愚直者、十年の歩み 作:ぼくとー
無力さを知り、虚しさを知り
さりとて誓いをその胸に
ただただ前へと駆け抜ける
配点《愚直》
*
十年という月日。それは、人によって長くも短くもなる時間だ。
「すぅー…………よしっ!」
準バハムート級航空都市艦“武蔵”を構成する中央後艦“奥多摩”表層に設置された墓地。
その広々とした入り口近くの広場にて、彼は大きく息を吸い込んで朝の空気を堪能し、目を見開いた。
手を掛けるのは、腰の左側。コの字型のハードポイントパーツの内側、腰に巻いた革製のベルトにねじ込んでいた木刀だ。
全長凡そ、一メートルと五センチ。柄の部分に包帯をグルグル巻きにして滑り止め代わりとした使い込まれた代物だ。
両手でその木刀の柄を握って、構えるのは中段。
振り上げ、振り下ろす。踏み込みながら行われる打ち込み。
凡そ十年間、休むことなく毎日行われてきたその動作は、しかし一切の緩みも油断も無く一振り一振りに一意専心。
木刀の描く軌跡は、一切のブレなく全く同じ。十年間の成果でもあった。
十を超え、百を超え、千を超え。汗が流れ落ちて、それでも彼の木刀を振るう速度は落ちる事無く、寧ろ時間が経てばたつほどにその鋭さは止まる事無く増していた。
だが、それは横から投げ入れられた木の枝によって中断される事になる。
振り下ろされた木刀と投げ込まれた木の枝がぶつかり、
「うん?……P-01sか。おはよう」
「Jud. おはようございます、崎守様」
額から流れた汗を左手の甲で拭った徹平が視線を向けたのは、一人の自動人形。
白い髪を揺らした彼女は、P-01sと呼ばれるここ“武蔵”に一年前現れた新参者の住人であった。
木刀を腰の左側のベルトに差し直して、徹平は大きく伸びをする。
「ふぅ……お前が来たって事は、そろそろいい時間って事だよな」
「Jud. しかし、私を時報代わりにする事は如何なものかと思います」
「いやいや、勘違いしないでくれ。俺もちゃんと時間の把握はしてるから。遅刻も欠席もした事無いんだぞ?」
「汗ダラダラのままでですか?」
「黙秘権を行使させてくれ」
真っすぐな自動人形の瞳に耐えかねて、徹平は視線を逸らした。過去に数度、似た様な失敗を繰り返しており担任に水槽へと放り込まれた事もあるのだ。
目を逸らしたついでにニオイを嗅ぐが、残念ながら人は自身のニオイには鈍感なもの。よく分からない。
「……汗臭いか?」
「分かりません。気になるのでしたら、シャワーを浴びたら宜しいのではないでしょうか」
「辛辣ぅ……」
「それはそうと、崎守様」
「おん?」
「崎守様は、何故木刀を?」
「…………話が見えてこないんだが?」
丁寧な物言いだがマイペースを崩さないP-01sに、徹平の首も傾げられる。ついでに、左手が木刀の柄頭を撫でた。
「私のお世話になっているお店にも武器を携行している方はいらっしゃいます。オリオトライ教諭も剣を背負っていらっしゃいますが……崎守様は何故木刀をお使いになるのでしょうか」
「あー……なるほど?言いたい事は分かるぜ」
P-01sの言葉を受けて、徹平は頷いた。
武蔵は、その立ち位置から武装の類を持つ事を禁じられている。だが、個人的な装備程度ならばある程度まで黙認される。
その点で言えば、崎守・徹平の武装はランクをつければ最底辺。実戦向きとは到底言えない代物だろう。
本人も自覚があるのか右手で左頬を掻いて苦笑いを浮かべた。
「まあ、アレだアレ。コスパが良いのさ。極論、木刀は棒っ切れだからな。折れても替えが利くだろ?」
「……つまり、崎守様は貧乏という事ですね」
「……っすー……そう言う事にしとこうか」
歯に衣着せぬ直球に、若干徹平の背中が煤ける。
ただ、談笑の時間もここまでだ。
「っと、そろそろ行くぜ。無遅刻無欠席は逃せないんでな」
「はい。お気をつけて」
「おう!」
階段を駆け下りていく背中を見送って、P-01sは空を見上げた。
彼女がこの武蔵に現れて、一年が経とうとしている。
*
「――――よぉーし!三年梅組集合!良いかしら?」
青い空の下、女性の声が響く。
場所は、武蔵中央後方艦“奥多摩”に設置された木造三階建ての横に長い建物。
門扉に設けられた鉄の表札には、“武蔵アリアダスト教導院”の文字が。
航空都市艦の表層に建造されている事から、敷地面積の狭さがネックのこの建物は、だからこそ要所要所での建築の工夫が施されている。
その一つが、校庭の上を渡すように掛けられた木製の橋。この橋は、校舎二階の昇降口へと通じている。
その橋の上。門扉の階段側に一団が集まっていた。
一団は、少年少女で構成されている。更に、性別のみならず種族すらも多種多様。
彼らと向かい合うのは長剣を背負った軽装甲ジャージ姿の女性。彼らの担任、オリオトライ・真喜子であった。
「それじゃあ、これから体育の授業を始めていくわよ。返事は?」
「「「Jud.!!」」」
元気のいい返事だ。
「よろしい。まずは、ルールの説明ね。先生これから品川にあるヤクザの事務所まで、ヤクザシバキにひとっ走り行くから、遅れずについてくる事。良い?」
((えっ……?))
