ストックがあるわけではないので投稿が遅れてしまいます。申し訳ありません。
「堀北、大丈夫?」
壁際に座り込んで俯いている堀北に綾瀬が声をかけた。
「......あなた、何かやってたの?さっきの身のこなし、只者じゃなかったわ。それに最後のあれは......何?」
綾瀬は堀北兄の動きを完全に見切っていた。避ける動作には一切の無駄なく、単純な身体能力だけでは片付けられない洗練さだった。
しかし、それすらも全て過去にするほどの異常なまでの力の増幅。あんなものは常人の域を外れている。
「私は勉強が出来なかった。出来ないと駄目だったのに」
綾瀬は淡々と説明を続ける。
「出来ないものは出来ない。だから私は勉強という部品を壊した」
「部品を、壊した......?」
「その代わりに新しい部品を詰め込んだ。それが私の場合、身体能力だった」
勉強することを諦め、身体能力を伸ばした。ということだろうか。それもかなり極端なレベルの話で。
どうせ出来ないんだったら、壊す。
オレには役目を果たせないから壊したとでも言っているようにも聞こえた。
部品、役目
『船になったみたいだから』
......なるほどな。初めて聞いたときは訳が分からなかったが、この言葉の意味も少しは分かってきた。
「だけど一度は壊した部品を、堀北が治そうとしてくれたから、勉強も頑張る」
「私は......ただ......」
そこで堀北は言葉を区切った。
きっと綾瀬には本当に勉強なんてものが必要なかったんだろう。それでも生きていける環境に綾瀬はいた。
それがどんなものかは分からないが、そんな過去を詮索するつもりはない。
重要なのは綾瀬が一度は諦めた勉強を堀北のおかげでもう一度頑張ってみようと思えたこと。
「なあ堀北。もう一度勉強会開いてみないか」
「あなた......本気なの?今日の勉強会で分かったでしょう。彼らはこの先向上なんてしないわ。よしんば今回を乗り越えたとしても、また次で足を引っ張る。それなら早いうちに切り捨ててしまった方がいい」
綾瀬の方をなるべく見ないように早口でそう答える堀北。だがオレはそれを見逃さない。
「お前はその言葉を綾瀬にも言えるのか?」
「っ......それは......彼女は彼らとは違うわ......」
「確かに綾瀬は頑張っているよ。でも今のところはまだハッキリ言って須藤たちと同じかそれ以下のレベルだ。もしお前の考え方をそのまま用いるなら、見込みがないからといって切り捨てることになっている。違うか?」
「......」
「綾瀬には厳しいことを言っているかもしれないが、現段階だと綾瀬の学力は絶望的。どれだけ頑張っても平均レベルに追い付くなんてことは途方もない道だ。だからこそ長い目で見守る必要がある。それは須藤たちも同じだ」
「.......もっと、もっと頑張んないとダメ、ってことだよね......?」
「そうだな。それに今回は学力を求められる試験だから須藤たちは足を引っ張っているかもしれない。だが身体能力を求められる試験なら須藤は役にたっただろうし、綾瀬ならお前でさえも遥かに凌駕していただろう。対話を求められる試験ならどうだ?池なら持ち前の行動力とコミュニケーション能力で役にたったはずだ。逆に今度はお前が足を引っ張るかもしれない」
「......堀北、みんなそれぞれ持ってるもの、違う。だから、見捨てたら駄目、だと思う」
この学校は学力だけでは優秀とは認められない。それは綾瀬を見ているとよく分かる。だからこそ試験によって求められてくるものも変化してくるはずだ。そのためには支え合わなければいけない。それが
「......わかったわ。勉強会をもう一度、開いてみる」
そう言って堀北は立ち上がってオレと綾瀬を交互に見た。
「でもそれは私のため。彼らを残すことがこれから先有利になることを期待しての打算的な考え方。それでもいい?」
決して誰かのためとは言わなかった。
だが、今はまだそれでいいい。
「ああ、そっちの方が堀北らしい」
「えっと、須藤たちはまだ、この学校に残れる?」
「それは努力次第だな。堀北とあいつらの」
「綾瀬さんも、よ。もちろんあなたもね」
「......うん」
「......やれるだけのことならするさ」
まずは赤点組の最集結。これが出来ないと何も始まらない。
