放課後、僕は男子生徒二人に校舎裏に呼び出されていた。腕っぷしの強そうなジャージの少年に身がすくむ。いつかもこんなふうに呼び出されて殴られたっけ。ナズナはそのことがあってから呼び出されたら守ってくれるのに、今日に限って行ってらっしゃいとか言ってくるし。グットラックじゃないよ。彼女の笑顔に無性に腹がたった。不安に思っていると、メガネをかけてカメラを持った少年を従えているジャージの少年が口を開いた。
「お前がエヴァンゲリオンのパイロットってほんまか?」
えっ、今エヴァンゲリオンって言った?確かNERVで存在が秘匿されてたはずだよね?すると後ろにいたメガネが否定する。
「違うよ、トウジ。碇がメインパイロットで村雨がコパイロットだ」
「じゃかぁしいわい。わしが聞いとんのは操縦しとんのはどっちかちゅうことや」
情報統制どうなってんだろう。機密なのにパイロットまでバレてるじゃん。もうはぐらかしてもどうにもならないか。
「…そうだよ。エヴァを操縦してるのは僕だ。ナズナは補佐をしてる」
そう言うとトウジと呼ばれた少年がずかずかと近づいてくる。殴られるー
「ほんとおおきに!」
ギュッと瞑った目をおずおずと開ける。目に飛び込んできたのは腰を90度に曲げて頭を下げている姿だった。
「えっ?それって、どういう…」
「あん時、ワシの妹と逸れてしもてなぁ。聞けば妹を守ってくれたそうやないか。おかげで大した怪我もせずに済んだ
んや。だからありがとう!転校生!いや、センセと呼ばせてくれ!」
サキエルと戦った時に逃げ遅れた女の子がいたのを思い出す。そっか、僕は守ることができたんだ。胸に温かいものがひろがっていく。僕でも誰かの役に立てたんだ!
「そっかあ、妹さん無事で良かったよ。あの、トウジ、せっかくだから僕と友達になってくれないかな?」
「もちろんや!」
すると黙っていたメガネも話し出す。
「俺、相田ケンスケ!なあ碇、エヴァのパイロットってどうやってなったんだ?やっぱり試験とかあったのかな?」
目をキラキラさせて質問攻めにされる。どうやらケンスケはパイロットに憧れてるみたいだ。確かに巨大ロボットを操縦するのは全男子の憧れとも言っていいだろう。
「父さん、NERVの司令なんだけど、に呼び出された日にたまたま敵が来て、一緒に来てたナズナとどうにか逃げながら父さんのとこに行ったらいきなりエヴァに乗れって言われたんだ。それにナズナは部外者だからって理由で捕まりそうになって、逃げなきゃってなって二人で避難するためにエヴァに乗ったんだ。パイロットになったのは成り行きになる、かな」
「碇は呼び出された理由聞いてなかったのか?」
「うん…」
「…」
「…なんや、センセも苦労しとんのやなぁ」
二人に同情されてしまった。自分で言ってて酷いなとは思ったけど。その時、向こうからナズナと綾波が来るのが見えた。
「おーい!非常召集だって!急ぐぞ!」
「わ、わかった!じゃあ、トウジ、ケンスケ、僕行くから!」
「おう!」
「碇、頑張れよ!」
声援を背中に受けながら僕らはNERVに走った。
海上を移動して第3新東京市に向かっている未確認飛行物体があった。それは巨大な赤紫色のイカのような形状をしていた。NERVではそれの解析が進められている。
「目標確認。パターン青、使徒です」
戦うべき敵が現れたことでスタッフは大慌てで自らの仕事場所へ着く。
「民間人の非難、完了しました」
「第3新東京市は戦闘態勢へ移行します」
2回目となる人類存亡をかけた戦いが幕を開けた。
使徒へ数多の攻撃が雨霰のように降り注ぐ。しかし、使徒にとっては大したものではないのか悠々と飛行を続けている。
「税金の無駄遣いだな」
メインモニターで見ていた冬月はそのように評価を下した。スタッフ達も頷く。
「15年ぶりに襲来したかと思えば、今度はわずか3週間で次の使徒ですか」
「自分勝手な奴らね。女にモテないタイプだわ」
「…肝に銘じます」
