今度こそ静まり返った、ブラックマーケットの銀行。隠れてやり過ごしていた便利屋68は、顔を出して周囲を確認する。
「……居なくなったね」
「ねー。すごっかったな〜」
そんな軽いノリなカヨコとムツキだが、二人の警戒心は解けていない。あの技名を叫んで暗殺してくる、姿を捉えられない幻のシックスマンがいたためである。”水着覆面団“──と名乗り出たアビドス生徒ら──が撤退した以上、その構成員であろう暗殺者も撤退したと思っているが、そんな楽観的な考えができないのが二人である。
「社長、大丈夫?」
「…………ハッ!?え、えぇ!……フフフッ」
「あ、アル様?」
ほぼ影と同化していたハルカも出てきて、三人でアルの様子を見る。すると、
「追いかけるわよ!今を逃したら、また出会えるかわからないわ!!」
超ハイテンションで彼女は宣言し、ピューッ!と音を立てて銀行を出ていった。僅かに見えた表情はとてもキラキラしており、銀行に訪れたばかりの曇った様子はどこにもない。「元気になってよかったね」と思いたいところだが、肝心の飛び出した人間が自身のリーダーである三人は、慌てて彼女を追うこととなった。
「社長っ!?はぁ……仕方がない、追うよ」
「あはは!なんだいつも通りじゃん!」
「アル様っ!?わ、私も追いかけます!」
そんな、夕日に向かって走り出す社長を追おうと、三人は得物を背負って出かける。が、
「……あれ、鞄が軽い?」
「……え、あ、私の爆弾入れも、なんだか軽いような?」
「あれ、ハルカ、も……?」
ムツキがよく利用するボストンバッグ、ハルカの手持ちが、異様に軽い。その中身は、ハルカが言ったように爆弾が詰め込まれているはずのもの。しかし、今確認してみると、その中身が空っぽになっており──ムツキは、顔を青ざめさせた。
「まさか、あのアサシン!?みんなすぐに外に逃げるよ!アルちゃんを追って全力ダッシュ!!」
何かを悟ったムツキの行動は速かった。常に無邪気な笑顔のムツキがただならぬ様子を見せる。そんなイレギュラーに、瞬時に事態の深刻さを悟ったカヨコも銀行から距離を取ることを決める。置いて行かれそうになったハルカは、アルと二人を追って全力で走り始めた。
その三秒後。
ズドオオォォォオオオオンッ!!
「はぁ、はぁ……ふぅっ、疲れた~」
「……ブラックマーケットの郊外まで抜けちゃったね」
『封鎖地点を突破、マーケットガードの追跡はありません。皆さん、ミッションコンプリートです!お疲れ様でした』
グレーこと、黒き刃こと、死神こと、アサシンこと、
水着覆面団ことアビドスの面々+αはというと、ブラックマーケットの郊外に出ていた。ここまで来ると、ブラックマーケットの治安機関も追っては来ない。ここまで歩き、走りっぱなしだったから、流石に疲れたな。
ニット製だからか、マスクの中が暑い。即座に脱いだのは、私だけではなかった。しかし、シロコだけ何故かマスクを外そうとしない。もう立派に銀行強盗が板に付いてしまっているような……頼むから外してくれ。無個性な真っ青フェイスはあまりにもシュール過ぎる。
「あの、先生はどうされたんですか?」
『"もう、っ……ゼェ、ゼェ……ぐ、追いつく、から。ヒィーッ……はぁ、はぁ……ゲホッ!ゲホッ!マジで、疲れ……ッ……大丈夫、あと少しで……"』
「死にかけていません???」
『反応を見る限り、ただ走り疲れているみたいです。けど、もうすぐこちらに追いつきそうですね』
ヒフミが心配そうにしていたが、まあ大丈夫だろう。うん。
「……ところで、さっきすごい爆発音が聞こえたけど、何があったのかしら」
「場所的にさっきの銀行みたいだったね。トウハくん、君何か知ってるでしょ」
「いや、知らない……大方、ブラックマーケットに住む誰かが漁夫の利を狙ったんじゃないか?」
噓。本当は近くにいた便利屋68から爆弾を多少
あ、ホシノの目がマジだ。駄目そう。許して。
「ふーん……まあ君のことは後にしよっか。で、どうするの?戦利品」
バッグに詰め込まれた、いくつもの書類が詰め込まれたファイルと、札束。札束の数をざっと見るに、一億はくだらないだろう。
