ようこそ理想郷へ   作:ナムさん

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第68話 嘘の行き先

 兄なら、茶柱先生が教室を出た時点で、この試験の裏側をどこまで見抜いていただろう。

 答えの出ない問いを頭から追い出し、私は教室内へ視線を巡らせた。

 特別試験の概要こそ明かされたものの肝心のペアを決める方法は伏せられたまま。後日行われる小テストの結果が使われるとしか説明されていない。

 教室には未だ落ち着かない空気が残っていた。

 ペアで受ける試験。そして基準点に達しなければ二人揃って退学。

 誰と組まされるのかも分からない以上、不安になるのは当然だった。

 そんなクラスメイトたちを、櫛田さんは一人ずつ笑顔で宥めている。

 

「まだ何も決まってないんだし、今から怖がっても仕方ないよ。みんなで勉強すればきっと大丈夫だから」

 

 彼女の言葉を受けて、強張っていた表情を緩める生徒も多い。

 やはり、こういう場面での櫛田さんの影響力は大きい。

 それがどこまで彼女の本心から出た言葉なのか分からなくても、今この瞬間にクラスを落ち着かせているのは事実。

 

「綾小路くん」

 

「なんだ」

 

「作戦会議よ。平田くんに声をかけてもらえるかしら」

 

「了解」

 

 綾小路くんは立ち上がり、平田くんの元へと向かった。

 

「今回の試験、大丈夫かな」

 

 声をかけてきた綾瀬さんへ顔を向ける。

 

「まだ大丈夫とは言いがたいわね。きっと今まで以上に団結が求められるはずよ」

 

 自分からは決して出ることのなかった単語。この学校ではそれがないと乗り越えられないことが多い。

 

「すぐ来るそうだ」

 

 その言葉の通り平田くんたちはすぐにやってきた。

 

「お待たせ。試験に向けての対策だね?」

 

「悪いわね。すぐに打ち合わせするべきだと思ったの」

 

「えー、それってここで?あたしはんたーい。どうせならパレットにしない?ねっ、洋介くん」

 

 甘えるような声を出しながら、軽井沢さんが平田くんの腕に抱きつく。

 

「パレット?そんなところに行ったら確実に視線を集めるわ。特に綾瀬さんは……」

 

 パレット。あそこは昼休みと放課後、女子生徒を中心に活気の溢れるところだ。そんなところに今の綾瀬さんを連れて行って良いものなのかしら。

 

「んー、私が目立たなければ大丈夫?」

 

「え?まぁ、そうね」

 

「分かった。いいよ」

 

 いいよ、と言われても回答に困るわね。一体何がいいのかしら。

 ただよくよく考えればこれからもこういった状況は訪れる。それなら今のうちに慣れておく必要があるかもしれないわね。それに視線を集めることがむしろメリットにだってなり得る。

 

「あの、堀北さん」

 

 その声に振り向くと、いつの間にか櫛田さんが近くまで来ていた。

 

「その作戦会議、私も参加していいかな? みんなの役に立てるかもしれないし」

 

 一瞬だけ、視線が重なる。

 櫛田さんが私の退学を望んでいることを、私は知っている。

 それでも私は、彼女との関係をこのまま敵対だけで終わらせるつもりはなかった。

 和解を望むのであれば、差し出された手を最初から払い除けるわけにはいかない。

 たとえ、その手が本当に私へ向けられたものなのか、まだ分からなくても。

 

「もちろんよ。あなたの力も借りたいと思っていたところだから」

 

「本当? よかった」

 

 櫛田さんは嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔の内側までは、今の私には読み取れなかった。

 

「あなたたちは先に行っていてもらえるかしら。綾瀬さんもよ。私用を済ませてから行くわ」

 

「うん、分かった」

 

 平田くんたちは承諾して先に向かった。

 

「それじゃあ一緒に行こう、心音ちゃん」

 

