彼女はマッドサイエンティストである。真か偽か。 作:lkjhg
彼女は自分のことをマッドサイエンティストだと名乗る。そして世界征服が目標であるとも。
出鼻をくじくようで悪いが、彼女と彼女の自称使い魔が抱える事情を知ることができたならば、それは彼女が中二病というわけでもなく優しさからくるものであるということは理解できる。だが、長いこと続けてきたせいなのか割と本気のような気がしないでもないと最近思うようになった。
山脇・ボン・イヴァール。それがかのマッドサイエンティストの名前だ。そして僕は彼女の相談役というよくわからない立ち位置になっている。実際相談されることは多々あるから困っているのだが。
「それでイヴァール。次は何をやらかす気だ?」
「やらかすだなんてひどい言いぐさじゃない。私ってそんなにひどいことしたかしら?」
「割と尻ぬぐいしてるんだが。」
「そう?ありがとうね。」
そこで素直に感謝を述べるならもっと気遣ってほしい。夜に学校に忍び込んだり、山に登りにって遭難しそうになったのを助けたり、なんかやばそうな化学実験してるところを止めたり。まだ学生だからいいけど大人になってまでは付き合えない。
「それで何を相談しに来たんだ?豊後が一緒じゃないから察しはついてるが。」
「…この前の日曜日に行った大きな病院でも明確な治療法がないって言われたのよ。」
「だろうな。」
自称マッドサイエンティストの自称使い魔こと豊後弥生。彼女は一日ごとに記憶が消えるという奇病を患っている。すべて消えて自分が誰なのかわからなくなるとかではない。例えるならある時のセーブデータからバグによって上書きでセーブできない状況、とでもいえばいいか。そのセーブデータから進んだ先のデータをリセットする時間制限つきだ。それが24時間ごとに起きる。
要は幼いころにごっこ遊びをした時のまま。
「いつまで続ければいいのかしらね。」
彼女は相談役である僕のところに来るとたまに、こんな風に弱音を吐く。
「随分と長いこと続けて来たけれど、先が見えないことが不安で仕方ない。」
「ああ。」
「私もいい年ごろなのにね。友達も彼氏も作れない。相談役はどう?」
「こういうときぐらい名前で呼んでくれイヴァール。それと、質問に関してだが僕も似たようなものだ。ずっと勉強している人間によってくる奴はそういない。」
それでも退屈することはない。イヴァールと豊後のおかげでな。
「おかげで試験の時は助かっているわ。ありがとうね。」
「別に僕が手助けしなければいけないほど頭が悪いわけでもあるまいに。むしろいいほうだと思うが…今日はやけに感謝の言葉を述べているな。かなり深刻だな。休め。」
「あんた簡単に言ってくれるけどねぇ。」
介護疲れとは少し違うだろうが滅入っているであろうというのは確かだ。
「たまにはうまいものでも食べるか。奢るぞ。」
「じゃあ高い焼肉でお願いね。」
「相変わらずの図太さだな。かまわないが。」
豊後には何かおかしでも買ってやるとしよう。これでもバイトをしていたり、両親の給料が高く甘やかされておりかなり月の小遣いが多い。ほとんど使うことがないため貯金の額もそれなりになってしまっている。将来は一部を投資に使おうかと考えている。
焼肉屋に学生の男女二人だけで個室に入ったこともありなんだか店員の目が暖かいような気がしたが気にしないことにした。さすが高級焼き肉店で肉もタレも格別だった。
「よくそんなに食えるな。」
小食というわけでもない僕よりも多く食べている。
「食べれるときに食べておかないと損じゃない。こんな高級なお店人生で何回訪れるかもわからないんだから。」
もちろん俺たちは未成年のため酒なんて頼んでないし頼むこともできないわけなんだが、なぜかイヴァールが酔ったような雰囲気になっている。
「ねえ時貞。」
「なんだ?」
「私、いつごっこ遊び終われるかな。」
初めて聞いた。当たり前だが豊後には両親だっているんだ。別にイヴァールが続ける必要なんてない。それはきっと彼女もわかっているだろう。
「たまに思うのよ。私何してるんだろうって。なんで豊後なんだって。何も悪いことなんかしてないのに。神様は助けてなんかくれないし、お医者サマだって手を挙げてる。私、今まで頑張ってきたんだからちょっとぐらい報われたっていいじゃない!」
声が震えている。目が充血して潤んでいる。今までため込んでいたものを吐き出そうとしている。
「助けて、時貞…」
仕方ない。今まで秘密にしてきたことを打ち明けるか。別に秘密でもなんでもなく話す機会がなかっただけの話だったりするが。
「時にイヴァール。僕の夢が何か知っているか?」
「こんな時に何よ。」
「いいから予想してみろ。」
「知らないわよ。」
まったく世界征服をするだなんて宣うマッドサイエンティスト様がこの有様っていうのは見てられないな。
「医者だ。」
ぴくんとイヴァールが反応した。
「それも脳を専門にしたい。精神疾患でも脳外科でも関係がありそうなことは勉強するつもりだ。」
泣くなよマッドサイエンティスト。堂々と胸を張れよ。
「何のために四六時中勉強していると思ってるんだ。もはや他人ですら友達ですらなく、親友さえも超えたその先。腐れ縁と呼ぶにはあまりにももったいなさすぎる関係なんだぞ?」
お前はいままで誰にもできないことをやって来たんだよ。一日立てば記憶がなくなる人間の介護をだぞ?それを何年も続けるなんて、傍から見れば正気の沙汰じゃない。
そして一体誰が尻拭いをしてきたと思っている?お前以外で誰が一番そばで見守ってきたと思っている?
