──綺麗に整っている。
【ミレニアムサイエンススクール】が所有する領地、ミレニアム自治区を訪れた私が思った印象は、これに尽きるだろう。
建物のデザイン、どこにでも配備されているモニター、ドローンの群れ、常に高架線を行き交うモノレール……設計や機械工学を識っているから理解できる。
合理的な美、浪漫を求めた美、どちらも両立している。近代科学を惜しみなく力を注いだ土地だと。
「──すごいな」
「あら、トウハさんも
「一応はな。学者として、設計者として、素晴らしい景色だと思う。……ユウカ、突然の来訪と依頼で申し訳ないが、よろしく頼む」
「大丈夫。先生に任せられたのもあるけど、あなたが持つ“異国の技術”、ミレニアム生としては是非とも見てみたいもの」
私を乗せた車椅子──ミレニアム製で、自動操縦機能付きの最新型──の隣で胸を張るのは、菫色の髪の少女。青いネオンを放つ黒鉄のヘイローの持ち主、
「ようこそ、ミレニアムサイエンススクールへ!」
私こと、
本来ならば、アビドス対策委員会として会議がある日だった。しかし、私の基本となる義肢、特に両義足が故障し動かぬ鉄棒となってしまったがために、急遽ミレニアムに行くこととなった。
私にとって火急の用故に、ほぼアポ無しでミレニアムを訪問することとなってしまったのは、少し申し訳なさがあった。だが、快諾してくれたミレニアムの人たち、アポイントメントを取ってくれた先生には感謝している。いつかはミレニアムとシャーレに土産でも持って行こうと決意した。
今の私は車椅子にちょこんと座っており、義肢は右腕だけ。左肩から下は無く、下半身に至っては太ももの付け根から三センチ先が無い。歪な体型となっていた。お陰でかなり座りづらいが、そこはミレニアム最新の車椅子といったところか。自動で姿勢制御を行なっており、拘束具要らずで私を座った状態に持ち込んでいる。
なお、残りの義肢はちゃんと車椅子の中に格納済み。これがなければ話にならないからな。
「しかし、本当に急ですまない。事前説明や準備に時間がかかっただろう」
「……実はね、そういうのには慣れているの。悲しいことにね」
そんな経験者の苦笑いを見せるユウカ。何気に目に覇気の無さが見えているため、かなり苦労しているだなと察することができた。
……後ろでホシノとシロコがサムズアップしているのは気のせいだろう。おそらく、ミレニアムにもホシノ枠かシロコ枠がいるなこれは。あの二人はおふざけする時は本当にふざけるからな。特にシロコ、今頃会議で「ん、銀行強盗」とか提案しているだろう絶対に。
今回の引率は先生ではなく、ユウカだ。ユウカはミレニアム生であり、【シャーレ】の当番──シャーレは“当番”という形で傘下に入ることができるらしい。学園、部活動を選ばず、生徒であれば誰でも参加できるとか──にいの一番に名乗り出た者だ。そのため、先生の中で一番信頼を置かれているのだろう。
しかしやけに肉厚…………蠱惑的な太ももだな。
「けれど、そんな悲しみを退けるくらいには、あなたの持つ義肢技術に注目しているの。それと、
「あぁ、その通りだ。……歩きながらでもいいだろうか?一日しか時間が取れていないのだろう」
「それもそうね。まず、これから向かうのは"エンジニア部"になるのだけど」
すぃーっ、と手をかけることなく、前に進み始める車椅子。
話しつつも先を歩くユウカに釣られて動く車椅子は、高度なAI制御によって引率者に速度を合わせて動くらしい。こういったものはAIのコアとなる基盤を組み込んでいるはずだが、かつての世界に存在した“AIコア”は、人の頭よりも巨大で重量があったものだ。……かなり小型化と軽量化、最適化がなされている。
今思えば、
「端的に言うわ。エンジニア部は頭のいいバカの集まりなの」
「頭のいいバカ」
「悪い人たちじゃないわ。むしろ、物作りに関してはミレニアム一の技術力を持っているし、作る物に対する敬意もちゃんとあるの。実際、エンジニア部の作品に助けられた部活は多いわ」
「……して、バカと言われる所以は?」
「まあ、その……見た方が早いかしら。決して悪いことではないから、ええ」
……猛烈に嫌な予感がするが、義肢の修理先のアテがそこしかないのだから、覚悟を決めるしかない。
そこからは、歩きながらユウカが所属する“セミナー”の話を聞いたり、非公認だがミレニアム随一のハッカー集団が集う“ヴェリタス”の愚痴、“ゲーム開発部”の一部生徒が生意気だという……これは何だろうな、愛情?を聞いたりした。
ミレニアムは、現在のキヴォトス三大学校の一つなだけあって、やはり規模が大きい。アビドスも、砂に埋もれる数十年前は、残りの【ゲヘナ学園】、【トリニティ総合学園】に匹敵するほどのマンモス学校だったらしい。だが、今ではそんな栄光も砂に埋もれ、アビドスの名は世間から消えつつある。そう思うと、ミレニアムが羨ましく思えた。
この光景のように賑わいのあるアビドスの姿を、一度でも良いから見てみたいな。
そして、ようやく着いたエンジニア部の部室。というよりは、ガレージ。ゲスト用IDをかざしてゲートを開くと、そこには三人のミレニアム生がいた。
獣の耳を模したような宙に浮くヘッドアクセサリと、紫色のネオンを放つ黒鉄の輪を持つ、紫髪の少女。
垂れた犬の耳が特徴的な、ふんわりとした黒髪ロングヘアの、ピアスが目立つ少女。
三人の中で一番背が小さく、縁が涙のように曲がったメガネをかけた、ボサボサ気味な金髪の少女。
この三人こそ、エンジニア部の面々。今回、義肢の修理の鍵となる、ミレニアム最高の物作りのプロフェッショナルだ。
「──お待ちしていたよ、”砂塵を破砕せしアガートラーム“!エンジニア部は君を歓迎しよう」
砂塵を……アガートラーム……???なんだそれは。いやマジでなんだそれは?????
