その夜、葛城家は1人の来客を迎えていた。
「お邪魔するわ」
「リツコさんいらっしゃい」
玄関で私はリツコさんを迎える。
「あら、ミサトの家がこんなに綺麗だなんていつ以来かしらね?」
「おかえりいただいてもいいのよ?赤木博士?」
ミサトさんがオホホと頬をひくつかせながら笑う。
「事実でしょ?」
2人がそんな話をしている間に私はシンジ君と料理を盛り付けていく。あっという間に食卓には色とりどりの料理が並んだ。私達は席に座ると手を合わせて食べ始めた。リツコさんは料理をもの珍しげに見回すと口を開いた。
「誰が作ったの?ミサトは除外するとして」
「ちょっと」
ミサトさんのツッコむ声を無視してシンジ君は指を指して教える。
「これとこの辺りは僕で、ここら辺はナズナです」
「美味しいわね。2人とも、いつお嫁に行っても恥ずかしくないレベルよ」
リツコさんが驚いた様に褒めてくれる。シンジ君はちょっと照れ臭そうだ。ミサトさんはなぜか自慢げに言う。
「そうでしょ〜?2人の料理は天下一品なのよ!」
「何でミサトさんが言うんですか」
私は呆れて言う。リツコさんは私達に向き直ると、
「シンジ君、ナズナさん、こんなのはほっといてうちに来ない?」
「こんなのってどう言うことよ!?うちの子はあげませんからね!」
ミサトさんがフンと豊満な胸を張る。
「確かにリツコさんに保護者になってもらった方がいいかもな」
「ナズナちゃん!?」
「リツコさんの家なら散らかされることもないかな…」
「シンちゃん!?」
ミサトさんが涙目になったのを見た私達は顔を見合わせると笑い出した。それで今までのことが冗談だと理解したミサトさんが怒り出す。
「みんなしてあたしを揶揄ったわね〜!」
それを見て私達はさらに笑い出す。と言うかシンジ君ちょっと本気だったよね?ひとしきり笑うと、リツコさんはカバンからカードを取り出した。
「そうそう、カードの切り替えがあるんだけど、レイの分を渡すのをうっかり忘れてしまったの。悪いけど届けてもらえない?」
「分かりました」
カードを受け取ったシンジ君はそこに映されたレイの写真をマジマジと見る。
「どーしたの?レイの写真をじーっと見たりなんかして?あっ、浮気はダメよ〜?ナズナちゃんに刺されるからね!」
「そっ、そんなんじゃないですよ!」
シンジが慌てて否定する。
「シンジが浮気しても刺したりしませんて…」
「じゃあ、浮気したらどうするの?」
私は少し考える。正直、私よりもシンジ君に合う子はいると思う。それこそアスカとかのヒロイン達とか。むしろそうなったら私は積極的に消えるべきだろう。シンジ君のそばに居ることは恋人じゃなくてもできる。
「その子が私よりもシンジを支えられる子なら、おとなしく身を引きますよ」
ガコーン、ガコーン
工事の音が鳴り響く中、私とシンジ君は古びたアパートの402号室の前にいた。
「ここに綾波が…?」
「パイロットである以上安全はちゃんとしてるんだろうが…」
「いったいどんな生活をしてるんだよ…ご飯だってサプリだったし」
シンジ君があっけに取られているが、それはそうだろう。周りには人気が一切なく、ゴミが散乱していた。保安部が監視しているだろうが、側から見た治安は最悪だろう。私だってこんなところに女子中学生が1人で住んでるなんて信じたくない。
「父さんは綾波のことを何だと思ってるんだよ」
道具。または妻の代替品。そう思ったらなんかイライラしてきた。
「あんのマダオがよぉ…」
「とりあえずチャイム押すね」
シンジ君がボタンを押すが何も起きない。確か壊れてたはずだ。
「いないのかな?」
「レイー?居るー?」
大声を出してみるが返事はない。するとシンジ君がにわかにドアノブをひねる。ドアは施錠されておらず、あっさりと開いた。シンジ君はしばらく考えると頷く。
「綾波に用事があるんだし、綾波がどんな生活してるか知るためにも入らないと。別にいかがわしい気持ちはないし、うん。綾波ー?入るよー?」
「待て待て待て」
慌ててシンジ君を止める。このままじゃ目の前で全裸のレイをシンジ君が押し倒すって言うイベントが発生してしまう!そうなったら原作再現の嬉しさと状況の気まずさで私が死ぬ!
