誰も知らぬ穴場。
アビドス自治区だった街から、そう遠くはない地区にある喫茶店で、一人の大人と、一人の生徒が、ボックス席にいた。
──その『大人』の容姿は、あまりにも異質だった。
一言で表すのならば、全身黒ずくめの男。ピシッと着こなしたスーツは勿論、ネクタイも黒く、靴も黒い。顔も、手すらも、まるで暗黒のよう。極め付けに、顔の目と口にあたる部分は、白いヒビ割れのような模様で出来ていた。目は白色のはずなのに、まるでそこに吸い込まれてしまいそうな印象があった。
そんな奇妙な大人と対面する、一人の生徒。
「やはり、こちらの提案はまだ保留ですか」
「…………」
『黒服』とこうして対面するのは、今に至るまで、指で数える程度しかしていない。しかし、その中で提示された『取引』の内容は、ホシノにとっても、アビドスにとっても、メリットがあまりにも大きかった。
だが、今日までそれを受けなかったのは、ホシノの意地、そして自身に降りかかる危険性だ。何せ、ホシノには膨大過ぎるメリットの裏を理解している。
こうして会う度、ホシノは黒服の提案を蹴ってきた。向こうの狙いが分かりきっているからだ。最も、黒服も自らの狙いが見え透いているのは自覚している。しかし、それでも諦めきれないのは、奇しくも互いに同じだった。
「では、代替案はどうでしょう?」
「……代替案?」
思わず聞き返したその言葉。しかし、無理もなかった。二年間、揺らぐことなく、互いに譲歩することもなく停滞していた取引に、黒服が分かれ道を作り出したのだ。
──黒服が持ち出した『代替案』が、
──ホシノの意思を、揺さぶる。
【ゲヘナ学園】の"ゲヘナ風紀委員会"の一人、
見たことのない顔の生徒。先の発言からして【アビドス高等学校】の生徒のようだが、あいにくとイオリはアビドス生のことなど全く知らない。ちょっと背丈が風紀委員会の長と似ているものの、パッチリとかわいらしい黄金色の瞳を宿す目は、かわいらしさを全消しするほど見開かれており、明確な殺意をこちらに向けている。
何よりも、特徴的なのは白磁色の機械の四肢。キヴォトスにおいて、手足が欠損した生徒など聞いたことも、見たこともない。
(雰囲気が委員長のソレと似ているんだけど……!?)
先程のロケットランチャーの一撃にあえて飛び込み、蹴り飛ばさんとした辺り、相当
「……ダンマリか?そんな大勢を連れて、理由もなく殴ったとは言わせんぞ」
「くっ。お前こそ、何者なんだ!」
「アビドス高等学校一年生、対策委員会、
対話は可能なようだが、静かに佇みつつもこちらをロックオンしている様子に、いつ暴れ出すかわからない雰囲気がある。
ヒリつく空気。部下の子たちに対し、イオリは片手で「休め」と命令を出しつつ、自身の腕章を相手に見せる。
「ゲヘナ学園二年生、ゲヘナ風紀委員会所属、銀鏡イオリだ。私たちは、ここに潜伏しているというゲヘナの指名手配犯を捕えにきた。指名手配犯だが、そこの飲食店に隠れている。目視したからな、間違いない」
「ほう?目視したのなら──」
ドガアアァァァンッ!!