どうして見捨てずに寄り添っていたと思う?
イヴァールほど豊後に寄り添えていたかと聞かれたら否と答える。僕はせいぜい遊び相手になるくらいだ。僕が彼女の立場だったらもっと早く音を上げていただろう。そして結果として豊後を見捨てる、ということになっていたかもしれない。
「豊後の病気を治療する。そうしてお前も豊後も救う。これが僕の目標であり夢だ。」
終わりの見えない迷路ほど嫌いなものはない。だが、それに挑むことになるというのは理解している。
イヴァールを間近で見ているからこそ努力し続けられる。
「どう思う?」
あえて聞いてみる。
「とても…良いじゃない。はーっ。相談役がなんで私をここにつれてきたのかなんとなく理解できたわ。」
「そこまで難しく考えても仕方ないぞ。単純に労うために奢ることを約束したのだから。」
「つくづくあんたには適わないわ。」
何を言うか。イヴァールの行動力には絶対に勝てる気がしない。
「じゃあ帰るわよ。豊後のところへ。」
「いいだろう。存分に付き合ってやる。」
マッドサイエンティストと呼ぶには清々しすぎる笑顔だった。かく言う自分も珍しく笑っていた。
〜~~~~~~~~~
「懐かしいな。本当に。」
それなりに長い時間が過ぎた。ふと昔の日記を読み返すと生きる意義を取り戻せる気がした。
キャンサーなどという化け物が現れたせいでろくに研究ができなくなってしまった。職がなくなったわけではないことがせめてもの救いだろうか。
成果はあった。だが完全に治療することはできない。リセットされるまでの時間を僅かに伸ばすのみ。
簡単な道のりではないことは当時からわかっていた。十全な環境とは言えない場所、サンプルも非常に少ない状況。何もかもが悪い方向へと向かう。
キャンサーがいなければもっと進展があったはずなんだ。
今では研究者ではなく普通に医者として働いている時間のほうが長い。
大学へ進学する際に離れ離れになったイヴァールと豊後には会えていない。連絡もつかない。
「やはり僕に色彩を与えてくれてたのはあの二人だったんだな。」
死んでなかったらいいな。僕がいなくても豊後と仲良く遊んでるかな。マッドサイエンティストであり続けているだろうか。
「お前がキャンサーか。」
ここはドームの外。日記を持って脱走してきた。より具体的に言えばイヴァールと豊後と作った秘密基地のような場所。こんなところにまで、思い出の場所にまで現れるなんてこの化け物は度し難い。
「ここが僕の墓だ。」
灰色のまま死にたくなかった。それだけだ。
ただの突進だというのに骨という骨がバキバキ折れたのがなんとなくわかった。そして壁へ叩きつけられた僕は仰向けになって空を仰ぐ。
するとどこからか音が聞こえる。まだ死ねないらしい。何も動かせないほどに重体なのに。
かろうじて首を動かしてみれば見知らぬ少女たちがあの化け物と戦っている。
「やりましたでゲス!」
「こっちは終わったわね。次は天音たちと合流しにいく…!?」
聞いたことのある声だ。つまり。
「と、時貞?」
イヴァールか。生きていてくれたんだな。どうして戦っているのかはさておくとしてこうして会えた。もはや死に体の僕はどうしようもないが。
「なんで…?なんでこんなところにいるのよっ!なんでドームの外にいるのよ!」
泣かないでくれよ。ああ、僕も泣きたい。もうちょっと生きることに執着していれば。
「笑ってんじゃないわよ!なんでそんなに満足そうなのよ…」
そうだ。日記とそれに挟んだ豊後の治療薬の作り方を渡さなきゃ。かなり難しいが彼女ならばいつか…作ることができるだろう。
「これ…日記?そんなのどうでもいいわよ!あんたには死んでなんかほしくないのよ!ましてやこの私の前で死ぬんじゃないわよ!」
泣かせるつもりなんてなかったのに。彼女にはいつも笑顔でいてほしかった。
もう何も聞こえない。視界も霞んできた。声が出ているかもわからないが最後に、伝えたいことを伝えよう。
もう、満足だ。
「…ッ!私だって…私だって!あんたのことが好きよ!愛してる!だから行かないで!いかないでってば…」
そういえばいつだったか。
山脇・ボン・イヴァールはマッドサイエンティストであるか?という自問自答をしたことがあった。あのときは答えが出なかったが今なら出せる。
彼女はマッドサイエンティストだ。
なぜなら僕は、彼女の『相談役』に他ならないからだ。