まだまだ安心はできないな。だが堀北が決断してくれたことで少しは希望が見えてきたってものだ。
「それで、どうやって須藤たちを集めるつもりだ?」
「決まっているでしょう?あなたが地に頭を擦り付けてお願いしてくるのよ」
「なんでそうなるんだよ......元々お前が須藤たちと揉めたのが原因だろ?」
「彼らが真面目に勉強に取り込まないことが原因よ。焦点を間違えないで」
少しはマシになったと思ったらこれだ。基本スタイルはまったく変わってない。
「もう一回、櫛田に頼む?」
「それが一番だな。堀北もそれでいいか?」
「......わかっているわ。背に腹は代えられないもの」
本当に渋々って感じだな。そこまでして櫛田を避けたがらなくてもいいのに。
オレたちは机の上を片付けている櫛田の元に向かった。
「櫛田さん。話したいことがあるの。良かったらお昼付き合って貰えないかしら」
「お昼?堀北さんが誘ってくれるなんて初めてだよね?嬉しい!うん、いいよっ」
もう一つの姿を見せたオレが傍に居ても、櫛田はいつものようにブレない。
そんな櫛田と向かったのは、学校でも随一の人気を誇るカフェパレット。
基本的に客層は女の子ばかりで、男子禁制って感じがする。もちろん男子もいるが、大体女友達といたり、彼氏とかだったりする。
「おー......見たことないのがいっぱい......」
綾瀬は初めて来たみたいで、キョロキョロしながら店内を見ていた。
とりあえずオレたちはドリンクを頼み、綾瀬はショートケーキとホットコーヒーのセットを頼んでいた。
そうして席につくオレたち。綾瀬は自分が頼んだショートケーキをジーッと眺めてた。
「ケーキ......」
「まさか食べたことない、なんて言わないわよね?」
「......食べたこと、ある」
オレはてっきりフォークもペンみたいに握りこみ、ケーキに突き刺しながら食べるものだと思っていたが、綾瀬のフォークの持ち方は意外にも綺麗だった。食べ方もしっかりとした品がある。
「コーヒーは......知らない.......」
そう言って綾瀬はホットコーヒーであるのにも関わらず、グイッと一気に飲み干した。そんな飲み方してたら喉が火傷するぞ。
「......うぇ......これ、嫌い......」
苦いのが合わなかったのか、舌をベッと出しながらそんな感想を溢した。
「あはは......そんな飲み方しちゃダメだよ......」
「そろそろ本題に入るわよ」
「やっぱり勉強会のことだよね?」
「ええ。もう一度協力してほしいの」
「それって誰のため?須藤くんたちのため?」
「いいえ、私自身のためよ」
堀北は嘘偽りなくそう答えた。
「そっか。素直に答えてくれて嬉しい。下手な嘘はついてほしくなかったから」
櫛田の裏を見たオレとしては色々と思うところはあったが、今は考えないようにした。
「分かった。協力してあげる。でも少し聞いてもいい?その、堀北さんはAクラスに上がるために頑張っているんだよね。でも......それって無理じゃない?」
「Aクラスに大きな差をつけられているからか?」
「うん......クラスの皆も大半は諦めてるって感じなんだよね。来月もポイントがもらえるかどうか怪しいしさ」
ポイントがない以上、今は自分達の生活で頭が一杯だろう。とてもAクラスを目指すなんて気持ちは持てない。
だが堀北は違う。
「私はやるわ、絶対に」
「綾小路くんも、Aクラスを目指しているの?」
「そうよ。私の助手として共にAクラスを目指しているの」
勝手に助手にするな。
「綾瀬さんは?」
「......私?」
そう言えば綾瀬はどうなんだろう。綾瀬なら当分ポイントに困ることはないだろうし、就職や進学にも特に興味があるようにも見えない。
「私は......誰も居なくならないならそれでいい。そう、思ってる。でも堀北が頑張ってるから、堀北についていく」
綾瀬にとって最重要なのは誰も失わないこと。それはAクラスを目指していたら自ずと達成されていくだろう。
「そっか......じゃあ勉強会、頑張らないとだね!」
兎にも角にもまずはそこからだ。
「改めてよろしくね!」
櫛田は左右の手を伸ばそうとしたが、すぐにその手を引いた。多分握手をするつもりだったんだと思う。
