かつて花の都と呼ばれていた旧東京、日本の重要な機能が集合していた都会は今は海の底に沈み、時折見えるボロボロなビルだけがその全盛期の面影を感じることができていた。そこでは日本重化学工業共同体と呼ばれる組織による華やかなパーティーが行われていた。しかし、NERV代表として出席したミサトとリツコの雰囲気は決してその場に合った雰囲気ではない。彼女たちの席には料理が一皿も運ばれることはなく、飲み物さえも出されてはいなかったのだ。
「本日は我が重化学工業共同体の実演会にお越しいただき、誠にありがとうございます」
『祝 JA完成披露記念会』と書かれた横断幕で飾り付けられた舞台上にいるのはこのプロジェクトを主導していた細身の男性、時田シロウ。彼は来賓に挨拶をすると自らが開発した兵器についてプロジェクターに資料を投影しながら説明をする。
「皆様には後ほど試運転をご覧いただきますが、ご質問のある方はどうぞ」
言い終わると同時に手を挙げる人がいた。彼はわざとらしく大仰に対応する。
「これはこれは、御高名な赤城リツコ博士。お越しいただき光栄です」
「先ほどのご説明によりますとJA、ジェットアローンは内燃機関を内蔵とありますが」
「ええ。連続150日間の作戦行動が可能です」
「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器に原子炉を内蔵することは安全性の面からみてもリスクが大きすぎると思われますが」
原子炉とはウランの核分裂で発生する熱で液体の水を水蒸気に変え、それでタービンと呼ばれるものを回し発電するいわゆる原子力発電である。核分裂には当然放射線が発生する。もし使徒との戦いで原子炉が破壊されてしまえばそこら中に放射能がまき散らされ、生き物が住めない土地になることは想像に難くない。
「5分も動かない決戦兵器よりは役に立つと思いますよ」
「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」
「パイロットに負担をかけ、精神汚染を起こすよりはより人道的と考えられます。聞けばあなたがたNERVの主力兵器のパイロットは中学生だというじゃないですか。前線に子供を送り込むなんて正気の沙汰とは思えませんね」
「ちょっとリツコ、もうやめなさいよ」
失笑にざわつく会場と蛇のにらみ合いのようなリツコとシロウのやり取りにいたたまれなくなったミサトが止めに入る。しかし、それで止まるリツコではなかった。
「人的制御の問題もあります!」
「制御不能に陥り、暴走する危険をはらむ兵器よりかは安全だと思いますがねえ…?制御できない兵器など、まったくのナンセンスです。ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません」
「なんとおっしゃられようとNERVの主力兵器以外であの敵性体は倒せません」
それを聞いたシロウは意地の悪い笑みを見せる。
「ATフィールドですか?それも今では時間の問題にすぎません。いつまでもNERVの時代ではありませんよ」
この場においてミサトとリツコは完全に笑い物となっていた。
その後、NERVの控室では魔物が暴れていた。
「このっ!このっ!俗物ものが!どうせっ、うちの利権にっ、あぶれた連中のっ、腹いせでしょ!?」
ミサトが蹴りつけている備え付けのロッカーはべこべこに歪んで新しいものと交換をせざるを得ないような状態となっている。…音から金属製だと推測できるのだが蹴りだけでこうなるものだろうか。
「よしなさいよ、大人げない」
と言いつつ配られていた資料を燃やすリツコ。大人げがない。
「自分を自慢し、ほめてもらいたがっている。大した男じゃないわ」
「でもなんであいつらがATフィールドまで知ってんのよ!?」
「極秘情報が駄々洩れね」
「諜報部は何やってんのよ」
