルールなどお構いなしに力任せに引っ張って勝つという相変わらずの無茶苦茶っぷりである。

 女子が1位でも男子が最下位なら結果は相殺。マイナスだけじゃないだけまだマシと考えよう。

 残すは男女二人三脚と最終リレー。さすがに綾瀬一人でカバーできる競技じゃない。

 

「誰か次の男女二人三脚で出てくれる人はいないかな?」

 

 平田が堀北と須藤の代役を募る中、名乗りを上げたのは櫛田だった。

 

「平田くん。私にも協力させてもらえないかな。ポイントは自分で出すからさ......」

 

「ありがとう。櫛田さんなら運動神経もいいし歓迎だよ」

 

 それを見てオレも動くことにした。

 

「なぁ平田。須藤の代わりにオレが出てもいいか?ポイントも払う」

 

「それは構わないけれど......いいのかい?」

 

「お前だけに負担させるのは気が引けるしな」

 

 平田はこれまでで借り物競争、四方綱引きで20万ポイントも支払っている。ちなみに堀北の分は綾瀬が支払った。

 平田から了承をもらったのですぐに櫛田の後を追う。

 

「須藤くんの代わりって綾小路くんなんだ。よろしくね」

 

「勝てる保証はないがよろしく頼む」

 

 そんな話をしながらオレたちは既に待機してる綾瀬たちのもとへ向かった。

 

「あ!綾小路お前!桔梗ちゃんとペアを組みたいからって立候補するなんてずるいぞ!」

 

「別にそうじゃない......」

 

 声を張り上げたのは池である。綾瀬とペアを組んでいるのはなんと池だ。

 身長的にも綾瀬の方が高く、足の速さも合わない二人だが、これは綾瀬からの提案だった。

 綾瀬なら軽井沢と走ったように誰とでも好成績を残せるから池でも大丈夫とのことだ。練習でも充分1位を狙える速さだった。学力の低い池にもチャンスを与える作戦。

 

「池。私たちは最初だからそろそろ結ばないと」

 

「お、おう!頑張ろうな綾瀬ちゃん!」

 

 綾瀬と肩を組めるのが嬉しいのか池の顔は幸せそうだ。結局可愛い女の子なら誰でもいいらしい。

 

「私たちは寬治くんたちの次だね。私たちも結んじゃおうよ」

 

「櫛田に任せていいか?」

 

「うんっ!いいよ!」

 

 オレと櫛田が仲良く紐を結ぶのはそれこそ池のように顰蹙を買いそうなので櫛田に任せた。

 櫛田が紐を結ぶ間にオレはこの体育祭にいたDクラスの裏切り者の正体について考える。

 正体は分かりきっている。それはこの櫛田だ。

 参加票は絶対に漏れないように平田が徹底していた。もちろん携帯で撮影など禁止だ。それなのにも関わらず櫛田は携帯で─────。

 

「ねぇ、綾小路くん」

 

「......なんだ?」

 

 紐を結び終えた櫛田が立ち上がって不意に話を切り出した。

 

「私のこと────疑ってるでしょ。参加票を漏らした裏切り者だって」

 

 全くの予想外な発言にオレは驚いた。

 

「......意外だな。自分からそんな話題を出すなんて。なんで急に?」

 

「どんな反応をするのかなって気になってね。でも全然表情にでないからつまんない」

 

「これでも驚いてるんだけどな。本当だぞ」

 

「だとしたら表情筋死にすぎだね。でも、そんな綾小路くんだからこそ私はあなたを警戒してるの」

 

「お前がオレを警戒?」

 

「そうだよ。まずここに来たのだって裏切り者のことを私に聞くためでしょ?目立つことを嫌う綾小路くんらしくないなって思ったんだ」

 

 少々櫛田を侮っていたな。勘づかれるとは思ってもいなかった。

 

「それで、お前は白状したと捉えていいのか?」

 

「えー、どうしようかなぁ。頑張って言い逃れしてもいいけどぉ......ふふっ」

 

 端から見たら楽しく雑談してる様にしか見えない笑顔だ。

 

「大人しく認めるよ。私は綾小路くんを侮っていないからね」

 

「オレはお前が思うような男じゃないぞ」

 

「そうかな。たまにね、心音ちゃんと綾小路くんが重なるときがあるの」

 

「何?オレと綾瀬が?」

 

「そう。私もそれなりに心音ちゃんと一緒にいたけどさー、私と一緒にいて一度も笑う余地すらない人って初めて見たんだよね。あんまり表情が動かない人だっていたよ?でもあれははっきり言って異常。私といて楽しいのか分からなくなる」

 

 友好関係を築くために『この人といて楽しい』と思われるのは大事なことだ。確かに綾瀬が笑ったところなんてオレも見たことがない。

 

「それで綾小路くんも似てるなって思った。気付いたっていう表現の方が正しいかな?綾小路くんはどこか心音ちゃんと同じ匂いがする」

 

