愚直者、十年の歩み   作:ぼくとー

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 梅組の体育の授業でよく利用されるのが表層の建物の屋根の上。

 微妙な角度もそうだが、何より屋根上の構造物や建物一つ一つの高さの違いなどから起こる段差など含めて速度を出しにくい。

 そんな場所でも、オリオトライの速力は緩まない。

 一方で、生徒たちはそうもいかない。

 女子の方は、障害物を飛ぶ時にはどうしても速度が落ちる。男子の方も、速度を上げようとしても不安定な屋根の上では難しい。

 だからこそ、自分が行く。内心で決めつつ、点蔵は速度を上げた。

 

「ここで来るのは、君だと思ってたわ!」

「Jud.!戦種(スタイル)近接忍術師(ニンジャフォーサー)点蔵、参る!!」

 

 突っ込んでいく点蔵に対して、オリオトライは右手を背負った長剣に伸ばす。

 迎撃を選択するのなら当たり前の行動だが、相手の一挙手一投足に注視していた点蔵は気が付いた。

 

(っ、既に合わせを終えている……!?)

 

 反転し、バック走の様になったオリオトライに、点蔵は戦慄を隠せない。だが、だからといって引く選択肢はない。

 仕掛けられるラストチャンスかもしれないのだ。品川に入られたら、ヤクザの事務所がある居住区までの区画は障害物のほとんどない貨物コンテナ地帯。

 そこに入られれば、直線距離でオリオトライを猛追し、且つ攻めかかれる者はいない。

 故に、点蔵に引く選択肢はない。

 右手を腰の後ろへと回して、触れるのは頑丈性と使い勝手を両立させるカスタマイズを施した短刀。

 抜き放ち、その柄を右手逆手左手順手で支え受け止める姿勢。

 間髪入れず、右足をハンマーの様に振り下ろして始点としたオリオトライの振り下ろしが軌道線上に放たれた。

 ただ、この迎撃のされ方は想定通りだ。

 

「行くで御座るよ、ウッキー殿!!」

「応ッ!!」

 

 左右にある高い建物の屋根から敢行されたパワーダイブ。

 ウルキアガは、航空系半竜と呼称される種族。その特徴として僅かではあるが飛行を可能とする。

 使用するのは、その両腕。種族柄、堅牢な鱗と外殻に覆われた両腕は振り回すだけでも武器になるのだ。

 オリオトライからすれば、視覚外からの強襲。不意打ちとして成立――――

 

「小細工だわ!」

 

 しない。少なくとも、彼女には。

 かといって、この長剣を振り下ろしている状況から如何にオリオトライといえども物理法則全てを無視して攻撃を変更する事は難しい。

 故に、出来る動きで対処する。

 

「腰のは使わない訳!?」

「Jud. 神道奏者は異端審問官として殴るに能わず。故に拙僧、私的に打撃を差し上げる!」

「無理だわ!」

 

 無理?その疑問がウルキアガの頭に浮かんだ直後、その体の構成上前に出ている頭部を衝撃が襲う。

 何が起きたのか。衝撃を受けた彼には何も分からず、ただその巨体を後方へと吹っ飛ばされることになった。

 何が起きたのかを確認したのは、点蔵。

 彼が見たのは、オリオトライの長剣。その鞘が僅かに引き抜かれて、結果疑似的にリーチが伸びたのだ。

 突っ込んだ関係上、ウルキアガは鞘入りの長剣のリーチ幅で回避と攻撃を考えていた。故に、急に伸びたリーチには反応できなかったという事。

 ウルキアガが迎撃され、同時にオリオトライが長剣の追い紐を噛んで首の力で引き戻し再び鞘に収まった長剣を点蔵へと振り下ろす。

 回避は不可能。点蔵の採れる選択肢は、受け止める事。

 金属音。同時に、オリオトライの手にはまるで泥濘にでも叩きつけたかのような手応えの無さ。

 全身を沈める事による衝撃吸収。これにより、長剣の跳ね返りを抑制し反動を利用した得物の瞬時回収を防いでいた。

 同時に、

 

「ノリ殿!!」

 

 点蔵が叫び、彼の背後の影からノリキが飛び出してくる。

 彼の武器は、その拳。術式を付与した上で狙うのはオリオトライが長剣を引き戻す際に起きるであろう僅かな隙。

 

