ケイエスミラクルが成長して理学療法士となった設定のお話です。

オリジナルモブ、トレーナーの描写があります。
また、トレーナーは本来名前で呼ばれるべきなのですが、特定の名前で決めることはしたくなかったため、トレーナー呼びにしてあります。
育成シナリオのネタバレも含みますのでご注意下さい。



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「先生、嘘、ついてるよね」

思わず、固まってしまった。
嘘なんてついているつもりはなかった。
けれど。
確かに、胸にひっかかる、なにかがあった。
子供というのは、敏いもので、気付いたのだろう。
おれが感じた、僅かな、迷いを。



ケイエスミラクルが約束を果たすお話

 

 

トゥインクルシリーズを駆け抜けたおれ、ケイエスミラクルは、夢叶えて、理学療法士となっていた。

ズルいと言われるかもしれないけれど、お世話になった、あの病院に、勤めさせて貰えることになった。

"恩返し"、なんて言ったら、先生達にまた、「もう充分だ」なんて言われちゃうのだろうけど、おれは、大きすぎるものを、沢山貰ったから、今度は、"皆"に返したかったんだ。

 

「先生、おはよー!」

「ミラクル先生ー!」

「ケイちゃんだあ」

 

事務処理を幾らか済ませた後、病院にいる子供達の遊び場、プレイルームに行くのが、おれの、毎日のルーティン。

ありがたいことに、頼りにしてくれている子達がいて、慕ってくれてる子達がいる。

 

「皆、今日の調子はどうかな?」

 

一人一人の顔を見ながら、様子を確認していく。

 

「腕はどう?」

「もうね。痛くなくなってきたよ!」

「そう。良かった」

 

「先生俺もー!!」

「はいはい。お、大分良くなってきてるね」

 

一通り見て回り、注意が必要そうな子達のことを、看護師さんや、先生に報告しにいく。

こうして、おれの一日が始まる。

 

「もう行っちゃうの~」

「遊ぼうよ!」

「ごめんね。先生お仕事だから」

 

残念そうに見送ってくれる子達。

本当に、ありがたいなあ。

でも、見逃しちゃいけない。

部屋の隅で、時間が過ぎるのをただ待っているような子達だっている。

出来るだけ目立たないように隙間隙間で話しかけはしたけれど、余り長くは話せない。

おれはあくまで理学療法士。

自分の職能の範囲を越えて勝手は出来ないから、ちゃんと先生達に伝えて、しっかりとケアしてもらう必要がある。

 

報告すべきことをつらつらと纏めながら廊下を進む。

 

「あらケイちゃんおはよう」

「おはようございます」

 

そこに、丁度、師長さんが通りかかった。

おれが入院してた頃から勤めている、ベテランの看護師だ。

皆の様子を、伝えながら、ナースステーションへと向かう。

 

「そう、カナちゃん、やっぱりまだ落ち込んでるか..」

「はい。私も話してはみますけど、カナちゃん、リハビリは作業療法士さんの方に移ってますから..」

「分かった。共有しとくね」

「ありがとうございます。それじゃあ、お..私はこれで」

「ええ、今日も一日、頑張りましょう」

 

そうしておれは、リハビリ室へと行き、"仕事"を始めるのだ。

 

「さあ。今日もやっていこうか」

 

一人につき、一時間~二時間位、リハビリを施していく。

子供の多い病院だから、やってくる患者さんも子供が多い。

やさぐれている子も時折いるけれど、子供達の多くは、無理をしてしまうくらい一生懸命なことが多く、しっかりとストッパーとなることを意識しないといけない。

 

その子は一段と、他の子とは比べ物にならない程に、鬼気迫るものがあった。

 

「ケイタくん。一旦休憩しよう」

「まだ...やれる..」

 

歩行訓練。

平行棒を用いたもので、ケイタくんは、まだ上手く動かせない足を、震えさせながら踏み出そうとしている。

おれは、彼の身体を支える手で、制止した。

 

「止めないで..」

「足、痛いんでしょ?」

「いつもの、ことだから..!」

 

尚もおれの手を振りきろうとする。

 

「ダメ。無理をしても、良くはならないよ」

「.....」

 

渋々といった様子で彼は引き下がり、おれに支えられながらゆっくりと、椅子に腰を下ろした。

 

ケイタくんは、余り身体が強くなくて、入退院を繰り返してきた。

それでも、最近は体調が安定していたのだが、今度は骨折。

サッカーをしていた所でのケガだったそうだ。

彼は、サッカーが好きらしく、サポーターのユニフォームを着ながら病室でテレビ越しに応援している姿をよく見ていた。

 

「..ケイタくん」

「何」

 

かなり不機嫌になっちゃってるなあ。

もう少し上手い収め方があったんじゃないかと自省しつつ、返事は返してくれたので、会話を続けることとした。

 

「最近、前よりも焦っているように見えるけれど、何かあったの?」

 

今回彼が入院してからリハビリの度にさっきみたいな押し問答を繰り広げていたのだ。

 

「別に...早くサッカーしたいだけ」

「...本当に?」

「何だよ。嘘なんてついてねえよ」

「そう...なら、余計に焦りは禁物だよ。治るものも治らなくなっちゃう」

「.......」

「またサッカー、出来るように先生も手伝うから、焦らなくても大丈夫。回復は順調だし、無理さえしなければ直ぐだよ。だから大丈夫、ね?」

「....」

「約束する」

 

ケイタくんと目を合わせたが、プイとそっぽを向かれてしまう。

嫌われちゃったのかなあ。

自分の未熟さが恨めしい。

それでも、自分の出来る限りで━━。

 

少しでも気を許してもらえるよう、翌日のお昼にケイタくんの病室へ遊びにきていた。

 

「何?」

「少しお喋りしない?」

「仕事だろ」

「今お昼休みなんだ」

「...あそ。好きにすれば?」

「ありがとう。...ケイタくんはさ、サッカー好きだよね」

「それが何」

「応援してるチームとかあるの?」

「言っても分かんないよ」

「あはは。確かに分からないけど、教えて欲しいな。あのユニフォームのチームだよね?」

「何で教えて欲しいのさ」

「いつもあれだけ楽しそうに応援してるから、気になっちゃって。それに、君の夢を大事にしたいから」

 

ふいと目を逸らされてしまう。

あれ。何か不味いこと言っちゃったかな。

そう少し不安を感じたが、ケイタくんは、そのままボソリと答えてくれるのだった。

 

「...府中キャロッツ。ユニフォームの..」

「好きな選手とかはいるの?」

「いる...」

「何て人?」

 

そんな調子で、暫く会話を交わして、ケイタくんの趣味について、色々と話した。

彼の熱意の根源を知れたらな、という思いもあったが、何よりリハビリにはお互いの信頼が大事だから。

その日は最後に、こう聞いてみた。

 

「また、サッカーのこと教えてくれる?」

「良いけど、先生何も知らねえもんなあ」

「あははっ。ちゃんと勉強しておくね」

 