しかし続く言葉には、返事が返って来ない。いや、そもそもヤクザをしばく事と体育にどのような繋がりがあるというのか。
その一同の疑問を代表するかのように、“会計 シロジロ・ベルトーニ”という腕章をつけた男子の手が挙げられた。
「教師オリオトライ。品川のヤクザと体育にいったいどのような因果関係が?金ですか?」
最後の一言は余計だが、おおむね一同の疑問を代弁した問いだ。最後の一言は余計だが。
シロジロの言葉を受けて、オリオトライはやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめて無駄に芝居がかった溜息を吐きだした。
「はぁ~~。そもそも、体育の授業は運動する事が目的よ。そして、ぶん殴るって運動になるわよね?はい、もうわかるわよね?」
リアルアマゾネスの由来はここにあり、と言わんばかりの理論だ。
擁護するならば、彼女にも言い分がある。その補足をするのは、“会計補佐 ハイディ・オーゲザヴァラー”の腕章をつけた女子だった。
「シロ君。先生この間、表層の一軒家が宛がわれて野放図に喜んでたらヤクザの地上げにあって最下層行きになって、やけ酒して酔った勢いで壁に大穴ぶち開けて教務課にマジ叱られたから」
「中盤以降は自業自得ではないか……報復ですか、教師オリオトライ」
一同の視線が、二人から再びオリオトライへと向けられる。
「報復じゃないわよ。別に先生、応報論の信者じゃないもの。これは単なる八つ当たりよ」
「「質悪いなっ!?」」
ツッコミが入るが、オリオトライは気にも留めない。
背負っていた長剣を鞘ごと手に取って脇へと廻し、その表面に印字された“IZUMO”の文字を撫でながら出席簿を空中に投影させた。
「はいはい、それじゃあ出席をとるわよ。休んでるのって誰か居たっけ?ミリアム・ポークゥは仕方ないし、東は今日の昼に戻ってくるって事だけど。他には居ないー?」
オリオトライの問いに、面々はそれぞれが居ない顔を探して右を見て左を見て。
すると、声を挙げたのは“第三特務 マルゴット・ナイト”の腕章をつけた背に三対六枚の金の翼を背負った少女だった。
「ナイちゃんが見た感じ、セージュンとソーチョーが居ないかなぁ」
彼女の言葉を引き継ぐように、マルゴットの腕に抱き着きながら口を開くのは“第四特務 マルガ・ナルゼ”の腕章をつけた三対六枚の黒い翼をもつ少女。
「正純は初等部の講師のバイトで、午後からは酒井学長を三河まで送るから今日は自由出席の筈。総長…………トーリは知らないわ」
「んー、それじゃあ誰か“
この問いに、一同の視線は一点へと向けられる事になる。
一人は、極東人特有の黒髪に腰の左側に差した木刀が印象的な男子。
一人は、所々にリボンを巻いたボリューミーな髪の豊満な体つきの女子。
「あー、俺は知らねぇぞ。朝は会って無いし、昨日は普通だった…………筈」
木刀の柄に左手を乗せて頭を掻いた崎守・徹平。
彼に代わって前に出たのは、亜麻色の乙女。
「んっふふふ、そっちのおバカは後で説教よ。この賢姉を迎えに来る仕事すっぽかしたんだもの。ええ、後でたっぷりお仕置きしてあげるわ。でもまあ、今はこっちよね」
そう言って、彼女は胸の下で腕を組むと堂々と胸を張る。
「うちの愚弟の行方よね?そうよね?みんな知りたいわよね?だって、この武蔵の総長兼生徒会長の動向だものね?――――でも、教えないわ!」
「「ええっ?」」
溜めた割にはまさかの秘密。しかし、これにもちゃんと理由が有った。
「だって、八時過ぎに私が起きた時には、既に愚弟は居なかったんだもの!本気で焦ったわ!その上、朝ご飯も用意してなかったんだもの。これはもう、反逆よね!?愚弟から賢姉に対する挑戦って事かしら!?」
「いや、お前はいい加減一人で起きれる様になれよ……」
「お黙り、バカ侍。貴方への折檻は後よ、後。暫く椅子に座れない程度に尻をシバクわ」
「この年で尻叩きは嫌なんですけど!?」
サッと尻を庇う徹平に生暖かい視線が集まった。
代わりに噛み付いたのは、亜麻色の彼女に負けず劣らず、いやむしろ勝っている豊満な胸をした少女だ。
「ちょっと、喜美!貴女まだ、テツ君を足代わりにしてるんですか!?テツ君も、あんまり喜美を甘やかさない!」
「え、何で俺まで怒られてんの?あと、甘やかしてないから」
「「いや、甘いだろ」」
「満場一致!?」
