僕らはエヴァの搭乗のために仮設された足場に座っていた。しばらくすると街の明かりが一斉に消え、光源は夜空の星々だけとなる。着々と作戦の開始時刻が近づいているのを感じながら僕はそれとは関係のない疑問が湧いていた。
「綾波はどうしてエヴァに乗っているの?」
ファーストチルドレンということは前例のないことばかりで大変だったはずだ。きっと大怪我をしたことも一度や二度じゃなかっただろう。それなのに、どうして。綾波は膝を抱えたまま答える。
「…絆、だから」
僕は恐る恐る尋ねる。
「それは…父さんとの?」
綾波と父さんが仲良く話していた光景を思い出す。その時に感じた黒い感情まで思い出して自分が惨めになり、眉を顰めた。
「…いいえ。みんなとの。…私には、他に何もないもの」
そう話す彼女の声に感情は含まれていないように感じた。僕はそれまで僕らの会話を聴いていたナズナを見る。ナズナは暗くなった街を静かに見つめていた。その表情からでは何を考えているのかいつも読み取れない。どうしてナズナはエヴァに乗っているんだろう…ダメージを受ければ僕よりも痛い思いをするのに。どうして僕のそばにいてくれるんだろう。
「ナズナ…」
「時間よ。行きましょう」
僕の問いは綾波の言葉に遮られてしまった。僕らは立ち上がるとエントリープラグの搭乗口に向かう。
「レイ、また後で会おう」
ナズナが振り返って快活に綾波に言う。綾波も振り返って答えた。
「…ええ。碇君もまた会いましょう」
「うん」
今度こそ僕らはエントリープラグに乗り込んだ。
ラジオのアナウンスが鳴る。
『只今より、0時0分0秒をお知らせします』
指揮官車では時計を見つめていた日向マコトが上司の葛城ミサトに声をかける。
「作戦、スタートです」
「シンジ君、ナズナちゃん。日本中のエネルギーをあなたたちに預けるわ」
『『はい!』』
ミサトはこれからの人類の運命を左右する戦いにおけるキーパーソンたちに言葉を贈る。あの子達が戦わないようにできないならば、せめて寄り添おうと。碇シンジと村雨ナズナの返事を確認すると、普段のミサトから葛城一尉へと気持ちを切り替えた。
「第一次、接続開始!第1から第803菅区まで送電開始!」
陽電子砲の準備と同時に第3新東京市の要塞システムによる攻撃が始まる。ラミエルはそれらの攻撃をその青い体をさまざまな立体へと変えながらA.T.フィールドで防御、あるいは荷粒子砲で迎撃し、次にそれらの発射位置へ反撃をする。
「想定より反応が早い。攻撃間隔を短くして。勘付かれるわよ!」
陽動攻撃をしている間にも本命の準備が進められていく。各所から次々と報告が上がる。
「第一次送電システム正常」
「ハブ変電圧、出力問題なし」
「超伝導誘導システム稼働」
「変換効率は予定内を維持」
「電圧上昇中。加圧壁へ」
日本中の電力が第3新東京市へと向かい始める。ミサトがさらに支持を飛ばす。
「了解。全冷却システム、出力最大」
「電子凝縮システム、正常」
「補助系列機、作動中」
「オーム判定、問題なし」
第一段階が問題なく終了したことを確認し、作戦は次の段階へと進む。
「第二次接続開始!」
「全加速器、運転開始」
「強制収束機、稼働」
「全電力、双子山変電所へ」
「第三次接続問題なし」
「最終安全装置解除」
「撃鉄おこせ!」