「……急な申し出に応えて頂き、感謝する。対価として、ミレニアムにはない技術の数々を紹介することを約束しよう」
「なに、未知の技術と聞かれれば、飛び付かなくて何がエンジニア部か。あぁ、紹介が遅れたね……ミレニアムサイエンススクール三年生、エンジニア部部長の
「一年の
「説明や解説が必要なら、私にお任せを!同じく一年の
「アビドス高等学校一年生、対策委員会の荒砂トウハだ。今回は私の手足を皆に預ける。よろしく頼むよ」
「あらかじめ、先生から君の話は聞いている。物作りという点で趣味が合うのならば、有意義な時間になることは間違いない」
「それは私も同感だ。共に良いものを作ろう」
紫→ウタハ、黒→ヒビキ、金→コトリ。うむ、覚えた。
「さて、トウハさん。コイツらの監視……じゃなくて、どんなものが出来上がるのか、見たいのは山々なのだけど……ごめんなさい、どうしてもセミナーの業務が入り込んでて」
「いや、構わない。むしろ忙しい中、ここまで案内をしてくれて感謝する。今度、また顔を合わせる機会があれば、アビドスのお土産を渡すさ」
「本当にごめんなさい!代わりに、監視用のドローンを置いておいたから、ちょくちょく様子を見るわ。それと、モモトーク*2の連絡先を交換しましょう。何かあったら飛んででも行くから!」
「おっと、それなら私もいいかい?」「私も、是非!」「はい!私のアカウントもお願いします!」
「構わない構わない。まあ待て待て待て待て」
わちゃわちゃしながらモモトークの連絡先を交換した。対策委員会五人のと先生の連絡先しかなかったのが。一気に四つ。賑やかになってきたな。
ユウカの付き添いは、一旦ここまでらしい。セミナーはミレニアムの生徒会であり、
「それじゃあ、エンジニア部のみんな、トウハさんをお願いね」
「あぁ、「マイスター」の名にかけて、彼女の手足を必ず修復してみせよう」
「それなら、絶対に設計図通りに作るのよ?いいわね!?」
設計図通りに……?嫌な予感が倍に増したのだが。
そんなわけで、これからエンジニア部に義肢を見せびらかし、設計図を描くことになるだろう。はて、右腕だけで上手くペンを動かせるかな……
「ところで、先程の……アガートラームとは、一体?」
「それか。君が砂漠でチンピラを圧倒している動画がモモッター……モモックス*3に流れていてね。あだ名好きのユーザ*4が付けていたのだよ」
「…………」
後でソイツのアカウントを探しておこう。お話が必要だ。
というか誰だ私の戦うところを動画にしていた奴は!!
