救いのない世界で、君を救いたい   作:にぎり飯

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レイ、心の向こうに(前編)

 シャムシエルの殲滅された場所は工事現場のように外から見られないようにして、その巨大な体の解体作業を進めていた。私達は安全のためにヘルメットを被らされ、そこへ入っていく。

 

「おー。こうしてみると壮観だな」

 

エヴァに乗ってる時はそれどころではなかったが、こうして実際に目にするとあまりの大きさに圧倒される。

 

「これが使徒…あの、ミサトさん。どうして僕らをここに連れてきたんですか?」

 

シンジ君も驚きながらも、もっともな疑問を口にする。ミサトさんはウインクすると答えた。

 

「敵のことは知っておくに限る、でしょ?」

 

作業服を着た人達の中に制服の私たちは目立つようで、少し居心地の悪さを感じながらも金属製の足場を渡っていく。しばらく歩いていくと、白い仮設テントが見え、ミサトさんが入っていった。どうやらここが目的地らしい。

 

「来たわよ〜」

「あら、いらっしゃい」

 

ミサトさんが声をかけると、モニターを見つめていたリツコさんが振り向いた。彼女が興奮気味に話し出す。

 

「ほとんどが原型を留めている。本当に理想的なサンプルね」

 

リツコさんの上機嫌の原因はこれか。

 

「コアが綺麗に破壊されてるのが悔やまれるわ。次はコアの方も頼むわよ?」

 

え、いやです。そんなんしたらウナゲリオン出来るじゃないですか。というかリツコさんってやっぱり科学者なんだね。マッドサイエンティストだよこわっ。

 

「まー善処します。期待はしないでくださいよ?」

 

とりあえず適当に返事をする。

 

「んで?なんかわかった?」

 

ミサトさんが珍しくリツコさんを諌める。

 

「これを見てちょうだい」

 

指し示されたモニターをみると、そこには『601』とだけ書かれていた。

 

「何これ?」

「エラーコードですよ。数字によってどんな問題があるのかわかるようになってます」

 

コンピューターは少し齧っていたので、ミサトさんの質問に答えると、リツコさんがそれに続く。

 

「そう。これは解析不能を示すコードナンバーね」

「つまり、わけわかんないってこと?」

「そう。使徒は粒子と波、両方の性質を備える光のようなもので構成されてるわ」

 

光みたいなのに実体があるのはなんか違和感あるけど、いちいち気にしてたらこれからやってけない。エヴァって説明されてないことの方が多かったりするから自分なりに解釈するか、気にしないようにするしかない。ミサトさんは早々に考えるのを投げ出したようだ。

 

「動力源はあったんでしょ?」

「らしきものはね。での駆動原理はさっぱりなのよ」

 

確かディラックの海と呼ばれる別次元の宇宙からエネルギーを汲み上げてるんじゃなかったっけ?んでそのポンプの役割を果たしているのがS2機関って聞いたことあるぞ。それかその海がこの次元で見えるようになった形がS2機関だったような…ここら辺の記憶は自信ないや。

 

「まだまだ未知の世界が広がってるってわけね」

 

リツコさんがお手上げというように言う。

 

「とにかくこの世は謎だらけよ。例えばこの使徒独自の固有波形パターン」

 

そう言ってリツコさんは別のウィンドウをモニターに表示させる。

 

「これって!?」

「構成素材に違いはあっても、信号の配置と座標は人間の遺伝子と酷似しているわ。99.89%もね」

「99.89%って…エバーと同じ!?」

「エヴァと同じって…何か関係があるんですか?」

 

シンジ君が聞く。そんな得体の知れないものに乗ってるとなったら不安にもなるだろう。リツコさんは答える。

 

「ええ。エヴァは元は使徒をコピーして作られたものなのよ」

 

今度は私が質問する。

 

「毒をもって毒を制すってやつですか?」

「そうよ」

 

ミサトさんは複雑そうな顔をした。憎んでいる相手を使って復讐をしようとしている訳だからそんな顔にもなるだろう。私は重ねて聞く。

 

「というか人間と使徒の遺伝子が近いって、近縁種ってことですか?」

「数字の上ではね。改めて私たちの知恵の浅はかさってものを思い知らせてくれるわ」

 

まあ、アダム由来の使徒もリリス由来の使徒である私たちのもう一つの可能性なんだよね。知恵の実ではなく、生命の実を得た場合の私達。だから人間と遺伝子が似てるのも無理はない。ふと隣を見るとシンジ君が所在なげに立っていることに気がついた。

 

「どうした?」

「なんか難しい話ばかりでよくわかんないなあって」

 

