目が覚めた。見慣れない天井だ。家でも病院でもない、けれど何かしらの医療施設っぽい清潔な白い天井が見えた。
息を大きく吸おうとして、お腹に鈍い痛みが走った。
「かはっ……!」
その痛みで、どうしてこんなところで寝ていたのか。さっきまでの記憶が一気にフラッシュバックする。
そうだ。俺はよく分からない不良に絡まれて、それでお腹にショットガンを撃ち込まれて……それで。
「………………生き……てる……?」
お腹はまだ痛い。でも、思ったほどじゃない。
ゆっくりと身体を起こして、布団をのけてからそっと来ていた制服のトップスをつまんでたくし上げる。
そこにはおへそのちょっと左に湿布が張り付けられているのが見えた。
震える指先で湿布の端をつまんで、少しずつはがしていく。
心臓が破裂しそうなくらい早鐘を打つ。もしも湿布の下に、ぐちゃぐちゃになったお腹があったら。そうでなくても、大きな手術の跡があったら。そんな不安が俺の心臓を握りつぶそうとしてくる。
けれど、そんな不安とは裏腹に湿布をはがした場所には内出血したと分かる痣が残っているだけだった。
「………………」
今この瞬間、ようやく俺はキヴォトスが俺の知っている現代日本での常識が通用しない場所であることを実感したような気がした。
銃、それもショットガン。それをゼロ距離でお腹を撃たれるなんてどう考えても俺の知ってる人間じゃ生きていられるはずがない。
でも、現実は痣ひとつとちょっとお腹に力を入れるといちいち痛みが走るだけの怪我だ。
いや、もしかしたら内臓なんかはぐちゃぐちゃかもしれない。なんてところまで考えて、だったらこんな湿布だけ貼って保健室みたいなところで寝かされているはずもないと首を左右に振る。
とにかく、あれだけのものをお腹に撃たれて生きている。それどころかほとんど軽症と言っていい怪我で済んでる。
どうしてこの世界で銃が余りにも当たり前の存在で、皆がアクセサリーみたいに銃をデコレーションしてたりするのかがほんの少しだけわかった。
撃たれてこの程度で済むなら、正直銃撃戦なんか拳の振り方も分からない子供同士が殴り合うのと大して変わらない。
撃って撃たれて。喧嘩をしたら互いにごめんなさいをして。そんな程度なんだ。
……だからなんだ。痛いのは変わらないじゃないか。怖いのは変わらないじゃないか。
銃を突き付けられた時の光景がフラッシュバックして、とっさに目を閉じて膝を抱えるように体を丸める。それでも、フラッシュバックでよみがえった光景は瞼の裏で流れ続けてる。
「やめて、やめて、やめて……!」
怖かった。殺されるって思った。
痛かった。もう一回死ぬんだって本気で思った。
ただ公園で一人になってゆっくりしていただけなのに、どうしようもない自分を嗤っただけなのに。
なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
銃が殺人の道具ではないということは、裏を返せばここで生きていく以上今日みたいな出来事が何度でも起こるかもしれないということだ。
想像するだけで怖くてたまらない。いっそ、さっき撃たれて死んでしまった方がずっとマシだった。そんな考えすら浮かんでくる。
でも、死ねなかった。”俺”はいつ、どうやって死んだかも分かんない位あっさりと死んだくせに。
「もう嫌だ、もう嫌だ、もう嫌だ……!」
体を丸めて、ぶつぶつと絶望を吐き出し続ける。遠くでドアを勢いよく開ける音が聞こえたような気もしたけど、もう何もかもが嫌だった。
とにかく何もかもを見たくも、聞きたくもなくて耳を塞いで体を丸めてただただ呟きつづける。「もう嫌だ」って。
言ったって何も変わらない。分かってる。
自分で死ねば全て終わる。分かってる。
あるいは、これから先はやられる前にこっちが銃を撃ってしまえば。
ありえない。
自分から進んで殺人者になんてなりたくない。普通に生きることすらもはや許されないのに、どうして進んで犯罪者になるリスクまで犯さなきゃいけないのか。
何が異世界転生だ。何がTS転生だ。良いことなんて何一つないじゃないか。
クソくらえ。強くてニューゲームどころじゃない。弱くてニューゲームですらない。ただの罰ゲーム、いや拷問だ。
もしも手違いで不運にも死なせたからその補填で、なんて理由で俺をこの世界に”渡世フタバ”として寄越した神がいたとしたらソイツの全身の骨という骨を折って、眼球をえぐり出し、舌をねじ切って苦しみの中で殺してやりたい。
でも、仮にそんな存在がいたならきっとそんな仕打ちを受けさせる前に俺が死ぬ。だって神だ。人の生き死にさえ操れるような存在を相手に俺が敵う訳もない。
ああ、俺は。この先一生こんな苦しい思いをしながら何十年も生きていかなきゃいけないのか。
男であることのアイデンティティーを失わないように男っぽい部屋着のまま鏡に映る自分に言い聞かせて、女の服を着た自分を、体を見ないようにして。
いつ自分が殺されるか、痛めつけられるかも分からない恐怖に、”俺”という存在が異物として周囲から迫害されるかもしれない恐怖に、俺が”俺”でなくなっていく未来に対する恐怖に。毎日、毎分、毎秒怯え続けながら生きていかなくちゃいけないのか。
想像するだけで気が狂いそうだ。心臓がキリキリと締め付けられるように痛んで、呼吸が上手くできない。
お腹の中も握りつぶされてるような不快感を感じて、喉の奥に酸っぱいものがこみあげてくるのを必死で飲み込む。
目尻に水っぽいものを感じて、涙が出て来ているってことに気が付いたけどどうしようもない。どうするつもりもない。
さっきまで口を突いて出ていた絶望の呪文すらも紡ぐことが出来なくなって、自分の荒い呼吸と鼻をすする音が響く。
その時だった。
鼻水が垂れて匂いをうまく感じ取れなくなったはずの俺の鼻をふわりと優しい香りがくすぐって、思わずホッとするような温もりと柔らかさが俺を包みこんだ。
「フタバちゃん……もう大丈夫、大丈夫だから……」
聞きなれた声が耳元でささやかれた。はっと目を開くも、視界は俺の太ももくらいしか見えない。膝を抱えるようにして丸くなってたんだから当然だ。
でも、声の主が誰かなんて見なくても分かる。
「……イチカ……ちゃん……」
「うん。大丈夫、私はここにいるから……」
何もかもを優しく包み込んでくれそうな声に、起きてからずっと強張っていた体の力が少しずつ抜けていく。
同時に、ものすごい眠気に襲われた。もう大丈夫、と安心できたからなのかな。
ただ、もう何かを考えるのも辛い位に疲れた。
だから、ボクはただその温もりに体を預けて意識を手放すことにした。