【タクティカル祓魔師】境界対策情報システム管理室より 作:Apilman
『就寝中のところ失礼致します。お目覚めください、管理官』
境界対策課情報システム管理官に朝はない。
久方ぶりの睡眠を謳歌していた寺街竜歌の耳を劈いたのは界異情報データベースからのエマージェンシーアラートだった。
ちっ、と一つ舌を鳴らして安眠からすぐに立ち上がった竜歌は横に来ていたオペレーターに目を向けた。彼は急かされるより早く答えた。
『昨晩から続いていた同時多発攻撃が再び行われています。前回襲撃時と比べて電脳式神【
「はぁ…状況送って、2秒待つ」
『了解しました』
きっかり2秒で報告書が竜歌に届いた。ごく一瞬のスクロールで読み切った彼女はディスプレイに向かいながらオペレーターに急かした。
「対処済案件から言って」
『了解しました。非認可組織・自称『境界対策課のウソを暴く会』によるDDoS攻撃です。SNSを通じて集まった500人の同志を自称する一般人4名から構成されています。逆探知により容易に発見されましたが一部メンバーのパソコンから電霊を生成・使役する違法ツールが検知されたため【電海護】による反撃と通報が行われました。呪詛犯罪対応チームに報告済みのため明日中には該当者を逮捕できる見込みです』
「了解、次」
『呪詛犯罪者『有得流我』による同上ツールを使用した攻撃です。ツールの同時使用により一号級電霊が6体出現し、データベースの霊的ファイアウォールに二級相当の電穢歪曲が生じました。全ての電霊撃破後、【電海護】が反撃を試みたところツールが爆発しました』
「被害は?」
『空き家一軒が全焼しました。有得流我は爆発に巻き込まれ死亡したものと思われます』
「…ハードが爆ぜたの?」
威力高くない、とぼやいた竜歌の手は液晶とキーボードの上で止まらない。コンピュータ言語の祝詞と祈祷キー連打が新たな電子式神を形作り、電子の海を泳ぐ界異へと送り出されていく。オペレーターはそれを横目に報告を続けた。
『所在不明のハッカーによるクラッキングです。通常ファイアウォールを突破しセキュリティウォール二層に到達しました。脆弱点の袋小路に誘導し相手端末の逆探知を実行しましたが2箇所の中継点を特定した後完全に遮断されました。対式神クラッキングに慣れた人物の手口だと思われます。霊的要素が介在しなかったため警視庁に捜査を引き継ぎました。以上三件が対策済案件となります。』
「もう一個、これも追加して」
『了解しました。三号級電霊2体による同時攻撃です。界異情報データベースの霊的ファイアウォールが著しく大破しました。特別対応プログラム型式神により───』
「待って。これ見て」
オペレーターの言葉を遮った竜歌が示すのは電子防御パラメータを示すディスプレイだ。攻撃中の布告は既に職員に伝えられているため、接続しているのは竜歌と彼女直属のオペレーター1人だけのはずだ。オペレーターは画面を確認するとあっと驚きの声を上げた。
画面下で点滅するウィンドウの表示は管理官の構築したセキュリティウォール全てが通過されたことを示していた。
「…やられた」
『ああ、そんな馬鹿な。』
オペレーターは動揺したような、冷静に努めるような早口で捲し立てた。
『これは奇妙なことです。ログを参照してもセキュリティウォール四層以降は攻撃通知がありません。同様に電脳空間内に穢れは感知されませんでした。どうやって?このままではデータ漏洩の危険性があります』
「落ち着いて。予想はできてる」
管理官は矢継ぎ早に近くの【電海護】に指示を出す。命令を受けた式神達は逆探知と追撃を止めて防衛に注力し始めた。
