感想返しは出来てませんが、励みになってます。
俺が不良に襲われた日から大分経った。
正確な日付は覚えてないし、思い出したくない。
ただ、あれから色々なものが変わったのは間違いない。
俺は……俺は学校に行かなくなった。いや、行けなくなった。
外が、銃が怖くてたまらなかった。自分が傷つけられるかもしれない可能性も、自分が傷つけるかもしれない可能性も怖くて、怖くて……。
それでも、毎日イチカちゃんは俺の家に顔を出しに来てくれていた。
男として、大人として何とも情けない話だけれど、今はイチカちゃんがいないと生活も出来ない状態になっている。
何せ外が怖いんだから買い物にだってロクに行けない状態だ。減っていく生活必需品類の補充は、イチカちゃんに頼りっぱなしなのが現状だった。
分かってる。こんな生活、いつまでも続けるわけにはいかないって。
それでも、玄関ドアの外が怖くてたまらなかった。家にいても時折聞こえる銃声が、イチカちゃんが時折纏っている硝煙の匂いが、あの日のことを思い出させてくる。
その度に、トイレに駆け込んだ。そのまま意識を失うように眠ったことも、何度もあった。
家にいるにもかかわらず、気の休まる時間なんてほとんどない。当然、疲れは蓄積していくばかりだ。
イチカちゃんが手を握ったり抱きしめてくれている時だけ、本当にゆっくりと眠れた。
それでも、その安らげる時間なんてストレスを感じる時間に比べれば全然短い。
瞬く間に、俺の見た目は酷いものになっていった。
肌は荒れ、目の下に隈が出来、髪は荒れたまま腰と背中の間くらいまで伸びた。
もう鏡で自分の姿を見ることに自分が女であるということを見せつけられるようで嫌だとか、そういう感情はわかなくなった。
ただただ、学校の怪談に出てくる自殺した生徒みたいな酷い見た目になっていく自分を見て、乾いた笑いが漏れるのがせいぜいだった。
勿論、そんな俺を見てイチカちゃんが何もしなかったわけじゃない。でも結局、イチカちゃんだっていつも俺の傍にいられるわけじゃない。
毎日のように俺の家に来ては、そういうケアをしてくれてる。それでも、そのケアだって一日一回程度だ。
それに、イチカちゃんが来れない日だって当然ある。そうなれば、当然肌も髪も手入れしない時間の方が長くなっていくわけで。
大体、そもそもストレスで気が休まらない時間が余りにも多すぎるせいでそんなお手入れだって気休め程度にしかなっていなかった。
だったらいっそ死んでしまった方が、俺もイチカちゃんも楽になるんじゃないか。
そんなことを、いったい何度考えただろう。
「……ダメだよ。もう……私を、置いてかないで」
俺と一緒にお風呂に入ってお風呂上りにパジャマ姿になったイチカちゃんが、どこか弱弱しい声で呟いたのが聞こえて俺は我に返った。
「……なにもいってない」
すぐにバレる。そう分かっていても、暗に勘違いなんだとイチカちゃんから目を逸らしてそんなことを言ってみる。
「言わなくても分かるよ。ずっと見てるんだから」
でもやっぱり、すぐにそんな誤魔化しの言葉は否定されてしまった。
それから、ふわりとボディソープの爽やかな香りが俺の鼻をくすぐって、それから柔らかなイチカちゃんの体の感触を胸とお腹で感じた。
イチカちゃんに抱きしめられたって言う事に、すぐ気が付いた。
とても安心する。同時に、自分の浅ましさに呆れて笑えて来てしまう。
自分が死ねば。そんなことを考えて──多分、顔とかにも出てるんだと思う──いれば、こうしてイチカちゃんは俺のことを抱きしめてくれる。
今の俺が、一番安らぎを感じられる瞬間だ。この温もりが、柔らかさが、香りが。今だけは安全だっていう安心感を俺に与えてくれる。
そして、その安らぎを能動的に手に入れる為に俺は自分が死んでしまえば、なんて自暴自棄的な考えを、雰囲気を匂わせている。
そうすれば、絶対イチカちゃんは俺を抱きしめてくれるから。
死んでしまえば、っていう気持ちが全くの嘘ってわけじゃない。でも、本気で死んだ方がいいなんて考えていたらこんな歪な生活を続けているわけがないことくらい、自分でも分かっているつもりだ。
結局、俺はイチカちゃんの良心と不安に付け込んで甘い蜜をすすっているロクデナシなんだ。
ちょっと前までの俺なら、そんな自分に吐き気すら感じていたかもしれない。
でも、難癖付けられてショットガンでお腹を撃たれたあの日から、俺の中の何かが壊れてしまった。
女になることを認めたいとは今でも思わない。男だった、大人だった俺自身を否定する気にも、忘れる気にもなれない。
だけど、もうなんだか疲れてしまった。
うん。疲れたんだ。
「どこにもいかないで」
耳元でささやかれた願いに応えるように、俺は両手をイチカちゃんの背中に回してギュッと抱きしめる。
俺のよりも肉付きが良くて柔らかい、けれどちゃんと訓練もしているのだろう。筋肉の硬さも確かに感じられるイチカちゃんの体を抱きしめながらその肩に顔をうずめる。
そんな俺の動きに呼応してか、イチカちゃんの俺を抱きしめる力が強くなり、彼女の腰のあたりから生えている大きな翼が俺を覆い隠すように包み込む。
部屋の電気がついているのに、消してしまった時のように薄暗くなったのが目を閉じたまぶた越しにも分かった。
けれど、その薄暗さが却って心地いい。ずっとこの時間が続いてくれれば。そう願わずにはいられなかった。
そうして、俺達はそのまま抱きしめ合ったまま器用にベッドまでにじり寄ってそのまま倒れ込み、意識を闇の中へと落としていった。
どうか、目が覚めてもこの温もりがありますように。
イチカちゃんに抱きしめられながら寝る時には、最早習慣にもなったおまじないを心の中で唱えながら。