まるで本物のライフルのようにヒューズが装填される。
「地球自転及び、重力の誤差、修正」
「第7次最終接続」
「全エネルギー陽電子砲へ」
前代未聞のエネルギー量が収束した陽電子砲は冷却装置がそのスペックの限界にまで稼働しているのにも関わらず、それでもなおあまりある熱を銃身からの陽炎として放出している。
「カウント開始!7、6、5、4…」
発射までののカウントダウンが始まった時、それは突然起こった。
「目標に高エネルギー反応!」
「発射体制中止!総員、直撃に備えて!」
ミサトがそう叫んだ瞬間、ラミエルが発射した荷粒子砲は二子山との間にある山の斜面を瞬く間に融解させた。その衝撃を初号機のATフィールドが防ぐ。それでも二子山には暴風が吹き荒れた。
「エネルギーシステム、それに電子砲は!?」
それがおさまった時、ミサトは焦ったように日向マコトに聞く。
「まだいけます。陽電子砲も健在!」
今度は初号機パイロットに呼びかける。
「シンジくん!ナズナちゃん!やれるわよね?」
『はい!』
『もちろんです!あいつに私達の全力をぶつけてやりましょう!』
2人の戦意の高い返事にミサトは笑みを浮かべる。
「カウント再開!」
「了解!3、2、…」
その時、ラミエルがまた動き出した。
「目標に再び高エネルギー反応!」
今度は確実に当てられる。そう直感したミサトとナズナが同時に叫んだ。
「撃って!」
『撃て!』
シンジはその指示を聞くがいなやトリガーをほとんど反射神経で引いた。初号機とラミエルから発射された光は間にあった山を貫通し、正面からぶつかると思いきや互いに干渉しあい明後日の方向へ着弾した。それは銃の陽電子と使徒の荷粒子だからこそ起こる現象であった。
『次弾の装填を急いでください!』
衝撃波から司令部や変電施設を再びかろうじてATフィールドで守り切ったナズナはすぐさま次の攻撃の準備に入る。それはたった数秒をかせぐためであった。ATフィールドでも防げなかった地面からの揺れに耐えていた司令部はその声にすぐに動き始める。
「第二射急いで!」
「敵シールド、ジオフロントへ侵入!」
ハンドルが引かれ、ヒューズが薬莢のように飛び出し、新たなヒューズが装填される。もう、猶予はいくばくもない。
「ヒューズ交換、再充填開始」
「銃身冷却開始」
「陽電子加速再開」
陽電子砲が第一射よりも早く人類の明日をもたらす光の矢を放つ準備をしていく。しかし、それよりも使徒の破滅をもたらす光が早かった。
「目標、発射体制に入りました!」
「まずい!」
『レイ!頼む!』
ヒトデ型となったラミエルの荷粒子砲が今にも直撃しようとした時、盾を持った零号機が間一髪、滑り込んだ。しかし、頼みの綱のその盾はすでに崩壊を始めていた。
「盾が持たない!」
「まだなの!?」
リツコが叫び、ミサトが苛立ちをあらわにして充電完了までのカウントダウンを見つめる。
『早く…早くっ!』
どんどん融解していく盾や使徒の攻撃に押されていく零号機を見てシンジの焦りがつのる。どれだけ待っただろうか、実際はそう長くない時間でようやく充電が完了し、標準が使徒のコアへと定まる。それと同時にシンジはトリガーを引き絞った。陽電子の銃弾はちょうど運よく止んだラミエルの攻撃のおかげで真っ直ぐに進む。そしてラミエルのATフィールドを音を立てて貫通した。
キィヤアアアァァァ!
