ちなみに推しはシンジ君です(誰得)
ミーンミンミン
蝉がけたたましく鳴いてる中、公衆電話で受話器を耳に当てている黒い短髪の中学の制服を着た少年が居た。彼はまだ幼さの残る中性的な端正な顔を何か不都合でもあったのか不満げに歪ませていた。
「全然通じないみたいだ。どうしよう?」
少年は近くに立っている少女に声をかける。彼女は少年と同じ中学校と思われるセーラー服を着て、肩まで伸びたサラサラな黒髪を揺らしながら、少年と同い年とは思えないほどの大人びた様子で応える。
「とりあえず近くのシェルターに行こう。こんな非常時じゃ待ち合わせもクソもないだろ」
蝉の声にかぶさるようにして避難を促すサイレンが響き渡っている。二人は駆け出した。
「にしても30分遅刻とか何考えてんのかね、その人も自分の息子の迎えに他人をよこすシンジのお父さんも」
「ナズナ、会ったことない人を悪く言っちゃダメだよ。きっと何か事情があるんだよ、多分」
シンジと呼ばれた少年はポケットから写真と書類を取り出した。写真には長い髪の女性が前屈みになって写っていた。ご丁寧に胸元に丸印がつけられて『ここに注目!』とある。少年の几帳面な性格が伺える綺麗に四つ折りにされた書類の方はほぼ全ての文字が黒塗りにされ、端には差出人のメッセージと名前だけが描き殴られている。『来い 碇ゲンドウ』説明も理由も一切書かれていない。
「でも何に対しての警報なんだろうね?地震も火事もなさそうだし」
「意外と怪獣だったり?」
「いやいやそんなまさか」
ドーンドーンドーン
連続した爆発音に振り向くとビルの間から戦闘機や戦車が何者かにむかって攻撃をしていた。遅れてその何者かも姿を現す。
「何あれ…」
それは40メートルを超える黒い巨人でペストマスクを思わせる白い仮面をつけている。化け物は突如戦闘機に細く黒い腕を向けたかと思うと発光するパイルを繰り出し、貫かれた戦闘機は飛行能力を失い、墜落する。
「うわぁあああああ!」
「シンジ!危ない!」
少年と少女の方に向かって落ちてきた戦闘機は化け物が踏んだことで爆発する。少女が少年を爆発から庇うようにして飛び退り、二人は衝撃に備えて目を瞑る。だが、いつまで経っても来ないのでゆっくり目を開けた。青いルノーが爆風を防いでくれたようで車窓からは写真に写っていた女性が見える。
「早く乗って!」
「「ありがとうございます!」」
ルノーは2人乗りなので、二人は助手席に折り重なるように急いで乗り込んだ。
「ごみんごみん!ちょっち遅れちった。飛ばすからしっかり捕まってて!」
私は村雨ナズナ、転生者です。生前は大学生やってたエヴァオタでした。今はシンジ君の幼馴染兼恋人やってます。自己紹介はこんくらいでいいかな。
ある日、前の人生を思い出し、ここエヴァやんけ…と気付いた時は寝込むレベルで絶望した。え?転生して好きな作品の世界に行けるとか羨ましい?…そう思ったやつ正直に前に出て来なさい。先生怒るから。
この世界はとにかく救いがなさすぎるのだ。使徒にエヴァが負ければサードインパクトで人類滅亡。殲滅し終わってもSEELEやマダオこと碇ゲンドウが人類補完計画発動、みんな仲良くL.C.L.コース。世界がどうなるかの鍵を握るのは主人公の碇シンジ君なのだが、彼にとっては人生がハードモードだ。使徒との物理的、精神的ダメージに苦しむのは勿論のこと、報告、連絡、相談、略して報連相やパイロットのメンタルケアをまともにしない大人たち、どんどん居なくなっていく心の置けない友人や好きかもしれない女の子達、自分を見ていない父親、そして14歳の少年が背負うにはあまりにも酷な真実…。しかもこんな目に合うのはまるでダメな親父の、妻に会うための計画にはシンジ君の心を壊す必要があるからだ。マダオ許すまじ。