たったの五分。銀行を襲った際のタイムだ。それだけで稼げた金と思えば、あまりにも破格。アビドスの借金が、一割返せるくらいの金額だ。
「ひい、ふう、みぃ……一億あるじゃない!」
「ん、計画は完璧だった。もっと稼げなくもなかったけど」
「ほ、本当に強盗しちゃいましたね……」
今まで借金返済のために奔走していたのが、馬鹿だと思えるほどの効率。このやり方は、あまりにも簡単過ぎる。
これをあと九回も続ければ、日中に借金を返済することができる。そう考えたのは、アビドス生ならば無理もないことだった。日々の利息返済だけでも、七桁もの暴利な利息を求められる。それも毎月。汗水働いて稼いだとして、稼ぎに奔走する時間と作業量は、学業を殴りすてる必要があるレベルだ。
だが、これはそれを覆せる。楽に稼げる。
簡単。簡単!だが、シロコは静かにバッグから書類だけを抜き取り始めた。
「……けど、目的はこっち」
直近の集金確認、取引明細等の書類が入ったファイルだけを鞄に入れる。それは、せっかくゲットできた一億円を目の前で捨てる行為に等しく、セリカは声を上げて驚愕する。
「えっ、はぁっ!?シロコ先輩!?」
「セリカ、確かにこの一億円は惜しいけど、駄目。この方法はあまりにも
「んー、まあ、シロコちゃんの言うとおりだね。そもそもこれは犯罪だし」
"ヒィ……ヒィ……っ、お、おまたせ……"
「あ、先生!」
ようやく先生が合流した。
シロコとホシノの意見に、セリカは反対意見を出そうとしていたが、その後先生も当然シロコ側に着いたことにより、一億円は置いていくこととなった。まあ当然だろう。
一度犯罪に手を染めると、そのやり方が選択肢に含まれてしまう。よく言われていることだ。かつての世界でも、同じ経験があって言える。金を使わずとも物を手に入れる手段があるのならば、そちらを選ぶように。殺して奪うことが楽ならば、楽な手段を選ぶように。
人というものは、楽な方向に進みたがる
その性が、【第一帝国】を築き上げ、【第二帝国】諸共滅ぼした原因なのだから。
──かつて奴隷となっていたスケルトンたちは、その後の有様をどう感じていたのだろうか。
"今回は、アビドスの利息を利用して、カイザーが何らかの犯罪を行おうとしていた可能性を調査するため。そこで、犯行の是非を確認すべく銀行を襲わざるを得なかった。だから目的は書類であってお金じゃない。オーケー?"
「う……わ、わかった。けど、じゃあ……尚更このお金はどうするのよ」
「この場で燃やすか。闇金融の金だ。足が付く可能性もあるし、そういう意味でも、借金のアテにはできん」
"もし何か小言を言われたとしても、シャーレの名前を出してね。その辺りは私が何とかするから"
……超法規的機関というのも、便利な肩書きだな。
『お取り込み中のところすみません!こちらに近付いてくる反応があります!マーケットガードではなさそうですが……』
「何だと?」
「あら?それじゃあ、もう一回マスクを被らないと……」
「えっ被るのか?」
「ん、アイドルは顔バレしてはいけない」
「シロコ、顔バレ云々はわかるが、その絵面は間違いなくアイドルではなく犯罪者だぞ」
と言いつつも、皆で強盗マスクを被った。ヒフミもファウスト(紙袋)のすがたになるが、通気性はあちらの方が良さそうだ。……今更だが、あの紙袋、たい焼きの衣の香りが充満してそうだな。
同じタイミングで、アヤネが言っていた反応とやらが近付いてくる。迎撃するか?と思ったが、来た者の姿を見て驚いた。
「……
「はぁっ、はぁ……っ!やっと、追いついた……!」
何故だろう。あちらの様子がおかしい。目はキラッキラで、暗いものを全く知らない、純心な表情でこちらに近付いている。一応、陸八魔アルは高校二年生と聞いているのだが、今の彼女の姿は、まるでスーパーヒーローを見つけた幼稚園児のようだ。
「貴方たちの銀行強盗、見させて貰ったわ!──とっても、素晴らしいアウトローっぷりだったわッ!!」
…………
Huh?