いくらシンジ君が頭が良いといっても、科学とスピリチュアルが混ざった話をいきなりされれば困惑するだろう。私だって最初は理解するのに苦労した。

 

「だよね。外に出てみる?」

「うん」

 

リツコさんに許可をもらって外に連れ出した途端、シンジ君が固まった。

 

「あ…」

「ん?あーなるほど」

 

ある一点を見つめるシンジ君の視線を追っていくと、シャムシエルの腕だったものをペタペタ触っているマダオと冬月先生がいた。ふと思ったけど、組織の重要人物がこんなに出払ってていのかね?というかあれがエヴァの胴体に突き刺さったのか…なんかその時に刺されたとこが痛くなってきた

 

「あれ?」

「どうしたの?」

 

何かに気づいたシンジ君にリツコさんが声をかける。

 

「父さんの手、火傷してる…」

 

言われた場所をよく見てみると、確かにひどい火傷の跡がある。

 

「ああ、それはね…」

 

リツコさんが語り出す。

 

 

シンジとナズナがNERVに来る前、NERVの第二実験場ではレイの乗った零号機の起動実験が行われていた。そこには総司令のマd…

 

「なんだ?」

 

…碇ゲンドウもいる。

 

「どうされました?碇司令」

「問題ない」

 

訝しげな顔をして作業に戻っていくスタッフ。その時、けたたましいアラームが鳴る。

 

「どうした!?」

「シンクロ率、プラグ深度共に急上昇!これ以上は危険です!」

「零号機制御不能!」

「まさか、暴走!?」

 

零号機は拘束具を力任せに引きちぎる。オペレーター達は異常事態の対応に追われた。リツコは零号機のアンビリカルケーブルを外させる。

 

「零号機が内部電源に移行します。活動限界まで1分」

 

不測の事態に備え供給される電力は最低限であったことが幸いであったが、さらに事態は良くない方向に動く。

 

「オートイジェクション作動!エントリープラグ、排出されます!」

 

エントリープラグはいざという時のためにパイロットが脱出できるような機構が備わっているが、今回はそれが災いした。勢いよく排出されたエントリープラグは天井や壁に激突し、それから床に落ちる。L.C.L.で守られているとはいえ、エントリープラグ内の衝撃はかなりのものだ。それに、まだ零号機は暴走を続けている。その足でパイロットを踏み潰す危険もあった。

 

「いかん!レイ!」

 

いつも冷徹で感情の起伏が少ないゲンドウがここまで取り乱すのは珍しかったが、周りはそれに気づけるほどの余裕がなかった。零号機が拳を振り上げるとスタッフ達のいる部屋に面した窓ガラスを殴り始めたのだ。

 

 ゴウン、ゴウン

 

重々しい音が響き、強化ガラスでできた窓がひしゃげ始める。

 

「司令!ここは危険です!離れてください!」

 

リツコが慌てて声をかけるが、ゲンドウはひび割れたガラスの前から動こうとしない。その間にも拳は振り下ろされ続ける。

 

「碇司令!」

「活動限界まであと10秒!8、7、6、5、4、3、2、1…」

 

カウントが0を刻むと同時に零号機が壁にもたれかかるようにして停止する。ゲンドウはかけだした。リツコは部下に指示を飛ばす。

 

「レイ!」

「医療班、急いで!」

 

エントリープラグに辿り着いたゲンドウは外部からハッチをこじ開けるための金属ハンドルに手を伸ばす。だが、その手はすぐに離された。

 

「っ!」

 

それは肉が焼ける音を発するほどの高熱を帯びていた。ゲンドウのメガネが落ちる。怯んだのも束の間、再びハンドルを握り込んで回し始める。両手が焼け、かなりの激痛に苛まれているのにも構わず回し続け、扉を開ける。L.C.L.が流れ出し、周りに水たまりをつくった。むんとするような血の匂いが広がる。

 

「レイ!大丈夫か!?レイ、レイ!」

 

レイはゆっくりと顔を上げた。どこかにぶつけてしまったのだろうか、額から流れる血が痛々しい。それでも彼女は無表情で目の前の大切な存在の質問に答える。

 

「…問題ありません」

「…そうか」

 

ゲンドウの表情や声に明らかに安堵が混じる。それきり黙って見つめ合っている2人にリツコはただ眺めるだけだった。

 

(私じゃなくてユイさんを選ぶのね…やっぱり、私はあの人にとっての都合のいい女でしかない。…妬ましい)

 

オレンジ色のL.C.L.に沈んだゲンドウの眼鏡がバキ、と音を立ててひび割れる。

 

 

 