それから暫く、何日かに一回、ケイタくんの元へ行き、サッカーのことだったり、学校のことを話すようになった。

リハビリは、相変わらず無理をしがちだけれど、以前よりはおれの注意を受けると、素直に引き下がるようになったと思う。

でも、相変わらず、目はあまり合わせてくれない。

 

「よし。良い調子だね。この調子なら来月には充分歩けるようになるんじゃないかな」

「本当?」

「うん。ケイタくんが先生達の言うこと良く聞いて、頑張ったからね」

 

他の子にしているみたいに頭を撫でると、ケイタくんはやっぱり視線を逸らしてしまう。

 

「撫でるなよ!」

「あ、ごめん。嫌だった?皆にもしてるからつい」

 

しまった。と謝ると、ケイタくんは、何だか少し、ばつの悪そうな顔をし、何かを呟いた。

 

「....嫌なワケじゃないけどさ..」

 

何はともあれ、その時のおれはケイタくんが少しは心を許してくれたことが嬉しかったんだ。

 

それから、一週間程経った頃。

 

「あれ、ケイタくんは」

 

その日の昼過ぎ、ケイタくんのリハビリの時間、彼は来なかった。

確認すると、どうやら今朝、体調が急激に悪化したらしく、暫くリハビリも休むことになるとのことだった。

急なことで、おれに連絡が来る前に時間が来てしまったらしい。

 

既視感。

 

翌日。

容態が多少安定したと聞いたおれは、ケイタくんの病室へとやって来ていた。

 

コンコンとドアをノックすると、中から女性がひょこりと顔を出した。

 

「あ、ミラクル先生...」

 

ケイタくんのお母さんだ。

 

「ご無沙汰してます。あの、ケイタくんは..」

「ごめんなさい。今は誰とも会いたくないって..」

 

無理もない。

あれだけ、リハビリも、やり過ぎなくらいに頑張っていたのに、体調を崩してしまって。

きっと気落ちしているだろう。

 

「そうですか...あ、では伝言をお願いしても良いですか?」

「ええ、聞いてくれればですが..」

 

どうやら、そうとう塞ぎ混んでしまっているようだ。

 

「ありがとうございます。では、"待ってるね"ってお伝え願いますか」

「分かりました」

「では、私はこれで━━」

「あの」

 

一礼して去ろうとしたところを、彼女に呼び止められる。

 

「どうかされましたか?」

「ケイタを、また、よろしくお願いします」

「はい。また顔を出してくれること、楽しみにしてますね」

 

それからまた数日後のこと。

事件が起こった。

 

朝、病院に到着すると、師長さんが慌てた様子で駆けてきた。

 

「何かあったんですか?」

「ミラクルちゃん、ケイタくんのこと気にしてたでしょう?だから伝えておこうと思って...ケイタくんがね...」

 

話を聞いたおれは、思わずその場から飛び出すようにして、彼の病室へと向かおうとしたが、師長さんに、まだ目覚めてないと窘められた。

 

夜に一人で部屋から抜け出し、廊下を"リハビリ"のために勝手に歩いていたらしい。

そして、まだ体調も回復していない状態でのそれは、彼の身体に大きな負荷だったのだろう。

廊下で倒れているところを、巡回していた看護師さんが発見したそうだ。

倒れるまで無理をし続けていたのに、誰も気付けなかったのは、ケイタくんは、意外なことに今まで一度も規則を破ったこともなく、警戒なんて、全くしていなかったからだという。

おれとのリハビリでは、あんなに無茶をしていたけれど、決まりは守る子だったらしい。

それなら、どうして━━。

 

「今は、多分誰とも話してくれないわよ」

 

目が覚めたと聞いた日の夕方、おれは師長さんに許可を取りに行ったのだが、師長さんは難しそうな顔で、そう言った。

 

「まあ、でも、貴方ならもしかすると...う~ん。もう話せるくらいではあるから、駄目とは言わないよ。充分分かっているとは思うけれど、注意してね」

「はい。ありがとうございます」

 

そうしておれは、ケイタくんの病室の扉を、叩いていた。

 

「ケイタくん。ケイエスミラクルです。入っても良い?」

 

返事は、ない。

どうするべきか、数秒考えたけれど、おれは決心して、扉を開けた。

 

「今、良いかな?」

「..何しにきたのさ..」

 

窓の外を眺めながら、彼はそう呟いた。

 

「お話、したくって」

「.........」

 

沈黙が流れる。

 

「...聞かないのかよ」

「え?」

「俺が、何でこんなことしたのか。その為に来たんだろ?」

 

驚いた。

彼の方からそう言ってくれるとは思いもしていなかったから。

スーッと息を吸い、尋ねる。

 

「どうして、こっそり抜け出したりしたの?」

「..早く、走れるようになりたかったんだよ」

「サッカー、したいから?」

「そう。...だけど..そうじゃない」

 

話しにくそうだ。

きっと、何か言いづらいことがあって、それを勇気を出して伝えようとしてくれているのだろう。

 

「大丈夫。勝手に誰かに話したりはしないから。約束する」

「...俺さ..俺、身体が弱いのは知ってるだろ?」

「..うん」

「いつもさ、母さん達が心配してくれてた..あと、ごめんねって。いつも..」

「...!」

「丈夫な身体にしてあげられなくてごめんって...」

 

似ている。

 

「そんで、二人とも休日の度に、おれに付きっきりで..でも、俺は入院を繰り返してて..」

「うん」

「俺は、俺の方こそごめんって、言いたくて。でも、言ったらきっと二人とも悲しむって分かってて..」

「うん」

 

取り留めのない様子で、ケイタくんの口からは言葉が溢れてくる。

きっと、ずっと一人で抱え込んでいたのだろう。

 

「でも、ずっと、二人を悲しませてるのが、ずっと...申し訳なくて..」

「...うん」

「そんな時に、テレビでサッカーを見たんだ。父さんが結構好きで、一緒に、見たんだ。前話した、チームの..かっこよかった。何人もの相手を潜り抜けて、ゴールを決めた、あの選手が輝いて見えて..」

 

同じだ。

おれも..。

あの日目にした、彼女のレースに。

 

「あんな風に、カッコ良く、コートを駆けることが出来たなら、父さんは、母さんは喜んでくれるかなって、そう、思ったんだ」

「...そうだったんだ」

「心配かけずにすむようになりたいって思って...前退院した後から始めて..それで..」

 

ケイタくんは、言葉に詰まった様子を見せる。

 

ケイタくんが、サッカーを始めた理由も、リハビリで無茶していた理由も分かった。

けれど。

 

「無茶をしたら、余計心配かけちゃうよ..?」

「そんなこと分かってるよ!!」

「...!」

「..分かってるんだ。でも..早く、治さなくちゃいけないんだ..」

「それは..お母さん達の為?」

「...二人はさ、言ったんだ。骨折して入院した時に、...『ごめんね。私達の期待で無理をさせてしまったのね』って..二人は、寝てると思ってたんだろうけど、俺、起きててさ」

「うん」

「..で、先週、体調悪くなって寝込んだろ?あの時も、俺は寝てると思ってたんだろうな。扉の向こうから..『私達は、例え元気に走れなかろうと、何だろうと、ずっと一緒だから。大丈夫だよ』って」

