渡世フタバは仲正イチカを落としたい   作:笹の船

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悪夢の始まり

 大音量が耳元で響き続ける。

 まだ夏の暑さが去り切らない外を、体を引きずるようにして一歩一歩前へと足を運ぶ。

 聞こえるのは耳元で鳴り続ける音楽ばかりで、周囲の音はほぼ入ってこない。

 余りのうるささに耳がおかしくなりそうだと顔をしかめるけれど、イヤホンを外すことも制服のポケットの中に入った音楽プレーヤーで音量を下げることもしない。

 時刻はもうとっくに一時間目が始まっている時間だ。だからか、どこからか視線を感じることはほぼない。

 時折感じる視線も、学生ではなく働いている人達のもののように思える。

 最も、それが本当にそうであるかを確認する気にはなれないから前と同じように視線はずっとつま先に落としたままだ。

 学校に来いと通達が来てから、俺は何とか学校に登校するようになっていた。

 問題だったのは、人の多い所に行くと必然的に銃を目にすることが多くなってトラウマを刺激されてしまいすぐに吐いてしまったことか。

 とはいえ、おかげで遅刻してもいいし登校すると言っても行き先は保健室横の空き教室だ。

 元々、日本の学校とは違って授業はBDを使っての学習だ。自分のクラスへ行かなくても勉強自体は可能だし、出席は個別に先生がとってくれる。

 前世と今生(こんじょう)で常識が違ったことに、初めて感謝したかもしれない。

 そうはいっても、やっぱり家の外に出るのは辛い。

 どんなに大音量で音楽を流しても近くで銃声がすれば聞こえるし、通学路には発砲した後の空薬莢が転がっていることだって少なくない。

 それを耳にするか、目にする度に胃袋から酸っぱいものがこみあげてくるのを必死でこらえながら足を前に出す。

 一歩、一歩。少しずつ。

 地獄のような時間だけれど、だからと言って走るだけの力はない。

 息をしているはずなのに、酸素が足りなくて呼吸が荒くなるせいでそんな余力もないから。

 自然にリラックスした呼吸なんて出来やしない。息を吸うのにも、吐くのにも音が漏れてしまうくらいにはうまく息が出来ない。

 それでも、行かなきゃいけない。

 イチカちゃんと、約束したから。

 一緒に卒業して、一緒に高校に行こうねって。

 その為には俺が飛び級する必要がある。俺もイチカちゃんも、多分それぞれ無茶なことを言ってるって自覚はあると思う。

 だとしても、お互いにこれ以上離れ離れになる時間が増えるのは嫌だった。

 いや、イチカちゃんは分からない。少なくとも、俺にとってイチカちゃんといられない時間が増えるのは命にかかわると言っても過言じゃないからそう感じている。

 地面がアスファルトからコンクリートになった。学校の校門をくぐって、敷地内に入った証拠だ。

 もう少しだ。ひとまず、空き教室に入れさえすればしばらくは楽になる。

 そう自分に言い聞かせて、歩く速度をほんの少しだけ上げる。

 地面がコンクリートから病院とかにあるようなテラテラした床に変わって、足の裏に伝わる感触がコンクリやアスファルトに比べて少し弾力のあるそれに変わる。

 保健室横の空き教室は、この先の角を左に曲がればすぐだ。あと少し。

 けれど、その角を曲がった時だった。

 視界に、俺以外の誰かのつま先が視界に入ってきた。

 そのつま先は、俺の方を向いている。

 

「……?」

 

 恐る恐る、ゆっくりと視線を上げていく。

 俺と同じ学校指定のソックスから、シミ一つない綺麗な足。それから制服のスカートにセーラー服が見えたと思った時。

 突然耳にはめ込んでいたイヤホンがむしり取られ、耳元でガチンという金属音が鳴った。

 それが何かを理解する前に本能で頭を抱えてその場にかがみ込む。お腹の中が焼きごてでも入れたみたいに熱くなって、すっぱいものがこみあげてくるあの感覚に襲われる。

 そんな緊急時なのにもかかわらず、俺の体はいくつかのすごく嫌な視線がまとわりつくのを感じていた。

 

「この子、噂通りマジで空撃ちしただけでビビるじゃん!」

「よくこんなザマで学校来れるよねー」

 

 憎たらしいくらい良すぎる耳が嫌な視線の主達の言葉を全て拾って、頭の中に叩き付けてくる。

 

「みてよこのみすぼらしい格好。汚いったらありゃしない」

「こんなのが学校に来てたらウチらまで汚い奴って思われるじゃん」

 

 なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。

 どうして誰も助けてくれないんだ。俺だって、俺だって好きでこんな目に遭ってるわけじゃない。

 お前らに何が分かるっていうんだ。俺の何が。

 そんな気持ちだけが沸き上がって来る。でも、沸き上がって来るその気持ちは俺の体を奮い立たせてはくれない。

 俺に出来たのは、一刻も早くこの通り魔達が満足して立ち去ってくれることを祈りながら小さくなることだけだった。

 願いが通じたのか、廊下の奥から誰かの足音が響いてきた。

 周囲の子達もそれに気が付いたのか、動きを止めてから小さく舌打ちをしてその場をそそくさと離れていく。

 そのいくつかの足音が遠く離れていって、廊下の先から響いていた足音の主がすぐ傍に来ても、俺は立つことが出来なかった。

 

「……おい。大丈夫か」

 

 足音の主が声をかけてきたと同時に、ツンと火薬のにおいが鼻の奥を刺激する。

 ヤバい、と思う前に体は動いた。

 素早く床に落ちたイヤホンを拾い上げて、声の主の姿もろくに見ることなく立ち上がる。

 ぐらり、と視界が揺れた気がしたけれど奥歯を噛みしめて無視をした。

 

「だいじょうぶです。ちょっと、気分悪くなって……じゃあ」

「お、おい……」

 

 さっきと違ってまとわりついたりしない、イチカちゃんが投げかけてくれるようなソレにほんの少しだけ似た視線と声を背中に受けながら、いそいそと保健室横の空き教室に入って内側から鍵をかける。

 そして、扉に背中を預けながらずるずるとその場にへたり込んで膝に顔をうずめる。

 

「うっ……うっ……」

 

 それから、授業の出席を取りに来る教員の人が来るまでめそめそと泣いていた。

 これだから、学校に来るのは嫌いなんだと泣き言を心の中で繰り返しながら。

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