 だからオレの反応が見たかったのか。そしてそれが櫛田がオレを警戒する理由。

 

「オレじゃ綾瀬には遠く及ばないけどな」

 

 そうは言いつつも、オレは綾瀬にどこかシンパシーのようなものは感じていた。

 

「あ、心音ちゃんの出番、始まるよ」

 

「そうだな」

 

 綾瀬の出番は見逃せない。なぜなら今後必要な情報を一つでも握っておくべきだからだ。

 というのも、堀北が自分の武器を手に入れようとしてるのと同じように櫛田は綾瀬という武器を手に入れようとしているからだ。

 そうなった場合に備えて少しでも綾瀬の『攻略』に関わることは抑えておく必要がある。

 コントロール自体は容易い。しかし、必ずしもオレの味方であり続けてくれる保証もない。それが綾瀬心音の厄介なところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、これは強敵だねー」

 

 一之瀬は私を見ながらそう言った。

 

「足の速さには自信あったんだけどなぁ......綾瀬お前速すぎだろ!」

 

「ごめんね」

 

「謝る必要はないけど......とにかく!この二人三脚では負けないぜ!」

 

「やる気だな柴田!だけど俺と綾瀬ちゃんのペアには敵わないぜ?息ピッタリの連携を見せてやるよ!」

 

「連携ならこっちの得意分野だ!」

 

 池と柴田はやる気満々だ。

 それぞれスタートの位置に立った。

 

「池。あなたは確実に1位になりたい?」

 

「え?そりゃ当然しょ!二人で報酬ゲットしようぜ!」

 

「分かった」

 

 普通のやり方でもいけそうだけど確実にやるならやり方を変えよう。

 

「うおおお!!いくぜえええ......って、あれ?」

 

 皆が走り出す中、私は足を止めて池の腰に手を回した。そして抱え込む。

 

「舌。噛まないでね」

 

 私はそのまま走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────うわああああああぁぁぁ!!!」

 

 グラウンド上に池の悲鳴が響き渡った。

 

「あれは......須藤がやってたやつか」

 

 ただ須藤のときよりも何倍も池の身体がガクガクと激しく揺れている。もはや地に足がついていない。

 二人三脚ではあり得ないスピードに誰もついていけず、綾瀬と池は(ほぼ綾瀬一人みたいなものだが)余裕で1位だ。

 テントに戻った池はまるで生まれたての子鹿みたいにぶるぶると震えている。よっぽど怖かったらしい。可哀想に。

 

「やっぱり心音ちゃんは凄いよね。あんなの誰にも真似できないよ。皆が心音ちゃんを見てる」

 

「注目の的ってやつだな」

 

 思った以上に綾瀬が目立ちすぎだ。身体能力に振り切ると人はここまでになるのか。

 これだと櫛田に『聞きたかったこと』もあまり意味をなさないのかもしれない。

 

「なぁ櫛田。お前が裏切る理由には綾瀬が絡んでいるのか?」

 

「そうだね」

 

「そのためにDクラスを沈めるのか」

 

「うん。Dクラスにはとことん底に沈んでもらおうと思ってるよ」

 

 それが櫛田にとって必要なこと。

 

「そうか」 

 

「あれ?そこまで驚かないんだね?」

 

「お前のやりたいことはだんだん読めてきたからな」  

 

 目的は不明だがな。

 

「へぇ......じゃあもしかして聞きたかったのはこっちの方なのかな」

 

「いや、別のことだった」

 

「え?そうなの?」

 

 櫛田は意外そうな顔を向ける。

 

「ただ残念だがもうそんなことを話してる時間はなさそうだ」

 

 次はオレたちの番だ。悠長に話している余裕はない。

 

「......綾小路くんって思ってたより厄介かも」

 

 これでオレは櫛田のターゲットになれたのだろうか。

 ────それであれば目的は達成だ。

 こちらとしては標的を絞ってもらった方が助かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今頃グラウンドでは午後の競技が始まっている時間ね。

 私は寮のロビーでソファーに座る須藤くんを発見した。

 

「須藤くん」

 

「......堀北」

 

 須藤くんは少し間を空けたあと振り向き私を見た。

 

「思っていたよりも落ち着いてるわね」

 

「そんなんじゃねぇよ。腹ん中ではムシャクシャしてんだ」

  

 その言葉の通り須藤くんは拳を震わせ、激しく貧乏揺すりをしながら苛立ちを発散させていた。

 

「お前は何しに来たんだよ」

 

「あなたの力が必要なの」

 

「笑わせんな。俺がいなくてもDクラスは何とかなってんじゃねぇのかよ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「んなの決まってんだろ。綾瀬が......いるからだよ」

 

 苦虫をかみつぶしたような顔でそう答えた。

 

「アイツには誰にも敵わねぇ。お前もあの化け物っぷりを見ただろ?あんなの女子じゃ話にならねぇし、男子ですら勝てるやつはいねぇよ」

 