 

優しい御両親だ。

子供の前では出来るだけ気丈であろうとしているし、ケイタくんを大切に思っている。

けれど。

 

「違うんだよ。俺は、母さん、父さんが笑ってくれたのが嬉しかった!期待で無理なんてしてない!ただ、本当に二人が心から笑ってくれたのが嬉しくて..」

 

おれもそうだった。

二人の為、恩返しを。

そう思っていたけれど、結局は...。

 

「どうあってもずっと一緒?!違うんだ!俺は、貰いっぱなしで、何も返せないのが嫌なんだ!」

 

貰い続けるだけで、自分では何も出来ない。

そんなのは、嫌だ。

だから、おれは自分の為に。

恩返しを。

 

「俺は、走って、ボール蹴って、二人に、返したいんだ!今まで、大変だったはずだ。それを、意味あるものに、したいんだ..無駄になんて、したくない..」

「ケイタくん..」

「だから..少しでも早く、歩けるようになりたいんだ..分かってる。体調が落ち着いてから、先生にやってもらうのが一番だって」

 

でも。と彼は口ごもる。

 

「...先生にも、返そうとしてくれたの?」

「!...」

 

ケイタくんは、驚いた顔でおれを見て、小さく、ばつが悪そうに頷いた。

 

「そっかあ。そうだったんだね」

 

合点がいった。

おれも、主治医の先生に、今の師長さんにも、返したかったから。

 

「ありがとう。ケイタくんは優しいね」

「...結局、迷惑かけたし、焦ってたんだ..ごめん..」

 

今にも泣きそうなケイタくんの頭に手を置き、ゆっくりと撫でた。

 

「撫でるなよ..」

「ごめん。でも、少しだけ」

「...先生」

「うん?」

「俺さ、また、サッカー出来るかな?」

「出来るよ」

「本当?」

「うん。今度こそ、焦らずに、私と一緒にやりきれば、必ず」

 

少しだけ、ケイタくんの顔は明るくなった。

 

「ね。聞いても良いかな?」

 

おれはそのタイミングで気になっていたことを尋ねてみることにした。

 

「何」

「どうして私に、話してくれたの?」

「...秘密」

「そっかあ。じゃあ仕方ないね」

 

その後は少し何でもない話をした。

 

そうしておれが部屋を去ろうとした時、ボソリと、ケイタくんは口を開いた。

 

「信じてくれたから」

「ん?」

「先生はさ、ずっと俺がサッカー出来るようになるって、信じてくれてたから。サッカーしたいって俺の想いを、叶えようと、してくれたから..」

「━━━」

「父さんも母さんも、信じてくれてはいるし、俺の希望を否定はしない。でも、分かるんだ。心の何処かに、諦めがあるって..。でも、先生は、信じてくれたから」

「そっか。ありがとう。話してくれて」

 

ニッコリと笑みを返す。

そして、彼の想いに報いたいと、強く思うのだった。

 

「また明日ね」

 

そうして、更に数日後。

 

「ミラクルちゃん。ちょっと良い?」

 

再び夕暮れ時、おれの業務が片付いた頃、師長さんに呼ばれた。

行くと、ケイタくんの主治医をしている先生と、御両親が来ていた。

 

「貴方にも共有しておいた方が良いと思って」

 

何だか、嫌な予感がした。

 

「ケイタくんですが、やはり、この先激しい運動等が問題なく出来るようになるかというと、正直かなり厳しいです」

「....!」

「やっぱり、そう、なんですね..」

「はい。今回の骨折もそうですが、骨も余り丈夫とは言えません。加えて心肺機能も..」

「じゃあ、もう退院も..?」

 

お母さんが青ざめた顔で先生に尋ねる。

 

「いえ、それは問題ありません。日常生活に支障はないでしょう。ただ、活発に動き回ることは、難しいということです」

「そう、ですか..」

「本人の為にも無理をさせず、静かな生活を心掛けるのが良いかと」

 

違う。

確かに、ケイタくんの"身体"を思えば、それが正解なんだろう。

けれど。

 

「あの...」

 

正直、殆ど部外者なおれが口を出すことではない。

でも。

 

「ケイタくんは、サッカー、激しい運動も出来るようにはなれない、ということですか?」

「いや、不可能ではないだろう。だが、かなり無理をすることになる。それをしたとしても、また体調が崩れれば元の木阿弥。しかも身体には大きな負荷がかけられる。それはつまり、命を削ることに他ならない。仮に激しい運動が可能になったとしても、長くは続けられないだろう」

「...そう、ですか..」

「正直、医者としては、ケイタくんがサッカーを続けることを薦めることは出来ません。今回のことを鑑みると、彼は今回のような無理を重ねてしまうでしょう。そうなれば、取り返しのつかないことになる可能性がありますから」

 

ケイタくんの御両親はすごく、辛そうな表情をしていた。

 

「ケイタの...為を想うなら..」

「ああ...」

 

二人は、先生の言葉を受け入れるようだった。

おれは━━。

おれは、ただの他人だ。

二人が決断するのなら、おれに口出しは出来ない。

 

「あの、ミラクル先生」

 

説明を聞き終え、部屋を出たおれに、御両親が声をかけてくれた。

 

「ありがとうございます」

「ケイタを、とても気にかけてくださって」

「いえ、お、私はそんな..」

 

「正直、私達も、あの子のやりたいことを応援してあげたいです」

「でも..命まで削ると言われると..」

「もう、あの子が苦しむ姿を、見たくはないんです。それに、苦しませたくない。だから..」

 

だから、諦めるしかない。

そういうことなのだろう。

 

「...日常生活に戻るためにもリハビリは必要なので、またよろしくお願いいたしますね」

「..はい。最後まで全力でサポートさせて頂きます」

 

そう返しはしたが、おれは、諦めるべきと、呑み込むことは、出来ていなかった。

 

数日後。

そうして、おれは、体調の安定したケイタくんを、リハビリ室で迎えた。

 

「久しぶり」

「うん..よろしく..」

 

やはり、暗い顔をしている。

リハビリ中も、前のように無理をしようとはしなくなっていた。

とても、大人しくて━━。

 

「うん。今日はこれで終わりだね」

 

静かに、終了時刻を迎える。

いつもなら、もう少しと粘る彼は、黙々と、病室へ戻る支度を進めるだけだった。

 

「.....」

「...ねえ」

 

ケイタくんは、意を決した様にして、おれに視線を向けてきた。

 

「どうしたの?」

「先生はさ、聞いた?俺の身体のこと」

「.....うん」

「もうサッカー出来ないかもしれないって、聞かされたんだ。身体に、凄く負荷がかかるからって」

「うん..」

「二人とも、俺には、元気でいて欲しいからって..」

 

「...元気って、何..?やりたいことも出来ずに、ただ静かに生きていれば、元気なの?」

 

どう答えれば良いのか、分からなかった。

何の問題もなく、自由に走り回ることが出来るなら、それは間違いなく"元気"で"健康"だろう。

だけど━━。

命を削って走るのと、無理をしないで、なにもしないで生活をすること、どちらが、"元気"かはおれには断言することが、出来なかった。

 

