晩御飯を食べ終わって自分の部屋でのんびりとくつろいでいると、突然やってきたナズナにこんなことを提案された。
「付き合って1ヶ月くらい経つし、デートにでも行かない?」
「デ、デート!?」
「そんな驚くことかね」
僕の驚いた様子を見て、向かいのテーブルで不思議そうに彼女が言う。
「シンジはここのところ家にこもってウチの家事の手伝いばっかりしてるだろ?気晴らしにもなるんじゃない?」
「それは…だってお世話になってるから…」
ナズナの家に置いてもらえるようになって何かしないと嫌われるかもしれないと思って始めた。今までも自分の分は1人でやってきたから家事初心者ってわけでもないし、迷惑はかけていないと思う。それを聞いたナズナは肩をすくめる。
「小さい頃からうちに泊まったりしてたんだし、そんなに気にしなくてもいいのに」
「そんなわけにはいかないよ。この前だっていっぱい迷惑をかけたんだから僕も何かできることをしたいんだ」
ナズナが優しく笑った。
「そっか。いつもありがとね。…んで?行く?行かない?」
付き合い始めてから一緒に暮らしていても恋人らしいことは全然できていなかった。ナズナが離れていくのは嫌だ。
「…行く」
「おっけ。善は急げって言うし明日にでも行こう。プランは考えてるから」
自信満々に言う彼女に僕もワクワクしてきていた。
僕はそわそわと髪をいじったり服装の確認をする。待ち合わせ場所に来た時間が集合時間の45分前だったのはここだけの話だ。
「ごめん!遅くなった」
その声にハッとしてその方角を見ると普段のTシャツとズボンとは違った水色のレースに紺のワンピースに身を包んだナズナが歩いてくるのが見えた。
「いや、時間ぴったりだし僕も今来たとこだよ」
僕は何だか恥ずかしくなって思わずあさっての方向を向いて自分も来たばかりだと嘘を言ってしまう。
「どうしたの?顔赤くなんてして」
久しぶりに見たナズナのワンピースは大人っぽい雰囲気の彼女にぴったりだった。釘付けになりそうな視線をナズナにバレたくないから無理やり逸らす。
「な、何でもないよ。それよりも住んでる場所一緒なのになんで集合場所をここにしたの?」
「まあ雰囲気作りってやつだよ。」
そう言うと彼女はその場でくるっと回る。その勢いでワンピースの裾がふわっと浮き上がる。その下から黒いスパッツが見えた。とてつもない罪悪感が僕を襲う。
「どう?久しぶりに着てみたんだけど」
「うん、似合ってるよ」
「…何で目ぇ逸らしてんの?」
僕は何でもないよと手を振る。それで何とか誤魔化されてくれたようだ。
「まあ、いいや。ありがと。ほら、時間が惜しいから行こう!」
彼女はウインクをすると僕の手を引いて走り出した。
静かな空間に僕達の足音だけが響く。薄暗い空間にはぽつりぽつりと輝く光が水たまりのように見える場所があった。
「これ、模型なんだよね?まるで本物みたいだ」
「ん?熱帯魚か。綺麗だね」
僕らは博物館の海のエリアに来ていた。色も大きさも様々な海の生き物達がスポットライトの優しい光に照らされてぼんやりと浮かび上がっている。その生息している環境も再現された展示は僕達の目を楽しませてくれる。生き物が目につくたびに2人で思いつくままに話しながら歩いていると、陸上生物の剥製エリアに出た。
「全部、生きてたんだね」
僕はそう言うとナズナが優しく目を細めて眺める。
「うん。この生き物もあの生き物も。どんなふうに暮らしてたのかなあ」
そんな彼女の疑問も生き物だったものは何も見ていない目を僕らに見せるだけだった。
「あ、この生き物面白くてさ。天敵に襲われた時に…」
「ハハッ、本当ナズナは知識が好きだよね」
楽しそうに話すナズナに僕も自然に笑顔になる。