「──ぅおおッ!?」
「なぁッ!?」
突如、爆発が起きる柴関ラーメン。柴関ラーメンを背にしていたトウハは衝撃波で顔面からずっこけ、イオリは何故爆発したのかわからない目標に驚愕する。黒煙が店舗を包み、キノコ雲が上がる。設置型爆弾でなければ、出せない威力だ。
「っ、な、何をした貴様!?」
「わっ、私たちじゃない!見ていただろ!?」
「だったらあの爆発はなんだ!?いや、先生ッ!」
黒煙が晴れると、そこには店舗だったものの跡。中には数名の生徒と、白いシャツの男性、柴犬型のキヴォトス人が、煤だらけの姿となっていた。生徒に関してはイオリが追いかけている四名の生徒本人だ。
「便利屋68!」
「先生、大将、無事か!?」
"大丈夫、この通りね……大将、まだ動ける内に避難を"
「あ、あぁ……あの子たちを、怨まないでやってくれ」
おそらく手下人は、
問題は、大目標である
「な、な……何してるのーーー!?!?って風紀委員会っ!!??」
「うるさっ」
まあそんなことはどうでもいい。イオリは得物であるスナイパーライフル──『
「目標発見。便利屋68!お前たち規則違反者は包囲されている!無駄な抵抗はするな!」
「ヒィィッ!?」
「おい待て。陸八魔アル!まさか貴様が柴関ラーメンを……?」
「え゛っ!?ち、ちが……わなくもないけど違うわ!い、いややっぱり私がやったのよ!」
「「どっちだよ」」
妙に表情がコロコロ変わるアルに対し、顔面真っ青な状態でこっそり逃げようとしている便利屋メンバーが一人。ハルカだ。そんな彼女に対し、イオリとトウハは同タイミングで
「うぁ!?」
「「動くな!お前がやったのか!?」」
「え、あ、あ……っ、わっ、私は、アル様のために……」
「「じゃあアル
「なんで息ピッタリなのよっ!?」
またも言われようのない罪*1を被せられたアルは、どうやっても表情から白目が抜けなくなる。
その時、キキィィーッ!と甲高い摩擦の音が響く。この場においては異質な音源に対し、誰もがそちらへと目を向けた。そこには、
「柴崎ラーメンが、跡形もなく……っ!?」
「これは……どういう状況?」
「「こっちが聞きたいが、お前たちの格好はなんなんだ」」
「本当に息ピッタリじゃん……」
新たな来訪者──ではなく、来たのは二人のアビドスの生徒。しかし今の二人は、制服に身を包んでいなかった。
"シロコ、セリカ!"
「あんたの緊急通報を聞いて飛んできたわ!バイト先に無理言って来て正解だったわね」
シロコは競技用の
「先生、やったのは便利屋?そこの風紀委員会?」
"実は私がやった"
「出しゃばるな部外者!」*2
「驕るなよ、先生」*3
「そんな訳ないでしょ。茶化さないで」*4
「ん」*5
"ワ、ァ……!"
「あははっ!先生泣いちゃった!」
「ああもう、そんなことはどうでもいい!邪魔するなら、まとめて規則違反者だッ!」
かくして、火蓋は切られた。
さて、
味方は先生、シロコ、セリカの四人。学校側も事態の察知は出来ていると思うので、そろそろアヤネから連絡が来るはず。ノノミは今頃走っているだろうが、学校からここ市街地までは少々遠い。到着するまで時間がかかりそうだ。……ホシノは、来るか?
『──これは、っ!?先生、状況の説明を!』
"ゲヘナ風紀委員会が、便利屋を捕まえに来た!私たちは絶賛巻き込まれ中!"
『ゲヘナ風紀委員会が!?』
驚愕するアヤネ。しかし無理もない。何せ、ゲヘナ学園は今のキヴォトス三大学園の一つ。そのゲヘナにある風紀委員会は、キヴォトス最高の戦闘力を誇る生徒が所属する、いわば戦のエリートの集まりだ。ある事情により公認の武力集団やただの部活とは違い、こちらは政治に一つ噛んでいる集団でもある。
つまり、下手に手出しをすれば、本当に政治的な紛争になりうる。しかし、紛争の火種から向けられたのは銃口。
便利屋68を捕えるために、まず邪魔な私たちから排除すると決めたようだ。
「アヤネ、聞こえるか。今まさに私たちは、風紀委員会に撃たれる寸前だ。やらなければ、便利屋共々私たちはゲヘナの牢屋だ」
「はぁ!?そんなのが許されるっての!?」
まあ、許されはしないだろう。しかし、「自由と混沌」を校風にしている学園だ。許す許されないではなく、
「覚悟しろ!規則違反者共め!」
「ッ!」
来るか。
腰をかなり低く下げ、飛び出すような体勢になったイオリ。両手で持った古い型式のスナイパーライフルを構え、一撃放たんとする。射線は、先生か!
飛び出し、射線に向かって義手を伸ばす。あちら側には私が先生を庇ったように見えるか。だが、一発程度──ッ!?
「ぐゥッ!!」
"っ!トウハ!"