「先生..俺、またサッカー出来ると思う?」

 

それでも、おれは、あの時皆が支えてくれて走れるようになったから。

同じ様に、支えになりたいって、応援したいって、そう心から、思っていた。

筈だった。

 

「勿論。そう出来るように私も、精一杯頑張るね」

 

「先生、嘘、ついてるよね」 

「....!」

「先生は、信じてくれるって、思ってたのに..」

「待って、ケイタくん。嘘なんて」

「ついてるよ!」

 

そう言ったきり彼は口を閉ざしてしまい、そのまま、杖を付きながら、部屋を去ってしまうのだった。

 

「...そんな」

 

嘘をついているつもりなんてなかった。

けれど、ケイタくんに言われて気付いてしまう。

僅かな、胸のつっかえに。

迷いに。

 

ケイタくんが信じてくれていたおれは、事情を知らないおれだった。

彼のことを、詳しくなんて知らない、ただのリハビリをする先生でしかなかったから、何の呵責もなく、言ってしまえば無責任に、応援することが、信じることが出来ていただけだったんだ。

 

この数週間で、おれは、ケイタくんのことを知った。

好きなチーム。選手。学校の友人。

好きな食べ物。好きな漫画。算数が嫌いなこと。意外にも図工が好きで、たまに絵を描いていたりもしていた。

色々知った。

ケイタくんの身体のことも。

 

そうして、浮かんできた、とても単純で月並みな想い。

 

『ただ、生きて欲しい』

 

元気に走り回れなくても、命を削るような無理をして、サッカーをしなくとも、ただ、長く生きていて欲しい。

そう、思っていたんだ。

 

「おれはバカだ...」

 

今になって、理解するなんて。

分かっていた。

おれが無理して走り続けるなんて、両親が望んでなんていなかったことを。

"恩返し"の為に命を削るなんて、望まれてななかったことを。

 

『望まれたからやってるんじゃない!!』

 

分かっていて、なお、生きてて良いって、思えるように自分の意味を創るために、おれは走っていた。

分かっていた、つもりだった。

 

おれの今までを否定する訳じゃない。

後悔はしていない。

それに、走り続けたからこそ、皆と笑えている。

そう信じている。

でも━━。

 

「..こんな気持ちだったのかあ..」

 

ケイタくんとおれは出会ってからも浅いし、彼のことを詳しく知ったのなんて、ほんの少し前だ。

それなら、比べ物にならない程ずっと一緒にいたおれの両親は、ケイタくんの御両親は、もっと、もっと、この気持ちが強いのだろう。

貰う側の気持ちは誰よりもよく理解している。

だから、心配かけたくなかった。

そして、心配する両親の気持ちも、理解した上で、走っていたつもりだった。

だけど、知っていただけで、本当には理解出来ていなかったんだ。

それを今になって漸く━━。

 

「心配なんてものじゃ、なかっただろうなあ..」

 

相手の立場になって、初めて実感出来るというのは正に、このことなのだろう。

でも、それでもおれは、ケイタくんを支えたいとも思っている。

彼がもし、諦めないのなら、おれは、彼の希望が叶うように、力を尽くすべきだと。

おれはケイタくんの気持ちも、よく分かるから。

今度は、おれが━━。

だけど、身体のことを無視する訳には━━。

 

考えても、堂々巡りになるだけだった。

 

その日は幸い、それで仕事は終わりだったから、業務に支障は出なかったけれど、モヤモヤは退勤しても当然、晴れないままで、おれは家へと帰路とは違う道を歩いていることになんて、気付きもしなかったんだ。

 

 

ぼんやりと、堂々巡りの思考を連れながら歩いていき、気が付くとおれは、とても、とても懐かしい場所へと来ていたのだった。

 

「あと一周で上がるぞー」

「はい!!」

 

担当ウマ娘がトラックを駆ける様子を、ストップウォッチ片手に観ながら、俺は彼女にアドバイスすべきことを、頭の中で整理していく。

 

「よし!そこからスパート!位置取りを意識しろ。本番は周りに何人ものライバルがいるからな!」

「ふっ...!!」

 

指示通りスパートをかけ、ゴール板を抜けた彼女にタオルを持って近付く。

 

「お疲れ。良いタイムだ。昨日よりもよくなってるな」

「ありがとうございます」

 

フウフウと息をしながら、彼女はそう笑顔を見せた。

 

「デビューももう少しだが、今の調子なら充分勝てる」

「...確実ではないんですね?」

「俺は勝てると信じているが、レースに絶対はない。今、油断に繋がる様なことは言えないな」

「あはは。確かに」

「とりあえず今日の所は終わりだ。無理せずしっかり身体を休めるようにな」

「はい。ありがとうございました」

「ああ。じゃあ、また明日」

「また明日!お休みなさい!」

 

そう笑いながら彼女は、更衣室へと走っていくのだった。

 

「さて、俺も片付けて、書類整理を....ん?」

 

ふと、模擬レース場でもあるトラックに隣接する観客席へと目をやると、そこには、水色の美しい髪を風に揺らす、俺の最初の担当ウマ娘、ケイエスミラクルの姿があった。

 

「ミラクル!どうしたんだ?」

 

手を振り声をかけながら、スマホを取り出しチラリと画面を見る。

彼女なら事前に連絡をしているだろうと思ったからだ。

しかし、さっき帰っていった担当ウマ娘から、明日の集合場所についての連絡が来ている以外、何も通知はない。

 

「..ちょっと待っててくれ!」

 

俺は直ぐに持ってきていた道具を片付け、ミラクルの方へと走るのだった。

 

「久しぶりだね」

「お久しぶりです。トレーナーさん」

 

久しぶりに見たケイエスミラクルは、何だかあの頃よりも当たり前だが、大人びていて、けれど、変わらない、優しい声を、表情を、していた。少しの陰りも浮かべながら。

 

「ごめんなさい。突然、連絡もなく」

「いやいや、気にしないで。久しぶりに会えて嬉しいよ」

 

連絡のなかったことを詫びるミラクルは、やはりと言うべきか、とても申し訳なさそうな様子だったので、俺は精一杯の笑顔で返した。

 

「ありがとうございます。やっぱり変わらないですね。トレーナーさんは」

「ミラクルは随分変わった。大人っぽくなったね」

「..いえ、私は、全然変わってなんていませんよ」

 

彼女の顔に、言葉と共に更に影が差した気がした。

 

「..まあ立ち話もなんだし、折角だ、食事でもどうだい?」

「いえ、私は..」

 

俺の手に握られてる道具や書類を見て、まだ仕事があることを察したのか、遠慮しようとする彼女に先んじて、言葉を発する。

 

「直ぐに片付けるから、君の時間が許すなら、トレーナー室で少し待ってくれないか?」

「え..と..分かりました」

 

彼女が頷くのを確認し、俺はトレーナー室へと向かうのだった。

 

「さて、そこのソファにでもかけててくれ」

「失礼します」

 

書類を机に置き、道具を片付けていく。

 