「ここは私が行くよ。いきなり異性が入ってきたら嫌がるかもしれないし。な!」
「…そうだね。ナズナお願い」
シンジ君の了承を確認すると部屋に踏み入った。
「ひどいな…」
部屋はあまりにも無機質であった。備え付けのシンクや冷蔵庫、タンスにベッドなどの家具は必要最低限しかなく、あるのは包帯や薬ばかりで装飾品の類は一切ない。あまりにも生活感がなさすぎる。と言うかやっぱりコップはなくてビーカー使ってるんだね。タンスの上にはマダオの割れた眼鏡がある。
「…何、してるの」
突然かかった声に振り返るとレイがバスタオル以外何もつけてない状態で出てきた。原作どうり風呂に入っていたらしい。にしてもスタイルが素晴らしすぎる。特に胸が。私の胸もあそこまで育ってくれたらいいのに。っていうのはどうでもよくて、
「急に入ってきてごめん。少し用事があってね。レイが着替え終わるまで待つから」
「…そう」
そう答えるとレイは目の前で服を着始めた。羞恥心?何それ美味しいの?みたいな感じだ。レイの真っ白な肢体はこの世界の日本から無くなって久しい雪を思い起こさせた。なんというか、
「エロい…」
「…何?」
「イヤ、ナンデモナイヨ」
綺麗な瞳で問いかけてくれるレイに申し訳なさを感じて目を泳がせた。小首をかしげてくるのはずるいでしょうが!私が余計汚く感じるよ!そうこうしていると、レイが制服に着替え終わる。
「シンジを外に待たせてるんだ。入れてもいいか?」
「…構わないわ」
入ってきたシンジ君はこの部屋の惨状を見ると、目をぱちくりとさせた。
「本当にここに綾波が住んでるの?」
「…ええ」
「誰がここに住まわせたの?」
「…碇司令よ」
今度は私が尋ねる。
「服はもしかしてそれだけ?」
レイが来ている制服を指差す。
「…ええ」
「綾波はそれでいいの?」
シンジ君が心配そうに聞く。衣食住の最低限を極めた様な生活は側から見たら目に余るものがある。それでも、レイは相変わらずの無表情で応える。
「…問題ないわ」
「こんな生活良くないよ!」
シンジ君が大声を上げる。レイは少し驚いた様な顔をした。だんだんレイの感情がわかる様になってきたぞ。私がレイの表情の機微を読み取れる様になったのか、はたまたレイが表情豊かになったのか。
「…じゃあ、どうすればいいの?」
予想の斜め上をいく質問に私たちは困惑する。そうか、レイはこれ以外の生活の仕方を知らないからわからないのだ。シンジ君が今度は驚かせない様に聞く。
「綾波は好きなものとかないの?」
「…」
レイはじっくりと間を置いて考えると
「…碇君と村雨さんの料理」
と答えた。それでまた私達の目が点になる。ここで碇司令とか分からないとか答えられると思ってたけど、それだけ仲良くなった証拠なのかな?
