「次、10時方向」
言葉を発するとシュミレーション上の肉体が動き、現れたサキエルのような見た目の物体にこれまたシュミレーション上の銃弾が撃ち込まれ、サキエルもどきが倒れる。私は目標が現れるたび、メインパイロットに方角を伝える。その指示を受け、シンジ君が撃破し、コパイロットの私が新たな目標の位置を指示するという繰り返し。現在、私達は射撃シュミレーションの訓練をしていた。正直、私はこの訓練に乗り気じゃなかった。だって銃が使徒に通用するわけがないじゃん。装甲が硬いやつがほとんどだし、そもそも銃火器を使う距離ってA.T.フィールドで無効化される場合がほとんどだ。銃で倒された使徒ってマトリエルぐらいだよ。ラミエル?あいつは流石に例外。フィールドのことだけをリツコさんに言ってみたけど
「シュミレーション作るのも一朝一夕じゃないのよ、データぐらい取らせなさい」
とのこと。デジタルでの戦闘は銃での中距離戦をやっているだけあってかなり退屈だった。A.T.フィールドはまだ再現できないらしく、私は殆どやることもない。目標の見た目はサキエルのようで、そうでないような姿で統一。コアの強度は紙のほうがまだマシなレベル。それに
『2人ともどう?』
シュミレーションのモニターをしているマヤさんが回線を通して話しかけてきた。彼女はリツコさんの右腕的存在で、潔癖症のきらいがある。それから、リツコさんに心酔していて、多分だけど恋愛感情を持っている。オペレーターの1人で、これからも何かと関わることの多い人だ。
「大丈夫だと、思います」
シンジ君が答えるが、私は思っていることを伝える。
「動きが単調すぎる。予測が簡単になり過ぎて訓練になりません。それに銃の反動もないし、着弾時の煙も欲しいですね」
『言ってくれるわね。ランダム性があるものは難しいのよ?』
リツコさんが答える。
「ですが、実践にできるだけ近づけたほうがいいと思いますよ?」
『はあ…すぐには無理よ。そのうちできるようにするわ』
「ありがとうございます」
するとシンジ君が話しかけてきた。
「ナズナはすごいなあ。僕、そんなこと気づきもしなかったよ」
「大したことじゃないよ。私は操縦はできないから、その代わりにできることをしてるだけ」
そう、私にはエヴァを操縦する才能が全くないのだ。2人で乗った時は50%を超えるものの、シンジ君単体だと30%台、私に至っては10%未満で、起動できなかった。まあ、これはコアにいるユイさんの子供かどうか、どれだけエヴァに依存してるかだから仕方ない。かと言って2人で乗った時に私が操縦できるかというとそうではなかった。どれだけ強くエヴァに念じても、操縦桿を動かしてもぴくりとも動かなかったのだ。ただ、A.T.フィールドだけは出せたので、私の存在をエヴァのパーツで例えると、リツコさん曰く
「フィードバック制御装置兼シンクロブースター兼A.T.フィールド発生機」
らしい。フィードバックは今のとこ私がほとんど受けている。ほとんど、というのは例えば、サキエルの荷粒子砲を受けた時、私は熱い鉄板を押し付けられたかのような感覚だったが、シンジは同じ場所がピリピリするような感じだったらしい。なので操縦ができるシンジ君がメインパイロット、A.T.フィールドを張れる私がコパイロットとして補佐をすることになった。
「あ、そうそう。シンジ、トリガーは細めに離しなよ。実戦だと煙で視界が遮られる」
「あっ、わかった」
「しかし…よく乗る気になってくれましたね、シンジ君とナズナちゃん」
モニター室でリツコと共に作業をしている髪をベリーショートにした女性、伊吹マヤが呟いた。
「2人とも人類を守るためじゃないみたいだけどね」
それにリツコが答える。
「じゃあ、何のために乗ってるんでしょう?」
「シンジ君は碇司令関係かしらね。ナズナさんはシンジ君のため、かしら?」
「そういえば、どうして碇司令はシンジ君に…自分の子供にあんな事を言ったんですか…?あまりにも酷いですよ…」
マヤが悲しそうな顔をする。初号機に乗る直前のやり取りは当時発令所にいた彼女も見ており、親子とは思えない会話に心を痛めていた。
「マヤ、私達ではどうにもならないことよ。今は作業に集中しなさい」
「…はい。先輩」
2人はモニターを黙って見つめ続けた。
「お疲れー」
「お疲れ様、ナズナ」
訓練が終わり、プラグスーツから制服に着替え、シンジ君と待ち合わせる。本来ならこのまま帰るのだが、今日は行くべき場所がある。
「ねえ、これから大怪我をしたパイロットのお見舞いに行くんだよね?」
「そ。零号機パイロットの綾波レイ。私達と同い年の女の子らしいよ」
私達はレイとのファーストコンタクトをとりに行くところだ。本来の初邂逅をできなかったので、その代わりだ。レイは大事な役割を担っている子だから、これからのために早めにこちら側に引き込んで情操教育をしておくに限る。それにあの子がいつかいろんな表情をするのを見てみたかったりもする。
「ナズナはどうやって綾波さんがいるのを知ったの?」
怪訝な顔をしているシンジ君に前日の出来事を話す。
「葛城一尉、他のパイロットっているんですか?まさかこれからもエヴァ初号機だけで戦わないといけないんですか?」
NERVの廊下でミサトさんと話していた時、頃合いを見計らって切り出した。
「あ、ごっめーん。そのうち言おうと思っていたのよ?ちょっち忙しくて時間がなかったと言うか、なんというか…」
この反応は完全に忘れてたな?