「たった五分の間に大金を詰め込ませる手際、従わぬ者を暗殺する容赦なさ、まさに完璧な強盗運び!正直、このご時世に大胆というか、とっても感動したというか……!」
えぇ……(困惑)
要するに、アルは私たちの銀行強盗ムーブに憧れて、ここまで来たと?というか、素晴らしいアウトローっぷりとは一体……???
私が混乱していると、アルはシロ……ブルー先輩をロックオンした。
「リーダーは貴方?な、名乗って貰えないかしら!」
「違う。リーダーはこっち」
「えっ、また私ですかっ!?」
「そうなの!?一人だけ紙袋と思ったけど、あえて統一感をなくしているのね!」
「えっとぉ……な、名前って、もしかしてチーム名?」
コクコクと頷く、キラキラ眼差しなアル。ここまではしゃいでいるとなると、冷たく返すのも気が引けるというか……あ、近くに残りの便利屋三人がいる。なんだか、その……苦労しているんだな、君。*2
「はーい!私たちは、“水着覆面団”!ちなみに、私の名前はクリスティーナだお♧」
「だ、だお!?キャラも立ってるなんて……!」
「うへー。目には目を。歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。が私たちのモットー!!」
「ん。今日の目標は、あの闇銀行だっただけ。次のターゲットはもう決まっている」
「ヤバい……カッコいい……!」
……本当に楽しそうだな、陸八魔アル。
とまあ、この辺りでいいだろう。そろそろ引き返したい、という旨を手で伝える。封鎖地点外とはいえ、あまり外にいるのは不味いだろう。
「おっと、『死神』からの連絡だ。みんな、そろそろ引き上げるよ〜」
「ま、待って!そこのグレーのマスクの人っ!」
「ファッ!?」
え、私!?気配を消して流れを見ていたはずだが、アルは突然私を指名した。グレーのマスクを被っているのは私だけなので、指名間違いということはないだろう。
「……な、なんだ?」
「ねぇ、もしかして貴方が銀行職員を薙ぎ倒していたのかしら?その、見事な暗殺捌きだったわ……!私も見習いたいくらいだった!」
完璧に気配を消して隠密行動をしていたつもりだったが、どうやらアルにはバレていたようだ。……狙撃手だからか、暗い場所や素早く動くものに対して目が慣れているからか?*3まあいい。
「見習いたい、か。だが、この暗殺技術は水着覆面団のみぞ知る、門外不出の技術。教えは伝授できん」
「つ、つまり……秘伝の技、ってコト!?何それ、超憧れるじゃない!!」
ま、やろうと思えば誰でもできるんだがな。
割といい感じに水着覆面団に全てを押し付けることができたのを見て、私たちは踵を返す。ちょうど夕暮れ時に差し掛かる頃か、太陽にオレンジの色味がついていた。
「それじゃあ、私達はこのあたりで。アディオ〜ス♧」
「また会い見えた時は、真なる姿をお見せしよ〜う!」
"便利屋のみんな、またね"
「さぁ、夕日に向かって!行くわよ!」
「我々を追わないことだな。もし来るのであれば、死神がお相手しよう」
走り出す。一応釘は刺しておいて、アビドスの皆と先生と一緒に、私たちはこの場を後にした。
私たちの姿が見えなくなるまで、とても眩しい視線が背中に向けられていたように思えたが、まあいいだろう。……アルの思う
……あ、一億円置いてったままだッ!?
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