学校から帰ってある適度勉強を済ませた後、私は天井を見つめていた。
時間がどれほど経っているか分からない。だけど白い空間......ホワイトルーム、だっけ。あの頃と違って部屋が暗くなっていくのが分かるから、もう夜が近づいてることは分かる。
しばらくそうしていると佐藤から電話がかかってきた。佐藤とは体育祭が終わった後に連絡先を交換した。電話がかかってくるのは初めてだ。
『わー!どうしようどうしよう!』
ボタンを押して携帯に耳を当てるといきなり大きな声が耳元で響いた。
「......どうしたの?」
『今日のこと!』
「あー......」
佐藤から綾小路の名前が出るのは少し前なら珍しいことだった。二人が教室で話しているところなんて見たことない。
体育祭が終わった後に佐藤が綾小路に対しての見方が変わったみたい。
今日鈴音がいなくなった後、佐藤は綾小路に告白っていうのをする予定だった。
好きっていうだけらしいんだけど、普通ならそれは難しいことなんだって。
「えと、告白は成功したの?」
『......連絡先は交換した』
「......それって告白なの?」
『ほとんど告白みたいなものだし!』
そういうものなんだ。よく分かんないや。
「それで?これからどうするの?」
『うーん、ゆっくり距離を詰めていくしかないのかなぁ』
しばらく考え込んだ佐藤は何かを閃いたように『あ!』と元気な声を出した。
『綾小路くんって何が好きなのかな?』
「えーと......」
そう言われて困った。綾小路の好きなんだろう。
「あぁ、好きとは違うかもしれないけど、最近友達が減っちゃって寂しそうだったよ」
『あのクールな感じで寂しそうとか余計にギャップが......!本当は友達じゃなくて恋人がいいんだけど......うんうん、焦っちゃいけないよね』
佐藤が綾小路のことを好きになったのはギャップ。意味はズレとか、隙間。女の子がよく使うのはズレの方。
普段駄目そうな人がたまに見せるかっこよさに女の子は弱い......らしい。
『綾瀬さんに聞いてよかった。ありがとね、相談乗ってくれて』
「ん、力になれてるのかは分からないけど」
こうして相談に乗るようになったのは最近。普段はメッセージてやり取りしてる。
佐藤からしたら綾小路のことを一番知ってるのは私。そして私ならライバルになることはないから安心なんだって。
「頑張ってね。佐藤の恋は応援してるから」
『うん!ありがと!』
電話を切って、また天井を見つめる。
恋をしてる佐藤は楽しそうだ。だけど私には何が楽しいのかよく分からない。
恋についてはよくチエから聞いた。辞書だって引いたし、そういう本も読んだ。
それなのに────いつも理解がズレているような感じになる。
これもギャップ?......多分違う。
「よ、よぉ!鈴音!」
朝、教室へ入った私を待ち構えていたのは落ち着かない様子の須藤くんだった。
「今日、中間テストの結果が出るんだよな?」
「そうね」
「鈴音。今回、結構いけてる気がするぜ」
須藤くんは得意げな顔で親指を立てた。
「結果を見るまでは分からないでしょう」
「おいおい、少しくらい期待してくれてもいいだろ?今回はマジで頑張ったからな、鈴音」
「努力したことは認めているわ。ただし、それが点数へ結びついたかは別の問題よ」
「相変わらず厳しいなお前……」
不満そうに言いながらも、須藤くんの表情に以前のような投げやりさはない。
入学したばかりの頃なら、試験結果を自分から気にすることさえなかったはずだ。それが今では、授業へ真面目に取り組み、放課後の勉強も続けている。
「それと、慣れてないなら無理に下の名前で呼ぶの止めたら?」
「む、無理なんてしてねーよ!これからも呼ぶ!呼ばせてもらうからな!」
「はぁ......」
彼の勢いに困惑する。どうしてそこまでして彼は拘るのだろうか。
「おはよ、二人とも」
「お、綾瀬!お前は中間テストどうだったんだよ」
「勉強したから、あとは結果を見るだけだよ」
正しい答えだった。
ただ、その声には期待も不安も感じられない。
「お前は何故か妙に堂々としてんなぁ......」
程なくして綾小路くんもやってきて少し話した後、須藤くんは自分の席に戻った。
ホームルームが始まるまで綾瀬さんは問題集を開いていた。
何度か眠そうにあくびをしながらも、鉛筆は止めていない。余白には何度も計算をやり直した跡が残っている。
「綾瀬さん」
「なに?」
「その問題、使う式を間違えているわ」
「あ、そっか」
「問題文の意味をしっかり考えなきゃ駄目よ。せっかく式を覚えているのに勿体ないわ」