 櫛田さんが笑顔で綾瀬さんへ近づき、その手を取った。

 

「うん。行こう、桔梗」

 

 二人が並んで教室を出ていく。

 それを見送ってから綾小路くんが私に声を掛けた。

 

「良かったのか?櫛田を引き入れて」

 

「あの場で拒否なんて出来ないわ」

 

 櫛田さんはそのことも見据えている。邪険に扱えばクラスの反感を買うことになるでしょうね。

 

「おう待たせたな鈴音」

 

 遅れて須藤くんがやってくる。

 

「大丈夫よ。打ち合わせ場所も変わったわ。パレットで平田くんたちと合流して」

 

「分かった。ただ悪いんだけど、先に部活に顔を出してきてもいいか?」

 

「構わないわ。用事が終わり次第でいいわ」

 

 須藤くんはニカッと笑うと鞄を持って駆け足気味に教室を出た。

 

「なぁ堀北。早急に確認したいことがある」

 

「何?」

 

「櫛田のことだ」

 

「ちょうど私もそのことであなたに話がしたかったわ。ここでは話せないからついてきて」

 

 私は鞄を手に取り、先に教室を出た。

 綾小路くんも、何も聞かずに後ろからついてくる。

 向かったのは、本校舎一階の端にある裏階段だった。

 正面階段や昇降口から外れているため、放課後にこの場所を利用する生徒はほとんどいない。時折、遠くから部活動へ向かう生徒の声が聞こえてくるだけで、人が近づいてくる気配はなかった。

 昇降口へ戻るにも、それほど時間はかからない。話を終えてからパレットへ向かっても、平田くんたちを長く待たせることはないだろう。

 

「随分と慎重だな」

 

「誰かに聞かせたい話ではないもの」

 

 私は階段の上下を確認した。

 人影はない。

 

「櫛田さんの過去を話すわ」

 

 綾小路くんの表情は変わらなかった。

 

「オレに話してもいいのか?」

 

「今日の作戦会議には、櫛田さんも参加する。あなたにも知っておいてもらった方がいいと判断したの」

 

 私は自分が知っている範囲だけを、簡潔に話した。

 私と櫛田さんは同じ中学校の出身だった。ただし、同じクラスになったことはなく、当時はほとんど接点もなかった。

 卒業を間近に控えた頃、一つのクラスが崩壊した。

 その中心に一人の女子生徒がいた────そんな噂を耳にしたことがある。

 私は詳しい経緯を知らない。

 誰が何をしたのかも、何が原因だったのかも知らなかった。

 けれど、この学校で再会した櫛田さんが私へ向けてきた異常なまでの敵意。それを考えれば、噂の中心にいた女子生徒が誰だったのかは、おおよそ想像がつく。

 

「私が知っているのは、それだけよ」

 

「証拠はないんだな」

 

「ええ。あくまで私の推測。でも、櫛田さんが私を退学させようとしている理由を考えれば、無関係とは思えないわ」

 

「その噂を知っているだけで、お前を退学させようとしているのか?」

 

「櫛田さんにとっては、私がどこまで知っているのか分からないこと自体が脅威なのでしょうね」

 

 たとえ私が何も知らないと説明しても、信じてもらえるとは思えない。

 櫛田さんが求めているのは、私の沈黙ではない。

 私という不安の種が、この学校から完全に消えることなのだろう。

 

「それを、どうして今になってオレに話す気になった?」

 

「櫛田さんの問題が、私一人だけのものではなくなったからよ」

 

 先ほど教室を出ていった二人の姿を思い出す。

 

「櫛田さんは以前、綾瀬さんのことを『魔法の道具』と呼んだわ。自分の望みを何でも叶えてくれる存在だと、本気でそう思っている」

 

「なるほどな」

 

 綾小路くんは僅かに視線を伏せた。

 

「堀北。人間が他人を屈服させるために使える、最も強力な武器は何だと思う?」

 

「随分と唐突ね」

 