「えっと、弍号機とそのパイロットはドイツで最終起動試験中。零号機はここにあるけど、起動実験がこの間失敗したらしくて凍結処理。パイロットはその時の怪我で入院中よ」
「つまり、今戦えるのは私たちだけって事ですか?」
「そうよ。頼むわね?」
負けたら終わりだってのに、訓練を始めたばかりの私たちを前線に立たせている状態って普通にヤバイんだよなあ…
「はあ…じゃあ、零号機パイロットのお見舞いに行けたりしますか?」
「えっ?」
「これから共闘することもあるでしょう?連携のためにも顔合わせくらい済ませておくべきだと思います」
「そ、そうなんだけどね…」
ミサトさんの珍しく言葉を濁した言い方に訝しむ。
「どうしたんです?」
ミサトさんは言いづらそうに続けた。
「あの子…ちょっと気難しい子なのよ」
何を言わんとしているのかわかるので、問題ないだろう。
「とりあえず会ってみますよ。許可取っててください」
「え?わ、わかったわ」
「気難しいって…どんな子なのかな?」
「さあ?ま、会ってみればわかるよ」
そう言って事前に教えられていた病室のドアを叩いた。
「…どうぞ」
部屋からかぼそい声が聞こえ、私達は顔を見合わせると部屋に踏み入った。レイは寝ていた体をのそりと起き上がらせる。腕には包帯が巻かれていて、見ていて痛々しい。だが、綺麗な空色の髪と赤い瞳のアルビノという特殊な容姿も相まってどこか絵になっていて。思わず何か言うのも忘れて目を奪われてしまっていた。彼女は吸い込まれそうな赤い目をこちらに向ける。
「…誰?」
その言葉にハッとして近くにあったパイプ椅子に座りながら自己紹介をする。
「はじめまして。私は初号機コパイロット、フォースチルドレンの村雨ナズナ。こっちは…」
その言葉に同じく見惚れていたシンジ君が我に返り、慌てて隣に座った。
「僕はサードチルドレンで初号機メインパイロットの碇シンジ、です」
その言葉にレイが反応を示す。
「…碇?碇司令と同じ苗字…」
「僕の父さんなんだ」
「…そう」
「うん…」
それきり2人の会話がなくなった。レイもシンジ君もそんなに喋るタイプではないから無理はないのだが、沈黙に耐えられないのかシンジ君がチラチラとこっちを見てくる。しょうがないので会話に加わることにした。
「貴女の名前は?同僚になる以上知っておきたい」
先に知らされてはいるが、会話は自己紹介からスタートすべきだろう。
「綾波レイ。14歳。マルドゥック機関の報告により発見されたファーストチルドレン。零号機専属パイロット」
まるで何かを読み上げているようにスラスラと無表情のレイが自分の情報を上げていくのは少し怖かった。
「レイ、かなり体の線細いよね。ちゃんと食べてるのか?」
「…問題ないわ」
「あ、綾波は好きな食べ物はあるの?」
食べ物の話題にシンジ君がこれ幸いと飛びつく。
「…いいえ」
「「……」」
また会話が終わる。お願いだからシンジ君、こっちに目線だけで助けを求めてこないで。もうちょっと頑張ろうよ。
「レイは食事は和食派?それとも洋食派?」
「…普段はサプリを食べてるの」
「えっ?」
それは食事とは言わん。知ってはいたけど中学生女子にどんな食生活させてんだマダオは。
「サプリだけって大丈夫なの⁉︎」
「…問題ないわ」
「そりゃ必要な栄養は取れるだろうけどさあ…」
驚いているシンジ君とは対照的に、私は呆れる。
「そうだ!綾波にお弁当作ってくるよ!いいよね⁉︎」
シンジ君がいいことを思いついたとばかりに提案する。私もそれに丁度いいとばかりに賛同する。
「いいね。サプリじゃ味気ないだろうし」
「綾波は食べられないものとかある?」
「…肉」
「わかった!それで献立を考えてみるね」
シンジ君が食い気味に返事する。彼の料理付きは健在で、そのことになると生き生きとし出す。私も料理はできるが、このところシンジ君が作ったものの方が美味しく感じて落ち込む。
「シンジ、そろそろ面会終了時間だから帰ろうか。レイ、お大事に。また明日来るから」
「あ、わかった。綾波、これからよろしく」
「…命令ならそうする」