「うん、わかった」
落ち込むでもなく、言い訳をするでもない。ただ事実を受け入れ、もう一度最初から計算を始める。
綾瀬さんは、もともと素直な子だ。私が間違いを指摘すれば反発せず、教えたことも疑わずに受け入れる。
ただ、その受け入れ方が最近は少し変わっていた。
以前なら何が違うのか理解するまで何度でも尋ねてきた。今は答えを教えると、「そうなんだ」と頷き、そのまま正しい式を書き写す。
この変化を明確にそう感じたのは体育祭以降。これを自分の頭で色々考えながら処理し始めているからと捉えるべきか、それとも......。
そのとき、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
体育祭を経て変わったのは、綾瀬さんや須藤くんだけではない。
その変化を真っ先に感じとったのはたった今、教室に入ってきた茶柱先生だった。
「席につけ────と、随分と準備が出来ているようだな」
始業のチャイムが鳴れば、それまで話していた生徒も自然に口を閉じる。授業中に私語をする者も、机に伏して眠る者もいなくなった。
教師から注意されなければ授業を受けられなかった頃のDクラスは、もうここにはない。
以前の私なら、その程度はできて当然だと切り捨てていたでしょうね。今も褒めるほどのことではないと思っている。
ただ、当然のことさえできなかった者たちが自分たちの意思で改善した。その変化まで否定するつもりはなかった。
とりあえず今はこのまま良い方向に向かうことを祈るしかないわね。
「先日も話した通り今日は中間テストの結果発表だ。その様子では心構えはしっかり出来ているようだ。そのことについては素直に嬉しく思う」
茶柱先生が生徒を褒めるのは珍しいわね。だけど心構えが出来ていても結果は変わらない。
「しかし赤点を取った場合は覚悟してもらうぞ。ではこれから中間テストの結果を貼り出す」
いつも通り大きな紙を黒板へ張り出した。
そこにはクラス全員の名前と、各教科の点数、総合点、順位が記載されている。
「今から発表する点数には体育祭での加点も反映されている」
1位を取った場合は3点を加点することが出来る。使用しない場合は5000プライベートポイント。
綾瀬さんは使おうと思えば30点近く追加することも出来たけど、全てをそれに使うことはしなかった。使ったのはせいぜい半分ぐらい。
「お、おぉっ!?嘘だろ!?」
張り出された紙を見て山内くんが驚きの声を挙げた。
今まで最下位は綾瀬さん、その次に須藤くんというのがいつもの光景。
だけど今回の最下位は山内くんだった。その次に綾瀬さん、池くんと続いている。
「俺が最下位とかマジかよ!まさか綾瀬ちゃんに負けるなんて!」
今までだったらあり得なかったことに周囲は驚きを隠せなかった。パチパチと拍手を送る生徒までいる。
「残念だったなぁ春樹ー。俺の方が上だぜ」
「お前は綾瀬ちゃんに貰ったボーナスがあるだろ!」
その言葉を聞いた瞬間、池くんの身体が分かりやすく強張った。そして冷や汗を流しながらぷるぷると震え始める。
「そそそそそうだったなぁ!いやぁ、綾瀬様のおかげでございますなぁ......」
「さ、様?」
池くんは男女ペアの二人三脚で綾瀬さんと出ることになり散々な目にあったと聞いている。そのことが軽いトラウマになっているらしい。
「よかったな綾瀬。最下位脱却だ」
「今回は特別。次はこうはいかないよ」
今回はおおよそ40点以下を取らなければ赤点にはならない。
綾瀬さんは追加の点数を計算に入れなければ殆どの教科が40点ギリギリといったところだった。得意な暗記科目も50点程度。
一方、須藤くんはほぼ最下位だった順位を大きく上げて下から12番目の位置にいた。平均点は57点。
今までの彼なら考えられなかった順位と点数。こちらも綾瀬さんのときと同様、クラスメイトたちは驚きを隠せていなかった。
本人も喜びを表現するように小躍りまでし始める。
「よっしゃああ!!自己記録大幅更新!!!」
「その点数程度で騒がない。あなたの場合は体育祭の貯金も────」
そこまで言いかけて私は一度口を閉じた。
「......とにかく、みっともないからその小躍りは止めなさい」
「ぐっ......!お、おう......」
正直なところを言えば凄いことだとは思っている。褒めだしたら調子に乗りそうなので褒めないけど。
それよりも────問題は綾瀬さんね。
勉強する姿勢に問題はない。授業も真面目に受けている。放課後の勉強会にも参加し、出された課題にも取り組んでいた。