ショックを受ける徹平だが、教導院の最高学年になっても送り迎えをしているのは甘やかしになるだろう。
幼馴染とはいえ、良い歳した男女の健全な関係ではない。少なくとも武蔵のズドン巫女“浅間・智”にはそう思えた。
「とにかく!テツ君は、喜美に甘すぎます!」
「あぁら、アサマチ。嫉妬?嫉妬かしら!?当然よね!この賢姉をお世話できる権限だもの!だけど――――」
言葉を切り、“葵・喜美”は傍らの徹平へとしなだれかかる様に抱き着いた。
「この賢姉のお世話は、愚弟とバカ侍の専任なの!」
「俺、専任なの!?」
マジで!?と驚愕をあらわにした徹平だが、彼の内情など喜美には関係ない。
再び、智が噛み付く。
「喜美!」
「うっふふふふ♪」
女の闘い。遠巻きにする梅組一同。
「いやー、トーリ殿が言ってござったが、リアルギャルゲーという奴で御座るな」
「そう思うのなら、点蔵。テツを助けてやれば良いのではないか?」
「嫌に御座る。自分、金髪巨乳の嫁をもらうまで死ぬわけにはいかぬ故」
野郎二人がそんな会話を交わす中、一つ響くは柏手の音。
両手を打ち合わせたオリオトライが、音の発生源だ。ついでに、脇に挟んでいた長剣も背負い直す。
「はいはい、痴話喧嘩はそこまでにしときなさいよ。とりあえず、トーリの行方は誰も知らないって事で、遅刻にしとくわ。まあ、この武蔵の総長兼生徒会長だものね。これ位頓狂な方が良いかしら」
「総長が選ばれたのも、能力の無さを聖連が勝手に決めた事だしね。“不可能男”なんて
オリオトライの言葉を引きついたのは、“書記 ネシンバラ・トゥーサン”の腕章をつけたメガネ男子だ。
武蔵は、極東唯一の独立領だが、その本質は一年間の空の航海という名の流刑引き回しに近い。各国も、その国境を進む事しか許されていないのだから。
根本にあるのは、およそ百六十年前の出来事。それ以来、極東は常に平身低頭の姿勢を求められ続けていた。
だがそれも、変わる時が迫っているのかもしれない。
もっとも、
「今は、授業をしましょうね。来年に何が起きるにしろ、力をつけておくことに損は無いから」
笑みを浮かべ、オリオトライは告げた。
彼女が受け持ってから、梅組一同は随分と強くなった。そして、まだまだ伸び代もある。
「それじゃあ、ルール説明の続きね。私が品川にあるヤクザの事務所に着くまで一発でも当てる事が出来たなら、その生徒に出席点を五点あげる。良い?五回サボれるって事よ」
掌を突き出したオリオトライに、生徒たちは頷きを返す。ついでに、捕らぬ狸の皮算用ではないが得られた出席点の使い道を考えていたりする。
そんな中で手を挙げたのは、“第一特務 点蔵・クロスユナイト”の腕章をつけたキャップにマフラーと派手な男子。
「先生!攻撃を“通す”のではなく“当てる”で良いんで御座るな?」
「戦闘系は細かいわね。ええ、それで良いわ。手段も問わないから」
オリオトライの返答を受けて、点蔵は隣の“第二特務 キヨナリ・ウルキアガ”の腕章をつけた大柄の航空系半竜に水を向けた。
「聞いたで御座るな、ウッキー殿」
「応、しかと聞いたぞ点蔵。女教師が何をしても良い、と」
「Jud. だがしかし、相手はリアルアマゾネス。酒場で尻を“触られそうになった”と言うだけで居住区の床をぶち抜く傑物でござる」
「ふっ……甘いな、点蔵。想像力は、現実の上を行く。ロマンを前に止まれる男など居るまい」
ロマンと書いてスケベと読む。中々酷い二人の会話だが突っ込む者はいない。この辺りに、この二人の扱いが垣間見えるというもの。
点蔵が再び規律正しく手を挙げた。
「先生!先生のパーツで、どこか触ったり揉んだりした場合、減点されるような対象はあるで御座るか!?」
「逆に、ボーナス出るような所とか」
「あっははは!授業始まる前に死ぬか?二人」
声は笑っていたけど目が笑っていなかった。のちに二人はそう語る。
馬鹿話も終わり、一拍。そして、衝撃音。
「よっと――――やっぱり一番初めに来るのはアンタよね、徹平!」
「Jud.!今日こそは、止めてやるからな先生!」
階段の天辺から階段へと飛び込むように身を投げたオリオトライは、その空中で背負っていた長剣を鞘ごと抜いて振るわれた木刀を防いでいた。
崎守・徹平の追撃は、阻まれた。だからといってここで終わりではない。
空中で数度、鞘と木刀がぶつかり合う。
体育の授業の始まりだ。