会話の流れを完全に無視した返答に部屋を出ようとした足が止まる。
「綾波、これは命令じゃないよ。僕らからのお願いだ」
「貴女は人形じゃないだろう?命令だから仲良くするとかそういうのじゃないんだよ」
「…わからない。こんなとき、なんて言えばいいの?」
「ゆっくり考えて、自分なりの答えを探せばいいんじゃないか?」
「…そう」
私達は病室を後にした。
ミサトと私は彼女の作戦部長専用執務室で額を突き合わせてとある資料を読んでいた。
「リツコ、これで全部?」
「ええ、それがシンジ君とナズナさんの調査資料」
きっかけはとある条件を満たしていないのにも関わらず、ノイズなしにエヴァに乗り、A.T.フィールドまでも張れるフォースチルドレン、村雨ナズナさんに疑問を抱いたからだった。彼女はあの人の計画にはないイレギュラー。計画の妨げになることは十分に考えられる。彼女のことだけを調べるのは不自然なので、どうするか考えていたとき、ミサトも彼女達について調べようとしていたので、一緒に調査をすることにした。私達はまずシンジ君の資料を読み始める。
「3歳の時に親戚に預けられ、学校の生活態度は良好。成績も優秀。優等生じゃない!だけど…」
「かなり酷い扱いを受けてたみたいね。家でも学校でも。理由はだいたい予想がつくわね」
ミサトの言葉に私が続く。
「そして7ヶ月前…ナズナちゃんが言ってたのはこのことなのね。この事件が起きてそれからは村雨家に引き取られた」
本来ならこれほどのことがあれば施設に行くのだが、セカンドインパクト以降の世界は当初に比べれば落ち着いてはいるものの、福祉関係は余裕があるかと言うとそうではないし、当時のシンジ君の精神状態を考えると専門家のいるナズナさんの家の方が良いということになったらしい。
「それからはしばらく学校を休んで通院してるわね。はい、カルテの写しよ」
それを読みながらミサトは暗い顔をした。
「それで現在に至る、と…んで?ナズナちゃんのは?」
「これよ」
ミサトが渡された書類に目を通していると、突然大声を出し始めた。
「リツコ!これって偽造なんじゃないの⁉︎信じられないわよこんなの!」
「いいえ、資料の改竄は認められなかったわ。正真正銘これがナズナさんの経歴よ」
興味で始めた調査だったが、まさかあの子にこんな過去があるとは思っても見ず、私は初めてこの資料を見た時、絶句した。
「小学4年生で大検取得、6年生でC言語を習得。その翌年には独検と英検の1級をトップで通過。それ以外にも甲種危険物取扱者などの工業系の資格をいくつか…いずれも独学らしいわ。小学校や中学校の成績はもちろん一位。アスカと同等かそれ以上の天才ね」
「それも充分すごいけど、あたしが言ってんのはそのことじゃ無いのよ!シンジくんといい、ナズナちゃんといい、こんなの子供が経験していいことじゃ無いわよ!」
ミサトが指し示した場所には、中学1年生のときのナズナさんが巻き込まれた事件についての概要が書かれていた。
碇君、村雨さん。エヴァンゲリオン初号機パイロット。私と同級生で同僚になる人達。
碇君、初号機のメインパイロット。碇司令の息子。調理を好んでいる?心配性な人。
村雨さん、初号機コパイロット。碇君の恋人。男性のような口調の人。
二人ともあれからお見舞いに来て、お弁当を渡し、そして三人でご飯を食べた後帰って行く、これを毎日するようになった。この行動の理由がわからず、碇君に質問してみると
「一緒に食事をするのは楽しいからだよ。もしかして、綾波は嫌、だった…?」
眉を寄せて聞かれたので不思議な気分になり、気がつけば首を横に振っていた。そしてはた、と気がついた。…どうして私は碇君の言葉を思わず否定していたの?これは、何?たった今の行動原理を理解しようとしていると、私の無言の返事を見た碇君も私たちの会話を聞いていた村雨さんも微笑む表情をした。それを見てまた不思議な気分になった。今度は何?さっきとは違う。体に異常はないはずなのに熱を持っているように感じる。でも、発熱のような感じではない。これは…ポカポカする?