「いいから答えてみろ」

 

 他人を屈服させる力。

 その言葉から真っ先に浮かんだのは、体育祭で見た少女の背中だった。

 

「……暴力かしら」

 

「綾瀬を思い浮かべたか?」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「この学校には、これ以上なく分かりやすい例がいるからだ」

 

「彼女自身ではなく、彼女の持つ力を思い浮かべただけよ。綾瀬さんは暴力を好む人間ではないわ」

 

「本人が暴力を好むかどうかは関係ない。力だけを見れば、Dクラスは既にこの学校で最も強力な暴力を手にしている」

 

「綾瀬さんは武器ではないわ」

 

 思っていた以上に、強い声が出た。

 

「少なくとも私は、彼女をそんなふうに扱うつもりはない」

 

「お前がそう思っていても、櫛田が同じように考えるとは限らない。本人が魔法の道具と呼んでいるなら、なおさらだ」

 

 否定する言葉は出てこなかった。

 

「暴力は正解の一つだ。そして、それと同じくらい強力で、腕力のない人間でも扱える武器がある」

 

「......何?」

 

「嘘だ」

 

 綾小路くんは平坦な声で答えた。

 

「暴力は相手の選択肢を力ずくで奪う。だが嘘は、相手に自分の意思で選んだと思わせることができる」

 

「櫛田さんが嘘を使って、綾瀬さんを動かすと?」

 

「難しいことじゃない。誰かが困っている。誰かがお前たちを傷つけようとしている。助けるためには、あの相手を止めなければならない。そう教えるだけでいい」

 

「......綾瀬さんなら、自分から動く」

 

「ああ。櫛田に命令されたからじゃない。友達を助けるために、自分で決めたつもりでな」

 

 綾瀬さんは、命令されたから人を傷つけるような生徒ではない。

 けれど、誰かを助けるためなら、自分の身を顧みずに動く。

 しかも櫛田さんを、疑うべき相手として見ていない。彼女の言葉を最初から嘘だと疑うことなど、今の綾瀬さんにはできないだろう。

 

「櫛田さんが嘘で敵を作り、綾瀬さんの力に行き先を与える......」

 

「命令も脅迫も必要ない。綾瀬は自分からその相手を止めに行く」

 

「綾瀬さんは、人を排除するために力を使ったりしないわ」

 

「そうかもしれない。だが、救うために止めることはある。そして綾瀬の力なら、止めようとするだけで十分な暴力になる」

 

 それが意図した結果でなくても、相手に与える影響は変わらない。

 櫛田さん自身が手を汚す必要もない。

 ただ綾瀬さんへ、助けを求めればいい。

 

「嘘と暴力......」

 

「櫛田が前者を扱い、綾瀬が後者を持っている。組み合わせとしてはかなり厄介だ」

 

 不愉快な言い方だった。

 けれど、感情だけで否定してはいけないことも分かっていた。

 

「だからといって、私は今日の話し合いから櫛田さんを締め出すつもりはないわ」

 

「和解するためか」

 

「そのつもりよ。最初から拒絶すれば、彼女との関係を変える道もそこで終わる。でも、綾瀬さんを何も知らないまま彼女のそばに置いておくつもりもない」

 

「なら、お前も気をつけた方がいい」

 

「何を?」

 

「櫛田に綾瀬を武器として使わせたくない。そのために、自分が綾瀬を管理する。そうなれば、やっていることは大して変わらない」

 

「私はそんなつもりじゃ────」

 

 言いかけて、口を閉じた。

 綾瀬さんを守る。

 綾瀬さんの力を、正しい方向へ使わせる。

 その考えの中に、本人の意思はどれだけ含まれているのだろう。

 

「......私は、綾瀬さんに誰も信じるなと教えるつもりはないわ」

 

「そうか」

 

「ただ、誰かを信じることと、自分で考えないことは違う。それを知ってもらわなければならない」

 

