【タクティカル祓魔師】境界対策情報システム管理室より 作:Apilman
境界対策課には大きく分けて2種類の人間が存在している。一つは界異と直接戦い祓滅させる祓魔師、もう一つは祓滅以外の役割を担う神祇官だ。組織において上の座に着くのは神祇官が多い。彼らの才能、あるいは家系は現代日本においても重用され自然と押し上げられるのだ。
加えて神祇官の影は薄い。そうなるようになっている。個人の名前を経由した呪術テロ*1を警戒して、重役に就く神祇官の存在が積極的に表へ出ることは少ない。それにより、境界対策課が唯一宣伝できるのは前線で戦う祓魔師達となる。その煽りを受け、昼食を買いにコンビニを使うだけでニュースで批判された時代を知る祓魔師は少なくない。
ましてや命を賭ける彼らにとって、現場で駆けずり回ってカラビナを撃ち形代紙をすり減らしながら戦う祓魔師にとって柔らかな椅子からのうのうと指示を飛ばして命を数字で扱ってくる背広の神祇官など嫌味なことこの上ない。愚痴の格好の的だ。
───寺街竜歌。境界対策課境界対策情報システム管理室所属情報システム管理官。身体能力の脆弱さ故に後方勤めに送られた神祇官。職務は界異情報の管理および祓滅手順の総括管理。
『数字しか見ないガキ』『小突いたら死にそう』『命を何とも思わない冷血女郎』と密かに陰口される女である。
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「別に知ってるからいいのよ。ネットに書き込むなら見てるぞって脅しつければいいし」
「だけどなあ…」
日課の呪詛犯罪者の捕縛、そして採点者とのレスバと逆探知を勝利*2と失敗で終えた竜歌の部屋を騒がしくしたのは一人の女性祓魔師だった。
日に焼けた肌とまとめられた長い黒髪、高い身長に加えて竜歌とは比べ物にならない肉体の強さが感じられる。身長も活発性もそうだが、特に差異があるのは腕だった。太さも硬さも数倍は違う、大きな得物を振るうのに適した屈強な腕。
境界対策課の誰もがこの祓魔師を知っている。過去に界異により名を失った祓魔師───彼女は祓魔隊第六隊の肩書きから『第六隊長』と呼ばれていた。
『寺街、ちょっといいか!今日耳に挟んだことなのだが───』
『うるさい、うるさいわ。頼むから、もう少し声を落として頭に響く…』
彼女の張りのある、溌剌とした声は静かな情報管理室によく響いた。突然の登場に驚く職員達を横目に、竜歌は少し離れたソファを指し示した。
(銀乱魔でも見つけたのかしら)
体と同じくらい虚弱な鼓膜を守りながら竜歌は思った。情報システム管理室に祓魔師が来るのはもっぱら電霊関係の対応を頼まれる時だけだからだった。
第六隊長はソファに座ると出された茶を一口飲み話し始めた。内容は最早詳説する必要もあるまい、竜歌に対する陰口を訓練所で聞いたことだった。
「普段の特訓の鬱憤を適当な相手にぶつけているだけにも見えた。それでも人の陰口で団結するのが健全とは思えん」
「そこは彼らの問題よ。わたしを座りっぱなしの無能だと思ってるならそうなんじゃないかしら」
「悪評を黙ったままにするのか?お前が神祇官としてよくやってることは知っている」
「どうせわたしの耳に届かないしどうでもいいわ。祓魔師さんはお優しいのね」
『軟弱で大したこともできない女』の皮肉げな声色にも第六隊長は毅然と返した。
「色々世話になっているからな。そこまで自分を卑下する必要はない」
「悪く言われるのもわたしの仕事よ。ところで」
意見を聞いていた竜歌はふと思い出したように切り出した。
「第六隊長、あなた本当は今療養中じゃないかしら?」
「…何のことだ?」
「わたし知ってるのよ、この間の任務で一人突貫して医霊班から1週間安静にするよう言われているはずよ」
「ちょっとしたリハビリだ、あんなもの運動には入らないだろう?」
「そうね、それはわたしも気にしてないの。問題はあなたがわたしの立案した作戦を無視して余計な怪我をしたことよ」
「うっ…それはだな…」