体は黒く毬栗のような形状になり、悲鳴のような音が響き渡る。あたりに大量の血のような体液がまき散った。
「やったか!?」
ミサトをはじめほとんどの人間が固唾を飲んでモニターを見つめる。不意にマヤが叫んだ。
『パターン青健在!まだです!』
全員の顔に戦慄が走った。
まずいまずいまずい!なんでこれで倒せてないんだよ!?あれか?ミサトさんが『やったか!?』ってフラグ立てたからか!?って、んなこと考えてる余裕ないだろ!私はパニックになる自分を両手を痛くなる程握りしめることでどうにか押さえつける。
『要塞システム、飽和攻撃!ここがやられたら終わりよ!』
ミサトさんが盾のなくなった自分たちに攻撃が向かないように応急処置の指示を飛ばす。
『外れた原因は!?システムには問題なかったハズでしょう!?』
『結果…出ました!イレギュラーな地殻変動による磁場のみだれです!』
リツコさんとマヤさんが問題を見つけ出す。私が混乱している間にも状況は刻一刻と変わっていく。ミサトさんは2人に聞いた。
『陽電子砲は!?要塞システムも5分は持たないわよ!』
リツコさんは言いづらそうな顔をしながらも口調は淡々と絶望的な事実を述べる。
『さっきので耐久力が限界を迎えて破損…修理にも最短で1時間はかかるわ』
『じゃあ攻撃がまた来たら…』
『終わりね』
完全に状況が詰んでいた。ヤシマ作戦のキーである陽電子砲は破損。修理にも時間がかかる。盾にいたっては融解しきって使い物にならない。幸運にもエヴァは二機とも無事だが、かといってあの使徒にはエヴァでの近接戦闘は通用しない。戦うとしても調整を終えたばかりの零号機はまだ負荷の大きい戦闘には耐えられないだろう。誰もがその考えにいたり沈黙する。しかし私達に残された時間は要塞システムが無駄な抵抗を続けていられる5分にも満たない短い時間だった。
「じゃあ、あと1時間あればどうにかなりますか?」
「シンジ?」
私はその意図が分からずその後ろ姿を見つめた。司令部も困惑気味に答える。
『え、ええ。それだけあれば陽電子砲を治して狙撃補助システムも精度を上げられるけど、それがどうしたの?シンジ君』
シンジ君は確信を持ったように答える。
「その時間、僕らなら稼げるかもしれません」
私たちで1時間をかせぐ方法がある?よく理解できないでいるとシンジ君が続ける。
「初号機でラミエルに近接戦闘を仕掛けるんです」
『何を言ってるの!?あの使徒にそれは通用しないって結論が出たじゃない!』
ミサトさんが反論する。確かにそれは危険すぎる。第1、ATフィールドはどうするつもりなんだ?
「僕だってそれで倒そうだなんて思ってないですよ。僕らがやるのはあくまで囮です。陽電子砲の修理が終わったら綾波が撃てばいい」
要は元のヤシマ作戦の要塞システムを初号機に、そして砲手を零号機に変えたものらしい。
『MAGIの回答は?』
ミサトさんがリツコさんに聞く。
『勝算8.7%ね』
それは奇しくも原作と同じ成功率だった。今度は私に尋ねられる。
『…ナズナちゃんはどう思う?』
今までにない作戦だ。うまくいく保証もない。だが…
「他に案はありませんからね。確率が1割切ってようがやる価値はあると思います」
「ナズナ…賛成してくれるの?僕が言っといてなんだけど危険なんだよ?」
「なに、シンジのためなら火の中水の中あの子のスカートの中だよ」
「それはちょっとわかんないけど…ありがとう」
私の渾身のボケは通じなかったが周りの緊張もほぐれてきたらしい。少し雰囲気が軽くなる。
『1時間、作れるのね?』
『いや、45分だ』
突然の男性の声に驚いてモニターを見る。
『あなたは戦自研の!?』
ミサトさんの隣にいるのは陽電子砲の開発責任者だった。どうして?作戦時に他の研究員と避難していたはずだ。
『ヤシマ作戦だったかね?その準備に参加した以上、私たちにも見届ける義務はあると思ってね。勝手ながらすでに修理に人を回している』
この作戦には戦自研も技術面で関わっていた。準備が早くできていたのも陽電子砲をよく知る彼らのおかげと言っても過言ではない。それなら修理の時間も短縮できるはずだ。喜ぶべきなのだが、戸惑いが勝って思わず声が出てしまう。
「どうして手伝ってくれるんです?」
『どうしてかって?君はおかしなことを聞くんだな?』
そう言って笑う戦自研の責任者。
『私たちにもかけがえのない人がいる。それだけだよ』
意外と長くなったので後編は分けることにしました。