「それはあなたでも?」

 

「認めたくはねぇよ。だけど俺は完全に綾瀬に負けてた。もうDクラスに俺がいる必要はねぇ。アイツに全部任せとけばいいだろ」

 

 須藤くんは自信を喪失している。それも仕方のない話ね。

 同じリーダーとしてDクラスを引っ張ってきた二人だけれど、明暗がハッキリと分かれてしまっている。

 女子は団体戦で好成績を残し、男子はあまり結果が良くない。それにリーダーとしてどちらかが周りに認められていたかなんて言うまでもない。

 そして何よりも決定打となってしまったのは綾瀬さんにあっさり倒されてしまったところ。

 

「でもDクラスは負けている。綾瀬さん一人じゃなんとかならないわ」

 

「知ったことかよ。俺がいたところで何も変わんねぇだろ」 

 

 推薦競技で1位を取り続ければまだ最下位は免れるかもしれない。だけどそれでもなお厳しい。Dクラスの総合力のなさが露呈してしまった体育祭だ。

 

「それならあなたはどうしてリーダーを引き受けたの?」

 

「あ?んなもん運動が出来る俺が引っ張れば楽勝だと思ったからだ。でもな、団体戦ではどいつもこいつも役に立たなかった。それで......負けたんだ」

 

 須藤くんの最後の言葉は少し言い淀んでいた。

 そしてその後、少しの間考える素振りをして口を開いた。

 

「......本当は綾瀬に勝ちたかったんだよ。俺はあいつのことライバルみたいなもんだと思ってた。お互い勉強は出来ねぇけど運動は出来るからな。あいつは自分から周りを引っ張ることは出来ねぇとどこか舐めてたからリーダーとしてなら勝てるとも思ってたんだよ」

 

 この体育祭は綾瀬さんの力を発揮するのに適ししすぎていた。

 どの競技でも完璧にこなし、団体戦でもほぼ単独で勝ち抜ける力がある。

 相手が悪かった。そんな言葉を投げかけても意味なんてない。

 

「......中間試験のときを思い出すわね」

 

「何だよ急に」

 

「あなたと私は似ているわ。私もあのときはDクラスの中で誰よりも勉強が出来る自信があって、自分が一番優れていると思っていた。だけど体育祭では......いいえ、夏休みの特別試験、その前から私は何も出来ていない。私も綾瀬さんには負けているわ」

 

 船上試験の終わりに龍園くんに言われた通り、私はどこか綾瀬さんを侮っていた。

 この子は私が面倒見なければいかない、仕方のない子なんだと。あの子に勉強を教えている間はずっとそう思っていた。

 だけどこれまでのクラスの貢献度を改めて見ると私と綾瀬さんじゃ差が大きく離れている。

 今の私と須藤くんは、得意分野だと思っていた武器が通じず、情けなく自信を喪失してしまっている。

 勉強と運動。対照となるものでも基本的には同じなのね。

 

「ちっ......お前らしくもねぇ。いいからさっさと戻れよ」

 

「いいえ。あなたを連れ戻すまで戻らないわ」

 

「だったら好きにしろよ」

 

 須藤くんはソファから立ち上がり、エレベーターに乗り込んだ。

 閉まる扉。私は最後まで彼の姿から目を離さなかった。

 

 

 

 

 須藤くんが去ってから1時間ほど経過した。

 そろそろ最終競技も迫っている時間だ。戻っても無力な私はひたすら須藤くんを待ち続けた。

 やがて、それが実る。

 

「......お前、まだ残ってたのかよ」

 

「やっと戻ってきたわね須藤くん。」

 

「もう体育祭終わってんじゃねーのか」

 

「まだ最終競技は間に合うわ」

 

「そんなの出てどうすんだよ。もう負けは決まってるだろ」

 

 確かに高円寺くんは最初からリタイア、須藤くんも途中からリタイア、そして私もそんな調子であればマイナスは想像以上にでかい。そして個人の成績も芳しくない。

 それでも────。

 

「きっと綾瀬さんは......あなたを待っているわ」

 

「......なんで綾瀬が俺を待つんだよ。あいつなら俺以上に活躍出来んのに」

 

「あの子には誰もついてこれない。それが、あの子を独りにさせてしまっている。私にはそう見えたの」

 

 周りから称賛を貰っていても、あの子はどこか寂しそうだった。

 力になると誓ったのに、私はあの子の力になれていない。

 

「私は力が足りない。クラスに貢献する力も、綾瀬さんと並ぶ力も。それはあなたもよ。だから─────力を合わせましょう」

 

「......は?なんで、そうなるんだよ。俺じゃ運動でも綾瀬には敵わねぇのに......」

 

「互いに足りないものを補うの。それは勉強や運動に限った話じゃない」

 

 私たちは互いに力が足りない。それなら協力すればいい。

 