「父さんがそんなことを…」

 

シンジ君が暗い顔をする。私はその時の情景を思い浮かべ、職場の人間関係が終わってやがると顔を引き攣らせる。リツコさんが不憫でならない。

 

「どうして父さんは綾波をそんなに必死に救助したんだろう…?」

「…」

「やっぱり、父さんは僕なんかより綾波の方が大事なんだ」

「シンジ、僕なんかなんて言うな」

 

口ではそう慰めつつも、私はシンジ君と同じ事を考えていた。

 

(自分の息子より妻のクローンの方が大事かよ)

 

レイ越しにユイさんを重ねているだけなのだろうが、それがまたタチ悪い。

 

 

今の授業は体育だ。男子はサッカーで女子は水泳。僕は休憩のために座りながらフェンス越しに女子のいる方を見ていた。日照りが強く、クラスメイトが和気あいあいしているというのに、それに反して僕の心はどんどん沈んでいく。

 

「みんな、ええ乳しとんなあ」

 

トウジとケンスケが向こうからやってきた。呑気なトウジの声に肩透かしを食らったような気持ちになる。なんか、トウジって悩みがなさそうだよね。口に出したら怒られそうなので喉に出かかった言葉を飲み込んだ。

 

「センセ、何熱心な目で見てんのや?え?」

 

トウジがダル絡みをしてきて、ケンスケが僕の視線の先を辿る。するとニヤリと笑った。

 

「綾波?シンジ〜浮気はダメだぞ〜?村雨に言いつけるからな?」

「ち、違うよ!?」

 

なんて事言い出すんだよ!?そんなんじゃないって!

 

「じゃあ、なんでそんなにじっと見てたんだよ?」

 

僕はプールサイドで静かに体育座りしている綾波を見つめる。

 

「綾波がどんな子なのか分からなくて」

 

どうして父さんは綾波のことをそんなに大事にしてるんだろう…僕の時は全然見向きもしなかったくせに…ケンスケが僕の胸中を無視して聞いてくる。

 

「あれだけ仲良く話してるのに?」

「毎日一緒に飯を食うとるやないか」

 

僕が答えずにいると、プールから上がったナズナが綾波に話しかけ、談笑し始めた。2人は最近よく話す姿を見かける。と言ってもナズナが会話の主導権を握ることがほとんどで、綾波は相槌を打ったり質問に簡潔に答えたりするだけなのだが、それでも初対面の頃を思えばかなり話してくれるようになった。

 

(ナズナも僕と一緒にいるよりも女子同士の方が楽しいのかな)

 

綾波に笑いかけるナズナを見てモヤモヤする。そんな様子を3人で眺めていると、女子に気づかれ始めた。

 

「きゃー!男子が見てるわ!」

「ヘンターイ!」

 

そんなふうに騒げば2人も気づいてしまったようで、ナズナが手を振ってくれた。綾波もナズナに促され控えめに手を振る。僕がそれに手を振って答えるとそれを見た女子がさらに騒ぎ始める。男子には白けた目を向けられた。時折

 

「爆発しろ…」

「リア充が…」

 

とかも聞こえてくる。恥ずかしい…すると委員長の怒号が響き渡る。

 

「授業に集中しなさあ〜〜い!!!」

 

 

 

暗いモニター室で私はパソコンをいじっていた。モニターに次々とウィンドウを表示しては消していく。カタカタと私がキーボードを叩く音だけががなっている。その時、

 

「情報の扱いには気をつけてちょうだいよ?機密だってあるんだから」

 

突然声をかけられたことに内心驚きながらも、悟られないようにゆっくりと振り向く。

 

「わかってますよ。それで、なんの用ですか?赤木博士」

 

リツコさんはこちらに近づく。

 

「それはこっちのセリフよ。あなたこそ何をしてるの?今は対人訓練のはずでしょ?」

「今日は教官が用事があるみたいでなくなったんですよ。リツコさんこそシンジのシンクロテストじゃありませんでした?」

「マヤに任せたのよ」

 

私とシンジ君の訓練スケジュールは同じ初号機パイロットと言っても少し異なる。操縦担当のシンジ君はシンクロテストや対使徒訓練のシュミレーションが中心で、私は対人訓練や技術開発局の人に形而上生物学などの学問を教わっていた。さすがNERV、教師には困らねえ。

 

「それで、何をしていたの?」

「戦闘に役に立ちそうな情報を一通り頭に入れていました。エヴァや武器の性能とか色々」

「あら、真面目ね」

 

感心した様に言うリツコさん。

 

「別に大したことではないですよ。それが私にできることですから」

 