 櫛田さんの言葉だから信じる。

 私の言葉だから信じる。

 それでは、相手が入れ替わっただけで何も変わらない。

 綾瀬さん自身が考え、必要なら確かめ、そのうえで何をするのかを選ぶ必要がある。

 

「綾瀬さんは、櫛田さんに使わせるための武器でも、私が櫛田さんを止めるための盾でもない。彼女自身が、誰を信じて何をするのかを選べるようにするわ」

 

「その言葉通りにできるなら、それでいい」

 

「随分と上から目線ね」

 

「お前が勝手に下から聞いているだけだろ」

 

「一言多いのよ、あなたは」

 

 時刻を確認すると、パレットでの集合時間が近づいていた。

 

「そろそろ行きましょう。みんなを待たせるわけにはいかないわ」

 

「ああ」

 

 私たちは裏階段を離れ、昇降口へ向かった。

 今日、パレットでは櫛田さんと綾瀬さんが同じテーブルにつく。

 嘘を使うことのできる人間と、圧倒的な力を持ちながら人を疑うことのできない人間。

 この二人を、今までと同じ距離のままにしておくことはできない。

 校舎を出てしばらく歩くと、カフェ・パレットの看板が見えてきた。

 扉を開けると、先に到着していた平田くんがこちらへ手を上げた。

 

「堀北さん、綾小路くん。こっちだよ」

 

「遅かったね、鈴音」

 

 綾瀬さんは櫛田さんの隣に座り、二人で一つのメニューを覗き込んでいた。

 

「少し話が長引いただけよ。待たせたわね」

 

 私は二人の正面にある席へ腰を下ろした。

 ほどなく、部活に顔を出してきた須藤くんも合流した。

 今は、新たな試験を乗り越える方法を考えることが先決だ。

 櫛田さんの過去も、綾瀬さんとの関係も、すぐに答えを出せる問題ではない。

 それでも、同じテーブルにつかなければ始めることすらできない。

 

「それでは、作戦会議を始めるわ」

 

 そう言いながら私はまず辺りを見回した。

 ......思っていた以上に視線が少ない。私の思い過ごしだったのかしら。

 私はノートをテーブルの中央へ置いた。

 

「まず、現時点で判明していることを整理するわ」

 

 ペンを走らせながら、一つずつ書き出していく。

 

「後日行われる百問の小テスト。その結果を基に、クラス内で二人一組のペアが作られる。」

 

「肝心の組み方は、まだ秘密なんだよね」

 

 平田くんの確認に頷く。

 

「ええ。そして期末試験は8教科。各教科でペア二人の合計が60点を下回れば、その時点で二人とも退学。さらに全教科の合計点にも基準が設けられる。正確な数字は後日発表されるそうだけれど、例年なら700点前後」

 

「一教科でもダメなら終わりなのかよ......」

 

 須藤くんが表情を険しくする。

 

「そうよ。7教科でどれだけ点を取っても、残る一教科で59点なら退学になる」

 

「笑えないんだけど」

 

 軽井沢さんも顔を引きつらせた。

 

「さらに、試験問題は生徒が作成する。各クラスが問題と解答を学校へ提出し、審査を通過したものが別のクラスへ出題される。どのクラスを攻撃対象に選ぶか、その期限や手続きについては後日説明される予定よ」

 

「勉強だけじゃなくて、相手に解かせない問題を作らなきゃいけないってことか」

 

「ただ難しくすればいいわけではないだろう」

 

 綾小路くんが口を挟んだ。

 

「学校側の審査がある以上、範囲外や理不尽な問題は弾かれるはずだ。相手の苦手分野を予測したうえで、正当な範囲内の問題を作る必要がある」

 

「その通りよ。けれど、問題作成や攻撃対象を決めるのはもう少し先でいい。今、最優先で考えるべきなのは小テストとペアについて」

 

 私はノートへ線を引いた。

 