「そうすれば私たちだって、綾瀬さんに届くわ」

 

「......俺はよ、この体育祭で色んなことにムカついてた。だけど一番ムカつくのは情けねぇ自分にだった。勝てねぇからって現実に目を背けて、いじけてる自分が許せねぇ」 

 

「分かるわ。私もよ。だからもう一度言うわ。須藤健くん。力を合わせましょう」

 

「堀北......いいのかよ、本当に俺で......って、ほんとなさけねーな俺は!そうじゃねーよな」

 

 須藤くんは真っ赤に染まる髪の毛を強く掻きむしった後、こちらに一歩詰め寄る。

 

「協力するぜ堀北。俺はお前に力を貸す。だからお前も力を貸してくれ」

 

 その言葉に、私は自然と笑みが溢れ出たのが分かった。

 

「......ありがとう」

 

 お互いまだまだ足りないものがたくさんある。

 けど、それを埋めるための小さな一歩を踏み出せたんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後半戦の最後、1200メートルリレーが始まる少し前、綾瀬がオレに話しかけてきた。

 

「あと少しで終わりだね」

 

「綾瀬か。悪いな、足を引っ張ってばかりで」

 

「ううん、全然いい。それよりも最後のリレーであなたにお願いがある」

 

「お願い?」

 

 こうして綾瀬からお願いされるのは珍しいことだった。

 綾瀬はオレにお願いについて話す。

 

「お前のお願いは分かったが、オレはリレーの選手じゃないぞ?」

 

「誰かの代わりにあなたが出てほしい。ポイントは......なんとかする。皆にも納得してもらえるように言うから」

 

「まぁ......そこまで言うなら分かった」

 

 ポイントの部分は引っ掛かったが今はいいだろう。元々こちらもそのつもりだったしな。

 

「ただ一つ聞かせてくれ。それは勝つためにか?」

 

「違う。やりたいことがある」

 

 ハッキリ違うと言い切ったか。

 

「やりたいこととは?」

 

 綾瀬はオレにやりたいことを伝えた。

 

「なるほどな。それならお前の言う通りに動こう。代役のことはこっちに任せてくれ。平田に頼んでみる」

 

「ありがとう」

 

 なかなか面白そうな提案だった。ここは乗っかってみよう。オレはこのことを平田に共有し、動きやすくなるように頼んだ。

 

「最後の競技だね。ここでも代役が────」

 

 そしていよいよ始まる最終競技。平田が代役を立てようとしている中────。

 

「はぁ、はぁっ、悪ぃ!遅れちまった!今どうなってる!?」

 

 息を切らせた須藤と、そして少し遅れて堀北も戻ってくる。

 

「須藤くん......戻ってきてくれたんだね」

 

 須藤の帰還に平田は喜んでいるが、多くの生徒は須藤に白い目を向けていた。その目を須藤は正面から受け止めた。

 

「皆すまねぇ。俺がキレちまったせいで平田を殴るところだったし、士気も下げた。それにDクラスが負けそうになってるのも俺の責任だ」

 

 誰かに責められる前に、須藤が深々と頭を下げた。今までの須藤からは考えられない行動だ。周りが声を掛けようか悩んでいる間、綾瀬が須藤の目の前へと足を運ぶ。

 

「須藤。頭を上げて」

 

「綾瀬......」

 

 申し訳なさそうに顔を上げた須藤に対して、綾瀬は手を差し伸べた。

 

「あなたが戻ってきて、よかった」

 

「......!ありがとな、綾瀬......」

 

 綾瀬が須藤を受け入れたことによって周りも須藤の謝罪を受け入れた。須藤を非難していた生徒たちも須藤ほどの成績を残せてたわけじゃないしな。

 

「リレーの代役が決まってないなら俺に走らせてくれ」

 

「もちろんだよ。君がその気になら任せるさ」

 

「私は代走をお願いしてもいいかしら......この足では満足に走れそうにもなくて......ごめんなさい」

 

 あの堀北も須藤と同じく深々と頭を下げた。

 堀北も堀北なりに自分を見つめ直し、Dクラスの勝利のための行動を取った。

 それを聞き届けた平田は頷き、ポイントにも余裕のある櫛田が代役を務める。

 メンバーは須藤、平田、三宅、小野寺、綾瀬、堀北の代わりに櫛田だ。最終リレーは男女の数を丁度3:3に分ける必要がある。

 いざメンバーが決まったところでオレは平田に目配せをする。

 

「あの急で悪いんだけど、実は僕────」

 

 しかしそれを遮るように、もう一人の男子生徒も言葉を発した。

 

「待ってくれ。悪いんだけどさ、俺も棄権させてもらえないか?」

 

 そう言ったのは男子で参加予定だった三宅だった。少し右足を引きずっているように見える。

 

「実は200メートル走のときに足首を捻ってさ......休んだら治るとおもってたんだけどまだ痛むんだ」

 