それでも、彼女の学力はほとんど伸びていない。
同じように机へ向かいながら、二人の結果には少しずつ差が生まれ始めていた。
......いいえ、今回は特例があったにせよ最下位じゃなかったことを褒めましょう。入学当初は小学生並み、下手したらそれ以下だった彼女がここまで来れたことが奇跡だ。
「今回、赤点による退学者はいない。各自で結果を確認しておけ」
その言葉を聞いた途端、教室のあちこちから安堵の息が漏れた。
今回のテストはそこまで危機感を感じるような難易度ではなかったけど、綾瀬さんがいる以上そう悠長に構えてられないのがこのクラスの共通認識だ。
「今回も殆ど一番下みたいなものだったね。勉強したんだけどな」
悲しんでいるようには見えなかった。悔しがっているわけでもない。ただ、自分の努力と結果を並べて確認している。
綾瀬さんはそれ以上何も言わず、前を見た。
『次はもっと頑張る』
その言葉が続かなかったことが妙に気にかかった。
「私がこの学校へ着任してから、Dクラスがこの時期まで一人の退学者も出さなかった例はない。お前たちはよくやったと言っていいだろう」
普段、生徒を積極的に褒めようとしない茶柱先生からの言葉だった。教室の緊張が解け、安堵したような笑みが広がっていく。
「そこで改めて聞いておこう。この学校をどう思う? お前たちの評価を聞きたい」
唐突な質問に、生徒たちは互いの顔を見合わせた。
「池。お前はどうだ」
指名された池くんは少し考える。
「いい学校だと思いますよ。ポイントがあれば好きなものを買えるし、寮は綺麗だし、飯も美味いし。それに、可愛い女子も多いですから!」
最後の一言で、女子生徒たちから冷たい視線が向けられた。
茶柱先生は呆れた様子を見せながら、今度は別の生徒へ視線を向けた。
「綾瀬。お前はどうだ」
「私?」
「この学校をどう思う?」
綾瀬さんはすぐには答えなかった。窓の外でも、茶柱先生の顔でもなく、教室の中へ視線を巡らせる。
「みんな楽しそうで、いいと思う」
短い言葉だった。茶柱先生も、数秒だけ綾瀬さんを見つめ、それ以上は何も尋ねなかった。
「平田。お前はこの学校に慣れたか?」
「はい。友人にも恵まれていますし、充実した学校生活を送れています」
「一度の失敗で退学する可能性がある。それでも不安はないのか?」
「不安がないわけではありません。でも、これからもクラス全員で乗り越えていくつもりです」
迷いのない回答だった。
『全員で』私にはその言葉が綾瀬さんのいった『みんな』とよく似ているようで意味がどこか違ったように思えた。
「そうか」
茶柱先生は小さく頷くと、教卓から別の資料を取り出した。
「お前たちも分かっていると思うが、来週、小テストを実施する」
安堵していた教室の空気が、再び張り詰める。
「げえっ!またテスト!中間テスト終わったばっかなのに!」
2学期は特にテストが多い時期。勉強が苦手な生徒には辛いでしょうね。
そんなの聞いてないと騒ぎ立てた池くんだったけど、小テスト自体は予め告知されていたものである。
「まぁ安心しろ。小テストは100問の100点満点となっているが、その内容は中学3年レベルのものだ。いわば基礎をきちんと覚えているかの再確認を兼ねたテストだということだ。更に成績には一切影響しない。もちろん赤点によるペナルティもなしだ。0点だろうが100点だろうが取って構わない」
「お、おおっ!まじっすか!やった!!」
「だが────もちろんこの小テストが無意味ではないことも伝えておく。なぜなら、この小テストの結果が次の期末試験に大きく影響を及ぼすからな」
当然、手を抜いて許されるものではなさそうね。
体育祭が終わって間もない中、また次の試験が始まろうとしている。
「続いて、二学期の期末試験について説明する。今回の期末試験は、通常とは異なる特別な形式で実施される。まず、お前たちはクラス内の生徒と二人一組のペアを作る」
「二人一組?ペアは自由に決められるんですか?」
平田くんが尋ねた。
「それは小テストの結果次第だ」
「それは......点数が近い者同士、とかでしょうか」
「それは今の段階では答えられない」
教室がざわつく。
高得点者同士を組ませるのか。近い点数の者同士なのか。あるいは、その逆か。
学校が小テストを実施しながら、その利用方法を伏せることには意味がある。
「次に、ペアの合否判定について説明する。試験は全8科目。そして今回は取ってはならない赤点が2種類存在する」
茶柱先生は黒板に二人分の点数を書いた。
『20点+40点=60点』