急に真剣に返事をする日向にミサトは首を傾げた。
「それで、エバーは?」
「現在機動準備中よ」
「間に合いそうね」
対使徒においてはエヴァンゲリオンでしか対抗しえない。起動がスムーズに行えるかが非常に重要であった。
「目標はこちらにまっすぐ進路をとっています」
「OK。初号機は発進後、第3新東京市で使徒を迎撃させましょう」
ミサトは使徒を睨め付けた。
民間人は特別非常事態宣言発令時にシェルターに避難することになっている。それには民間人の安全を守るためと、使徒やエヴァなどの機密を保持するためという二つの意味があった。エヴァパイロットの所属する2年A組の生徒も例に漏れずシェルターに避難していた。彼らはクラスメートが今ごろ巨大ロボットに乗ってこれまた巨大な怪物と戦おうとしていることなど知らない。二人を除いては。
「あ〜また駄目だ」
ケンスケがビデオカメラの画面を見つめ、残念そうな声を上げる。
「なんや、また文字ばっかなんか?」
トウジが尋ねる。ケンスケは隣に座る友人、鈴原トウジに現在発令されている警報と静止画が映っている画面を見せた。
「情報規制ってやつだよ。肝心なことは、僕たちに教えてくれないんだ。美味しい場面だってのにどうして見せてくれないんだ」
「そりゃ危ないからやろ」
「今日を逃せば次の機会があるかわからないのに…」
相田ケンスケは重度のミリタリーオタクである。エヴァやその戦闘に強く心を惹かれるのは無理もなかった。彼の趣味をよく知るトウジはまたかと呆れる。
「なあ、トウジ。ちょっと話があるんだけど」
「なんや?」
「その、さ。少し二人で、な」
「…しゃーないな」
それで通じ合うあたりやはり友人というべきか、二人は立ち上がると友人と話している洞木ヒカリの元へ向かった。
「のぉ、委員長」
「…何?」
「ワシら2人、便所に行ってくるで」
「はあ、先に済ませておきなさいよ」
「すまんな〜。じゃあちょいと行ってくるわ」
手を振りながら去っていくトウジとケンスケにヒカリは一抹の不安を覚えていた。
シェルター内のトイレではトウジとケンスケが連れションをしていた。
「それで、話ってなんや?」
「外に出たいんだ。手伝ってくれよ」
「アホか。外に出たら危険やさかい、こないとこへ避難しとるんやろうが」
「この機会を逃したら、もう撮影するチャンスなんてないかもしれないんだよ」
それでも渋っているトウジにケンスケは違うアプローチを始めた。
「碇と村雨、あと綾波が、同級生が命懸けで俺たちのために戦ってくれてるっていうのに、トウジはそれでいいのかよ?」
「…なんやて?」
挑発とも取れる言葉にトウジは眉をぴくりと動かす。その様子にケンスケはかかったっとばかりに続ける。
「だってそうだろ?俺たちには戦いを見守る義務があるってのにトウジはびびってそれを放棄したんだ」
「ええい!行きゃあいいんやろ、行きゃあ!」
「そうでなくっちゃ!近くにハッチがあるんだ。そこから外に出られる」
ハッチの元へ、人にバレないようコソコソと向かう。
「センセの時もやったけど、どっからそんな情報仕入れてくるんや?」
「父さんがNERVの職員だからね。ちょっと覗いたんだ」
二人は外に出る作業を再開した。
L.C.L.の中で深く呼吸する。何度も嗅いでも慣れない血の匂いに、ここがエヴァの世界だと改めて認識させられる。本来のコックピットのさらに後ろに設けられた簡易座席が私の座席となっていて、初号機や使徒の状態を見ることができるモニターや武器格納ビルや外部電源などの戦闘で使われるものが簡易的に操作、確認ができるようになっていて、これで戦闘の補佐をすることになっている。
『二人ともいい?敵のA.T.フィールドを中和しつつ、パレットライフルの一斉射』
「わかr「その作戦には反対です」…ナズナ?」
ミサトさんが不機嫌そうな顔をする。
『どうして?あなたのA.T.フィールドなら不可能じゃないでしょ?それに、敵の攻撃の被弾を減らせるわよ』