「セカンドインパクトが起きる前はこんな生き物がたくさんいたんだね」
「特に南極はペンギンの有数の生息地だったみたいだな。そこが沈んだ今となっちゃあ絶滅したも同然の扱いになってるな」
セカンドインパクトで人類の生活は大きく変わってしまった。人類の半数は死滅し、多くの生き物も大きく数を減らして絶滅した種もいた。それでも時は止まることはない。そうやっていつかは僕らがいたことさえも過去のことになっていく。僕らの胸中を寂しさが占めていった。すると突然
ぐうぅ〜
「…」
「…」
何とも気の抜けた音がなった。
「…ぷっ、ふふふっ」
声を抑えてナズナが笑う。僕は自分の顔が熱くなるのを感じた。彼女に抗議する。
「笑わないでよ!しょうがないじゃないか、お腹が減ったんだから!」
「いやあ、ごめんごめん。お昼時だしご飯食べようか」
僕らは博物館を出るとすぐ近くの公園へと向かった。
木陰になっているベンチに並んで座る。僕はカバンを漁って弁当箱を二つ取り出すと、そのうちの一つをナズナに手渡した。
「ありがと」
今日の朝に2人で作った弁当を開ける。色とりどりの料理や漂っている匂いに食欲がそそられた。待ち切れないと言うように僕らは食べ始める。
「シンジの料理美味しいね。ご飯が進むよ」
微笑みながらパクパクと食べるナズナに僕も嬉しくなる。
「頑張ったからそう言ってもらえると嬉しいな。ナズナが作ったやつもおいしいよ」
「シンジには負けるよ。私はここまでおいしい佃煮作れないし」
ナズナの褒め言葉に僕は恥ずかしくなって話題を逸らすことにした。
「他にも人がいるね。ピクニックかな?」
そう言った瞬間、自分が失敗したことに気づく。周りに見えるのは家族連ればかりで和気藹々と食事を楽しんでいる。僕の気分は暗くなった。結局父さんは三年前の母さんのお墓参り以来一度も会うことも連絡してくることさえもなかった。考えたって仕方のないことなのに思考がぐるぐると回る。
「シンジ?」
ナズナの声にハッと我に返る。彼女は僕の顔を覗き込んでいた。顔が突然近くにあることに驚く。
「な、何?」
「いや、何回か呼びかけても返事しないし暗い顔してたけど大丈夫?久しぶりに外出たし日射病とかなってない?」
急に黙り込んだ僕を心配してくれたらしい。それともやっぱり私の料理が不味かったか…?と不安そうに呟く彼女を安心させようとする。
「ちょっとぼーっとしてただけだから気にしないで」
「それ、嘘だよね?」
僕がウッと言葉に詰まる。その反応でやっぱりかとナズナが納得した表情を見せる。
「何でわかったの?」
「何年つるんでると思ってんの?それぐらいわかるって」
僕らは知り合って7、8年くらいになる。よく一緒に過ごしていたからナズナの考えも読めることがあった。彼女も同様に僕の嘘を見破ることは造作もないのだろう。優しく聞かれる。
「どうしたのか聞いてもいい?」
「…家族っていいなって思ってさ。親は何かあったら子供を守ってくれるし、休日にはみんなで遊びに行ったりして。僕はそんなことがなかったから少し羨ましいな、なんて思ったりして…」
僕が思っていたことを素直に言うとナズナは考え込む。静かに黙り込んでいる僕らの視界に無邪気に遊んでいる小さな子供達が入る。それを優しく見守る彼らの両親の存在に思わず嫉妬してしまいそうになる。
「…私はさ、家族は血のつながりだけじゃないと思うんだよ。夫婦は元は赤の他人だし養子を迎えるところもある。だからさ、何というか…」
ゆっくりと話し始めたナズナは言葉を選んでいるのかまた少しの間考える。
「私達を家族だと思っていいんだよ。両親もシンジを家族だと思ってるしシンジもそう思ってくれると私達も嬉しい。家族だからいくらでもわがまま言ってもいいし迷惑もかけていいんだ」