僕達は登校すると隣り合っている自分達の席に向かった。クラスメートに挨拶をすると彼らも口々に返してくれる。突然の転校、それも男女二人は珍しく、初日はみんなから質問責めにされて前の学校で受けたイジメを思い出し怖かった。だけど、みんなはただの興味で聞いているのが分かったのと、近くにナズナがいてくれたから打ち解けるのにそう時間はかからなかった。因みに僕らが付き合ってるのは速攻バレた。
「あ、綾波、おはよう。学校で会うのは初めてだね」
「レイ、おはよ」
「…おはよう」
「「「「ええぇえええぇぇぇ〜〜〜〜⁉︎」」」」
びっくりしたあ!みんなの大声に肩がびくりと震える。
「みっ、みんなどうしたの⁉︎急に大声なんて出して」
近くにいた男子生徒に尋ねる。
「どうしたのじゃねえよ!綾波が誰かに返事するなんて初めて見たぞ⁉︎」
聞けば綾波はいつも無口で、誰とも話しているのを見たことがないそうだ。そういえば僕らが最初に会ったときもすぐに会話が終わったっけ。
「てかお前ら綾波と知り合い?」
答えに詰まった。綾波と会ったのはお見舞いに行ったからなんだけど、どうしてお見舞いに行ったのか聞かれるだろうし…どうしようかとオロオロしていると、ナズナが代わりに答えてくれた。
「病院でたまたま会ったんだよ。そしたら同い年だって分かってさ。それからちょくちょくお見舞いに行ってたんだ。まさか同じクラスになるとは思ってなかったよ」
今度は女子生徒が話しかけてきた。
「病院って…村雨さん何かあったの?」
その言葉にナズナが笑って答える。
「何日か前に避難指示あっただろ?丁度その時にこっちに引っ越してきたんだが事故に巻き込まれてね」
「大丈夫だったの⁉︎」
「ああ、大したものじゃなかった」
生徒達は普通の答えにふーんと興味を失ったようで、友達との会話に戻って行った。そのとき、僕はメガネの男子生徒とジャージを着た男子生徒が僕らをじっと見ていることに気がつかないふりをしていた。
中学校の授業はパソコンで行われていて、教科書やノートが使われることはあまりない。今は担任の根府川先生が授業をしているんだけど、いつの間にかセカンドインパクトの話をしていた。クラスメートは何回も聴いている内容なのか、各々好きなことをしている。ナズナ…いくら根府川先生の話が退屈だからってロシア語の勉強なんてしちゃダメだよ。隣の人ドン引きしてるし…と思っていると、自分のパソコンにメッセージが届いた。
『碇君があのロボットのパイロットって本当? Yes/No』
『それとも村雨さん? Yes/No』
周りを見渡すと近くの女子生徒二人がこっちを見ていた。困ったな…二人はエヴァのパイロットは1機につき一人だと思ってるみたい。まあ、それが普通らしいんだけど。父さん達との交渉で僕達がパイロットって言ってもいいことになったけど、あまり吹聴しないようにって強く言われてるし。というかこれクラスのチャットじゃん。これを読んでいるであろうナズナを見ると
「〜♪」
鼻歌を歌いながらスワヒリ語の勉強をしていた。その曲あまり好きじゃないんだよな…無に還りたくなるから。とりあえず、僕はメッセージを無視することにした。