「各科目に設けられる最低基準は、二人合わせて60点。片方が20点でも、もう片方が40点を取れば、その科目は合格となる」
教室の緊張が僅かに緩んだ。しかし、その反応は早計だ。
「反対に、二人の合計が59点以下だった場合、そのペアは不合格となる」
黒板の数字が書き換えられる。
『20点+39点=59点』
「不合格になると、どうなるんですか?」
平田くんの質問に、茶柱先生は淡々と答えた。
「二人とも退学だ」
教室が静まり返った。
「片方が原因でも二人ともですか?」
「そうだ。一人が59点を取っても、相手が0点なら合計は59点。二人揃って退学となる」
今度のざわめきは、先ほどまでとは明らかに質が違っていた。
自分が赤点を取らないだけでは足りない。相手の不足まで、自分の点数で補わなければならない。
「一科目でも60点を下回れば退学ですか?」
幸村くんが尋ねる。
「ああ。それとは別に、8科目全体の総合点にも最低基準が設けられる。過去の試験では、ペア合計で700点前後だ」
単純に成績上位者と下位者がペアになれば安全になるとも限らないわね。二人の苦手科目が重なれば、1科目の最低点を割る危険がある。
誰と組むか。互いの不得意分野を補えるか。そして学校が、どのような規則でペアを決めるのか。
現時点では不確定な要素が多すぎる。
「サエ」
綾瀬さんが手を挙げた。
「なんだ」
「私が点を取れなかったら、相手が代わりに取るの?」
「結果としてはそうなる」
「二人とも取れなかったら、二人とも退学?」
「先ほど説明した通りだ」
「そう」
綾瀬さんは手を下ろした。
自分が退学になることには、ほとんど反応を示さなかった。けれど、僅かに伏せられた目は、黒板の最下段に残された自分の名前へ向けられている。
「それは困るね」
小さな声だった。
自分の不足で誰かを退学させることはできない。
おそらく彼女は、そう考えている。
「まだ説明は終わっていない」
茶柱先生が教室のざわめきを抑えた。
「この試験では、教師が問題を作成しない。お前たち自身が、他クラスに解かせる全8科目の問題と解答を作ることになる」
「俺たちがテスト問題を作るのか?」
須藤くんが尋ねた。
「そうだ。各クラスは他の3クラスから1つを選び、作成した問題を出題する。これを『攻撃』と呼ぶ。反対に、他クラスから出題された問題を解くことを『防衛』と呼ぶ」
自分たちが難しい問題を作れば、攻撃先の得点を下げられる。一方で、私たちもどこかのクラスが作った問題を解かなければならない。
「じゃあ......めちゃくちゃいじわるな問題とか作られたら無理じゃん!習ってないところとか出されたら......」
「出題範囲は学校側が指定する。提出された問題は担当教師が確認し、範囲外のもの、解答が成立しないもの、不当に難易度が高いものは修正または却下する」
教師の審査があるとはいえ、作成者は生徒。もちろん難易度はなるべく引き上げるに越したことはないけれど、高レベルの問題を8科目も作成するとなると骨が折れるわね。
「攻撃する相手はどう決まるんですか?」
平田くんが尋ねた。
「各クラスが希望する相手を一クラス選ぶ。希望が重複した場合は、学校側で調整する」
茶柱先生は黒板に描いた四つのクラスを線で繋いだ。
「ペアの具体的な選定方法、攻撃先の申請期限、問題提出の詳細については後日通知する。今は、近く実施される小テストがペア決定に関係するとだけ覚えておけ」
最も重要な情報は、まだ伏せられている。私たちが自由にペアを選べるとは思えない。自由に選べるのなら、小テストを挟む理由がないからだ。その点数を基準に、学校が何らかの規則で生徒を組み合わせる。
問題は、その規則が何かだった。
「説明は以上だ」
二人一組で挑む、新たな特別試験。もし一組でも赤点が出れば二人が退学となる。
櫛田さんは、不安がる女子生徒たちに囲まれていた。
「大丈夫だよ。まずは、みんなで情報を整理しよう?」
その提案に、多くの生徒が頷く。クラスをまとめる者としては、非の打ち所がない反応だった。
今後は堀北視点が多くなります。理由は色々あります。
学年別最優秀選手の報酬は何ポイントだと思いますか?
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それ以下
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50万ポイント
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