「…うん」
父さんへの未練は完全になくなったわけじゃないけど僕の存在を受け入れて家族だと言ってくれる人がいることは胸を少し軽くした。
「ナズナ」
彼女に言いたいことがあって声をかける。
「何?」
僕らは見つめ合った。ナズナの全てを見透かすような目に見られて途端に僕はなんて言うべきかわからなくなって言葉を探す。言いたいことは両手で数えきれないほどたくさんあった。
「…今日は僕を連れ出してくれてありがとう」
だから僕はたった一言、それだけを言った。ナズナならそれで全て伝わる気がしたから。彼女はそれを聞いてはにかんだように笑う。それは今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。
「どういたしまして!」
碇シンジがトイレで席を外していた時、村雨ナズナの隣に40代ぐらいの男性がいた。話の内容から、2人が初対面であることがわかる。いつの間にか公園には人気がなくなっていた。
「君、何年生?」
「えっと、中1です」
「じゃあ13歳になる年かー。ここへは君1人?」
初対面でもわかりそうなほどナズナは相手を警戒している様子だが、男性は意にも介さずににこやかに会話を続ける。
「実はここらへんが初めてで僕、迷っちゃってね。この建物に行きたいんだけどわかる?」
そう言って男性が持ってきた地図をナズナに見せる。それを覗き込む彼女を男性は舐めるように視線を上下に動かす。
「ここならこの場所とこの場所でこっちに曲がれば10分くらいで着きますよ」
「うーん…説明だけだとわからないから連れて行ってくれないかな?急ぎの用事なんだ」
「いえ…さっきも言ったように私には連れがいるので…」
案内を地図を指差して説明していたナズナが断るが男性はしつこく言う。
「今すぐにでも行かないと間に合わないんだ」
「でも…ここから離れるわけには行きません。連れと行き違いになるかもしれないし」
しつこい誘いにナズナは困ったように拒否する。
「すぐに戻れば大丈夫だって」
「っ…困ります。案内なら他の人に頼んでください」
冷や汗をかきながら頑なに断り続けるナズナの腕を男性は荒々しく掴んだ。
「ひっ…」
「いい加減に俺の言うこと聞きやがれ!ほらさっさと行くぞ!」
男はそのまま公園の外に連れ出そうとグイグイ引っ張る。
「いたっ…や、やめて!」
ナズナが顔を真っ青にして抵抗するが女子の力では男の腕力には勝てない。
「お巡りさんこっちです!」
2人が声のする方を見ると少年が後ろに声をかけながら走ってきた。
「ちっ…」
男は腕を離すと逃げていった。
男が逃げて行ったのを確認すると僕は急いでナズナに駆け寄る。彼女は安心したような顔をした。
「シンジ…助かった。警察は?」
「あ、えっと…それ実は嘘だったんだよね。やばそうな雰囲気だったから咄嗟についたんだ」
それを聞くとナズナは笑う。
「ハハッ、こっちまで騙されたよ。ありがとう」
「うん…それよりも大丈夫…?何があったの?」
僕が心配して聞く。
「何でもないよ。大丈夫だから」
ナズナはそう答えると、強い力で掴まれたせいで赤くなった腕をさすりながら笑った。
いつも読んでくださりありがとうございます!まさかここまで多くの方に読んでいただけて、お気に入り登録や感想までしていただけるとは思ってはおらず、ビビり散らかしている今日この頃です。大変モチベになっております。さて、このシリーズですがついにストックが切れてしまい、つきましては投稿間隔を長くします。ご迷惑をおかけしますがこれからもナズナちゃん、ひいてはこのエヴァ世界の物語がどう進むのか見守っていただければ幸いです。