「小テストがペア分けに使われる以上、点数の高い者と低い者を組ませる。近い点数同士を組ませる。一定の点数帯ごとに分ける。あるいは得意科目を補い合うように組ませる。いくつかの方法が考えられるわ」

 

「完全なくじ引きって可能性は?」

 

 軽井沢さんの問いに、私は首を横に振る。

 

「絶対にないとは言えない。でも、それなら小テストを行う意味が薄いわ。少なくとも点数か解答内容のどちらかは、組み合わせに反映されると考えるべきね」

 

「点数の近いやつ同士で組むんじゃねえの?」

 

 須藤くんが、テーブルに身を乗り出す。

 

「そういう方法も考えられるわね」

 

「でも、それだと勉強が苦手な人同士も組むことになるよね」

 

 櫛田さんが困ったように眉を寄せた。

 

「二人で頑張ればいいってことなのかもしれないけど、二人の合計が基準に届かなかったら、二人とも退学になっちゃうから......」

 

「うん。組み合わせによって、かなり差が出てしまうと思う」

 

 平田くんも頷く。

 

「それって普通にヤバくない? ペアの両方が苦手な教科あったら、どうすんの?」

 

 軽井沢さんがストローから口を離した。

 

「だから、小テストまでに少しでも勉強しておく必要があるんじゃねえの。俺だって前よりは取れるようになったしよ」

 

「そりゃ勉強はするけどさ。自分が頑張ったって、相手まで選べるわけじゃないじゃん」

 

「そこがわからない以上、今は考えられる方法を挙げるしかないわね。ただ、私はそこまで最悪のシナリオを想定する必要はないと思うの」

 

「ん?どういうことー?」

 

「今回の試験は例年行われているもの。そして退学者は例年でも1組か2組よ」

 

 退学者が出る。私はその危険性を受け止めていた。

 けれど、人数にも意味があるのなら。

 

「駄目だ。さっぱり分かんねぇ」

 

 須藤くんが首を捻ると、綾瀬さんもそれに続いた。

 

「私も」

 

「仮に成績の近い者同士を組ませるとしたら、学力の低い生徒が集まったペアは、かなり厳しい試験になるでしょう」

 

「俺と、俺ぐらいしか点を取れねえやつが組むってことか」

 

「ええ。各教科の合計点だけでなく、総合点の基準も超えなければならない。互いに苦手な教科が重なっていたら、片方が補うことも難しくなるわ」

 

 今日、黒板に貼られていた成績表を思い返す。

 同じクラスの中でも、点数には大きな開きがある。

 

「私たちのクラスだけを見ても、危険なペアがいくつもできる可能性があるわ。それが例年、一組か二組で収まっている」

 

「つまり、成績の近い人同士を組ませるとは考えにくい、ってことだね」

 

「少なくとも、疑う理由にはなると思うわ。無作為だとしたら、年によって危険なペアの数にも差が出るはずよ。毎年の結果がある程度似ているなら、偶然以外の仕組みを考えた方が自然でしょうね」

 

 もちろん、それだけで組み方を断定できるわけではない。

 過去の生徒たちが法則を調べ、対策を講じた結果かもしれないし、試験そのものの難易度も関係しているだろう。

 それでも、考える方向は見えてきた。

 

「法則に気づいた生徒たちが、上手く対策していた可能性は?」

 

 綾小路くんが尋ねる。

 

「あるわ。でも、気づけなかった場合にも、極端に不利なペアばかりができる仕組みではないと考えてみたいの」

 

「どういう組み方なら、そうなる?」

 

 点数が近い者を集めると、上位のペアには余裕が生まれ、下位のペアには負担が集中する。

 その偏りを抑えるには。

 

「......成績の良い生徒と、悪い生徒を組ませる」

 

「頭のいいやつが、苦手なやつを助けるってことか?」

 

「ええ。それなら、学力の低い者同士が組む事態を避けられるわ」

 

 須藤くんが、ようやく腑に落ちたように頷いた。

 