事実全くその通りだった。先日起きた界異の連鎖発生事案で竜歌は現れた界異の危険度に応じて祓魔師を振り分ける作戦を立案したが、第六隊長は独断で祓魔隊第六隊を各地に分散し祓滅作戦を補助させ、彼女一人で四号級界異と交戦し勝利するという戦果を残した。
現場祓魔師からすれば英雄だが、『口だけの参謀役』からすればとてつもなくリスキーな手だった。握り拳が机に力なく叩きつけられ、竜歌の言葉の勢いがヒートアップしていく。
「あの時わたしは作戦を守れば軽傷者が2,3人出る程度の作戦を組んだのよ。全員の戦力と相手の評価を全て見た上でイレギュラーな事態にも対応できるよう強力な祓魔隊の距離を駆けつけられる範囲内に収めたわ」
「あ、ああ…」
「それもこれもあなたの独断でご破産になったけどね。想定より一般の被害が少なく済んだのはよかったけどそれは祓魔師がどれだけ怪我をしてもいいということではないのよ」
「それは…すまない」
「さらに言うならあなたが怪我をしたことで調子に乗った呪詛犯罪者が横行したのよ大体は捕まったし電霊系はわたしが全員逮捕したけどあなた一人が離脱したことでその後どれだけ影響が出るか考えてちょうだい元気みたいでよかったけど次こんな真似したら祓魔師初等カリキュラムを受けさせるわよこのバカ」
そこまで言葉を並べて竜歌はようやく落ち着いた。一息で長台詞を言い切り肩で息をする彼女へ、情報システム管理室の職員が茶を持ってきた。『大変立派な神祇官様』にぴったりのぬるい茶だった。ちびちびと喉を労る彼女へ、第六隊長が首肯し肩を強く持った。
「いい言葉だった。お礼に部下へ君の優しさを広めてこよう」
「やめて言わないで、どれだけ繕ってもお上の綺麗事なのよ」
「そう言うな!誰かに褒められるのが嫌いな人間などいないさ、君だってそうだろう?」
「確かにそうだけどやめて揺らさないで吐いちゃう吐いちゃうわぅぉえ」
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「で、では失礼します第六隊長、情報システム管理官…ごゆっくりお休みください…」
弱冠17歳の医霊斑の隊員がおずおずと病室の扉を閉めると、部屋に静寂が訪れた。実力ある祓魔師向けの特別個室として用意されている病室には滅多に見ない人物が寝かされていた。
第六隊長は安静にしろ、頼むからしてくださいという医霊斑の頼みを断りきれなかった。横に目を向けると肩を揺すられただけでダウンした『軟弱者』がいる。
「…別にわたしだって、好きで人に嫌われてないわ。」
喧騒が遠のいた静かな部屋で寺街竜歌は譫言か、あるいは懺悔のように呟いた。
「みんな第六隊長くらい強かったらわたしの仕事は無くなるわ。でも現実はそう都合が良くない。だから私みたいなのが必要なのよ、マニュアルを作る係がいないと…規格で祓魔師を守るのよ…」
「やっと本音が聞けたな。君が祓魔師に任せた作戦を提案したことはなかったのはそういうことだったのか」
弱い神祇官は寝たまま頷く。小さめの白い枕にじわりと暗い跡が広がった。強い祓魔師は枕の染みと頬を見ないふりしてベッドに体を倒した。
「これ以上私のことを気に病む必要はない。今寺街君に必要なのは休息だ、私と同じくな」
「ええ、そうさせてもらうわ…」
ちなみに情報システム管理官が第六隊長を医霊斑送りにした、という噂は瞬く間に祓魔師の間に広まり多くの疑惑の声が上がった。二日後に現場に戻った第六隊長はこれをきいて大笑いし、竜歌は大いに困惑してまた息が切れるまで捲し立てたという。
祓滅手順は血と浪費で書かれているわ。それが嫌だからわたしはこの仕事をしているのよ ───情報システム管理官・寺街竜歌
○登場人物
寺街竜歌
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第六隊長(黒隊長様作)
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山城桃花(一部登場)(魔剤海豹様作)
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