「ここも、変わりませんね」

「そうかな?」

「はい。とっても懐かしくて、帰ってきたって感じがしちゃいます」

「はは。そっか。━━お帰り、ミラクル」

 

少しでも和んでくれればと、あえて悪戯っぽく笑って見せた。

 

「ふふっ。ただいま。トレーナーさん」

 

「そういえば、さっきの担当の娘、少しだけ見てましたけど、凄く、速かったですね」

「お。気付いたか。そうなんだ。あの速度、天性のモノだろうな。あの娘は素晴らしい素質を持っている。実はまだデビュー前なんだ」

「え!凄いですね。オープンクラスならもう充分勝てそうでしたよ」

「だろう?あの娘、マイラーでね。あのノースフライトを越えて見せるってはりきってるんだ」

「きっとトレーナーさんとなら叶っちゃいますね」

「買い被り過ぎだよ」

 

少し肩の力が抜けたようで、笑顔が柔らかくなってきていた。

その後も、少し雑談を続けながら、幾らかの業務を片付けていった。

 

「さて、と」

 

一応明日に回せる分以外は片付けたので、椅子から立ち上がり、ミラクルに向き直る。

 

「お待たせしちゃったね」

「あ、お疲れ様です。いえ、そんな、急に来ちゃったのは私の方ですから」

「それはもう気にしないで。君は約束を守っただけなんだから」

「それって..」

 

小さく頷き、笑いかける。

 

「いつかまた会う約束、したもんな」

「!...やっぱりトレーナーさんは、変わらないですね」 

 

少しだけ安堵したようにも見える彼女は、そう破顔するのだった。

 

 

無意識に、辿っていた、いつかの帰路。

その先で出会った貴方は、あの頃と何も変わらず、とても、とても優しい人で、おれは何でか胸が一杯になってしまったんだ。

それを察してか、貴方は色々なお話をしてくれて。

"約束"を守ってくれた。

 

「こことかいいかもね」

 

トレーナーさんが案内してくれたのは個室のあるレストランだった。

いつの間に予約していたのかと驚いたが、トレーナーさんは察したのか、笑いながら教えてくれた。

 

「最近出来たとこなんだけどさ、予約無しでも使える個室のある所なんだよ。空いてたのは偶然」

 

多分、おれが気を遣わなくて済むような場所をさっきの合間に調べてくれていたのだろう。

本当に、トレーナーさんは優しい人だ。

 

「さて、とりあえず食事と行こうか」

 

そうして、おれたちは他愛もない雑談を交わしながら、夕食を共にするのだった。

 

食事も一区切りついた時、トレーナーさんから尋ねてくれた。

 

「それで、今日はどうしたんだ?」

 

やっぱり気付いていたみたいだ。

でも、おれは、気付いたらトレセン学園にいたようなもので、トレーナーさんにも会えるとは殆ど思っていなかったから、何を話せば良いのか、分からなかった。

そもそも、守秘義務があり話しては行けないことも多い。

 

「えと..その..」

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 

優しく微笑む彼の言葉に後押しされて、おれは、気付けば口をついていた。

 

「トレーナーさんは、初めて会った時、速いって誉めてくれましたよね」

「ああ。そうだね」

「それで、私が最初で最後の担当になっても良いって...恩返しの為に力になってくれました」

「うん」

「トレーナーさんは、おれが走ることを、支えてくれて」

 

「━━そして、止めてくれました」

 

一旦息を吸い、トレーナーさんと目を合わせる。

 

「今から聞くことで不快にさせてしまったら、ごめんなさい」

「何でもどうぞ」

「トレーナーさんは、あのスプリンターズSの時、いえ、その少し前、セントウルSの頃、私に、走って欲しくないと思ってましたか?それとも、走って欲しいと、思ってましたか?」

「....なるほどね」

 

少しだけ困ったように眉を下げ、トレーナーさんは腕を組んで、少しだけ考えを巡らせたようだった。

そして。

 

「どっちも、かな」

「どっちも、ですか?」

「うん。俺はまず、君と契約を決めた最初のきっかけは、ただただ、君の走りに、速さに、夢を見たからだ」

 

何だか、面と向かって言われると少しこそばゆい言葉だ。

 

「でも、君の身体のことを知った。だから一度は君から断ったけれど、俺も断るつもりだったんだ」

 

初耳だったけれど、予想は出来ていた。

あの日のトレーナーさんは、本当に凄く、困った顔をしていたから。

 

「でも、罪悪感もあって、模擬レースまでトレーニングを見て、そして、模擬レースで、君の幸せそうな顔を見て、決心したんだ」

 

「無理をしすぎるだろうことも分かっていて、それでもそこに、君の幸せがあるのなら、君と走っていきたいと、そう思った」

 

トレーナーさんは、まるで、昨日のことのように、でも懐かしむように話していく。

 

「君にも言った通り、俺は君が最初で最後の担当で良いと覚悟を決めた。..今だから言うが、君の無私は、変えられないと思ったから、俺がミラクル本位で動けば良いと、先の、俺の未来のことなんて後に置いて」

 

「でも、やっぱり君の走りが好きな気持ちも強かった。俺はただ、君にどうしようもなく、心を奪われてしまっていたんだ」

 

だから、とトレーナーさんは続ける。

 

「セントウルSのあの時、その前から決めきれなかった。君の、その背を押してしまったのは俺だから、止める権利がないと...。でも、それだけじゃなかったんだと思う。君がG1を走る、光景が、夢が頭から離れなかった」

 

おれは、驚いていた。

分かっていたつもりだった事が、まだあったんだ。

トレーナーさんが沢山悩んでくれたことも、心配してくれていたことも知っている。

けれど、その覚悟の本質を、おれは、理解しきれてはいなかった。

 

「だから、どっちもなんだ。止めるべきって思いも、走らせてあげたいって気持ちも、両方」

「...でも、トレーナーさんは、おれを止めた」

「ああ」

「どうやって、決断したんですか?」

「"どうしたいか"なんて散々考えたけど、結論は出なかった。だから、"どうするべきか"で考えたよ」

「どうするべきか、ですか?」

「うん。トレーナーとして出来ること。そして、君の御両親や主治医の先生から託された者として、やるべきことを」

「━━━!」

 

トレーナーさんは一度、水を飲み、息を吐いた。

 

「ミラクルが何に悩んでいるのかは分からない。けれど、どうしたいか。が分からないなら、どうするべきかを考えると良いんじゃないかな。出来ることと、やるべきことを考えるんだ。ただ、どうするにしても背負う覚悟は必要だよ。君なら大丈夫だろうけれどもね」

 

そして、トレーナーさんは、苦笑しながら、こう付け足した。

 

「最後まで、決めきれなかった、だらしのない大人から言えるのは、それだけだよ」

「だらしがなくなんてないです!」

 

思わず、そう反応してしまっていた。

 

「あ、ごめんなさい。えと、でも、トレーナーさんが沢山悩んでくれていたのは知っています。だから、だらしがなくなんてないです。貴方は、優しいから、おれの希望を叶えようとしてくれて」