それが私がシンジ君のためにできることなのだから。

 

「ちょっと気になったことがあるんですけど、質問いいですか?」

「何かしら?」

 

私はパソコンをいじり、目的の情報をモニターに映す。

 

「レイの情報が削除されてるんですけど…赤木博士は何か知ってます?」

 

レイの履歴書は名前以外がほとんど削除済みと書いてあった。

 

「機密よ。この世には知らなくてもいいことだってあるの」

 

まあ、知ってんですけどね。怪しまれない様に知らないふりをするのも大変だ。するとリツコさんは蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「私としてはあなたのことに興味があるのだけど?」

 

おっとそう来ますか。この前のミサトさんのことといい、少し怪しまれているらしい。ちょっと気をつけないとな。

 

「大検やいろんな資格や言語の取得。普通の中学生とは思えないわ。あなたがその気ならいい中学に入るか飛び級だって出来るでしょう?どうしてシンジ君の近くにいようとするのかしら?」

 

探るような視線のリツコさんを見返す。

 

「どうせ諜報部とかで調べてるんでしょ?私の口から言う必要も無いでしょう」

「…そうね」

 

やっぱり私の過去は筒抜けみたいだ。

 

「あ、リツコさん。これどうぞ」

 

私は一冊のノートを手渡す。

 

「これは?」

「今後来る使徒の想定と対策、武器などの案です。改善点があったら教えてください」

 

かなりのフェイクは混ぜているが、今後来る使徒の能力とかANIMAとかに登場した武器の草案なんかを書いてある。初見殺しの敵はヤバすぎるからこういうのはやっておく必要があるだろう。次に来るラミエルとかレリエルとかね。

 

「よくこんなのを思いつくわね?」

 

リツコさんはペラペラとページを捲る。私が資格とかを取ったのは前世の大学での知識を忘れないようにするためと、シンジ君経由で加地さんに信用されるために出来るだけ理論づけた未来の情報を送る必要があるためだ。兵器の情報もそこで渡すつもりだったのに、まさかここで出すことになるとは。資格も途中から好きで勉強してたけど、ここまで役に立つとは思わなかった。

 

「来られたら嫌なやつとかこの武器あったらカッコいいなみたいな子供心ですよ」

「精神攻撃系の使徒方が重要度が高いのね」

 

リツコさんがそれらをまとめたページを私に見せてくる。

 

「はい。物理攻撃はエヴァの部品を交換すれば済む話ですけど、パイロットは替えが効きませんからね。潰されたら厄介です」

 

アラエルとかね。というかあれは反則すぎない?宇宙圏からの精神汚染とか。

 

「武器もなかなか難しい注文をしてくるじゃない。こうなったらあなたにも手伝って貰うわよ?今のままじゃ人手が足りないわ」

 

しまった。リツコさんがマッドモードに入ってしまった。というか私も駆り出されるのかよ。

 

「当然じゃない。技術的にはまだまだだけど、雑用くらいなら出来るでしょう?それか何かしらの技術を教え込むのもいいわね…」

 

リツコさんが私の頬を手で優しく挟むと、顔が少しずつ近付いてくる。コワイコワイコワイ。私は何とかポーカーフェイスを保つ。いつまでそうして居ただろうか、リツコさんがフフッと笑う。どうやら揶揄われていたらしい。

 

「ありがたくこれは貰っていくわ。シンクロテストがもうすぐ終わる時間だから行ってあげなさい」

「分かりました。ありがとうございます」

 

私は椅子から立ち上がると歩き出した。

 

 

シンクロテストをケージで受けていると、ブリッジで父さんと綾波が話しているのが見えた。その様子にモヤモヤしたものを感じる。

 

(父さん…僕じゃなくて綾波に笑いかけてる。やっぱり僕のことなんてどうでもいいのかな…?それに綾波も笑顔だ)

 

2人とも普段から表情の変化が乏しいと思っているけれど、ここでの会話は側から見ても笑顔なのが見てとれた。

 

(綾波、父さんと仲が良さそうだな…僕よりも。…ずるい)

 

『シンジ君、脳波が乱れてるわ。どうしたの?』

 

マヤさんが心配そうに通信越しに声をかけてくる。僕は慌てて返事をする。

 

「す、すみません。ちょっと考え事をしてて」

『あともうちょっとだから我慢してね』

 

それでも父さんと綾波が話している光景から目を逸らすことができなかった。

 

「はい。すみません」

 

(いけない。集中しないと)

 

その光景を見て居たくなくて、視界から閉め出す様に目を閉じる。しばらくすると、テスト終了を知らせる無線が鳴った。

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