こんな人類滅亡カウントダウンまっしぐら状態の世界に転生して喜ぶようなやつはエヴァのにわかかドMだ。沢山いる熱烈なファンが一人も作品の中に入りたいと思わないのがこの『新世紀エヴァンゲリオン』私が生きている世界なのだ。まあ、私も最初の方は喜んでたんだけどね。
「目標、依然として進行中。第3新東京市へ向かって来ます。」
NERV第一発令所では報告と怒号が飛び交い、国連軍の幹部達は手を握りしめて化物を、使徒を睨みつけていた。
「航空隊の戦力では足止めにもなりません!」
「総力戦だ!後方の第四師団を全て投入しろ!」
「出し惜しみはするな!なんとしてでもやつを潰せ!」
大量の弾丸やミサイルが降り注いでいるのにも関わらず、使徒は悠々と進んでいた。
「何故だ!直撃したはずだぞ!」
「戦車大隊は壊滅。ミサイルも全く受け付けないとは…」
項垂れる幹部の後ろで二人の人物がモニターを眺めていた。
「…やはりA.T.フィールドか」
そう言ったのは特務機関NERV副司令冬月コウゾウと言う老人であった。近くに座っている上司の組織の長である司令、マd…
「何か言ったか」
…碇ゲンドウは顔の前で手を組みながら答える。
「ああ。使徒に対して通常兵器では歯が立たんよ」
その時、国連軍の幹部達のもとへ一本の電話がかかってきた。
「…はい、了解しました。予定通り発動いたします」
電話を切ると、彼らは再び軍の指揮に戻っていった。
「ところで碇。さっきのは誰に言ったんだ?」
「私にもわからん」
「はじめまして。葛城ミサトよん♪碇シンジくんと、そっちの子は〜もしかしなくてもガールフレンド?」
「は、はじめまして。碇シンジです。えっと、こっちは…」
ニヤニヤしている本物のミサトさんに内心大興奮しながらも平静を装って返事する。
「村雨ナズナです。シンジの付き添いで来ました」
「ナズナちゃん、悪いけど貴女はNERVには入れないわ。近くのシェルターに連れてくわね」
まあ私は部外者だから機密まみれの組織に行けるわけないだろうな。下手すればシンジ君と会うのも最後になるかもしれん。でもここまで来たらシンジ君と離れるのは愚策だ。ある程度事情を知っているやつがメンタルケアをする必要がある。それができるまともな大人は一人も居ない。どうしようかと考えていると、窓の外に丁度いいものがあるのを見つけた。
「なんで戦闘機が一斉に化け物から離れていってるんだ?」
ミサトさんも目を細めて外を見る。
「まさか…N2兵器を使うわけぇ〜!?伏せて!」
そこで私はシンジ君に覆い被さって座席のシートを限界まで倒す。驚いたシンジ君が胸の下で暴れるがこの際無視だ。まもなく強い衝撃がルノーを襲い、2転3転してようやく止まる。三人は車の中から這い出した。
「大丈夫だった?」
「はい、なんとか…っ!ナズナ!?」
「っ!大丈夫!ガラスでちょっと切っただけだ!」
左腕を押さえる手に血が滲む。少し深いか…?
「ごめんね。僕のせいで怪我を…」
「気にすんな。私がやったことだし」
シンジ君がタオルを腕に巻いて応急処置してくれた。シンジ君はすぐ自分を責めようとするから目が離せない。
「じゃあ、せーの!」
三人で力を合わせて、上下が反対になった車を元に戻した。すると、ボンネットが見るも無残な姿になって現れた。
「あ〜んもう車ベッコベコ!ローンあと33回も残ってたのに〜」
これも運命と思って諦めてくれ。南無。
「あの、葛城さん。念のためナズナを病院に連れて行きたいんですけど…」
シンジ君がおずおずと提案すると、ミサトさんはんーと考えるとパン!と手を打つ。