「じゃあ、小テストの一番上と一番下がペアになるのかな?」

 

 平田くんの言葉を受けて、私はノートに線を引いた。

 

「その組み方が、最もわかりやすいわね。最高得点の生徒と最低得点の生徒。次に、残った中で最も高い生徒と、最も低い生徒を組ませる。それを順番に繰り返すの」

 

「なるほどね。上の方ばっかで組むより、全体としては安心できそう」

 

 軽井沢さんがノートを覗き込む。

 

「ペアの力をある程度揃えて、二人で補い合うようにしているんだね」

 

 櫛田さんがそう言ったとき、隣から小さな声が聞こえた。

 

「じゃあ、私も頭のいい人と組むの?」

 

 綾瀬さんは、ノートと私の顔を交互に見ていた。

 途中から話についていけなくなっていたのかもしれない。それでも、聞くことをやめてはいなかった。

 

「この予想が正しければ、そうなるわ。今までの条件を考えると、その組み方が一番自然だと思うの」

 

「じゃあ私は鈴音と組むってこと?」

 

「まだ、そこまではわからないの。基準になるのは、これから受ける小テストの点数だから」

 

 ノートの上下を指で示す。

 

「そのテストで、一番上の人と一番下の人が組む。もし0点があなた一人で、100点が私一人なら、私たちがペアになるはずよ。でも、同じ点数の生徒が何人もいたら、誰と組むかまではまだわからない」

 

 綾瀬さんは、ノートに引かれた線を見つめて頷いた。

 

「それに、学力が不安な生徒はほかにもいるわ。全員にとって負担の少ない組み合わせを考える必要がある」

 

「だから、小テストで取る点数を調整することも考えたいね。例えば、学力が高い人と低い人に、100点と0点を取ってもらうとか」

 

 平田くんの言葉に頷いてから、私はノートに視線を戻す。

 

「ただ、これで退学の危険がなくなるわけではないわ。成績上位の生徒にも苦手な教科はあるし、二人の総合点が足りる保証もない」

 

「平均点ぐらいの人たちもヤバそうだしねー」

 

「そうだね。そのためにも勉強会は必要だと思う」

 

 平田くんが頷くと、綾小路くんも続けた。

 

「その前に、法則が合っているか確認した方がいい。例年同じ試験が行われているなら、上級生に聞けるだろ」

 

「ええ。今の段階では、まだ私たちの予想に過ぎないわ」

 

 ほぼ確信していた。それでも、確認は必要だった。

 筋が通っていることと、正しいことは違う。

 

「それなら、私が聞いてみようか?」

 

 櫛田さんが、そっと手を上げた。

 

「話せそうな先輩がいるから。ペアがどう決まったのか、覚えていないか聞いてみるね」

 

「お願いできるかしら」

 

「うん、任せて」

 

「櫛田さん、同じ点数の人がいたときにどうなるかも、聞けたりする?」

 

「そうだね。そこも確認してみる」

 

 軽井沢さんに頷く彼女へ、私も礼を伝える。

 

「ありがとう。わかったことがあれば、共有してほしいわ」

 

「もちろん」

 

 彼女の協力があれば、確認できることは増える。

 今は、差し出された申し出を受け止めて話を進めようと思った。

 

「組み合わせを考えるには、総合点だけでなく、皆の得意科目と苦手科目も知っておきたいわ」

 

「そこは僕の方で、協力してもらえるように話してみるよ」

 

 平田くんが引き受けてくれる。

 

「ペアの法則を確認すること。科目ごとの成績を把握すること。それから、勉強会の準備。まずは、その三つを進めようか」

 

「ええ。試験問題を作る役割についても、その後に相談しましょう」

 

 ノートへ書き足していると、綾瀬さんが私の袖に触れた。

 

「鈴音」

 

「どうしたの?」

 

「私と組む人、困らないようにしたい」

 

 顔を上げると、彼女は私を見ていた。

 