「…どうして僕らの料理が好きなの?」
「…ポカポカするから。もっと2人の料理を食べたい」
予想外の答えに私は驚き、シンジ君は顔を赤くして照れていた。
「じゃあ、いっそのこと一緒に住むか?」
「ナズナ!?」
「…なぜ?」
「一緒に暮らせば毎食私達の料理が食べられるよ」
「そうする」
「綾波!?」
ノータイムどころか食い気味に返事したぞ。そんなに私達のご飯が美味しかったのだろうか。
「あ、綾波はそれでいいの!?僕、男だよ!?」
「…なぜ?碇君は村雨さんと葛城一尉と暮らしているわ」
「そう言う問題じゃないよ!」
「…碇君は私と暮らすのが嫌なのね」
レイが黙り込む。心なしか悲しそうだ。それを見たシンジ君は慌てて話し出す。
「ほ、ほらミサトさんや父さんに相談しなきゃだし!引っ越すにしたって空いてる部屋がないんだ。だからすぐには無理だよ!」
確かに原作でのアスカの部屋をシンジ君が使い、元々押入れだったシンジ君の部屋を私が使っているのでこれ以上個室がない。
「…そう」
レイの納得した様子にシンジ君が胸を撫で下ろす。彼にとって今まで一緒に暮らしてた私はともかく、同年の女子が家にいるのは気まずいものだろう。だが、ここで慣れてもらわねばアスカが来た時に後々困る。それに問題はそれ以外もある。
「いずれにせよ一緒に住んだ方がいいと思う。パイロットがひとまとまりで暮らしてるなら保安部も護衛が楽だろうし、この部屋じゃまともな生活なんて出来てないだろ。レイは私服さえ持ってないんだ」
「…必要ないから」
それを見たシンジ君は私の耳に口を寄せて小声で話す。
「何があったらこんな風になるんだろう…?」
レイの幼少時代を想像したのか、はたまた昔の自分を重ねたのか声に辛さが混じる。私は突然の耳元での囁きにポーカーフェイスを破壊されそうになった。あ゛〜いい声。それでもレイに聞こえないよう声を抑えて返す。
「少なくとも、まともな育ち方じゃないだろうさ」
「そっか…」
私達がコソコソと話していると、レイが口を開く。
「…私への用事って、何?」
「あ!忘れてた!」
シンジ君は鞄を漁り、あるものを取り出した。
「これ、新しいセキュリティーカード。リツコさんが渡し忘れたんだって」
レイはカードを受け取ると、おそらく彼女があまり言ったことがないであろう言葉を言った。
「…ありがとう」
NERVに行く時間になったので、私たちは3人で向かうことにした。
無事にNERVの改札のような場所を通り抜けた私達は長いエスカレーターを下っていた。
「今日の機動実験、うまく行くといいね。」
「ああ。私達も見学してるから」
「…そう」
これで会話が終わってしまった。シンジ君がどうにか会話を続けようと話題を探す。
「綾波はどうしてエヴァに乗ってるの?」
「…私にはこれしかないもの」
だが、レイの返事はそっけない。
「死んじゃうかもしれないんだよ?」
「…あなたは信じられないの?お父さんの作ったものが」
レイがマダオを信頼しているが故に理解が出来ないとばかりに問いかける。シンジ君は俯いて拳を握り締める。
「信じられないよ。ずっとまともな会話をしてないんだ。父さんのことをよく知らないのに無条件で信じるなんて、僕には出来ない」
あ、まずい。シンジ君がビンタされる流れだ。止めるべきか?
「…そう」
レイが一瞬怒ったようだったが、シンジ君の落ち込んだ様子にその気が失せたようだ。その様子に後ろから2人をハラハラと見守ってた私はホッとするのだった。
零号機の起動実験のモニター室はピリピリしている。前回が暴走してパイロットが重傷を負ったのだから無理もない。正面のガラスの向こうにはにはレイの乗る山吹色の一つ目の巨人がいた。私とシンジ君は邪魔にならないよう、部屋の隅っこに座っている。
「これより零号機再起動実験を行う。レイ、準備はいいか」
口下手なマダオにしてはレイに気遣いを見せる言葉を贈る。なんでこれをシンジ君に言えないんですかねえ!