「ノリキが本命!?」

「分かっているのなら、言わなくて良い」

 

 身を沈めた点蔵の上を通る様な軌道で狙う右拳。

 入るっ!!少なくとも、この作戦を決行した三人はそう思った。

 だが、

 

「っ?」

 

 不意に点蔵の短刀に感じ取れる重みが失せた。

 何が起きたのか、と顔を上げた直後眼前に長剣の柄が受け止める短刀を支点に下がってくる。

 柄が下がれば、切っ先が持ち上がる。その切っ先が迫るのは突っ込んだノリキの胸元だった。

 

「くっ……!」

 

 苦悶の声と共に射出される拳。甲高い金属音と共に、持ち主の居なくなった長剣が拳の威力によって大きく吹っ飛んでいく。

 オリオトライは、この状況で武器を手放したのだ。これによって、先の様な迎撃が可能となり、加えて長剣が吹っ飛んだのは彼女の進行方向。

 得物が無くなり身軽になったオリオトライを追う事は難しい。加えて、ノリキは拳を振り抜いた体勢で次の動きに間が開く。点蔵はその場に沈み込んでしまい、直ぐに駆け出す事は難しい。ウルキアガは後方へと吹っ飛ばされた。

 こうなれば、三人に身軽となったオリオトライは追えない。

 だからこそ、後詰が居る。

 

「隙あり……!」

 

 ウルキアガの居た屋根とは反対の屋根から大跳躍を見せた徹平が、木刀の柄を両手で握り掲げた姿勢で猛然と迫る。

 更に、三人の攻撃が失敗した時点で後続も動いていた。

 

「ペルソナ君!足場お願い!」

 

 ネシンバラの指示が飛び、左肩に目を伏せた少女を乗せた半裸にフルフェイスの鉄兜を被った大男が右腕を前へと突き出し一団から飛び出してくる。

 その腕の上に飛び乗るのは、得物である弓を携えた浅間・智だ。

 

「地脈、接続」

 

 左目の緑の義眼が輝く。

 智が見据える先では、未だに傷一つ負っていない元気いっぱいのオリオトライの姿がある。

 彼女ら含めた面々は、一年の頃から受け持たれているが先輩含めてこの手の体育の授業でオリオトライが後れを取ったという話を聞いた事が無い。

 

(テツ君が術式を使えば………いえ、どうでしょう?)

 

 智の実家である浅間神社は、主に神道系の神々との契約などを結ぶ際に重宝される。彼女自身も巫女であり、それ故に契約事情なども色々と知っていた。

 徹平の術式も、その一環。元々は、智の父が担当していたのだがしばらく前に彼女へと引き継がれる事になった。

 逸れた思考を前へと戻しながら、智は一つ息を吐き出した。

 

「ふぅ……行きます。うちの神社経由で神奏術の術式を展開しますよ!」

 

 彼女の言葉に応えるように、首元の軽装甲が開きそこから二頭身ほどのうすぼんやりと光を放つ小さなデフォルメされた少女が現れた。

 少女は、智の肩辺りに留まると右手を挙げてくるりと回る。同時に、赤い鳥居の表示枠(サインフレーム)が投影された。

 

『接続:浅間神社・走狗(マウス)サクヤ型01――――確認しました』

『浅間神社に接続しました。修祓・奏上・神楽、走狗にて完遂』

『浅間・智 様、御利用ありがとうございます。加護の選択をどうぞ』

「浅間の神音借りを代演奉納で行います!ハナミ、射撃の停滞と外逸と障害の三種祓いに照準添付の合計四術式を通神祈願で!社の術式だからそのまま行けます!」

 

 智の声に反応して、うんうんと頷くハナミの隣に吹き出し方の表示枠が現れる。

 

『神音術式 四つ だから 代演 四つ いける?』

「二代演として昼食と夕食に五穀を奉納!一代演として二時間の神楽舞い!一代演として、二時間ハナミとお話+お散歩!今なら、テツ君も付いてきます!これで合計四代演!ハナミ、OKだったら加護頂戴!」

 

 うんうんと頷いていたハナミが一瞬空を見上げる。代演ついでに自身の欲を満たそうとする辺り、それで良いのか巫女様よ。

 

『うん 許可出たよ 拍手 あとで 現世 のこと 神様に いっぱい お話して』

 