国連から優先的に援助を受けられるNERVをよく思わない組織は何が何でもNERVの粗を見つけたいらしい。そのことに彼女たちは辟易とするのだった。
「これより、JAの起動テストを始めます。もちろん危険は伴いません。そちらの窓から安全にご覧下さい」
心なしか安全であることを強調してシロウは窓の外を見るように促す。
「テスト開始」
その言葉とともに準備が始まる。まずは原子炉の起動だ。冷却炉が循環して制御棒が開く。そしてそのエネルギーは動力の臨界点を超えた。
「歩行開始」
シロウの指示によって赤と白に彩られた機械の巨人は重い脚を動かした。そして彼にとって初めての一歩を踏み出す。
「おお~!」
来賓からどよめきが起こる。二足歩行の機械の制御は難しい。何故ならば地面から体を支える場所が二点しかないからだ。同じ不安定な二足歩行のヒトはそれほど意識はしなくても体のバランスを制御しながら歩き、さらには走ることも可能となっている。しかし、機械はそれを電子でいちいち制御しなければならないのだ。会場の人間はそのことをわかっているからこそ自己の利権を抜きにして素直に感嘆しているのだった。ミサトもこれには感心する。
「へー。自慢するだけのことはあるわね」
しかし、初試験でうまくいくとは限らない。
「変です!リアクターの内圧が上昇していきます!」
「バルブ開放、減速材を注入」
「だめです!ポンプの出力が上がりません!」
突然の異常にシロウはこれからの信用問題にかかわるため冷静に対処しようとする。
「動力閉鎖。緊急停止」
「受信されず!無線回路も普通です!」
「制御不能!」
「馬鹿な…」
人間の指示に従わずに傍若無人に闊歩するJAは人が集まっていた管制室に鋼鉄の足で踏み入れる。それは天井から無作法に土足で侵入すると何事もなかったように歩き続けていった。
「作った人に似て礼儀知らずなロボットねえ」
せっかくの礼装がほこりまみれになったミサトが悠然と去っていく白い後姿を見つめる。
「各種数値に異常発生!制御棒、作動しません!」
「このままでは炉心融解の危険もあります」
炉心融解は深刻な場合、放射性物質が漏れだして深刻な放射能汚染となる可能性がある。これは考えうるだけで最悪なことが起こっていた。
「JAには、あらゆるミスを想定しそれに対処すべくプログラムは組まれているのに…このような事態はあり得ない…」
「自動停止の確率は?」
ミサトはこの危機に対処しようと頭を回し始める。
「0.00002%。奇跡といっていいほどの確率です」
「奇跡を待つより捨て身の努力よ!停止手段を教えなさい」
しかし、それに対してシロウは消極的だった。
「方法はすべて試した」
「いいえ、すべてを白紙に戻す最後の手段が残っているはずよ。そのパスコードを教えなさい」
「プログラムデリートのパスワードは最高機密。私の管轄外だ。口外の権限はない」
「だったら命令を貰いなさい!今すぐに!」
ミサトの凄まじい剣幕に押されたシロウはどこかへ連絡を取り始めた。だが、なかなかスムーズにはいかない。各所をたらいまわしにされるだけであった。誰しも一歩間違えば多大な被害をもたらす失敗作の責任をかぶりたくない。しかし、思案しているだけではJAは止まらない。爆弾は着実に都市へと向かっていた。
「らちが明かないわね…これより先は私の独断で行動します。あしからず」
シロウは黙り込むだけであった。
管制室では防護服を着たミサトがJA開発主要メンバーと話をしていた。
「本気ですか?内部はすでに汚染物質が充満しています。危険すぎる」
「うまくいけばみんな助かります」
その顔は覚悟で決まっていた。
「バックパックから侵入できます。『希望』…それがパスワードだ」
ミサトさんの連絡を受けて僕と初号機は日向さんが運転する輸送機で旧東京に到着していた。僕らは機内でブリーフィングを行う。