「だから、勉強、教えて」

 

「……ええ」

 

 その頼みには、迷わず頷くことができた。

 

「一緒にやりましょう。でも、あなた一人で全部を何とかしようとしなくていいのよ。ペアになった相手とも、助け合うための試験なのだから」

 

「助け合う」

 

「そうよ」

 

 綾瀬さんは、その言葉を確かめるように繰り返した。

 私はノートの上に書いた、一組、二組という文字を見る。

 私たちが目指すのは、退学者を出さずに試験を終えること。

 そのために、できる準備をひとつずつ進めていく。

 

「ねえ、攻撃するクラスはどうするの?」

 

 軽井沢さんが聞く。

 

「やはりCクラスね。理由は学力の問題よ。私たちがAクラスやBクラスに学力で勝つのは、かなり厳しい」

 

「オレは賛成だ。龍園の野郎には体育祭の借りもあるからな」

 

「感情だけで決めるつもりはないわ」

 

「けど、向こうは絶対にオレたちを狙ってくるだろ」

 

「その可能性は高いね」

 

 平田くんも静かに同意する。

 

「クラス間の点差やこれまでの関係を考えると、Cクラスが僕たちを攻撃対象に選んでも不思議じゃない」

 

 綾瀬さんがノートから顔を上げた。

 

「でも、もしかしたらCクラスの人も退学しちゃうかもしれないんだよね」

 

 確かに、それは考えられる可能性だった。

 

「みんな残ればいいのに」

 

 この学校の仕組みは、常に生徒へ選択を迫る。

 誰を守り、誰と戦うのか。

 望まなくても決めなければならない。

 

「ただ私たちのクラスから退学者を出さないために、最も合理的な相手を選ぶ。それでいい?」

 

 綾瀬さんは少しだけ俯いた後、頷いた。

 

「分かった。Dクラスのみんなを守るためなら」

 

「問題作成についても、今から準備だけは進めておくべきだろうね」

 

 平田くんが話を戻す。

 

「各教科が得意な生徒に、問題案を考えてもらうのはどうかな」

 

「ええ。ただし、最終的な問題と解答を扱う人間は絞る必要があるわ。情報が広まりすぎれば、他クラスへ漏れる危険がある」

 

「最初はクラスのみんなから案を集めて、後から少人数で選ぶ形かな?」

 

 櫛田さんの提案に頷く。

 

「それが妥当ね。学校の審査を通る必要がある以上、単純に難しい問題を並べればいいわけではない。授業範囲内で、相手が間違えやすい問題を選ぶ必要がある」

 

 私はノートへ最後の線を引いた。

 

「当面の方針は三つ。ペアの法則を確認し、小テストの得点調整を考える。得意不得意と参加条件を集め、勉強会を準備する。各教科の問題案を考えて問題の作成」

 

 全員の顔を順番に確認する。

 少なくとも、今ここにいる誰かを切り捨てることを前提とした意見は出なかった。

 

「堀北さん」

 

 会議を終えようとしたところで、櫛田さんに呼び止められる。

 

「私にも、最後まで協力させてくれる?」

 

 その問いに込められた本当の意味は分からない。

 私は彼女の過去に関わる噂を知っている。

 彼女が私を憎んでいることも、そのためならクラスを裏切る可能性があることも。

 それでも彼女と和解したいと思うのなら、私はいつまでも過去だけを理由に壁を作り続けるべきではない。

 

「ええ。私からもお願いするわ」

 

「そっか。よかった」

 

 櫛田さんは、教室で見せたものと同じ笑顔を浮かべた。

 その笑顔が本心からのものなのか、今の私には分からない。

 けれど、協力の申し出を拒むつもりはなかった。

 差し出された手を取ることと、無条件に信じることは違う。

 だから私は警戒したまま、彼女と同じテーブルにつく。

 この関係を変えるには、きっとそこから始めるしかないのだ。

 

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