「となると男子の代役を立てないといけないね」

 

 平田が呼びかけるが、この重要な局面で手を挙げれる生徒はなかなかいない。

 しばらく待っても出なさそうだったのでオレが申し出ることにした。

 

「じゃあオレが走ってもいいか。代走のポイントもオレが払う」

 

「え?綾小路?お前って足速かったっけ?」

 

 もちろんそんな印象はないだろう。

 

「僕は賛成だよ。彼はしっかりと結果を残してくれる人だよ」

 

「私も賛成。綾小路なら大丈夫」

 

 平田と綾瀬のお墨付きであれば反対意見など当然出ない。

 

「作戦はこの前話した通り須藤くんが先頭で有利取りにいく。僕がそれを保って後ろの生徒にリードを託す形だね」

 

 上級生も交えた12人同時のリレー。

 12人分のレーンは用意することが出来ないため、スタートは横並び。抜け出した人間からインコースを取っても構わないというルールだ。

 

「そして最後は綾瀬さん。最後は君に託すよ」

 

「綾瀬、お前なら大丈夫だぜ」

 

「うん」 

 

 最終的に決まった順番は須藤が1番手。2番手に平田。次にオレで後は女子3人。一見女子3人に後を託すのは無謀に見えるが、綾瀬なら話は別だ。序盤で出来るだけ有利を築いて最後に綾瀬が全部抜き去る構成だ。勝ちの目はあるだろう。

 各学年、各クラスから選ばれた精鋭たちがグラウンドの中央に集まる。

 

「危なかったよ。もう少しで僕が棄権するところだった。でもまさか綾瀬さんからも参加するように言われるなんてびっくりしたね」

 

「だな。オレも意外だった」

 

 オレは当初からこの最後のリレーで平田に代わって参加する予定だった。こんなことは堀北も知らない。

 オレは3番手が待機する場所に待機してる間、綾瀬に頼まれたことについて考えていた。

 綾瀬のお願いはこんなものだった。

 

『最後は全力でやってほしい。あなたが力を隠してるのは分かってる。それでも、お願い』

 

 さすが身体操作にも長けた綾瀬だ。上手くやっていたつもりだったがすっかりバレてたらしい。

 オレとしてはアンカーであることが理想だったが、さすがに綾瀬からアンカーは取れない。それに綾瀬のやりたいことにも興味がある。

 いよいよこの体育祭を締めくくる最終リレーのスタートの合図が鳴った。

 どの学年もスタートは女子ばかりだったので須藤はどんどん突き放して平田にバトンを託す。

 平田も須藤が作ったリードを保ったまま3番手のオレにバトンを伸ばす。 

 

「綾小路くん!頼んだよ!」

 

 バトンを受け取り、オレは開幕から全力で駆け出した。 

 無機質な部屋の中で走り続けたあの時とは全く違う感覚。

 色のある空、吹き抜ける風。 

 外に出なければ感じることのなかったものばかりだ。

 前には誰もいない。グラウンドが騒がしいが全て無視する。

 オレは今、ただこの感覚を噛みしめながら走っていた。

 しかし、やがて終わりはやってきて4番手の小野寺が見えてくる。

 オレはスピードを落とし、小野寺へとバトンを渡す。

 

「......あっ!ご、ごめん!」

 

 オレの速さに驚いたのか小野寺はバトンを落としてしまった。バトンをすぐに拾うも心ここにあらずというか、落ち着きのない走りだった。こればかりは申し訳ないな。

 まぁオレは役目を果たした。後は綾瀬に託すとしよう。

 

 

 

 

 

 

 綾小路が走り出す少し前、私は学と話してた。

 

「綾瀬。お前は自分のクラスをどう見ている?」

 

「どう?んー......」

 

 良い言葉が思いつかない。なんて言うのが正しいんだろう。

 

「難しいことは考える必要はない。思ったことを言えばいい」

 

「それなら......皆、足りないものばかりでいいよねって思う。それはいくらでも変わることが出来るということだから」

 

「お前はどうなんだ?」

 

「足りないことばかりなのは私もだよ。だけど私は皆のようにはなれない」

 

 それがこの体育祭で良く分かった気がする。元々分かっていたことではあるんだけど。

 

 リレーの方に視線を向けると、須藤が一番に抜け出していた。

 

「噂以上に怪物じゃないか、綾瀬」

 

 名前を呼ばれて振り返る。 

 金色の髪をした人。誰だろう。

 

「あなたは?」

 

「2年Aクラスの南雲雅だ。よろしくな」

 

「私は綾瀬心音。よろしくね南雲」

 

「いきなりタメ口か。堀北先輩にも名前で呼び捨てとかぶっ飛んでるなやつだなお前。とにかく予想以上の身体能力だったぜ。それは褒めてやる」

 

「お前が下級生に興味を持つなんて珍しいな」

 