「目標は5分以内に炉心融解の危険があります。そのため目標をこれ以上人口密集地に近づけるわけにはいきません」
「日向くんはエバーを投下した後は速やかに離脱、安全高度まで上昇して」
「了解」
「シンジくんは目標と並走し、私を後ろに取り付けて。以降は目標を可能な限り足止めしてちょうだい」
「わかりました」
と返事をしたはいいものの、僕はとても不安だった。使徒ほどの危険はないとはいっても初めて一人で初号機に乗る。ナズナの補佐も受けられないから考えなきゃいけないことも多い。それにエヴァは最悪JAが爆発しても何とかなるけどミサトさんは自分の身を守るためのATフィールドがない。
「ミサトさん、絶対に帰ってきてよ」
「ええ。もちろんよ」
ミサトさんは僕を安心させるように大きくうなずいた。
降下位置に到達するとエヴァ初号機は輸送機から切り離され落下する。地面に着地した初号機の右手は不自然に握られていた。そしてJAに近づくとバックパックをつかむ。そうして動きを止めると侵入口に右手を近づけて開いた。その中にはミサトがいた。彼女はそこからJAへと飛び移る。
『気をつけて』
彼女はシンジの言葉に頷くとJAの中へと潜り込んだ。初号機はJAの前に回り込むとガッチリと組み合ってこれ以上進まないようにする。しかしJAはなおも進もうとし、初号機はその勢いに押されて足元の地面を巻き上げた。
灼熱のサウナ状態となったJAに入るとミサトが真っ直ぐに向かった先は炉心融解までのカウントダウンがモニターに映されているコンソール。ここでパスワードを打つことが出来る。しかし
ビー
エラーが鳴る。数回打ち込んで見ても同じ。パスワード自体が間違っているようだ。ミサトはキーボードに拳を叩きつける。
「なんでなのよ!?これじゃあどうにもならないじゃない!」
プログラムを消去できなければJAは止まることはない。すでに防護服の中からでも感じるほどにコックピット内は高温になっていて、炉心融解までもういくばくも時間がないことがわかる。ミサトの背に冷や汗が流れた。彼女は必死でここからの対策を考える。
「コンピューターがダメなら人力しかないわね」
彼女は内側に迫り出している制御棒に手をかけると力一杯押始めた。
「ぐっ…思ったよりも、重いわ…ね!」
ガッチャン
一つ押しきるが、止めるためには制御棒一本だけでは足りない。すぐに別の制御棒に取り掛かる。そうして次々と押し込んで最後の一本に取り掛かった。カウントダウンは残り十数秒。そして
ヴゥゥン……
重い音を響かせてJAが止まったことを感じる。全ての機能が停止したことで室温が下がっていくことを感じながら彼女はふぅ、と息を吐いて座り込む。その顔は危機を乗り越えたというのに険しい表情をしていた。
(最後…完全に押し切る前に止まった。もしかしてこの暴走は仕組まれていた?それが出来るのは…)
一度抱いた疑念はなかなか拭い去ることはできない。彼女は自身の不信感をどうするべきか思考を巡らせるのだった。
「予定通りJAが暴走、停止しました。これで日本重化学共同体がNERVの障害になることはないでしょう。しかしイレギュラーが…はい。葛城一尉のことです。彼女が我々に疑念を持つ可能性があります。はい。はい…わかりました。ではそのように」
リツコは電話を切ると瓦礫の中で項垂れている男のもとに歩み寄った。それに気づいた男がリツコの方を見る。
「私は傲っていたのかも知れません…国連からの潤沢な援助を受けられるあなた方に嫉妬し、早く見返したいと無理な開発を推し進めた結果がこれです。あなた方に頼り、さらには自分が忌避していた子供に頼ることまでしてしまった。私がすべきことはこのような非常事態を全て予見し、その対策をとるべきでした。ですがもう、遅い」