三人いるから一つ手が余るとでも思ったのだろうか。一瞬綾瀬の方を見た気もしたが、ただの勘違いかもしれない。
「須藤たち.......来るかな......」
「どうだろう。現状だとちょっと厳しいかもな」
「じゃあさ、もう一度私に任せてくれない?」
櫛田はすぐにでも行動を取った。携帯電話を手に取り、赤点組に電話を掛けていった。程なくして、櫛田に誘われ上機嫌の池と山内がやってきた。
「櫛田ちゃーん。俺たちに話って......え!?」
が、オレたちの顔を見るなり、すぐにギョッとした顔になる。
「呼びだしてごめんね?私からと言うか、堀北から話があるんだって」
「な、何だよ。その話って」
先日のこともあって二人は少し警戒した様子だった。
「あなたたちは平田くんの勉強会に参加する予定はないの?」
「え?勉強会?いや、勉強とかだるいし......平田がモテすぎてムカつくし。一夜漬けでなんとかなるかなって。中学とかもずっとそんな感じだったし」
池の言葉に、山内も二度、三度と頷いた。
「あなたたちらしい考え方ね。けれど、このままじゃ退学になる可能性が高いわ」
「相変わらず何様なんだよ、お前は」
須藤が堀北を睨み付けながら現れた。
「テメェの知ったことかよ。いい加減ぶっ飛ばすぞ。俺は今バスケで忙しいんだよ。勉強なんて一夜漬けで十分だっつの」
「でも......もしダメだったら大好きなバスケットも出来なくなっちゃうよ?だからもう一度一緒に勉強しない......?」
「それは......けどな、俺はこの女から施しみたいな真似受けるつもりねぇよ。この間俺に吐き捨てた言葉は忘れちゃいない」
須藤だって本当は勉強しなければ不味いことは分かっている。それでも、バスケを侮辱されたことは許せないようだ。
それに対し、堀北はもちろん謝罪など簡単に口にはしない。何故なら、自分自身が間違ったことを口にする人間ではないと自負しているからだ。
「私はあなたが嫌いよ須藤くん」
「なっ!?」
謝罪どころか火に油を注ぐように、須藤に対しキツイ言葉を浴びせる。
「けれど今、お互いを毛嫌いしていることは些細なことじゃないかしら。私は私のために勉強を教える。あなたはあなたのために勉強を頑張ればいい。違う?」
「......俺はバスケで忙しいんだよ。テスト期間でも、他の連中は休む気配はねえ。面白くもねえ勉強してる間に、遅れをとるわけにはいかねーんだよ」
堀北は予め須藤がそんなことを言い出すだろうと予見していたかのように、ノートを二冊取り出して開いた。
1冊目にはテストまでのスケジュールなどが細かく記載されており、二冊目は綾瀬が授業中に使っていたノートだった。
「これ......綾瀬ちゃんの字か......?なんだこりゃ」
「それは綾瀬さんに今までやってもらった勉強法よ。あなたたちにはこれと似たようなことをやってもらいたいの」
綾瀬のノートには綾瀬が分からなかった問題や、そもそもの言葉の意味が分からなかったこと、何でもいいから疑問に思ったことを堀北が細かく解説しているものが見えた。
「今から二週間、あなたたちは平日の授業を死ぬ気で勉強してもらうわ」
堀北は1冊目のノートを見せ、これからの流れを説明していく。
要約するとこうだ。1時間の授業が終わったら、すぐに集合し、授業で分からなかったことをとりあえずメモして報告する。そして10分の休憩の間で堀北がそれに対する答えを教える。
「放課後は趣味の時間に当ててくれもいい。そこは個人に任せるわ。綾瀬さんも、今まではずっと勉強してたけれど、少しずつ時間を減らしていくつもりよ」
「え......綾瀬ちゃん、もしかして放課後ずっと勉強してんの......?」
「うん。私......頭空っぽだから、いっぱい詰め込まないと、ダメ。とにかく、色んなこと」
「綾瀬お前......」
これまで勉強で苦労したことがない人からすれば笑ってしまいそうな話だったが、この場にいるものたちで綾瀬を笑おうとする人間は誰一人いなかった。特に赤点組には綾瀬の言葉がよく刺さったみたいだ。
「問題を理解してとは言わない。頭にそのまま叩き込んで欲しいの。1日の授業は6時間。この時間を無駄にしないで欲しい」
「でもよ......俺はお前みたいにガリ勉じゃねぇし、綾瀬みたいにやる気があるわけでもねえ。お前が言った裏ワザみたいな勉強法でも勉強が出来るようになるとは思えねえ」