「本当はダメなんだけど治療が受けられるNERVに連れて行くわ。それと、ミサトでいいわよ」
計画通り(ニヤリ)
一方NERVでは
「目標は?」
「あの爆発だ。ケリはついているだろう」
オペレーターが報告する。
「映像、回復します」
モニターの砂嵐が消える。
「なっ!」
使徒は生きていた。体表は地形を書き換える必要性に迫られるほどの威力を持つN2兵器を受け、焼けただれているものの、ただそれだけ。殲滅には至っていない。さらには焦げた顔からは新しい顔を再生してまでいた。
「我々の切り札が…」
「なんてことだ」
「化け物めぇ!」
彼らは本部と連絡をとり、後方のゲンドウ達を向く。その顔は苦虫を噛み潰したようだった。
「碇司令。誠に不本意ながら本作戦の指揮権は君に渡った」
「お手並み拝見と行こううか」
「我々の兵器ではかすり傷程度しかつけられなかった。君にはできるのかね?」
「そのためのNERVです」
ゲンドウは不敵に笑っていた。
「特務機関NERV…」
緊張している様子のシンジくんにあたしは努めて明るい声をかける。
「そう。国連直属の非公開組織」
薄暗い中、カートレインは三人の乗った車を静かに運んでいた。
「父のいる…ところですよね…」
「まあねー。お父さんの仕事知ってる?」
「人類を守る仕事だとしか…」
そこでカートレインに入って以降静かだったナズナちゃんが憎々しげに顔を歪める。
「実の息子のことも守らないで何たいそうなお題目掲げてんだ…」
「それでも、誰かがやらなければならないことよ」
そう言って助手席に窮屈そうに並んで座っている二人を見る。久々の再会に緊張しているのかシンジくんの組んでいる両手が震えている。彼の左側に座っているナズナちゃんは寄り添うように右手でシンジ君の両手を包んでいた。
「これから…父のところに行くんですか?」
「そうね、そうなるわね」
重々しくなった空気をなんとか吹き飛ばそうと話題を変える。
「あ、そうだぁ、お父さんからID貰ってない?」
「あ、はい、これですよね」
シンジくんはIDカードを見せる。
「そうそう、じゃあこれ読んどいてね。ナズナちゃんは機密だから見ちゃダメよ」
「分かりました」
戸惑っているシンジくんに『極秘』と書かれた書類を渡し、読むように言うとナズナちゃんは腕を組んで目を瞑った。この歳の子供ってこんなに聞き分けがいいのかしら?自分が渡しといてなんだが普通彼氏に渡した書類に何が書かれているのか横から見ようとするんじゃないだろうか。
「どういうことですか?僕も何かするんですか?」
何も知らないのね。こんな素人の子供を戦場に送ることになるなんてと唇を噛み締める。その様子に何を思ったのか、シンジくんは
「そう、ですよね…父さんといきなり同居なんてありえないですよね…」
その姿が昔の自分と重なり、思わず言っていた。
「そっか…苦手なのね。お父さんが。あたしと同じね」
「えっ」
また暗い空気になてしまった。これじゃあダメね。よし、ちゃかそう。
「と・こ・ろ・で〜シンジ君とナズナちゃんはどこまでいったの〜?」
「ぅえ!?」
シンジくんの年相応の反応が飛び出し、なかなか可愛いじゃない、しめしめと思っていると…
「シンジにさっさと怪物を倒す兵器の操縦をしろって言ったらどうですか?」
「なんでそれを!?」
ナズナちゃんから飛び出した言葉に二の句をつげないでいると、彼女は目をあけて薄く笑った。それはとても冷たく、鋭い目をしていた。
「本当に何かさせる気だったんですね?」
「まさか…鎌をかけたのね」
迂闊だった。驚いているシンジくんの隣で彼女は首肯した。
「どうしてそうだと思ったの?」
彼女がさっきまでのナズナちゃんとは別人に見えた。何者なの?