「確かに殆どないですね。だけど綾瀬の名前は上級生の間でも噂になっていたんでね。それであんな活躍を見せつけられたら興味も湧くものでしょう」

 

「......綾瀬の名前か」

 

 少しだけ学の顔が厳しくなった。

 

「なぁ綾瀬。堀北先輩ももう引退だ。次の生徒会長は俺。覚えておいて損はないぜ」

 

「そうなんだ。じゃああなたがこの学校で一番偉い人になるんだね」

 

「偉い人?子供みたいな言い方だな」

 

 南雲はおかしそうに笑った。

 

「......って、随分と速い1年がいるな」

 

 綾小路が走ってる。凄く速い。

 私が全力で走るようにお願いした。やっぱり綾小路は速いね。

 次の小野寺はバトンを落として、スピードもいつもより出てない。そして桔梗も速い方だけど、後ろに控えてる男の子たちの方が速い。私たちは2位になった。1位は2年Aクラスで、3位が3年Aクラス。

 1位と2位の差は15メートルぐらい、そして1位と3位の差は30メートルぐらい。ちょうどいい。綾小路のおかげ。

 

「この勝負。俺たちの勝ちっすね。堀北会長。出来れば接戦で走りたかったですよ」

 

 南雲が走り出すまであと少し。

 学が勝つのは厳しい。

 でも─────。

 

「南雲。あなたは私に負けるよ」

 

「......ほう?この差を覆すつもりか?」

 

「差はもうちょっと広がるかもね。それでも、あなたは急いだ方がいい。負けたくないなら」

 

「面白い。その挑戦的な態度、いつか後悔することになるぜ」

 

 南雲はゆっくりと歩き出した。

 バトンを受け取るための助走。 

 それから少しして、桔梗が私にバトンを渡しに来る。

 

「心音ちゃん!」

 

「ありがとう」 

 

 私はバトンを受け取った後、その場で止まった。

 

「......心音ちゃん?」

 

「綾瀬。お前は何をやっている?」

 

 桔梗も学も不思議そうにしてる。

 これから私がやることは、意味のないことなのかもしれない。  

 それでも、そうしたい。そうしないといけないなって、思った。

 

「学────あのときの続きをやろう」

 

 私と学は一度戦った。決着はついてない。

 この学校では簡単に戦えない。だからこれはチャンス。

 

「お前はクラスの勝利を放棄していいのか?」

 

「放棄なんてしてないよ。これぐらいならまだ勝てるから」

 

 学が走るまであと少し。南雲にはまだ届く。

 

「なぜ俺との戦いを望む?」

 

「私はね、私自身は別に勝っても負けてもどうでもいいの。勝ったら皆が喜ぶから、そう動いてるだけ」

 

 それでしか、自分の存在の意味を証明することが出来ない。

 

「だけど、あなたには勝ちたい。勝って、皆に教えてあげたいの」

 

「何を教える気だ?」

 

「不良品にだって、ちゃんと価値があるっていうことを」

 

 不良品と呼ばれるのは使えないから、もしくは壊れてしまったから。

 私のような存在が学のような人に勝てれば、不良品だって使えるんだって認めれると思うの。

 

「自分で言っていて気付いているか?お前は結局自分のためには戦っていない」

 

「それでもいいよ」

 

「......そうか。どちらにせよ俺に拒否権はない。いいだろう。その挑戦、受けて立つ」

 

 私たちは構える。あと数秒で始まる。

 

 龍園。あなたには謝っておくよ。

 あなたとの約束、それを今から破るから。

 

「────本気でいくよ」

 

 最初から全力で走る。

 まだ始まったばかりなのに、もう風の音が聞こえなくなった。

 

 学。あなたは完璧なんだよね。

 私は絶対にあなたみたいにはなれない。

 だって私は『不良品』じゃなくて、最初から壊れていた『欠陥品』なんだから。完璧になるための部品は私にはない。

 私がいたところではね、皆が完璧を目指していた。でも、あなたのような人に現実を見て壊れていった。

 だから私は皆に理想を見せてあげたいんだ。

 

 ────正しい壊れ方をするための、理想を。

 

 あぁ、境界線が見えてきた。

 

 その境界線を飛び越えると、そこには地面がなくて、ただひたすら落ち続ける。

 

 そうして、沈んでいく。

 

 目が覚めたときに私はどうなっているのかな。

 

 暗い海の底?それとも────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラウンド上に響き渡る怒号のような大歓声。それも仕方ない。

 最も熱いカードと言える綾瀬と堀北兄の純粋な走力勝負は観客の期待度を一気に跳ね上げた。

 そして何より......。

 

「まじかよ綾瀬ちゃん......あそこから巻き返したぜ!?」

 

「やったー!私たち1位!!」

 

 とても人間とは思えない走りで綾瀬は堀北兄との戦いを制し、南雲すら抜き去った。

 当然周りは大興奮。しばらく静まりそうにもない。

 