「君程、優しくなんてないよ。俺はただ、君のあの、これ以上ない程に幸せそうな笑顔を見たかっただけだから」

 

やっぱり、この人は変わっていない。

充分、優しい理由なのに、貴方は。

 

「..優しいですよ。トレーナーさんは」

「ありがとう。..少しは参考になったなら良いんだけど」

「とても。本当に、ありがとうございます」

「良いよ、そんな気にしなくて」

 

おれが頭を下げると、トレーナーさんはそう言って、優しい笑顔を向けてくれた。

 

「俺は、君に隠してたことを話しただけさ」

 

また、気を遣わせてしまった。

 

「おれ..あ、私..」

「一人称、俺の前で無理しなくても良いんだぞ」

「あはは。いつの間にか戻ってましたね」

「さっきから出てたぞ」

「え。本当ですか?」

 

そうして、その後はまた、雑談へと戻り、食事を終えたおれ達は、店外へと出ていた。

 

「すみません。ご馳走になっちゃって」

「気にしすぎだってば」

「でも、おれもう社会人なのに..」

「その前に、俺の元担当だ。教え子と久しぶりにあって割勘なんて真似するわけにはいかないからね」

「..ありがとうございます。ご馳走さまでした」

「はい。どういたしまして」

 

やっぱり、優しい。

さっきもそうだった。

おれが気にしすぎないように、気を遣ってくれている。

貴方は、自分が優しくないなんて言うけれど、そんなことは絶対にない。

だから、きっと。

 

「今日は本当に、突然押し掛けちゃったのに、色々とありがとうございました」

「楽しかったよ。久しぶりに君に会えて」

「━━おれも、楽しかったです」

 

「..ミラクル」

「はい?」

「またおいで」

「今度はちゃんと連絡していきますね」

「"いつでも"来て良いよ」

「━━ありがとうございます」

「じゃあ、またね」

「はい。また」

 

そうして、トレーナーさんは手を振りながら、トレセン学園の方へと帰っていくのだった。

おれは、彼の姿が見えなくなるまで、その背中を見つめていた。

 

「...おれのするべきこと。できることは..」

 

思考は、病院を出た時よりも、クリアになっていた。

 

翌週。

漸く時間の出来たおれは、ケイタくんの部屋を訪れていた。

 

「何しに来たんだよ」

 

先日の一件で、かなり信頼を失ってしまったようだ。

前のような、いや、それ以上に、冷たい声色だった。

 

「ケイタくん。この前は..」

 

謝ろうとしかけて、ふと、思い直した。

この子は、口調こそ荒いけれど、とても優しい。

それに、きっと此方が思っているよりもずっと賢い。

きっと、謝れば、謝ってしまえば、そこで終わってしまうだろう。

 

「...少しだけ、私の話を聞いてくれないかな?」

「.....」

 

拒絶は、されなかった。

だからおれは、正直に話すことにした。

迷っていることを。

おれの過去も、交えながら。

 

走れなかったこと。

先生や両親が頑張ってくれたこと。

恩返しをしたくて、走り出したこと。

応援してくれる人がいたこと。

ケイタくんを知って、揺らいでしまったことを。

 

「だから、おれはケイタくんがサッカーを出来るように、応援したいと思ってる。でも、それと同時に、君に、無事でいて欲しいとも思ってるんだ」

 

「...それで、サッカー出来るように、してくれるの?」

 

長い沈黙の後、ケイタくんは、そう小さく、応えてくれた。

 

「その前に、一つ聞かせてくれる?」

「何」

「サッカーは、好き?」

「そんなの何度も言って」

「恩返しの為とか、生きる意味の為とか、考えなかったとして、それでも、サッカー、好きかな?」

 

あえて、少しキツイ問いかけをした。

 

「.....」

 

暫くの沈黙。

凄く、真剣に考えてくれていた。

やっぱりこの子は、賢くて、優しい。

 

「大好きだよ!!!俺は、皆と、コートでボールを追いかけたい!あの選手みたいに、カッコ良く、誰にも捕らえられずに、ゴールを決めたい!勝ちたい!身体が、壊れるかもしれなくたって。だって..」

「うん。知ってる」

 

あれだけ真剣に、楽しそうに応援する姿を、嬉しそうに、チームの話をする姿を見てきたんだ。

きっと、実際にプレーしている時は、もっと幸せそうな顔をしているのだろう。

分かっていたこと。

だけど、確認する必要があった。

 

「少し戻るけれど、私は応援したいと思っている。でもね、それを決めるのは私じゃない」

 

おれはあくまでケイタくんのリハビリを援助する理学療法士。

おれが決めて良いことなんて、そう多くはない。

でも、患者さんの、メンタルケアはおれの仕事の一部だ。

そして、おれ、ケイタくんと関わってきた"ケイエスミラクル"として出来ること、やらなくちゃいけないことだってある。

 

「主治医の先生でもない。勿論、君の御両親だけで決めることでもない」

「━━君が決めることだ」

 

勿論、これは理想論。

けれど、彼の意志抜きに決めて良いことでは、決してない。

 

「そんなの、分かってるよ。だから俺は!」

「うん。そうだね。だからここまでは確認」

「..?」

 

「二人を説得しよう。君が決めることだけれど、二人には、大きく関わることだから」

「父さん達を?そんなの、何度も言ったよ。でも..」

「全部話した?」

「は?」

「全部。君の気持ちを。さっきの、サッカーが好きな気持ちを。やりたいって気持ちを。君が恩返ししたいと考えてるその気持ちを。全部、全部、ぶつけてみたかな?」

「そんなの、話せる訳ないだろ」

「でも、話さなきゃ、変わらない。君の覚悟を、知って貰おう」

 

おれは、話さなかった。

心配させてしまうだけだったから。

きっと彼の両親もそうだろう。

そして、ケイタくんもそれは分かっている筈だ。

でも、話した方が良い。

余計なお世話だろう。

けれど、おれが犯した過ちまで、繰り返させる必要はない。

 

「勿論、全部を正直に話す必要はないよ」

 

それでも、自分の子供が自分達の恩返しの為に無理をしているなんてしったら、是が非でも止めるだろう。

だけど、その強い気持ちだけは、知ってもらうべきだ。

 

「君の覚悟を伝えるんだ。サッカーを好きな気持ちと一緒に」

「覚悟...でも...」

「ケイタくん。━━もう一度だけ、"おれ"を、信じてくれないかな?」

「先生..?」

「難しいかもしれないけれど、おれを信じて欲しいんだ」

「.......分かった..」

「ありがとう。ケイタくんは、優しいね」

「急になんだよ」

「おれを、もう一度信じてくれるから」

「別に..」

 

またそっぽを向かれてしまった。

 

「じゃあ、ちょっと待っていてね。お父さんお母さんと、少しお話してくるから」

 

今日も二人は来ている。

今は、席を外しているが、直ぐに戻ってくるだろう。

しかし、その前に話をせねばならない。

 

彼らが良くいる場所は知っていた。

病院の中庭、そこで二人はよく休憩をしている。

 

やっぱり、いた。

 