「普通息子と再会や同居するためなら組織のIDカードなんて渡しませんし、ここは人類を守る組織なんですよね?あの化物は十分人類を脅かす存在に見えますが戦っていたのは国連の戦闘機や戦車ばかりで貴女達NERVのものと思われるものは一つもなかった。国連の攻撃は効いていないようでしたから何か有力な戦力があって現状それがつかえないのか…そしてバケモノが来たこのタイミング…関係があるのではないかと考える方が自然です。
それにまだ14歳の子供に『極秘』なんて企業秘密が詰まってそうな代物を渡すのはおかしいです。シンジがここの最高戦力に関わっているとするなら辻褄が合います。
そして、シンジが質問したとき、否定しませんでしたよね?肯定してるようなもんですよ」
まさかここまで見抜いているとはね…正直舐めてたわ。どうせ隠しててもすぐバレるんだし言ってしまいましょう。
「ええ、そうよ。シンジくんにはエヴァンゲリオン、その初号機に乗ってもらうわ。どういうものかは実際に見てもらってから、詳しいやつに説明させる方がいいと思う。そしてさっきのやつは使徒。人類を脅かす敵よ」
「使徒…神の使いが人間を滅ぼそうとするとは皮肉なものですね」
「そうね…でもあたしたちはそれを良しとしない。それに抗う為に造ったのがエヴァンゲリオン。人類のための福音よ」
「っていうかあれ、天使っていうより悪魔でしょ」
「あたしもそれ思ったわ〜」
あたし達が冗談を言っていると、シンジくんが項垂れる。
「やっぱり父さんは僕のことをなんとも思ってないんだ。僕をこんなとこに呼び出して、よくわかんないものに乗せてよくわかんないものと戦わせようとして!父さんは何がしたいんだよ…」
シンジくんの性格は内向的で内罰的みたいだけど、それを抜きにしてもこの反応は普通なのだろう。いきなり突きつけられる恋人が戦場に送り込まれるという現実に自然体で軽口を叩けるナズナちゃんが異質なのだ。
「現状それを動かせるのはシンジくんだけよ。そして使徒を倒さなければ人類に明日はないわ。あなたを辛い目に遭わせることを言い訳はしない。恨んでくれていい。でもそれだけ切羽詰まってるってことをわかってほしいの」
ナズナちゃんも言葉を綴る。
「どうせ君のお父さんもどっかで顔を出すはずだ。そん時に聞けばいい。そっから乗るかどうかは考えればいいんじゃないか?そしてそれが納得のいくものじゃなければ帰ればいい。どんな選択であれ私は君の選択を尊重するよ」
その言葉につい言い返そうとしてしまうが私の言葉でも動かなかったシンジくんがついに顔を上げたのを見て踏みとどまる。彼にはなんとしてでもエバーに乗ってもらわないといけないから、今は下手なことを言うのはやめよう。
「分かり…ました…」
その時、真っ暗だった視界が急にひらけた。逆さ吊りのビル群や下に見える森や湖、特徴的な青いピラミッド。何度も見ているその地下世界とは思えないほどの美しい景色は、集光施設によって再現された夕日を浴びて、一層美しく見えた。
「わぁ…すごい…ここがジオフロントか…!」
「そう、これが私たちの秘密基地。NERV本部。世界再建の要。人類の砦となるところよ」
顔を綻ばせるシンジくんだが、対照的に厳しい表情のままのナズナちゃんが妙に気になった。彼女は何かを隠してる?いや、まさかね。
「おっかしーなー…確かこの道のはずよねぇ」
今私たちは絶賛迷子中。NERVに迷子センター設置した方がいいんじゃないか?シンジ君は渡された書類と、ミサトさんは地図と、私は周りの風景と睨めっこしている。
「あの、この道もう2回目ですよ」
シンジ君がおおずおずという。よく言った。ミサトさんは頭をかきながら
「ごみんねぇ〜私もここに異動してきたばかりでまだ慣れてないのよ」
これで勤まんのか作戦部長。とりあえず助け舟を出そう。時間が惜しいし。
「誰かに連絡したらどうです?あんま悠長にしてられる時間なくないですか?」
ミサトさんはその手があったかとどこかに電話をかける。相手はおそらくリツコさんだろう。しばらくしてエレベーターに乗り込む。そこには金髪水着に白衣の色気漂うお姉さん、リツコさんがいた。健全な中学生の前でその刺激的な格好はいささかどうかと思う。
「何やってたの葛城一尉、人手もなければ時間も無いのよ」
「ごめん!」
「はぁ…それで?例の男の子となんで一般市民がいるのかしら?」
「こっちはマルドゥックの報告書によるサードチルドレンで、こっちは彼を庇って負傷したからお礼にこっちで手当てしてあげて」
そこでリツコさんはまたため息をつく。全くあなたは…と呟くと、シンジ君に向き直る。
「はじめまして、E計画責任者の赤木リツコよ。よろしくね」
「こちらこそ…」
「悪いけどさっきも言った通り時間がないの。みたところ重症じゃなさそうだし、ひと段落するまで手当ては待ってちょうだい」
私は元気に答える。
「はい。大したことないのでお気になさらず」
第一発令所では…
「冬月、ここを頼む」
「ああ」
碇ゲンドウは自分のシナリオのため、小さなエレベーターに乗った。
「…3年ぶりか」
冬月は誰に聞かせるわけでもなくつぶやいた。