「裏技?何か勘違いしているみたいね。勉強に近道や裏技なんてものはないわ。地道に時間をかけて覚えていくしかないの。それは他のことだって一緒なんじゃないかしら。それともあなたが情熱を注ぐバスケットには裏技や近道があるの?」
「んなもんあるわけねえだろ。何度も何度も練習して、初めて上手くなんだよ」
須藤は自分で口にしておいて、ハッとしたように息を呑んだ。
「あなたはバスケットにおいては集中力と真剣に取り組む力がある人よ。その力を少しでいいから今回は勉強に回して欲しい。あなたがこの学校でバスケットを続けていくために、自分自身の可能性を捨てないために」
微かではあるが、それは堀北から須藤への歩み寄りだった。須藤が逡巡する。
だが、それを小さなプライドが邪魔をする。どうしてもやると口にはできなかったようだ。
「......やっぱり俺は参加しねぇ。堀北に従うってのが、納得いかねーんだよ」
須藤はそのまま立ち去ろうとした。
この機会を逃せば、もう二度とは一緒に勉強をする機会は得られないだろう。普段なら何もしないところだが、ここは一肌脱ぐしかない。
「なぁ櫛田。もう彼氏は出来たのか?」
「え?えっ?まだいないよ、っていうかいきなり何!?」
「もし、オレが50点とったらデートしてくれっ」
オレがしゅぱっと手を差し出す。
「は!?おま、なに言ってんだよ綾小路!俺とデートしてくれ!51点とるし!」
「いやいや俺だ!俺とデートを!52点とって見せるから!」
いち早く反応したのは池と山内。
「えと......私、53点......」
「綾瀬ちゃんも!?」
何故か綾瀬も乗っかってきた。当然オレの真意など理解しているはずがない。とりあえず流されてみただけである。そもそもデートというのがどういうものかを理解しているのかすら怪しい。
櫛田と目が合った。櫛田はオレの真意にすぐに気づく。
「こ、困ったな......私、テストの点数なんかで人を判断しないよ?」
「でも頑張ったご褒美は欲しいし、池も山内も乗り気みたいだからさ。勉強会のご褒美みたいのがあればやる気がでるっていうか」
「じゃ、じゃあこうしない?テストで一番点数の良かった人と、その、デートするってことでいいなら......私、嫌いなことでも努力できる人は、好きだな」
「うおおおお!!!やる!やるやる!!やります!」
「......うおー?」
別に釣れなくてもいい三人が叫ぶ。一人はやる気ない叫びだが。
とにかく、オレは須藤に声をかけることにした。
「なあ須藤。お前はどうする?これはチャンスかもしれないぞ」
それは、櫛田とデートしたいだろ?という意味とは少し違う。
須藤の性格はおおよそ掴んだつもりだ。こういうとき、素直に参加させてくれなんて言わないだろう。それならこちらから落としどころを見つけてやらなければならない。
「......デートか。悪くねえ。ったく、仕方ねえな......俺も参加してやる」
須藤は振り返らず、そう小さく答えた。櫛田はホッと胸を撫で下ろす。
「覚えておくわ、男子は想像以上に単純で下らない生き物だと言うことを」
堀北もそれを感じ取ったのか、あえてそう答えることで、須藤を自然に迎え入れた。
「須藤、須藤」
綾瀬が須藤の正面へと回り込む。そして須藤の方を見た。
「私、みんなと勉強するの、楽しかった」
「楽しかったって......あんな少ししかやってねぇ勉強会がか?」
「うん......だからもっと、みんなと勉強したい......」
最初は勉強に拒絶反応を起こしてたらしいが、そんな綾瀬が自分から勉強したいと言ったことには微かな進歩を感じる。
ジッと自分を見つめる綾瀬に須藤は恥ずかしくなったのか、頭をガシガシ掻き、綾瀬に拳を突き出した。
「負けねぇぜ、お前には」
「......?」
「ばっか、こういうときはお前も拳を合わせんだよ」
「......こう?」
綾瀬は恐る恐る拳を須藤の方へと持っていく。
そして綾瀬と須藤は互いに拳を合わせた。
どちらも勉強はまったく出来ない。運動だけが取り柄のタイプ。
しかし、綾瀬と須藤なら互いに高め合い、いずれ勉強面でも大きく成長する。
そんなことを予感させるほどに今の二人からは希望の兆しを感じた。