竜歌の操作は新しいプログラム型式神の作成から霊的ファイアウォールの修正、そして侵入者の対応へと移っていた。
「一つ、【電海護】の報告が無さすぎる。あの子達は撃破される時に付近の電霊に関するレポートを送信してくるはず。情報がなくても撃破報告は行われる。なのにそれがない。
二つ、撃破された【電海護】の中にコードの一部が破壊されたまま電脳空間に漂ってるのがいる。」
『通常であれば彼らは撃破された時に自己破壊を起こし、電脳空間内に少量の加護を拡散します。これによって電霊の位置をマーキングすると共に電脳空間に加護を充填し電霊を衰弱・祓滅せしめます』
「でもそうならなかった。なぜだと思う?」
答えは一瞬の演算時間の後に帰ってきた。
『【電海護】自体が別のセキュリティソフトにかかって駆除されたから』
「…」
『おそらく違いますね。では…電脳空間に穢れが存在しない時でしょうか?【電海護】は通常のWebサイトに対する加護の影響を考慮し、穢れが存在しない電脳空間で破損した場合加護の散布を行いません』
「よくできました。【漂妨者】、オペレーター業務から運用テストに移行して。仮説が正しければあなた一人で対処できる」
『了解しました、あなたの頭脳を証明してみせます』
オペレーターが画面外に移動するのを横目に見ながら、竜歌は目元を指で押さえ揉み解した。そして一つのPDFを開き読み始めた。
「STEp攻撃…本当にやってくるやつがいるなんてね」
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《ククッ…やっと入れたか…》
一方こちらは境界対策課施設内、侵入者の男は抉れた片腕の跡をさすりながら廊下を歩いていた。ピリピリと脳髄に染みるような痛みを噛み殺して進む彼の横で、無意味な情報の流れが弾けたのが見えた。
正確にはここは現実の境界対策課ではなく、境界対策課界異情報データベースの中だ。界異による電子禍災対策を徹底的に固めたデータベースに潜り込む方法として男が選んだのは自身の霊魂を電脳空間上にアップロードし標的サーバーに憑依する手法… 魂魄遷移型電霊サイバー攻撃*1だった。
従来の研究では魂魄が長期間電脳空間に接続すると膨大な情報量に希釈されるが、男はある協力者の助けより魂魄を元の形に保持することができていた。
実際、この企みはうまくいった。数多の監視の目、同時刻に動いていた別の奴ら、そして協力者から譲り受けた陽動用の三号級界異の手綱。不穏分子はいくらでもあったが、穢れを排しあらゆる苦難を躱し隠れて乗り越えた。彼に待ち受けていたのは理論の立証であった。
《資料保管室は向こうか。ここまで来たら楽な仕事だな》
男の足は壁掛けマップに記された部屋へと進む。妨害は全くない。時々慌てたような速さの【電海護】とすれ違うが避けた男に気づく様子はなかった。同じ加護で構成された魂には反応できない───電子霊体の穢れに反応する人造式神の致命的な欠点であった。
一歩、また一歩と資料保管室に近づく男。止められるものはない…
『こんにちは。少しよろしいですか?』
《なっ…!?》
資料保管室前の廊下に差し掛かった男の体が何者かに捕まれたかの如く硬直した。一瞬の困惑から立ち直った男は眼球を動かし耳に集中するが周りには誰の気配もなかった。謎の声は続ける。
『魂魄遷移型電霊セキュリティ攻撃、通称STEp攻撃の特徴として、物理的・霊的探査による追跡が非常に困難なことがあります。これは現在一般的に使用されている霊的セキュリティのほぼ全てが残穢の有無を基準としており、加護で構成された人間の霊体に反応しないためです』
(何を喋くり……!?)