『…はい』
「綾波、大丈夫かなあ…」
シンジ君が心配そうにレイの映るモニターを見遣る。
「大丈夫だよ。無事に終わるさ」
「第一次接続開始」
マダオの指示にリツコさんやマヤさん達が的確に作業を進めていく。様々な数値が変動していった。
「シンクロ問題なし。絶対境界線まであと2.2、1.1、0.6、0.3、0.1…ボーダーラインクリア。零号機、起動しました。引き続き連動実験に移ります」
よし、ここも問題なさそうだな。その時、この部屋の電話が鳴る。受話器を取ったのは冬月先生だ。いよいよこっちも来たか。
「碇、未確認飛行物体が接近中だ。おそらく使徒だろう」
「テスト中断。総員第一種警戒体制。零号機は待機。赤木博士、初号機は?」
「300秒で準備できます」
「よし。では出撃だ」
さすがNERVの総司令、判断が早い。私たちもプラグスーツに着替えるために移動しようとするが、シンジ君が何か言いたげにマダオの近くで立ち止まった。マダオはシンジ君をなんの感情も映さない瞳で見る。
「指示は聞いていただろう。早く行け」
「…はい」
シンジ君はプレッシャーに耐えきれず、走り去ってしまった。総司令としてはこれは正解なのだろうが、父親としては失格どころじゃない。
「碇司令。失礼を承知で申し上げます」
「なんだ」
ようやくマダオが私を見る。その瞬間空気が固まり、部屋に居た全員の視線が私達の方へ向く。
「頑張れの一言ぐらい言えないのですか?愛してる実の子なら尚更…」
「必要ない」
切って捨てるような言い方に怒りのボルテージが上がるが、どうにかグッと抑える。
「必要だから言っているのです。子供だからってなんでも通じ合うと思わないでください。他人だから言葉にしないと何も伝わらないんですよ」
「…」
「…失礼します」
私はそれだけを言い捨てると、唖然とするモニター室から足早に去って行った。
正八面体の青いミョウバン結晶ことラミエルがゆっくりと第3新東京市に向かって浮遊していく。今までとは毛色の違う使徒に発令所には緊張が走っていた。
『今度は一風変わった使徒ね』
『国連軍の戦闘もなかったからデータが不足してるわ』
「行動パターンや能力は一切不明ですね。見た目から推測することも難しい」
順にミサトさん、リツコさん、初号機内で待機してる私が発言する。正直、私の背中には嫌な汗が流れていた。だって絶対ラミエルのビーム喰らいたくないもん!原作でシンジ君が死にかけたやつだよ!?痛いとか熱いどころじゃ済まないって!数秒でも喰らいたくないって!だがマダオが無慈悲な命令を出す。
『問題ない。初号機を出撃させろ』
問題だらけなんだよ!どうしよ、今からでも逃げようかな。もちろんシンジ君も連れて行きますからね!
『碇司令!ここはダミーを使って様子を見るべきです!使徒の情報が少ない以上、このまま出撃すれば不必要な損害が出る可能性があります』
ナイスミサトさん!愛してる!
「私も葛城一尉に賛成です。相手の能力によってはこちらが一気に不利になる場合だってあります。最高戦力のエヴァが使い物にならなければ私達は使徒に対抗する手立てが一切なくなるんですよ!」
シンジ君も援護をしてくれる。
「もし、僕達が負けたらパイロットは戦ったことのない綾波しかいないんだよ!?」
マダオは考え込むと、指示を出した。
『…ダミーによる威力偵察を実施しろ』
『了解!』
よっしゃあ!出オチ回避ぃ!発令所が忙しそうに動き始めた。
「ありがと、シンジ。おかげで納得させられたよ」
「僕のした事なんて全然だよ。それよりもあの使徒、どんな能力を使うんだろうね?」
威力偵察が終わるまで暇になったので、シンジ君とお喋りする事にした。
「さあ…サキエルがオールレンジのバランスタイプでシャムシエルが中距離タイプだったが…」
まあ、知ってんだけどね。
「じゃあ…遠距離タイプとか?あ、でもA.T.フィールドとかどうしよう?コアだって今は見えないし…」
シンジ君正解!とは言えないので、私は嫌そうな顔をつくる。
「だとしたらどうしようも出来ないよ。私のA.T.フィールドの射程、そんなに長くない」
ミサトさん達の準備ができたのはその時だった。
『ダミー、発進!』
精巧に作られた初号機の等身大バルーンが膨らみパレットライフルを構える。すると、ラミエルが動き出した。
『目標円周部に高エネルギ反応!収束していきます!』
『なんですって!?』
キィィィィン ドカーン!
「『…』」
私を含め皆が呆気に取られてモニターを見つめる中、職務を忘れなかったマヤさんの声だけが空虚に響く。
『ダミー、蒸発しました…』
初号機のバルーンがあった場所には大きなクレーターができていた。こんな使徒にどう勝てばいい?もし、今まで通りにエヴァを発進させていたら?きっと皆の胸中はそう思っているに違いない。皆が言葉を失う。私もこれを見れば思考を停止せざるを得なかった。頭を抱える。
「なんでそうなるんだよ…!」
私の目に写ったのは変形したラミエルが元の正八面体に戻る姿だった。