〜三十分後〜
「よし、描けた。ひとまずこれが、私が使っていた義肢の
「すごいな。ものの数分でCAD*5をマスターしたか……にしても」
「基盤部分は最低限、パーツの殆どは重さを無視して耐久性に割り振ってる。装甲のデザインからして、いかにも戦闘用って感じだね」
「ですが驚くべきは必要最低限の基盤、コンピュータ処理で普通の手足と遜色なく動き、触感も痛覚も共有しているところです!これは間違いなく私たちの技術では再現できないものでしょう!」
「各部の芯、人体で言うところの骨の中身を回路として扱っているのか。あまりにコンパクトだが、精密過ぎて逆に戦闘向きじゃないな。これは普通の金属で造ろうとするのは無理だ。どうやっても衝撃で中の回路がひしゃげる」
「そこはかつての世界の冶金術が必要になる。こちらの合金を見てほしい。ベースは鉄だが、この工程を加えることによって……」
「ほう……」「なるほど……」「むむっ!」
〜十分後〜
「なるほど……ふむ。実物を見ると納得がいき、理解できない部分も出てくる」
「これ、本当にバラして大丈夫なやつ……?」
「構わない。両方とも故障したんだ。バラした片方は手土産としてあげてもいいと思っている」
「それは誠にありがたいのですが、ますます謎が深まりました!設計図で見た構造そのままではあるのですが、パーツの材質、回路、構造、デザインに至るまで全てが計算され尽くしていて、なおかつその計算式が分かりません!」
「ここはあえて構造の理解を通さず、解の通りに組み立ててみよう。設計図に素直に従うことで見えるものもあるはずだ」
「良ければ手伝おう。右腕しか動かせないが、旋盤やレーザー加工のような間接的な操作なら私でもできるはずだ」
「それはありがたい」
「トウハちゃん、後で採寸してもいいかな。ついでに、義肢を隠す肌カバーについても教えて欲しい」
「もちろん。アレも再現してくれるのなら願ったり叶ったりだ」
〜小一時間後〜
「“ミレニアムスケルトンレッグ・試作型”の完成です!」
「思った以上に早かったたな……やはり技術力が高いとこれほどか」
「元々機械アームの生産にも携わっていたからね。こういうモノを作るのは慣れているのさ。それに、アレは
「ほう、よく分かったな」
「あ、アレが量産……!?」
「いかにも職人技によって造られたものにも思えましたが、なるほど確かに!トウハさんが居た世界は四肢が飛ぶのが当たり前だとお聞きしました。となれば、機械義肢の需要が高いのは至極当然。すなわち、これほどのレベルの義肢が量産品なのも納得が行きます!手足はあって当たり前、無ければ補うものだったのですね!」
「当然値は張るし、あの世界の情勢的には買える者も少なかったがな。ただ、需要があったのは間違いない。これよりも安価な義肢が存在していたくらいだからな」
「へぇ〜、その安価な義肢も見てみたい!後で設計図をちょうだい!」
「いいぞ。それくらいなら、先程よりも速く描ける」
「……そんな過酷な世界を生きてきたわけだ。高い戦闘能力と、機械工学に対する造詣が深いのも納得がいく。流石だよ、砂塵を破砕せしアガートラーム」
「おい私は認めんぞその微妙にダサいあだ名」
「とりあえず、着けてみたら?ソケットの規格がちゃんと合ってるかも確認したい」
「OK分かった……ふむ、うむ……松葉杖を貸して欲しい!」
「動く、いや動いている!」「すごい……!」「歴史的瞬間ですね!」
〜二時間後〜
「貴様ァーッ!!なんだこのチリソースを発射する機能はァ!!」
「何って、便利だろう?主にピザを食べる時、物足りないなと思った時に、わざわざ冷蔵庫に向かわず即座に発射できる機能だ」
「この機能使うの貴様らくらいだろうが!これを搭載するくらいなら予備スロットとして空けておくか、戦闘に役立つ機能を寄越せ!」
「えー、じゃあ……Bluetooth?」
「微妙に役立ちそうでそんなに需要はないものを備えるのはやめないか」
「でしたら、バーナー砲を取り付けるのはどうでしょうか!間接部から火炎放射攻撃を行うのと同時に、手先や足先が熱されるため近接攻撃がより凶悪になること間違いなし!中距離の攻撃も可能になりますので、戦闘の幅も広まるかと思います!」
「ふむ、ふむ?待て、この義肢は感覚も共有されるものだ。それやると私の手足も同時に火傷することにならないか???」
「よし、組み直しだ。ここまで研究して、スロットを配備するくらいには最適化と強化ができているんだ。元来よりも素晴らしい義肢が創れるぞ!」
「その探究心と技術力には強く感動できるが余分に付与されるロマンと横着さが垣間見える機能が大味過ぎる……!!」
「ぎくっ」
「お前かチリソース機能実装したのはァーッ!!」
「トウハ、良い機会だから知るといいさ。ただ完成品を渡すだけではつまらない。
注文通りだけでは駄目なのさ!機能、性能、神秘、信念、理念、芸術性──そして何よりも、
「バカだ!頭のいいバカがいる!!だがほんのちょっと理解できるのが凄まじく悔しい……!!」
その後、ユウカが魔王の形相となって飛んでくるまで、義肢の修復……改造と生産は続いた。
「……ビー」
おや……?
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