痛いッ!咄嗟に右腕義手を盾にしたが、そこを貫通して、散弾めいたものが私の全身を襲う。スナイパーライフルから散弾だと!?そう思ったが、おそらくこれはイオリが用いる『神秘』、と無理矢理納得させる。
何せ、次弾が既に飛んできていたからだ。
「ッ、ぐ、おらァッ!」
ガァンッ!!ガァンッ!!と、二発。イオリが撃った弾丸を、今度は左腕でいなす。お陰で腕がビリビリと痺れるが、稼働自体に問題はない。カウンター気味に右腕で持っていた『
「斃れろ……!」
「弾を弾いた……ッ!?」
やり方はわからない。だが、ありったけの思いを込めて撃てば、それなりに変化はあるはずだろう。例えば、『神秘』が込められるとかな。
タァン!と弾け飛ぶような音と共に、イオリに着弾──していないか!彼女の背後にいた、風紀委員会の一人に命中する。おぉ、かなり吹っ飛んだな。イオリには回避されたが、相手が一人ダウンしただけ、損はしていない。
"トウハ、私のことは気にしないで。君は前線へ飛び込んで!シロコとセリカは……よし。シロコはグレネードで盤面制圧を重視。右翼展開!セリカは今回は後方支援ね。巫女さんパワーをばら撒いて!"
「承知した」
「ん、了解……!」
「何よソレ。まあ、指示は聞くけどっ!」
『ドローン支援は少し遅れます!できるだけ被弾と弾丸の消耗を抑えてください!』
「アヤネ、了解。ホシノは?」
『先輩とは連絡が未だに付きません。普段は必ずこんな事態になったら起きるのですが……』
やはりか。だが、今は気にしている場合ではない。
素早く、私たち三人が戦場を駆ける。私は指示通り前線を突っ走り、自ら的になりに行く。風紀委員らは驚愕しつつも
「歩兵部隊、撃て!」
イオリも飛び出した私を注視しており、彼女の指示に従って、風紀委員らがマシンガンを私にばら撒き始める。弾丸の雨霰、流石風紀委員会と言ったところか。チンピラ共と違い、一発一発に物理的な重みを感じる。だが、それで私の足が止まる程ではない。
「止まらないッ!?」
「もっとだ!もっと弾幕を張れ!」
「待て、グレネードッ!」
ズガアァァン!!
「さっきの自転車だ!」
「速いッ!?」
「自転車乗りの必需品だよ」
なわけあるか──という声が届く前に、さらに爆発音。自転車用のウォーターボトル、の形をした手榴弾が、これでもかと言わんばかりに風紀委員の部隊へ投げつけられてゆく。投擲したのはシロコであり、彼女は自慢のバイクを走らせ、縦横無尽に戦場を駆ける。
彼女は右へ展開していたので、こちらは左へ。二方向から、駆け抜ける!
「中央が空いた!向こうに指揮官が居たはずだ、狙え!」
「こんだけアビドスの街を荒らして……!ただじゃ置かないんだからぁ!」
「なにぃッ!?」
セリカは、見事に防衛線を築いているな。怒りのオーラらしき、青白く燃え上がる弾幕の雨が背中からでも感じられる。
これらが追い風となり、私とシロコの速度は、ますます上がってゆく。歩兵部隊が大量にいる街中を切り込み、私は点で、シロコは面で攻めていく。その中で、一人目立つ格好の生徒を見つけた。
「なんですかアレは……っ!」
「チナツ!逃げろ!!」
オレンジブロンドに、黒縁のメガネをかけた、おそらく赤いタイツを下に纏っている少女。チナツと呼ばれた彼女の手には、注射器。なるほど、
「右腕義手展開、武装結合──」
右手が真っ二つに割れ、中身が露わになる。持っていた『鉄杖』はそのまま内部から現れたアームに引っ張られて結合し、義手と銃が一体化してゆく。使うのはこれで三度目になる、ミレニアムの
外しはしない。銃そのものとなった右腕を伸ばし、チナツの顔面に狙いを定める。何、当たってもキヴォトス人なら死にはしない──多分そういう設計のはず。
「『
循環する『神秘』。義手を通じて、エネルギーを圧縮され帯電した弾薬が、発射される寸前。
──私の手足が突如として、何も動かぬ鉄の塊と化した。
チナツの下着、赤色全身タイツ一枚ってマジ……?
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