「ちょっと、あんたもめちゃくちゃ速いじゃん」

 

 綾瀬の走りに周りが興奮してる中、軽井沢が視線を外しながら言った。

 

「綾瀬のおかげでオレのことなど忘れ去られてるかもしれないけどな」

 

 だがこれぐらいでちょうどいい。オレの出した全力が今後有効に働く相手に刺さることが重要だ。

 

「綾瀬さんなかなか帰ってこないね」

 

 綾瀬はゴール地点で堀北兄、南雲と話し合っていた。その姿は健闘を称え合っているようにも見える。

 やがて綾瀬が帰ってくると、クラスメイトたちが喜びを隠せない様子で迎え入れた。

 

「おい綾瀬!なんだよ最後のやつ!めちゃくちゃ痺れたぜ!」

 

「止まってたときは何事かと思ったけどあそこからぶち抜くとかヤバいって!!」

 

「お疲れ様!綾瀬ちゃん!」

 

「ありがとう」

 

 周りが熱に浮かれる中、綾瀬は短くそう答えた。

 さすがにあの速さであれば本気だったはずだ。それでも疲弊してる様子がない。本当にどうなってるんだ?

 

「これでより一層綾瀬さんの注目が増すことになるわね」

 

「堀北か」

 

 堀北が近付いてきたことで軽井沢は自然と距離を取った。

 綾瀬の注目度はもはや1年だけで収まるレベルじゃない。今回のように上級生も入り交じって戦う場ではどこまで自由に動けるかも分からなくなってきた。

 

「......あなたも随分と速いのね。最初からさっきの感じで走ってれば状況は違ったのに」

 

「悪いな。こちらにも考えてることがある」

 

 オレが本気を出せば団体戦の勝ちは拾えてたかもしれないな。だがそれでは意味がない。

 この体育祭では勝つ気がなかったが、想像以上に綾瀬が暴れすぎた。もう少しコントロールを徹底するべきだと反省しよう。

 

「そろそろ結果が発表されるみたいだよ」

 

 閉会式と共に、巨大電光掲示板に結果が発表される。

 

「それでは本年度体育祭における勝敗の結果を発表する」

 

 全13種目のトータル獲得点数がカウントされていく。勝った組は......。

 『勝利赤組』の文字と共に点数が発表される。

 赤組がやや差をつけての勝利だった。

 

「続いて、クラス別得点総合得点だ」

 

 1位 1年Bクラス

 2位 1年Cクラス

 3位 1年Aクラス

 4位 1年Dクラス 

 

「うぎゃー!もしかしたらと思ってたけどやっぱり負けてるかー!」

 

「......まぁ惜しかったな」

 

 やはり高円寺が最初からリタイアしていたことや須藤と堀北が封じられていたことなどマイナスの要素が大きすぎた。綾瀬も頑張っていたがこればかりは無理だ。

 結局オレたちのクラスポイントは赤組の勝利と最下位でマイナス100ポイント。他のクラスも全て自組の勝敗と順位を合わせるとマイナスになるというなんとも悲しい結果となった。

 

「それでは最後に、学年別最優秀選手を発表する」

 

 須藤にとって一番期待しているだろう部分。

 もし取ることが出来ていれば、須藤は堀北を下の名前で呼ぶ許可が出る。

 しかし────。

 

 1年最優秀選手 綾瀬 心音

 

「ぐあああ!やっぱ綾瀬か!」

 

 最後の希望を失い項垂れる須藤。綾瀬は個人競技で全て1位。団体競技や推薦競技で稼いだポイントも相当なものだ。まず勝つことなど不可能だ。

 

「よかったな綾瀬」

 

「これって須藤がならないと駄目なやつでしょ?」

 

「あー......そうだな」

 

「そうだよね。んー......残念だね」

 

 自分の結果よりも須藤の結果が良くなかったことを残念がっている。自分のことなど二の次か。

 いつもの調子で落ち着いている綾瀬は違って、Dクラスの生徒たちは綾瀬に興奮を隠せない様子で駆け寄った。

 クラスメイトから祝福の言葉を受けても、綾瀬は何を考えているか分からない顔で電光掲示板を見つめている。

 

 

「完敗だぜ綾瀬」

 

「ごめんね」

 

「なんで謝んだよ」

 

「そうしないといけないって、思ったから」

 

「相変わらず変なやつだな......こういうときは素直に喜べばいいんだよ」

 

「......そうだよね。ごめん」

 

 綾瀬はまた謝った。

 きっと、綾瀬は......。

 

「ていうかよ、謝んなきゃいけないのは俺の方だ。皆に迷惑かけちまったし、頑張ってくれたお前の足を引っ張っちまった......」

 

「私のことはいいよ。気にする必要ない。だって私は......」

 

「お前がよくても俺の気がすまねぇんだよ。正直にいってめちゃくちゃ悔しいぜ。こんなに情けない自分が許せねぇ」

 