 小さな手が打ち合わされる。同時に、智の弓に番えた矢に淡い光が灯った。

 二回、三回、四回、と柏手が繰り返されるたびにその淡かった光は強くなる。同時に、彼女の緑色の義眼の前に鳥居型の照準が浮かび上がった。

 

「――――義眼・木葉……会いました!」

 

 射貫く。同時に、襲撃失敗した点蔵からの大声が届く。

 

「行って!」

 

 引き絞られた弦が解放され、光を宿した矢が飛ぶ。同時に、視界の端では高い屋根の上から木刀片手に跳躍した幼馴染の姿が。

 リアルアマゾネスのオリオトライと、真正面から切り結べる愚直者(鍛錬バカ)

 

(テツ君も、もう少し自分を大切にしてくれると良いんですけど…………)

 

 総長兼生徒会長が不可能男(インポッシブル)など呼ばれているが、崎守・徹平もまた似た様なものだった。

 それこそ、今の彼からは考えられない程に弱く脆い存在だった。

 だからこそ、外道と揶揄される者達も彼には敬意を表する。カッコイイ、と表現する。

 今も、放った渾身の一矢を後ろ髪を僅かに斬る事で無力化し、飛び去ろうとするオリオトライへと猛然と斬りかかっていく。

 というか、

 

「アレもダメって、マジですか?」

 

 怪異などを祓う際に用いる上位契約の一つを身一つで乗り切ったオリオトライの戦慄が禁じ得ない。

 そして梅組一同は、品川へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あー、くそっ!今日もダメかぁ」

 

 汗の残る髪を掻いてから、徹平は得物である木刀を腰の左側に差し直してから溜息を吐きだした。

 彼の背後では息も絶え絶え死屍累々の有様で、十数人の生徒たちが突っ伏したりその場にへたり込んだりして荒く息を吐き出していた。

 そんな彼らの前で、腰に手を当てて息一つ乱す事無く、オリオトライはやれやれと己の受け持つ生徒たちを嗜める。

 

「はいはい、後から来てゴロゴロ寝ない寝なーい。全く、ええーっと?生き残ったのは徹平と、鈴だけ?」

「はいっ!?い、いえ、あの、その……私は、運んで、貰った、だけ、なので…………」

「それもまたチームワークよ。脱落者もちゃんと回収できたみたいだし、徹平が橇引き摺って走ってきた時に比べたら遥かにマシだわ」

「先生ー、手合わせしようぜ。今日こそ勝つ!」

「今は授業でしょうが鍛錬バカ」

 

 凄まじい仕上がりの馬鹿を一蹴するオリオトライ。

 だが、今彼らが談笑しているのは品川にあるヤクザの事務所の前だ。基本的に、そんな輩へと手を出す様な者は普通居ない。

 そんな事務所の扉が開かれる。

 

「ひっ……!」

 

 息を呑む向井・鈴。その直後に、彼女を守る様にして右手を木刀の柄に添えた徹平が立ちはだかった。

 事務所の中から現れるのは、赤い甲殻に覆われた四つの腕を持ち隆々と逞しい体つきをした魔神族だ。

 魔神族は、その鋭い目をギョロギョロと動かすと事務所の前で自分に背を向けて仁王立ちしたオリオトライに気が付いた。

 

「朝からギャーギャー喧しいぞてめぇら!!うちの前で遠足でもやってんのか!?」

「おっ、出てきたわね。態々乗り込まなくて良いから助かるわ」

「んだ、てめぇは」

 

 種族の中でもそのフィジカルは常に上位に入る魔神族。その丸太の様に太く逞しい腕は見掛け倒しではなく、人間程度ならば容易く引き裂く事が出来るだろう。

 自然と非戦闘系の面々が、徹平の背後へと回り。彼は彼で得物である木刀を再び抜いて右肩の上に軽く乗せた。

 

「代わるか?先生」

「馬鹿言うんじゃないわよ、徹平。これから授業って言ったでしょ?それに、夜警団の方からも頼まれてるのよねー」

「…………で、本音は?」

「授業初めに言った通りよ」

「「うわぁ…………」」

 