確かに私のA.T.フィールドなら問題はないだろう。だが、私はミサトさんを信用していても、葛城一尉を信頼しているわけではなかった。
「葛城一尉は国連軍の攻撃の映像を見てなかったんですか?」
『ただの弾丸と税金の無駄遣いだったじゃない。それがどうしたっていうのよ?』
使徒はエヴァでしか倒せないからってその程度しか見てなかったのかよ。
「使徒のあの形状、頭部がコアを守る遮蔽物になっています。その隙間を縫ってコアを銃で打つことができるほどはまだ訓練は足りませんし、その状態で手順の多いパレットライフルよりかは単純で取り回しの効くプログレッシブナイフのほうがいいですよ。それに、まだ相手の攻撃がなんなのかわかっていないじゃないですか」
『だからこそ銃で距離をとって戦おうとしてるんじゃない』
「しかし…」
『フォースチルドレン、これは命令よ』
「…」
私はモニター越しにミサトさんを睨みつける。あなたが合理的に判断して言ってるわけじゃないことはわかってるんだ。だが、こうなって仕舞えば私はもう何も言えない。ミサトさんもそれをわかって命令と言っているのだ。エントリープラグ内と発令所にピリッとした空気が流れる。それを変えたのはシンジ君だった。
「大丈夫だよ。僕らならなんとかなるって!サキエルの時だってそうだったんだからさ」
振り向いて笑うシンジ君の精神状態がトウジ殴られイベントがなかったおかげでアニメより安定しているのを見て少し安心する。これなら多少はなんとかなるか。だが、これが甘い考えだということを私は知らなかった。
エヴァ初号機が赤紫色の以下のような使徒、シャムシエルの背後に射出される。村雨ナズナは葛城ミサトの命令に怒りを感じていた頭を戦闘のために切り替えるためにそっと呟いた。
「A.T.フィールド展開」
初号機がシャムシエルのA.T.フィールドを中和する。だがそれは初号機もA.T.フィールドを失うことと同義であった。
『作戦通り、いいわね?二人とも』
「「了解」」
パイロット二人はミサトに答えるとシャムシエルの前に飛び出した。碇シンジは操縦桿を使ってトリガーを引き絞った。精神的に余裕があるシンジは細めにトリガーを話すのを忘れない。そうしているとマガジン全て撃ち切った。
「全弾命中。目標健在。焦るなよ、シンジ」
「わかってるよ」
コアには命中しなかったのか、薄い煙を出しながらシャムシエルは変わらず立ち続けている。と、光の鞭が飛び出した。初号機は咄嗟に体を前に投げ出した。
「くっ」
鞭は背中を通り過ぎ、背後のビルをスパスパと切り裂いた。
「発令所へ、ライフルの効果認められず。ナイフでの接近戦に移行する許可を要請します」
『発令所、初号機コパイロットの要請を許可します』
淡々と話すナズナとは対照的にミサトはその声に悔しさを滲ませた。その顔をチラッと見ると、ナズナは戦闘のモニターを続けた。鞭を繰り出す使徒にシンジはナイフでなんとか防ぐ。だが、防戦一方でなかなか反撃することができない。すると鞭が一発腹に直撃した。
「づっあ゛ぁぁ」
フィードバックを受けるナズナが鞭の殴打と皮膚が焼けるような痛みにうめく。初号機は何度か被弾しながらもなんとか戦闘を続けていたが、突如エントリープラグ内に電子音が響く。
「アンビリカルケーブルが切れたか…シンジ!予備電源を出した。そこへ急げ!」
「わかった!」
その時、鞭が初号機の片足に巻き、振り回される。
「うわあぁぁ!」
「ぐっ!」
初号機は地面に叩きつけられた後、山の方に投げ出された。起きあがろうとした時、左手の指の隙間に二人の姿を見つけた。
「なんでこんなとこにいるんだよ…」
「ちっ、民間人を発見。葛城一尉、どうしますか?」
それは鈴原トウジと相田ケンスケだった。
『保安部は何やってるのよ!?』
発令所が対応に追われていると、シャムシエルが急接近してきて、鞭を振り回す。シンジは咄嗟に鞭を両手で掴む。それまでの機動力のある動きとは反対の使徒との力くらべにトウジは疑問を抱いた。