ははは、と諦めたように笑うシロウ。JAは大勢の人間の命を暴走によって危険に晒した。多額の資金を費やして得られた結果がこれとは、開発を主導してきたシロウはその責任を問われることとなるだろう。もう研究者として生きることは容易ではない。
「あら、それはまだ早いんじゃなくて?」
どういうことかと彼女を見つめるシロウ。
「今NERVで開発しているものがいくつもあって人がいくらいても足りないのよね。でも技術者なんてそこら辺に生えているわけでもないし、ああ困ったわ。どこかにフリーの研究者っていないかしらね。敵性生命体に対抗するためには人類同士でいがみ合っている場合じゃないのに」
よく聞けばわざとらしく、棒読みなのだが精神的に追い詰められているシロウには気づく術はない。さらにはリツコがこちらを伺う視線にシロウは目の前に用意された蜘蛛の糸に縋った。
「それは…私をNERVに置いていただけると…?」
「さあ?あなた次第じゃない?」
「…ありがとう、ございますっ…!」
漢泣きをするシロウの横でリツコは使える人手を得たことに内心ほくそ笑んでいるのだった。
ナズナちゃんの病室の前でそわそわしているシンジくんとレイ。私は一歩後ろでその様子を見守っていた。
「本当に今日ナズナが退院するんですよね」
「お見舞い、やっと行ける」
「レイ?今回はお見舞いじゃなくてお迎えだからね?」
彼らはノックをすると、返事がするや否や部屋に飛び込んでいった。
「ナズナ!」
「村雨さん」
「おー2人とも、久しぶグエッ」
2人に左腕をあげて返事をするナズナちゃんがカエルの潰れたような声をあげる。というのもシンジくんはナズナちゃんに駆け寄ると、力いっぱい抱きついたのだ。
「ちょ、シンジ?苦しいんだけど…」
「心配させるからだろ、バカ」
「…ん、悪い」
ナズナちゃんがそう言うとようやく体を離す。すると今度はレイが彼女に抱きつく。レイの意外な行動に彼女は目を白黒させた。
「レ、レイ!?こんなことする子だったっけ?」
「?碇君がやってたから」
彼女はその様子にやれやれと微笑むとレイの頭を数度撫で、優しく引き離した。その時、シンジくんがナズナちゃんの体の異変に気づく。一瞬遅れてレイも気付いて目を見開く。
「…!大丈夫なの!?」
「大丈夫。たまに迷惑かけるかもしれないけど」
彼女はいっときに比べたら包帯は減ったけれど、それでも胴体にはまだ巻かれていた。しかし、それよりも目を引いていたのは彼女の右肩。不自然に空いている彼女の右側。
村雨ナズナの右腕がなかった。
ナズナちゃんがシンジくん達と会おうとしなかった一番の理由がこれだった。高シンクロ状態による弊害、最後のラミエルの攻撃を受けた時に焼け落ちた初号機のそれ以前に防御でズタズタであった右腕の影響は彼女の体に如実に現れていた。その結果、やむなくナズナちゃんの右腕を切り落とすこととなってしまったのだ。
「ごめん。僕がちゃんとしていれば…こんなことになる前に気づいていれば…」
「シンジのせいじゃないから。あそこまでしないとラミエルには勝てなかったし」
そう、ナズナちゃんがこうなったのはシンジくんのせいではない。本来なら司令部にいる私たちが真っ先に気づくべきだったのだ。だけど私やリツコ、普段パイロットのモニターをしているマヤちゃんでさえも陽電子砲や零号機の調整にかかりきりで初号機のコパイロットにまで意識を割く余裕がなかったのだ。それに彼女の言った通り、ナズナちゃん達パイロットがシンクロ率100%以上を出してくれたからこそラミエルを倒すことができた。だがその代償がこれとはなんて理不尽なんだろうか。
「僕、もっと操縦上手くなるから。ナズナがフィードバックで痛い思いをしないように。もっと強くなる」
「私もこれからは一緒に戦える。だから、村雨さんと碇君がもう怪我をしなくていいようにする」
「……ありがとう。私も2人がこうならないように頑張るよ」
決意を確かめ合う3人を見て私は自分のすべきことを心の中で強く意識するのだった。