 徹平の背に隠れるものが増える。

 魔神族は魔神族で危険だが、それでも対応できるものは居る。彼らを庇う徹平などはその筆頭だろう。

 しかし、八つ当たりしてくるリアルアマゾネスに対応できる者は居ない。これに関しては、嬉々として挑みにかかる徹平といえども例外ではない。彼は、術式を使おうとしないから。

 生物的強者である魔神族からすれば、目の前のやり取りは自身を舐めているという宣言に他ならない。そして、ヤクザ者は舐められてはやっていけない。

 

「俺の事を舐めてるって考えて良い訳だな?」

「舐める?あっはっはっは!舐めてなんかいないわよぉ。アンタにはこれから、この子たちの教材になってもらうだけなんだから」

「ソレを、舐めてるって言ってんだァッ!!!」

 

 咆哮と共に、巨体を生かした猛チャージ。

 目を細め僅かに腰を落とした徹平を手で制して、オリオトライは長剣を鞘入りのままにその先端を左下へと下ろしていた。

 突っ込んでくる魔神族。その巨体は重量三百キロを超え、その強靭な筋肉はワンステップで百五十キロまで弾き出せる。

 要するに、ただ突っ込んでくるだけでも質量兵器と化すのだ。撥ねられれば、それだけでひき肉がその場に出来上がる。

 だが、

 

「良い?生物には頭蓋があり、そしてその中には脳があるわ。脆弱な部分を守るために堅牢化した防壁ね。かといって、それも完璧じゃないの。頭部が揺れれば、脳が揺れて。揺れた脳は、頭蓋の中でぶつかり神経が麻痺する。揺らし方は、頭蓋の先端部分。人間なら顎先なんかね。そして、魔神族の場合は――――」

 

 突っ込んでくる魔神族に対して、オリオトライは右足を前に強く踏み込む。

 体を時計回りに横回転させつつ、猛チャージの軌道から逃れながら得物である長剣に遠心力を加え狙うのは魔神族の角。

 

「頭部のホーン先端部分」

 

 軽い音を立てながら鞘先が狙った部位を叩いた。

 

「ッ!?」

 

 数歩進んで、バランスを崩した魔神族は勢いのままに木目の甲板を転がり突き進みどうにか止まる。

 だが、そこから立ち上がれない。その剛力溢れる体が、まるで泥のように力が入らなかった。 

 藻掻く巨体。その前に、オリオトライが立ちはだかる。

 

「それから、魔神族含めて巨体な生物は体の各所に神経塊を持っていて復帰が早いの。だから、こうして動きを止めたら速やかに、殴打した対角線上を強く叩く!」

 

 右顎の辺りが強かに殴打され、魔神族は白目を剥く。そのまま突っ伏して動かなくなってしまった。

 長剣を肩に担いで、オリオトライは生徒たちへと振り返った。

 

「コレが、魔神族の倒し方ね。ポイントは、硬く見える部分を叩く事。その方が強く衝撃が中に響くから。逆にやっちゃいけないのは、真正面から叩き潰す様な動きよ。首を埋めるような方向だと、衝撃が尻に抜けて効果が出ないわ。ま、だから春先の角のぶつけ合いみたいな事も出来るんだけどさ」

 

 うん、と頷くオリオトライ。同時に背後では、勢いよく事務所の扉が閉まる。ご丁寧にも、術式を付与した籠城の構えだ。

 

「あっちゃー、やっぱり警戒されたかな。うーん、引率しながら屋上から攻めるのは面倒なのよねぇ」

「引率?」

「え、先生……何言ってる訳?」

 

 オリオトライの言葉に、ざわざわと嫌な予感が過る梅組。

 そして、予感は的中した。

 

「言ったでしょ、現地で実技するって」

「「あんな曲芸出来るか!?」」

「ボッコにした方が早いって、先生」

 

 一人観点が違うが、少なくともその他面子は戦闘系でもオリオトライのような動きは出来ないだろう。

 どうにかこうにか担任を止めようとする生徒たち。

 周囲は人垣ができていた。その一角から、声が上がる。

 

「――――あれ?おいおいおいおい、皆何やってんの?」

 

 視線が集まる先。そこにいたのは崩して着込んだ長ラン型の鎖付き制服を羽織、紙袋を手にした少年だ。

 人垣から、誰ともなく彼の名が出る。

 

「トーリ・不可能男(インポッシブル)・葵……!」

 

 この武蔵における、総長兼生徒会長を務める男の登場だった。

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