その言葉は無情な死刑宣告のように聞こえた。男は決して馬鹿ではない。捨て台詞と共に逃げようと試みたが体が全く動かなかった───正確には体が意思に反して
『そこで縁起を分解・処理しサーバー内の電脳空間全体にきわめて微弱な穢れを…ああ、発見しました。抵抗しないでください、穢れを霊体で直接受けることは非常に危険です』
男の前にスーツの人型が姿を現した。
守る肉体がない魂がじくじくと穢れに蝕まれていく…それが体が硬直した仕組みだった。ファイアウォール突破前、三号級界異の手綱操作を誤って穢れを受けた片腕の激痛を思い出した。あの時は腕を抉って難を逃れたが今度の穢れは全身を覆っている。…逃げ場がない。
《……(チイッ、そんなのアリかよ…)》
苦しみに揺らぐ視界…それだけでは説明のつかない存在が男の前にいた。
スーツの人型は確かに頭と胴体と手と足があった。だがまともな人間と言える場所はスーツだけで、妖しくちらつく肌が手足の輪郭をぼやかしてしまっていた。同様に目口の位置すらわからない顔なのにこちらを見て話していることがわかるのが、男に嫌な鳥肌を立たせていた。
《……!!……》
それ以上驚きの息も出せなかった。穢れを体の中に入れてはいけない、という防衛本能が過剰に働いていた。
人型は言葉を続ける。
『あなたのためにあなたをここから追放します。情報システム管理官からSTEp攻撃の実用を証明したあなたに敬意を示し、駆除テストに付き合っていただきたいとのことです』
《……!!… .. . . 》
輪郭のぼやけた右手が動けない男の体に触れた。さらに耐え難い激痛が男を襲い、瞬く間に彼の意識と姿は消え失せていった。
『申し遅れました。私は【
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日本某県某所。
ある一室で豆電球が暗い部屋に詰められたコンピュータの外装を照らしていた。持ち主の男は霊体が急に戻ってきたショックでひっくり返って気絶している。
誰も見るもののいないパソコンのディスプレイには遠隔インストールされたチャットアプリの文字列が何度も飛び交っていた。
Administrator:『はいわたしの勝ちおまえ雑魚』
Marker:『なんだその言い草は?境界対策課の底が知れるね』
Administrator:『社会のゴミがなんかほざいてる誰か翻訳して』
Marker:『お里が知れるぞ祓魔師…ああ、神祗官だっけ?こんなものなんだね』
Administrator:『さっきから同じことしか言ってないぞ言語野冷えてるか?』
Marker:『調子乗るなよ最初は負けてるくせに』
Administrator:『それ以降ボロ勝ちですが????』
Marker:『社会人に失敗は許されないことをご存知?』
Administrator:『名誉挽回という概念をご存知ない野蛮人?』
Marker:『そのくだらない名前よりよほど優秀ですよ私なら恥ずかしくて自殺しちゃうね』
Administrator:『おまいうアホアホアホアホ』
Marker:『バカバカバカバカバカバカバカバカ』
程度の低いレスバだった。他人のパソコンを乗っ取ってやることがこれでいいのか。果たしてこれを見た人はこの二人が境界対策課が誇る情報システム管理官と呪詛犯罪者界のフィクサーだと気づけるだろうか。
見るに堪えない論争が30分以上続いた頃、ようやく二人のヒートアップは収まった。
Administrator:『今回は私の勝ちだよ、採点者。STEp攻撃はそいつが言い出したの?』
Marker:『彼は随分自分の魂に自信を持っていたからね。特別に僕が手を加えてあげたんだ。』
Marker:『もちろん方法は内緒だ。まさか神祗官とあろう方がわからないわけないだろう?』
Administrator:『吠えてろ、絶対解明してやる』
Marker:『それと裏でやってる特定作業は無駄だから諦めたほうがいい』
Administrator:『クソ』
Marker:『苦虫を噛んだ顔が目に浮かぶね。それに免じて高く採点してあげましょう』
Administrator:『おまえが何を計画しようが全部折ればいいんだ』
Administrator:『でも電脳空間でわたしに勝てると思うなよ』
Marker:『期待して待ってますよ、クククク』
Administrator:『リアルで笑ってもないのにククククって打ってて虚しくならない?』
Marker:『わたしとおまえを平仮名にする意味がわかりませんね。子供?』
Administrator:『アホアホアホアホ』
Marker:『バカバカバカバカ』
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暗転。全てが初期化された画面の上に2つのウィンドウが表示されていた。
【8点 - あいつの不快な様子は面白かったがそれ以外はまるでダメ。価値なし。】
【↑74点 - STEp攻撃の実用技術は興味深かった。あとはお前を逮捕できたら100万点】
関係論文「A.J. Titor,インターネットへの霊魂昇華による人類の高次元進化の道,2000」
見ろよ!こいつらいい歳してめちゃくちゃガキだぜ!───ある呪詛犯罪者のダイイングメッセージ
○登場人物
寺街竜歌
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有得流我(霧島明様作)
https://w.atwiki.jp/nandayo/pages/162.html
採点者(霧島明様作)
https://w.atwiki.jp/nandayo/pages/198.html