「なんでこのロボットはこんな動きを…さっきとは違うやないか!」
「僕らがここにいるせいで…僕らが邪魔なせいで思い通りに動けないんだ…」
人間たちがあたふたしている間にも、鞭のあまりの高熱は初号機の手を焼き始めた。当然、そのダメージはナズナが受ける。
「あ゛あああぁぁあぁぁ!」
「ナズナ!?」
「っ!大丈夫だ!」
シンジは焦っていた。なかなか近づけさせてくれないシャムシエルの鞭に迫り来る活動限界。これだけならまだ良かったが、ライフルで倒せなかったことがそれをさらに助長させていた。上手く操縦して使徒を倒せなければ周りに認めてもらえないかもしれない。それに足元にいる友人の命が危ない。そのような考えに頭を支配されている時に上がったナズナの悲鳴にシンジの頭はさらにいっぱいいっぱいになった。
『二人をエヴァに乗せるわ!二人を回収した後、一時退却』
言葉と共にエントリープラグを露出される。ナズナは外部音声でトウジとケンスケに呼びかけた。
『そこのバカ二人!死にたくなければ早く乗れ!』
二人は一喝され、大慌てでエントリープラグに乗り込む。自分の命がかかっているのだから無理はない。
「なんや、水やないか!」
「ああ!カメラがぁ…」
パニックになる二人にナズナが怒鳴りつける。
「慌てんな!呼吸できてるだろ!カメラのデータはどうせ消されるんだから諦めろ!」
初号機のシンクロが再開される。残り少ない活動限界のアラームやトウジとケンスケが乗ったことによって発生したノイズの警報が鳴り、熱した鉄に手を押し付けているような痛みがナズナを襲う。だが、彼女はすっかり油断していた。NERVの人々にとってはイレギュラーである民間人の出現は転生者の彼女は当然知っていたし、いつも気にかけているシンジのメンタルは安定していた。
「シンジ、落ち着いてやれば大丈夫だ」
「…」
だから
「…シンジ?」
シンジの精神状態が悪化していたことに気が付かなかった。
「うわああああ!」
シンジは叫ぶと、それまで両手で一本ずつ持っていた2本の鞭を片手で掴み、落ちていたナイフを拾って、シャムシエルのコアに突き立てた。
『シンジ君何やってるの!?今すぐ撤退しなさい!これは命令よ!』
「センセ、逃げろって言われてるで!?」
「碇!?村雨も何か言ってやってよ!」
「シンジ、そのままナイフを離すなよ!ここで殲滅する!」
「「『はあ!?』」」
その時、鞭の生えていた手らしきものが動き出し、胴体に深々と突き刺さった。
「があああぁぁぁ!う、そだろ…!?ぐっ…!」
激痛に叫びながらもシャムシエルの知らない動きに戸惑いを隠せないナズナ。その間にも活動限界は刻一刻と迫ってくる。
『活動限界まであと10秒!8、7…』
「うおおおお!」
シンジはこれまで以上に操縦桿に力を入れ、コアにナイフを押し込んでいく。
『2、1…』
「オラァ!」
ダメ押しとばかりにナズナもナイフにA.T.フィールドを全力で伝える。
ビシ、ビシ…バキン
コアは初号機が活動限界を迎えると同時に粉々に割れた。
暗くなったエントリープラグ内では私とシンジ君は肩で息をしていた。トウジとケンスケは心配そうにこちらを見ている。私の頭にはさっきの光景が流れ続けていた。なんだよ、あれ。鞭以外の攻撃手段なんて初めて見たぞ…L.C.L.で浮き上がる髪をかきあげる。何かとんでもないことになってるんじゃないか、それなら原因は…一度考え出すと止まらない。だが、一旦その考えは押し殺し、周りに声をかけた。
「シンジ、トウジ、ケンスケ。後でこってり絞られるだろうから今のうちに休んどけよ」
返事は返ってこなかった。しばらくしてシンジ君の啜り泣く声が聞こえてくる。トウジが声をかけようとするのをケンスケと無言で静止した。今はそっとしてやる方がいいだろう。それからは暗い空間にシンジ君の泣いている声だけが響いていた。