「すみません」

「あら、ミラクル先生。どうかなさいましたか?」

「少しだけ、お話よろしいでしょうか」

「構いませんが..」

「ありがとうございます。ケイタくんのことでして..」

 

おれは、一度大きく深呼吸をした。

覚悟を決めるための最後の、一息。

 

「不躾ながら、ケイタくんと、もう一度お話して頂けないでしょうか」

「ケイタと?」

「お話と言われましても..サッカーのことでしょうか?」

「..はい。もう一度だけ、彼としっかり話してあげて欲しいんです」

「そう申されましても、もう何度も話ましたし..」

「ええ。ケイタも納得してくれているみたいでしたから」

 

もう、蒸し返さないで欲しい。

そう言われているのだろう。

当然だ。

二人だって、何もケイタくんの好きなものを奪いたくてしているわけじゃない。

それでも。

 

「お願いします。ケイタくんは、賢い子です。それに、とても優しい。お二人はよくご存知の筈です」

「.....!」

「だからきっと、ケイタくんは、心の内を呑み込んでしまう」

「━━━」

「なので、どうか、もう一度だけ、彼の話を聞いて頂けないでしょうか」 

「....仮に話したとしても、貴方の言うように、心の内を呑み込んで、何も話さないかもしれませんよ?」 

「おれは、ケイタくんを信じています。今度は話してくれる、と」

 

真っ直ぐに二人の目を見据えながら、おれはそう、言いきるのだった。

 

「...分かりました。ミラクル先生にはお世話になっていますし、もう一度だけ」

「そうだな..俺達だって、ケイタの夢を、奪いたくはないんだ」

「━━ありがとうございます!」

 

ただし、とケイタくんのお母さんがおれに向き直った。

 

「これで何も無ければ、もうこの話はしないでくださいね」

「..分かりました。お約束します」 

 

"ケイエスミラクル"として出来ること。

それは、今までおれが培ってきた信頼を、切り崩すこと。

これで消えてなくなってしまっても構わない。

間違いなく、余計なお世話だ。

それでも、例え、いや、エゴであっても、彼の夢をこのまま無かったものにはしたくなかった。

それに、あの時に宣言した約束を、守らなくちゃいけない。

 

とにかく、おれに今出来ることはやりきった。

後は、ケイタくんを信じるだけだ。

 

「お母さん、お父さん、俺..」

 

ミラクル先生は全部ぶつけろって言ったけれど、いざ、二人を前にするとやっぱり言葉が出なかった。

だって、きっと心配をかけてしまう。

それどころか、また、謝らせてしまうかもしれない。

それは、嫌だ。

でも。

見るだけなんて嫌だ。

走れないなんて嫌だ。

心配をかけたくない。

皆と、試合出来ないなんて、嫌だ。

迷惑をかけたくない。

ボールを蹴れないのは、嫌だ。

我が儘を言える立場じゃない。

これ以上、貰ってばかりなんてダメだ。

でも。

サッカーが出来なくなるのは、出来ないのは、絶対に嫌だ。

 

「.....」

 

『もう一度だけ、おれを信じて』

 

━━━━。

 

「俺..俺さ、サッカーが好きなんだ!」

 

━━━━。

 

 

その後、どのくらい経っただろう。数時間は経ってからおれはケイタくんの両親に呼ばれ、部屋へと入った。

 

「...先生」

 

ケイタくんの瞳は、心なしか潤んでいた。

 

「ミラクル先生」

 

声色からは予想出来ない。

一体、どういう結論となったのかは。

 

「正直、親である私達が、一番ケイタのことを分かっていると思っていました。だから、もう話すことはない、とも」

「貴方でなければ、話し合おうとは思わなかったでしょう。ケイタが信頼している、貴方でなければ」

 

おれは、不安からか少し下がっていた目線をしっかりと、二人に向けた。

 

「でも、私達じゃないからこそ、知れることもあるんですよね。そんな当たり前のことを思い出しました」

 

二人は、少し微笑んではいたが、いつもの二人とは違い、何か決意をしたような、そんな様相だった。

 

「そして、ケイタと話して、俺達は決めました。この子の幸せが、そこにあるのなら、支えていこう、と」

 

お父さんの言葉に頷きながら、お母さんの方が引き取る。

 

「勿論、条件付ではありますが」

「条件、ですか?」

「ええ。少しでも異変があれば、直ぐに休むこと。体調は逐一報告すること。無理なトレーニングはしないこと。つまり、無茶はさせない、ということです」

「これが、私達に出来る最大限の譲歩です。守れる?ケイタ」

「俺、絶対に守るよ」

 

ケイタくんは、力強く、そう頷くのだった。

 

「じゃあ..」

「ええ。サッカーを続けられるように私達から先生にも協力をお願いしにいくつもりです。これまでみたいな無茶を重ねれば危険だとは言っていたが、サッカーが絶対に出来ないとは言いませんでしたから」

「俺達は、ケイタを、ケイタの無茶を止めることしか頭に無かった。だから、ミラクル先生のおかげです」

「「ありがとうございます」」

 

二人に頭を下げられ、おれは慌ててしまった。

 

「いえ、おれは、むしろ謝らなくちゃ」

 

一人称が素になっていることも気付かないほどに。

 

「部外者のおれが、ここまで勝手に踏み込んでしまいましたから..」

「そうですね。余計なお世話でした。でも、おかげで私達はケイタの覚悟を、気持ちを知れた」

「だから、ありがとうございます。本当に」

 

おれは、苦しい程に胸が一杯になってしまって、溢れるものを、堪えるのが精一杯だった。

 

「ありがとうございます」

 

もう、謝るのは失礼だ。

だから、おれもそう礼を返すのだった。

 

そうして、また翌日。

おれは責任を問われることになったら申し訳ない。と同行を断ろうとした御両親に頼み込んで、ケイタくんの主治医の先生への交渉に、同行した。

二人はかなり渋っていたけれど、おれが言い出したことで、おれが責任を取らなくちゃいけない、責任から逃げる訳にはいかいないと、どうにか納得して貰えたのだ。

 

「...大変な苦労をされることになりますよ」

「はい」

「覚悟は、決めてきました」

「大変なケアが必要になります。それに、また体調を崩して、全てが水泡に帰すかもしれません」

「それでも、あの子はボールを蹴りたがっています」

 

沈黙。

先生はチラリとおれを見た後、小さく溜め息をついて、口を開いた。

 

「━━━━。医者として忠告はしました。しかし、お二人が、いや、ケイタくんもそれを望んでいるのなら、此方としては全力でサポートさせて頂きます」

「!。ありがとうございます」

「仕事ですから。しかし、彼の性格上、余りに貴方達への負担が大きいと感じるとメンタルでの問題が出てくる可能性もあります」

「そこはおれ...私が。私が、責任を持ってリハビリによる身体のも含めケアを致します」

「...青いねえ」

 

ポツリと先生は呟き、では、と続けた。

 

「じゃあミラクルくん。君がしっかりと責任を持つように。だが、抱え込みすぎるなよ。ウチには専門のカウンセラーもいる。医者も沢山いるんだ。些細な変化も報告するように」

「勿論です。それも含めて、私の仕事、責任ですから」

 