 須藤は頭をガシガシと掻いて項垂れた後、顔を上げた。

 

「だからその......綾瀬!俺を思いっきりビンタしてくれ!」

 

「はぁ!?何言ってんだ健!!」

 

 突然変なこと言い出した須藤に鬼気迫る顔で近づいてきたのは池だった。

 

「いいか!綾瀬ちゃんの力は俺たちじゃ到底敵わないんだ!絶対に無事じゃ済まないぞ!命が惜しいなら今すぐそんな馬鹿なことは止めよう!な!な!?」  

 

「なんでお前がそんなにビビってんだ......?」

 

 須藤はいなかったから知らないだろうが、池は二人三脚のことがトラウマになっているんだろう。本当に可哀想だ......。

 

「須藤。なんで私がビンタしないといけないの?」

 

「これはケジメみたいなもんだ。不甲斐ない自分を誰かにぶん殴ってほしいんだよ」

 

「でも怪我しちゃうよ」

 

「いいわ綾瀬さん。ビンタしてあげなさい」

 

「え?でも......」

 

「そうしてあげることで彼も次に進めるの。気の済むまでやってあげなさい」

 

 堀北にそう言われて綾瀬は少しの間停止した後、頷いた。

 

「分かった」

 

「ひえっ......」

 

 その場で軽く腕を振る綾瀬。ビンタの予行演習なんだろうが、その様は死神がカマを振っているかのようだ。

 

「須藤────いくよ」

 

「おーし!こーい!」

 

 周りが固唾を呑む中、須藤の掛け声と共に綾瀬が高速で腕を振ると、パァン!!と銃でも発砲したような音が鳴り響いた。

 

「あ......がっ......!こんなつえぇパンチ......初めて食らったぜ......」

 

 パンチじゃなくてビンタだけどな、なんて心の中で呟いている内に須藤が膝から崩れ落ちた。

 

「健......健ー!!」

 

「......分かっていたつもりだけれどただのビンタでここまでなのは凄いわね。須藤くん。まだ話せる元気はあるかしら」

 

「お、おぉ......」

 

 辛うじで返事をしたって感じだな。

 

「あなたはケジメをつけることで責任を取ろうとしたのよね。でも今までのことを考えればそれじゃ足りない。今のあなたならそれは分かるわね?」

 

「......あぁ」

 

「金輪際正当な理由もなく暴力を振るうことを止めて、真っ当な振る舞いを心掛けなさい。それがあなたの責任の取り方よ」

 

 堀北が提示したのは贖罪。

 喧嘩っ早い性格で散々トラブルを起こしてきた須藤には一番効果のあるものだろう。

 

「そうだな......もう二度と同じ過ちは犯さねぇよ」 

 

 須藤もしっかりとそれを受け入れた。

 

「その言葉、しっかりと胸に刻みなさい。それと......私もあなたと同じようにケジメをつけないといけないわね。私も情けない結果に終わったわけだし」

 

「は?お前は仕方ないだろ。怪我してたんだから」

 

「私もそれじゃ気がすまないのよ」

 

 そう言って堀北は背中を向けながらこう言った。

 

「あなたが呼びたいなら、私を下の名前で呼ぶことを許可するわ」

 

「......は?お、おい?」

 

「最下位だったけど、これからの戦いに希望が持てた。感謝してるわ」

 

 そう言い残してこの場を立ち去る堀北。

 

「......うおおおおっしゃあああ!!」

 

 先ほど倒れていたのが嘘みたいに跳ね上がって須藤は両手を天にあげた。

 

「最高だぜ体育祭!最高だぜ鈴音」

 

「よかったね須藤」

 

「おう!今回はお前に負けちまったが、次は負けねぇぜ!」

 

「......うん」

 

 二人もなんだかんだ丸く収まってよかった。得るものが多い体育祭だったと言えよう。 

 

「あー......盛り上がってるところ悪いんだけど、綾瀬。ちょっといい?」

 

 ちょうど引き上げようとしたとき、落ち着きのある女子が綾瀬に声を掛けた。

 1年Aクラス。神室真澄。坂柳の傍にいる女子生徒だ。

 

「坂柳がこの後時間はあるかだって」

 

「うん。だって私と坂柳は約束してたし」

 

「......は?じゃあなんで私にわざわざ使いなんてさせたのよ坂柳のやつ......」

 

 神室は思いっ切り不満顔で文句を垂れる。従順な坂柳の従者だと思っていたが、またちょっと違う印象を受けた。 

 

「とりあえず伝えたから。それじゃ」

 

 伝えることだけ伝えてさっさと去って行った。

 

「へぇー、綾瀬ちゃんこの後坂柳ちゃんと約束あるんだ」

 

「うん。今回は仲間だったから」

 

 体育祭から始まる前から何度か一緒にいた二人だったから周りも大して気に留めなかった。

 

 




もう一つは今日中には投稿できる......はず!
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