おれの言葉に、それでいい。と頷き、先生は御両親へと視線を戻す。

 

「...では、暫く準備も必要ですので、期間を頂きますが、サッカーに復帰することを前提としたプランを練り直します」

「はい。よろしくお願い致します」

 

そして、その後、おれはケイタくんの部屋へとお邪魔していた。

 

「ケイタくん。昨日はよく頑張ったね」

「子供扱いすんなよ」

 

やっぱり頭を撫でると嫌がられてしまう。

 

「あはは。ごめんね。でも、本当に凄いと思ってる」

「あそ..。━━━なあ」

「うん?どうしたの?」

「何でさ、あそこまで頑張ってくれたの?」

「何でって?」

「言ってたじゃん。部外者が勝手に踏み込んでって。分かってて、何で」

「..約束したからね。君は返事をしてくれなかったけど、前に言ったからまたサッカー出来るように、先生も手伝うって」

「あんなの、シャコージレイみたいなものだろ..」

「おれは本気だったよ?ずっと」

 

真っ直ぐに彼の目を見据えたが、ケイタくんは直ぐにパッと目を逸らし、布団を被ってしまうのだった。

 

「どうしたの?具合悪くなった?」

「違う。何でもない..」

 

小さな声で返答が来る。

 

「本当に?」

 

おれがケイタくんの顔を覗き込もうとすると、背後から笑い声が響いてきた。

 

「照れてるんですよ。その子」

 

どうやら彼のお母さんが戻ってきたようだった。

 

「ちょ、母さん..!」

 

小さな抗議も聞こえていないのか、にこやかに彼女は言う。

 

「この子、いっつもミラクル先生の話をしてるんです。サッカーのことを教えたとか色々と」

 

驚いた。

彼の態度からは想像もつかなかったから。

 

「本当ですか?」

「ええ。そんな貴方だから、信じたんですもの」

「勝手に話すなよー!!」

 

布団をがばりとめくり、ケイタくんが大きな声でそう抗議した。

 

「あらあら。真っ赤になっちゃって」

「━━━っ!」

 

何だか、胸がフワフワしていた。

そんなにも、信頼してくれていたことが、嬉しくて。

貰っていたものを、誰かに分けることが出来たみたいで。

 

「ケイタくん。おれ、すっごく嬉しいよ」

 

そう、笑顔を向けると、彼は一瞬ピタリと止まったかと思うと、再び布団に潜り込んでしまう。

 

「出てってーー!!」

 

何で怒らせてしまったのかは分からないまま、声に押されて、その日は部屋を去らざるを得なくなったのだった。

 

 

そうして、季節は巡り。

一年程経った、4月のある日こと。

 

「おおおおおお!!」

 

おれは、この日、ケイタくんに招待され、彼の御両親と共に河川公園で行われているサッカーの試合を見に来ていた。

 

「がんばれー!ケイター!」

 

仲間からボールを受け取った彼は、繊細なドリブルで相手チームを抜けていき、ゴール前へとたどり着いていた。

 

ケイタくんは、本当によく頑張った。

勿論、彼の御両親も。

諦めずに、体調を崩してリハビリが長引こうと。退院してからも、体調に気を遣いながら、出来る限り身体にダメージを残さないようにとケアをし、無理無く練習へと行けるようにし。おれも、ケアの一貫だったり、個人的に可能な範囲で協力したけれど、病院を出た以上、必要以上に関わることは難しく、二人の適切で献身的なケアがあってこそだった。

主治医の先生も嫌味一つ言わずに大変な仕事をしてくれた。

彼にも頭が上がらない。

結局、おれは二人を焚き付けてしまっただけだったのだけれど、それでも二人、いや、三人はおれに感謝してくれた。

それが何より嬉しくて。

それどころか、こうしてケイタくんは、おれを試合に招待までしてくれた。

毎回、同じような事例でこうも上手く行くことはないだろう。

でも皆が力を尽くして、根気強く追ったからこそ、奇跡が微笑んでくれたのだと、おれはそう思っている。

 

残念ながら相手にブロックされ、ゴール近くで進路を阻まれたケイタくんは、味方にパスを回し、彼自身は素早い動きで相手のマークをすり抜けていく。

 

そして。

 

「パス!」

 

再びボールを受け取り、ゴールに向かって、足を力強く、振り抜いた。

 

バシンと気持ちの良い音を響かせ、ボールはゴールへと見事に飛び込むのだった。

 

ホイッスルの音が響くと同時に、おれ達は思わず立ち上がり、彼の御両親は、今にも泣き出しそうな目で、しかし、とびっきり嬉しそうに、喜びあっていた。

 

「やった!やったよ!」

 

その後、ケイタくんの活躍もあって、チームは勝利し、彼はチーム同士の礼を終えると、直ぐ様此方へと駆けてきた。

 

「おめでとう!ケイタくん!」

 

嬉しそうに両手を伸ばしてきたので、おれも手を伸ばし、ハイタッチを交わした。

 

「あらあら。私達よりミラクル先生が先なのね」

 

目を赤くしながらも、子供の前ではいつもの調子を崩さないお母さんに悪戯っぽく言われ、ケイタくんは少し顔を赤くしていた。

 

「一番近くにいたからだもん!」

「ふふふっ。あらそう。ごめんなさい」

「とにかく、おめでとう。ケイタ」

 

お父さんが彼の頭をワシワシと撫でる。

 

「止めろよ~。皆見てるって」

「..本当におめでとう。ケイタ」

 

三人の様子を微笑ましく見守っていたのだが、ふと、視線を感じ、土手の上へとおれは目を向けた。

するとそこには━━━。

 

 

土手の下から歓声が聞こえ、チラリと目を向けると、どうやらサッカーの試合が行われていたようだった。

丁度終わったところのようで、恐らく勝ったチームの子供達が、親達の元へと駆けていく。

 

ふと、見覚えのある髪色のウマ娘がいることに気が付いた。

 

とても嬉しそうに、子供の一人とハイタッチを交わしているところだった。

 

その近くにいる夫婦らしき人とその子供が話し始めたタイミングで、彼女はチラリと此方を見上げた。

 

俺が小さく頷くと、ミラクルも小さく礼をした。

そして、何か言おうとしたのだろうが、その前に、先程の子に話しかけられると、一瞬の迷いもなく、彼女は視線を戻し、子供と話し始めるのだった。

 

「良かったな。ミラクル」

 

「トレーナーさん。どうかされたんですか?」

 

背後から担当ウマ娘が走って戻ってきた。

 

「..いいや。何でもないよ。それより、水はちゃんと飲んだか?」

「はい!バッチリです」

「よし。じゃあ学園までジョギングで帰るぞ」

「えぇー!もう歩きましょうよ~」

「まだ体力はあるだろ。クラシック戦線はここから始まるんだ。追い込んでくぞー!」

「うへえ。頑張りま~す」

 

そうして、担当ウマ娘と共に、俺は、その場を走り抜けるのだった。

 





希望の旅路を感じさせる、空を覆うように美しく、満開の桜が皆の上に咲き誇っていた。

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